【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第二章:時を制する少女】 作:雲黒斎草菜
2017年 1月 9日(月)

粒子加速銃


 8時間も経って。
 仕方ないだろ。ハイパートランスポーターだって万能じゃない。電力が必要なのさ。でもな……充電に8時間も費やしたのに、13光年を数分で移動し終わるって、こっちのほうがどうにも腑に落ちない。何とも虚しい時間の使い方だと思わないか?
 あー。あほらし。
 文句があるんなら社長に言ってくれ。充電時間を短縮できるパワーモジュールをケチったのはあのスキンヘッドだ。

 携帯電話のバッテリーの話をしてんじゃない。それよりもだ。驚愕の事実だった。
「ドロイドのEM干渉波を南半球で検知しています。間違いありませんプロトタイプです」
 優衣の分析結果を待って、俺たちは大きく嘆息した。
「マジかよ……」



 そうそれから半時間後。
 太陽から二つ目の惑星にドロイドが潜んでいる形跡を発見した。

「誰が知らせてくれたんやろ。これを奇跡と呼ばんで、何を奇跡ちゅうんや」
「そうですよね。この広い宇宙空間で互いにデタラメな方向へ適当な距離を飛んだのですよ。見失って当然なのに、誰かが監視していて知らせてくれたんですね」
「奇特なお方がおるもんやで。宇宙ってすごいな」
 玲子と社長は相変わらず、楽観的な意見を交わし、
「………………う~む」
 俺は疑念をいっぱい含んで唸っていた。

「管理者の未来人じゃないっスか?」と、田吾。でも優衣は首を振る。
「もしそのような人や機関が存在するのなら、ワタシに説明があるはずです。ですが何も聞いていません」
「そやけど。伝えられた場所に来てみたら、おったんやがな。これは奇跡やで」

 奇跡奇跡とうるさいな。

 俺は玲子の肩にちょこんと乗る白い球体を、疑惑の目で睨んでいた。
 優衣の言うことは信じることができるが、こいつが最も胡散臭い。さっきから何を聞いても、『時間規則でしゅ』の一点張りで何も言わんのだ。
 ま。奇跡であろうと、シロタマの仕組んだ行為であろうと、もうなんでもいい。さっさと済ませて会社に戻り、マナミちゃんの美しいお顔でも拝みたいものだ。




「うほぉぉぉ。意外と寒いぜ」

 サイレントモードでふんわりと着陸した銀龍の格納庫が開き、ヒンヤリとした新鮮な空気が庫内を渦巻いて通り抜けた。
「でも空気が清々しいわ。宇宙の果てにこんな綺麗な惑星もあるのね。でも……うぅぅぅサブいったらありゃしない」
「感激してんのか、文句を垂れてんのか、どっちなんだよ?」
「サブいのよぉ……」
 寒いかどうかよりも、長い黒髪をきれいに巻き上げた姿はとんでもなく魅力的なのだ。でも見惚れていると噛みつかれる。それよりも本当に寒そうなのはこいつらだ。
「おいおい……」
 目のやり場に困る二人が、俺の前で朝陽に顔を照らされていた。

 気温13℃。爽やかな空気ではあるが、決して暖かいとは言えない外気温で、この二人は長袖スクール水着だ。
 言っとくがこれは水着ではない。ガイノイドスーツと呼ばれる、連中の人工皮膚の上に直接着込む特殊素材の衣服、と呼んでいいのか。田吾なら飛びついてくること間違い無しの格好だ。いろんなところが出たり引っ込んだり、身体のラインをしっかり見せてくれている。

 茜がこれは戦闘服だとウソ臭いことを言っていたが、やっぱりその姿はとても刺激的で、玲子のセリフも辛辣(しんらつ)めいてくる。
「そんな肌着みたいな姿でこの男の前に立つんじゃないの。何をされるかわかったモンじゃないわよ」

 聞き捨てならん言葉を堂々と吐きやがるから、つい言い返す。
「俺を田吾と一緒にするなって言ってるだろ!」

 ふんっと鼻を鳴らす玲子。
「男なんてみんな一緒よ」と憎たらしく言い切ると、くるりと俺に背を向け、
「あなたたち、どうして支給のジャージ着ないのよ?」
 自分の襟を摘まんで見せ、二人を叱咤するように言いのけると、両腕をくの字に折り曲げ、手のひらでほっそりとした腰をどんっと掴んだ。

「ガイノイドはこのスーツ着用が義務付けられていまぁす。それよりお洋服を汚すと申し訳ありませんしー」
 と茜が言うので、
「申し訳ないような服じゃないわよ、こんな安物……。あっ! 社長。そこにいらっしゃったの、で、す、か……」
 まーた地雷踏んでやがる。

「そうや。服やない作業着や。しゃあないやろ。ミッションはすぐ終わると踏んでたんや。なーんも準備なんかしとらんデ。時間があったらウエディングドレスでも何でも持って来たるワ。おまはん、そろそろ着る気は無いんか?」

「い、いいぇ。私(わたくし)はまだ仕事がありまして……」
「そないなことゆうてたら、あーっちゅうまに、薹(とう)が立ちまっせ」
 あ、しー。しー。セクハラだぜ。

「トウってなんですかぁ?」
 茜に尋ねられて、目を白黒させて口ごもる。社長と玲子。

「それより。せっかく粒子加速銃を持って来たんだ。さっさと終わらせようぜ」
 話しがくどくなりそうであったので、急いで軌道修正をしたのは俺さ。
 未だにその仰々しほどまでに重厚な火器の威力を見ていない。フォトンレーザーだって結局なんだかよく分からないし。あんなに大騒ぎまでして武装すると堂々と宣言していたのに、これなら玲子が持ち歩くN46(拳銃)のほうが武器として使えると思われる。

 で……だ。
 惑星は探査プローブで調査したとおりに、水もたっぷりあり、呼吸に適切な空気に満たされていた。さらに放射線も検知されず、ヒューマノイドに最適だった。
 ところで探査プローブというのを先に説明しておこう。
 これはカメラや各種計測機器を積んだ小型偵察ロケットのことで、直接近づけない危険な場所へ無線操縦で飛ばして、各種計測を行うものだ。銀龍に常備された社長自慢のひとつさ。ケチらハゲのクセにこういうところにはお金を惜しまない。

 あらためて、地上を見渡す──。
 思いっきり深呼吸をしたくなる景色が広がっていた。
 起伏(きふく)がほとんど無い平たい一面に、濃い緑色をした苔(こけ)がびっしりと生やした地面。それが遥か彼方、地平線まで続いていた。緑の絨毯の上を歩くようでヤワヤワ、フワフワした感触が心地よい。

 イライザの保養所よりここのほうがリゾート地として、客を呼べるかもしれない。空気は美味いし、清々しいし。それから緑が美しい。うるさそうな住民も居なさそうだ。問題は交通の便と言うよりも、未知の惑星というカテゴライズに尽きる。未知なんだから、そこらに何かが潜んでいて、近づくと襲ってくるかもしれない。

「社長さん。あそこにいます。シールドバッジを更新してください」
 ほらね。何かいたろ。

 優衣が声を潜めて遥か前方を指差した。
 俺たちが捜し求めていたロボット野郎だ。
 胸のバッジを数度叩いてから、遠くへ視線を飛ばす。

 胸のバッチから、クンッ、という小さな音がしただけで、これといって何も変化が無い。
 確かにスフィアの地下で至近距離まで近づいたデバッガーに発見されずに済んだのは、このバッジのおかげだと言うが、銃器もそうだし、こいつらが言うことがだんだん信じられなくなってきた。

「これって、ちゃんと動いてんのか?」
「わたしの作ったものにイチャモンを付けるのは、誰ですか?」
「うへっ」
 小声で言ったつもりなのに、こいつらの耳はコウモリ並みだ。俺たちの聞こえない周波まで聞こえるみたいだ。



 地面は苔が5センチ程の厚みではびこんでおり、足で蹴り起こすと下の固い岩盤が覗いた。砂でも土でもなく、ここら一帯は岩の地面のようだ。その地上、数百メートル先でプロトタイプがこちらに背を向けて立っていた。忘れもしないダルマ体形。ずんぐりした子供のおもちゃみたいな体躯(たいく)。俺たちの記憶に焼きついたあのロボットだ。

 上空からシロタマが疾風(しっぷう)並みの速度で地表へ急降下。そしてイーズアウトして玲子の頭上スレスレで停止して報告。
「プロトタイプは前方415メートルでしゅ。それから周囲50キロメートルに生命体はいまシェん」

「それじゃあ。さっそくお披露目といきますかぁ、おユイさん?」
「そうね。ここなら安全だわ……」
 風にそよぐ銀髪をキラキラさせ、茜は重そうな銃を地面にどしんと置き、優衣は射し込む朝陽へ向かって眩しそうに目を瞬かせた。

 ハリボテ感は拭えないが、重量だけは相当なものだ。振動が地面を伝わって足下を揺らすぐらいだ。だから異様に警戒する二人の姿に、ちょっち強張った。
「なんだか物々しいな。その警戒は本気かよ?」
 未だにこっちは野次馬状態さ。草野球のラストバッターが逆転満塁状態で、ツーストライクのシーンに出くわした散歩中のオッサンの気分だ。

「お前が撃つのか?」
 優衣が撃とうが茜が撃とうが、どちらでもいいのだが、ニコニコ顔のまま大きなグリップに抱き付く茜の姿は緊張感が皆無だ。だからつい白い目ですがめる。

「今の状況にまったくそぐわない光景だな」
 期待感をまるで抱かない。
 茜の説明では、小さな粒が先っぽから飛び出るらしい。
 な、こんな説明で何を期待する?
 重そうな鉄の塊。見かけ倒しの物体としか見て取れない。

「それよりさ。あそこまで届くのか? 400メートル以上あるらしいぜ」
「はぁ? なに言ってんですか、コマンダー」
 茜は呆れ顔を俺にくれ、玲子は俺の隣で大あくびの真っ最中。その横顔へ視線を移すと、慌てて噛み殺しやがった。
 社長は腕を組んだまま黙ってドロイドを睨むだけだし。昇って来た朝陽がスキンヘッドを照らして、世間は平和そのもの空気をたゆませていた。


「じゃあアカネ。撃ち方開始」
「お。やりまんのか……」
 社長だけは色めき立ち、少し気なる言葉を漏らした。
「この惑星の生態系を狂わすことはおまへんか?」
「安全を配慮して、シードの飛跡が地上には触れない角度にして発射させます」

 耳を疑う会話だった。
 マジで言ってんのか。何かの粒(つぶ)が飛び出るだけの銃だろ。
 玲子が俺の肩を突っついた。
「ね? シードって何なの?」
「俺に尋ねられても……わからんよ」
 首を振るしかない。

 社長は、宇宙一小さなものを発射する。世界一大きなモノだとも説明してくれたが……。
 やっぱり理解不能だ。
 とにかく玲子には適当な返事で済ませておく。
「ま、見てれば解るんじゃないの」
 彼女も期待をしていなかったのだろう、黙って前を向いた。

 茜は銃を小脇に抱えて数メートル歩むと、グリップを地面に下ろして起動させた。
 ずっと銃と言い続けてきたが、もう少し詳しく説明すると、大型の対戦車砲によく似た形をしており、複雑そうな制御パネルがグリップの手前に付いている。片手で持ち歩く拳銃とは全く異なるのだが、連中があまりに軽々しく持ち運ぶので、つい説明も薄ぺらなもんになっちまうのさ。

 起動音が徐々に甲高くなる銃を茜はひょいと持ち上げると、銃身を水平にしてグリップを肩に当てて照準を合わせた。
「だめよ。寝転んで撃って!」
「なぜですかぁ?」
 疑問に膨らむ無垢な瞳を優衣へ注ぐ茜。

「飛跡を空に向けなきゃだめなの。シードが大地を直撃したら地殻が崩れる恐れがあるわ」
「りょっかーい」

 俺は耳を疑ったね。人差し指を突っ込んで、こう、グリグリと回転させ、もう一度優衣の言葉を待った。

「なるべく緩い角度でね。成層圏に穴を開けてもまずいし……」
「成層圏──っ!」
 ハリボテじゃないと言うのか、お前ら……。

 茜は素直に優衣の言葉に従い、肩から銃を引き剥がすと、無造作に地面に下した。
 ドシン、というあまりに重々しい振動が、こんどは腹にまで達した。
「ちょっと。それ何キロあんだ?」
 茜はケロリと言う。
「319キロです」

「な──っ!」

 大型バイク以上だぜ!
 それを軽々しく扱いやがって……。無人の軽トラを引き摺ったのは余裕だったんだ。
 この、ジャッキ要らずめ。次から重量物の移動に気を使うことはねえな。

 改めて茜の一挙一動を観察する。
 茜は先端に取り付けられたスタンドを広げて立てると、自分も寝転んだ。そして脚を開き、つま先を岩の割れ目に突っ込んで、両足を踏ん張り身体を固定させた。
 次に照準を合わせるために地面に肘をついて、上半身を持ち上げ銃を引き寄せた。
 ゴリゴリと重量感のある音がするところをみると、スタンドの脚で苔の下に広がる岩面を削ったのは間違いない。

 続いて後部のグリップを肩に押さえつけ、キュッと顔を照準器に合わせた。
 起動音はほとんど聞こえないほど甲高くなっており、誰の目にも発射準備完了だ。
 重量を告られてから一気に緊張してきた。ハリボテでは考えられないその重みは何を意味するのだ。

 玲子は腕を組んだままじっと見つめたままだが、だんだんと背筋が冷たくなってきたのは俺だけか?
 ごくりと俺の喉が鳴る。

 それが聞こえたのだろう。ちらりとオレに視線を振ってから、左手で銃のボディを支える茜。細くて長い華奢(きゃしゃ)な右手の指を二、三度折り曲げたり、伸ばしたりしてウォーミングアップ。
 ひと呼吸の後、ちらっと横目で優衣に合図をおくり、ゆっくり人差し指をトリガーに掛けた。

「発射準備、完了でぇぇす」
 少し鼻に掛かる声音は優衣と同じ。口調が幼げなだけだ。その声に応対した優衣は横にいた玲子にもう少し下がれと伝え、何かを手渡すと、今度は俺たちにも小さな丸い物をくれた。
「耳栓です。大きな音で鼓膜が破れたら大変ですから」
 社長が慌てて耳に放り込むので、俺も念のために当てがった。

『二人の後ろに立たないほうが賢明です』
 いきなり報告モードに切り替わったシロタマが警告した。真後ろにいたのは俺と社長だ。
 優衣も振り返ると意味ありげに、俺たちへ忠告めいたことを言う。
「危ないですので、ワタシたちの後ろに付かないでくださいね」

 別にお前らの尻を拝みたくて後ろに回ったわけではないのだが、社長と共に少し頬を赤らめたのは、男として当たり前の行動だろな。
 ちらりと玲子に目を遣るが、銃の先端を睨んでいるだけで。それだからって、ほっとするのも何だかみっともない。

 ようやく優衣が「いくね!」と言って、茜の後ろに回り込み、両膝をそろえて地面に下ろした。
 自分の体勢を安定させるようとする行為なのか、念入りに膝の位置を確認すると、茜の左右のかかとに自分の両膝頭を当て、さらに両腕で茜の大腿部を掴むと、体重をかけて押さえつけた。
 どう見てもこの組体操みたいな体勢は、銃の反動で茜が動くのを阻止するために、優衣が押さえ付けようとしているとしか見えない。


 やがて風が止み、空気の流れが静まった。
 デバッガーのプロトタイプとなるドロイドは、相変わらず微動だにしていない。
 おそらくレーザーポインターを振り回して、俺たちを探し出そうと躍起なのだ。

「いっきまぁぁーす」
 茜の気合が込められた合図と同時に──。

 ドシュ──────────ンンンンンン

 ギァ──ンッ!

「ぬぁっ! 何だ今のっ!!」
 ほんの刹那の出来事で、俺の意識は無反応だった。

 粒子加速銃の先端から飛び出たものは粒でも何でもない、とんでもなく猛烈に目映い光のビームだ。それよりもあまりの短時間に多くの情報が飛び込んできて思考が混乱、しばし呆然としたのさ。

 脳の視覚野に残る最後の光景は、ドロイドのすぐ手前でガラス状の物体が忽然と現れて、粒子加速銃から撃ち出された何だかよく解らないものがそこへで弾き飛ばされ、風を切った閃光が空に向けて消えていく軌跡だった。

「なんや! 高エネルギーシードを跳ね返されたデ!」

 驚異的な攻撃をいとも簡単に弾かれてしまって、なんだか拍子抜けの状況に唖然とする俺たちの上空で、シロタマの冷然とした声が落ちる。
『デバッガーです』
 いきなり現れたガラス状物体の脇にドロイドより数倍大きい筐体。間違いなくデバッガーだった。

 せっかく撃ち込んだ粒子加速銃のシードを弾いたというのか……。
「なんか知らんが、すげぇ──!」
 なぜか俺は興奮していた。高エネルギーシードの威力もすごいが、それをいとも簡単に弾いてしまうガラス壁。すごい。すご過ぎる。

「アカネ。標的変更! 左のデバッガーを撃って」
「まだ現れていません」
 そう。俺の目にもドロイドの前でガラスの隔壁を出現させた、あの一体しか見当たらない。
「右のデバッガーから左5メートルに現れるから、ワタシの声に同期して撃つのよ」
「あい」
 銀髪を緩く振って首肯。
「3、2、1、」

 ドシュ──────────ンンンンンン

 今度ははっきりと目撃した。
 青空をバックに、緑の平原スレスレを長く尾を引いた白色の輝線が、空間を上下に引き裂き、唸りを上げて突っ切った。
 またもや忽然と現れたガラス状物体にシードは弾かれた。しかも反射したシードが俺たちのほうへ突き進んで来たのだ。
 突然、空気の鳴動が脳髄を直接揺さぶり、辺りが発光に包まれた。強い圧力が俺の顔面をブルブルと揺さぶったかと思ったら、あっという間に後方へ身体が持っていかれた。

 圧してきたのは爆風ではない。爆光とでも言うのか。猛烈な閃光だ。そいつに吹き飛ばされて、緑の草原を転がってしまい、オタオタしていると、次に遅れて遥か彼方、成層圏にまで響くであろう大音響が轟き、もっと遅れて爆風が襲ってきた。
 ハリケーンと竜巻と木枯らし一号と二号と三号が同時に来たような突風が吹き荒れて、俺たちの真上を通って行った。
 耳栓をしていたにもかかわらず、激烈な音は鼓膜を麻痺させる。

「な、なんだこりゃっ!」
 喉が枯れてヒリヒリした。
 これがエネルギーシードなのか!

 ようやくマヒしていた視力と聴力が元に戻り、包まれていた白煙も少し薄らいだ時。耳栓を外しながら玲子が起き上がった。
「いったいどうしたの? また弾かれたわよ」
 乱れた黒髪を気にしながら遠望するその先に、巨大なキノコ雲が白く立ち昇っていた。

「まだいるぞ!!」
 俺の絶叫が向こうに伝わったのか、二体のデバッガーは、俺たちを嘲笑うかのような仕草をした後、機敏な動きで腕を左右に振ってガラス状のシールドを消すと、すぐにドロイドと共に消えた。

 落胆するより先に俺は驚愕する。
「ぬぁぁぁ!」
 とんでもない景色が視界に飛び込んできた。

 辺り一面にはびこっていた苔が全部消えて、岩盤がむき出しになっていた。来たときには無かった割れ目、深くえぐれた亀裂が俺たちの十数メートル後ろを起点にしてずっと向こうまでぱっくりと口を開けていた。
 そして前方、デバッガーが立っていた位置からここまでは、吹き飛ばされた苔と山となった泥の道筋ができている。まるで緩い角度で落ちてきた隕石の衝突現場だ。

「びっくりですねー」
 泥の山が可愛らしい声と共にもそりと動き、白い顔を覗かせた。
「アカネ、だいじょうぶか!」
 駆け寄ろうとして、ぬかるみに足を滑らせ派手にひっくり返る。
「滑りますから動かないほうがいいです」
 もう一つの泥の塊がそう言って起き上がった。

「ユイ!」

 ようやく俺は自分がとんでもない格好になっていたことに気付いた。髪の毛が後ろへ逆立ち、爆風で吹き飛ばされた苔と泥にまみれていたのだ。社長も大切なスキンヘッドに泥をかぶり真っ黒けだ。

 玲子は両膝を外に折って、きょとんとした面持ちで岩盤の上でへたり込み、結い上げていた自慢の髪が四方へ吹き乱され、宇宙一斬新なヘアースタイルを曝していた。ついでに、派手に泥と苔を被って白い空を見上げてる姿は、秘書課の連中に見せてやりたいほどの乱れっぷりだった。

「なんや、あのガラスみたいなん」
「バークロン放射を利用したディフェンスフィールドで、あれを破ることができるモノが、いまのところ発見されていません」
 泥をぼたぼた落としながら優衣が説明するが、そのひょうひょうとした態度に驚きだ。

「それより、この有様は何だよ! 跳ね返って来たシードが地面にぶち当たっただけで、みろ渓谷ができちまったじゃないか」
「これがぁ、高エネルギーシードのパワーでーす」
「おまえも淡々としてんなぁ。一歩間違えたら俺たち死んでんぜ」

「こんなのは、あさひるばんでーす」
「朝飯前だと言いたのか?」
 苦笑いを浮かべて、茜はコクコク、優衣は意味不明の説明をする。
「シードのエネルギーは超指向性なんです。触れない限り問題ありません」
「ふ、触れたくねえワ!」

 身体から泥を手でそぎ落としながら、社長が言う。
「せやけど、こんなムチャクチャな威力のシードをいとも簡単に……あれがデバッガーの底力でっか?」
 優衣は静かに顎を落し、
「ギンリュウさんに取りつけるフォトンレーザーの最大パワーでも打ち破ることができないのが現状です」
 と言った後、付け足した。
「ただ、あのフィールドを出したデバッガーは、そのあいだ動けないようです」

「そっか。粒子加速銃だっけ? それをうまく使えば隙を狙うことはできるわね」
 玲子の目は茜が杖のように立てている銃に向けられ爛々と輝いていた。

「練習すれば、レイコさんならすぐに撃てますよ」
「ユイ。こいつを煽るな。本気で撃ちかねないぞ」
 玲子はムチャクチャにもつれた髪の毛を掻きあげながら、
「本気に決まってるでしょ。ね。アカネちゃん、これどうやって撃つの?」
 手を伸ばす玲子に、
「これがぁー。起動ボタンでぇ」
 前髪をふわふわさせ、素直に銃の説明を始めた茜を慌てて止め、玲子に強く主張する。

「やめろ、お前は触るな!」
 こんなものを持たせた日には、完璧なる世紀末オンナとなっていしまう。宇宙の平和を祈るのなら、ここは阻止するべきだ。

「それにしてもやで。未来からの手助けが入るほど、あの安っぽいプロトタイプが重要な存在なんやな」
「はい、あの一体がダークネブラの基盤ですから。あれが500兆以上に増殖するんです」

「500兆ってどんだけの数やねん?」
「ちょっとした惑星二つ分ほどですね」
「なんとっ!」
 その光景を想像し凍りつく俺たちの頭上を泥臭い風が通り抜けて行った。

「でも、今はたったの一体なんや」
「確かにそうだけど……それを守るヤツが尋常じゃねえっすよ」
 俺は渓谷みたいに割てしまった地面を眺めつつ、しばし沈黙。
 何をやっても阻止して来るネブラの頑強なディフェンスを潰すことができるのだろうか。相手はダルマロボット一体だと言うのに鉄壁の防御を備えてやがる。無事に故郷へ帰れるのか。深々(しんしん)と恐怖が浸透してきて、急激に肩が重くなり身体の内側から凍る気分だった。

「ずっと疑問に思ってまんねんけどな」と社長が前置きをして、
「デバッガーは時間を飛ぶことができるんやろ。なんでプロトタイプを連れて飛ばへんのや?」
「飛ばれたら、それはそれで問題だぜ」
 俺たちの時間跳躍は回数に限りがあることを身に沁みて覚えている。

「あのドロイドは、まだ四次元(4D)転送に耐えられないんです」

「四次元転送?」
「はい、時空間転送のことです。時間と場所を同時に移動できます。いまドロイドが行う転送はただの三次元転送で場所だけの移動です」
「じゃ、ヤツが時空間転送できるようになったら……」
「そうです。このミッションも失敗ですね。最初から練り直しになります」
「ふぅあー。そうか」
 俺は大きく失意を感じた。そうなるとマナミちゃんとデートできる日がさらに遠のいてしまう。
 もっとも、それが実現するには、まだまだうず高く積み上る難問を克服して行かなければならない。

「ねえ。撤収しようよ。また誰もいなくなったんだし」
 淡々としてやがるな。世紀末オンナはよー。
 こいつの差し迫った問題は、戻ったらどうやって最初にシャワー室を独占するかに頭を働かせているはずだ。だいたい銀龍にシャワー室を一つしか作らなかったケチが悪い。

「──クチュン」
 くしゃみをした人物をすがめる。
「やけに可愛いくしゃみをするじゃないか」
 玲子は苦々しく眉をゆがめると、どこの美容院へ行けばそんな頭にしてくれるんだ、と言いたくなるような、ぶっ飛んだ黒髪を片手で束ね、
「あ~あ。泥だらけだわ。でもこんな服でよかったぁ」
 とケチらハゲの横で、またまた地雷を踏み抜いたことを付け加えておこう。

「替えの服はおまへんで……」

 へ。ばーか。お前なんか裸でウロウロしてろ。
 そんなことより、こいつより先にシャワーに飛び込みたい。

「ダメ! あたしが先よ」
「何でだよー。俺のほうが汚れてんたぜ。たまには先入らせてくれよ」
「ダメよ。後になるほど水の出が悪くなるんだもん」
「圧力が抜けるんだ。ケチケチしてっからな……あっ!」

 今度は俺が地雷を踏んだ。

「なんやったら、シャワーも有料にして給料から天引きにしてもエエで。そのほうがありがたみが分かるちゅうもんや。な?」
「悪ぃ。ごめん。圧力弱くてもいいっす。天引きはやめて欲しい。これ以上給料が減ったらオレ困る……」
「そうよ。裕輔は自分のことしか考えてないんだから」
「何だよ。お前だって似たようなもんだろ」

「あのぉ……」

「違うわ。レディーファーストって言葉知らないの?」
「知らんね。そんな都合のいい言葉。お前のどこがレディってんだ」

「あの。レイコさん?」

「こういうとこよ」
 ワザとでかい胸を反り返し、腰を妖しくくねらせる。
「姿かたちがそうであっても中身が伴ってない!」

「あの! みなさん、聞いてください!」

 優衣があいだに割って入った。
「みなさんはこの辺り一帯の星系を救うという大役を背負った選ばれし人たちなんです。シャワーぐらいで喧嘩しないでください」

「ぅぅ……」
 超、恥ずいぜ。
 宇宙の終わりとシャワーとどっちが大事かって話だ……なぁ玲子?
「あたしはシャワー」
「なっ!」
 こいつは宇宙の終わりを何だと思ってんだ。
 まったく……。銀龍へ戻ったら懇々と説教してやらんといかんな。



 銀龍に戻って、社長から説教されたのは俺と玲子だった。
「だいたいこういうもんはワシから入るもんや。おまはんら下っ端は後に決まっとるやろ!」

「……………」
 無言で立ち尽くす俺と玲子。泥だらけのイタズラネコみたいだ。

「ええか。この船に乗っとるあいだは、おまはんらは特殊危険課の人間として、ちゃんと給料も貰えるんや。ほなら社長を立てるのがスジちゅうもんやろ。分かっとんか、裕輔?」

「はいはい。承知していますよ」
「はい、は一回でエエ。もったいない」

 これから長い旅が始まるというのに、このオッサンには辟易する俺だった。