【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第一章:旅の途中】 作:雲黒斎草菜
2016年 12月26日(月)

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 社長の説明を聞いて目をぱちくりさせていた銀髪の少女の前に、玲子は動かなくなったシロタマを差し出し、
「ほらね。全然動かないの」

 ナナはよく調べるまでもなく言いのける。
「機能不全ですね」

「言われなくたって機能不全ぐらいは分かるさ。そうじゃなくて、お前なら親戚みたいなもんだからシロタマを直せないか? こいつが動かないと今田の手術ができない。超新星爆発前に助けないと、たぶんあのオッサンは確実に死ぬぜ」

「う~ん。ちょっと貸してください」
 白く艶々した手でシロタマを持つと、何度か首をかしげ、
「マシンコードが消えてます……。あ、いや。記憶デバイスが融けてますね」

「直るの?」
「あ、はい」
 ナナはつぶらな瞳をレイコに向け、
「直りますよ。オブジェクトコード自体はオジサンのBMIに移動していますので問題ありません。簡単に言うと戻るお家うちが無くなっただけのことです」
「ほんまに簡単に言いましたな」
 いつものスキンヘッドをぺしゃりとやる振る舞いを演じ、
「せやけどワシらでは手の施しようが無いんや。おまはんにできまんのか?」
「メモリダイがあればできます」

「ワシらの知っているメモリダイとだいぶちゃうんやろな?」

「たぶん、ちゃうんやと思います。管理者が作るメモリデバイスは特殊な構造で、自己修復ができるメモリーキューブと呼ばれるものですが、さすがに材料が無いとできません。シリジウム鋼ってここに有りますか?」
「シリジウム? 聞いたことも無いな」
「イクトの研究室に行けばいくらでも有りますよ」
「ほぉか。ほなすぐに戻りまっか」

「パーサー。管理者製のハイパートランスポーターは操作できまっか?」

 船内通信から帰ってきた言葉は、
《難しくて私ではちょっと……》

「ほうか……」

 腕を組む社長の肩を突っつくナナ。
「もひもひ。ワラしをお忘れですよ」

 ジト目でナナを見る社長。
「ワシらをここへ吹っ飛ばした張本人に、こんな重大な案件を任せると思いまっか?」
「あ───。あれね」
 丸い目で天井を一瞥して、
「あれは事故ですよぉ」

 明るく言い切りやがったな、こいつ。
「でも社長。今はこいつに頼るしかないっすよ」
 ハゲは思案顔を作る。
「しゃあないか……。ほんでハイパートランスポーターはどこに積んでまんの?」

 田吾は握りしめていたアホウ(魔法)少女『ののか』の先で船尾を指し示し、
「第三格納庫ダすよ。でも今は充電中で使えないダ」

 いけしゃあしゃあと言いやがったな、このヲタ野郎。

「お前、俺たちの会話を聞いてないのか! だったら先に言えよ」

「さっきも、ののかちゃんが言ってたダ。充電中だって……」
 またもや『ののか』で、ナナを差し───って、紛らわしいんだ、てめえ。
「1回使うと8時間の充電が必要らしいっすよ。今田が言ってたダ」
「アホ。待てるか! あいつは重症なんや。新星爆発のときに受けるショックに耐えられまへんで」

「知らないダよ」

「今田が死んだらどうなるんですか?」と訊くのは玲子。
「BMIも停止するやろ。そしたらシロタマのシステムも蒸発するわな」
「そんなの嫌です。あの子はあたしの部下なんです」
「え? 俺は聞いてないぞ」
 ていうか、特殊危険課って何でも有りなのか?
 そのうち宇宙人まで仲間に引き入れたりして。

「何ぼ悪人やちゅうても、ほっとくわけにはいかへんし……。なんとかしたらなあかんワ」
 そりゃそうだが。
「まいりましたな……」
 抜き差しならない状況だった。

 思った通り、ど素人の玲子は釈然としない様子で、
「こんなにたくさんある格納庫のどこかに落ちていないの?」
「ヘアピンを探してんじゃないぜ。シリジウムなんて聞いたこともねえ。おそらくアルトオーネ中探したって無いだろうな」

「無ければ作ればいいんですよ」
 ナナはあっけらかんと言い、ひと言付け足した。
「アルミニウムはありますか?」
「ギンリュウは特殊合金製やけど……ギャレーを探せば出てくるかもしれへん。せやけどそんな時間あるんかいな?」
「食器は全部安物のプラ製だしな」
「安物で悪かったな。こんなとこまで遠征するとは思ってないやろ。藩主の計画やったら数日で済んどったんや。洗面用具を積んどるだけでもマシや。アホ!」
 ひとこと言っただけでこれだ。よくそれだけ喋られたもんだぜ。

「声出すのに銭はかからん」

「…………………………」

「とにかくあたし探してきます」
 取りに行こうとする玲子を引き留める。いい物を持っていたことを思い出した。
「あーちょっと待って」
 振り返る玲子の前でポケット探ってゴソゴソと。
「ビールのプルトップが二つあるぜ」
「エンジンルームの目印にしていたやつね。ほらごらんなさい。拾っといてよかったでしょ」

「俺の親みたいに言うな」

 しかしよくよくこんなものが、と感心する。本来なら缶の内側に入り込んで、ゴミにもならないのに……。どういうワケか手に残ったのさ。それも二個連続。こんな物どうでもよかったのだが、なぜか知らないが、予感めいたものを感じてポケットに忍ばせておいたのだ。

 ───と言うのは大ウソ。
 俺の貧乏性が出て、捨て切れなかっただけのコトさ。
 でもまさかな。ここで利用される運命だったとは……。やっぱ捨てずに置いててよかった。貧乏性バンザイだな。情けないけど。

「でもこれはシリジウムじゃねえぜ?」
「大丈夫れす」
 コンっ、と金属音を上げてコンソールテーブルに載せたのはエマージェンシーキット。それから総毛立つような出来事が続く。
「シリジウムはアルミニウムとこれとの合金なんですよー。よいしょと」
 ポキンっ、と軽い音がして。差し出されたのはナナの人差し指。
「ば、バカ。何やってるの。自分の指を折っちゃったの?!」
 仰天して飛びつく玲子に、無垢で濡れた瞳を向けるのはナナ。

「指の一本や二本、すぐに生えてきますよー」
「トカゲかっ!」
「トカゲってなんれすか?」
 涼しい顔で小首をかしげるナナ。
 自分の指とプルトップが入ったエマージェンシーキットをコロコロと振った。

 指を折ったからって、痛くは無いんだろうな。ロボットだし。
「ねえ? トカゲって何れスか?」
「あとで教えてやるから。今はそれに集中しろ」
「あぃ……」
 ナナは、好奇で揺れていた目線を落とし、かっくんと首肯した。
「では、これで問題なく合成できます。エマージェンシーキットは食べ物だけではありません。何だって作れるんですよ」
「魔法みたいね」
 なんて玲子が言うもんだから。
「便利なもんだな」
 こっちまで淡々と返さずにいられなかった。

「そうだすよ。ののかちゃんは魔法少女ダすよ」
 田吾の尻を蹴飛ばしてあっちへ行かせたのは、社長に命じられたからではない。

「ちょっと何するダ!」
 ヲタは打たれ強い。すぐに引き戻り、エマージェンシーキットの中を覗き込む。
「これ何だすか?」
「ジャマすんなよ、田吾」
「何か、ネバネバしたモノが着いてるダよ。うわ! エンガチョ」
 指先に付いた物体を慌ててキットの縁になすりつける田吾。

「ああ。そりゃ水だ」
「水ぅぅ?」
「あのな。俺たちは生き抜くために、仕方なしに飲んでいたんだよ。お前が銀龍でぬくぬくとパーサーのお茶を飲んでるあいだにな」
「オラだって、いつも玲子さんのお茶を飲まされてるんダすよ。たまには良い目したいダよ」

「失礼ね。あなたが何だっていいって言うからでしょ」

「んダども……。あれだけはもう堪忍して欲しいダすよ」
「失礼の上塗りをする気? クビ絞めてあげようか」
「い、いやだスよ」
「お前らなぁ。人が死にかけてんだ。遊んでる場合じゃねぇぞ!」

 成り行きに視線を据えて、結末を待とうとするナナの頭を社長が無理やり前にねじった。
「こいつらのことはほっといてエエ。はよ始めなはれ」

「あ、はーい。じゃあ、動かしまぁす」

 ブーンという低い音がしてキットから青い光が放出される。やがてその蛇口から金色の雫しずくが垂れてきた。
「出た、出た……」
 ナナは、カタツムリの観察日記をつけている小学生みたいなことを口走り、そっと手を出して受け取る。

「そんなもんが、シロタマのメモリチップになりまんの?」
 目を細めてキラキラする物体を注視するものの、社長は腑に落ちないようだ。

「正確に言うとぉー。ダイを構成する元素の塊です。こんな中に記憶データを入れることなんてできませーん」
「何だよ。何でもできるんじゃなかったのかよ」
 戸惑った。これで問題解決かと思いきや、俺の想像とまったく違うのだ。社長も声をそろえて言う。

「どうしまんねん? 部品にすらなってまへんで。これやとボルトとナットが欲しいって言うてるのに、ただの金属の塊を出してきたようなもんや。どないしまんねん?」

「ところがレすよ。ここからがワらシのすげぇところでごじゃりまする」
「おい、ごじゃるな。言語品位がシフトダウンしたぞ」
 ナナはぺろりと舌を出して言い直す。
「ここからが、ワタシの聡明なるところである」
 誰の物真似だか、訊かずしてわかるが。

「あのオッサンの真似して自分で『エライ』とか「賢い」とか言わないほうがいいぜ。でないと、ドロイドに頭を撃ちぬかれるぞ」

 急いで頭を手のひらで隠したナナ。キョロキョロしてから声をひそめた。
「いいですか……。ここには秀逸なハイパートランスポーターと呼ばれる転送機があるんですよ。そこで質問。それは何をするものでしょうーか? はいコマンダー」
 再び俺の顔を見て、答えろと芝居めいた仕草をして手を差し出した。
 仕方がないから答える。

「物体をエネルギーに変えて、遠く離れた場所で元に戻して実体化させるんだ」

 ナナは元気に声を張り上げ、
「あ、はぁぁーい。65点でぇぇす」
「なんだよ。中途半端な点数だな」

 ヒントです、と細っこい指を立てて、
「実体化するには、原子の並び順や向きなどを記録したネットリストと呼ばれる接続情報データが必要です。すなわち! 原子さえそろっていれば、データの順番に並べていけばいいのれす。そうすれば元の状態に戻るのれーす。シロタマさんの接続情報データも転送機の中に記憶されてますので、それを使いまフ」

 ヒントと言っておきながら解答まで出したというのに、玲子には理解不能。
「どういうことなのよ?」
 じれったくなったのだろう、玲子はナナに怖い顔をして見せた。

「なるへそな。理屈は通ってますな」
 社長は答えを導き出したようで、にこりと微笑むと、解答を待ってポカン顔の玲子に説明をする。
「つまりやな。物体がエネルギー状態にあるときは、原子はバラバラなんや。ボルトもナットも、釘も、みんなおんなじ金属原子を並べたもんで、形が違うだけなんや。そのネットリストさえあれば、釘くぎの金属原子からボルトやナットを作り出すことも可能なんやデ!」

「あはっ、さすが社長さん。百点満てぇん、れ~す。シリジウム原子と一緒にシロタマさんをエネルギー化してから実体化すれば完成でぇぇーす」

「へぇ。ののかちゃんって賢いダすなぁ」
 田吾は丸々と太った顔に四角いメガネを載せて、気持ち悪い破顔を披露し、ナナは胸を張ってい言い返す。
「ワタシ名前はナナでぇ……。ののか、ではありましぇ~ん」
 俺はため息混じりでで、サラサラの銀髪の上からぽかりとやってやる。
「お前もヲタを相手にして、まともに返事してんじゃねえよ」
「あ痛たたた」
「痛くねえ」

 何だこいつは?

「社長、急ぎましょう。早くしないと……。今田の様態が気になります」
 玲子はぽかん顔の社長をせっついた。オッサンの様態よりもシロタマのほうが気になるようで、ずっとそわそわしていたのだ。

「よっしゃ。やりなはれ。せやけどハイパートランスポーターは充電中なんやろ?」
「実体化だけですのでフルパワーは必要ありません。現状で充分でしょう。問題ありましぇ~ん」

 社長は船内通信のボタンを叩いて言う。
「スフィアが上がって来たら知らせてくれまっか。ワシらは第三格納庫へ行ってますからな」

《了解しました……あの……その……先ほどからスフィアと連呼されていますが、航空機なんでしょうか?》

「せやったな。後で詳しい話をしまっけどな。スフィアはワシらを保護してくれた人らの……。まあ言えば方舟はこぶねや」

《ハコブネ? はぁ……?》

 ピンと来ない様子だ。

《カタチや大きさはいかほどでしょうか? 監視するにもどのような物か知らないと……》

「ははは。浮いてきたら度肝抜かれること間違いおまへん。大きさは、せやな。ワシらが住んどる街があるやろ。あれが丸ごと入ってもまだ隙間が空くぐらいや」

《なんとっ…………》

 パーサーはそれっきり何も喋らなかった。

 適度な頃合いをみて、
「ほな。第三格納庫に急行や。今度はワシらがシロタマと今田を助ける番やデ」
 あいつに貸しを作っておくことはいいかも知れない。そうすれば少しはおとなしくなる。