【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第一章:旅の途中】 作:雲黒斎草菜
2016年 12月23日(金)

 疑心暗鬼


 テントの外に出て、主宰がやって来るのを待つあいだの事。
「ん? げっ! 何だこれ?」
 二度見した。
 何をかって?
 パルスレーダーさ。様子が激変していた。
 つい今しがたまで壁の外はいくつかの小集団が点在していたのだが、それらがいくつも集結して大きくな面積を占有した白いシミとなっていた。

 そいつが異様に大きいので、
「さっそく故障か?」
 と、顔を上げた俺の前で、社長が目を剥いた。

「な、なんやあの光り!」
 続いて大きな音が轟き、地面が揺れた。
 噴煙が上がり、城壁の天辺がひび割れ、フェライトの破片がいくつも地面へ落下してきた。

「ドロイドだぁ!」
「逃げろっ!」
 悲鳴と怒号が重なり、人々が逃げまどい、小さな子供が泣き叫ぶ。

「裕輔! レーダー見てみい! どないなっとる?」
「いや。それがさ、村の裏手が真っ白なんだ。これって故障かな?」
 社長は大急ぎでレーダーを覗き込むと、瞬時に青ざめ、血の気の失った顔を俺に捻った。
「故障やない。あっちや。あの鎮守の杜がある壁の裏側にごっつい数が集結しとんのや」
「またピラミッドを組んでやがるのかな?」
「わからん。けど相当な数や!」
 俺たちがオロオロするあいだに、何度か地面を揺るがす轟音がして森の木々が大きく傾かしいだ。鳥が一斉に飛び立ち、小道を通って人が駆けて来る。

 その中に混じって、
「早くお母さん走って!」
 ジュジュを抱きかかえたナナが先頭になり、玲子が母親の手を引っ張って走り込んできた。

「何が起きたんだ!」
 玲子の肩に飛びつく俺に、口早に説明する。
「またドロイドが集結してんだけど、今度はだいぶ様子が違うの」

 続いてまたもや爆音がして、城壁が大きく揺れた。

「連中の武器が強力になってるぞ!」
 一人の村人が大声で叫び、
「ラジカルの準備じゃ。急げ!」
 俺たちに会いに来た白ヒゲの主宰が杖を振りながら村人に合図を出した。

「しかし日に二回も襲ってくるのは想定外だ。ラジカルが足りないかもしれない」
「まずいじゃないか!」
 騒然となる民衆。徐々に恐怖の暗雲が広がってくるのが手に取るようだ。

「ヤツらの武器は何だ? いつもの数倍は威力があるぞ」
「きっと同期式パルスだ!」
 と言って青ざめた顔をもたげたのは、技術クラスの主任、グリムだ。
 青い目は真剣だ。眉を鋭角に吊り上げて言う。
「連中、パワーレーザーの発射タイミングを同期させる方法を編み出したんです。主宰」

「以前から問題視されていたヤツだ。全筐体が同じ場所に焦点を合わせてまったく同時にパワーレーザーを撃ったら、とんでもなく大きな破壊力が生まれると……」
 茶髪のバッカルも一緒になって唾を飛ばした。

「そんなのは考えれば当たり前じゃないの?」
 首をかしげるのは、こういう場面にすぐに首を突っ込みたがる玲子だ。でも素人の考えとは異なるようで、
「連中のパワーレーザーの照射時間は極短いのです。ですので声をかけあって合わせる程度では同期しません。数マイクロ秒以下で合わせる必要があるのですが、なんらかのうまい方法を考え出したようです」

 つまり全く同じタイミングで一斉射撃をする方法を考え出したというワケだ。

「小賢しい連中め……」
 歯を食いしばり、フェライトの隔壁を凝視する主宰。白ヒゲ髭をぎゅっと握りしめる態度から察すると、おそらくラジカル以上の武器がこちらには無いのだと思われる。

「主宰はん。これを試すときや」
 社長は例の電線だらけの装置をジイさんに見せ、主宰はひげを握りしめていた手の力を緩めた。
「急ごしらえのようじゃが。上手くいけば量産できるのかな?」
「できまっせ。全部、この村にあった部品で作ってますデ。ええか、いきまっせ」

 起動させた。
 だからと言って音が出るわけでもないし、光がほとばしることもない。でも最も目立つ大きな螺旋形のコイルがわずかに振動していた。

「あ…………」

 すぐに変化が起きた。主宰が壁の向こうへと首を伸ばし、やおら早歩きで移動を始めた。その動きに触発されて俺たちも後を追うが、おおかたの光景はここからでも想像がつく。

 壁の外でパワーレーザーの白い光線が無秩序な方向に飛び交い。炎と火花が派手に飛散しているのだ。
 まるで火が点いて暴走する花火倉庫だ。あっちこっち予想だにしない角度にビーム飛んで行く。

「やったぞ! 外はムチャクチャです!」
 小窓から外を観察していたバッカルが声を弾ませ、主宰が白ヒゲの奥でつぶやいた。
「相撃ちを始めたんじゃ。しかしなぜ突然乱れたんじゃ」
「これでんがな。連中のスキャンパルスを乱す装置や」
「あれだけの部品で、よく作れましたね」
 感心するグリムへ、
「だてにケチらハゲとは呼ばしてませんデ」
 と言ってから、俺をじろりとにらんだ。

 やっべー。

「最低限の部品点数で最高のモンを拵えるのがワシのもっとうや。……せやけど」
 スキンヘッドを平手打ちするという得意のポーズに、疑問を加えた顔をジイさんへ旋回。
「連中が進化するときは、今日みたいにいきなりなんでっか?」
「全筐体がネットワークを通して並行処理で問題を解決しとるからな」
 俺は変なところに感心する。
「数千万の頭脳がフル回転してんだ」
「なんぼ考えても、人工知能にヒラメキは期待できひんはずやろ?」

 ジイさんは違うと首を振り、言いにくそうに声を落とした。
「新たな情報をもとにシステムが進化するんじゃ」
「新しい情報……つまりワシらが与えたんやろか?」

「しっ……」
 主宰は、眉間に強くシワを寄せ、指を一本、唇に当てて社長を制した。

「いいかな、ゲイツさん。めったなことを言うのではない。進化の原因は星の数ほどもある。例えば太陽から放出されるガンマ線によるプロセッサーに湧き上がるホールが原因の場合もある。あるいは遠くの筐体の記憶と別の離れた筐体内での記憶の交換中に偶然起きることもある」
「主宰様のおっしゃるとおり、こんなのは偶然です」
 グリムも同調するが、社長を見るバッカルの目が険しさを増していた。
 しかも不穏な目つきをするのはバッカルだけではない。主宰の心配は色濃くなってきた。集まった群衆の中で非難の囁き声と、血走った視線が見え隠れする。
「今回の変化は大きいぞ!」
「これまでの比ではないな」
「異国の人が来たからじゃないのか?」
「やはり異なる考え方をしてるからな」

 主宰が懸念していた言葉が集団のあちこちから漏れ、次第に広まって行く。
 最初は小さなしこりだが周りを巻き込み、膨らみ、よけいな尾ひれがつき、
「さっきの装置も新たな進化をもたらす可能性があるぞ」
「まったくだ。さっさと取り上げたほうがいい」
 瞬く間に険悪な空気が広がった。

 とても嫌な気分だった。
 根も葉もないことを言われたらカチンと来るのは至極当然で、何か言い返してやろうとする俺を押し退けたヤツがいて───、
「ちょっと変なこと言わないでよ。今の見たでしょ。社長が作った装置のおかげで連中の攻撃から逃れられたのよ。根拠のない話をでっち上げて責任転嫁しないで!」
 俺がまさに今言おうとしたセリフをそっくり玲子がぶちまけやがった。

「オレたちがなぜ武器を作らないか知ってるのか?」
 一人の男が憤怒も露わに前出て来てそう訊いた。

「戦う気がねえからだろ」
 すかさず俺も加勢。
「……気が無いだと!」
 一人の男が憤然と声を荒げ、集団の視線が音を出して俺に向いた。

「知ったようなことをほざくな! オレたちは連中に刺激を与える武器を……あえて作らないんだ。アイデアが頭に浮かぶことがあっても、すぐに否定する。なぜか解るか! その武器を作ったのはそちらの年配の男性だろ」
「それがどうした!」
「その人がドロイドに捕まってみろ。頭の中から知識が抜き取られ、ドロイド全部に技術が知れ渡るんだ。あっという間に対策案がひねり出され、さらに強くなる。だから無用なことはしない。そうやってこの村は他のスフィアより長生きできた。それがこの村の掟なんだ。よそ者が勝手なことをするな!」

 勝手だ……と?

 ひどく神経に障る言い方をしやがった。カチンと来たぜ。
「何言ってやがる。それぐらいの脅しでビビる俺じゃねえぜ」
 これまで玲子のせいで何人のスジ者を相手にしたか。とうに度胸は据わっている。

「よく胸に手を当てて結果を拝んでみろ。その掟のおかげでドロイドの好き放題、野放しじゃないか!」
 俺の主観で押し切った──が、ちょっとまずいことを口走ってしまった感は拭えなかった。でも売り言葉に買い言葉だ。
 社長に腕を引かれたが、もう遅い。

「何だと! オレたちの親が何人犠牲になったと思ってんだ。よく聞けよ。オレの親父は技術クラスの教師だったんだ。ドロイドを一度に殲滅せんめつする方法だって考えていたはずさ。だがな、ある日、アイツらに捕まったオレを助けるために親父が取った行動……お前らには想像もできないことをしたんだ」

 男の態度は真剣で、一切の口出しを阻んでいた。
「オレの目前でドロイドから放出したスキャンビームを脳髄にあてがわれた親父は、すかさず弁を叩いたんだ。オレの目の前でだぞ!」
 村人は男を哀れみ静観し、男は興奮して俺に突っかかる勢いだった。

「ギルド! もうそれぐらいにしておけ」
 主宰の輝く青い瞳が男を制した。

 腕を振り上げて興奮する男と俺のあいだにグリムが入り、ひとまずは静まるが、憤怒にまみれる彼の言い分が、もうひとつ理解できない。弁を叩くとはどういうコトなのか。

「弁ってなんだよ?」
 中途半端な気持ちで首を捻る俺に、主宰が答えた。
「ワシらの後頭部をごらんなさい」
 天辺は社長と同じスキンヘッドだが、白髪で覆われた後部を片手で掻き上げた。
「何か丸いものが……」
 平たい小さなコイン状の物体が張り付いていた。
「それがシーコックじゃ」

「なんですか?」覗き込む玲子。
「この指輪の腹で衝撃を与えると脳内へ向けて小爆発が起きる」
「なっ!」
 驚いて村人の指を注視する。気をとめていなかったが、全員の指に形の決まった指輪が通っていた。まだホンの小さな幼児はしていないが、物心ついた年代の子供の指にもあった。

「そないなことまでして……」
「当たり前だ! オレたちは子供の頃からこれを装着して、知識の漏えいを防いでいるんだ。気安く新たな技術をひけらかせて威張ってんじゃねえ!」
「すんまへん。ワシらも配慮が足りんかった。申し訳ない謝ります。これこのとおりや」

 粛々と頭を下げる社長を見ていたら、無性に悔しくて、またもや熱くたぎってきた。
「何だとこの野郎っ! そっちの事情なんて知らねえだろ。社長だって一生懸命なんだよ! 新たな世界で生きていく覚悟をしたんだ。ちょっとぐらい張り切ることだってあるだろ!」

 再び顔を出した怒りが抑えきれず、怒鳴る俺の腕を今度は玲子が引いた。
「落ち着きなさい!」
 誰のせいでこうなったと思ってんだよ。玲子。

「それだけの覚悟があるんだったら、明日からお前らにもシーコックを付けてやるぜ」
 集団の後ろで声が上がった。
 鋭く尖った目に転じた玲子。声のしたほうを睨ねめつけて、
「いいわね。受けて立つわ! 今すぐ、この場で付けなさい! さぁ好きにすればいいわ!」
 落ち着けと言った矢先に熱くなった玲子は、自慢の長い黒髪をぶふぁっ、と翻して、艶っぽいうなじをさらけ出すと、肩の先から民衆へ一歩踏み出した。

 風に突かれたみたいに集団が音を出して半歩下がるが、怯まなかった。
「どのみち、異国の人にもつける日がやって来る。今から装着してやれ!」
「そのとおりだ。これ以上勝手なことをされたら、村はおしまいだ」
「おう! やったほうがいいぞ」
「くっ!」
 村人が放出する気迫は狂気を感じさせるほど真剣で、それを真っ向から受けて、俺は一瞬で委縮した。
 しかし玲子は一歩も引くことなく連中を睨み返した。異質の空間がせめぎ合って火花を散らしているのが目に映るようだった。

「やめんかぁぁぁ!」
 白神様崇拝に命を懸けるバアさんが、太い杖を振り回してあいだに割り込んだ。

「この危機的状況下に、お前らのんびりしとるのぉ。ラジカルの準備はどうしたんじゃ!」
「しかし、おババさま。異国の人が勝手にしたことで、今回の事件を引き起こしたんだぞ」
「じゃかましぃワ!」
 バアさんは年に似合わない怒声で全員を固着させた。

「でも我慢できねえんだ」
「ぬあんじゃと!」
 俺の鼓膜がビリビリ震えた。鬼面と化したバアさんが吠えたのだ。人生長く生きると色々と蓄積されるのか、迫力満点さ。正直、玲子の数倍は怖かった。
「そこまでして……。今ここで争いたいのなら、まずは!」
 太い杖でどんと地面を突き、胸を張って村人に一歩迫った。

「まずは──このババを踏み台にして行くがいい! さぁ! ギルド! オマエのネションベンふとんを干してやった、このおババをな!」
 さらに肩でぐいと風を切り、ボロギレとあまり変わらない粗末な衣服からシミとシワだらけの細い腕を伸ばして、杖を大きく振りかざした。

「よく聞け! 従者に開発許可を出したのは主宰様じゃ。このお方の考えに逆らうのならかまわん、勝手に逆らえ。じゃがスフィアには乗せんからな!」
「それと、これとは……意味が違う」
「おうよ。オレたち、鉄の結束を軽く見られたのが、腹立つんじゃい!」
「なんじゃと! バカ者めが!」

「うぉぉっ!」
 気迫に押されて集団が数歩後退き、吸い込まれるようにして主宰がその隙間に滑り込んだ。
「くだらんことで声を荒げるな! 子供たちが怯えとるじゃろ。お前らの覚悟は白神様が視て下さっとる。のう? バアさん?」
「もちろんでございます」
 主宰は興奮するバアさんを慰め、自分の後ろに下がらせると、静かに前に出て白ヒゲをしごきつつ村人を見渡す。

「ギルドよ、そう怒るな。潮時じゃよ。時が来たんじゃ」
 立派な顎ヒゲを伸ばした主宰は青い瞳でついと空を仰ぎ、眩しそうに瞬いた。
「良い頃合いじゃ……」
 村人も釣られて空を見上げる。夕刻に近づいた人工太陽から注ぐわずかに和らいだ陽射しが心地良かった。

「何をおっしゃりたいんだ?」
「わからん」

 村人はそれぞれに首を捻り囁き合い、夕空を仰いで動かなくなってしまった主宰の行動を窺った。
 白ヒゲの先を指で弄び、揺れ動く決意を練り込んでいるような時ときの間が経ち。
 ジイさんはゆっくり目を見開くと、はっきりとした口調で告げた。

「たった今より……。旅立ちを宣言する!」

「ええ?」
「うそだろ!」
 民衆がざわついた。前からうしろへと、さざ波が広がるようだ。
 主宰は村人の顔、それぞれにうなずきながら、視線を順番に巡らせて行く。

「よく考えろ、新たな風を吹かせるために白神様が降臨なさったのじゃ。ワシらも応えなきゃいかんじゃろ」
「それは唐突過ぎる。まだ準備が……」
「何を言うとる! 準備などとうにできとるワ!」
 またまたバアさんが口を挟んだ。
「どこに?」
「準備はお前らの親がしとる。忘れたのか!」
 誇らしげに言い切るが、戸惑うのは村人全員が同じで。
「でもよ。ドロイドをどうするんだよ。おババ……」
「まったくだ。ドロイドを始末せんと出発は無理だろ」
 ところがだ。次の場面で俺と玲子は大きく息を飲んだ。

「みなさん。落ち着いて!」
 両手を上げて前へ出たのはナナだった。

「今この惑星には、一台の宇宙船が周回しています」
「それは知っている。だいぶ前からレーダーが捉えていた」
「あ、はい。そのとおりです。それはギンリュウさんと言って、このゲイツさんを向かいに来られたお仲間ですが、この人たちはこの惑星にはびこんだドロイドを全滅させるつもりで、3万6000光年離れた星系からやって来てるのレす」

「オマエらに何ができる!」
「おうよ。それよりそれが原因で、またドロイドの能力がレベルアップしたら、手の施しようがないぞ。誰が責任を取るんだ!」
「しょせん異国の人は傍観者だ。オレたちの先行きを軽んじた発言だ!」

 なっ!
 むかっ腹の立つ野郎だ。何ということを言いやがる。
「この野郎……」
 つい力を込めた握りこぶしを優しく制したのは、またもやナナだった。
 そっと俺の腕に手を添えてから民に向かう。
「みなさんの未来を守るために関係のない人までもが、お手伝いしているのですよ」

「ここはオレタチの世界だ。未来もオレタチのものだろ。他人が手を出すものではない」
「わざわざ遠いところからご苦労なこったな」
「違いまーす!」
 ナナはショートカットの銀髪を強く振り回し。
「もっと先を見据えてくらさい。もっと未来をです。その世界を継ぐのは……」
 手を握り合っていた幼女を高々と抱き上げて叫んだ。

「この、ジュジュちゃんたちです」

 そのまま肩に乗せ、
「大人は子供の行く末のために道を拓ひらくだけ。子供はそれを見て大人になり、さらに先へ歩むための道を拓く。これを繰り返して未来が築かれていくのです。子どもを守るために他人も身内もありません。がむしゃらに進むのみです。ここのドロイドはゲイツさんたちが必ず何とかしてくれます。みなさんはジュジュちゃんや子供たちのために、やるべきことをやってください。これまで幾度となく練習してきたことの本番です。子供たちにみなさんの覚悟を見せてやってください」

「……………………………………」
 水を打ったように静まり返った。
 村人にとっては白神様の言葉として受け止めたのかもしれないが、俺たちはアンドロイドが自ら発した言葉とは思えず唖然とした。


 長い時間ときが経ち、最初にバアさんが口火を切る。
「白神さまのおっしゃるとおりじゃ。疑惑を持って行動を起こすと道を誤るぞ。他のスフィアを思い起こせ。目を覚ますんじゃ!」
 続いて主宰が決然とした態度で叫ぶ。
「いいか。いよいよ出発の時が来た。まずスフィアのハッチを閉める!」

 再び民衆がざわついた。
「主宰! それだとドロイドを道連れにすることになる!」
「それでよい。こうやってゲイツさんが新たな武器を作ってくれた。回路図もここにある。これを利用してスフィアに潜んどるドロイドを破壊しながら旅を進めることにする。地上のドロイドを新たに侵入させないためにもハッチを閉めて、一旦、スフィアを空へ上げる。それから新星爆発の誘発を始める」

 群衆がさらにざわついた。
「来たのか。ついにその時期が来たのか!」
「オレが生きてるあいだには旅立ちはないと思っていた……」

「よいか! 白神様が天下さった時が出発の時期なのじゃ。見よ。神々しい。こんなに輝いておられる」

 む~。いつもと大して変わらないのだが。あ、でも何となく凛々しく見えなくもないが……。思わず禁断の二重否定をしまうほど、よく理解できない。

「主宰はん……。水を差すようですんまへん。今地上は昼間ですやろか?」
「いや。たぶん夜のはずじゃ。な、グリム?」

「グリムはポケットから奇妙な機会を取り出し、
「日没後、3時間ほどです」
「夜明けまでだいぶありまんな?」
「はい。約18時間ほどあります」

 社長はつるりとした顔でうなずいた。
「よっしゃ! ワシらも覚悟する時や! 行くで、玲子! 特殊危険課の底力を見せたる」
「はい!」
 おいおい。社長までも熱くなるなって、痛てててて。
「ほら。あたしたちの出番よ」
 俺は出演したくない、と懇願したいのだが、玲子は容赦無しさ。力いっぱい引き摺られた。

「主宰。ワシらが囮おとりになって、スフィア内部のドロイドを外に誘い出しますワ。パルスレーダーを置いて行きまっさかいに、これを見て全部が出たのを確認したらハッチを閉めなはれ」

「ば……バカな。それだとスフィアに戻れぬぞ!」

 社長が首を横に振る。決意に煌めく瞳が怖い。
「かまへん。ワシらには迎いの船が来てます。そっちへ乗り込みますから気にせんといてや。それに、ほれ。ドロイドは空を飛ばれへんから、ゴキブリよりマシやがな」

「しかしお主らの仲間が間に合わなければ……。いや、外にもドロイドがおるかもしれん。それと鉢合わせになったらことじゃぞ」
「ゆうちゃ悪いけどな、主宰はん。地上はこのスフィアより広い。何ぼ数千のドロイドが後を追って来ても、空から銀龍が救助に来ますんや。何とかなりまっせ、それにこっちはこれがある。この武器を試すときが今や。効果があることを実証させたる。それとナナ! ちごた。白神様」

「あ、はい」

「お前はジュジュちゃんら子供を守るんや。ほんでから必ずエンジンを掛けなはれや。それがおまはんの使命だっせ」
「りょーかい」
 ナナは肩に乗せていた幼女を下ろし、優しく抱き寄せながら、
「でも社長さん。後で必ずワタシも転送回収してくださいよ。帰って管理者にちゃんとした報告をしなければいけません。けっこうあの人たち細かいんですよね。だってワタシって無許可でここに来てますからね」

「自業自得だろ」
「悲しいこと言わないでくださいよー」

「わかった、わかった。ちゃんと転送しまっさかいに。その代わりスフィアのエンジンを起動させな承知しまへんで」
「あ、は──い。そっちは任せて」
「返事だけは、いっちょ前や……」

 社長は弛緩した振る舞いから毅然とした態度に一変させると、城壁みたいな村の隔壁を見上げた。
「門番はん! 開けてくれまっか。特殊危険課のお通りや」

 マジでやる気だぜ、このハゲオヤジ。
 安易なシナリオだけど上手くいくのか、という懸念が残る。でも地上に出てすぐに銀龍へ転送されるのなら問題無い。やってやろうじゃないか。ここで尻尾を巻いて村の隅で震えているよりマシだ。

 決意を込めた俺は、門が開けられるのを待った。

 しばらく門番は躊躇していたが、
「開けるんじゃ!」
 白ヒゲのじいさんの杖がかざされ、バアさんが初めて俺の手を握った。
「よいか。白神様の従者よ。お主らの勇敢な行為は代々語ることにする。忘れるでないぞ。未来で逢おうのう」

 シワシワの顔が喜色にほころび、俺は息を飲んだ。迂闊うかつにも、もしかしてこの人が神様じゃないのかって思ってしまった。
 何しろこの約束がいつか守られていたことに気付いて、仰天するのだが──その話はまたいずれ。


「ほな行こか……」
 社長は戸惑いつつ閉まっていく門を背にしてつぶやいた。
 もう戻れない。無性に孤立感が強くなり、いてもたってもいられなくて名残惜しそうに振り返って門を見上げる俺に、玲子は決意を奮い立たせるかのようにせっついた。

「ほら行くわよ。裕輔」
 こいつの精神力は本物だと悟ると、急激に恥ずかしくなり、反対に吹っ切れもした。

 そう。俺たちには故郷がある。そこへ向かうだけだ。
「ああぁ。銀龍へ帰ろうな」
 自然と漏れたそのセリフは、新たな目標を持ったことに気付かされた。