【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第一章:旅の途中】 作:雲黒斎草菜
2017年 1月 9日(月)

覆されたゲーム


「裕輔、発射っ!」

 社長の合図でフォトンレーザーのトリガを引く。
「よしっ、発射だ……あ?…………ぬぁっ!」
 外(はず)しはしなかったが、エライことになった。

 トリガーボタンを押した瞬間、銀龍が暗闇に落ちた。しばらく点いていた機械の光も一緒に消え、低い音を立ててすべてが停止した。
 こうなると、自分の悲運を嘆くしかないね。

「な、なんや!」
「何、これ?」

 生命維持装置が緊急用に切り替わった、という聞いたことも無い切迫したアナウンスを銀龍の非常用システムが告げて、室内は騒然となった。

「どうしたんダす? 無線も途絶えたっすよ」
 右隣にいるはずの田吾の顔すら見えない真っ暗闇だ。輝く星々がある分、まだ宇宙空間のほうが明るく感じる。暗黒地獄と呼ばれるものが有ったとしたら、こんなのだろうな。

「…………………………」

 成す術が無く、無音と漆黒の世界に沈んだ室内からは、みんなの呼吸音だけが伝わって来ていた。


『パワーコンジットのブレーカーが働き、全パワーが遮断されました』
 天井付近でシロタマが薄ぼんやりと光っていた。

「なんでメインブレーカーが落ちまんねん。普通はブロック別に分断されておって、そんなことにならへんやろ?」
 社長が唾を飛ばすのも無理は無い。銀龍はボロアパートではないのだ。電力はすべて消費別に自動的に配分され、どこかで短絡事故が起きたとしても、その回路以外は保護されるのだが、今回のは違う。すべての機能が止まったようだ。

「原因はゴキブリだよ」
 ぽつりとシロタマ。
「ゴキブリはお前じゃねえか!」
「うるしぇぇ、ユースケ。エロ猿ぅ」
「誰がエロだ!」
「サルは認めるんだぁ」
 と暗闇から玲子に告げられて、俺、撃沈。頭のブレーカーが落ちた。

 それよりも。
 もしかすると俺のパワー配分計算が間違っていて、故障したのかもしれない。
 何しろ計算間違いなどというレベルの問題ではない。計算の方程式すら知らないで入力したんだ。だいたいそれができるぐらいなら、社長の遊び相手などやらず、正式な開発部員として就職したハズさ。そんな俺に小難しい仕事を与えやがって……。
 反対に憤慨するほうもちょっと人間的にどうかと思うが……。それだからぶっ飛んだのか?
 だったら、ごめんね。

 玲子は溜め息混じりで天井に尋ねた。
「でー? ゴキブリってどういうこと? この停電はサルに関係あるの?」
『ユースケには関係ありません』
 だから俺は猿じゃない!
『デタラメに入力されたパワー配分は優衣の手によって適切な数値に修正されています』

 やっべ。ばれてんじゃん。

『フォトンレーザーのパワー連結部分に外部から細工が加えられた模様です』

「どういうことだよ?」
 俺が原因でないと分かると、急に強気になるのさ……すまんね。

「うっしぇ~なぁ。さっきから言ってるでシュ。ゴキブリが侵入して、ちゃいく(細工)して行ったんでシっ!」

 俺が何か訊くと、必ずこいつは素に戻りやがる。それが気に入らない。そして瞬間湯沸かし器もシロタマを怒鳴りあげる。
「どういう意味や。おまはんそれを知ってて、何で黙っとんのや! 阻止できんでも知らせることはできたやろ」

『シロタマはいかなることがあろうとも、時間規則を守るようにプログラムされています』
 暗闇の中で白色の光を緩く点滅させていた球体野郎は、紙面を読むように平然と述べた。

「ほな、おまはんは死人が出るようなことになっても黙っとるつもりでっか?」

『もちろんです』

「なんと……」
 あまりに冷酷な言葉に社長は息を詰め、ややもして音量を下げるとシロタマの言葉を反芻した。
「ちょい待ちぃや。いま時間規則って言いましたな」
「何度も言ってんぜ」
「この事件に重要な理由があるっちゅうてんのといっしょやがな。このアホは」
 そう言いのけると、天井に浮かぶ電飾野郎に言い放つ。
「せやろタマっ!」
「…………」
 シロタマは無言だった。

「言うてみぃ! この結果、何が起きるんや!」

『いかなることがあろうとも時間規則を守るようにプログラムされています』
 まったく同じ言葉を並べるだけだった。

 社長もひとまず折れた。相手はシロタマだ。説得などに応じるはずがない。なにしろそれが対ヒューマノイドインターフェースなのだから。

「何が時間規則や……。ほんま~。千載一遇のチャンスやったのに。どないしてくれるねん。アホタマが……真っ暗やないか」

 暗いからって怒ってみても仕方がない。超新星爆発まで時間が押し迫っているのだ。
「ほんで……? おまはんならパワー復帰できまんのか?」

『今すぐパワーが復帰できるのはコンピューターシステムのみです。全パワーが戻るまで約47分かかります』

 報告モードの言葉が終わると同時に、優衣と玲子が座るディスプレイに明かりが戻った。わずかな起動音と共に、優衣の白い顔が浮き上がり、それと同時に、薄暗い司令室で船内通信のライトが灯り、緊迫したパーサーの声が響いた。

『社長。超新星爆発まで20分を切っています』

「えーっ! んなアホな。ハイパートランスポーターを起動する時間でっせ。予定がムチャクチャでんがな。シロタマ、15分以内に全パワーを再起動させなはれ」

『それは不可能です。パワーブレーカーの復帰は最速でも30分かかります』

「それだと星の爆発が先じゃなか!」
 俺の絶叫を掻き消す勢いで優衣が立ち上がり、
「ワタシにいい考えが!」
 閃光と共に消える。それはほぼ同時のことで。

「なん、」
 だ? と疑問符をあげる直前には部屋が煌々と輝き、これまた優衣が、元いた場所から数センチずれた位置に出現した。瞬間移動でもしたのかと思うほど、それは刹那の出来事だった。

「うそだろ?」
 思わず見上げた。
 電力が復帰したのではない。もとから電力が途絶えていないという雰囲気がプンプンしていた。

「動いてる……ぜ」
 自分の前に設置された機器類が通常どおりの待機画面になっていた。再起動したとしたらパスワードを求める入力画面で止まるはずだ。
「どういうこと?」
 隣で機械音痴のオンナでさえも首をかしげる現状だ。一種独特の不可思議な空気さえも感じる。

 シロタマはこの不思議な現象を説明した。
『フォトンレーザーの電力配分アルゴリズムが消滅しています。パワーコンジットは正常値です』

 優衣は満足げにシロタマの報告にうなずき、ぽけーっとしている茜の肩をポンと叩く。
「さ。アカネ。今度はハイパートランスポーターの起動よ。手伝ってちょうだい」
「あ、はっぃぃぃ」
 肩を並べて船尾格納庫に鎮座する長距離転送装置へ走り去る姿は、まるで仲のいい姉妹みたいで、風が吹き抜けるように消えた二人の少女を全員が唖然と見送っていた。

「これはどういうことだよ?」
 頭の中は意味不明の思考が渦を巻いていた。
 さっきまでの停電騒ぎは何だったのか。全電源が落ちたという記憶と、元々何ともなってない、という真逆の記憶が入り混じり狂乱の騒ぎである。
「どないなってまんねん。照明が点いてまっせ!」
 社長が首をひねって天井の照明を眩しそうに見遣り、俺もいくつかの装置の起動状況を見て重い息を落す。
「慣性ダンプナーの起動時間が2時間を指してるし、電源が落ちた形跡が何もない……」
 何がなんだか、さっぱりだ。

 つぶやきにも匹敵する報告モードの冷やっこい声が落ちる。
『フォトンレーザーが装着されないという歴史に改変された模様です』

 その説明は俺たちの記憶と一致しない。意味不明のものだ。

 胡乱(うろん)な目をして社長が訴える。
「改変って何や? レーザーは装着しましたデ!」
「そうさ。ちゃんとレーザーポッドを組み立てていたじゃないか。しかもお前がさ。俺のこの立派な脳髄がきっちり記憶してんだよ。いったい何言ってんの?」

『いいえ。フォトンレーザーは装着されていません。それとユウスケの脳髄が立派だと立証することは、とんでもなく困難です』
 人の頭を難攻不落の要塞みたいなこと言いやがって。

「うっせぇーな。じゃあ、俺が見たのはいったい何だったんだよ?」

 時空修正がされた──と言うのか?
 それを優衣が実行した──?
 なぜ──?

 俺はさらに噴き上げてくる疑問と妙な憤怒を感じた。
 シロタマはブレーカーが機能停止することを知っておきながら、時間規則を守るために黙秘を貫き、それを優衣が修正したのか?
 それにはどういう意味があるんだ?
 シロタマは知っていたが無視。優衣は時間規則を守るためにフォトンレーザーを装着しなかったという歴史に改変した…………。

 それが正解なのか?
 ドロイドの破壊がこのミッションの目的なのに、それを犠牲にしてまでも?
 頭の中が熱くたぎって来る激痛にも似た気分に、唇を噛んで対処する。

 社長が俺に目で合図を送って、部屋の外を顎でしゃくった。とりあえずそれを格納庫へ行って確認しろと。
 そうだ。レーザーがどうなっているか確認すれば現状が分かる。シロタマの言葉の意味も含めてな。

「了解。見てくる」
 急いで格納庫へ走って、あっと息を飲んだ。
「フォトンレーザーのパーツが山積みだ!」
 声に出さずにはいられなかった。

 俺の記憶では優衣と茜が組み立てて、船外に出たシロタマが取り付けていた。その光景をしっかりと見ていたから間違いない。
 の…………よ、う、な、気がする──と思う。

(あれ? なんだか記憶が曖昧になってきたぞ)
 モヤモヤと霧がかかった感じだった

 司令室へ戻ると、社長も首をかしげていた。
「今、おまはんに何を命じたんやったかな? なんや重要なことを言うた気がするんや」
「俺も急いで格納庫へ走ったんだけど、何をしに行ったのか皆目解らなくて戻ってきたんだ」
「フォトンレーザーの取り付け状況を調べに行ったんダすよ」
 ポカンとした顔を俺へと向けて田吾がそう言う。
「あぁ。フォトンレーザーの機材なら、格納庫に山積みになってんぜ」
「そうやな。コントロールパネルを取り付けてるとこまでは……見てたんやけどな。なんや頭ん中が不透明やな」

『フォトンレーザーが起動されると、全システムがダウンするように、デバッガーが銀龍の外壁に現れ、何か細工をした様子です』

「何でや? レーザーはまだ組み立ててないやろ?」

『いいえ。フォトンレーザーはすでに組み立てられ、実際に発射されました。しかし銀龍のパワーがダウン。復帰不能状態になり、超新星爆発に晒されようとしましたが、その歴史をユイが改変したのです』

「つまらん小細工をしやがって、デバッガーの野郎……。でもよ、」
 そうさここにデバッガーのバカがいたら罵ってやる。
「そんなことしたって、また組み立てればいいじゃねえか。それならレーザーのパーツをぶっ潰すなり隠すなりすればいいのに。やっぱロボットだね。頭悪ぃぃなー」

『たった今、ユウスケの頭脳が他より劣ることが証明されました』
「何だ、この野郎! ケンカ売ってんのか。ケンカなら買うぜ……このオンナが」
 隣に座る玲子の袖を引っ張ってやる。
 玲子は迷惑そうに俺の腕を引き払い、
「でも、あたしも裕輔と同意見よ。また組み立てればいいのよ」

『組み立てている時間はありません』
 シロタマはその一言を告げると再び天井に張り付いた。

 さっと青ざめる。そうだ時間が無かったんだ。
 すげぇ。デバッガーの野郎は俺たちを崖っぷちに立たせて、その背中をとんと突いて来やがった。

「社長! 超新星爆発まであと2分だっ!!!」

「そうや、爆発や! 機長。全速で赤色巨星から離れるんや!」
「2分でどれだけ逃げられるんだよ……」
 銀龍のイオンエンジンでは高が知れている。何光年も一瞬で移動できるのは茜の時代にコンベンションセンターから持ち込まれたハイパートランスポーターがあるからだ。今、優衣が必死で起動中のはずだ。

「あっ! ヤロウ、消えやがった」
 目の前の照準モニターからドロイドの姿が忽然と消えた。
「岩石から振り落とされたんでっか?」

『転送信号の痕跡があります。超新星爆発を逃(のが)れるためどこかへジャンプした模様です』
 と、天井から告げるシロタマ。

「やっべぇーぜ。俺たちだけが置いてきぼりだ。タマ、残り時間は?」

『爆発まで残り1分40秒です』

 焦りまくる俺の胸中を報告モードの冷たい声が貫いて行った。
 エンジンの唸りが渡って来るが、通常エンジンだと最高速度は秒速45キロメートルだ。爆心からあと4500キロも離れられたらいいほうだ。
 1分40秒が永遠の時を刻むのでは、と思った次の瞬間、ハイパートランスポーターが起動。銀龍は飛んだ。



 薄くなった髪の毛のあいだから、汗が一筋流れて落ち、下半身が壊れたオモチャみたいにカクカク震えていた。

《社長。爆心から47光年離れました》
 パーサーの声に胸をなでおろし、
「ぁひゃぁ。危機一髪だったわ。残りたったの3秒ですよ、社長!」
 芳しい吐息と共に玲子が動き出して、これまでに見たことも無い爽やかな笑顔でハゲへと振り返った。

「ふー。冷や汗もんでしたな」
「その代わりドロイドを逃がしちまったぜ。もう見つからんな」
「ほんまやな。互いに数十光年も離れたからな。宇宙は広ぉおまっせ」

 ついでに、つい先ほどシロタマに息巻いた言葉が恥ずかしくなってきた。デバッガーのほうはもっと先を読んだ行動だった……っけ?
 銀龍の危機を救った二人が戻って来たのを見計らって尋ねる。
「デバッガーが何したんだっけ?」
 頭の中にまだ霧が立ち込めていた。危機からは逃れることはできたが、その直前に何かが起きたモヤモヤ感が拭えない。

 格納庫から戻って来た茜は風にたゆたう青葉のようにあちこち寄り道しながら、優衣はさっさと入室すると、自分の座席に腰掛けながら説明する。
「銀龍のパワーを奪って、新星爆発に晒そうとしたようです」

「それであなたがが助けてくれたんでしょ?」
「あ、はい。助けたというより時間規則を守り、かつ修正するにはこれしか方法がありませんでした」
 勇者を担ぎ上げんばかりの勢いで駆け寄る玲子を前にして、淡々と説明する優衣。
「どっちにしても、ユイは命の恩人ダすなー」
「今回の騒動は、シロタマさんが予測していました」
「えー!」
 再び天井の隅っこに視線が集まる。

「ちょう待ちぃや! おまはん最初から全部知ってて黙っとたんかい!」
 張り付いたヘリウム風船みたいに天板にくっ付く物体へ社長が怒鳴り散らし、そいつは冷然と返す。

『はい、知っていました』

「……って。どういうことや! ほなワシらの記憶が曖昧な理由は何や!」

『………………………………』

「こら、黙っとらんと何かゆうてみい! どうゆうことや! ちゃんとした理由を言わんかったら、引き摺り下ろして、玉子かけごはんにして喰うてまうぞ!」
 よく意味が分からないが、社長は凄んだ。だいぶ立腹の様子だが、今回ばかりは俺も同情する。シロタマの秘密主義にはマジでやる瀬ないものがある。瞬間湯沸かし器が爆発寸前なのも止むを得ない。

『時間規則に反することは、いかなる事態が起きても漏らすことはありません。それより今回は新たな事実が経験的に実証、記録されました』

「な……何やねん?」

『歴史の改変は瞬時に移り変わるのではない、と言うユイの言葉に偽りはありません。わずかに時間の経過を必要とするようです。しかも記憶の変化はそれよりも遅れることが確認できました。この物理的現象は稀有であり、貴重な科学的データとしてシロタマのデータベースに保存されました』
「記憶の変化って?」
 俺たちの記憶が変化したのだと、タマは言うが、自覚が無い。

『歴史が消失したのです。その記憶が存在することはありえません』

 その説明を聞いて、瞬間湯沸かし器は冷却モードに入った。
「なるほど……そういうことでっか。時空修正をすると関係した者の記憶が入れ替るのにタイムラグがあるちゅうことや。でもやり方によっては記録が可能や……」
 ケチらハゲはみるみる目を輝かせて、
「でかしたでシロタマ。時空間理論の資料として使えるがな。こりゃ高こう売れまっせ」
 でも、シロタマはいきなり恐怖の帝王に戻る。
「これは時間規則でシっ。ハゲ守銭奴(しゅせんど)に何を訊かれても絶対に喋らないもん」

「は、はげ? ハゲてないワ!」
 ムチャ言うな。そのヘッドを見ろ。文句無しだぜ

『この時代ではまだ時空理論は立証されていません。釣り合いの取れない科学知識は誤った歴史に進む可能性があり時間規則に反します』

「そんなこと言わずに、ちょっとだけでええから。な? シロタマ?」
「だめでし!」

「ほんと。こいつは秘密主義だからな。煮ても焼いても食えねえぜ」
 そこへと、たたたと茜が駆け寄り、潤んだ目で俺に訴える。
「お腹が空いてるのなら、わたしが何か拵えますので……。シロタマさんを煮て食べるのはやめてあげてください。あんまりれす」
「あのな…………。別に腹が減ってるわけではないんだ……ま、いいか」
 こんな奴、煮て食ったら消化不良を起こす。それよりも真剣にすがり付いてくる可愛らしい茜の仕草に怒りも消滅さ。

 さて、飯のことなど今はどうでもいい。今回も失敗したのだ。しかも肝心のプロトタイプを逃してしまった。
 それも無限の広さを誇る宇宙にだ。見つけることは実質不可能だと思う。
 俺は脱力した吐息と共に質問する。
「最初からやり直しだなユイ。だけど次はサードミッションだぜ?」
 手詰まり感が満載だった。ユイも俺と同意見のようで、声のトーンが幾分暗い。
「はい。三度目となると、かなり難しいです。残りのジャンクションは超新星爆発の直前しかありません。あまりにクリティカルでその危険度は計り知れません」

「ジャンクションって?」
「歴史の分岐点です。ブランチポイントとも言います」
「分岐点ね。なるほど……意味は解るけど、それで? て言う感じだな」
 それを教えてもらったからといって腹の足しにもならん。と言いかけて口を急いで閉ざした。
 今の会話のどの部分が食えるのか、また茜に質問されたら答えようがない。

 とまぁ。くだらない思いを繰り広げていると、
「社長。妙な通信を傍受してるダ」
 右隣でブタオヤジが無線機を捉えて硬直していた。
「妙なのはお前だろ。おかしなことを言うなよ」
「何ダすよ?」
「今さっきこんな広い宇宙でって言ったばかりだろ。なんで通信が入るんだ。どこかの星のラジオか?」
「バカなこと言うでねえダ。周波数が違うダ。銀龍の通常周波で入ってくるダすよ」
 こいつ最近腹が立つ。ちょっと無線技士の免許を取ったからって、上から接してくるんだよな。

 こうなると意味もなく、こっちだって攻撃的になる。
「だからなんだってんだよ」
「社長。何かの数値を送って来てるダ」
 俺を無視して、田吾は四角い眼鏡のフレームを押し上げながらケチらハゲに振り返った。

「数値って何や? それとどこからでっか?」
「裕輔、メモしてくんろ。3ポイント98773。15ポイント107。それから46ポイント239ダす」
 俺に命令すんな、とも言えず。素直にメモる。

「何だろこの三つの数字? その電波の発信源は? どこから来てんだ?」
「知らないダ。方向も定まらない。強いて言うと全方位からやって来るダす」

「でもこの銀龍に向けたものとは限らないだろう? 同じ周波を使う種族もいるだろうし、宇宙は広いんだぜ」
「いや、逆かもしれんで。このタイミングで銀龍の通常周波を使った通信や。やっぱここ宛てやろ。宇宙は広いんや。そんなピンポイントの通信はそう無いで」

「だったら、その数値は何なんすか?」
「知らんがな」

 知らねえのかよ。

 頼りの綱である優衣を見つめるも、彼女も首をかしげ、その隣で飾り物の人形みたいな顔してちょこんと座る玲子は、例によって知らんぷり。茜はまだお盆に抱きついて突っ立っていた。

『場所を示す可能性があります』とまたもや報告モード。

「なんだよ。藪から棒に」
 じっと俺たちを見下ろしていたシロタマが忽然と伝えてきた。

『三次元的に広がる宇宙空間の一点を示すには、垂直交差するふたつの円周を利用して表すのが一般的です』

 一斉に社長に振り返る。こういう次元の異なる常識は俺たちガサツ者には皆目理解できない。
「し、知りまへんで」
 手を振って否定する社長。
「誰が決めたんや。普通は3D座標やろ。x軸、y軸、ほんで z軸やろ」

『それはコンピューターグラフィックスでの場合です。宇宙空間では主に銀河座標を使います。交差する円周の中心に銀龍を置き、半径を距離、銀河の中心から反時計回りに見た、水平円周の角度と垂直円周の角度の三つの数値で目的の場所を特定する方法です。これを提唱しているのはスン博士です』

 銀河座標……。
 いつだったか優衣も漏らしていた。

「あのな。スン博士は管理者の人や。ワシらとは関係ない」
「そうだよ。お前の生みの親、W3Cを作った人だろ。アルトオーネの恩人ではあるが、知人じゃねえし……」
「とにかくそこへ行ってみたらどうなの?」
 やはり体育会系女の捻り出す短絡的な答えは単純だ。すぐに行動へと変換してしまう。

「どないや、ユイ。行けるんか?」
 あぁ。そうやってどんどん泥沼にはまって行く。玲子しかり、このオヤジさんしかり……。

「もうやめて会社に帰ろうぜ」
 と言った俺を、極悪非道な人物を見るような目で睨み、
「アホ! ワシらは宇宙を守る特殊危険課や! 神様が見とるワ。途中放棄できるかい」

 よく言うぜ、無宗教のくせに──。
 なら、意見させてもらおう。
「今回のミッションは、社長の大嫌いな慈善事業なんだぜ。それでもいいのか?」
 ケチらハゲは一瞬黙りこくりやがった。当然だろうな。あんたが最も嫌がる無料奉仕だもんな。

「か、金はどこかに落ちてるもんや──」
 うはっ。言い切りやがった。やっぱり計算してんだ。やっぱこのオッサンは、ボランティア活動など無縁の人なんだ。

「先ほどの数値が位置を知らせるものでしたら、ここから約13光年先の星系を示しています」
 優衣の報告に全員が黙り込んだ。
 エラそうな名目を言い放っていても、いざ深宇宙へ飛び込むとなるとビビるもので。衛星の裏へ行くだけで精一杯の俺たちに、課せられる案件としてはとても重たいのだ。

「13光年って……」
「怖気つくほどのものではありませんよ。ハイパートランスポーターがありますから、ちょっと遠出の気分でいいじゃないですか? プラス思考で行きましょうよ」
 にこやかに言う優衣だが。9兆4600億キロメートルの13倍だぜ。やっぱやばいだろ?

 だが優衣は柔和な態度を崩さない。
「ほら。ここだって、アルトオーネから3万光年以上離れていますよ」
 スクリーンにを指差す優衣。
 そのことをすっかり忘れさせられていたのは、彼女が気軽にここまで俺たちを運んだからだ。

 社長は、「とにかくや……」と、重々しい息を吐き、
「たしかに13光年ぐらいすぐそこや。行ってみたら、何やええ儲け話しが落ちてるかもしれんデ」
 プラス思考って言うよりも、商売根性むき出しだな。



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