【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第一章:旅の途中】 作:雲黒斎草菜
2017年 1月 4日(水)

書き換えられたシナリオ


「さて、ここからが重要なところ……」
 未来体のナナはまるで独り言みたいに口を開き、過去ナナへと伝える。
「このあとドゥウォーフの若者がやって来るので、彼と一緒に主宰さんのところへ行き、ギンリュウさんの司令室へ転送してもらいなさい。そして向こうに着いたら、過去の芸津さんたちがドロイドに捕まっているので、すぐウイルスの起動コードを発令する……わかった?」
 俺の予想通りのセリフを綴った。

「にしても。捕まるって、嫌な言葉だな」
 言われて思い出した。あの時、転送理論を吸収したドロイドたちが次々司令室に侵入してきて、あっと言う間に俺たちは囲まれたんだ。
 そこへ飛び込んで来た、この間抜けな助っ人のおかげで命拾いをするんだが、その前にこんな経緯があったとは驚きだぜ。
 過去の心情を思い出すと身の毛もよだつ気分なのに、それをこんなに客観視できるとは、なんとも複雑な思いだった。

 ここはあれだな。コマンダーからもひとこと言っておこう。
「いいか。向こうに行ったら過去の俺や玲子が助けろとか言って喚くけど耳を貸すな全部無視しろ、ウイルスを起動することが最優先だからな」
「あい、りょうかいしましたぁ」
 コクリとうなずくナナ。同時に始まるMSK通信。
 心地よい音色が広がり……って、
「うわあ─────!」
 とんでもない事を思い出した。

「この時の言葉があそこで繋がってたんだ!」

「うっさいな。おまはん。何を一人でほたえとんのや?」

「しゃ、社長。以前ナナが助けに来た時のこと覚えてますか?」
「起動コードを発する時やろ?」
「そうですよ。あの時、こいつは。過去の俺に無視しろと言われてるって、告げたんです」
「覚えとる。おまはん派手に怒っとった」
「過去の俺がジャマをしたら歴史が変わるのをここで俺が釘を刺したんだ……」

 社長は険しい目をして、しっ、と俺を黙らせる。
「ええか。裕輔。それ以上口にしいぃな。この子はまだその場面を知らん。これ以上よけいなことゆうて、起動コードが発せられへん事態になってみい。ワシらここにおらんことになりまっせ」

「そ……そうか」
 起動コードを言わなければ確実に俺たちはドロイドに殺されていた。

 未来のナナと向き合い、可愛らしい唇を尖らさせてデータ通信を行う過去ナナの姿をマジマジと見遣る。それは記憶のとおり、白と灰色の粗末なワンピース姿だが、俺たちの未来を確実に握る少女なのだ。
 何だか感慨に浸ると同時に、薄ら寒いものをも感じた。

『お前なんか死んじまえ』って、俺が怒鳴ったこと。
『今のセリフ覚えておいてくらさーい』と俺に言い返してきた、お前のセリフ……。忘れるもんか。
 無性に自責の念に苛まれた。この子は今ここで俺に言われた約束を守り通したのだ。それなのに俺は怒鳴っちまって……。
 すまん。ナナ。


「はい。デコード完了れぇぇす。記憶デバイスに書き込みましたでごじゃります」
 ナナはぴょんと立ち上がると、
「ではみなさんのご健闘をお祈りしまぁぁす」
 可愛らしく挙手をして、ぺこりと腰を曲げると機関室を飛び出して行った。

 その後ろ姿を呆気にとられながら見つめていた社長が、緊迫度の高い声を張り上げた。
「ちょ、ちょい待ちなはれ! いま気がついた。あの時は焦っとったから見逃してたワ……」
 怖い目でナナを睨む社長。何を言おうとしているのだろう?

「よー考えたら起動コードは今田しか知らんはずや。何でおまはんが知ってまんの?」
「そりゃ。今田が口にしていたのを、こいつが立ち聞きしたんじゃないの?」
「おかしいやろ。それやったらここで教えんでもええハズや。知ってるんやからな」

「あーそうか。でもここで教えるということは、ナナは立ち聞きをしていない。となると未来のナナはそのコードをどこで知ったんだ? この時すでに今田は撃たれて気を失っているし……どういうことだよ、ナナ! やっぱお前は別人か?」
 彼女は極まり悪そうに沈黙に落ちていた。

「ナナ。答えなさい!」
 玲子が槍のような鋭い視線で睨んだ。
「おまはん、ウソを吐いたんか? それとも裕輔の言うとおり、ナナとあんたは別人なんでっか?」
「いいえ。さっきの子もワタシです。そしてガイノイドはウソを吐けません」
「それやったら、辻褄が合わへんがな。過去のおまはんが知らんもんを何で未来のおまはんが知ってるんや。どういうこっちゃねん?」
 大きく膨らむ戸惑いと困惑が徐々に疑惑へと移り変わろうとしていた。

「あの……ですね」
 ナナは濁った言葉でセリフを区切り、
「実は……ワタシ。これが初めての時空修正任務ではないんです」
 腹からせり上がる異物を苦しげに耐えるかのように、ナナは拳を握った。

「やっぱりな。何か話が簡単すぎると思ったぜ」
「歴史を修正するなんて、そないに簡単に出来るもんやないんや……」
「悪気があってのことではないんです。信じてください」
 ナナは憂いのある目をこちらに向け、薄い朱唇を固く閉じてしまった。

 俺たちが時空修正のことを安易に考えていたことは、疑いのないことなのだが、重要な部分の説明が省かれていたことに、割り切れない感覚を覚え、管理者に対する不審感が強まったのはどうしても拭い切れない。

 社長は厳しい態度で奥歯を噛み締め、玲子は氷のような視線をナナに突き刺した。
「あなたはウソを吐けないのでしょ。どうなの?」
 初めて彼女へ向けた剣呑な表情だったが、見つめ返すナナの表情も揺るぎの無いものだ。
「はい、吐けません。ただ、時間規則に反する会話はできないのです。そうプログラムされていますので、口に出ないんです」

 二人の視線が激しくぶつかり、強張った空気が張り詰めた。
 始動したテトリオンサイクルのオレンジの球体漕からは、青白い泡が激しく渦巻くゴボゴボいう音がやけにうるさく感じた。

「時間規則が重要なことちゅうのはよう理解しています。そやから──喋られへんのもしゃあないやろ。でも納得いく理由を聞かん限り、今後、我々は協力しまへんで」
 決意の吐息と共に放たれた社長の言葉を、ナナは毅然とした態度で受け入れ、
「わかりました……」
 ナナはその柔らかなまつげを閉じ、数秒して、煌めいた瞳を開けた。
「では。時間規則に反しない範囲でお話します」

 きらりと光る眼を遠くへと向けて、ナナは説明を始めた。それは俺たちの想像を遥かに超えた、飛躍的に進化したドロイドの姿だった。
 本体の総称はダークネブラ。生き残った一体のドロイドが450年後、500兆に増殖し、無感情の暗黒集団へと変貌する。

 ダークネブラはちゃんと組織立っており、その主なモノがデバッガーとコンパイラ、そしてサテライトと呼ばれる三つのグル―プだそうだ。
 サテライトというのは時空間の通信を担っており、中心になるのがデバッガーとコンパイラである。この二つが対に組んで管理者の時空修正を阻止しにやって来ると言う。

 奴らの手法は、たくさんのデバッガーが広範囲な時間域へ飛ばし、自分達にとって不利益になる歴史を発見すると、その情報はサテライトを通じてコンパイラに報告される。コンパイラは都合のいい歴史に修正するための方法を考え出し、再びサテライトを通してデバッガーへ送り、それをデバッガーが実行する、というシステムになっているらしい。

 やがて話はおぞましい方向へと進む。
「前回の時空修正では、レーザーに撃たれるイマダさんを守るために、ギンリュウさんへ侵入するドロイドを先に破壊する計画でした。そうすればイマダさんが直接ウイルスの起動コードを発令できますから……。それで、実際にドロイドの破壊は成功したのですが、」
 一拍ほど言葉を区切り、ナナは俺たちの様子を窺った。それは話の核心に触れることを暗示していた。
「……ところがどこかでこの計画が漏れました。その流れをコンパイラが変えようと考え、破壊したドロイドの代わりにデバッガーを格納庫へ侵入させて、イマダさんをレーザーで撃ったのです」

「それがワシらの知る歴史ですワ」
 しかし首を振るナナ。
「いいえ。少し異なっています。その時、ギンリュウさんは破壊されました」
「なっ!」
 ぞっとする話をナナはこともなげに言った。

 銀龍がハカイされた──破壊か?
 背筋が凍る思いで聞き直す。
「破壊された? そんなバカな。ウソだろう?」
 ナナはじっと俺に目を据えて言った。
「真実です……」
「で、でも。俺、生きてるぜ。足もあるよな?」
 玲子に、バカ、と言い返され、生まれて初めてこの言葉で安らぎを感じた。

「時空間スキャンをしていた管理者が計画の失敗を先に気づき、イマダさんがウイルスを準備している時間域へワタシを送ったのです。彼は過去体のワタシだと思い込んでいましたので、間一髪、起動コードを聞くことに成功し、ギンリュウさんの破壊という歴史を修正することはできました。ただダークネブラ発生の第一因子であるプロトタイプの破壊までは至りませんでした……。それが現在の流れになっています」

 俺たちがあそこで死んだという歴史があったという事実。ピザが入っていたとか、いなかったとか、子供時代にナナと遊んでもらったなどとは、全く次元の異なるとんでもない話で、俺たちは長い時間、硬直していた。

「…………そないなコトがおましたんか。そう言えば、一体だけ毛色の違うドロイドがいてましたな。あれがデバッガーとか言うヤツやったんや」
「すでにあたしたちは敵と対峙していたわけね」
 キツイ目でナナを睨んでいた玲子の表情がふっと緩んだ。

「じゃ、時空修正が行われなければウイルスは起動しないし、銀龍も墜落して俺たちの人生はあそこで終わってたのか……嫌な気分だな」

 ナナは毅然と胸を張って言い切る。
「そんなことはさせません。そのためにはワタシは何度でも現われて差しあげます」
 そして付け加えた。

「最近の研究で管理者は気づいたのです。この時空修正には社長さんたち、皆さんの協力を得ないと成功しないシナリオがあると結論を出しました。そうでないと管理者自身の存在まで危ぶまれるからです。彼らの先祖を助けたのはゲイツさん、あなたですもの。そうでしょ?」

 可愛らしく首を傾けられて、さすがのケチらハゲも遠慮がちに退いた。
「そ、それは、成り行き上……いやいやいや、変な意味やおまへんで。困っている人を見捨てるコトなんかしまっかいな。それより救世主はおまはんのほうやったんやがな。ワシらまで救うてくれて感謝します。やっぱり白神様は実在しとったんやな」

「でもさ、」と玲子が口に出し、
「とにかくよかったじゃない」
 なにやらご機嫌な様子。
「何が?」
「エンジンが掛かったし。これでミッションは終わりでしょ?」
「そう……やな」
「となると、そろそろドロイドらとドンパチが始まるな。確か地表で数千万のドロイドに囲まれた時に、スフィアのエンジンが始動したのを覚えてるぜ。その後で俺たちは銀龍に救助されたんだもんな」
「そうやったな。あん時は驚きましたデ。地表一面がドロイドに埋まってましたからな」

 過ぎ去った苦悩を楽しげに語る社長の無線機から、過去の銀龍が地表に向かった、と言う、田吾の慌てふためいた声がし、社長に、何もするな、じっとしていろと叱り飛ばされるところを見ると、歴史は俺の記憶どおりに流れていると思われる。

 ──これでミッション終了のはずだ。
 だが、しばらくしてナナが気づいた。何分経っても、何も変化しないことに…………。



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