【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 5月20日(土)

スピリチュアルインターフェース


 用心深い俺は社長に尋ねる。
「よくさ。金属粉が充満した環境で爆発が起きるだろ。ミカンがこの惑星の大気の中を飛んでも大丈夫かな?」

 ハゲオヤジはちらりと俺を上目遣いにして、
「それやったら銀龍が飛んでるけど何も起きてないやろ」
 もう一度俺の横顔を見ると、今度は優しげな声に変わる。
「粉塵爆発は粒子間の密度が高いときに燃焼が瞬間的に伝わって行く現象や。どや。燃焼の条件を思い出してみぃ」

 燃焼の条件?

「あそうか。酸素だ。この金属粉が何か知らないけど、ここの大気は二酸化炭素だったな。じゃあ安心だ」
「玲子よりかは幾分マシやな」
 あんなのと比較すんな。

「もう一つ案件が残っている……このチャフのせいでセンサー類が使えないんだろ? 目視飛行って無理っぽくない?」
「おまはん……。ほんま、玲子の言うとおり臆病やな」
 誰かれ無しに吹聴してやがるな、あいつ……。

「そういうのをセンサー依存症ちゅうねん。最後は自分の目だけが頼りや。男やったらさっさと覚悟を決めて、愛する人を助けに行かんかい!」

 また聞き捨てならん言葉を混ぜやがって。
「あのね、社長。俺は受付のマナミちゃんみたいな、おとなしい女子(ひと)が好きなの。じゃじゃ馬は目じゃないね」
「わかった、わかった。とりあえずは、粉塵爆発を予測したことに対しては及第点をあげますから。ほんで玲子を無事救出して帰ってきたらビールを一本付けまひょ」

 ガキの使いかよ……。
「嫌なら結構でっせ」
「いや。もらうよビール。約束したからな」

 社長は「なんや損したな」とかこぼしながら部屋を出て行き、茜は、俺を横目ですがめる。
「なに見てんだよ?」
 こっ恥ずかし会話を聞かれたみたいで、ちょっち気まずい。
「べつに……」
「何か言いたげだな?」
「そう?」と言って茜はすまし顔。

「いよいよ人間臭くなってきたな」

 ミカンは俺たちの攻防戦には興味が無いようで、
「きゅりゅー」
 とひと鳴きすると前のめりにうつぶせになり、トランスフォームを開始。金属音とモータ音を響かせて、あれよあれよという間に一人乗りの小型シャトルに変身した。

 シャトルと表現したが、はっきり言ってカプセル型の物体に羽根が付いた感じで、とても小さい。なので機内は狭苦しい。
 まぁ、ミカンはもともと緊急用なので窮屈なのは仕方が無いとして、中に入って神経インターフェースが起動した後の快感がたまらないのさ。

 正直言って小さな棺桶に押し込められる閉塞感はとんでもなく恐怖なのだが、それを和らげるためにあるのが神経インターフェースだ。和らげるだけでは言葉が足りない。失くしちまうだな。閉所恐怖症の人でも数日閉じめられたって、ゆったりとしていられる優れもの。これは緊急脱出ポッドとしての性能がより高いことを表している。

 そんなミカンの体内に片足を突っ込む。何とも表現しにくいが、素足に吸い付くような気持ちのいい感触が伝わってくる。
「さて、行くかミカン」
 独りゴチを漏らしながら両足を突っ込んで腰を下ろす。

 興味深げに覗き込んで来た茜に、
「こら。お前もさっさと転送室へ行け。それから照明弾が防護スーツの腰に付いているから、俺が近づいたら打ち上げて場所を知らせるんだぞ」

「あい。了解してますよー。ところでコマンダー? ミカンちゃんって気持ちいいの?」

「何だか誤解されそうな会話だな」
 と思ったが、あまりこだわるとまたもや墓穴を掘って、こっちが窮地に追い込まれるので、当たり障りの無いセリフを選ぶ。
「神経インターフェースが起動するとな、恐怖心を消す作用が起きるんだ。気持ちいいとかじゃなくて救命ポッドの重要な機能さ。安心感を強めてくれる」

 アカネは「ふ~ん」とか言って、オモチャに飽きた子供みたいな顔をすると、手を広げて振った。
「それじゃミカンちゃん。いってらっさぁーい」
 静かに透明のハッチが閉められ、ツンっと広がる密閉感に鼓膜が刺激された。

 すでにミカンの神経インターフェースが起動しているため、閉じ込められたという雰囲気は微塵も無い。大型クルーザーのデッキに並べられたビーチベッドに寝そべるようだ。眩しく射し込む陽射しはミカンの内部照明さ。

 ちょっとして、透明ハッチの向こうで銀龍のドッキングベイの扉がゆっくりと開き、漆黒の空間が広がりだした。

 子供の頃、宇宙は暗く寂しいものだと思っていたが、それはとんでもない誤解だ。宇宙は活気に満ちた光であふれた空間だ。常に激しく活動する光子の坩堝(るつぼ)なのだ。何も無いように見える空間でさえ、感知できない素粒子で満ちている。真空などという言葉を宇宙で使うべきではない。

 ふわりと体が浮いた。まるでユリカゴだ。不快な振動やショックは全く感じられず、気持ち良いほどゆったりした動きで俺を乗せたミカンは船外へと滑り出て行った。

「普段のお前からは、想像できない動きだな」
 別にミカンに言ったつもりは無いのだが、言葉が自然と浮き出て来た。

 ミカンはそれに対して、
「きゅりゅりる……」と答えた。
 当然何を言いたいのか全く理解できない……はずなのに、

『スピリチュアルモジュレーターを起動します』
 何とも可愛らしい声が脳髄を沁み渡ってきた。

「お前、話せるのか?」
 思わず声を弾ませるが、返ってきた言葉は、
「きゅららりる」だった。

『声帯を通さず、頭の中で考えるだけで結構です。スピリチュアルモジュレーターはシロタマさんが改良してくれた神経インターフェースをさらに進化させた精神融合です。あなたの考えがこちらのCPUに最速、かつ適切な解釈をされて送られてきます』

(う~ん。シロタマと聞いてちょっと不安になって来たな)と胸中でつぶやく。

『不安を司(つかさど)る精神活動は停止させています。今の会話は単なるジョーク的表現です。シロタマさんとユースケさんのあいだでは特別なユーモア要素が含まれているため誤解を多く含むことがあります』

 ミカンはメンタル面での洞察力に優れており、時として驚かされる。口数が少ないからと気を抜いていたら虚を突いて来るから侮れん。

(あのさ、ミカン?)
『何でしょう?』

(あんまり俺の思考の奥深くまで入らないでくれる? ヒューマノイドにはプライバシーっていうものがあって。公表されたくないことが多いんだ)

『承知しました。でも守秘義務に関して、ジーゼ5578シグマ39レルドは完璧です』
(何だよ、ジーゼ55……何とかって?)

『ワタシの機体番号です。ルシャール星で規定されている名称です』
(長ぇな……)

『はい。ミカンと名付けられて安心しています。それとモジュレーターの話者解析ルーチンは問題無し、ということを今シロタマさんに送信しておきました。同時に彼からの伝言をも受け取っていますが、お聞きになりますか?』
(彼って……やっぱりあいつは男なのか。で? 何て言って来てんだ)

『さっさと、レイコを助けに行け! このオタンコなす!』

 なっ!

(スピリチュアルモジュレーターは物真似もできるのか? 今のはまさにシロタマだぜ)

『物真似ではありません。思考に直接浸透するため、その人の意識下にある適切な声で聞こえます』
(便利なもんだね)

 ちょっと吐息して、
(さ。行こうか。急がないと玲子のヤツの蹴りが入るからな)

『それでは航行制御をユースケさんにお渡しします』

(どうしたらいいんだ?)

『モジュレーターはユースケさんの脳神経刺激をダイレクトに読み取り、当機のCPUを介して航行装置の神経インターフェースに直結されています。あなたの思ったままの動きが可能です。まずは前方を見て、自分が飛ぶ姿を想像するのがもっとも良い結果が反映されると思われます』

 言われるがまま、俺はミカンの中で腹這いに寝返りを打ち、前方へ視線を向け――そして息を飲んだ。
(と……飛んでるぜ)
 恐らくだが、これはミカンが見る映像をこっちの脳へ流し込んでくるのだと思う。

 大型の鳥が翼を広げて滑空しながら辺りを窺う映像ってのは、よくあるだろ。あの状態に自分がなったと思えばいい。

 腕を広げた俺は銀龍の横っ腹をゆっくりと船首へ向かって移動していた。水銀色に輝く巨体に這わされたシロタマ特製の電磁シールドコイルがくっきりと見て取れる。

 下方へ目を移すと、もやもやとした白色の雲。この奥に玲子の落ちたバブルドームがある。

『現在が出力1パーセントです。ギンリュウさんを対象にして速度の違いを感じ取ってください』
 それにしてもミカンの声は爽やな声音だった。

 俺は銀龍の船首まで速度を上げつつ、そこでいったん上昇。遥か下に銀白の機体を確認後、一気に急降下。その姿はさながら大型の猛禽類だ。

(ミカン。前方に障害物はあるか?)

『漂う金属粉が距離測定を困難にしています。現在全てのセンサーが麻痺したままです。ギンリュウさんとまったく同じです』
 そうだったな。なので目視飛行だと言っていた。
(それにしたって、よくうちの機長はこんな状況であの巨体を飛ばせていられるな。やっぱプロってすげえぜ)

『ユースケさんでも同じですよ。よく目を凝らして前方を見てください。シロタマさんの作ったスピリチュアルモジュレーターは、ワタシの神経インターフェースに直結されています。どんなことが起きようと、あなたの神経反応に瞬間に反応してみせます』

 心強い言葉だけど、玲子並みの運動神経が俺にあればの話じゃないのか。それに見てみろよギンリュウを遥か上空にした途端、周りが何も解らなくなってきた。さっきから心細くって仕方が無い。まるで濃霧の海へ手漕きボートで飛び出したようだ。360度まるで何も見えない。

『心静かに状況判断をしてくだされば、こちらも全力でサポートします』

 速度を落としてやると自然と体が降下する。そうさ、ひとまず落下する方向が俺の目的地さ。
(こりゃすごい。感覚もそのままだ。まるで鳥の気分だ。おぉ。何だか燃えてきたぜ)

『消火の必要はありますか?』
(ふっ。シロタマよりマシなこと言うじゃないか。アイツなら尋ねる前に、先に水をぶっかけてくるぜ)

『緊張と緩和は精神活動の潤滑剤となります』
 ミカンの精神操作のおかげで恐怖心は消えたのだが、意欲、闘志などは最悪で、この霧を見てモチベーションが下がりっぱなしだったのだ。でも頼りがいのある言葉を何度も聞いていると、メラメラと熱くたぎってくる。



 しばらく後方へ飛び去るチャフの雲を眺めていて思い当たった。密集した部分と隙間の空いた部分があることに。薄いところはわずかに黒っぽいので目を凝らせば解るようになってきた。

(もうちょい速度を上げるぜ)

『どうぞ』

 金属粉で充満した雲の隙間に機体を捻じり込むようにして螺旋降下すると、一段とスピードアップした。
 視界に飛び込んでくる景色は雲の切れ目に突っ込むという感じだな。何層にもなったチャフの隙間を引き裂くようにして、一直線に降下し続けた。

(おわぁーっと!)
 瞬間、黒っぽい鋭角なものが視界に飛び込んで来たので、右の翼を下にして避けた。急峻な角度での回避行動なのに、ミカンは俺の意のままに動く。まるでハヤブサにでもなった気分だ。

 風を切る速度で後方へ飛び去った黒っぽい物体は、バブルドームの先端から空にそびえ立った塔みたいなものだった。
(何であんなものができたんだろ?)

 どっちにしてももうすぐ地面が近い。白一色で染まっていた雲が切れ、ぼんやりだが辺りが見渡せるようになって来た。
 近づくにつれ、さっきの塔に似た物体が何本も見えて来たので、周回しながらかつ降下を続けて観察してみる。

 それは朽ち果てた巨木が石化したようにも見える。下に降りるほどに、枝が残った状態でいくつも突っ立っていた。
 たぶんドームが崩れ去る時に、もっとも頑丈な部分が取り残された跡だと思う。

(おいおい。銀龍から見たのとはだいぶ様子が違うな)

『超音波探査の不鮮明な映像ですから仕方がありません』
(空から見ると、意外とゴツゴツしてたんだ)

 突然、右方向から目映い光球が打ち上げられた。
(アカネの合図だ)
 向きを閃光に合わせて急降下。照明弾の強い光が辺りをくっきりと照らし、よく見える。

 全てが凹凸の少ない平たいドーム型だと思っていたが、玉子の表面みたいに滑々した場所は俺たちが転送された辺りにしかなく、他は雪を被った森林を真上から見た、てな感じだ。

 なるほど――と感心する。
 パーサーが転送先に選んだのは、そう言う理由からだ。やっぱあの人もプロなんだよな。

 妙な高揚感を伴いつつ降下を続行する俺。やがて雪原みたいな白い表面に黒い穴がくっきりと現れた。それが滑落現場だ。先に転送で送られてきた茜がハンディライトを振って合図をしていた。

(よーし、ここだ。到着したぜ)
『ランディングギアを展開してください』

 初めて耳にする単語なのに、意識はしっかりとそれをコントロールする。つまり着陸脚を出せということだが、もちろん操作の仕方なんかまるで知らない。今日初めてミカンを操縦したのだから。でもここまで来たら何も心配いらない。

(じゃあ着地するぜ)
 鳥が地面に降り立つのと同じ光景を思い浮かべながら、身体を起こし気味にして足を突き出し、ぐいぐい迫るバブルドームの表面に備える。
 足の裏が地面に着く寸前にひと羽ばたきをすると、落下速度と上昇力が中和し、ふんわりと足の裏が地面に着いた。自分で言うのもアレだが見事な着地だった。

『お疲れ様でした。スピリチュアルモジュレーターによる飛行テストは完璧でした。ユースケさんとの次のフライトが楽しみです』
 さっと目の前が灰色になり、俺は目を閉じていたことに気付かされた。

「きゅらりゅらぎゅ」
 モジュレーターが停止したミカンとのコミュニケーションは、いつものように理解不能だったが、先ほどまで続けられた意思疎通の快感は未だに消えないでいた。そのせいか何が言いたいのか解る気がする。

「ミカン。気分良かったぜ。また飛ぼうな」
「きゅーりゅ」

 外していた防護スーツのマスクを装着すると同時にハッチが開き、そこへと茜がマスク越しに話しかけてきた。

《ちゃんと来れましたねぇ》
「……お前に言われたかなぇよ」

《どうでした? ミカンちゃんの乗り心地? 気持ち良かったですかぁ?》
 いちいちこいつの言い方に引っかかるのは、俺が煩悩に浸っているからか?
「ああ。快適だったぜ」

《そこでお喋りしていないで。早く来てよぉ。退屈で死にそうよ》
 玲子の声だ。マスクの通信機を通して聞いても気だるそうな感じは、マジでそろそろヤバそうだ。

《狭いところにいたら暴れたくなるのよ》
「広さは司令室ぐらいあるって言ってたじゃないか」

《でも密閉されてるのよ。閉塞感は半端無いわ。息苦しくなってきた。酸素が減ったのかな?》

 ちょっとまずいな。閉所恐怖症の第一段階だ。

「おい、焦るな。まずスーツの酸素量を確認してみろよ」

 少しゴソゴソと言う音がして、
《残り1時間25分ってなってるけど。すごく息苦しいの》

「よし、今からミカンを降ろすから。中に入ってハッチが閉じたらマスクを外せ。そうすればすぐに気分は爽快になる。俺が保証するぜ」

《わかったわ》

「パニックになるなよ……お前が暴れたら、こんなバブルドーム簡単に崩壊するからな」

《失礼ね……》
 幾分明るい声になったところで、ひと息吐いてミカンへ命じる。

「それじゃあ。ここからが本番だぜ。真下約5メートル、静かに降下するだけだ。できるな?」

《きゅりゅありりゅ》
「何だって?」
 茜のマスクヘ尋ねる。

《真っ暗で怖いって言ってます》
「何で? こうしてライトを照らしてるだろ?」
 茜と一緒に転送されてきた灯光器を穴の底に向ける。遥か下で玲子が見上げていた。確かに金属粉のチャフが漂い、視界はあまり良いとは言えないが、真っ暗ではないはずだ。

《きゃぁーりゅりらりぃ》

《まったく深度の判定ができないそうです》
 ミカンはコウモリみたいな目をしているわけか。ということは普段俺たちをどうやって識別してんだこいつ?
 まぁそんなことは帰ってからということで、ここは早急に何としてやらないといけない。

「秒速1メートルで真下に降下だ。合図が聞こえたらさらに半分に速度を落とせよ」

《きゅきゅりぃ》

《了解したそうです………》
 ミカンは直立の姿勢で宙に浮き、

《きゅらり?》

「何て?」

《どっちへ進めば穴があるかと訊いてます》
 通訳を連れて来てよかっと胸を撫でおろす。
「タマの言うとおりこのチャフは相当に電子機器の方向制御を狂わすようだな」
 それからミカンへ伝える。

「そのまま前進して、俺が合図を出したら降下開始だ。よし行け」
 とん、と背を押してやると、ミカンはまるで吊るされたミノムシのように、ゆらぁりと前へ進み、滑落した穴の真上で合図する。

「そこだ。降下開始」

 ミカンは「きゅっ」とひと鳴きして、絶叫マシンに乗り込む子供のような覚悟を決め、穴の中に沈んで行った。

「玲子! ミカンの脚が地面から残り1メートルになったら合図くれ!」
《いいわよ。ミカン、しっかりね。全然怖くないから》

 玲子の誘導でミカンは難なく着地、そして機内に彼女を収容するとすぐに上昇。俺の作った飛行ルートをたどりながら、遥か空にいるであろう銀龍へと、ミカンは濃霧の中を飛び去った。

《ミカンちゃーん。お疲れしゃまでしたぁー》
 茜と一緒になって飛び去って行くミカンを見送った。ちょうど真上に来た太陽を正面に、ミカンのシルエットが光の中に消えて行く。

 うん……?
 あんなところに太陽があったか?

《さぁ?》
 あ、ごめん。俺が悪かった。宇宙一のおとぼけ野郎に訊いたのが間違いだったな。

 消えていくミカンの姿が大きくなっていく……?
 んな、バカな。


 そこへ玲子の声。
《今黒くて大きな物体とすれ違ったよ!》

「どういうこった? そんな状況報告で何が解るんだ! もっと詳しく言え!」
 黒い物体がみるみる大きくなってくるが、ミカンではないことは確実だ。なら何だ?

《人のカタチをしていたわ。目の錯覚だと思うけど、小さな白い人も引っ付いていた》

 玲子の無線から緊迫感が失せて聞こえるのは、ミカンの精神コントロールのせいだ。不安感が消されたのが原因だろうけど、こっちはそんな心境ではない。メガ焦った。

「真っ直ぐこっちに落ちて来るぞ。何だアレ?」
《しんない。でもあれが人だったら、だいぶ大きいよ》

 玲子の報告では何も解らない。何でそんな物が落ちてくるんだ?
 それよりさっきから観察しているが、まっすぐここを目指していないか?

 お。おいおい、おいおいおい。ヤバイって!!

「直撃は勘弁してくれよ。アカネ、逃げるぞ!」
 茜の腕を引っ掴み、いざ逃げようと辺りを窺うが、
「逃げるって、どこへ逃げるんだ? 真っ平らだし、前は大穴が開いてるし……」
 足がすくんじまって、うろうろするだけだ。

《銀龍の位置からは何も見えまへんで……ガガッ……センサーは麻痺したマンマや。あ? ザザザーッ……ユイが何か言いたいそうや》

 銀龍からの通信が伝えて来たノイズ混じりの言葉は、
《ユウスケさん! ザザザ……急いでアカネを抱いて!》
「はぁ?」
 横で棒立ちになっていた茜へ視線を振ってから、フラッシュの閃光並みの勢いで玲子の激憤する様子を想起した、次の瞬後、落下して来た黒い物体が俺たちのすぐそばをドームの深部へと貫いて行った。

 よかった直撃を免れた、と安堵する暇はない。俺は驚愕の落下物を目の当たりにして茫然自失状態へと陥った。黒っぽいのは何だか知らないが、白いのは見慣れた物だったからだ。

「ぼ、防護スーツっ!!!!」
 思わず絶叫した俺の言葉は寸断を余儀なくされた。

 忽然と襲う浮遊感。そして落下。
「どぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 空虚な間隔はほんの一瞬で、次にやって来たのは怒涛の変化だ。
 荒れ狂った白い物体の流れの中に揉みくちゃにされ、上下の感覚が失せた。

 白色の瓦礫の中を転がり、何かに突き飛ばされ、あるいは垂直落下。かと思うと、どんっと大きくバウンド。砂糖と一緒にミキサーにかけられた食材がシャッフルされるようだ。そして頭の中も困惑の渦でいっぱいだ。それが自然と声を放出させた。

「今のはいったい何だ? あれは銀龍の防護スーツだぞ!」
 後は噴き出る大量の疑問符と、瓦礫に弄ばれる俺のボディが、まるで手足を広げた人形みたいになす術なく揉みくちゃになる、そんな地獄絵だった。

 手の先が茜の防護スーツのどこかに触れたので、思わず抱き寄せた。優衣の言葉どおりに取った行動ではない。掴みどころの無い状況になると人間、何にでもすがりつくのさ。藁にもすがりたいって言葉があるだろ。それと同じさ。

 それにしたって俺の思考は激しく混乱していた。
 なぜ黒い物体と一緒に防護スーツが落ちて来たんだ。

 あれは誰だ!?



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