【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第一章:旅の途中】 作:雲黒斎草菜
2016年 12月27日(火)

 旅立つ少女


 ステージ3の手術の腕は相も変わらず神業的で、目を見張るものがある。
 簡易的な設備の中で数時間の手術ではあったが、俺は言われたことに手を出すだけで、シロタマは今田が脳に受けた損傷を苦も無く完璧に治療しちまいやがった。

 これまでに数回手伝ったことがあるが、そのほとんどは怪我の治療だった。骨折あり、裂傷あり、どれもあっという間に血管縫合から筋肉縫合までをこなす腕前だ。

『以上を持ちまして開頭手術を終えます。助手はただちに殺菌処理と傷口の洗浄を行ってください』
「タマよー。他人行儀な口調やめてくんない? 拍子抜けるんだよな」

『実際、ユースケとは他人ですから』
「かぁー。冷てえなー。一緒に苦労した仲間だろ。同じ特殊危険課の仲間じゃねえか」

『特殊危険課と呼ばれるグループにカテゴライズされた事実はありません』
「玲子が言ってたぜ。お前も仲間だってよ」

『レイコの発言でしたら、特殊危険課の一員だと認めます』
「お前らどういう関係なんだよ。まったく……。あ? お? ぬあぁ! な、なんだ?」

 異様な雰囲気が足下から直接伝わり、握っていた殺菌ビームの先がぶるぶる震えて患部に当てることができなかった。
 医療室の備品がすべてガタガタと暴れ出し、デスクの照明器具が床に落ちそうになり、急いで掴んだ。

「つ、墜落か?」
 ゆっくりとだが、確実に展開し始めた緊迫状態に息を飲む。

《な、なんですか、社長! じ、地面が盛り上がってきました。だっ、わぁぁぁあ! 惑星表面が異常状態です、社長! うわぁぁぁぁぁぁ》

 どのようなことがあっても常に沈着冷静なパーサーが慌てふためいており、悲鳴にも近い声が船内通信のスピーカーから聞こえてきた。司令室への直通ではなく全艦同時通話だ。それほど狼狽える何かが起きたのだ。

「おい、何事だよ!?」
《持ち場を離れることは禁止です。ただちに殺菌作業を続けてください》
 ステージ3のシロタマが咎めるが、事態はそれどころではないのかもしれない。
「もう十分だって。そのおっさんは死にゃしない。ダメだったらお前が代わりにやっておけよ」
 通常モードに戻ったシロタマの喚き声を背中から浴びつつ、俺は隣の転送室に飛び込んだ。

 つい先ほどまで、パーサーは転送機を使って船内に転がるドロイドの残骸を外に捨てていたのだが、今は手を止めてビューワーに映る光景を見て凝然としている。

「何があったんだよ?」
「あ、あ、あ。裕輔くん。あれは何ですか!」

 指差す先、ビューワーに広がる惑星表面の一部がみるみる膨らんでくるのだ。
「す、スフィアだ! で、でっけえぇぇ」
「あ……あれがスフィア……?」
 目の前で起きつつある出来事から、視線が引き離せない。
 あり得ない規模の亀裂が地面を走り、中から岩盤がニョキニョキ突き出してくる。それは巨大な山脈としてそそり立つと先端から崩れていく。大地を埋め尽くしていたドロイドの残骸が砂のようだった。

《機長! 速度に合わせてこっちも上昇や! 風圧で弾き飛ばされまっせ!》
 操縦席に伝える社長の声も強張り気味だ。

「今の高度は?」とパーサーへ尋ねる。
「ドロイドの様子を探るために下降してましたけど、それでも1万メートルを維持しています。それに迫る大きさって……」

 噴煙の中から悠然と現れた球体に、パーサーは息をつまらせる。
「わわわわわ…………。何これ! ビューワーの映像をこんなに引かなきゃ、全体像がはみ出てしまう……」
「いやさ。俺も外から見るのは初めてだけど、こんなにでかかったんだ。あの中に大勢の村人が住んでんだぜ」
「住む……。これが船? すごい直径5000メートルを超えていますよ!」
「ああ。あれに乗ってこの惑星から旅立つんだ。ロマンを感じるだろ? な?」
 パーサーから返事は無く、ただ喚くだけ。
「ムチャクチャですよ。あ───。何ですかあれっ! あ──、一緒に浮かび上がってきますよ!」
 この人、こんなにうるさかったっけ?

 パーサーが驚愕に打ち震える眼を向けた先、静かに浮き始めたのは巨大な三角形の建造物。
「ああ。カタパルトさ。これもデカイだろ。シロタマの計算では高さが637メートルもあるんだぜ」
「ムチャクチャだ……」

 一旦、目を丸めて見開いておき、やおら俺に訊く。
「あの三角形のモノは何をするんですか?」
「理論は俺にもよく解らんけど、あの太陽を超新星爆発させて、生まれたブラックホールに飛び込むための、何とかフィールドとかを作るんだってさ」
「何のために?」
 さらに目を剥く。
「時間と場所を同時に飛ぶんだってよ」

「む……ムチャクチャだ」
 あんた、そればっか。

『正確には飛ぶのではなく、空間転移です。目的地の空間とこちらの空間を入れ替えることで異時間と異空間が引き起こすあらゆる齟齬を一挙に解消させる画期的な方法です』

 隣の医療室からシロタマがやって来た。
「今田の殺菌処理はいいのかよ?」
「あのオッサンだし、死にゃーちねえよ」
 お前……ガラ悪くなってね?


 ここにいては状況がよく把握できないので、シロタマと司令室に戻ることにした。その道すがら、すぐ上を連れ立って浮かぶ球体をすがめて訊いた。
「ぷよぷよして飛びにくくないのか?」
「ない」
 感情の抜け落ちた答えが返ってきた。
 ならいいんだけどな。




 司令室にあるひときわ大きなビューワーのスクリーンには、満面を笑みでクチャクチャにした主宰のヒゲ混じりの顔が映っており、社長が旧知の仲みたいな口調で接していた。
「ほんで、エンジンの調子はどないでんの?」

《絶好調じゃ。すべてが順調に進んどる》
「よかったでんな。あとは無事に超新星爆発が起きるのを待つだけや」

《じゃな……。それはそうと、ゲイツさんらはいかがなされる? お仲間がお迎えのようだが、ワシらと一緒に旅立つのも一考じゃぞ……ん? なんじゃ?》

 会話の途中で、後ろの男性に耳打ちされクビを捻っていた主宰が笑顔を戻し、
《そちらにユウスケくんはおられるかな? ギルドが旅立つ前にどうしてもひとこと言いたいそうだ》
 ギルドと言えば、一時、互いに険悪な空気になったあの男だ。いまさら何だ?

 社長に促され数歩前に出る。
「何か用っすか……?」
 訝しげにスクリーンの前に立った。

《ギルドだ》

 見覚えのある顔が主宰の横に立ち、
《ユウスケ……さっきは悪かったな。ひどいことを言っちまって……》
 眉毛の太い男が謝罪めいた言葉を述べた。

 実は俺も気にしていたのさ。
「こっちも同じだぜ。あんたらの心情を考えずに思ったことを口から出しちまって、俺こそ謝る……。ほんと悪かったな」

《言わないでくれ。オレもあんたらのことを理解していなかった。どうだ。オレたちと一緒に行かないか? また酒を交わそうぜ。オマエとなら美味い酒が飲める気がする》
 あのドロドロした液体を思い描いた。
「交わしたいのは山々だが……」
 玲子の手が何か言いたげに俺の肩へ添えられたので、その場を譲った。
「あたしたち特殊危険課は、まだまだ危険に満ちた場所へ行かなきゃいけないのよ」
 ワザワザ変な宣言しなくていいだろうに。

《あんたみたいな美人さんが一緒に旅してくれると、楽しいんだがな》
 玲子は楽しそうに笑い、片目を瞬いてから肩をすくめた。
「ごめんなさいね。あたしはワインが無いと生きていけないのよ」
 と口を滑らせ、社長に睨まれて退散。

《ふぉふぉふぉ。フラれたようじゃな》
 スクリーンの中でも、白ヒゲを擦りながら現れた主宰とギルドが入れ代わった。

「すんまへんな。ワシらは迎えに来た仲間と故郷へ帰りますワ」
 社長はスキンヘッドをぺしゃりとやって頭を下げ、主宰は満面の笑みをこちらに注ぎ、
《謝ることはない……》
 ひとしきり白ひげをしごいたあと、何かを窺うような視線を俺たちの奥へと振った。
《──で、お主の腹は決まったのか?》
 それは社長の後ろを指し示していた。

 疑問を持ちつつ首を捻る。その後ろにいたのはナナ。彼女は社長の肩口から透明感のある声で言った。
「ワタシ……。おじいちゃまと一緒に行こうかと思うの」

「「「「ええっ!」」」」
 突拍子もないセリフを吐くナナ。全員の視線が集中した。

「いきなり何を言い出すんだよ」
 驚きの宣告に返す言葉が無い。

「管理者に叱られるから一緒に帰るんじゃないのか?」
「ええ。そう思っていたんですけど。なんだかどうしても行かなきゃって気がするんです」
「なんで?」
 無下に止める理由もないのだが、
「あのね。あの人たちの言葉が翻訳機無しで理解できるということは、ワタシの基本システムに元々書き込まれていたのでしょ? どこかであの人たちと繋がっていないと説明できないの。あと白神様の意味も知りたいし……」
「自分探しの旅に出るちゅうわけでっか?」
 決意も露に唇をきゅっと閉じて、深く首肯するナナ。

「アンドロイドがイッちょ前のことを言うな」
 咎める俺を制しつつ、社長は爽やかに笑って頭を振った。
「かまへん。おまはんの人生や。自由にしてもエエはずや。せやけどコマンダー契約はどないなりまんの? 解約できまんのか?」
「コマンダー次第です」
「安っぽい立場だな。いったい何のために必要なんだ?」
 首を捻らざるを得ないぜ。まったく。

 しかし──。自我に目覚めたアンドロイドを後押しするのも気分がいいのだが、ひとつ不安が残る。
「ハイパートランスポーターは誰が操作するんだよ」
「あの怖いオジサンが目覚めたらできますよ。それとシロタマさんもいます」
 銀髪が舞い天井の隅に視線を飛ばすナナ。
 いよいよゴキブリだ。
 暇になるとあいつは玲子の肩の上か、天井の隅に身を寄せてじっと動かない。何とかと煙は高いところを好むって言うからな。
 ヤツの丸い姿をしみじみと仰ぎ見て、
「まあ。あいつに不可能なことはないだろうし……」

 ナナは弛緩した俺の気持ちを素早く感じ取り、
「じゃ、じゃあ。いいんですか? ね、ね?」
 遠足前夜の小学生みたいな雰囲気で俺の目を見つめ、今にも踊りだしかねない衝動を抑えている。
 そこまで俺は束縛する気は無いのだが、やはりコマンダー契約と言うのはナナにとって足枷となっているのか?
 それなら自由にしてやろう。

「いいんじゃね」
「やっ! たぁぁ──!」
 ナナは声を歓喜に変え、スフィアのほうからも喚声が渡って来る。もちろん喜びにまみれた声だ。特にこのしわがれた声はどうだ。

《白神様のご同行じゃ! これでワシらの旅はますます安泰じゃ。ありがたや、ありがたや》

 ナナを拝んで手を合わせるのは例の親衛隊隊長のバアさんで、さっそく村人を仕切りだした。
《グリム。白神様の気が変わらんうちに、早ようこちらに転送させてもらわんか! それからギルド! オマエは祭壇の用意じゃあ!》
《オババ。そんなのは跳躍してからでも遅く、》
 婆さんの怒鳴り声がギルドの声を遮る。
《黙っらっしゃい! 寝ションベン垂れのクセして!》
 いやいや。そんな子供の頃の事をひっぱり出してやるなよ。

《急げ! 今度は跳躍の御加護を頂くのじゃあ!》

 主宰はやれやれ、と困惑の表情で肩をすくめ、
《バアさんがうるさいので……。では、白神様はコチラへ》
 社長へは苦笑いを送ってきた。

 困惑するのは俺たちだ。この顛末の一部始終に首を突っ込み、すっかり俺たちの仲間だと思っていた少女がいきなり旅立つと言い出したんだ。寂しくもあり、励ましたくもあり、何か送る言葉はないかと探るが、俺より一足早く玲子がナナの両肩を握り、保護者面ほごしゃつらをした。
「いい。あなたは特殊危険課の一員なんだからね。恥ずかしいことしたらダメよ」

「そうだ。俺から学んだことを思い出して、」
「なにも教えてないじゃない」
 即座に却下された。

「あ……だな。じゃあ……」
 気の利いた言葉って浮かばんよな。で結局、
「たまにでいいから思い出してくれたらいいや」
 最悪だった。

「あ、はーーい。わかりました」

 怜子は結っていたリボンを解き、
「これを持っていきなさい」
 くっそー。こいつは最後まで決めやがんな。こっちはプルトップではカッコつかんし、ちゅうか、もうねえか。

 仕方ない。取って置きの言葉だ。
「お前、アニメ口調を治せよ」
「これはコマンダーのせいですから…………」
 腑に落ちない言葉を残して、ナナが発光に包まれると司令室から消えた。

 一拍遅れてスクリーンの中で光が放出して銀髪の少女が実体化。すぐに振り返って、こちらに向かって手を振る。
《コマンダー。じゃあ行ってきまーす。管理者に会ったらコンベンションセンターは辞めたって伝えてくらさーい》
 はしゃぎながら飛びついて来たジュジュを抱き上げ、無責任な言葉を吐いた。

「あのヤロウ、バイト感覚であそこにいたのかよ?」
「今、行ってきますって言ったダよ……ののかちゃん」
「ののか じゃねえ」

 ほのかな笑みで花を咲かせたナナと、嬉々として彼女に抱き付くジュジュを慈しみあふれる目で交互に見守っていた主宰が、燃えるような真剣な面持ちに切り替えた。

《ではゲイツさん、安定軌道までご一緒しましょう》

「申しにくいねんけどな。本来ならここでお別れするとこや。けどな、ワシらの跳躍に準備が掛かりましてな。それまで超新星爆発の誘発を遅らせてもらうことはできまへんやろか?」

《いかほどかな?》

 社長はパーサーへ船内無線で尋ね、すぐに返答をする。
「跳躍可能まであと2時間ですわ」

《ほうほう。ならちょうどよい。超新星爆発を誘発させるには同じぐらいの時間が掛かりますでな。ついでに奇跡の天体ショーをご覧になって行かれたらよい。カタパルトが作り出す亜空間フィールドに包まれてブラックホールに飛び込むスフィアを見学して行ってくだされ。一生に一度も無い、壮大な景色になりますぞ》

「超新星爆発を目の当たりにできるだけでも奇跡に近いのに……せやけど安全とは言えまへんやろ?」

《カタパルトを盾に、あいだにスフィアを挟み込み、後ろについておれば何事もない。爆発はスフィアから見た映像を送りますでな、真正面から見学ができますぞ。いかがかな?》

「かぶりつきでっか!」
 思わず叫び、急いで咳払いをして言葉を訂正する。
「特等席でんな」

 花火見物になってんぜ、社長。

「せや。宇宙一でっかい花火や。こりゃあ、ええ旅行の思い出になるデ、裕輔」
 えらいことになっちまったな。

《では、ゲイツさん。そちらの準備ができた時を出発の合図と致そう。互いに同じ刻ときに旅立とうではないか》
「よろしおますな。お互いの無事を祈って、ちゅう感じでんな。ほな、主宰はん。あんたにお任せしますワ。あんじょう誘導してくれまっか」

《うむ。承りましたぞ、ゲイツさん……。グリム。離陸じゃ! スフィアを宙そらへ上げろ》