【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 1月25日(水)

ホットクイッククレージー


 二人に先導されて俺たちは階段を駆け上がった。
「どうする、玲子。舞黒屋がヤバイ道(みち)に入っていくぜ。いいのか?」
「仕方ないでしょ。しばらくは成り行きに任せるのよ。あなたもお尋ね者になりたくないでしょ」
「当たり前だ。このままではダイヤは奪われてしまい、歴史に齟齬が生じる。そうなったら新たな時空間修正が増えちまうだろ」
 たったの12時間でいくつの時間規則を破ったことになるのだろう。ほんと過去なんかに戻るもんではない。痛感した。できることなら過去に戻って自分自身に忠告……そうか、過去には戻らないほうが良い。


 足早で進むマサの後を追った俺たちは駐車場に入り、ヤスが運転する白のバンの後部座席に乗り込んだ。
「いや~。それにしても大師匠御神様のおかげだ。仕事は大成功でやんした。ありがとうごぜえます」
 マサとヤスは大仰に茜へ向かって手を合わせた。

「お前、たいそうな名で呼ばれているけど、どうしたんだ?」
 不審に思って窓際に座る茜に訊くと、
「わたし、また神様になってしまいましたぁ」
「マジかよ……」

 運転席からヤスが振り返り、
「前も神様だったんっすか?」
「さっきもお伝えしたよーにー。わたしはドゥウォーフの白神さまだったんですよぉ」
「へ~。そりゃすげえっすね。湯豆腐の白かねさんっすか。親戚に豆腐屋さんがいたら新鮮なのが食べほうだいっすね」
「そりゃーいいな。オレも生揚げ大好きだぜ」

 まあ、どーでもいいけど。先天的にこいつら耳が悪いんだな。


 クルマはまだ眠りについていない繁華街を抜け、一路高速道路を目指していた。どこを走ったって俺には分かる。生まれ育った街だからな。

 助手席でゴソゴソしていたマサが、高級ガラスの甲高く澄んだ音を奏でながら夕焼け色の液体を注ぎ始めた。
「前途を祝して……」
 とつぶやいてから、後部座席に体を乗り出し、
「さぁ。乾杯しやしょう」
「あら。ワインじゃない」
 嬉しそうな顔をして前のめりになる玲子。

「さ、さ。そっちの部下さんもどうぞ」
 俺にも突き出し、さらにこともあろうことか、
「豆腐屋の白鐘さんもどうぞ一杯。可愛い顔してけっこういけるんでしょ?」
「わぁぁぁぁぁ。この子は下戸なんだ。酒を見せるなって」

「どうして? 『赤・村さ木』で、けっこう飲んでたんじゃねえっすか?」
「わらしは、ひろかねさんれはありまへんよ。しずかってぇ、なまえれでごんす」
 ほとんど意味不明。茜はころんと俺に背を預けると、好奇心に満ちた視線で流れ去る夜景を追い始めた。

 知らねえぞ。今のはもろに吸引したぜ。居酒屋の空気を吸うだけでベロベロに酔う異常体質なのだ。
「さて。どうしたもんかな」
「ろぅすしたもんかなぁ」
「マネすんな」
「マメスンナ……」

「……………………」

 渡されたワイングラスを握ったまま、俺は千切れるように流れて行くネオンの明かりをアカネと一緒になって眺めていた。普段なら自ら進んで飲むのだが、そんな気分にはなれない。

 思っていたとおりに白バンは高速に入った。エンジンも軽やかに絶好調だ。そりゃそうだ時価2百億とか言われるダイヤを腹に抱き込んで、
「かんぱーい」とやってんだ──って、おいおい玲子まで一緒になって。呆れた奴だな。俺なんか今後の対策を練って、頭の中は渦を巻いているというのに。

 俺の対策案はというと……。
「はぁぁ~どうしよ」
 どんなに頭を捻っても、さっきから溜め息しか出ない。

 なんとかダイヤを取り戻さなきゃ。もし失敗したら社長に何て報告すりゃいいんだよ。
 となると最後の綱は優衣か。
 時空修正してもらうことになるんだろうが、宇宙規模的なミッション随行中にこんな私的な失態を修復してもらえるんだろうか。相手は管理者だぜ。たぶん知らんぷりだろうな。

「もう。なんて暗い顔してんのよ」
「当たり前だろ。ばーか。それより酒臭い息を吹きかけるなよ玲子。ますます憂鬱になるだろ」

 助手席から前を向いたまま、マサがワイングラスを高々と掲げた。
「シンスケのダンナ~。ニュータイプに乾杯しやしょうぜぇぇ」
 こいつもだいぶ酔ってきているな。
 あのな。ニュータイプってのは一種の超人類のコトを指すんだ。お前のはタダの酔っ払いだ。

「シンスケさん。特殊危険課ってぇのは何するとこなんでやすか?」
 今度はヤスが気さくに尋ねてくるが、まぁ。お前は飲まずに運転に集中してっから安心だが、ちょっと飛ばし過ぎていないかい?

「シンスケの旦那。こいつはもと族あがりで、ホットクイッククレージーって呼ばれてたんだ」
「ほっとろっくたべたいれす」
 夜景を眺めていた茜がそう言ってこっちを向いたので、その首をもう一度窓へとねじりながら、
「なんだよホットクイックって?」
 ヤスはバックミラー越しににやりとして見せ、
「煽られたら、見境無しに熱くなるんっすよ」
 って、笑って言うな。怖ぇえな。

「運転技術(ドライブテクニック)は抜群だから安心していいぜ。え? へいへい」
 マサは2本目のワインを玲子からせがまれ開けようとした。

「ちょ、ちょっと玲子、飲み過ぎだぞ」
「いいじゃない。今日はお祝いなのぉ」
「バ、バカ。どこが祝いだ。俺たちには明日は無いかも知れないんだぞ」
「へっへー。オレらは明日から新しい人生だぜ。ヤス飛ばせ飛ばせ。この高速はオレが買い取ってやるぜ」
「あっはっはー。飛ばせぇヤス~。あたしも応援するわ」

 こいつ殺す。絶対に社長にチクってやるからな。酔って舞黒屋の秘書にあるまじき暴言を吐いていましたって。

「うひゃひゃひゃ。とませ、とませ、やすぅぅ」
 酔いが絶好調になってきた茜が、意味不明の歓声を上げるし。クルマの中が一種異様な熱気に包まれて来た。
 つまり宴もたけなわってやつだ。


 その時──。
「へっ、来やがったぜ」
 右のサイドラーを見つめて、ヤスがつぶやいた。

「け、警察か?」
 俺の小さい肝っ玉が縮みあがり、呼吸までも途切れそうだった。

「ほとんどの警察が今日の騒動で街へ入って厳戒態勢を引いたんだ。こんな田舎の高速なんか走るもんか」
 と言うマサに肩をすくめて見せる。その騒動を起こしたのもこいつだ。酔って運転手の首を絞めている茜だ。

「白鐘さんくるしいっすよ~」
 首を絞められて笑っていられるのは、こいつが酔って力が入らないからさ。マジになれば電柱だって握り潰すんだぞ。

 ややもして──。
 酔っ払いを乗せたバンへ、奇抜な塗装をしたワンボックスが疾風のように追いつくと横付けになり、怒鳴り声が助手席から渡ってきた。

「オマエらどこのモンだ。ここで制限速度を越えてもいいのはオレたちブラックネブラだけだぜ。速度を落としやがれ!」
 嫌な名前をつけた族だな。

「うっせぇー!」
 怒鳴ると同時に、相手を道路から弾き出す勢いでバンを幅寄せするヤス。
 向こうもそれなりの腕前なのだろう。反射的に避(よ)けるが、俺は真っ青。

「この白バンを見て集(たか)って来るったぁ、お前らモグリだな。いい度胸してるぜ!」と怒鳴るヤス。
「へっ! パン屋さんに知り合いはいねえぜ」

「おいおい。ヤスさんよ、ガキ相手に熱くなるなって」

「──このガキゃ! 相手になろうってのか!」
 俺の声なんてもう聞こえていない。なるほどホットクイックだ。

「みてやがれ……」
 ヤスは片手でダッシュボードをばっかりと開けると、ずらっと並んだトグルボタンの一つをパチリと倒した。
 モーター音を響かせて、バンの横っ腹から小さな翼がせり出て、それがよけいに相手を煽ることに。

「はーっ! こけ脅しのウイングなんか怖かねえぜ。張りボテだろうが」

 ヤスの目がますます険しくなり、
「おらぁ! クソガキども、ここはもうすぐ、マサあにいの私有地になるんだ。この高速も買い取られて、あにいの専用道路になるんだぞ!」

「こいつバカだー。どこにそんな金持ちがいてんだ。ば~か。おとなしくコッペパンでも配達して来やがれ」

 さらに目を吊り上げるヤス。
「あにいの道路にゴキブリを這わせておくワケにはいかねえ。今のうちに成敗しといてやる。いいっすね、あにい?」
 そういうのは専門の業者に任せておけばいいものを……。

 マサは笑って手を振り、連中もまだあおってくる。
「ゴキブリはそっちじゃねえか。オレタチが踏み潰してやろうか! ばーか。悔しかったら抜いてみろ。アンパン野郎~~」
 こっちもかなりの速度で走行しているにもかかわらず、爆音をぶっぱなしたワンボックスは、直線の高速道路を前方へと、みるみる小さくなって行った。

「ヤロウ、ゆるさねえ。ぶっ殺す!」
「ぶっほろすぅ。ゆけゆけ~。あんふぁんま~ん」
 茜は黙って寝ていて欲しいな。そういう事を口にすると、いろいろと大人の問題が起きるからさ。

 アクセルをベタ踏みにされた白いバンはタイヤを軋ませて、ワンボックスの後を追って突っ走り、
「ねぇ。何か摘まむものは無いのぉ?」
「乳首ならありますぜ、姐御。ぐわははははは」
 こっちは下ネタに走っているし。

「ああぁ、ほら。こまんらー、あかむらはきーれーす」
 赤・村さ木 の看板が車窓を流れて行く。チェーン店なので珍しくない。

「見てろよシンスケの旦那。このバンのすげえとこ拝ませてやっからな」
 ダッシュボードの奥にずらりと並んだトグルボタンを端から突っ立てていく。そのつどクルマのどこからで起動音がして、
「うあぁ!」
 いきなり車高が下がった。一気にがくんと。

「な、なんだよ?」
「ちょっと飛ばすぜ。安定度を上げるためにローダウンしたからな。ニトロ準備よしと」
「え? ちょ、ちょっと。ヤスくん?」
「圧縮比最大と……。第二シリンダー直結よし、NOSターボ点火準備」

「だ、だめだって」震え声で俺。
「カマイタチー。摘まみが欲しいよー」と玲子。
「姐御ぉ。ペンネームで呼ぶのやめてくださいよー」
「あはは。ニックネームだって……あ。ニック、お肉が食べたぁい」
「あらしも、おにふがたべたらーい」
 お前は肉食系アンドロイドだったのかよ。

「了解しやした姐御。ヤス、次のパーキングまで最高速度だ。行け。高速道路の持ち主が許す」
 まだアンタの物になっていないって。

「それじゃぁ、あにい。あいつらぶっちっぎって、チクワの醤油焼きでも買って来やすねー」
「あらしも、それたべたいれーす」
 お前は何も食わなくていい。どうせ消化しないんだ。

「どぁぁぁぁぁぁっ!」
 ドンと言う爆音と同時に座席に張り付いた。

「ぐ、ぐるしい~~。慣性ダンプナーは付いてないのか、このバンには?」
「きゃはははは。ゆけ~」
 茜は当然平気だ。アンドロイドだからな。なぜ平気なのかなんて訊くなよ。今それどころではない。
 玲子とマサも平気の平左だ。こっちは酔っているからだ。

 ナイトロターボの爆発的な噴射力を得て、疾駆するバンの加速は驚異的に増したのだが、このあとさらなる悲劇が俺を襲う。
 ぶっ千切りで前を走っていた奇抜色のワンボックスのテールライトが見えてきた頃。

「へっどうだ。ニトロターボの威力だぜ」
「でもよヤス。ちょい迫力に欠けるな。若い連中を圧倒させるには、こんなジリジリ追い込んでいたらダメだぜ。ドキューンと抜かなきゃな」

 いらないことを言うなよ。高速道路はドラッグレースの場じゃないんだって。
「あらしが、どきゅーんしてあげます」
「バカやめろ」
 止めさせようと手を出すが、加速による圧迫に打ち勝つことができず、俺は首をねじって怒鳴るのが精一杯。
 酔ぱらった茜は後部座席を乗り越え、ラゲッジスペースへ移動すると粒子加速銃を起動。後ろの路面を狙って撃った。

 ドシュ────────ンッ!

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! このDQN(どきゅーん)ヤロー」

 リアハッチをふっ飛ばして、耳をつんざく轟音と炎が後方に吹き出した。反動で茜は後部座席の背もたれを裏側からくの字にひん曲げて、かろうじてフロントガラスから飛び出ることを免れたが、そのパワーをまともに喰らったバンは猛然と前輪を浮かして、もはや走るとは描写できない。左右のウイングが風を得た鳥の如く。強烈な空気の流れに乗り火花を散らしてまさしくぶっ飛んだ。

 寸刻で奇抜色のワンボックスに追いついたバン、後ろから突っこむ寸前、
「みんな! 右に寄ってくれ!」
 という運転席からの声に、全員が右側面(みぎそくめん)に飛びつく。それに合わせてハンドルを操作したヤスは、片輪走行でかわした。つまり前輪が浮いているので一輪走行さ。いわゆるもうムチャクチャだった。

 乱れた気流にバランスを失い、悲鳴を上げてきりもみ状態で旋回するワンボックスをすり抜け、白いバンは壮絶な速度──そうだな。ほぼジェット機並みの速度で疾走すること数十秒。一瞬にして10キロ先のパーキングエリアに到着した。

「…………………………………………」

「うん。このチクワはワインに合うわ」
「でやんしょ。姐御」とヤスは満足げな顔を見せ、
「よし。ここでもう一本、ワイン開けやすぜ。今度は白にしよう」
 足元にあるクーラーをガサガサと物色するマサ。そして髪の毛を猛烈な風圧で掻き乱された茜は、白いオデコを丸出しにして、
「ちくぁ。あらしにもくらさい」
 可愛い手を伸ばし、
「寒いなぁ……」
 リアハッチが吹き飛び、ラゲッジスペースが丸焦げになった後部座席で震えているのは、素面(しらふ)の俺だった。

 ワインディング道路ならぜったい命が無かったぜ。
 赤(あか)んワインだけに。

 つ、つまらん………………。


「らぶとん、とっちゃってくらさぁい」