クソゲー後日談

掲載 2020年 5月

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日々戦い】の中ほどで、筆者自身が『クソゲー』と自分の作ったゲームを批判していますが、たしかに面白くもなんともないゲームばかりを作ってきた記憶があります。

 お前の作るゲームは、楽しくない仕事させられているようだとよく言われました。そうです。おっしゃるとおり、このころの自分は効率のいいゲームのためのシステム作りに情熱を注いでいました。

 OS も BIOSも無い極小システムでマルチジョブをこなすにはどうするか、ゲームは機械制御と比べて多方向に膨大に広がる処理を持っています。それを収める ROM領域はたったの 32KB。多くても 48KBほどでした。その中にプログラムを詰め込むにはどうするか。しかも便利なツールも資料もまるで無しの時代ですので、ゲームの内容は二の次だったことをここで暴露します。

 ところがこのことが少しならずも波紋を立てたようです。
 メーカー製ぽいのにつまらない。しかもその情報がまったく無い、と……。


 事の発端は2019年1月27日にいただいた一通のメールから始まります。



この日、件名に『NumberCrash』と書かれたメールが迷惑メールフィルターに引っかかっていました。

 NumberCrash……。
 記憶にあるタイトルでしたので、とても気になって素通りはできません。すぐに削除されたメールの引き出し作業にかかりました。
 通常は削除されてしまい内容は見られないのですが、我が仕事場には別の経路を通る道がありましてそこから手を差し伸べると復元可能なのです。

 迷惑メールフォルダーの中で蠢く亡者の中から救い出した一本のメールには、こう書かれていました。

「NumberCrash というタイトルのゲーム基板を持っているのですが、デジタル降魔録に掲載されているモノと同じ物でしょうか?」

 横浜市在住の K氏(と伏せておきます)。ゲーム大好きの男性からのお問い合わせでした。

 このサイトにやって来るメールの大半は、
「***と書かれてますが、ちょっと何に言ってんのか解らないんですけど」とか、
「***に書かれたトランジスタのC、E間の電圧は何ボルトですか?」とか、
 このあいだは書籍の編集さんから、
「あんた宛に質問が来てるから答えたってチョ」てなのもありました。

 あ、いや。嬉しんですよ。別に文句は言ってません。どしどしください。
 ところで――。
『初めてのFlashPIC』の書籍とここのサイトでは写真が異なっている、という質問が最も多いのでここに記しておきます。
 サイトのほうが正しいです。
 はい。間違いありません。本人が言ってますので。


 で――。
 少々内容の異なる質問でしたので早速『NumberCrash』なるものを思い出そうとしましたが、ワタシの脳ミソには「NumberCrash」という単語しか入っておらず、それが何だったのか。保管庫は穴だらけで役に立たずです。

 そうです。我がサイトはファイルが膨大なのです。ここはだいたい五つの部門に分かれていて、ブログ風の記事、初めてのFlashPIC、私的なパソコン史、SF小説、そして西宮文学全集です。これらを合わせると、とてつもない文章量になりますが、SF小説と西宮文学全集は別サイトなので関係無いでしょう。

 どちらにしても12年を超える文章ファイルは膨大なもので、こうなったら機械を頼るしかありません。こんな時は相棒の MIFESに頼ります。(メガソフトさんが販売しているテキストエディッタでプログラマ必須の品です)
 この力を借りて我がサイトの全フォルダーを検索。
『私的なパソコン史』で引っかかりました。
 どれどれ? と思われる方は、
http://digikohma.com/kohma/kohma9.html の二段目です。

 見ると、1983年6月となっています。36年前ですか……。年がバレバレですね。ここはすっと飛ばしましょう。

 前置きが長くなりました。メールを頂いた K氏はこの時の基板を持っていたというメールだったのです。

「ぬぁーーーーーーーーーんと! マジっすか!」
 作った本人でさえ何の資料も残っていないのに。
 素晴らしいのひとこと。

 当時はメモリーチップもハードディスクもありません。アセンブラのソースファイル(プログラム)はカセットテープに入れて保存する時代です。冷蔵庫の無い時代にアイスクリームを茶箪笥(ちゃだんす)に入れて仕舞っとくようなもんですから、現在において残っているはずがありません。

 家の中を探せば ROM化されたプログラムは出てくると思いますが、今となっては『私的なパソコン史』に掲載してあるのが唯一の資料です。





 そして K氏はご親切に写真を送ってくださりました。
 日付は 2019年 4月12日に飛びます。



ボード全景です

K氏はメールにこう書かれています。
「ショウエイのクラッシュローラーからの改造でした」

 へぇ~。さすがにお詳しい。でもワタシとしては元のゲームが何だったのかは関係なかったんです。ハード的に自分のプログラムが走ればそれでオーケーですから。


ROM周辺の拡大です

これを見て記憶が全開しました。脳の奥で萎(しな)びた海馬がムクムクと蘇生してくる感触を受けたのです。

 ROMに張られたシールやオレンジ色のリード線。当時の光景がありありと再現されます。
 オレンジや黄色のリード線はカラーのフラットケーブルを裂いて使用したのです。
 趣味の延長でしたが、欲しいと言われて知り合いやゲーム関連の人に配った10枚ほどの中の1枚です。間違いありません。中でも決定的なのは、ROMシールの書体です。

 当時はまともなプリンターの無い世界。手作りの放電破壊プリンターで印字するのが唯一のハードコピーです。

 放電破壊プリンター…………。
 これは今の人からは想像できないプリンターで、銀紙みたいな紙に放電させて黒く焦がして印字する方式なのです。しかも紙幅はレシートほど。もちろん普通紙への印字は不可。シールに印刷なんてとんでもない。

 そこで買って来たタックシールをタイプライターに巻きつけて印字したものです。もちろん『NC』は『NumberCrash』の略です。

 K氏曰く。
「基板自体は海外(オーストラリア)のマニアにあげてしまったんですが 基板写真とROMデータは残してます」
 とのこと。

 ははぁ。ありがたき幸せでございます。m(_ _)m


 K氏からのメールはこれだけでは終わらず。
(好きな物にかける情熱はワタシもそうですが、やはり熱いのです)
 その海外で取り上げられた部分のアドレスをも添付して頂いております。
 それがここ。真ん中あたりに掲載された『19th June 2016』の欄です。

http://members.iinet.net.au/~lantra9jp1_nbn/gurudumps/oldnews2016.html

 "NumberCrash"でサイト内検索をするとすぐに出てきました。
 英語なので何て書いてあるか分かりませんので、英訳しました。

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今日、私は、『数事故(NumberCrashのことでしょう)』と呼ばれている珍しいゲームを受けました。ゲームは現在MAMEで働きます:-)

私は2つの悪いゴミ捨場を再遺棄して、入力とディップスイッチの全てを固定しました。
MAME人々がそれをするにはあまりに怠惰だった、そして、それがかなり簡単だったようです... MAMEがゆっくり死んで、無関心は確かに始まりました。
とにかく、それの全てを固定した後に、それは現在行なえます。
PCB寄付のために Kさんに感謝します
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「う~む。ちょっと何言ってんだか解らないです」

 MAMEというのは、Multiple Arcade Machine Emulatorの略で、アーケードゲームのエミュレーターのことです。基板が無くてもROMデータさえあれば再現してくれる優れもなのです。


 しか~~し。
 K氏の思いはまだまだ留まらず。
 動く『NumberCrash』が見れるサイトを教えてくださりました。
 しかもご丁寧に、「著作者様の許可も取らず勝手にすみません」と書かれておりますが、
「どうぞどうぞ。ご自由にやっちゃってください」の心境です。
 なにしろ、オリジナルBGM付きで動く自作ゲームを36年ぶりに見れるのですから……。
 年がバレます。ここはすっ飛ばしてください。

 ではごゆるりと……眉毛を潜めるご準備を。何しろ36年前の自作ゲームですので……。

https://www.youtube.com/watch?v=XwzSrKO4zc8

 最後に。
 K氏からのメールに感謝の言葉を添えさせていただきます。

 ご連絡まことにありがとうございました。過去のワタシもまさか36年後に、ここでこうして人さまに見てもらえるとは思わないで、今日も製作に励んでいることでしょう。

 継続は力ですね。


 Kさん。本当にありがとうございました。



 そして話は 2019年 5月2日に続きます。



 昨日梅田に行ってきました。久しぶりの昼間にです。天気は雨でしたが、ぬぁんと午前11時半の阪急電車に乗ってです。午前中です。午前様というのはよくありますが。このワタシがお昼の時間帯に梅田に出るなんて、なんということでしょう。もしかして平成から令和に時代を変えたのはワタシが起因しているのでは……ナイナイ。

 はい、ありません。

 以前にも書きましたが、1983年にワタシが作ったゲームを発見された K氏がそのお仲間ともっと詳しい話をしてくれ、ということでご来阪されたのです。

 知らなかったのですが、その道に詳しい方々にはワタシのことが謎の存在だったらしく、偶然 K氏がこのサイトで『Number Crash』なる単語を見つけてそこから手繰り寄せられてワタシに行きついたということで、これまで謎だった人物が存在し、かつまだ記憶も怪しくないということで、この後いつボケてもいいように(そろそろ怪しいです)資料をかき集めようと、お仲間の S氏と大阪までクルマを飛ばして来られたわけです。

 お二人の活動はレトロアーケードゲームの保存運動をしておられるそうで、世界的に運動は広まっているとのこと。お二人が特に力を入れておられるのが、1970年後半から1996年頃までのレバーと押しボタンで遊ぶアーケードゲームだそうです。

 年代を書いてもよく分かりませんので、ゲームシステムで表現したほうが知っている人にはピンとくると思いますので切り換えましょう。
 タイトーの3枚ボードからセガモデル3ぐらいまでだそうです。
 ご存じない人はポカンでしょうが、マニアの方なら「あーなるほどねー」と納得されると思います。

 で、なぜ謎の存在だったのか。
 まず無名の開発メーカー製だったこと。ゲーム内容が完全オリジナルで、どこかのメーカーのコピーではなかったこと。らしいです。

 さらに詳しくお話しを聞いていくと、ゲーム基板が老朽化しておりそろそろ限界が来ているらしいのです。
 そりゃあそうでしょう。いくら IC類が半永久的だと謳っていても、40年近く経過するのです。ICの中は健在でも足(ピン)は錆びてきますし、すでに死語となったディップタイプのTTL(デジタルIC)は入手が難しくて修理はほぼ不可能です。でも ROMデータを PCに取り込んで MAMEで再生することが可能だというのです。

 MAME?
 節分の話ではありません。Multiple Arcade Machine Emulatorと呼ぶそうです。

 つまり数多く出回ったアーケードゲーム機のハードウエアを PC上でエミュレートしてやろうというシステムです。すごいっすね。世界中の技術者が寄ってたかって進化させているのですから、ワタシがこのサイトで作った PICシミュレーターの規模ではないです。なのでマスターROMさえあれば基板が無くても再現できるそうです。

 つまりです。マニアさんのあいだで謎だった開発者を見つけたんだから、何か知っているだろうと横浜から飛んで来たそうです。
「はー。そんなもんっすか……」



横浜からわざわざお疲れ様です

お会いしてお話を聞きつつ、いろいろと資料を出していただきなんとなく納得することに。
 まずこれを見てくださいと出された資料は『ねこ自慢ブログ』と呼ばれるゲームエミュレータの同志が集まったサイトでした。そこに書かれていることを要約しますと(ちょっと表現を変えています)。

-----------------------------------------------------
「なんか知らないメーカーのゲームだけど ○○○って、知ってる?」
「あー。知ってる。○○○は、かつてファミ通に謎のクソゲーとして紹介されてたよ」
「貴重な情報ありがとうございました……(中略)……『ペニーオリジナル』ってずっと会社名かと思ってましたが、ぺにさんのオリジナル作品って意味だったとは……」
-----------------------------------------------------

 そうです。ワタシが『ぺに』です。『ペニー』ではありません。ひらがなで『ぺに』です。名前だけでも憶えて帰ってください。
 ちなみに『○○○』の部分が気になる方は、下記のねこ自慢ブログへ寄り道してみてください。
https://wayder.blog.fc2.com/?mode=m&no=3000&m2=res&page=0


 また、ファミ通に掲載された時の切り抜きがこれ。


上記の写真はhttps://twitter.com/ZAVIGA84/status/807535815706353664ここにアップされています。

 書かれているとおり、『クソゲー』と呼ばれても仕方がありません。これに関しては本人も認めます。でも開発機材も何も無かった時代にそれを手作りしたうえに、音楽からキャラ製作まですべてオリジナルで突き通して、当時のメーカー相手に張って出たんですからそこはちょっと自負したいところではあります。(クソゲーという評価を頂けた冥利に尽きます)
 世に出た基板は1種に付き10枚もありませんが、短期間にも関わらずいろんなゲームを作ったので目につきやすかったのかも知れません。

 K氏とS氏がわざわざ横浜からお持ちいただいたゲーム基板もその中の一つ。Time Pilotをベースにした『Fruits Up』でした。


これは子供用のメダル機でして、メダルを払い出すリレー基板まで残った完璧な状態でした。テーブルの上で広げていただい時は感謝感激です。じつに33年ぶりの再会です。
 それは1986年のことでした。とあるゲーム機器販売会社の社長の目に留まり、商品化の兆しが見えてきたころです。そしてその後ついにベース基板がオリジナルに代わるんです。その辺りのことをこのページの最後尾に一覧表を作成させてもらいました。

 とまぁ。資料や基板の写真を見せて頂き、ワタシ個人的にも大興奮でした。


 今後、その道の方々がこのサイトに立ち寄る機会が多くなるかもしれませんので、ここで告知しておきます。

 記憶の彼方に過ぎ去ったゲームの数々は阪神大震災を機にほぼ全滅です。しかしかろうじて持ち出せた秘蔵のマスターROMを本日、K氏と S氏に預けましたので、エミュレーターで再現して頂ける日が来るのではと思っております。


この世に再び出るとは思ってもいなかったマスター ROMの数々です

帰宅後、『妖怪転生Ⅰ』のインストを探しておりましたら、製作年表風の資料が出てきました。これまで製作した作品の全種類と完成日時、規模などが克明に記されていますので、下記の補足欄にてまとめて公表いたします。

 ブログで騒がれていた『ワンダーランド』『キックンロール』『スーパーアドベンチャー』『妖怪転生Ⅰ、Ⅱ』などもありますし、中でも驚いたのは(自分で言うか……)あの『Number Crash』に完成版があって、それが『キックンロール』だという事実です。どんな内容だったのかまったくの記憶喪失状態で、
「うっそー。そうなんだぁ」って自分で驚いているぐらいですから、みなさんが謎だと騒ぐのも無理ありません。


 それではご報告とお礼を兼ねまして……。
 Kさん。Sさん。本日は遠いところご苦労様でした。マスターROMの復活を一人のマニアとして切に願っております。



 これがこのサイトの中枢でもあった【デジタル降魔録 私的なパソコン史】の後日談であります。

 現在、初めてパソコンを目の当たりした時とは異なる視点に移りつつありますが、物づくりに対する情熱はいまだに熱くたぎっております。その熱量が冷めぬことを祈りつつ、今日もキーボードを叩き続けるのでありました。

2020年4月。






補 足 2020年 5月

Kさんの努力が実りつつあるようで、いくつかのゲームが復活しています。ほんとうにありがとうございます。


 古き時代のアーケードゲームを蘇らそうと日々努力されている方々が、世界中にたくさんおられることに驚きと感謝の意を伝えるべく、ここに Kさんのご報告と併せまして、未公開の資料をまとめてみました。いくつかは実際の動画もありまして実際にBGMも鳴っています。

完成日タイトル内容
1984年3月StepMap
メダル機
簡単に言うとスゴロクの日本地図版。北海道まで到達すると記念メダルが出てくる。
Kさんからのご報告
BG/サウンドROMなし。BGがないので背景の日本地図が真っ暗です。
1984年5月Pico Ball 球の落下シミュレーションを兼ねたメダルゲーム。あまりのクソゲーのため途中で開発中止となった。
Kさんからのご報告
完全動作。スナップショットあり

【Pico Ball Playシーン】(SE、BGMも鳴ります)
1984年7月妖怪転生Ⅱ 二人同時プレイを可能にする。キャラの種類を大幅に増やす。
Kさんからのご報告
ファミ通に掲載されていた切り抜きです
1984年12月Wonder Land (これが『ねこ自慢ブログ』で噂になった地底湖が出てくるアドベンチャー型ゲームです)
真っ暗なイメージを作るために、プレーヤーの周りだけ絵のデータをVRAM転送して画像を出す。
懐中電灯を拾うと画面全体が見えるようになる。
(ROM紛失、データ無しです)
1985年5月Kick'n Roll (記憶にありませんので、資料のとおりに書き写します)
キャラをさらにコミカルにして、死亡プレーヤーと次のプレーヤーがゲーム内でタッチするアクションを付け加える。
効果線の使用、吹き出しの使用で簡単なセリフを出力。
複雑なキャラの動き、かつ滑らかな動きを実現する。
キャラの移動パターンの多種類化。
BIOSの完成。
(なに何言ってんでしょうね)
Kさんからのご報告
プログラムROMが不足しており動作せず。
1985年10月
未完成
SNIPER シューティングゲーム。
Kさんからのご報告
完全動作。スナップショットあり

【SNIPER demoシーン】(Soundはありません)

【SNIPER Playシーン】(SE、BGMも鳴ります)
1986年4月Super Adventure (これも記憶にありませんので、資料のとおりに書き写します)
Round方式のアドベンチャーゲーム。
RJP方式に加えてRESET RJPの追加による複雑なキャラ、多種のキャラを少ないメモリで処理できるシステムを完成。
(カッコいい書き方をしていますが、ようはテーブルジャンプのジャンプ先をゲームの進み具合で書き換えてしまうやり方で、基本のサブルーチンをそのまま使えるために省メモリが可能になります)
Kさんからのご報告
データに欠品はないが未動作。調査中。
1986年
未完成
プラネットソルジャーの秘宝 ゲームエリアのデータを圧縮と展開を瞬時にすることで、TIME PILOTのハードで64面まで可能にした。
(でも完成していませんから……)
Kさんからのご報告
開発途中?
1986年9月メロディーショット 初のオリジナル基板によるプライズゲーム。CPUは Z-80でROMは 8KB。サウンドは PSGデバイスである AY-3-8910を使用。
1986年12月FRUITS UP!! ビルを側面から見たゲームエリアで、室内を右往左往する果物のキャラが 5つ窓から見える。
ビルは 5階まであり、ストップボタンを押すと一つだけの窓を残してすべて閉まる。残った窓から一つだけのキャラが顔を出す。
それを 5階まで繰り返して、顔を出したキャラの組み合わせで勝ち点が決まる。ポーカーゲームを応用(マネた)したプライズもの。
Kさんからのご報告
データに欠品はないが未動作。調査中。製品版とはROMの配置が微妙に違っている。
文字列が左右反転しているがスナップショットあり
1987年1月BEAT ON! 初のオリジナル基板によるビデオプライズゲーム
9面の窓があり、止まった絵柄の組み合わせで点数が入る。スロットゲーム。
1987年9月ビックリカード 同じ基板によるプライズゲーム。
9枚のカードのどれか2枚を捲って、同じなら景品払い出し。
Kさんの情報によりますとビックリカードもmame対応済だそうです。下記アドレスで見れます。
http://adb.arcadeitalia.net/dettaglio_mame.php?game_name=bikkuric&search_id
ShortPlayボタンを押すと実際に動いている状態で見ることができます。
またROM内の隠しメッセージまで見つけられていました。これはさすがに作った側としてはハズイですね。
https://tcrf.net/Bikkuri_Card
上記サイトに掲載中
1988年7月チャンス君 同じ基板に、音声データの入ったPCMボードを搭載した喋るプライズゲーム。
イヌさんチームとネコさんチームによる野球ゲーム。ホームインすると景品払い出し。
こちらもmame対応済みで、下記アドレスへ行くと見ることができます。しかも音声付きで。ここまでエミュレートできるとは驚きです。
http://adb.arcadeitalia.net/dettaglio_mame.php?game_name=chkun&search_id=
ShortPlayボタンを押すと実際に動いている状態で見ることができます。
上記サイトに掲載中



初のオリジナル基板に載ったPCM発声ボード




資料・メモリマップ

インベーダー三枚基板

マップ名アドレス内容
サウンド出力0x03 b7:
b6:
b5:
b4:ビービー音
b3:インベーダー破壊音
b2:砲台破壊音
b1:砲台発射音
b0:UFO 通過音
サウンド出力0x05 b7:
b6:
b5:画面反転
b4:UFO 破壊音
b3:行進音 低
b2:行進音 ↑
b1:行進音 ↓
b0:行進音 高
入力ポート0x01 b7:IC25-11pin
b6:right
b5:Left
b4:Shoot
b3:IC12-12pin
b2:1Play
b1:2Play
b0:Coin
入力ポート0x02 DipSW
b7:No.8
b6:No.7
b5:No.6
b4:No.5
b3:No.4
b2:No.3
b1:No.2
b0:No.1


PACK MAN

マップ名アドレス内容
ROM0x0000~0x3FFF 0x2800~0x2FFFが未定義?。
0x8000~0xBFFF拡張可能。
VRAM0x4000~0x43FF VRAMのアドレスからスプライトのX,Y座標を求める公式
X=4{(VRAMaddrs)and(0x03E0)}+6
Y=[8{(VRAMaddrsの下位)and(0x1F)}]not+1


TIME PILOT

マップ名アドレス内容
ROM0x0000~0x7FFF 0x0000~0x1FFF:ROM-1
0x2000~0x3FFF:ROM-2
0x4000~0x5FFF:ROM-3
0x6000~0x7FFF:option
RAM0xA000~0xAFFF 0xA000~0xA3FF:カラーアトリビュートエリア
0xA400~0xA7FF:VRAMエリア
0xA800~0xAFFF:Work RAMエリア
アトリビュート0xA000~0xA3FF b7:0=スプライトon 1=スプライトoff
b6:0=背景キャラROM3選択 1=背景キャラROM4選択
b5:0=背景キャラROM1選択 1=背景キャラROM2選択
b4:背景キャラとスプライトとの表示優先設定(=1 スプライト背面) 
b3:背景キャラの色の設定
b2:背景キャラの色の設定
b1:背景キャラの色の設定
b0:背景キャラの色の設定
スプライトRAM0xB010~0xB43F 0xB010:Y座標データ
0xB011:スプライトキャラ選択
  |
0xB03E:Y座標データ
0xB03E:スプライトキャラ選択

0xB410:スプライトキャラの色選択(bit0~5)キャラの向き(bit6,7)
0xB411:X座標データ
  |
0xB43E:スプライトキャラの色選択(bit0~5)キャラの向き(bit6,7)
0xB43F:X座標データ
出力ポート0xC000 Sound PCBへのデータバス(パラレル 8bit)
入力ポート0xC200 Dipsw-2
b7:No.8
b6:No.7
b5:No.6
b4:No.5
b3:No.4
b2:No.3
b1:No.2
b0:No.1
入力ポート0xC300 b7:
b6:
b5:
b4:2Play
b3:1Play
b2:B-7
b1:B-10
b0:Coin
出力ポート0xC300 =0 NMI停止 =1 開始
出力ポート0xC302 =0 画面反転 =1 画面正転
出力ポート0xC304 Sound PCBへリセット出力
出力ポート0xC307 b7:
b6:
b5:
b4:
b3:
b2:
b1:
b0:=0 アンプのミュートoff =1 ミュートon(音が出ない)
出力ポート0xC308 b7:
b6:
b5:
b4:
b3:
b2:
b1:
b0:=0 CRToff =1 CRTon
入力ポート0xC320 b7:
b6:
b5:1P Shoot-1
b4:1P Shoot-2
b3:1P Down
b2:1P Up
b1:1P Right
b0:1P Left
入力ポート0xC340 b7:
b6:
b5:2P Shoot-1
b4:2P Shoot-2
b3:2P Down
b2:2P Up
b1:2P Right
b0:2P Left
入力ポート0xC360 Dipsw-1
b7:No.8
b6:No.7
b5:No.6
b4:No.5
b3:No.4
b2:No.3
b1:No.2
b0:No.1


CHANPION BASEBALL

マップ名アドレス内容
Watch Dog0xA0C0 何かを入力し続けないとリセットする
VRAM0x8000~0x83FF
アトリビュート0x8400~0x87FF

これより古い資料は、
1980年~1982年】 【1983年~】へお寄りください。


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