【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第一章:旅の途中】 作:雲黒斎草菜
2016年 12月23日(金)

 ゴキブリ退治


「腹減ったなー」
「ほんとねぇ……」
 俺たちは柔らかい草の上に仰向けに寝そべって、人工太陽の光を浴びていた。
 のんびり仲良く日光浴。トロピカルで甘ったるい空気───てなことはあり得ない。先に言っておく、腹が減って動けないんだ。

「あ~。分厚いステーキに喰らいつきたい気分だなぁ」
「あたしは冷たいお茶を一気に飲みたいわ。パーサーの淹れてくれたのをね」
「司令室にあるお前専用のお茶はどうすんだよ」
「あぁ。あれね。失敗作の……」
「失敗って。お茶だぜ? どう淹れたら、あーなんの? 初めて飲んだ時さ、俺、漢方薬かと思ったぜ」
 玲子の横顔に告げてやるが、ヤツは悪びれる様子もなく言いのける。
「ま、毒になる物は入ってないんだけどね。どうしたもんか、あたしが淹れると、全部があーなんの。捨てると社長に叱られるし、飲む勇気は無いし……で、結局あの冷蔵庫に保管、ってなるのよね」
「無毒だって言うけど、精神的に侵される味なんだよな、あれ」
 人工のくせにリアルにあまねく照らす陽の光りを額に受け、大きな溜め息を吐いた俺は、空へと向かってつぶやく。

「シロタマとナナのヤツ、うまく今田をとっ捕まえたかな?」

 そう、それは今から小一時間前の事──。



 立っているのもかったるく、玲子と一緒になって草の上で休んでいたのだが、
「みなさーん。社長さんがお呼びで~す」
 と言ってナナが駆けて来た。主宰からもらったワンピースが気に入ったのか、嬉しげに裾を跳ねつつ走る姿はとても目によい。

「あなた、エンジンは? もう作業やめたの?」
 半身を跳ね起こして振り返る玲子に、
「オミクロン分子が放出しましたので。いま精製してるところです。次が本番ですけど、ここまで来たらもう心配ありません」
「宇宙船のエンジンともなると、クルマとはだいぶ違うんだな」
「そりゃあ、そうですよ。このスフィアをブラックホールにぶつけるのですから、エンジンと言うより、ちょっとした星のコア並みの規模があります…………あそうそう、早く来てください。シロタマさんが騒いでうるさいんです。それで社長さんが戻って来てくれと」

 腰高で長い足の膝頭に手を当てて、上半身を支えたナナが上から覗き込んでくる。
「とにかく行くか……遅いと後がうるせえし」
 重たい体を起こすことに。
 腹が減って、喉が渇いて、気だるさも満点だった。

 死神に憑りつかれた亡者みたいな青白い顔を曝す俺たちへ、ナナはいたわしげに言う。
「三日間。ほとんど飲まず食わずですからね……。何か作りましょうか?」
「ああぁ。胃袋が受け付けるなら何だって食うさ。でもな。ふた口目を喉に通す前に吐いちゃうんだ。まあしかしなんだ。ダイエットにはちょうどいいか」
「あたしはダイエットしたことないからよく分からないけど。同期の女子はみんな苦労してるわね」
「お前はダイエット関係ねえモンな。うらやましがられるだろな」

「お二人とも急いで……」
 もたもたする俺たちをナナは急かす。
「分かったよ。今行くよ。いったいシロタマは何を騒いでんだ?」
「よく分からないんですけど。ギンリュウが来たとか言って飛び回ってます。すごい興奮してますよ」

「えっ!」
「マジかよ!」
 玲子と同時に顔を見合わせ、すぐにナナを引き寄せる。
「あぅ」
 豹変した俺たちの態度に驚きを隠せず、可愛らしい呼気にも似た声を吐いた。
 そいつに向かって俺と玲子は顔を寄せる。
「もう一度、ゆっくりと言ってくれ?」
「あ? はい。ギンリュウが来た、です」
 丸目を皿のように見開き、きょとんとした。

「急げ玲子!」
「ギンリュウって何ですか?」
 ぽあん、と疑問符を打ち上げて止まったナナを蹴散らす推力で、俺たちはテントへ向かってダッシュだ。
「お前も来い。来れば分かる!」
 もちろん途中で玲子に追い抜かれた。ついでに足がもつれて倒れかけるが、追いかけてきたナナに引き起こされ、とにかく走り倒した。

「痛ぇぇぇぇぇ……はぁはぁ。何だよぉ……はぁはぁ……この段差……はぁ」
 テントへ飛び込むなり、本気でぶっ倒れた。床が一段低くなっていたことを忘れていたのだ。

 ひっくり返った体勢を起こし、見上げるとシロタマが浮かんでおり、
「オマエの痛みなんかほっときゃ治る。それよりギンリュウが来た!」
 俺の鼻先でさんざん喚くと、ぴゅーと天井へ飛びあがった。

 釣られて見上げる玲子。
「何で銀龍だって分かるの?」
 こっちは肩で息をしているというのに、彼女は平気の平左だ。

「こら、タマ! 降りてこんかい! 何やねん、銀龍、銀龍って。スキャン装置が狂ったんでっか」
 天井で大騒ぎ中のシロタマに社長は目を三角にして怒鳴り、ピョンピョンと跳びあがるが、そんな生っちょろいことで捕まるタマではない。頭の上から大声だけを落としてくる。

「ギンリュウだもん……それから同期信号が混じってるよ」

「いったいどうしたんすか?」
「どうもこうもないで、パルス発生器を拵えとったら、藪から棒にこの騒ぎや。どこか機能不全でも起こしたんちゃうやろか?」

「ふーん。…………ところで、お前は何をしてんだ?」
 隣で不審な動きをするナナ。
「え? あ、はい。藪から棒なんか出てませんが?」
 社長は片眉を吊り上げて、めんどくさいからお前が相手しろとばかりにそっぽを向いた。

 俺は肩をすくめて言う。
「ちょっとこっち来てろ。俺たちが助かるかどうかの瀬戸際なんだ。くだらない冗談でお茶を濁すな!」

「お茶あ──ぁ?」

 奇声に近い頓狂な声を張り上げ、目を丸々させるナナを俺の背中に回し、
「タマ! なぜ銀龍だと言えるんだ。お前意味解ってんだろうな。こことアルトオーネまでは3万6000光年の距離があるんだぞ」
 ヤツは俺の頭の上、手に届かないぎりぎりの距離を保ちながら報告する。

『明らかにギンリュウの識別信号です。しかもW3Cの発する同期信号も含まれています。スフィア上空、約1500メートルです』

「社長。報告モードが言うのですから確かですよ」
 玲子の明るい声がテントを響くが、俺は訝しげな態度を貫き通す。
「銀龍のイオンエンジンで飛んでこれる距離じゃねえんだ。何かの間違いか、あるいは……」
「なに?」
 玲子の黒い瞳が振られた。この手の問題を丸投げにして、俺に頼り切って来た時の弱々しい表情が意外といい。つい見惚れてしまう。

 あまり目を合わせていると、噛みつかれるので──猛獣か。
「ワームホールを通って電波だけが飛んで来ることもあるぜ」
「ワームホールって?」
 上塗りされた困惑顔が、さらに艶めかしさを増した。

 どきり!
 高鳴った鼓動をはぐらかすために急いで説明する。
「宇宙は謎に満ちてんだ。色々と不思議な現象があるんだぜ。その一例がワームホールさ。空間に開いた穴さ」

「あな……?」

『ワームホールはとても不安定な現象です。惑星の重力圏内に出現することはありません。この識別信号は確実にギンリュウのものであり、地上から1500メートル以内に静止しています』

「本気か? 静止してんなら、」
「せや。リアクターの反物質が活動中のはずや!」
 興奮気味に横から俺のセリフ奪い取った社長へ、やっぱり感情の抜け落ちた声で答えるタマ。

『検知しています』

「マジだぜ。銀龍だ!」
「だからさっきから言っちぇるらろ、このバカ! アホ! マヌケ! オタンチン!」
 とまあ、これだけコケ下ろされたら、むかっ腹が立って怒鳴りつけるところだが、今はまったく違う。腹の底から爽快な気分が湧き上がって来た。

「あ、無線機の存在を忘れてたがな!」
 社長は壁に掛けていた自分の上着に飛びつき、内ポケットから趣味の悪い無線機を取り出し、
「銀龍! ワシやゲイツやっ! 聞こえてるか!」
 でっかい声で騒ぎ立てた。
 ちなみに趣味の悪いというのは、成金主義剥き出しにキンキラに飾りたくられて、女子高生の携帯電話並みのディテールが施された無線機なのさ。

「あのボケ。また電源切っとるな!」
 あのボケと言うのは田吾のことで、あいつは無線技士のクセに仕事を放棄することが多々ある。おおかた魔法少女と別の電波を使って話し込んでいるのだろう。

 何度か無線機に怒鳴りつけるが、なしのつぶてだった。
「なにやっとんや。田吾のヤツ。しゃあない奴やデ」
「それか……。銀龍じゃないかだぜ」

『ギンリュウであることは確実です』
「じゃあ、なぜ返事が無いの?」と玲子。
「あいつならよくあることだ。フィギュア相手に夢中なのか、電源を入れていないか」

 後で聞いた話だが、ちょうどこの時、田吾の野郎は自分の席を離れて、今田とギャレーでお茶を飲んでいたらしい。
 まったくどうしようもない奴だ。

「…………帰ったらお仕置きね」
「オシオキ?」
「そっ。あなたにも男のいじめ方を教えてあげるわ」
「へぇ。楽しみです」
 おいおい。ナナに学習されると、あとあと都合悪くね?

「せやけど……」と社長は話を元に戻し、
「無線が通じへんのは田吾がさぼっとるとしても、W3Cの同期信号って何や? それにどうやって3万6000光年飛べたんや? パーサーは転送室から転送マーカーの監視をしとるやろ。見つけたら連絡してくるのがスジや。無線機は田吾の前だけにあるんとちゃうで。な~んや、腑に落ちひんな」

 社長の言い分にも納得だ。あまりに謎が多い。俺たちは漂流者なのだ。この惑星に近づいたのなら、真っ先に安否を確かめようと連絡してくるのが本筋だ。どうもシロタマの報告が納得できない。

『転送マーカーは微弱電波の上に電離層に反射される周波数帯のため、地下のスフィアの隔壁がじゃまをして届かない恐れがありますが、W3Cの同期信号は電離層を貫通する性質を持つ高い周波数ですので、ここまで到達するのだと思われます』

「あまり期待しないほうがいいな。ドロイドの新たな作戦かもしれないぜ。こいつら頭だけはいいからな。シロタマのEM輻射波を傍受して、それなりの信号を作ってんじゃないのか?」

「裕輔の言うとおりや。ここは慎重にコトを運んだほうがええ。とりあえず、タマ。おまはんなら銀龍の位置まで楽勝で飛べるやろ。ちょっと様子を見に行ってくれまへんか?」

「了解デしゅ。何か進展があれば連絡するでしゅ。必要ならナナを転送して手伝わせるでシ」
「せやな。連れてってくれてエエで。ここにおってもジャマばっかりや」
「もー。邪魔者扱いしてぇ」
 社長は口を尖らせるナナを煩わしそうに睨んで、
「おまはん、エンジンはどないなったんや? 結構派手に振動が伝わって来たけどな」
「あー。そっちはお任せください。いつでも準備できています」
「ほんまかいな」
 いまいち信用していない様子だ。

「しかしよ、シロタマ。本物の銀龍がいたとしてだぜ。どこから侵入するんだよ。パーサーと連絡が取れなかったら、エアーロックを開けてくれないだろ?」

「シロタマ専用の秘密の通路からこっちょり忍び込むでしっ」
 社長はついとスキンヘッドを持ち上げた。
「秘密の通路って何や? おまはん勝手に作ったんか!」
 憤然と怒鳴るのは当然だ。私物の銀龍を宇宙船に改造するときにシロタマの好き放題に弄ばれ、ついでに知らない細工がされていたら誰だって怒いかるぜ。

「ふんっ。こういうときのために、システム外でコントロールできるものがいるだろ! 危機管理とは細かい配慮がひちゅようなの」
「何が『ひちゅよう』や。まともに喋られへんクセに……。まぁええ。今回は大目に見たる。ほなら中に入って安全を確認できたらナナを転送して、飲み物と食べ物を持って来させてくれまっか。ワシらの腹も限界や」
 とシロタマへ命じ、ナナの正面に体を旋回する社長。
「おまはん。食べ物と飲み物の意味は教えんでも解かりますやろな? 変なもん持って来たら承知しまへんで」
「し、失礼な。ワタシはFシリーズですよ。お食事に関してはプロと言っても過言ぢゃ、ありまへん」
「こら、ワシの真似するんや、おまへん」
「あ、はーい」
 と可愛らしく挙手。だが矢継ぎ早に質問をする。
「食料はどこに仕舞ってありますか?」
「冷蔵庫や! 決まっとるやろ!」
「あそっか」
 ナナが舌を出して自分の頭をポカリとやって、俺たちを呆然とさせた。

「そんなことするヤツ、マンガ以外で初めて見たぜ」
「……ホンマ大丈夫でっか?」

「と、とにかく先に行くれしゅ」
 シロタマをも呆れさせるアンドロイド。すげえもんを作ったもんだぜ、管理者。

「着いたら連絡するからね───」
 青空へ飛び立つ小鳥のように、テントの外へ勢いよく飛び出したシロタマは、矢にも勝るスピードで人工太陽の脇をすり抜け、漂う靄もやの中へ消えて行った。

 俺たちは半信半疑さ。念のために社長はシロタマに調査を頼んだのだが、どう考えたってあり得ないことなのだ。
 玲子はシロタマを信じるとか言って諦めないが、こいつは3万6000光年という距離をまったく理解していない。三日やそこらで飛んで来れる距離ではないのだ。

 それからしばらくして、緑の転送光線にナナが包まれた。
 シロタマの主張どおりに上空に銀龍がいた証かもしれないが、どうしても信じられない。どんな方法を取ったとしても、あの銀龍がここに現れることは無い。シロタマがひと芝居打っているとしか思えなかった。

「疑り深いわね」と玲子は言うが。
「慎重派なんだよ。いいかよく聞けよ。俺たちはメシもほとんど喉を通らないし、行き先不安で精神的に最悪なんだ。お前はトンボ女だから微塵も感じていないかもしれないが、少なくとも俺は疲労困憊で今にもぶっ倒れそうだ。そこでシロタマがひと芝居打ってんだよ。みんなを元気つけようとして、別のスフィアにナナを転送させて遊んでんじゃね? ここにも転送機があるってグリムが言っていたしな」

「あなた、バカね」
「うっせえな。人が長々と解説してやったのに、バカのひと言で片付けんな」
「何のためにそんなコトをするの? 無駄じゃない」
「せやけど裕輔の言い分のほうが、可能性は高いんやデ。それぐらい途方もない遠方にワシらは飛ばされてんのや」
「もう一度言ってやろうか玲子。アルトオーネまでは34京560兆キロメートル離れてんだ。宇宙一速い光でさえ、3万6000年も掛かるんだぞ。こんなことは子供だって知ってらー」
「ふーんだ。そんな距離、あたしなら、ひとっ跳びよ」
「ま、お前ならできるかもな」
 呆れて物も言えん。
 社長も渋々と顔を歪めたまま玲子の白い顔を眺めていた。



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