【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 5月17日(水)

目隠しされた惑星


 怪人エックスからのメッセージを受信したと言う田吾の連絡で、第二格納庫へ見学に行っていた俺と社長は急いで司令室に戻った。

 その道すがら、俺は辻褄の合わない事象が起きていることに思い当る。
「怪人エックスの電波は過去の銀龍でも、そこにいる田吾が傍受するだろ。そしたら互いに同じ場所へ急行してしまわないか?」
「向こうの銀龍はさっきもゆうたけど、シロタマと優衣が制御しとる」
 タマに聞いたのに社長が答え、補足をシロタマが繋いだ。
「しかたがないでシュ。あそこでブタオヤジに傍受されたら、ジフカに行けなくなる。だからここで受信するように、半年前は受信機に細工をしたんでシュ」

「じゃぁ田吾の奴、無線技士のクセして、装置がおかしいコトに気付かなかったのか。たるんでやがるな」
「それぐらい抜けてるヤツでこっちは大助かりでシュよ」
「かまへん。田吾は無線機の番をするより、お人形さんを拵えてくれとったら、舞黒屋としては安泰や」
 おいおい。えらい言われようだぜ田吾……。

 ようは、あの半年間は過去のジフカへ戻るために費やされて、これからの半年間が本当の意味での半年間になるわけだ。
「なんだよ。ちっとも儲けていないじゃないか。逆に損をした気分だ。だいたい何で俺がジフカへ行かなきゃならなかったんだ?」

「ユウスケはブーブー文句ばかっり」
「おまはんは半年近く捻挫の治療でのんびりしとったんやから。しゃーないやろ」
「こっちはずっと我慢してたでシュ。だいたいコルス三号星のフリマでちょっと人に押されたからって、捻挫は無いでシュ」
「ちょっとどころの人じゃねえ。何百人はいたワ」
「人の捌き方がヘタクソなんや」
「くっ……」
 これ以上何か言うと、ひどい嫌味が返って来そうなので、ひとまず口を閉じておく。


 司令室に戻り自分の席に着く。外回りの多い俺には、そこは寝床に次いで安住の場所となっている。ここんとこ探査プローブの操縦もないし。何かあっても、だいたい優衣がやっちまうので――それで俺は外回り専属になったようなもんだ。

 右隣ではフィギュアのモデラー兼、無線技士の田吾が、社長に受信内容を記したメモを渡し、老眼の度がそろそろワンランクアップしたのだろう、ハゲオヤジが目をしょぼつかせながら、
「位置情報やな。優衣、シロタマ。ハイパートランスポーターの起動準備をしてくれまっか」
 心安く返事をしてシロタマと部屋を後にする優衣を見届けると、社長は自分の席へと戻り、船内通信を使ってパーサーと機長に何か指示を出した。

 俺もどっかりと椅子に尻を着け、正面のビューワーへ目を転じる。座席の真ん前にある大きなスクリーンだ。だいたいは進行方向の景色が映っていて、今だって、黒い空間をバックにレインボーカラーのインクで染めた色鮮やかな星雲がうねり、銀の小粒がまんべんなく散りばめられている。

 田吾は怪人エックスの通信内容を社長に渡すまでが仕事だと勝手に決め込んで、さっさとフィギュア製作の仕事に戻っていた。
 やれやれだな……。
 一先(ひとま)ず目的地に着くまでは俺の仕事はない。しばらくこうして、天才画家が気まぐれに描いた絵みたいな空間を眺めるのもいい。

 のどかな時間が過ぎ去って行く心地良さをしみじみ味わっていると、
「ねえ? この信号ってプロトタイプのモノじゃないの?」
 珍しく玲子がおとなしいと思ったら、できもしねえことを無理してやっていたからだ。本来ならその仕事は優衣が務めるのだが、彼女はシロタマとハイパートランスポーターの起動に出向いたところだ。

「どれ? 宇宙はあり得ない現象で満ちてるからな」
「どういう意味よ?」
「お前に信号解析ができたなんて、宇宙は閉じていたと言われるよりも信じられん」
「回りくどいわね。褒めたの? けなしたの?」
「う~む。例えが高尚過ぎたか」

 玲子にも理解しやすい言葉に直すと……。
「シロタマが俺に対して敬語で話してくる、そんな感じだな」
 と言ってやると、玲子は渋そうに美麗な顔を歪めて、
「そんなのあり得ないことじゃない。じゃあそれと一緒って言う意味? 失礼しちゃうわね」
 どれほど稀有なことかが、どうやら伝わったようだ。

「データを見せてみろよ」
 玲子は、ほらっと言って席を代わろうと立ち上がる。すると何とも芳しい香りが揺れ動いた。
 さすが金持ちだ。上品な化粧品を使うよな。逆隣から漂う樹脂の臭いと、脂ぎった田吾の体臭とは異なり、いい意味でちょっとくらっとする。

 匂いの話はどうでもいい。

「マジだな。確かにプロトタイプの信号だ。でも怪人エックスの示す座標と異なる位置になるぞ」
 とりあえず体を後ろに捻って社長に伝える。

 話を聞いて、社長はいつもの思案癖、スキンヘッドをぺしゃりぺしゃりと平手で打ち鳴らし、
「ほんまや……プロトタイプの信号やな」
 すぐに優衣とシロタマが司令室に戻されて、簡易的な会議が始まった。


「どういうことやろ」と問うスキンヘッドの声と、
「こればかりは……何かの手違いでしょうか?」首をかしげる優衣の声。

『怪人エックスが常に正しいという保証はありません』
 と答える報告モードに続き、茜がミカンと語りながら司令室に戻ってきた。
「あの様子だと、あと数日でメディルリアが収穫できますね。ミカンちゃん」
「きゅーりろりりりゅり」
「信号が出ているからには、調査せんわけにはイカンやろ」
「そうねぇ。あれはやっぱお醤油漬けが似合いますよね」
「らりりゅるーるり」

「ということは分析データを信じたほうが……あ、アカネ。ワシは醤油漬けもエエねんけどな、マヨネーズあえのも好(すっ)きやねん」
「あ、はーい。じゃあ半分ゴッコにしますね」
 頭痛くなってきた。
 混ぜて会話するべきではないと思うが。

「ほんで玲子。醤油漬けまでの距離は?」
「は?」
「三日もあれば漬かりまぁす」
「茜。やめろ。話が混ぜくちゃになってんだろ」
 俺は極楽トンボどもに手を振って制する。
「今取り混んでんだアカネ。ミカン連れてどこか行っててくれよ」

「んじゃあ。新しいお漬物の研究してもいいですか?」

「ああ。漬物でもお新香でも何でもいい。食堂へ行ってくれ」
「それじゃぁ行きましょ、ミカンちゃん」
「りゅるりりりゅー」

 ようやく司令室が静かになったのを確認してから、
「ほんで間違いないんでっか?」
「うん、プロトタイプには間違いないんだ」と俺。
「本当です、社長。あたしが見つけました。あたし……」
 何度も指の先で自分の鼻先を差し示す。

「分かった、分かった」
 社長は玲子をうるさげに押しやり、データに目を落とした。
「ふーん。間違いないな。どないやユイ?」
 優衣も覗き込み。
「間違いありません。距離はここから半光年、4兆6800億キロ先です」

 俺も浮遊しているタマを捉まえると――意外とすんなり捕まった。
「お前も確認してくれ」
「ちょっとぉ。そこまでみんなで確認し合うこと無いでしょ。あたしって信用ゼロなの?」
 俺はコクコクとうなずき、社長と優衣が苦笑い。

「とにかく行き先変更や」
 船内通信のマイクを引っ掴み。
「機長。通常エンジン停止や。ハイパートランスポーターで半光年先へ飛びまっせ」

《了解。エンジン停止シーケンスを起動します》



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「ほんまにここで間違いないんか?」
 スキンヘッドをさっきから何度も傾けるには理由がある。発信源として現れた惑星が何だかよく解らない星だったからだ。

「目的の惑星は、主系列星よりわずかに温度の低いスペクトルK2の恒星を中心とした星系の第二惑星です」

 優衣の報告を聞いて、理科音痴の玲子の目が泳ぐのは当然さ。俺だって何を言ったのかと説明を求められても答えられない。
 たぶん普通より少し温度が低い恒星を回る惑星の内から見て、二番目の星だと言いたいのだろう。
「何よ、そのまんまじゃない」てな玲子の秀麗な顔が俺の横顔を照らしていた。ぁぁ暑いぜ。

「……直径5880キロメートル。比較的小さな惑星です。問題は地表の様子ですが……測定不能なんです」

「何でや?」

 優衣は何度も測定器が吐き出すデータへ視線を振っているが、答えが出ない様子。
「大気の主成分は二酸化炭素ですが、そこに浮遊する金属粉らしき物体が電磁波を乱反射させて、距離の測定だけでなく、プロトタイプの輻射波も消し去っています」

 優衣の報告に社長が唸る。
「なんや怪しい雰囲気んがプンプンしてまんな。ユイ、マルチスペクトル測定に切り替えてみなはれ」

 しばらくして。
「精度はあまりよくありませんが、地表は平淡な状態です。でも一部にひどい高低差が集まった場所があります」

「建物でっか?」
 優衣は小さく首を捻り、
「計測が難しいですが。人工物ではなく、山脈……いやもっと緩やかな感じです」
「ふーむ。モヤモヤしたまんまやな」
 そう。ビューワーにもモヤモヤした雲しか見えていない。

「探査プローブでも飛ばす?」
 その操縦は俺の仕事でもある。

 優衣は虚しく首を振る。
「電波の乱反射が激しくて、数キロ離れたら操縦不能となります」
「そうやろな。この金属粉が曲者でっせ。なんやこれ。大気か?」
「まるで、チャフを撒いたみたいダすな」

「チャフ……?」
 玲子が丸い目をこっちに向ける。
「レーダー探査を妨害するもんさ。よく戦闘機が撒くんだ」

「ここを飛んだわけ?」
「んなわけねえだろ!」
「だって……」
「おまはんら、ほんま次元の低い会話しまんな」
 本気で呆れたようだが、次元が低くくなったのは玲子のせいだ。

「この惑星の直径にしてはこんな大気ありえへんねん。たぶんもとは薄い二酸化炭素の大気やったんやろ。それをこんな風にしたんや」
「誰がやったんダす?」
「決まってるじゃない。デバッガーよ。あいつらが撒いたのよ」
「小さいったって、この惑星は直径が5880キロもあるんだ」
 懐疑的に収めたかったのだが、
「それ全体に撒くなんて……デバッガーならやりそうだな」
 なにしろ、500兆もの数に膨れ上がった集団なのだ。
「やっぱ、デバッガーかな?」
 じっとビューワーに見入っている銀龍のチャフ野郎に訊く。だってこいつは俺の妨害ばかりするデコイなんだぜ。

『正式な営巣地が完成するまでの間に金属粉を撒いてプロタイプを一時的にここに隠した可能性はあります。レイコが発見したデータはチャフ回廊(corridor)が形成される前のもので、それが半光年先の銀龍で観測されたと推測されます。すなわち半年前、ここの大気は薄く澄んだ状態だったはずです』

「ほなら、ジフカの騒動が無ければ、その作業中に遭遇していたワケや」
『おそらく厳戒態勢の連中に囲まれていたかもしれません』

「惑星全体にチャフを撒くだけのデバッガーが集まっとったんや。銀龍だけやったら手出しできひんとこやデ」
「ジフカが時間項に入っていたから助かったんだ」
 偶然運が良かったと片付けていいものか、まさかシムがそこまで考えて……。
 結論は出ないので考えるだけ無駄な行為だと悟る。
 玲子も首を捻っていたが、俺とは次元の異なるところを彷徨っていた。
「あたしが見つけたのは数時間前よ。半年前じゃないわ」
「お前なぁ……。アカネに変な雑誌を見せる前に、理科の教科書でも開いたほうがいいぞ」

「どういう意味よ」
「お前が見つけたプロトタイプの信号は半年前のモノだったってことだ。半光年先の惑星から放たれた電波が銀龍に届くまで半年掛かったんだ」
「でも数時間前よ」
「そうさ。トランスポーターで一瞬にして来たから変な感覚になってんだ」
「それならここは未来なの?」
「だめだこりゃ……」

 仕方がないので、ケチらハゲも参加。
「あんな玲子。光でも半年かかるところを銀龍は寸刻で来ただけや。時はすでに半年経過しとる。せやから未来でもなんでもないがな」
「んダす。その半年間に連中はプロトタイプをチャフで隠して、どこか別の場所にある巣作りにでも行ってるんダすよ。運が良いっちゃあ良いっすね」

 呆れたね。こんバカに説明するのに三人係だぜ。

「だったら、もう連れ去ってるかも」
 頑固だね、こいつ。

 でも一概に否定もできない。
「それにしては荒らされた形跡もないし。もしかしたらまだ隠されてるんちゃうか。ここまで来たら、近づいてプロトタイプの存在を特定せえへんかったら大損でっせ」
 そのとおり――。
 ところでなぜこの人がケチらハゲと呼ばれているか。それは『損をする』とか『儲けが薄い』とかいう言葉を最も嫌うハゲたオヤジだからさ。

「ほんで、ユイ。デバッガーの存在は?」
「惑星表面からのEM輻射波は検知できませんが、大気圏外には皆無です。トランスワープの形跡が残っていますのでここを出て行ったことは間違いありません。でもプロトタイプが隠されていた場合、戻ってくる可能性が大きいです」

「どちらにしても虎穴に入らな解(わ)からんちゅうワケや」
 深い戸惑いに揺れ動く目をしょぼつかせて、社長は機長へと伝える。
「機長。どないや侵入できまっか」

《降下速度を極端に落とせば可能です》

「そのほうが好都合や。虎の子を得るために入るんやからな。そーっとたのんまっせ」

《りょぅかい》

 通信装置のマイクをオフにしてからケチらハゲは言う。
「ほんま真面目な男やで、静かにちゅうたら小声で返事してきよったワ」
「パーサーと機長だけは冗談が通じないからな」
「おまはんらは冗談の塊(かたまり)やし。特殊危険課にはちょうどエエやつがおらんな」

 玲子がさっきから自分を指差しているが、
「お前が一番突き出てんだろ。己(おのれ)を知れってんだ」
「あたしは普通だよ」
「お前は宇宙一常識が無い奴だ」
 と宣告する俺に、玲子は鼻にシワを寄せて「いー」と言った。