【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 5月18日(木)

バブルドーム


 銀龍が下降を開始して数時間後。
 下降直後の惑星表面は濃い霧に包まれていたが、高度が下がると徐々に姿を現してきた。
 そこは優衣の報告どおり大きな山脈は存在せず、緩やかに波打つ砂漠が広がる荒涼とした世界だった。

 そして現れたのは……。
「何やこれ?」
 ビューワーにぼんやり映り出した物体に向かって放った、社長の感想だった。

「…………………………」

 全員の視線がビューワーに張り付いたままで言葉が出てこない。
 まだ目視領域ではないため、望遠レンズで捉えたその映像はまるで大きなお椀を被せたような半球状のモノだった。
 それが一つではない。いくつもが整然と並んでいたり、かと思えば無秩序に折り重なったり、融合したりしている。一つ言えるのは、それらが寄り添い合うように集合した場所以外は、平淡な砂漠が広がるだけで、そのもっと先は砂と霧の奥に閉じていた。

 ただしそれが砂と言えるのかどうか、レーダー探査もプローブも使えないため何もかもがよく解らない。
 そんなメリハリの無い淡々とした世界に現れたのが、今ビューワーの視界に入った物体。それこそが、玲子の発見した輻射波の発信源が含まれた場所さ。全員が固唾を飲んで凝視するのが解るだろ?

「ソナーを使ったらもうちょい探査精度がようなりまっせ」
 社長の提案に優衣は超音波ソナー(音波深信)装置を起動。

「プロトタイプの輻射波を微弱ですが確認できました。やはりこの中にまだ潜んでいます」
「この白いお椀みたいなヤツの大きさは?」

「隆起した半球状態の集合体は、長径680キロメートル。短径420キロメートルの楕円範囲に集まっていて、最も高いモノで7200メートルもあります。発信源はその横にある高さ3320メートルの球状の中です。あ……」
 優衣は素早く測定器のモニターから顔を外すと、
「どれもみんな球体でしたね」
 赤い舌を出して言い改めた。
 そんなことにこだわる奴は誰もいない。ビューワーに映る物体に目を奪われていた。

「ねぇ、これって泡じゃないの?」
 俺がまさに言おうとした言葉を玲子が先に吐いた。
「そうだよな。洗剤の泡を拡大して見たらきっとこんな感じだぜ」
 白く濁った景色の向こうに、大きさこそまちまちだが巨大なドームの集合。そう玲子の言うとおり泡だとも言える。ただ吹けば飛ぶ軽い泡でないことは、誰の目でも確かだった。

 小型のヤツ一つでも超でっかいドームだ。野球場どころか大きな町でも包含できる規模をしている。それが680キロに渡って広がる。って、これはいったい何だろう。

「ジフカのグランドケイゾンとはまた違った景色だな」
「なんでみんな丸いドーム型をするんだろね」
 まーた、理科音痴の言い出しそうな言葉を……。

「重力による圧力が均等に掛かるからさ。どこかが出張っていても自然に丸まって球体になるだろ」
 真面目に理科をやってりゃ、これぐらいは常識だぜ。
 問題はなぜこんなにでっかいかだ。人工物なのか自然現象なのか。
 コクコクうなずきつつ、社長も会話に混ざる。
「泡はな。外と内とバランスが取れた状態なんや。つまり儲けと損とがちょうどエエ具合にバランスの取れた状態で、儲けの分で膨らんどる。見てみい、あのでっかく膨らんだところ。大儲けしたんやで。あやかりたいでんな」

 何を語らしてもそっちに話が傾く痛いオッサンだ。この人は札束で膨らんだみたいに言うが、俺的には危険が集まって膨らんだとしか思えない。

 さらに――。
「オッパイもそんな理屈で丸くなるダすか?」
 真剣に尋ねてくる田吾に、
「知らねえよ」と俺はぞんざいに返し、玲子は胸を隠し気味に体を捻って田吾を睨み、茜にはぽかんとされていた。

「ま、女性が丸いのはヒューマノイドの定めやろな」と、社長は真面目に受け答えし、
「そやけど、こう視界が悪いとどもならんな。誰か大気と土のサンプル、それとあの白っぽい隆起物は何か、実際に見て来る奴おらんか?」
 とんでもないことを言いやがった。

 そんな奇特な奴がいるかよ。と腹の中でつぶやいた俺の考えは、見事に外れた。

「じゃあ。あたしが行きます」
 最初に嬉々として手を上げたのは玲子で、こいつは危険が大好きな世紀末オンナだから当然だろう。何を好き好んで、霧に沈む謎の物体を見学に行かなきゃならんのだ。そう言う人種を人は『バカ』と呼ぶんだ。しかも霧って言ったって何だかよく解らん未知の物質だ。無毒だとは誰も言っていない。

 次に腕を伸ばして振ったのが、
「あ、はーい。わたしも行きたいでーす」
「買い物に行くんじゃないぞ、アカネ」
 奴の軽々しさに、つい声の音量を高めにしてしまう。

「きゅりゅりゅー」
 ミカンまで手を掲げたが、こいつは除外だ。自分の意思ではなく茜の物真似をしているだけだ。


 困ったふうに眉をひそめる社長。
「アカネか……。おまはんに務まるんかな?」
「務まりますよー」
 自分で言うから不安になるんだ。

「社長。可愛い子には旅をさせろです。わたしがしっかり監督しますから」
「玲子がか?」
 スキンヘッドは指先で顎を揉みながら、ちらりと俺を見遣る。

 おい……マジか。

「玲子一人では心許(こころもと)ないワ。おまはんも付いて行きなはれ」
 いやな予感が的中。

「何で~。また俺かよ~」
「おまはん半年間、捻挫でのんびりしてたやろ」
「まだそれ引き摺ってんの? それはジフカでチャラになっただろ」

 俺は大いに不満をぶちまけるが、
「ほならチャラでエエわ。せやからこの任務は半年後の新たな任務や。特殊危険課復帰祝いやデ。おめでとさん」

「めでたくも何も無いって! いや、だからアカネ握手を求めるな」
「コマンダー、復帰おめれとうございます。初任務にわたしが御一緒できるなんて、こーれーれす」
「バカ。それだと『高齢』になるだろ。そういう時は『光栄』って言うんだ」
「きゅりゅー」
「ミカン。お前はいい。向こう行ってろ」




「何で俺まで巻き込まれなきゃならんのだ……」
 転送室の天井にゴキブリ野郎を浮遊させて、俺は大いに文句を垂れていた。
「たかが状況報告だ。ぐるっと見渡して地面と空気のサンプルを取って帰るだけだぜ。タマだってできるだろ? 行けよ」

「未知の大気には金属粉がいっぱい。精密なシロタマには大敵でシ」
「お前も特殊危険課の一員だぜ。たまには危険課らしいことを、うごぉ、もがぁ。ごぉらアカネ!」
 無理やり防護スーツのマスクを茜に被され、玲子がロックする。しゅっとエアーの充満する音が響いて、

『スーツは正常に機能しています。気密率100パーセント。体温正常、呼吸と血圧がやや高めです。酸素消費量が増大するため平静を保つよう心がけてください。酸素残量2時間12分です』
 胸に張り付いたバイタルモニターの声が、覚悟を決めろといい聞かせるように聞こえた。


《オーケー。じゃパーサー、送って》
 転送機制御パネルの前に立つ、ほっそりとした男性に手を振る玲子の声がマスクの耳元から響く。わずかに機械ぽく聞こえるのは、マスクが密閉され通信機から伝わることを意味する。つまり――。

 一瞬の意識の途切れ。そう転送の瞬間さ。



《すごい。何ここ?》

 スピーカーから響く玲子の驚嘆した声に首を伸ばす。
「ぬぁんだぁ?」
 悲しいかな、俺も同じ言葉を吐いていた。何しろ目の前に空まで届く壁が突っ立っていたからだ。

 真っ白い側壁。いやもっと規模がでかい。入り口も窓も無い巨大なビルだ。
 でもよく見ると、わずかに丸みを帯びていて向こうへ傾斜している。

「この規模。何だこれ、これが球体の正体かよ」
《こんなに大きいの? 船から見たのとぜんぜん違うじゃない》
《わはぁぁ。これは大きいですねぇ》
 俺たちは互いに首を直角に曲げ、バカみたいなセリフを薄暗い空に向かって繰り返していた。

 いきなり発信源の真上に転送するのは危険だということで、隆起物集合体の最も端っこに転送されたのだ。
 前は白壁。後ろは白い氷原、と思わず錯覚しそうだが、それは雪ではない。砂漠化した荒れ地に異様に煌めくパウダー状の物質が堆積した世界だ。外気温だって40度以上ある。

 白い粉を手にすくって凝らして見ると、それは光を効率よく反射する物資が含まれていて、白というより銀に近い色をしていた。たぶんこれがチャフの正体だろう。

 空は曇った夜と言った感じだ。どんよりした黒っぽい雲に覆われていたが、目の前の白色の巨壁は眩しいまでに光輝いている。

《サムイで埋め尽くされてますー》
「お前、まだ学習していないのか? それを言うのなら『雪』って言うんだ。『寒い』は体温が下がり過ぎて不快な感情を表す言葉だ。優衣から教わっただろ?」

《え? ああぁ。そうでしたね。白いのは雪でした。やだなぁコマンダー。ど忘れですよぉ》
 宇宙広しと言うけど、ど忘れするアンドロイドはお前しかいねえよ。

《ガガガ……どないや? ザザザ……何か問題おまっか?》

 雑音混じりの通信へ答える玲子。
《今のところ問題無しです。裕輔の機嫌も直っています》
 こんにゃろぉ……。お前は俺のメンタルモニターかよ。

 ま、転送されてしまうと、覚悟も決まるというもので、あとは好奇心が勝って玲子の言うとおり、いい意味で興奮していた。

《通信に雑音が混じりまっけど……ガガッ……まぁおおむね良好や。ザザザ……裕輔。おまはんのバイタルモニターが、ザザッ……興奮気味や。平常心を心掛けなはれや。酸素の……》
「消費が激しくなる、だろ? 分ってるって。でもさ、社長もこの光景を目の前にしたらぜったい興奮するぜ」

《ザザザ…………はは。了解や。おまはんが見とる景色はこっちにも映っとるで。真っ平らの雪原や》

「今、玲子が調べてるけど、硬度も相当ある。割って中に入ることは不可能だ」

 目の前で壁に向かって正拳突きを茜に披露する玲子。それはまるで師範代並みの見事なフォームで壁を突いている。実際会社の格闘技クラブで、そこの師範代をぶちのめした奴だ。なぜ師範代をぶちのめさないといけなかったのか、その理由は簡単明解。セクハラされたと訴えた女子社員の恨みを晴らすためさ。クワバクワバラ。

《社長。硬いです。あたしの正拳突きでもびくともしません》

 返事が戻るまで、異様な間が空いて、
《…ガザザ……おまはんな……ガガッ……会社の壁に穴を開けたオンナやから間違ったことは言わんと思いまっけけど……調査ちゅうもんはそんなもんちゃうやろ。高度計使いなはれ、高度計……ズザザザザ》

 渋面に歪めたスキンヘッドを思い浮かべる、嫌味たっぷりの返答だった。
 玲子はマスクの上から頭をポリポリ掻くという意味の無い振る舞いを取りつつ、茜に渡された高度計を壁に突き刺した。

《硬度計は85と出ました。これって硬いんですか?》
 たぶん正拳突きのほうが正確なんだろうな。

《じゅうぶんやな。ほな再転送の準備や。発信源の真上に移動させまっせ》

「あいよー」
 いいかげんな返事と同時に一瞬の空白。そして一変する景色。


 いくつもせりだした丸い山に囲まれた空間が広がっていた。
「広いぜ……」
 空間というよりはグランド、外に丸く下がる競技場だな。その周りに、これまたとてつもなくでっかい半球状の物体が、山岳のようにぐるりを取り囲んでいて白く輝いている。ここまで綺麗な球状に囲まれると、自分が小人になっておもちゃ箱の中に迷い込んだ気分になる。

 黙っていたらどやされるので、とりあえず報告をする。
「天辺は雪原というより。巨大なテーブル型氷山に乗ったようだ。ここが球体の頂上なんだろ? 全然丸っこくないな。こりゃ相当でかいぜ。あ、それとチャフは意外と細かいので肉眼ではそれほど邪魔にならない」

《ほーか。ズザザ……でもな無酸素エリアでの調査任務は危険と隣り合わせや、玲子もアカネも気ぃ緩めたらアカンで》

《了解です》
《あいー》

《ほな。ハイキングでも楽しむ気で行きなはれ……ガガザザッ》
 たった今、危険と隣り合わせって言ったばかりだろ。


《頂上に来たからって、入口は無いわよね》
 玲子はのんびりと山菜取りの婆さんみたいに腰を屈めて、地面を掘り起こしてる。と言っても穴を掘るのではなく。降り積もった銀白色の堆積物を払いのけているだけだ。その下から現れる表面はコンクリートにも似た硬質感があった。

「こりゃあ、掘削機でもないと中に入れないぜ。それともマサやヤスじゃないけど、マイトがほしいな。マイト」

《入り口を探す必要はありません。今必要なのはチャフのサンプルと地表の堆積物です》
「へいへい。大先生の仰せのとおりに……」
 シロタマの報告モードに促されて、使命を全うすることに。

「オーケー。アカネ。地面の上に積もってる粉みたいなのをサンプルケースに入れろ」

《あ、は~い》
 とんとん、と飛び跳ねて、数歩進んでしゃがみこむ茜。
 堆積物はくるぶしの上十数センチほどまであり、歩いたことで大きく空中に舞い上がった。見た目は雪みたいに純白だが粒子はかなり細かそうだ。

 それよりも今伝わって来た不気味な揺れが気になる。
「おい。不安定な場所があるぞ。アカネが歩いただけでここら辺が揺れた。玲子、あまり動き回るな。怪我するとコトだぜ」

《あたしを誰だと思ってるの、裕輔》
 まぁ、そのとおりだ。こいつがこけるなんてこと絶対にありえない。何を犠牲にしたって自分だけは転ばない。

 玲子は防護スーツと一体になったブーツで堆積物を振り払い、表面を剥き出しにしてから腰を伸ばした。
《それよりかさ。どうやってこの中に入る? この地面相当硬いよ。何で出来ているのかしら?》
 独白半分、感想半分を吐いて、踵(かかと)で地面を突いた――その時だった。

「あぇっ?」

 玲子の足下(あしもと)に黒いモノが出現した。巨大な生き物が影を落としたと思って空を見上げたが、そこには何も無い。困惑しつつ視線を元に戻すと、黒い影はそのままで玲子の姿が消えていた。

 え……?

 何が起きたんだ――?
 どこへ行ったんだ?
 転送されたのか――?

 俺はひどく混乱していた。
「れ……玲子?」
 声を絞り出すのがやっとだ。

 何がなんだか分からないが、玲子が消えたのだ。俺の思考はここの表面よりも白色度が勝っていた。

《コマンダー! レイコさんが落ちました!》
 スピーカーからがなり立てる茜の声で、ようやく足下に出現したのが穴だと理解した。ドームの表面が割れて玲子が滑落したのだ。

 鼓動がどんっと脈打ち、粟立った感触が背中から腕を通り指の先へ抜けて行った。
「れ、レイコ!」
 一歩足を出そうとして踏み留まる。黒いヒビ割れがこっちにまで触手を広げていた。

「あ、アカネ、動くんじゃない! こっちも巻添いを食うぞ!」
 口から心臓が飛び出すほど動揺していた。何をしていいのか、頭の中がホワイトアウトさ。情けねえぞ。俺。

《みんな動いたらあかん! とりあえず撤収や!》
 俺が見る光景は銀龍でも見えている。

「しゃ、社長。玲子が落ちた!」

《分かってる。おまはんらも巻き込まれるから、そのまんま動きなはんなや!》
 瞬間の白濁感。続いて爆発したような眩しい照明。そこは銀龍の転送室だった。

 俺は防護スーツのマスクを急いで剥ぎ取るなり、
「落ちた。玲子が落ちたんだ!!」

 真っ白になっちまった頭の中からは、この言葉が繰り返し噴き出してくるだけだった。