【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第一章:旅の途中】 作:雲黒斎草菜
2016年 12月30日(金)

管理者からの手紙


 つまらん話はまだ続く──。
「今どき郵便って、なんだそれ? せめて電話ぐらいしてくれればな……あ、痛ぇ」
 よけいなことを言うな、と俺の頭を拳骨で小突いた手を汚い物でも拭うみたいにして、ズボンの尻で擦り付けてから、ナナに首を傾ける社長。
「ほんで、手紙の差し出し人は誰でんねん?」

 そこへ──。
「社長。お呼びですか?」
 変なタイミングで扉を開けて入ってきたのは、銀龍の客室乗務員であるパーサーと元戦闘機乗りの機長だった。

「おう。これで特殊危険課の勢揃いや」
 部屋の中央に設置されたテーブルを囲んで、ナナも含めて総勢7名が席に着いた。



「ほな……。始めよか」
 と切り出した社長の隣で、玲子が立ち上がり、
「それじゃぁ、あたしはお茶でも淹れてきます」
 と告げたもんだから、皆の視線が一斉に泳ぎだした。

「あ、私は先ほど別のところで頂きましたので……要りません」
 遠慮ではない。強く拒否したのはパーサーで、
「オラ、喉は渇いてないダ」
「俺も飲んできた」
「………………」機長は目をつむって首をブンブン振り、
「かまへん、玲子。ここでナナの話を聞いときなはれ」
 それぞれに大慌てで拒否するのは、今さら説明する必要の無い事象であり、すとんと座り直した玲子に、社長は安堵の息を吐くのも自然な振る舞いである。

「ほんで? 誰から手紙が来たんでっか?」

「管理者だよ」
 忽然と声が落ちた。

「……そうか。こいつのことを忘れていた」
 ぶしつけに頭上からそう言い放ったのは、特殊危険課の癌的存在だ。何だっけ……。あそうそう。悪性障害インターフェース。

「管理者って、あの管理者でっか? W3Cやナナを作った、あの管理者でっせ?」
「そうだよ。W3Cにも亜空間通信が入っていたでしゅよ」
「何で、そっちは超未来的通信方式で、ナナのとこは手紙やねん?」

「会社の寮には亜空間通信設備が無いからです」
「そんなもん、おまっかいな」
 当たり前のことをナナから言われて、社長は罰が悪そうに黙り込んだ。

 目の前の裏情報収集装置はハリボテか?

 一呼吸して、
「何やゆうてきたんでっか? ナナに帰って来いとでも?」

 彼女はふるふると長い髪の毛を揺らし、
「ミッションの開始です」と言った。

 それはとんでもなく信じられないことの幕開けでもあるのだが、誰も聞く耳を持ったないのは、特殊危険課に選抜されたメンバー特有のことなので、それはそれで太陽が東から昇るよりも当たり前のことである。

 まぁ、俺とケチらハゲだけは耳を貸していたが、説明はあり得ない話に展開していくため、聞く態度はぞんざいだった。
 大まかな説明が終わった頃には、案の定、ケチらハゲは胡乱な視線を向けた。
「ほなら、なんでっか。そのダークネブラのプロトタイプである黒人間。あんたらの言葉で、ブラックデトロイドでっか?」

「ブラックドロイドです」
 ナナに言い直されて、ハゲオヤジは咳払いをした。
 ドロイドを黒人間と名付けたのは社長なのだが、誰もその名を使わなかったのを未だに根に持っている。

「そいつが一匹生き残ってたんでっか? ほんで450年未来では500兆にも膨れ上がり、ダークネブラちゅう恐ろしい集団になるから、そうなる前に潰してくれちゅうんでっか?」
 ケチらハゲは意外とかわいい丸い目をナナへ見開いて見せ、
「あんたはドゥウォーフの人らと過去へ飛んだナナやろ? ちゃいまんの?」
 さぁ、ここからややこしくなるぞ。

 ナナが原因で俺たちは3万6000光年の漂流を余儀なくされたんだ。しかもこいつも同行してな。バカだろ。

「そうです。その後3500年経過した後、この時代より見て440年先に運ばれ、そこで10年間滞在して、最終的には450年未来からやって来ました」

「未来で10年って。何してたんだよ?」
 あまりに突拍子もない話に、つい我慢できなくなって俺も口を挟んだ。

「あ、はい。DTSDを装着するためです」
「DT……?」
 テッカテカのスキンヘッドをかしげるケチらハゲ。

「はい。Dynamic Time Stretch Deviceと言います」
「そりゃ何でんの?」
「時間伸縮装置です。時間渡航を可能にします」

「「はぁぁぁ?」」
 俺たちは、そろって懐疑的な顔と湿気た息を吐いた。

「ワタシはこれまで皆さんの行動を管理者に報告していたのです。薬物でトランス状態に陥るなど低俗的な部分がありましたが、それに溺れてしまったワタシの落ち度で、これに関しては上手く説明できていません。でも管理者はこの宇宙域が必要であるかどうかをワタシに託していたのです」
 ナナは気にせず電波話を続けるが、こっちは堪らん。
「ちょ、ちょい待ちぃな」
「そうだ。ちょっと整理させてくれよ。」

 俺は順を追ってナナの話をまとめてみた。

「管理者はゴキブリを退治するのに、この周辺の星域をまるごと消し去る気なのか? それも俺たちの住む惑星アルトオーネが含まれた星域をってか?」
 とんでもなく迷惑な話だぜ。
 かと言って、漫画のストーリーだとしたら、ありきたり過ぎてつまらん。

 田吾は真剣な面持ちで彼女を凝視していた。もちろん不埒な目でな。それに時々、意味ありげに溜め息を吐くが、こいつは俺たちとは次元が違うから無視していい。
 他の連中はと言うと。
 玲子はナナに対抗して、ストレートヘアーを巻き上げた新たなスタイルに変身していた。そこらの散髪屋では決して手を出してくれそうもない高級感を漂せるスタイルだった。その黒髪に特製の串をブスブスと刺して身だしなみの真っ最中だし、パーサーと機長は裏情報収集マシンが気になるようで、席から離れて見物に行ってしまい、こちらの話はなどまったく無関心さ。

 結局、ナナの話に聞き耳を立てていたのは俺と社長だけだ。でも、ま。こんなのは日常茶飯事さ。先を続けよう。

「それで連中は、先祖が社長に助けられたという恩義もまだ覚えていて、強硬手段に出る前に一つの救済計画を立てており、その重要な任務を背負ってお前がやって来た。しかもドゥウォーフの人々、ようするに管理者の先祖が亜空間跳躍をした直後にだ。その時からこの話は始まっていた。こういうことか?」

「救済計画って何しまんの?」

「はい、みなさんと一緒に過去へ飛びます」

 幼けない表情で淡々とそう言うナナに、
「非常識や……」とケチらハゲはつぶやき、テーブルの前で腕を組んで固まった。

 そうだ。非、常識的な話だ。あり得ん。
 じっとナナの目を見る。吸い込まれそうな瞳の中には星空みたいな輝きが見えた。
 こんな透き通った目をしてウソを言えるだろうか。

 そしてナナは小さな吐息を落す。アンドロイドのくせに、なんと色っぽい。こいつも玲子同様、秘書課の制服がよく似合っていた。
 ビリジアン色の襟の無いハイネックから斜めに開く上着は腰の部分までで、その下は同じ色のタイトなミニスカートに連なったツーピース。それに身を包んだ美しい姿のまま。瞬きを繰り返し、俺たちの次の動きを待っていた。

「おまはん……」
 だいぶ経ってようやく社長が口を開き、ナナがそちらへ体を傾ける。
「はい……?」
「歳はいくつやねん?」
「3500歳。プラス、未来に行っていた時間が少々加算されます……よね」

 小さな口から舌を少し出して、恥ずかしげに肩をすぼめる仕草はとても自然で、何度も言おう。彼女が人工的に作られたモノであるとは、到底思えない。

 ようやく玲子が髪から手を放し、こちらを向いてキョトンとした。
 俺とケチらハゲが固まったまま動かないからだ。
「どうしたの?」
 上空を漂っていたシロタマに尋ねた。

「こいつらアタマ悪りぃぃから、ナナの言ってることが理解でき……、」
「こ、こら」
 言葉の途中で玲子に引きずり降ろされた。

「そんな言い方したらだめでしょ!」
 玲子はオニギリを握るみたいにして両手でシロタマを包み込んだが、やり場に困り、急いで制服の胸の内へ。

 ヤツは豊かに盛り上がった楽園の内部を散策でもする気なのか、モソモソとうごめいていた。
 その様子を妬みの目で見つめていた田吾が、玲子の放った冷凍光線で凍死。俺にも殺人光線が向けられかけたので急いで視線を引き離し、ついでにパーサーと機長も彷徨わせていた視線を争って逃がしたのは、男のDNAにそう刻まれているからで、俺には責任は無い。

 にしても、あの楽園が気になる。後でシロタマをとっ捕まえて、内部に関する詳しい報告をゲロさせてみよう。


「──信じていただけましたか?」
 ナナは小首を傾けるが、
「信じるも信じないも、なんやようわからんワ。なあ、裕輔?」
「え? ええ……」
 楽園が気がかりで、こっちはそれどころではない。

「その、なんや。時間を遡るんでっしゃろ? ほなら、目が覚めたら枕元に玉手箱が置いてあって、開けたら爺さん、ちゅうことはおまへんやろな?」
 こう見えても社長はこの会社での最高の技術者でもある。たぶんナナの言語推論エンジンの性能を暴くつもりだったのだろう。妙にひねった質問をしたのだが、ナナはまったく動じることもなく応えた。

「時間は常に一定の流れで過ぎ去るだけで、急激な変化が伴なうことはありません。ただし、身体のダメージを心配されていらっしゃるのでしたら、安心だとは一概にお答えできません」
 思った以上にまともで、正しい反応が返ってきた。

「身体に害がおますんか?」
「時間移動を繰り返すと、かなりのリスクを生命体は負います」
「おまはんは?」

「ワタシには害はありません。そのような構造になっています。それと生命体へのリスクは、ワタシが注意しますので御安心ください」
 次々連発する社長の質問にナナはこともなげに答え、俺たちをみたび黙らせた。

「むぉぉぉぉ」

 ナナの真剣な眼差しは揺るがなかった。

「そこまで言うのなら実際に何か証拠でも出さなきゃ、もう収まりが利かないぜ」
「そうやなぁ……」
 ハゲオヤジは俺にも同意を求める目をしてうなずき、
「時間の移動ができるちゅうとこを見せてくれたら……。いや無理にとは言わヘンけど。なんか無いとなぁ。あ、おまはんがウソ吐きとはゆうてまへんで。信じてもええんや。せやけど……」
 あくまでも信じる気はないが、一生懸命に俺たちへ説明してくれたナナの気持ちは大切にしたい、そんな気分なのだろう。ずいぶんと気遣った言い回しだった。

「あ、はい。どうぞ。何でもおっしゃってください」
 自信あふれる態度にちょっち驚く。

「後でウソだぴょーん、なんて言ったら、社長に叱られるのは俺だからな。頼むぜナナ」

「ガイノイドはウソがちゅけないでシュよ」
 俺の訝る心情を見透かしたようなセリフを吐いて、玲子の胸元からシロタマが這い出して来た。
 まだ入っていたのか。こんちくしょう。
 羨ましいやら、妬ましいやら。

 ケチらハゲは、天井へと戻るシロタマをちらりと上目に睨んでから、
「ほんならナナ……。今ここで茹で玉子を出してもらえまっか」
 自信満々の笑みを浮かべたまま社長を見つめるナナに出した質問は、何だか拍子抜けのするものだった。

「なんダす、そりゃ?」
 とぼけた声を吐はいたのは田吾だ。俺だって言いたいさ。
「アホ。ワシの好物や。知っとるやろ!」
「いや……知ってるっけど」
 腑に落ちない様子はありありだ。

「あのな。生タマゴより複雑な工程が必要なんや。ここで出せと言われて、おいそれと出されへん代物やろ。茹でる時間が必要やからな。時間を操作できん限り簡単には出されへんはずや」

 社長の言い分も理解できるのだが。
 それなら生タマゴのほうが壊れやすくて変なところに隠せないし、雑にも扱えないので、よけいに難しいぞと思うのだが、あのハゲオヤジが茹で玉子好きなのを知っている以上、横からヘタなことを言うヤツはいない──でも俺は言うぜ。

「あのさ。ポケットに入る物だとインチキされやすい。もっと大きくて扱いにくいものがいい」
 俺は間抜け面のままポカンとする田吾を指差し、
「社長の好物より、コイツが死ぬほど好きなピザを出しもらおうよ」
「あー。ほんまや。そのほうがおもろいな」
 ケチらハゲは自分の出した課題を俺からダメ出しをされたのに、怒ることもなく、スキンヘッドをぺしゃりと叩いて素直にうなずいた。

「なんで、そうなるダすかな?」
 田吾は迷惑そうな顔をするが、機長やパーサーもようやく興味が湧いたようで、似非の情報機器から離れると、椅子を引いてテーブルに着いた。

「さぁて、どうだ? ナナ」
 彼女を困らせる気はまったく無いが、なるべく無茶なことを要求し、できませんと言わしてから、さっさと解散したかった。んで。俺はナナの困った顔を期待して注視した。だが彼女は平気な顔をしていた。

 ──それどころか。
「そんなのでいいのですか? ピザですね。簡単なことですよ」
 堂々と言い切りやがった。

 引っ込みがつかなくなって、やけっぱちになったんじゃないだろうな。
 自信満々の態度を見せつけられて息を飲む俺たちを尻目に、なぜか彼女は出口へ向かった。
「お……おい?」
 扉を開けると半身を部屋の外に出した。が、振り返ってひと言。
「行ってきまぁーす」
「誰が買いに行けって……」
 俺の言葉を最後まで聞かず、ナナは扉をパタンと閉め──。
 すぐに開けて顔を覗かせた。

「お待たせしましたー」

「な、何だよ。待ってねえよ」
 その間、1秒未満。コンマ何秒だ。
 何か忘れ物でも取りに戻ったのか、不可思議な行動を見て全員が首をかしげた。

「どうしたんダす? 財布でも忘れたんスか?」

 彼女は扉を後ろ手に閉めると、田吾に「うふふ」と声を漏らし、黒髪を左右に振りつつ部屋の中にずかずか入って来た。それを追って全員の視線が移動する。

 俺はいたたまれなくなって、声を掛けた。
「なぁナナ、やめよう。お前の話は面白かったよ。特殊危険課だからって言っても、SF同好会じゃないんだって。ここは会社でな……」
 足早に近寄ったナナが、喋り続ける俺の口に白く滑々した指をあてがい、喋らないで、と微笑みを落としてから、もう片方の手でテーブルの引出しをぐいっと引っ張った。

「どうぞー。ピザですよ」

「うな──────っ!」

 全員の息の根が止められた。
 だがナナは思っていたのとは異なるセリフを吐く。
「ユウスケさん。匂いがすごくてたいへんでしたよ。それに食べ物なので日にちが経つと腐っちゃうし……」
 やはりナナは匂いも嗅ぎ別けることができるようだが、それより過去形で話すほうが引っかかる。数秒の出来事を説明する口調ではない。

「なので、どうするか悩んだんですよ。ワタシ……」
 ちっとも困っていない笑顔のまま、長いまつ毛をゆっくりと瞬かせてみんなの反応を窺うナナ。
 その様子がじれったくなって、ついつい急かす。

「で、どうしたんだよ?」
「最後にしました」

「何の最後だ?」

 疑問が次々込みあがる俺を楽しそうに観察しつつ、ナナはピザをテーブルの上に置いた。
「ごめんなさいね。冷たくなっていますよ」
 深夜に帰宅した夫に告げる新妻の台詞みたいだった。

 ピザはラップで包まれ、匂いが漏れない工夫が施されていたが、確かに冷えて硬くなっていた。
 気持ちの悪い生き物に触れるかのように、玲子がその上から人差し指で表面を緩く押さえた。
 透明なラップの下でチーズが硬く押し返してくる。ナナが言うとおり、調理されてからかなり時間が経過しているのが見て取れる。

「この引出しに入れたのは昨夜なんです」

 言い訳めいた彼女のつぶやきを耳で受けながら、玲子はピザから視線を放さず腕組みをした。
「昨夜って……裕輔が口に出したのは今よ」

 田吾は四角いメガネの奥で目玉をギラつかせて言う。
「美味そうダすな」

 ずこっ。
 またまたひっ転ばせやがって。
「その要求は却下だ。この状況でよくそんな言葉が出たなオマエ! だからぶくぶく肥るんだよ」
 ついつい大声を出したくもなる。だいたいどこに焦点を置いてんだこのメガネブタは。
「んだが。いい匂いダすよ」
 口先を尖らせ、ダンゴ鼻をひくひく。臭うんだ、こいつ。
「でしょ。ピザキャップかドノミ・ピザがいいって聞いたんですが、ひとまずこれにしました」
「この匂いは、ドノミだすな?」
「すごい、正解ぃ!」

 ずりんっ。
 またまたまた、ひっ転ばせたな。
「自慢になるか!!」
 どこに向かって俺は怒ってんだか意味解らんぜ。

「理論などは二の次にして……」
 これまで沈黙を貫き通してきたパーサーがようやく口を開いた。
「ナナさんはこれを昨日のうちに準備したということですか?」
「はい。さっきピザを求められましたので、過去へ飛んで買って来ました」

「では今日初めて部屋に入ってきた時は、まだ指示されてませんから引出しは空だった、でいいですね?」
「はい。でも指示され過去へ飛んだことが引き金になって、空ではなくなりました」

「指示を受けたから、過去が変化したのですか?」

「はい。そのとおりです」

 パーサーはここで、ふ~むと鼻から息を抜いてから、
「どうもありがとう」
 と締めくくった。

 田吾とはまったく異なる高度な知能を持つパーサーなのだが、いまいち何を考えているか理解しずらい。深読みしたのか、ただ単にもつれてきた条件を整理しようとしたのか。何が言いたいのだろう。
 その気持ちはこの人も同じなようで、
「ほな。引出しの中にピザが有るっちゅう歴史と、無いっちゅう、二つの歴史が存在することになりましたな」

 ナナはゆっくりと社長に首を振る。
「二つは存在できませんので、入っていないという歴史は消滅しました」
「消滅って?」
 疑問をもたげた玲子に、必ず口を出すのはこいつさ。

『歴史の分岐点。ジャンクションです。多元宇宙論的に説明すると事象の分岐点でバルクが発生し……』

「あーもうエエ、タマ。今その話をしなはんな。毛が薄ぅなるワ」
 すでに一本もねえぜ。

 タマも意外と素直に引き下がり再び天井の隅っこに移動した。そして社長もピザを睨んだまま黙りこけた。
 しばらくして顎を上げる。
「これは手品やな……」
 ま、妥当な答えだな。テレビで見るヤツはもっと手が込んでいる。

「今回のは子供騙しに近い部類だな」
 社長も俺の意見にうん、とうなずき、珍しく機長も賛同する。
「そうですね。ドアの向こうで準備していて、出て行ったときに手に持ったんですよ」

『ユースケの思惑通りに隠して引き出しに入れるという直接的な方法を取るには、ピザは大きすぎます。扉の向こうから持ち込んだと考えるのには無理があります』
 シロタマの忠告めいた言葉が天井の隅から落とされた。

「なら……。あ、そうか。あははは」
 航空機を操縦させたら右に出る者はいないほどの腕を持つ機長だ。寡黙的で銀龍以外の話題ではめったに喋らない男性だが、それが大笑いした。
 機長は田吾の鼻先を指し示して言う。
「この人の鼻はイヌ並みです。引き出しに入っていたピザの匂いに気付かないはずがありません。手品でもなんでもないよね。最初からそこにあったけど田吾くんは黙っていたんですよ」
「でも、ピザを出せと言ったのは裕輔くんですよ」
 と反論するのはパーサーだ。

「だから、それはそれ。田吾くんと裕輔くんは親しいから……」
「そこまでオラの鼻は利かないダすよ!」
「ウソ吐け。ドノミを当てただろ!」
「へへ。ばれたか。本当は部屋に入った時から漂ってたダ」

「ほーら。ごらんなさい。最初から決まっていたのですよ」

 機長はご満悦の様子だが、
「いやいや。俺は知らんて。マジで思いついただけだって」
 グイッと俺の腕がひっぱられた。
「ちょっとなによ! あなたたちナナとつるんでたの?」
「おっかねえな、玲子。なに怒ってんだ」
 こっちに飛び火してんじゃん。なんで?

「あたしを騙すなんて百年早いわ。どういうことよ!」
「落ち着け玲子。そんなことして何の得になるんだ。俺はさっさとこんな茶番を終わらせて仕事に戻りたいだけだ」
「ウソ吐きなさい……。あー。わかった。これって忘年会で披露するの隠し芸の練習ね。そっか。そういうことならあたしも混ぜてよ」
 と言ってから、
「あのね。ピザはやめようよ。準備が大変だしさ。それとインパクトが無いわ。そうね……。ハトがいいわ」
「鳩とは古いですねぇ」とはパーサー。
「じゃあ、九官鳥は?」

「玲子。一回、落ち着こう。ハトや九官鳥はピザより大変だ。それより誰も隠し芸の予行演習なんかしていない」
 焦って説明する俺に割り込む社長。深々とした目をキラキラさせて、
「なーんや。そういうことやったんか、裕輔。しょうもないこと企くわだてよって。せやけど玲子の主張が正しいワ。ピザではインパクトが無いな。その話、ワシにもいっちょ噛ましてくれへんか。ごっついもん探してきたるワ」

 この人のことだから金に糸目は付けない。虎とか象あたりをレンタルしてくるはずだ。そうなるともうイリュージョンだし。会社の忘年会の域を超えているし、
「て──っ、違うだろ! あのね。なんでピザからそういう話に移って行くんだよ」
「じゃあさ。ワニ出そうよ。ワニ。ね。インパクトあるでしょ? ワニっていくらぐらいするの?」
「ば、バカ! 死人が出るぞ、世紀末の金持ちめ。だいたい忘年会が終わった後、誰が世話すんだ!」
「あなたよ」
「なっ!」

「みなさーん、こちらを見てくださーい」
 気付けばナナは蚊帳の外。やっぱここの連中はバカばっかしだぜ。

「こんなこともしてみたんですよ」
 ナナは皆の注目を集めるように部屋の中をゆっくりと半周し、胸ポケットに手を入れた。

「……なんや?」
 全員の視線が彼女の指の動きを追いかける。まるで動物園の猿山で餌に群がる猿だった。



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