【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』【第一章:旅の途中】 作:雲黒斎草菜
2016年 12月 8日(木)

 飛んでイクト


「看守! いないのか、看守? いたら顔を出せ!」

 本日はすこぶる調子が良い。頭の中が冴え渡っておるのだ。
「急げ、看守! 今から私が大切な話をしてやる。急ぐんだ!」
 鍵を開けた金属音が異様に鳴り響く空間に、高らかに連打する靴音が近寄ると、やがて鉄格子の向こうから看守の顔がぬんと出る。

「静かにしろ、騒ぐな!」

 ──そうか。今日は水曜日か。
 この若ハゲの看守を見ると今日が水曜日だというのと、もうひとつ、あの芸津を思い出して胸糞悪くなる。
 久しぶりに爽快な気分なのに──。

「看守。私はエライのだからこれでよい。」
「何っ言ってやがる、ジジイ」
「ジジイとは失礼な。私はまだ初老だ。ジジイではない」
「いま初老だと宣言したじゃないか、今田のジイサンよ」
 若ハゲの看守が先に言ってしまったが、そう、私の名は今田薄荷(いまだはっか)。世界一聡明な量子物理学者、いや。今や世界でただ一人、W3Cをも理解した情報物理学の権威である。専攻は量子コンピューターだ。

「はいはい。存じておりますよ今田博士。W3CのBMI(Brain Machine Interface)監獄に入っていたんだ。さぞかし立派なお考えをお持ちでしょうな」
「ふん。慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度をとるでない、この若ハゲめ。ウソだと思ってバカにしておるだろ。おい、すぐにここを開けろ。今日はすこぶる調子が良い。所長のところへ連れて行くのだ」
「あのな。お前は囚人なんだ。言われるとおりに動く看守は世界広しとも言え、どこにもいないワ!」
「オマエがその先覚者だ。素晴らしいことだぞ。よかったら私が証明してやろう」
「あんたが証明してくれる前に、オレの首が吹っ飛ぶんだ。静かにしろ!」
 背を向けて離れようとするので引き止める。
「ちょっと待て、看守! これからとんでもないことを発表する。W3Cからのお告げが出たのだ。私が代わりに施行せよと、仰せつかったのだ」
「わかった、わかった。ヒマなら日課にしている訳の解らない計算の続きでもしてろ。暴れたり、くだらないことを考えたりした途端、バーチャル空間に放り込まれるぞ。そしたらまた寂しい日々が続くんだ」
「あれはもう遠慮させてもらう。誰もいないパラダイスなど地獄そのものだ。それよりせっかくW3Cが完璧なサイバースペースを作っておるのに、オマエらの監視モニターはオモチャではないか。ジオメトリ処理が未熟すぎるぞ。画像が歪んでおるし、パースがずれるにもほどがある」
「また難しい話を始めやがって……しかしバーチャル空間へ放り込まれて、その程度で戻って来れたとは、オマエサンもすごいな。大体の囚人は精神異常になるんだ」
「ふんっ、科学者は常に孤独なのだ。問題を解いておるときは誰も近寄らせない。むしろ心地よかったワ。W3Cと意気投合したのは私ぐらいだろう」

「おかげで、今じゃサイバー囚人だ。時代も変わったもんだ……」
 看守は私の話を聞く気が無い。溜め息まで吐いて手首から先を前後に振った。
「悪いなオッサン。オレは一介の看守さ。オマエさんの話には付いて行けないよ」
 二歩ほど下がろうとするので、
「ちょっと待て、だから言っておろうが、所長を呼べとな!」


「──どうしたんだ。今日はやけに27番が騒がしいな」
「あ、所長。部屋まで聞こえましたか。申し訳ありません」

 三十代にして所長になったばかりの若造だ。刑務所なのにスーツなんぞ着よって。ちょこざいな。
「おい、私を番号で呼ぶな。不届き者め。ちゃんと名前で呼べ、若造。私には、」
「あーわかったよ。今田さん。静かにしてくれ」
「──さん……だと? 私はオマエの友達ではないぞ………。まぁよい。今日は大事な話がある」
「先ほどからずっとこの調子なんです。うるさくって」
「W3CとBMIで繋がれているんだ。平気なヤツはいないさ。普通はおかしくなるそうだ」
「おかしくなどなるか! オマエらもBMIに繋がれて見ろ。もう少しは世間が広がるぞ」

「BMIってW3Cと脳を接続されるんですよね。脳波計みたいなものなんですか?」
 看守は程度の低い質問を所長にし、
「いや。だいぶ違うらしい。何とかと言う装置をインプラントして、W3Cからマインドコントロールされるんだと」
 所長は知能の低そうな説明をした。

「オマエらに教えておいておこう。脳にインプラントされるのは、スピリチュアルインターフェースと呼ばれるものだ。常にW3Cからメンタリティのモニターをされており、エモーショナルアップセットを検知すると、つまり、よからぬ感情を湧かす、という意味じゃ。それを検知されると脳神経にサージを喰らうか世間と隔離される。解るか? 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、人間が持ち得るすべての感覚が遮断され、サイバースペース内で操作される。完璧なアイソレーションの世界に閉じ込められ、世間と隔離されるのだ。例えそこがトロピカルビーチであったとしても、地獄と言い切れる。どうだ理解したか?」

 せっかく私が高説を垂れてやったというのに、所長と看守は鉄格子のあっちで、ぽかんとしておるだけだ。
「解らぬのか? リアルオンラインRPGの世界で生きていくんだ。毎日、モンスターどもと戦う日々だぞ。たまには昼まで寝たいだろう?」

「………………………」
 二人はさらに固まった。
「オマエらゲームもしないのか……呆れた原始人だな」

「………………………」
 ……だめだ。
 でも私はここで鉄格子を掴んでおる場合ではないのだ。

「おい。所長。いいか。今から言うことを藩主に伝えろ。イクトの裏側に現れた謎の建造物へ銀龍が調査に出かけておるはずだ。そして現時点では芸津のハゲらが行方不明になって、パニックになっておる。銀龍の乗組員だけでは対処できない事態が起きたのだ」

「今度はSF小説でも書き出したのか? このあいだは何かの設計図を描いていたよな。W3Cの、何だっけ? Qビット演算なんとかだっけ?」
「並列Qビット分岐予測演算処理だ! 基礎中の基礎だぞ。いいかげんに覚えろ!」
「あいにく我々は量子情報物理学を勉強していなくてな。わるいね、今田くん」

 友達か!

「──とにかく、藩主が無理なら、宇宙科学局に連絡してみろ。今ごろテンヤワンヤの大騒ぎになっておる。あのハゲオヤジらが行方不明なのだぞ」

 ようやく二人は顔を見合わせて、湿気た吐息をした。
「ん。どうした? まだ私を疑っているのか?」
「宇宙科学局になんかに電話をしたこと無いんだよ。27番!」
「また番号で呼びよって。よし、待ってろ。こっちから向こうの所長を呼び出すから」

 まったく世話の焼ける若造だ。

 今日は頭の中が晴れ渡っておるのだ。W3Cがすべての権限を私に与えており、道から逸れない限り何でも許可すると言っておったのだ。

「よし。繋がったぞ」
 私の言葉が唐突過ぎたのか、看守と所長はポカンだった。
 しばらくしてそこへ別の看守がワイヤレスホンを握って走って来た。
「所長! どういう理由(わけ)か、宇宙科学局のオーコーチ研究所からお電話です。何かえらく怒っていますよ」
「は?」
 こっちの所長が目を剥いて固まったので、一喝してやる。

「早く出ろ! 若造」

 感電したようにびくっとして、所長は私に視線を当てたまま、受話器を耳に当てた。
「はい。電脳刑務所の所長、ミヤギシです。……は? え? 局長! マジ! あ、いや。あの。えー? ウソでしょ。ちょ、ちょっとお待ちください」
 さっと受話器の口を手で押さえ、
「誰か宇宙科学局へ電話した奴がいるのか? 相手は科学局長だぞ!」
 二人の看守はそろって首を振る。
「番号すら知りませんよ」

「愚か者め。電話をしたのは私だ」
「お前らこいつに携帯電話を渡したのか!」
「携帯なんか無い。W3Cのネットワークを使えば電話ぐらい掛けられる。だがビットレートが異なるから直接会話ができぬのだ」
「しょ、所長。科学局の人、怒ってますよ。ほら……」
 看守が指差す先、片手で握りしめた受話器から大きな怒鳴り声が漏れている。
「とにかく、その電話を私に貸すのだ」
 鉄格子から腕を伸ばして、茫然自失に陥り凝固してしまった若造の手から受話器をひったくり、
「もしもし………電話をしたのは私だ」

『何の用だ! いま大変な事が起きたんだ。どこの誰だか知らないが、電話なんかしているヒマはないのだ。それよりなぜこの緊急回線の番号を知っているんだ!』
「今田薄荷だと言えば通じるかね。宇宙科学局の、大河内くん」

『…………っ!』

「ふっ。覚えておるようだな。オマエを科学局の所長にまで育て上げたのは私だぞ。あー。今は局長だったな」
『い、今田……薄荷……』
「あまりの感激で挨拶も出ぬようだが、今日はすこぶる調子がよいのだ。大目に見てやる」

『な、なぜお前が電話など掛けられるんだ。監獄に入ったはずだろ?』
「大人しくしておったもんでな。電話付きの部屋に代わったのだ……って、愚か者めが。こんな時にくだらん世間話をしておる場合ではなかろう。芸津が行方不明なんだろ!」

『なっ!』

 ふん。相変わらず鈍い奴だな。

『どこでその情報を……。まっ、またお前が何かやったのか!』
「たわけ者! 少しは落ち着いたらどうだ。昔と何ら変わっとらんな、大河内よ」

「ちょ、ちょっと代われ」
 こっちの所長が私の受話器を取り上げた。
「本当にあの科学局の局長さんでおられるところの、大河内さんで……え? そうだ? こ、これは申し訳ありません。くだらないイタズラ電話みたいなものを差しあげてしまい……あ? は? すぐ代われ? いや、しかし今田は囚人でして、え? 舞黒屋の芸津社長さんら一行三名が行方不明? ほ、本当の話なんですか? は、はい。すぐに代わります」

 若造は血相を変えて私に受話器を突き出した。
「お前と代わって欲しいそうだ」
「だから最初から言っておろうが───!!」




 刑務所の囚人専用出入り口に停車するにはあまりに不釣り合いな黒塗りの高級車が、城郭にも匹敵した高い壁に沿って、どひゃぁーと並べば、何事だ、と慌ててて門番が飛び出てくるのは当然で。列の中ほどに停車したクルマのドアがドンと開けられ、黒服の男が二列にバリケードを拵える騒動に気付いて、集まって来た大勢の職員が度肝を抜かれたからと言っても、私のせいではない。

「今田薄荷様。お迎えにあがりました。宇宙科学局オーコーチ研究所の使いの者です」
 パリッとした黒スーツにぴしっと折り目の付いた黒ズボン、上から下まで黒一色の男が二列になり深々と頭を下げるあいだを、よれよれの囚人服の私がふんぞり返って歩む。

「おそかったのぉ」
「申し訳ありません」
 先頭の黒サングラスの男が会釈をし、
「道路を封鎖するために、局長が非常事態宣言を出されましたので、少々手間取りました」

 晴れ晴れしい情景を眼前にして、泡を吹かんばかりに慄く門番と職員。その後ろ、刑務所長を先頭に、ずらりと並んだ看守の面々に向かって手を掲げる。
「ちょっと研究所へ行ってくる。留守を頼むぞ」

 所長はどうしていいか解らない顔をし、看守どもはそろって頭を下げた。

 はは。いい気分だ。
「よし。行ってくれ」
「はっ」

 ドムッ

 高級感あふれる重厚な音を放して、ぶ厚い扉が閉まった。
 大河内が道路を封鎖したというのは本当で、刑務所から研究所までの道程がノンストップだった。信号機はすべて青。前も後ろも黒塗りの車のみ、いつもは渋滞でごった返す幹線道路から一般車両が完全に消えていた。
 アルトオーネの住民はみんな穏やかだから、閉鎖された道路へ様子を覗きに出てくる者は誰もいない。完全にゴーストタウン化した町並みが続いた。

 静かなる大都会を黒塗りの集団が私だけのために疾走する。
 ふむ。気分は悪くない……。

「大河内は元気にしとるか?」
 車内は無言だった。
 にしても、あまりに空気が硬く、肌荒れを起こしそうだったので、
「そこのコンビニ、今日はナゲットが大安売りって書いてあるぞ。寄ってく?」

「………………………」

 せっかく私が発案した緩和な言葉なのに、頬を緩める男はいなかった。
「カタイいのぉ…………」





 百七十二階建ての丸い円筒形のビル、ブレインタワー。
 その最上階にW3Cの中枢が格納され、そこから全システムが建物全体を包み込んだ姿。誰もが思う、間違いなく巨大なタワー型コンピュータービルディングだと。

 どっかのページの丸写しだ。作者め、手を抜きおったな。すまぬな。今度折檻しておくからな。

 ブレインタワーが遠方に見えるビルディングの前に黒塗りの乗用車が集まった。
 そう。ここが宇宙科学局、オーコーチ研究所のビルだ。つまり藩主の直下にある由緒正しき研究所だが、私からすれば幼稚園だな。あるいは、児童公園とでも言っておこう。

 ビル内へと吸い込まれて行く黒尽くめの男たちに、まるで連行されるみたいに引き摺られて、とある一室に放り込まれた。



「なぜ。囚人のお前がこの事故を知ったんだ!」
 白髪が増えていたが、よく知る顔がそこにあった。
「相変わらず、口の利き方がなっとらんのぉ。大河内」
「お前は犯罪者だ。ワタシと同等に口を利くな」
「ふん。偉くなったもんだ、大河内」
「うるさい! ワタシの質問に答えろ。なぜイクトの事故のことを知った?」
「高血圧症だな。たまには医者へ行け、大河内………わ、分かった。そう怒るな」
 ったく。最近の若い奴等は………。

「芸津は管理者の作ったハイパートランスポーターで3万6000光年彼方のとある惑星へ飛ばされたのだ」

「………お前、狂ったか。バカヤロめ」
 大河内はよりにもよって、この私を罵倒しおった。
「もうろくジジイめ。W3CのBMI操作で脳が侵されたんだな。こんなヤツすぐ監獄に戻せ!」
「黙れ! 大河内!」
「うなっ!」
「いいか。よく聞け。私はW3Cからの命を受けて、この事実を伝えに来ておるのだ。疑うのならここをよく見ろ!」
 私の後頭部。黒髪がまだフサフサだ。羨ましかろう、芸津め───そこを手で捲り上げ、
「どうだ。これがW3CのBMIポッドだ。オマエらの中にこれを装着した奴がおるか! よーくその目をかっ広(ぴろ)げるんだ。私はW3C囚人更生収容所から自らの足で出向いておる。言っている意味が解るか、大河内!」

 奴はしばらく金魚みたいに口を開け閉めしておったが、
「しゅ……囚人が自ら監獄を出て何事も無いなどありえません。一つを除いて……」
 急激に態度を変えよった。
「よーし。いい子だ。そうだ。W3Cの監視の目から逃れられる囚人はいない。私がここに来ておるということは、W3Cの代弁者として来ておるんだ。そのことを忘れるな。大河内!」

「は、ははっ、承知しました」
「ふははははは。いい気分だ………うがぁぁぁぁ。い、痛い! エモーショナルアップセットを起こした。すまぬ。今のは私が悪い。大河内くん許してくれたまえ。尊大な態度を取った私を……」
「あ? はぁ……」
 大河内はたいそう困った顔をしたが、致し方ない。『頭痛が痛い』のは、この私なのだ。これがW3Cから課せられる罰である。

「うぅぅぅぅ」
 大したショックでなくてよかった。ひどい時は気を失いそうになる。
 これはあれだな。坊主のお供をして遠方まで旅をする大陸の猿の頭につけられた金輪、緊箍児(きんこじ)と同じ──説明が回りくどいのはここがアルトオーネだという問題と、別星系の作者がそっちの話と混同して……。
「がぅぅぅぅぅ痛いぃぃ。すまぬ。ややこしい話はやめるからエモーショナルサージを止めてくれ」
 気付くと、研究所の職員がきょとんとしておった。

 咳払いと共に、
「取り乱してすまぬな。W3Cがお茶目で困るんじゃ……ごほん。で? 銀龍と連絡は取れるのかね、大河内くん」
「はい、今田さん……」
「ぐわぁぁぁ痛い! け、敬語はやめるように。W3Cがお怒りだ」
「うわわわ。分かった、今田。先ほどの定時報告では、芸津との連絡が、」
「どわわわっわ。そっちは敬称をつけろ。オマエ、真剣にやれ! そのつど私が痛めつけられるのだぞ」
「りょ……了解した。先ほどの定時報告では、芸津社長と秘書の玲子くんらは、謎の建造物の中に入った様子なのだが、扉が閉まってしまい、捜索に出たパーサーが入ることができないらしい」

「ふむ。W3Cの報告どおりだな」
「一体何が起きたんだ。詳しく教えてくれないか、今田」
「今回の一連の事故はすべてW3Cが把握しておる。そして救助へ行くには最高の知力が必要とされる。それが私だ、大河内よ。またまた私がW3Cに選ばれたのだ。頭(ず)が高いぞ、大河内」

「まじ………?」

「局長。いいタイミングです。銀龍が表側に周回してきました。無線が使えます」と別の職員。
「出してくれ」

《大河内さん……ガガ。こ…ガ…ちら銀龍のパーサーで……ガガ。感度は……ガガザザ…………ですか?》

「もう少しで明瞭になる。しばらく辛抱してくれ。で、芸津さんたちの捜索はどうかね?」
《……ザザザ。先ほど……ガガ。現地へ赴き……ザザガ……調査しましたが、ガザザ……内部とは無線も通じませんガガガサッ……返事はありません》
「ふん。無線が通じ無いのではない。返事に7万2000年も掛かるのだ」

《局長。今、7万2000年ザザ、聞こ……ガガ……のですが?》
「ああ。この件に関して今田薄荷が協力するようだ」

《えーっ! ガガ……今田薄荷と言えば極悪人ですよ。なぜ刑務所から出したんです。ヤツは何を考えているか、ザザガガ……、分かったもんじゃありません》

 おいおい、ひどい口の利き様だな。

「それがな。BMI接続された状態でここにもう来ておる。つまりもっともW3Cを理解した今田が選ばれたようなのだ」
《誰ですか、そんな無茶なことをするのは? また藩主様ですね?》

「確かにあの方は時々子供みたいな提案をされる。だがな、パーサーくん。今回はW3C自身だ」
 もどかしいので、私がマイクを取った。

「パーサー。久しぶりだな」

《今田……薄荷》
 だいたいの者は私の名を聞くと、一度息を呑むものだ。
「いま大河内が言っていたのは真実だ。つまり高度な技術力を必要としておるのだ。あのコンベンションセンターのカギを開けられるのは。この私だけなのだよパーサーくん……痛だだだだだだっだ! す、すまぬ。カギを開けられるのはW3Cだけだ。私はただのお手伝いで……」

 頭の芯が締め付けられる。

「くそっ! このBMI、じゃまーー! ぐわぁおぉぉぉ痛だだだだ、頭ガイ骨が割れるぞ。すまん……ごめんって」


《コンベンションセンターとは何だ、今田。あの建物は何なんだ?》

「あの建物は、管理者と呼ばれる種族が建てた開発商品を展示するプライベートショールームである」
《お前……BMI中毒で脳みそが腐ったのか?》
「パーサー、オマエもか……」
 ったくどいつもこいつも。

「よいか。よく聞け。私はBMI中毒でも、アルコール中毒でもない。ましてやニコチン中毒でもないからな。すべてW3Cの命じるままに動いておるだけだ。いや、動かないと痛めつけられる。胆を入れて聞け。芸津ら三名は、イクトから3万6000光年彼方の惑星へ飛ばされたのだ」

《誰が……またお前か!》

「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇ! どいつもこいつも。私は囚人更生収容所にいたって言ってんだろ。どうやってそんなことができる」
《じゃあ。誰が……飛ばしたんだ。だいたい3万6000光年も一度に移動できるモノなどこの世に無い》
「そこまでは知らない。とにかくW3Cは私にそのコンベンションセンターの扉を開け、芸津たちを連れ戻せとのご命令だ。解ったか?」

 しばらく所内も沈黙に落ちた。
 どこの馬の骨とも言えない老人が飛び込んできて、こんなことを喚けば、摘まみ出されるのがオチなのだが、私がW3CとBMIで接続されていることをここの連中、また銀龍の連中も委細承知のはずだ。ここまで来ると疑いを持つ者はいない。

 しんと静まり返った所内で、銀龍からの無線が響いた。
《だいたいの事情は把握しました。BMIが装着されているのなら問題無いでしょう。ですがイクトの裏側に入るとW3Cとのリンクが切れてしまいます。それとここまで40万キロ。銀龍以外の船だと一日以上掛かってしまいます。社長たちの酸素は残り2時間しかありません》

「酸素の心配は無い。中は適度な気圧の空気で満たされておる」
《そこまで分かっていたのなら、なぜ社長が中に入る前に警告しなかったんだ!》

「そー怒るな、パーサー。私は代弁者だ。細かい事情は知らぬわ。だがこれだけは言っておこう。正しい時空連続体を構築するために今回の事件は必然なこと………らしい」

《どういう意味だ、今田!》
「知らんって。W3Cの代弁をしておるだけだ。私だって、どのような理由があって、ここで時空連続体が出て来るのか意味が解らん。だがW3Cがそう言えと命じるのだ」
《しかし……24時間以上も待てない。そしてリンクの問題が………》

「大河内! イクトまで数時間で行ける宇宙船を宇宙科学局は所持しておるか?」

 半身をひねって後ろを向いた私に、奴は虚しく頭を振る。
「化学燃料で飛ぶ物ばかりで……無理だ。銀龍はW3Cが設計した特別な船なんだ。イクトまで十数分という信じられないことを成し遂げた」
「十数分? 慣性ダンプナーが装備されておるからな。おおかた半重力リアクターをカタパルト代わりにしたのだろう」

《さすがだな、今田………そのとおりだ》
 私は大河内に言ったのだが、反応したのは銀龍のパーサーだった。


「大河内。私の設計した宇宙船はまだ健在か?」
「あ……あれか?」
「そうだ、一人乗りのアダムスキー型だ」
「あれ、本物なのか? イベント用のハリボテかと思って、倉庫のどこかに放っちゃってるぞ」
「ばかもん。あれも半重力リアクターと慣性ダンプナー装備だ。しかも衝突検知機能付きの高性能だぞ。パーサーくん。リンク圏内ギリギリの位置で待つようにとそっちの戦闘機乗りに伝えろ。こっちはもっと速く。そうだな、数分で到着してやる」

《そんなことは無理だ!》

 声が変わったと思ったら、
「ふん。機長か。オマエとも久しく顔を合わしとらんな。何度も言わすな。芸津より私のほうが勝(まさ)っておるのだ。必ず数分で駆けつけてやる。とにかく、準備ができたら知らせるから待っていろ」



           ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 懐かしいアダムスキー型の丸い物体が私の前に鎮座していた。だいぶホコリにまみれてな。
「おい、大河内。リモコンを貸せ」
「は?」
「入り口を開けるときは、リモコンと決まっておろうが」
「いや。ハリボテだと思っていたので………」
「失くしたのか? ちっ。しょうがないな。マイナスドライバーあるか、大河内?」

 なんで私がクルマ泥棒のマネゴトをここでしなければいけない………の………だっ、と、よし。開いたぞ。

 ふん。私の手に掛かれば、車上狙いなど容易(たやす)いのだ。
「──おい、クルマ泥棒などしたことないぞ! 大河内!」
「わ、ワタシは何も言ってない…………」


 久しぶりに見る機内は当時のままで、中央に座席が一つあり、前方にマルチスクリーンビューワー、後部に慣性ダンプナーコンジットを搭載した、まん丸いカタチをしている。お世辞にも広いとは言えないが、一人乗りとしてはこんなものだ。
「よし座席の足下にW3Cとの通信リンクリピーターを置け。そう。よし、いいだろう」
 あの局長を顎で使えるのは私ぐらいのものだろうな。いい気味だ。

「さてと……」
 ちょっと。狭苦しいが何とかなる。
「よし離陸準備だ。大河内! ブレインタワーの最上階に人を寄せ付けるな。できたら全員退避だ」

「え?」
 大河内はタラップの途中で機内の私に振り向き、年に似合わぬ可愛らしい丸い目を見開いた。

「銀龍が十数分掛かったところを数分で駆けつけるんだぞ。その分の反動をブレインタワーの頂上に配置してあるリアクター式カタパルトが受ける。どうせシロタマのことだ、手を抜いてグラビトンブラストディフレクターなど取りつけておらんのだろ?」
 大河内はタラップを二段ほど戻りつつ、
「グラビトンブラス………?」
「オマエは何年科学研究所の局長をしておるんだ。グラビトンブラストディフレクターだ。重力子を真っ向から受ける頑強な壁だ。無ければそれをブレインタワーが受けるんだ。想像してみろ。イクトまで数分で到達する加速を得るためには、どれだけの反作用が起きるか」


 私の警告ですぐにブレインタワーから全員退去の命令が出されたのは、W3Cからの報告がBMIを通して頭脳に入って来たのですぐに分かった。

 準備万端である───。
 あ……。
 機体の前で棒立ちになっていた大河内の間抜け面が、マルチスクリーンに映っていた。
「そこをどけ、離陸するぞ」
 私の愛機がホコリを被っていたのは外側だけで、内部は没収された直前の状態を維持しており、いつでも出発可能だった。たぶん誰もハッチを開けることができなかったのだと思われる。

「おい。アイ子。リアクターの調子はどうだ?」
 アイ子とは、この機の操縦系統を担っているコンピューターの名前だ。

『あんた。長いあいだどこ行ってたんだい。このトウヘンボク!』

 むぅ。何も変わっておらんな。
「ああ、ちょっとな。遠くへ行っていた」
『あんたが手入れをしないから大変だったんだよ。偏向ヨークは歪んでくるし、リアクターの燃料だって結晶化していくし。誰がお守(も)りをしていたと思ってんだい、この、モウロク亭主!!』
「うるさいのぉ。オマエなんかと夫婦(みょうと)になっとらんわ。さぁ行くぞ、アイ子。離陸だ」

 ここからの説明は必要ないと思う。銀龍と同じだ。ブレインタワーの屋上に設置された半重力子の爆発的な浮力を圧し返すリアクターは、タワーの上部を吹き飛ばした。おそらく屋上から下、数階のフロアーを鉄骨剥き出しにしたと思う。すぐにW3CがBMIを通して報告して来たが、エモーショナルサージを受けずに済んだということは、W3Cが黙認したのだろう。なにしろ約束どおり、数分でイクトの表側に停船していた銀龍に到着したのだからな。


「じゃあ、アイ子。銀龍へ行ってくる。オマエはここの位置を維持してW3Cとのリンクを繋ぎ続けてくれよ」
『あー。あんたも気をつけて行っておくれよ。お腹の子にもミルクが必要なんだから。ちゃんと稼いで帰ってくんだよ』
「………あのな」
 W3Cから受けるサージよりも頭が重くなった。

「オマエは宇宙船なんだ。私の女房なんかではない! ったく。だいたい年齢設定がムチャクチャじゃないか。確か女子大生にしておいたはずだぞ。なんでこうも狂ったのだ?」