【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 1月16日(月)

メッセンジャー


 切れのいい大きな声と平手打ちのパンッという乾いた音が響いた。
「今の風はなかなか良い演出になりましたね。やはり偶然に勝るものは無しってね。自然が一番です」

「だ、誰?」
 玲子が訝しげに見つめる小柄な男。そいつは雑貨屋から出て来た。

「それより、俺の弟はどこ行った?」
 さっきまで俺たちの足元で落書きをしていたじゃないか。

「えっと。シーン194の幼児。はいはいはい。特別オプションの5歳男児ですね。今のシーンで登場は終わりです。なかなかの名演技でしたねぇ」
 ツバの大きいサンバイザーを深々と被った小柄な男は、息つく間もなく言葉を連射する。

「時間が無くてバイオスキャンのクローキングが間に合わなかったんです。さすが見抜かれてましたね。ま、ラストシーンなので逆にいいオチがつきました」
 ワケの分からない説明をたらたら繰り返すが、
「さっきから、あなた誰なの?」
 男は玲子のきつい視線を受けても平然としていた。

 面喰って黒目をまん丸くさせた茜の横で、優衣が汚物を見るような目で睨み、
「メッセンジャー……」
 小さな声を朱唇から漏らした。

「「メッセンジャー?」」

 玲子と声をそろえる。当然だろ。
 それより玲子なんか、声と一緒に銃まで突きつけていたもんな。やっぱこいつに銃を持たすのは考えものだ。

 男は驚く様子も無く、笑みを返したついでに、突き出された銃口へ両手のひらを向けて、
「どうです? 面白かったでしょ。最後まで最高の演出だったと思いません? 私のホロノベルは本物そっくりでしょ」
 小柄な男は軽い口調で喋ると、やおら雑貨屋の通路に上がり、拳の角で壁を叩いた。痩せ型の割りに短かく太い指だ。

「建物はすべて本物のそっくりのセットで、登場人物や効果はホロ映像ですよ。今回は管理者製のガイノイドがいたので、クローキングに時間が掛かったんですよ。この子たちのバイオスキャンは性能がいいですからね。でもほら最後の男の子まで区別がつかなかったでしょ」

 説明が具体的になればなるほど釈然としない。俺は蒼い目の男に大きな声を出した。
「これが、映画だと言うのか?」
「そうです。3Dなんて目じゃありませんよ、実体験ができるうえに、主人公の深層心理を読み取り、リアルタイムに変化して行く映画ですからね」

 両手を振り回しながら、男は大げさなジェスチャー付きで語るが、その素振りが無性に腹が立つ。

「あのドロイドは何よ。出来が悪かったじゃない」
 憤然と言い返す玲子。
「あ~。あれね。あれはハリボテです。だって絶対にあれを見つけたら、撃ってきますでしょ。ホロ映像に高エネルギー弾を撃ち込まれたら、光子が飛び散ってバラバラですからね。それよりEM輻射波までそっくりだったでしょ。餌が無いと寄って来ないと思ってそこは凝りましたよ」

「俺たちはゴキブリじゃねぇ!」

「おっと、これは失礼」
 慌てて手のひらで口を塞いだが、その青い目だけは嘲笑っていた。

 優衣が長い黒髪を風になびかせて男の前に立った。
「あなたは、どうしていつもワタシたちの邪魔をするのですか?」
 そのセリフに玲子も食いつく。
「どういうことよ、ユイ!」
 乱れる髪を後ろに払いながら、男をギンッと睨む優衣。

「邪魔とは言いがかりですね。私は、」
 途中で言葉を区切ると、蒼い目を俺たちに振り、
「申し遅れました。ワタクし、このF877A、失礼……。このアンドロイドがやって来た時代から来ました。ホロ画像をクリエートする、いわゆる映像デザイナーです」
「ワタシたちのことは、ほっといてください。メッセンジャーさん!」
 迷惑そうな表情は真剣だった。突き刺すような視線を小男に注いでいた。

「ユイ、メッセンジャーって何者なんだ?」
「この人は、星域を抹消することに賛成するグループの一人です」
「じゃぁ。管理者なの?」
「正確には管理者ではありませんが、その一員であることには間違いありません。こうやってワタシたち抹消反対派の行動をいちいち監視しているんです」
 そう言って優衣は透き通った瞳をもう一度男に振ると悲しげに問う。
「また、邪魔ですか?」
「さっきから邪魔、邪魔って……。聴き捨てなりませんね。ワタシは創作活動の一環でこの時代に来ただけですよ」

「邪魔って、何よっ! 場合によっては許さないわよ」
 穏やかだった玲子の目が瞬時に剣呑な空気を纏う。剣の切っ先にも似た鋭利な視線で小柄な男の青い目を射貫いていた。
 男はたじろぐものの、すぐに立ち直り、無視をかます。ぷいとあらぬ方向を見たまま沈黙した。

 だが、
「メッセンジャーは抹消派グループの手によって作られた、」
 優衣が説明を始めようとすると、
「あ──。こんなチンケな星系! さっさと消毒されたらいいんですよ」
 大声で彼女の言葉を遮り、茜と交互に見比べながら言う。
「──あなたも楽になるでしょ?」
 たぶん二人に言ったのだろうが、茜はキョトついている。優衣の過去体ではあるが、この男とは面識が無いらしい。

 小柄で青い目。太く短い指。たしかにドゥウォーフと同じ特長を持っている。まだ会ったことは無いが、管理者はドゥウォーフの子孫であるから、この小柄な男もその流れの延長線にあるのは間違ではない。

「じゃあ、あの入り口にあったアーチの文句はお前が書いたのか?」
 遠く、街の入り口を指さして訊く。

「は? あぁ。あれですね。あれはよくダウンタウンに行けば書いてある文字ですよ。私には意味が分かりませんがね」

 その返事で一気に緊張が解けた。街の雰囲気も酒場の悪党たちも全部作り物だったのだと。
 潮が引くように強張った気分が緩み、腹の底から安らかな静寂が満ちてくるのを感じた。

「あははは。おもしれぇ……」
「でしょ。面白いでしょ。分かってくれました?」

 この街は一種のテーマパークだ。ここで起きたイベントは、すべて笑い飛ばすところなのだ。真剣にビビったのを悔やんだが、今度はゆっくりと、じんわりと、腹が立ってきた。
「そうか……。安心したよ」
「何をです?」

 俺は自分の額を指で突っついて息を吐くと、
「ここは遊園地としたら最高だ! 」
 明るく言い切り、瞬時に声を落とす。
「だがな。これを映画だと言うなら、B級以下だってことだよ!」
「あ、はあ?」
 こいつには俺が投げつけた言葉の意味がいまいち伝わらなかったようだ。困った風に眉を歪めてこっちを見つめやがった。

 周辺星系消滅の話は遠い未来のことで、実感が湧くものではないが、俺はさっきから無性に腹が立っていた。それはこういう手段を持ってして、こっちの気持ちを弄(もてあそ)びやがったことだ。
「クリエーターか、何だかか知らねぇけどな。ひとの気持ちをオモチャにしやがって」
 硬く握った拳が、再燃してきた怒りでプルプルと震えだした。
「弟を……俺の大切な弟を……」
 声を詰まらせた俺を察して、玲子が毅然と命じる。
「ユイ。その男押さえて」
「な、何ですか? 手荒な真似したって私には通じませんよ。私はメッセンジャーです。無敵のメッセンジャーなのですよ」
「そんなの関係ないわ。人の大事な思い出を弄ぶ奴はあたしが許さないの」
 と言うと、玲子は胸からハンドキャノンを抜き出した。

「うなななななな、何をするんですか! ま、まさかそれで私を破壊するとでも?」
 玲子はふんと鼻を鳴らし、銃のグリップを俺に旋回させて持たせた。

「思う存分やっちゃいなさい。あたしたちは特殊危険課なの。何したって許されるのよ」
 この時ほどその言葉が有りがたいと思ったことは無かった。

 俺は振り返ると、町を睨みつけ、やみくもにトリガーを引いた。
 耳をつんざく発射音と半身が反り返るほどの衝撃。こいつこんな反発力を抑え込めるんだと驚く反面、映画のセットとは言え、形あるものが粉々に砕け散る光景と轟音は爽快だった。

「や、やめろ! ワタシの自信作を!」

「うるせえ! 俺の大切な弟を勝手に、」
 言葉半ばでトリガーを引く。どんっという反動と共に、酒場が吹き飛んだ。酒瓶が砕け、散乱して空高く舞い上がる。

「うあぁぁぁ。なんということを。どれだけ時間がかかったと思っているんだ!」
 青白い顔でしがみ付くメッセンジャーを優衣と茜が粒子加速銃の先で押さえつけ、
「ユウスケさんの気持ちを察すれば、当然の報いです。観念なさい」
「お仕置きでーす」
 二人は声をそろえた。

 俺は足を広げて、玲子がやっていた格好を真似る。両手でグリップを持ち、腕を水平にしてトリガーに手を掛けた。
「こんなB級映画に出演させやがって!」
 気合と俺からの忠告を混ぜ、トリガーを引く。
 ドガッという激しい音がして、肩が派手に軋むが、なるほどこうするとだいぶ反動が緩まる。こりゃ気分は最高だぜ。

 発射と同時に銃口から一閃が走り、4階建てのホテルから保安官事務所を経て、町の入り口にあったアーチまで、高エネルギー弾が貫いた。まるで定規で線を引いたように一直線に崩壊し、たくさんの破片が青空に撒き飛ぶ。

「やめてくれぇぇぇぇ。建物は緻密に拵(こしら)えてあるんだぁ」
 小柄な体を激しく揺すって抗議するが、優衣や茜の力に抗えるはずがない。粒子加速銃の太い銃身で封じられている隙間から、片腕だけを伸ばして叫ぶが、そんなもの無視だ。

「俺の大事な思い出を……」

 ドシュゥゥゥゥゥーン。
 長く尾を引く発射音に引き続き、建物が炸裂し地響きが起きて轟音が広がる。
「ぐははははは。気分いいぜ!」

 ここからは連射だ。
「ばぁ、」
 ドンッ。

「かぁ、」
 ドーン。

「やぁ、」
 ドォーン。

「ろォォォォォ!」
 チュドーーン。

 その都度、激しい衝撃が肩に来るが、気分爽快、スカッと爽やかだぜぇーぃ。
 気づくと、町は原型を留めないほど粉砕していた。

「はぁはぁはぁ……」
 最後は息が切れた。腕と肩の筋肉が痺れてジンジンしていた。

「どお? 気が済んだ?」
 玲子の手のひらが、俺の肩に添えらて、やっと収めることが出来た。

 メッセンジャーは歯を食いしばって、粉々になった映画のセットを睨んでいたが、
「お前ら、覚えておけよ。報いを受けてもらうからな」
 捨てセリフを残し、虹色の光の中に消えて行った。

「時空間移動しました」
 優衣がぽつりと告げ、茜がおきゃんな声を上げる。

「うっきゃーー。コマンダぁー、社長さんから連絡が入ってまぁーす。ジャミングが消えましたぁ」

『ようやっと妨害電波が消えましたデ。みんな大丈夫でっか』
 久しぶりに聞くケチらハゲの声だが、無性に嬉しかった。最初に照かる頭が目の前に浮かんだのは、気の毒な気がするが──。

『それとな。シロタマの分析によると、そこの町は偽モノや。気をつけなはれや、罠かもしれんで』
「はえ?」
 一気に脱力した。何を今頃伝えて来てんだ、このハゲ茶瓶は。

「あのさ……社長。もっと早く言ってくれよ…………」
「ま。いいじゃない。さ、アカネ、ユイ、帰るよ」
 玲子に促されて転送に備え四人が寄り添う。
 今日は疲れたが、気分はすこぶるいい。こいつらの胸中を垣間見れた気がした。



 そして銀龍の司令室──。
 下の惑星で検知されたドロイドの輻射波は作られたもので、真っ赤な偽物だったという報告を済ませ、次の検知先へ通常エンジンで移動する段取りをしていた。

「しやけど何や腑に落ちひんな」
「どうしたんですか?」と訊くのは玲子。

「ワシらの敵はネブラだけやないのが、これで判明したがな」
「星域抹消派のメンツがありますから、あの手この手でジャマをしてきます」
 優衣はもうしわけなさそうに言うが、
「お前が気にすることはないぜ。世の中そんなもんさ。みんな自分が正しいって思ってっからな」

「それなら怪人エックスは味方なんダすか?」
 田吾が訝るのもあながち間違いではない。
「信じるしかないやろ。送って来る情報は正しいんやし……。一人ぐらい加勢してくれる人がおらな、ワシら徒労に終わりまっせ。銭にならん話しは死ぬほど嫌いや」
 でしょうね。よく存じてますよ。


「お茶の時間でぇーす」
 ほどなくして、茜がお茶を配り始めた。

「コマンダー? もう平気ですか?」
 お茶のペットボトルを差し出しながら、俺の顔色を覗き込んできた。
 ロボットのくせに、そんな可愛らしい気遣いが嬉しい。

「弟のことなら、もう何とも思ってないぜ」
 玲子も俺の肩をポンと叩き。
「ご家族のことはお気の毒だけどさ。あなたはここでたくさんの家族に囲まれてるじゃない。ほら、おとうさんでしょ……」
 無線機に載せられたフィギュアを指差して、小言を告げているハゲオヤジを示し、
「それからほら、こんな可愛い妹がたくさん……」
 優衣と茜を指してから、ちょっと恥ずかしそうにうつむき、
「あたしだって年下なのよ」
 そう思ったことは一度も無いね。むしろ怖いお姉さんだと言いたい存在だ。しかも俺のオヤジはハゲちゃいねえし。

「髪の薄さから言ってお似合いでしゅ」
 きっちり聞いていたのだろう。シロタマのバカがくだらないことを言う。
 玲子は空中に手を伸ばすとタマ野郎をそっと抱き下ろし、
「ここに可愛い弟もいるじゃない」
「ば、バカかお前。これは人間じゃない」
「当たり前でしゅ! シロタマをバカにちないでほしいでしっ!」
「くっそ~。腹立つ野郎だな」

 茜は田吾の横に寄り添うと奴専用のマグカップをことりとデスクに置き、何かをすっと差し出した。
「わたしのブロマイドですよー」
 渡されたほうも戸惑っている。
「う、うれしいけど、この写真のアカネちゃんは銀龍の作業着ダすね。ぶっかぶかっすよ」
「でもボディサイズはおユイさんとほとんど同じですよー。よかったですねぇ。カメラが無くてももう安心ですぅ」

「はぁぁぁぁ。っすね」

 脂ぎった頭髪に指を突っ込み、掻き毟る田吾に満足げな笑みを浮かべて、今度はケチらハゲに近寄り、
「社長さんには、肩叩き券でーす」
「おおきにな~。アカネ」
 爺さんと孫を演じた茜は、トレーを抱いて部屋を出ようとしたが、さっと踵を返して、もう一度、俺のところへやって来ると、
「忘れていました。コマンダーには湿布薬でーす」
「なんだよー。俺まで爺さん扱いするなよ」
 茜に突っ返そうとする俺の手を引き止めて、優衣が言う。
「貰っといたほうがいいですよ」
「なんで?」
 意味不能な湿布薬を茜から貰って部屋に引き下がった俺だった──が。

 次の日から、三日間腕が上がらず、腰が立たなかったことを付け加えよう。

 そして──。
「あっはっは──。訓練もしない者がハンドキャンを連射するからでしょ。ざまぁ~カンカンよ~」
 と散々笑い飛ばした玲子の顔は、生涯忘れないからな。



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