【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第二章:時を制する少女】 作:雲黒斎草菜
2017年 1月 5日(木)

ラストチャンス


「だめです。ミッションは失敗しました!」
 物陰にしゃがみこんでいた俺たちの前で、ナナが悲しげに肩を落とした。
「なぜそう言えるの?」
「成功したのなら未来の銀河にはドロイドが現れませんので、このミッション自体が無いことになり、ワタシたちはここにはいません」

「なるほど……」
 ナナの告げた不可解な言葉の意味に気付き俺は膝を打つ。

「なんで?」
 玲子は俺に向かって、はっきりと首をかしげてみせた。
「俺たちがまだここにいてんだろ。それが失敗を意味するんだよ」
「どうして?」
 玲子がビリジアン色のミニスカートを叩きながら、誰もいなくなったエンジンルームの片隅で立ち上がり、俺も釣られて見上げる。

「だからよ。もし成功したとしたら、ダークネブラは壊滅すんだろ? そしたら未来では銀河消滅の問題が無くなり、ナナはここへやって来る理由も無くなり、当然俺たちもここへ来ないだろ? でも何も変化が無い。ほら見てみろよ……」

 視線を轟々と泡立つオレンジの球体へ振ってから、困惑に沈む美麗な面立ちを窺ったのち、
「ということはそうはならなかったというワケさ。で、正解だろ?」
 ナナはこくりとうなずき、
「管理者の時空スキャンによると、もっとも簡単な修正は第一因子の誕生を阻止することです。それには隣のスフィアのエンジンシステムを起動させないことですね。しかしその通りに歴史が流れたのに……何も変化がありません」

 溜め息のような吐息を落し、一拍ほど間を空けた。
「──これは他にも時空スキャンをする者がいて、修正の上塗りを仕掛けてきたからです」

「時空スキャンって何でっか?」
 首をねじるスキンヘッドへ、ナナは物柔らかな視線を据え。
「電磁波は光りと一緒。宇宙の隅々まで伝わります」
「まぁそやな。ほやさかい宇宙誕生の瞬間まで遡れまっさかいな」
「そうです。ということは、いまここで情報を電磁波に変換して放出すると、未来に伝わることになります」

 え?
 電波は時間を越えんだろ?
「なんで?」
 つい声に出してしまって、ケチらハゲに白い目で見られた。

「アホか。おまはん開発課の人間やろ。そんなこと知らんのかい」
 オッサンなら解るとでも言うのかよ。って息巻いてやりたいが、言えないサラリーマンの辛さ。
「あのな。ここから1光年離れた場所におってみ。1年前の情報が手に入るやろ」
 いとも簡単に説明しやがった。

「なるほど。100光年先なら100年前の電波を受信できる。そうか。そういうことだ……100年後の未来で過去の情報が手に入るわけだ」
 そのカラクリに感服して、ちょっとトーンを上げた俺にハゲ茶瓶が反論する。
「その理屈はおかしおまっせ」
「どっちなんだよ!」
 思わず本音が出た。

 社長は半笑いで俺からナナへと視線を移動させ、
「遠くへ流れた情報をどうやって手元に戻しますんや。あんまり遠方やと減衰もするやろうし……双方向通信は不可能やろ?」
「おっしゃるとおりです。まだ未来と過去との双方向通信技術は確立されていません。ですのでコンパイラもそれはできません。ですが、不可能ではないんです」

 ナナはこくりと顎を落し、
「まず未来へ送る場合は、みなさんご存じのとおり空間を利用します。すると電磁波の減衰や崩壊が起きます。そこでそうなる前にサテライトが拾い上げ、増幅して次のサテライトへ送信します。これを繰り返して450光年という距離を飛ばします」

「なるほど。信号の減衰を排除させた合わせ鏡みたいなもんやな」
「理屈は通るが、壮大な設備が必要だぜ」

 社長は俺の意見に賛同しつつ、次の質問をする。
「ほな未来からはどうやって指示を飛ばしまんの?」
「そちらは、みなさんもご存じの方法ですよ」
 ちらりと視線を俺に振るナナ。

「俺は知らないぜ」

 即行で否定するが、社長は「アホ」と告げておいてから、
「亜空間を利用するんやろ。せやろナナ?」
「ご名答です。亜空間が持つ負の時間を利用します」
「ああ。超亜空間跳躍ね」

「そうです。送るのはデータだけですので、あそこまで大規模な設備は必要ありません。簡単な亜空間トランシーバーと言うのがあります」

 俺は薄ら寒いものを感じた。
 今のアルトオーネは無防備に電磁波を惑星から垂れ流しにしている。娯楽関係から政治、経済、はたまた最重要なデータだって垂れ流しだ。たとえ最新のスクランブル技術で隠蔽(いんぺい)するからと言っても、未来の技術を利用すれば簡単に丸裸にされる。

「ほうか。せやからデータ通信をする時に、あんたらは電磁波を使用せんかったんや。サテライトに傍受されるのを恐れて……か」
 驚きと感心の混ざる複雑な表情で、あらためてナナの顔をまじまじと見る社長。
「ほんでさっきのMSK通信や。なるほどな。空気の波動やからな、宇宙には散らばらんワ。ようそんなもんを閃きましたな」
「閃くと言うよりは、そのあたりは自然と思いつくんですね」
 それはロボットの発言ではない。閃いたり思いつくは人間の仕事だ。

「………………?」
 相変わらず、みんなは何のお話をしているの? 的な目で俺たちを見る世紀末オンナをせせら笑ってやる。
 お前は笑いながら誰かを殴ってろ。
「痛ぇえな、俺を殴れとは言ってねえぞ」
「あはははは」

 笑い上げる玲子を社長は無視して、
「で、どないしますんや? これ以上ここにおったら、ドゥウォーフの人らと一緒にブラックホールに飛び込むハメになりまっせ。そないなコトになったら、もっとややこしい歴史に変わりますやろ?」

 ナナも同感なのだろう。一度うなずくと、
「まずはギンリュウさんに戻りましょう」
 急いで俺たちを立ち上がらせた。

「ねぇ。それなら隣のスフィアへ移動して、誰がじゃまをしたのか見届けて、そいつをのしちゃえばいいのよ」
 出たな、短絡的体育会系め。でも一案でもある。

 ナナは笑みを含んだ面持ちで玲子を見つめた。
「レイコさん、今のワタシたちは何の準備もできていません。それは準備をした未来のワタシたちに任せるべきです」
「どういう意味なの?」
 大きく首をかしげる玲子。

「複数の異時間同一体が、同じ時間の同じ場所に遭遇すると重複存在となり、万に一つでも出会ったりすると、激しい感情サージを起して自我破壊や自時震を起こします。準備も無しにワタシたちがその場面に遭遇すると、準備をしてやって来たワタシたちの異時間同一体が近寄れなくなります」

「なるほど。理屈は合うてますな」
「これが時空修正の鉄則なんです」
 深くうなずいた社長に、生唾ものの言葉を吐くナナ。
「歴史の修正は失敗に終わりました。ですが重複存在を回避するために、同じことを繰り返すことはもう出来ません。もし別の時空修正を行うとしたら、この後、超新星爆発が起きるまでのあいだです。そうなると完全に孤立しますので、ここは武装すべきです」

「武装ぉ!」と社長は目を見開き、
「いいねー」と目を輝かせるのは、言わずもがな、玲子さ。
 社長は迷惑そうな目で彼女を一瞥した後、溜め息を一つ落としてパーサーに連絡。

「とりあえず撤退や! 転送してくれまっか」
 なんだか物騒な雰囲気になってきたな……という俺が漏らした独り言をその場に残して、メンバーは銀龍へ戻された。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ナナ。もっと穏やかにできまへんのか?」
 銀龍の転送台で実体化すると同時に、そう疑問をぶつけたのはスキンヘッドのオヤジだ。

「首尾はいかがでしたか? 社長」
 転送機オペレーターのパーサーに訊かれて首を大きく振り、
「あかん、初めからやり直しや」
 無念そうに頭を振った社長は、司令室に戻るとすぐに自分の座席に尻を深く沈めた。

 ツルツルオヤジは溜め息混じりに言う。
「銀龍は探査船なんや。武器なんかおまへんがな」

 俺は格納庫にあることを知っている。

「あるぜ……」
「ウソ言いなはんな。そんなモンおまっかいな」
「奥のロッカーに玲子が木刀を隠し持ってる」
 さっと目を伏せる世紀末オンナ。
 趣味は武装です、と見合いの席でも堂々と言うであろうな、こいつなら。

「何でロッカーに木刀を入れてまんねん?」
「精神力の鍛錬をするため……です」
 最も体裁のいい理由で包みやがったが、本心は別にある。
「本音で言ってみろよ」
 玲子はぎんっと俺を睨んで、「落ち着くのよ!!」と吐き捨てた。

 へへ。白状しやがった。ばーか。

 社長はひときわ大きく肩を落とし、
「ストレス解消のために、船内で振り回してまんのか。秘書課のチーフやろ、おまはん」

 ナナは真剣に反応する。
「次に相手をするのはネブラの新型デバッガーたちです。そのような武器では無理ですよ、ユウスケさん」
「それは百も承知だって。今のはジョークさ……。でもよぉ。お前はアンドロイドなんだぜ。武器なんかしなくてもチョチョイとやっつけれるんじゃないの? 軽トラ引き摺る力があるんだしよ」

 今度は重そうな吐息と共に答える。
「ユウスケさん。ワタシは戦闘用のガイノイドではありません。生命体のお世話をしながら学習していくガイドですから、そのぅ……普通の人と変わりません」

「普通の人間は軽トラを素手で引き摺らねえ」

 泥棒猫でも捕まえたみたいに、玲子が俺の襟足辺りを摘まみ上げ、
「ほんと、この男はデリカシーというものを持っていないんだから。気にすること無いわよナナ。あとでこの馬鹿を木刀の標的にしておくから」
「お前に言われると言葉を失くすぜ、まったく」

「もーええ!」
 眉毛をへの字に歪めて社長が俺たちを引き裂いた。

「ほんまに、おまはんらは程度の低い会話しかしまへんな。黙っときなはれ」
 派手に鼻息を吹っかけて俺たちを蹴散らすと、ナナに目を向けた。
「未来からそれなりの武器を持ってこれまへんの?」
「あ、はい。未来から武器を持ち出すのは厳禁なんです。特別な許可が必要でワタシの特権レベルでは不可能です」

 かといって、この船の機材では武器など作れるはずないし、アルトオーネへ帰ってみても超未来のアンドロイドと対等に戦えるような武器など作ることは不可能だ。

 ふっと頭をよぎったのが、あの白い球体だ。
「社長……」
 と言ってから、すぐに訂正する。
「何でもないっす」
 あのバカタマなら、何らかの武器を作り上げる可能性はあるが、とんでもない武器になる場合もある。うかつな提案は控えたほうがいい。

 ナナは俺の目をじっと見て言いのけた。
「新型デバッガーは想像を超えた未来からやって来ますので、こればっかりはシロタマさんでも不可能です」
 人の胸中を探れる思考処理をもったロボット……テレパスの域まで極めた技術力じゃねえか、管理者め。

「ほうか。ワシもそれを考えておったんやけど、あかんのか……」
 なーんだ。みんなが同じこと考えていただけか。

 モゾモゾする俺の前でナナは熱い目をして社長に進言。
「このようなこともあるかと思って、対策を施してあります。皆さんの世界で言う、保険ですよ」
「対策?」
「保険?」
 俺と社長が同時に疑問符を掲げた。

「あ、はい。あの時、ギンリュウさんへ移ったワタシはドロイドを全滅させた後、おジイちゃまと一緒に旅立つと言い出します」
「そやな。ワシの記憶にも鮮明に残ってますワ。何を言い出すんやって思いましたからな」
 ナナは不思議な笑みを社長に向けながら、
「スフィアへ転送されるほんのわずかな時間を利用しましよう。それを逃すと次にワタシに会えるのはいつになるのか、計算不能です」
「転送の瞬間なんて1秒もねえぜ」
「だいじょうぶです。ワタシがうまくごまかします。ここはどうしてもあの時のワタシが必要なんです」

 なぜそう過去体にこだわるんだろ。ナナは無限の時間を持つんだろ?
 としたら、武器作りだって不可能ではないはずだ。

「なんでそれが保険なんや?」
「過去のワタシに新型デバッガーに合う武器の研究、と製作を託します」
「そんなコトせんでも、おまはんには時間渡航という技術があるんや。時間は何ぼでおますやろ?」
 俺の言葉を復唱するような社長のセリフに、ナナは摩訶不思議なことを言った。

「ワタシの考えでは、過去体のワタシが最高の武器になります」

 なんだそれ?
 自画自賛?
 意味不明だぜ。

「それと……」とナナは付けたし、
「こうすることで完璧な並行処理が可能です。この時間域のワタシがリソースを無駄にすることも無く、もう一つのプロセスを並行してこなすことができるからです」

「なるほどな。マルチCPU処理でんな」
 理解できたのは社長だけだった。

 ハゲオヤジはナナに一任すると、またまた俺たちはスフィアへと、とんぼ返りすることとなった。
 ようするに、ボンバーワームの起動を果たして、自分探しの旅に出たいとクソ生意気なことを宣言したトンマが、主宰の前に転送される直前にスフィアの機関室へ寄り道させて新たな指令を送る作戦だ。

「あ─────────っ!」
「なんや藪から棒にでかい声出して」
 またまた気付いた。とんでもないことにまた気が付いちまった。俺って天才だぜ。

「自分探しの旅に出たいなんて、カッコつけた言葉を吐きやがって……」
「どうしたの?」
 玲子は疑問を浮かべ、ナナはニコニコ。

「あのな。ナナがすでに手はずを整えていたんだ。さっき保険って言っただろ。ぜんぶこいつが仕組んでいたんだよ」
「ウッソ。じゃあさ、あの子は武器を作るがために主宰さんたちと旅に出たわけ?」
「そうです。さきほどのMSKデータに含んでおきました。実行するかどうかは、この後に伝えることになっています」

「ぬあんと!」

 自分の意思ではなく未来の自分の言いつけを守るために……普通の人間ならそこまで犠牲になるヤツはいないだろう。
 人間じゃないからか?
 そこまで用意周到に?
 となると…………。

 まさか。まさか──。

「まさか! 俺たちが3万6000光年に飛ばされたのも、すでに修正に入っていたのか?」
 ナナは何も言わずに、うふふと笑った。

「ちょい待ちぃや。ほんなら、この話はいったいどこから始まってるんや?」
「さあどこでしょうか。それはみなさんのご想像にお任せします」
 マジかよ……。一体全体どうなってんだ。どこからこの話が始まっているんだろ。
 ほどく気力が湧かないほどにもつれまくった毛糸の束を突き出された気がした。

「裕輔! 考え込まんでエエ。お前の頭では解決できひん。今は行動あるのみや」
「そうよ。あなたは理屈をこね過ぎて体を動かさないのが問題なの」
「お前は短絡的に動き過ぎるんだ」

「とにかく時間がおまへん。優衣に従うんや!」

 追い立てられるように、いや、実際に玲子に数発ケツを蹴りあげられ、社長に急き立てられて、俺は転送室へと拉致られた。

 ったく。これで給料が滞ったら、暴れてやるからな。
「できるもんならやってみなさいよ」
 こいつがバックについてたら無理だもんな。社長もいいボディガード雇ってるぜ。



 ──でもって、転送室。
「段取りは理解しましたな?」とパーサーに念を押す社長。
「はい。スフィアに転送されるナナくんのシーケンスにスクランブルをかけて、一旦、向こうの機関室に送ればいいのですね」
「せや。それでエエ」
「でも、それではスフィアの転送係の人に時間的なずれを察知されて、騒ぎになりますよ?」
「それは私に任せてください。寸刻間違いなくその時間域に戻して転送シーケンスの途切れを修復します」
「そんなことが……」
 出来るんだろうな。こいつなら。

 最初に持っていたナナに対する懐疑的な気持ちは、綺麗さっぱり洗い流されており、なんならドゥウォーフの婆さんのように崇め奉ってもいいとさえ思っている。しょせん人間の考えなんて、このように風前の灯、フラフラ揺れ動くモノであるよのう……な。玲子。
「ばーか」
 うーむ。その言葉は、哲学的でさえあるな。


 そうこうして──。
 さっきと同じフロアーの物陰へと身を隠した。時間的に約小一時間後になるが、薄暗い階段の隅にうずくまり、肩を寄せ合っていた。

「あいつ、ちゃんと旅に出たいって言いますかね?」
「歴史どおりやから言うやろ。言わへんかったら、えらいことになりまっせ」
 おいおい、あんたが言い切っていいのか?
 時間の流れなんてとんでもなく不安定なものじゃないのだろうか。
 ほんのちょっとの気の変わりや、タイミングのずれが生じて大きく変化するということはないのか。
 もしモタモタしていると、こっちもこのスフィアと一緒にブラックホールへ連れ込まれてしまう。

 緊張で胃のあたりがきゅうっと絞られた気分になった。正しい歴史が流れているとしたなら、そろそろ地面から巨大なカタパルトを引き上げ始めるはずだ。

 過去ナナの手によって、イクトからこの惑星へ飛ばされた後、行くあても無く、地上を彷徨っていた時に初めて目にした人工の建造物が、そのカタパルトだった。三角形の枠だけの巨大な物なのだが、その大きさに度肝を抜かれた。高さ670メートルのトライアングル。

 それが何をするものか、その時はまったく理解にも及ばなかったし、主宰から超新星爆発のエネルギーを利用して次元の地平線を超えるモノだと説明されても、まだ俺たちは眉唾物だと思っていた。
 ところが実際にドゥウォーフ人はブラックホールを利用した超亜空間跳躍をみごと成功させ、3500年もの過去へスフィアを移動させた。驚愕に値するとんでもないものだったのだ。

 そのスフィアの中にいる。そう考えるだけで落ち着かない。

「大丈夫よ。ナナがついてるわ」
 体育座りをして丸めた肩を俺にぶつける玲子。何を根拠にそう明るく答えられるんだ。
「今だってここでデバッガーに襲われたら、俺たちゃおだぶつなんだぜ」
 首をすくめる俺へ社長が答える。
「大丈夫や。そんときは玲子が何とかしてくれる」
 玲子はニカニカと乾いた笑みを浮かべて受け流している。
 もちろんそれは痩せ我慢だし、社長の言葉も本心ではない。

 新型デバッガーとまともに向き合ったが、玲子であってしても手に負えなかった。進化したドロイドは、素手で相手できる連中ではなくなっているのだ。

「ぅぉっ!」
 ついと浮遊感を覚え、次の瞬間には床へ押さえつけられる感じを受けた。
「おいおい。スフィアが離陸を始めたぜ。超新星爆発まであと何分だ?」
「落ち着きなはれ」
 ナナは静かに目を閉じていたが、やにわにあらぬ方向へ見開いて視線を固定した。
「いま、第一因子のドロイドにプログラムがリロードされました。やはり隣の区域にあるスフィアの点火プロセッサーです」
「何で解りまんねん?」
「ドロイドの出すEM輻射波を検知したからです」

 社長は、はぁと息を吐き、
「ほな、これでミッションの失敗が決定的になりましたな……」
 そこへ光の球が浮かび上がり、過去のナナが転送されてきた。

「はて? ここは機関室れす……。ありゃりゃ。みなさんおそろいでぇ。今日はどこへ行かれるんですかぁ?」
 予想外の場所に実体化されて、戸惑った顔を俺たちにくれるが、発するセリフは相も変わらず抜けていた。

「おい! こっちの顔色を見てみろ! 駅前で知人と出会ったのにしては緊迫度が違うだろ。これが理解できんのか!!」
 叫んだね、俺は。でもこいつは平気の平左だ。

「あっはぁー。コマンダーだぁ。こんにちわー」
 だめだ、誰か代わってくれ。

 時間が無い。ナナはすぐに伝える。
「対策案を決行することになったの。頼むわね」
 未来体が言うように、すでに方法は伝わっているようで、トンマのほうが大きく首肯。
「りょうかい、つかまつりました」
 何かに掴まって祭ったようだ。
「解ってんのかな?」
 首をかしげる俺の目の前で今度は虹色の光に包まれて消えた。

「26秒前の主宰さんの横に送り届けました」
 と未来体に言われて、ほんの少し頭の奥が熱くなった。
 なぜなら、今の26秒間、過去のナナは主宰の横、そしてここで俺たちとも向き合っていたことになる。
 これが重複存在だ。考えれば考えるほどに熱くなるので、頭を振って拭い去り、改めてナナに訊く。

「どうだ? 段取りどおり行ったのか?」
「あの子はワタシですよ。その結果はワタシがしっかりと把握しています」
「ワタシ、ワタシって……あのよ、」
 喋り続けようとする俺の腕を引いたのは、社長だ。
「時間がおまへん。とにかく戻るで!」




 そして再び司令室───。
 ビューワーのスクリーンには、今にも破裂しそうなほどに膨れ上がった赤色巨星の姿が映し出されていた。
「いよいよや。超新星爆発が起きる寸前やデ」

「ねぇ? ナナ」
 玲子はさっきから同じ質問を繰り返していた。
「あの子にどんな武器を頼んだの?」
 質問はこればっかりだ。武装すると聞いただけで血沸き肉躍る、女暴力団だもんな。

「武器だけではありません。探知装置なども頼まれました」
「頼んだのはお前だろう?」
 と口を挟むのは──ナナがへんな受け答えをするからだ。
「あ。そうでした。頼んだのはワタシで、頼まれたのがワタシでしたね」
「だめだこりゃ……」
 派手に脳みそがグツグツしてきた。

「なるほどなー」
 社長だけは納得顔だ。何だ、このハゲ茶瓶は。

 ナナはにこやかな面立ちのままで怖い宣言をし、かつ不思議な誘いをする。
「急がないとブラックホールに引き込まれます。さぁ、武器を取りに行きましょう」
 自信満々に告げる彼女の言葉に社長が賛同。
「せやな。早よせんと事象の地平線に捕まりまっせ。したらノシイカ状態でっからな」

「行こうって?」と疑問をぶつけるのは玲子。
「え? 武器を取りに行くんですよ」答えるのはナナ。

「せや。せっかくの行為や。大事にせなあかん」
「もぉー。変なこと言わないでくださいよ、社長」
 玲子がぷうっと口を尖らせる。ナナがやる仕草とよく似ていたが、そんなことは今はどうでもいいことだ。それよりも当たり前みたいに共感し合う社長とナナの様子が、納得できないようだ。

「ナナは今さっき武器を作る事をあの子に伝えたんですよ。どうして、もう出来てるんですか?」

 戸惑う玲子に、ナナは困った風に笑いながら、
「レイコさん。過去のワタシはこれから3500年の旅に出るんです。ね、それだけあれば、武器を作るにはじゅうぶんの時間があるでしょ」
「それはそうだけど……」
 納得いかない表情は何も変わらず、もう一度怪訝に尋ねる。
「なんで武器を作ったとわかるの? ほんとうにあの子は作るの? その証拠があるわけ?」
 疑問が次々湧き出るのは俺も同じだったが、整理すれば間違ったことを言っていないと気付くことができる。

 過去体のナナとここにいるナナが本人であるならば、過去体のナナの行動は自分の記憶となる。ならば──説明できる。
 俺の思いを代弁するように社長が言葉にしてくれた。
「あの子も、この子も同じ人物やろ?」
「ということですよね」
 訝しげな玲子は首を捻りつつうなずく、という首の筋を痛めそうな素振(そぶり)で首肯。

「ほんなら。ナナにそう伝えた瞬間に、その後の結果まで自分の記憶に湧き出すんや。ほんまに作ったか、どうやって作ったか。どこに行けばそれが保管してあるかまで解るやろ?」

「でも、このナナは作ってませんよ。作れって伝えただけです」

 進展しない玲子の考えに、
「そうや。そう伝えたことによって、自分の歴史を変えたんや。これも時空修正のひとつや。そやろ、ナナ?」
「はい。社長さんのおっしゃるとおりです。ワタシ自身の歴史をワタシが覆したのです」
「解るか? 自分の歴史をこちらにとって都合のエエように修正したんやがな」
 社長は自分なりの解釈で答え、玲子は意味不明の顔をする。

「ぜんぜん意味が解らないわ」

 時間は迫っているのだが、ナナは玲子に向かって丁寧に説明する。
「これまでの歴史では、過去のワタシ。つまりさっきの銀髪のワタシはこれから3500年過去に飛ぶのですが、その後、管理者に呼ばれるまで普通に時間を過ごしていました。それから一旦未来へ飛んでから、再び皆さんの前に現れています」

 玲子は指の先で黒髪を絡めつつ、流麗な眉毛を片方だけうねらせる。
「うーん。それは聞いていたから解るわ」
「ですが、今の自己修正で、3500年過去に飛んだ後、何十年か掛けて武器を作ることになります。そして未来からワタシが取りに来るのを待つ、という流れに入れ替ったのです」

 玲子は恐る恐る訊き直す。
「あなたがそんなことしたの?」
 とんでもなくキュートな面持ちで覗き込んだ。
「したんだ!」
 じれったくなって、つい口を挟んだ。
「とにかく深く考えるな。俺だって頭から煙が出そうなんだよ」
 そうさ。ナナが3500年過去に飛ぶのはこのミッションが起きるという結果があるからなのだ。つまりネブラの存在がありきの話になる。武器を作る作らないは、今回の修正での話。それ以前にいろいろ絡むのだ。な。入れ子になった疑問が頭の中を焦がすだろ。

 玲子は目をつむって鼻にしわを寄せた。
「もう…………勝手にしてちょうだい」
 頭の中をリセットさせたようだ。
 こいつを黙らせるにはタイムパラドックス的な話をしてやるにかぎるな。
 これは今後、俺の武器になるかも知れん。

 ナナ。やっぱ武装は必要かもな────。