【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第二章:時を制する少女】 作:雲黒斎草菜
2017年 1月 1日(日)

私設ファンクラブ VS オフィシャルファンクラブ


 何だかよく解らないうちに、特殊危険課の次のミッションが決まった。
 今度はゴキブリ退治だそうだ。

 それなら害虫駆除業者に頼めばいいだろうと言いたいが、どこの業者も拒(こば)むような案件なので、自分たちでやるしかない。わずかなりともその歴史に関与してしまっているからだ。そういう理由から、ナナは俺たちの前に現れたのだ。

 そのナナが言うには、それほど難しいことでもないらしい。
 今田薄荷の作ったコンピュータウイルスに感染しなかったドロイド1匹をぶっ潰すだけのこと。そのためには、崩壊惑星からの脱出するスフィアを予定より早く打ち上げてしまえばいいだけの話だ。そうするとそのドロイドが生まれなくなり、あとは連鎖的に歴史がいい方向へ流れて、ダークネブラは消滅するそうだ。

 ところでスフィアというのは、球形の宇宙船のことで、内部に田畑やコロニーまである巨大な方舟(はこぶね)さ。惑星にはいくつもあったそうだが、一つを除いて全てをドロイドが襲っており、暮らしていた人々は全滅に追い込まれた。その中に残った最後の一つにいた人々を社長が救ったわけだ。


 ついでに喜ばしい報告をしよう。今回はシロタマを連れて行かず、ヤツのメンテナンスをW3Cに頼む予定だそうだ。
「そらそうや。流動性金属というのがシステムに悪影響を及ぼすかも知れまへんやろ? そのへんのところをみっちりと検査してもらわな。ワシらの大切な仲間やからな」

 ──と気色の悪いことを社長が言うのは表向きの理由で、本音はと言うと、
「ナナの与太話……いや信じてやりたい気持ちはあるんやけど、限度を超えてまっしゃろ。そんな話にシロタマがしゃしゃり出てきてみぃ……」
 やっぱり社長も信じていなかったのだ。俺も黙って同意し、小声で返す。
「だよな……。あいつのことだ、ムチャクチャに引っ掻き回すぜ」
「せや。ワシらのことを常々馬鹿にしてまっからな」
 内密な話は囁くにかぎるのだ。気を付けないと、シロタマはどこの天井に張り付いているか分からない。

 たとえば、ほらあそこの照明器具の後ろとかな。ゴキブリと同じだぜ。



 三日後。
 銀龍にて特殊危険課の招集がかけられた。せっかく新調した特殊危険課の部屋でなく宇宙船銀龍にだ。意味が解らない。

 ナナの話では、どうやら例のゴキブリ退治の詳しい打ち合わせの後、どこかへ行くと言ってたが、気分は疑念で満杯だった。
 このあいだは、ピザやら写真やらを見せられて、俺は最初から信じちゃいねえが、その時は納得させられたメンバーだが、さすがに日にちが経つと、すっかり忘れていた。考えようによっては、ここがヒューマノイドの都合のいいところだね。今じゃ誰も信じていないし、懐疑心の塊に戻っていた。


 田吾を除く他のメンバーは、銀龍の搭乗口からのんびりとした動きで司令室に集まって来ており、そしてあのパーサーでさえ浮かない顔をして俺に言う。
「明日、トランスポーターの技術セミナーに出向きたいんですが、今日中に終わりますかね、裕輔くん?」
「し……知らないっすよ。何の話しをするのか。それより後でどこか行くって言ったけど、銀龍を飛ばすんすか?」と機長に訊くが、
「え? 聞いてないよ。飛行許可なんか申請していないし、どうするの、裕輔くん?」
「えっ?」
 またまた俺に訊かれたって、知らない。
 みんながそれぞれ俺に尋ねるのはナナのコマンダーだからで、でも、そのコマンダーがまったく彼女を信じていないのが、ちょっと気の毒には思うが、それは別の話さ。

 魚河岸から帰って来たばかりの魚屋の兄ちゃんみたいに血色がいいのは田吾だけで、今日は無精で伸ばした中途半端な長い髪を頭の後ろでひっつめていた。珍しく髪に艶があると思ったら、整髪料ではなく、自分の頭皮から滲み出た天然の整髪オイルだ。あー汚ねえヤツ。

「早く来ないダすかな」
 油膜(ゆまく)でギトギトしたメガネの位置を直しながら、デジカメのファインダー覗いたり、通路の奥に首を伸ばしたりを交互に繰り返していた。
 興奮を押さえきれないでいる田吾の発言に眉根を寄せて、訊く。
「そのカメラ……。何すんだよ?」
「ファン倶楽部の会報で使う写真を撮るんダよ」

「また勝手なことして……。秘書課はそんなこと許してないわよ」
 怖い顔をして見せたのは、ナナの幼けない顔とは対照的で、大人の色気を撒き散らす美人、玲子だ。
 美人……麗人……美女。
 言い方はいろいろあるが、ヤツの前で唱えると口が腐る呪文だが、うむ。こればかりは認めざるを得ない。たしかに今日も美しい。

「ファン倶楽部って……いくらナナくんが可愛らしいからって、人が集まるのですか?」
 と疑問を抱くのはパーサーさ。彼と機長は社内勤務ではなく航空機部門だから内情をよく知らないのは仕方が無い。

 二人に補足を入れる俺。
「80人も集まったらしいっすよ」
 その肩をつんつんとする田吾に、振り返る。
「なんだ、やっぱ減ったのか?」
「逆ダす。100人を超えたっす」

「「「「 ひゃくニンっ! 」」」」

 事情を知る俺と玲子も、パーサーらと一緒くたになって叫んだ。

「社内でそれだけの会員がいれば、たいへんではないですか?」
 尋ねるパーサーへ、
「んダ。でも、皆、目的が同じだから別に問題は起きないダ。とりあえずいい写真を撮れば、それでみんな満足ダすよ」

 ナナの人気は思ったよりもすごそうだ。こうなったら社外にも目を向けてだな。ここはマネージャーとなって、ひと儲けできるチャンスかもしれない。
「そうなるとコマンダーとして鼻が高いな」
「なによそんな低い鼻」
「おっ。やけに挑戦的だな、お前」
「べ、別に……いつもと同じよ。だいたいね、これからの女は精神修行をして武道をたしなむ必要があるのよ。見てなさい」
 玲子は剣を持つ格好をして宙を薙ぎ払う型を披露。目を見張るメリハリのある動きをするが、秘書課の短いスカートではある程度の限界がある。
 もっと見せてほしいのだが、こちらの不埒な思惑は見透かしているようで、玲子は早々と架空の剣をどこかに仕舞い込むと、ふんと鼻を鳴らして、長いポニテをユサユサさせた。
 今日はいつものように黒髪を結いあげて丸めていない。美容院へ行く時間が無かったのだろう。でもこれだけ綺麗な髪をしてんだから行かなくてもいいんじゃね?
 腹の中を読まれると恥ずいので、俺の言葉は自然と反転する。
「お前のは精神修行じゃなくて、喧嘩修行だろ。ちったぁ女らしくしろ」
「べぇ~だ。あたしは美しさと強さを両立させた大人の女なんだからね。こんどナナを道場に誘ってみようかしら」
「それはいいダ。ファン倶楽部の連中も見学できたら一石二鳥ダす」
「あなたバカ? 精神修行よ。アイドルのコンサートじゃないわ。男子禁制なのよ! どうしてもと言うのならあたしに勝ってからにしなさい」

「せや! 悔しかったら、玲子とケンカで勝ってみい」
 そんな無茶を言うのは誰だ?

 振り返る必要はない。俺は急いで肩をすくめた。この方言丸出しの喋り方は、この銀龍の持ち主であり、特殊危険課の総監督、社長以外にいない。今日も照りの美しいスキンヘッドをキラキラさせながら司令室に現れた。

「玲子に勝てるヤツなんていないっすよ」
 社長はツカツカと近寄ると、俺の耳元に向かって囁く。
「あのな裕輔。勝たんでもええ。おとなしくさせてくれるだけでエエんや」
「そりゃあ、戦車でも持ち出さないと無理だな」
 袖口や裾のシワを入念にチェックし始めた世界最強格闘技女王、別名、世紀末オンナ。そいつへ向かって俺と社長は渋そうな顔をした。

「まあ。ええ……それはそうと」
 社長は空気を払拭するためか、軽く咳払いをして、今度は田吾へ厳しい目をする。

「おまはん。ナナから手を引けちゅうたやろ」
「んダども……」
「ここは会社や! 学校やないんやで。仕事に支障が出てどないすんねん」
 玲子は左右に捻っていた体を静止させ、
「そういえば、このあいだも秘書課の廊下に若い男性社員がカメラを持って大勢で押しかけて来たんですよ」
「あの騒動もおまはんが先頭に立ってたらしいな!」
 田吾は喉を上下させつつも強気で答える。
「んダが。ファン倶楽部のほとんどが開発部の主力メンバーだスよ。無理に倶楽部解散を宣言したら、時期開発商品に支障が出るダすよ」

「それやがな……」
 スキンヘッドは大仰に溜息を吐き、テカテカの頭を平手打ち。
「なんで開発の連中は、あぁゆう萌え系が好きなんや? 理解できんワ」
 何だか雲行きがおかしい。こういう時のために田吾は切り札を持っていたはずだ。玲子の家から家具を運ぶときに豪語していたじゃないか。

 ちょっと腑に落ちないので、ヤツの肩を抱き寄せ、
「お前、あの話はどうなったんだよ? ナナを使えば金儲けできるって言えば、社長のことだから全部チャラにしてくれるってやつさ」
 田吾は悲しそうに頭を振った。
「向こうのほうが上手だったダす」
「どういうことだよ?」
「社内で金銭を得る行為をした場合、一旦全額没収して、働きに応じて配当するらしいダ。それからナナの保護者は社長なので、自分が仕切ると言いだしたダ。つまりプロダクションの社長になるって。で、結局オラはそこの社員ってことになったダす」
「なんだよそれ。今と何も立場変わらないじゃないか」
「んダ。プロマイドの売り上げは全部没収されたダ」
「そりゃ、ちょっと横暴じゃねえか。よし。俺がひとことガツンと言ってやるぜ」
「あわわわわ。いいダ。このままで問題ない」
「なして?」
「仕事中にフィギュア作っていたのがバレて、クビと引き換えになってるダよ」

「…………なさけねえヤツ」



「皆さん。お待たせしました」
 甘い声音と共に室内が一気に華やいだ。柔らかそうな黒髪をなびかせてナナの登場だ。
 玲子と同じ秘書課の制服を着こなし、目映いばかりの白い脚をミニスカートから伸ばし、扉をぱたんと閉めて入って来た。そしてそのまま、部屋の中央へと歩む。

「うぅぅ……む」
 開発部の連中が騒ぐのも無理はない。何とも言えぬプロポーションと、ひと目見てとろけそうな表情は堪らない。
 しかも最近人から見られることに慣れてきたのか、それらのすべてに磨きが掛かったと言っても間違っちゃあいない。
「こういうのを萌えというのか?」
「なに言ってんの。あの子はロボットなのよ」
 隣から玲子が俺の袖を引っ張る。
 言うとおりロボットだ。だけどそんな古臭いカテゴリで括ってしまえるものではない。わかる? 
 息づかいだぜ。ナナは息をするんだ。常ではないが、彼女は体内のポンプから空気を吐き出して人工声帯を震わせて声を出すシステムなんだぜ。だから喋る前に息を吸うんだ。それが超自然で超色っぽい。つい最近知ったんだが、すげぇだろ。管理者恐るべしだぜ──。


「よっしゃ。今日はファン倶楽部の話をしに来たんとちゃう。ナナ、さっさと進めてや。こんな無駄な時間、仕事のジャマになるだけや。はよ終わらせるんやで」
 経営者の言葉などこんなものだ。ここに集まっているあいだ、俺たちは給料ドロボーと言われても仕方がない。

「あ、はい」
 ナナは小気味よく頭を下げると、メンバーが集まった司令室内を歩んだ。
 長い足を交互に、同時に出したらひっくり返る、なんて古典ギャグも混ぜつつ、ナナは中央へ歩み寄る。
 そこへとシャッター音が連発。

 音に気付いて途中で立ち止まったナナは、キラキラとした大きな瞳でクルーを見渡し、田吾のカメラに視線を固定させると、それへと向かって細い指を広げてフルフルと振って見せる。まるでアイドルの撮影会だ。

 どこで覚えたのか、たぶんテレビだろうが、微笑みながらくるりと片足で舞って見せたりしていた。
 物柔らかな可愛らしい仕草に圧倒される。こいつはロボットだと、いくら自分に言い聞かせても、聞く耳を持たない脳ミソが鬱陶しくもあるね。

「えっへんっ!」
 おかしな雰囲気が漂う部屋の空気を玲子の咳払いが吹き飛ばした。

 はっと我に返り、慌てて腰を折ると、膝に両手をついて深々と頭を下げるナナ。
「みなさん。ごくろうさまです。ワタシを信じて今日集まっていただき、本当にありがとうございます」

 いや、別にまだ信じてねぇ~し。とにかく興味本位で集まっただけだからね。
 それに──。
 田吾へ視線を振る。

 こいつは倶楽部の取材しか頭にねぇし。
 それよりヲタのシャッター音がうるさい。

 案の定、ケチらハゲが目を吊り上げた。
「何してまんねん。写真撮影はプロに任せてますんや。素人が撮影した生写真が世間に出回ったら、ナナの値打ちが下がりまんのや。写真撮影は禁止するデ!」

 あちゃぁー。マジでプロダクションの社長になる気だぜ。
 たぶん来期には芸能部門ができるんだぜ。
 玲子はまたもや鼻を鳴らし。
「あたしが敏腕マネージャーよ」
 この会社……大丈夫だろうか。

「とにかく没収や!!」
 強い口調で怒鳴るとカメラを奪い取った。
「あぁぁ。何するダぁ」
「うるさい。データを消したらカメラは返したる!」

 社長に叱り飛ばされて田吾は通信機の前、自分の所定位置へトボトボと進む。そのしょぼ暮れた背中に向かって、ナナが苦笑いを浮かべた。それから「こほん」と、小さく咳払い。

「ロボットが咳払したぜ」
 とつぶやいた俺の言葉に、田吾が噛みついて来た。
「ナナちゃんはガイノイドだス。ロボットじゃないっす!」
 俺にヤツ当たるなよ。フィギュア作りがバレたお前が悪いんだ。

 田吾を睨む社長を横目で捉えながら、やっとナナが口を開いた。
「では社長さん。今からギンリュウさんごと皆さんを2年過去に遡(さかのぼ)らせまて、あの惑星まで飛ばします」
 鼻にかかった甘えたような声でそう言った。確かにそう言った。2年過去ってな。

 俺の聞き間違いか?
 玲子と視線がかち合った。あいつも同じコトを思ったのだろう。二人して仲良く肩をすくめた。

「ちょ、ちょう。待ちなはれ」
 社長も吃驚(びっくり)だ。
 打ち合わせの後、どこかへ行くとは聞いていたが、過去だとは聞いていない。

「今から始めまんのか? 打ち合わせするんちゃいまんの? 全部で何時間掛かりまんねん。そないに長いこと仕事の手を……」
 ナナは柔和な笑みのまま、平手を出してハゲオヤジの言葉を遮った。
「ほぼ同時刻に戻ってきますので。経過時間は数秒です。お手間は取らせませんし、詳しい話は現地でお伝えします」
 インスタントラーメンにお湯を入れる間もないというのか?

「あ、いや。そないな時間やったらエエねんけどな」
 咎めるポイントを失って音量が下がり気味だったが、
「あ、ちゃうちゃう」
 いきなり最大音量にした。
「アホなコト言いなはんな! 銀龍ごと飛ぶってどういうことか知ってますんか? 飛行許可も必要やし、燃料かってどんだけ掛かると思ってまんねん」
 社長が気がかりなのは後者だろうな。飛行許可なんか藩主に頼めば数時間内で下りるはずだ。

 それでもナナは平穏なまま。
「燃料は一滴も使用しませんし、飛行許可も必要無いと思います」
 続いて変なことを口にする。
「アルトオーネの空域は飛びませんもの」
「あんが…………?」
 社長は言い返す言葉を完全に失って撃沈。

「ナナくん。銀龍の総重量は何トンあると思っています? 燃料無しで飛ぶことはできませんよ」
 口を挟んで来たのは機長だ。この人なら総重量をグラムの単位まで空(そら)で言えるだろうな。
「ほんまや。1メートル宙に浮かすだけでも、ぎょうさん燃料食いまっせ」
 経費、経費と息を吹き返した社長が突っ込む。

 何となく不穏な空気に包まれてきたので、コマンダーとしてもひと言釘を刺しておこう。
「ナナ、もういい。今なら冗談で済むから。ほら、な。社長は温厚な性格をした人だから、ここで謝ろう。ごめんなさい全部ウソでしたって。俺も付き合ってやるから」
 ポカンとして立ち尽くすナナのところへ歩み寄り、サラサラの黒髪を押さえて無理やり頭を下げさせる。
「社長。厳重注意しときますんで、今日のところは、」
「もう。ユウスケさん。ジャマしないでください」
 ナナはガバッと体を持ち上げ、俺を払いのけた。そりゃあすげぇ力だった。こんなアイドルみたいな小さな体で軽トラを素手で引き摺るパワーを秘めているのはご存じのとおり。

「ワタシ本気です。コマンダーの命令よりも優先順位の高い命令を受けて来たんですから、ジャマしないでください」
 たじろいだ。えらく真剣な表情で言われて俺は数歩退(しりぞ)いた。
 こんな厳しい口調のナナは初めてで、社長も強く感じたのだろう。
「わかったがなナナ。好きなようにやりなはれ。ほんではよ仕事に戻ろな」

 手ひらをひらひらさせ、俺に下がれと命じた。
「ほれ、小うるさいコマンダーは下がらせたで。さぁワシらは何をしたらええんや?」

 社長は早く解散して仕事に戻って欲しい、というのが本音なのだ。でもナナは涼しい顔に戻すとまたもやニコニコ。
「別に何もしなくていいですよ。そのままでいてください」
「ふへ?」
 田吾のおかしな声が司令室を駆けて抜けた。

「機長もでっか?」
「はい。何もする必要はありません」
「それなら私は飛行許可を申請に……」
 席を離れようとするパーサーをナナは呼び止める。

「あー。それも大丈夫ですよ。必要ありません」

「そんな、あひょぬぁぁ?」
 社長の声も裏返っていた。

「操縦者が席に着かなくて、どうやってこの大きな宇宙船を動かすんだよ。お前が操縦するとでも言うのか?」
 池の鯉みたいに口をパクパクしたまま目を剥いてしまった社長に代わり、俺が問いかける。

「あ、はい。ワタシは操縦しません。ただ送るだけです」

 送る?
 誰が運ぶんだ?

「銀龍は宅配便で扱かうには大きすぎて断られまっせ」
 当たり前だ。引き取りに来た兄ちゃんが仰天するワ。

 さらに訊く。
「エンジンぐらいは掛けときまひょか?」
「あ、はい。それも必要ありません。でもそのかわりハッチは真空対応モードに、人工重力装置と生命維持装置は起動させておいてくださいね。向こうは宇宙空間ですから」

「なっ……!」
 ナナのひょうひょうとした受け答えに、驚きを隠せないのは俺だけではない。ここにいた特殊危険課のメンバー全員が仰け反った。

 こいつ、本気みたいだ。
 説明の細かいところまで辻褄が合っている。直感だがそう感じた。俺だってエンジニアだ。下っ端だけどな。でも冗談で言うのなら、そんな詳細な部分の指摘をする必要はない。

「じゃ、行きますね」
 すました顔で何かを始めようとするナナ。
「ち、ちょっと待ちなはれ。ほんまにこの状態でエエんでっか?」
 社長は背筋を伸ばしかけたナナを止め、
「とりあえずやな……」という言葉を残して機長とパーサーは念のため持ち場に着かせ、それからハッチを真空モードにして、人工重力と生命維持装置も起動させた。

 わずかに伝わる体重の変化が、装置が動き出したことを物語っていた。


「では始めまぁーす」
 ナナは制服の袖を捲し上げ、白くてか細い腕を露出させる。
 田吾が、目映い肌を見て生唾を飲み込んだ。
 全員が持ち場に着いたこと確認すると、ナナはおもむろに人差し指を立てて、まっすぐ天井を指した。

「な、なんだ? 何かあんのか?」
 思わず釣られて見上げてしまう。
 でも何もない。滑々した天井があるだけ。

 もう一度、視線をナナに戻す。
 俺たちの目だけを見た笑顔がそこにあった。
 疑問符だけが顔をもたげ、いや。ナナも爪先立ちになっていた。まるで逃がしてしまった風船を追いかけようとする少女のように可愛い仕草をしている。

「いったい何をする気だ?」
 疑念が頂点に達しようとしていた、その時。
 彼女はいつもの少し鼻にかかった甘えたような声をもっと強めて、
「は~い♪」と、口にした。

 そして──。
 片膝を少し曲げて案山子立ちの状態で、背中をしならせるとパチンと指を鳴らした。

「マジかよ……」
 目を輝かせたのは田吾だけだ。他のメンバーは目を皿のようにひん剥いていた
 真っ白な思考の中で最初に浮かんだのがアニメの魔法少女だ。
 それだったら言ってやらなければなるまい。

「ナナ……呪文を忘れてるぜ!」
 込み上げる笑いを堪えようと、玲子は手の甲で口を隠しながら肩を揺らし、社長は呆れ顔でぽかんだ。
 田吾は悔しげに唇を噛んでハゲオヤジに取り上げられたカメラを睨んでいた。
 会報にはいい絵だだろうけどな。残念だな田吾。

 ご愁傷様~。