【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 5月14日(日)

74秒の補正


 もはやヤスとシャトルは同化しており、どっちが喋っても、それはヤスであり、シャトルでもあった。
「決まってんだろ。こんな派手な殴り込みは久しぶりだ。思いっきりやらかそうぜ」
「ちょ、ちょっと待ってくれマサさん。一発で仕留める方法があるんだ」

「一発? どんな?」
 興味津々のヤスとマサ。4つの目玉が瞬いていた。
 そして見開いた茜の黒い瞳とマーラも並んでいた。
「どういうことですかぁ? コマンダー?」

「お前も聞いていただろ。ザリオン艦にはピンポイントだが盲点があるという話さ」
 茜はこくりと顎を落とし、
「あ、はい。シロタマさんが3カ所あるって言ってましたぁ」
「そうだ。それをお前の姉さんに撃ってもらうんだ」
「おユイさんは、わたしのお姉さんでは、うぐぐぐっ」
 怪訝な顔でマサが窺うので、急いでこんバカの口を塞ぐ。
「そんなこと今はどうでもいい……とにかく」

 まだ眉をひそめるマサに必死で話を逸らす。
「ユイの本当の能力を知りたいだろ?」
「じゅうぶん知ってやすぜ。それよりアカネさんはやっぱり舞黒屋の隠し子?」
 しつこいなー、こいつ。

「そ、そう。舞黒屋の、ユイはそこの射撃クラブの一員だって、知らなかったろ?」
「射撃クラブって……アネゴの?」
「そう。玲子の指導を受けてんだ。どんな腕か見てみたくないか?」

 二人はさっと瞳を透き通らせた。
「おおぅ。そりゃあ、ぜひ拝みたいな。なぁヤス?」
「まったくで。レイコ姐さんの銃の腕前には惚れやしたからね」

『おーよ。そうと決まればゼンは急げだ。行きやすぜ。あにい』

 シャトル・ユースケは風に乗ったハヤブサのような動きで急旋回すると、一直線に森の深部へと目がけて飛び、急峻な角度で降下すると、ふんわりと着陸した。

 そこには二人の優衣とシロタマが居た。まるで俺を待っていたとでも言いたげな様子でシャトルへ手を振っていた。

 シロタマはタラップから下りて来た俺に向かってこう言った。
『その作戦は有効です』
 なに言ってんだこいつ?
「何も説明していないのに、何が解るってんだよ!」

「ユウスケはバカ。ユイとアカネが時間のパスで繋がることを忘れてるでしゅ。シャトルで茜に伝えた話は、その瞬間から74秒後に全員へ伝わるでシュ」

 あーあれか……あれね。
 ここから難解なのでよーく聞いてくれよ。

 先に説明したが、ケイゾンに散らばった優衣は時間の違いはあるが全員同じ優衣だ。だからもっとも過去の優衣、ようは俺の隣で意味も無くニコニコ顔を曝している茜に知らせるだけで、それはこの子の記憶となる。したら、少し時間のロスは起きるが、未来に向かって全ての優衣に伝わる。これが時間のパスを利用したマルチ優衣システムさ。

 シロタマは冷然とした声に戻して、
『ザリオン軍の戦艦にある致命的な盲点はライフルの銃弾でも突くことができますが、その場所は非常に狭い3点に絞られます。しかも同時に打ち抜く精度を要求されます』

 そう。だから俺は優衣を集めようとしたんだ。でもこの広い森林に散った優衣をどうやって探す?
「あ……」
 ここで俺はこの計画の失敗を悟った。シロタマは「この作戦は有効」だと言ったが、俺のほうが優秀さ。先に気付いたぜ。

 まず優衣たちは無線機を持ってない。
 そしてシャトルで飛び回って探す時間は無い。
 先に動きだした第八艦隊の船は兵士を撤収するのに手間取っているが、それが終わればあっという間に宇宙へ飛び去ってしまう。
 ザグルたちの船もまだ本調子ではないらしく、空に浮かぶには浮かぶが、なんだかまだ頼りない。

「だめだタマ。別の方法を考えよう。ここには武器を持った優衣が一人しかいない」
「それで?」
 拍子抜けた。こいつはこんな簡単なことすら解らないのか。
「なーにが、対ヒューマノイドインターフェースだ。対アホンダラに看板を交換しておけ」
 俺はライフルを肩に担いだ優衣をチラ見して、こんバカに得々と説明してやることにした。

「この広い森のどこかに点在したライフルを持つ優衣を今から探すのか? それより武器を持った優衣が他に居なかったらどうする。何とか動き出したザグルに連絡して貸してもらうのか? したらザウルの奴、怒るぜぇ。こーんな怖い顔して怒鳴られながら、頭を下げ下げ受け取って、それから優衣たちに配って……あーしんど。どうだタマ! ちっとも有効な作戦じゃないじゃないか」

「やっぱりユウスケはバカでちゅ」
「だったらどうすんだ。ヤダル艦はさっさと逃げちまうぜ。時間でも止めるのか! バカはお前のほうだ!」

『すでに森に散った13人のユイは、アカネの記憶どおりの行動に移っています。詳細はそこの8ヶ月未来から来たユイに尋ねてください。彼女が今回問題にしている案件の時間的最先端に位置するユイです』

 あ、そっか。みんな茜の記憶を頼りに全員が準備して待機してんだ。

「あああああー!」
 もっとすげえコトに気が付いた。茜の記憶は今刻まれたのだが、ここにいる優衣たちにしたらずっと過去の出来事だ。こいつら最初から全てを知った上でここに現れたんだ。もちろん俺がマルチ優衣システムを起動することも分かっていての話さ。ちゅうことは、ホールトすることも何かしらの意味がある。

 ぞぞぞぞぞぞ、と両腕に電気が走った。今さらだが、こいつら怖ぇぇぇぇ。

 栗色のセミロングをポニテにした優衣が一歩前に出た。サラサラの栗色はこれまでの中で最も明るいブラウンだった。
「あぅ……」
 驚愕に驚愕を重ねられて、こっちは一歩引き下がっちまった。

「ワタシが最も未来から来ていますので、伝達完了の確認はワタシがします」
 もう一人の優衣はライフルを構えて徐々に上昇して行くヤダル艦を探っていた。

 さっきからマサとヤスは丸い目をして見つめるだけだ。時間のパスが何なのか、俺とタマが何を言い争うのか、たぶん皆目理解できていないはずだ。
「気にしないでくれよな。シラガネ一族はちょっと変わってんだ」
 何言ってんだろうね。

「パスって何すか?」
 来たか……。この忙しいときに聞いてくれるなよー、ヤスくん。
「俺からは難しくって説明できない」
 ほんとはメンドくさい。
「シロタマから説明させようか?」

『時間のパスと言うのは……』

 ヤスはさっと表情を曇らし、
「あーオレ、パスね。そういう小難しい話は蕁麻疹が出るんすよ」
「じゃあ、オレもパスするワ」

『…………………………』

 すげえ。『クリスタルキット』は天下無敵だ。報告モードを黙らせちまったよ。


 さてと――。
 森に散ってしまった無線機も持っていない優衣たちに、時間のパスを利用して情報を共有させれば、伝達に74秒掛かるとしても、とても効率的だ。悔しいがこれはさすがに俺も考えつかなかった。

 まぁいい。俺もタマと同意見だったというところは、褒めておいてやろう。
「えらいぞ、俺」
 ひとまず自分に賛辞を送ってから、ザリオン軍から預かったライフルを担ぐ優衣をじっくりと注視する。

「お前は玲子から射撃の訓練を受けてるのか?」
「もちろんです。ワタシは入社して3週間後です。すでに基礎は習っています」
 となると初めて居酒屋へ連れてってやった頃の優衣だ。まだナナと呼んでいた頃だな。

 俺は優衣ではなく、能天気な面持ちでニコニコしてる茜と向き合う。
「あそ……じゃあ準備してくれる?」
 ようするにこいつを無線機だと思えばいいわけだ。こいつに告げたら全員に伝わるからな。
 小鳥のように首を傾けた茜の黒い瞳を見つめながら説明する。おかしな光景さな。

「えー。きみらが選抜のシューターだ。これからザリオン艦を撃ち落としてもらう……」
「もうどいて、ユウスケ! みんなの準備はできてるんでシュ」
 いきなりシロタマが俺の頬へ銀白のボディをぶつけて割り込んだ。
「標的のポイントを伝えるでシュ。船尾の……うーんじれったい。ヒューマノイドの伝達手段は非効率的っ!」

 唖然とする俺の前でシロタマはMSK通信を茜に対して始めやがった。
 優衣が考案した、メロディでデータ転送するヤツさ。メロディアスシフトキーンイング、略してMSK。

 まるでジングル並みの短い音楽を奏で終えたシロタマは涼しげな声で返した。
『準備完了しました』
 手品みたいだぜ……ほんとにちゃんと伝わってんのか?

「大丈夫です。シューターのワタシも時間誤差が最も少なくなる人選をしてあります」
 と言ったのは栗色ポニテの優衣。この中で最も未来から来た優衣。

「何から何までよく気の利く子ですねー」
 けろっと茜。お前、意味解ってんのか? ほんと。
 しかしこういうのも以心伝心と言っていいのかね。何とも頼りない感じだけど。

 俺の横でライフルを担いでいた優衣が、マガジンをガシャリと挿し込んで片膝を突いた。
 グリップを肩に当てて空へと突きつけた先がピクリともぶれていない。その姿を見てマサがつぶやく。
「ほぉぉ。様になってるな」

 そりゃそうさ。こいつはワンクッションどこかに反射させた銃弾で空中に投げられたコインを跳ね返し、決して地面に落とさなかった、という離れ業を披露して俺の度肝を抜いてくれたんだ。そんな優衣が十数人集まったのだ。マルチ優衣システム。恐るべし。

「早くしねえと、第八艦隊が逃げるぜ!」
 マサの喚き声で我に返った。マルチ優衣システムに感銘を受けている場合ではない。
 上陸兵を撤収し終わったヤダル艦のゲートがゆっくり閉じ、腹に響く低音がひときわ大きくなる。今にも浮上を始めそうだ。

「アカネ! ザグルに連絡だ。第八艦隊の進路を邪魔してくれって」
「あいあいさー」
 さっと挙手をしてハンディトランスミッターに叫ぶ茜。
「ザグルちゃん。第八艦隊のおっちゃんが飛ぶのをジャマしてくらさーい。いまからおユイさんが撃ち落とします」

 えらい勢いでザグルから返事があった。
《ま、待て、待て! 粒子加速銃を使うのはヤメロ! 戦艦が木っ端みじんになるだろ! オレたちは奴を取り押さえろと厳命を受けてんだ》

「おまかせくらさーい。粒子加速銃は使いませーん。お借りしているライフルを使いまーす」

 急激にザグルの声から緊張感が抜け落ちた。
《馬鹿も休み休みに言え。ライフルごときで戦艦が落ちるか!》

 茜の無線機をひったくり、
「シロタマが言ってんだ。あんたらの船には急所が三点あって、ライフルでじゅうぶん落とせるんだとよ。ほんとかウソかよく見てなよ。上手くいけば今後の防衛策にもなるデータが取れるぜ」

 優衣も俺が握る無線機に口を近づけた。
「小銃ですから、おそらく連中には撃たれたことに気付かないはずです」

「ら……ライフルだぞ……あり得ん……むぉぉぉ。やはり信じられんが……オマエらの言うことだ》

《あひゃひゃひゃ。笑い話だぜ……ザリオン艦をライフルで撃ち落とせたら、アシモなんか棒っ切れで倒せるだろ。ギャっハハハ》
 実際、棒っ切れで破壊した奴がいるんだがな。

 途中から下品な口調で割り込んで来たのは、第七艦隊の艦長だった。ザリオンのくせに甲高い声が特徴なので分かりやすい。
「どうなるか、まぁ見ていてくれよ……えーっと……」

《ボラジスだ。ギルガ・ボラジスだ。覚えておいてくれ。おーっとついでにザグル大佐ぁ。あんたが第八の連中を逃がしてもオレと第六艦隊が大気圏から撃ち落としてやるぜ!》
《はーーっ! うっせぇ! 弱小軍団のくせにエラそうなこと言うな。それと撃ち落とすな。乗り込んで制圧するんだ!》

「ちょっと時間が無いんだって、言い争いは後でゆっくりしてくれよ」

《そうだな。ならオレの艦で圧しつけてやる。これで少しは時間を稼げる。その代わり外すな、ヴォルティ・ユイ!》
「大丈夫ですよ。管理者製のアンドロイドは宇宙一精密な動きができますから」

《ぬ………………………》
 無線機からは唸り声しか返ってこなかった。

 やがて空がにわかに暗くなる。
 大きな十字型の戦艦が腹に響く低音を響かせてゆっくりとこちらに向かって来たのだ。
「来たぞ! ヤダル艦だ」
 四方からも十字型の大型船が第八艦隊の軍艦を取り囲み、上昇を阻もうとザグル艦が覆い被さった。

 何にせよ、ここは急いだほうがいい。宇宙へ出られたらワープで逃げるのがオチだ。
 なのに前の優衣は空にライフルを向けるが、何かを待つ様子。

 そうか。茜に伝えなきゃならんのか?
 それを待っているのか?
 モタモタしていたら逃げられるぞ。
 焦った俺は茜に命じた。
「アカネっ! 早く撃てと伝えろ!」

「…………………………」
 返って来たのは発射音ではなく、無言の反応のみ。
「なんだよ?」

 茜はキョトンとしたまま。栗色ポニテの優衣が言う。
「ユウスケさん。それでは同期が取れません。この攻撃は破壊力が最小で、かつ74秒の遅れを考慮してタイミングよくクリティカルヒットを狙わないといけません」

「おー。クリスタルキットかー。なるほどな。こいう時、使うんだな。うん、いい響きだ。クリスタルキットなー」
 ちょっと黙っててほしいなマサ。

「そんなの解ってんだけどな……やったことねえもん」
 言い訳めいたセリフを吐くが、最後のほうは言葉になっていなかった。

「ダメねぇ。経験の無い人間は……」
 どこに居たのか玲子がやって来て、オタオタしだす俺に小生意気なことを言う。
「お前だって時間のパスを利用したことねえだろ?」
「無いわ。でもやることは同じよ。息を合わせて打てばいいのでしょ」
 アマゾネスの女ボスは自信満々だ。

「あのねー。この攻撃は三点同時間に的を貫(ぬ)かなきゃダメ。成立しないの。解る?」
 それにしても嫌味っぽい言い方するヤローだな。

「じゃあ、お前が合図を出せよ」
 ぽいと無線機を放ってやる。
 パシッと受け取り。横で銃を構えている優衣に命じた。
「ユイ、代わって、あたしも参加する。そうしないとタイミングが取りにくいわ」
 あ、おい。
 マサとヤスが目を剥いた。俺も同じ心境さ。

 受け取ったライフルを片手に持ち替え、照準器を覗く。横から一言二言、標的位置の説明を優衣から受け、うなずくとおもむろに、
「第1チームどお?」
 茜の目の奥を覗いて言った。

「すでに移動していますのであと少しですが、倒木が激しくて四苦八苦しています。なるべく早く位置に着きますので、もう少しお待ちください」
 と伝えるのは、この中で最も未来から来た栗色ポニテの優衣。ややこしいので栗ポニテの優衣としておこう。

 撃つのは優衣。それを誘導するのも優衣。伝えるのは茜。報告は栗ポニテの優衣。全部が優衣。いや茜か。茜の延長線上にこれらの優衣が存在する。
 アタマ痛いね……。
 マルチ優衣システムはとてもややこしいのだ。

「了解! 第二チームは?」と玲子は茜へ伝え、
「準備完了。動きに合わせて微調整中」と返すのが栗ポニテの優衣。

 ここに茜が立った瞬間未来が切り開かれ、すべてが茜の未来にとって必然の連続となってすべての優衣へ伝わる。そのためには玲子が茜に伝えるのが時間規則となる。もしここで伝えなかったら、それが時間規則に違反することだ。そして伝えたという事実を確認した優衣はこれから起こりうる未来を継続させるために自分の持つ情報を放出できる。

 脳ミソの奥まで痛くなってきた。
 このややこしい状況下なのに玲子は平然としている。いいな。科学音痴の奴は悩みが少なくていい。

「あたしがアカネに合図を出したらシロタマは秒読みを開始するのよ」
「いいでしゅよ」
 どいつも何で玲子にだけは従順なんだ。
 俺は不満タラタラ、でも玲子は満足げにほっそりとした顎を前後させて茜と顔を合わせた。

「第一チーム!」
「照準合いました。いつでもどうぞ」
 栗ポニテの優衣の言葉を聞いた玲子、
「……いい? アカネ。カウントゼロで撃つのよ」
「あ、はいぃ」

 玲子は丸い目の前で手の平をパチンと叩き、
「開始っ!」
 茜は驚いて目を瞬き、シロタマのカウントダウンが始まった。

『残り73秒……72秒……71』

 その様子をしばらく見ていた玲子、今度は茜の持つ無線機へと唾を飛ばす。
「ザリオン全艦に告ぐ! 1分ほどヤダルの艦を今の位置で押さえつけておくのよ。時間が来たら知らせるからそれまで維持して」

《任せておけ。1時間でも2時間でもやってやるぜ。オレらは船さえ動けばこっちのもんだ。おい! 全フロアーに通達だ。第二種戦闘配置につけっ!》

《こっちも第二種戦闘配置だ! 砲舵手走れ! ザグルに遅れを取るな!》

《よーし。アジルマ、オレは南側へ回る。ジェスダは北へ回れ!》

《へっ! オレ様に命令すんじゃねー。とっくに向かってんぜ》

《第六艦隊と第七は、オレたちの掩護についてくれ。第八を絶対逃がすな》

 何だか知らないが歯車が回りだした。やっぱこんなのは俺では到底できない。

『40……39……38……』
 少々気の長い話だった。
 マサも首をかしげて近寄ってくる。
「ちょ、ちょっと何やってんすか。旦那?」
「うーん。説明が難しいんだけどな。時間の隔たりを埋めてんだ」
「時間のヘダタリ……ねぇ」
 目をパチパチ瞬き続ける茜を訝しげに見て、
「なんでアカネさんに言えば森に散ったシラガミさんに伝わるんすか?」
 マサは散々悩んでいたが、
「あ、なるほどな。超能力ってやつっすね。シムと同じかぁ。なーんだ。超能力って誰でもあるんすね。珍しくも無いんだ」
 ああ。あんたのその柔らかい脳ミソもある種の超能力だな。

『残り15秒』

 ヤダル艦は逃げようとザグルの船を押し返し、ザグルは爆炎を吹き上げて下降方向へエンジンを吹かす。
 真正面に構えていたバジル艦が、地面に引き摺り下ろそうと、マグネットポッドを打ち込んだ。ピンと張ったワイヤーがギシギシ軋んでいた。
 まるで白鯨を捉えた捕鯨船のようだ。エンジンが悲鳴のような爆音を吐きだし、それでもまだ上昇しようともがくヤダル艦。

『残り10秒』
 ずっと同じ体勢なので、首が痛くなってきた。

 玲子が無線機に向かって叫ぶ。
「ヤダル艦の上に退路を作って! その他の艦は現状維持よ!」

 玲子のキンキン声を合図に、真上から圧しつけていたザグルの戦艦が離れた。それに伴い急上昇して逃げようとする第八艦隊の軍艦。
 バジル艦が撃ちこんでいたワイヤーが金属音を発して次々とぶち切れた。

『5……4……サン』
 玲子が俺に向かって無線機を投げつけると、さっとライフルを肩に構えてシロタマのカウントゼロに合わせてトリガーを引く。まるで射的ゲームのノリで銃弾が発射された。

 耳をつんざく発射音は森が瞬間的に吸収した。わずかに空(くう)を切る風音だけを残し、細い銀の糸を張ったように煙を吐いた弾丸は、真上に浮かぶ戦艦を貫いて青空へと消えて行った。

 場所は3か所。船尾辺りに1本。左右に大きくせりだした十字の腕の付け根。残りの1本は、船首のすぐ後ろ辺りだ。決して派手では無く、わずかに破片が散ったのが目視できる程度だった。

「――――――――――」
 まったくの静寂がやって来た。だがそれは無音ではない。空を覆い尽くす戦艦が出す鼓膜を圧迫する極低音しか聞こえない。そんな沈黙だ。
「外したのか?」
 俺の声が静寂を破った。
「いえ。命中しています」
 首を直角に曲げた格好を維持する優衣が言った。
 でも――。

「あ……音が消えてやすぜ」
 そう、第八艦隊の船だけが無音なのだ。


「落ちるぞ!」
 ケイトの声だった。
 茂みの奥から2人のザリオン人を連れて、互いに薄汚れてボロボロだったが元気そうだ。
「いや、エンジンは止まってない」
 空へ首を持ち上げ言う。

 脈を打っていた。
 巨人の鼓動のように、極低音の脈拍のように、エンジンが間欠している。
 過ぎ去った夏を惜しむ余命わずかの蝶みたいに、かろうじて浮くことはできるが、確実に高度を落として行く。

 実況中継でもするかのようなシロタマの説明が始まった。
『燃料システムに接続されたコンジットとフィードバックデータラインが隔壁に最も近寄る場所が、先ほどの3点に存在します。隔壁の厚みはじゅうぶんにありますが、この3点は装甲板のつなぎ目と重なっているため。ライフルの銃弾でも貫通してしまい、エンジン不調を起こします。ザリオン艦を落とすならこの3点を狙うのが最も有効です』

「お、おい。そんなこと連中に言うなよ、シロタマ」

《聞こえたワ! おい、この騒ぎが終わったらすぐに艦をドックに入れるぞ!》
《何ということだ。オレたちの戦艦がたった3発の銃弾であんな惨めな姿になるとは……こっちもすぐドックだ!』
 そのほうが無難だろう。自慢の軍艦を玲子たちに撃ち落とされた日には面目丸つぶれだぜ。

 丸つぶれなのは第八艦隊の船だ。理由も解らずに不意にエンジンが不調になったのだ、今ごろたぶん大騒ぎのはずさ。それほどにシロタマが指摘した穴は小さかったのだ。

 船はみるみる地面に近づき、見るからに異様な黒煙を船尾から吐き出して森の奥へゆっくりと墜落して行った。
 太い着陸ポッドを突き出したバジル艦がその後を追う。

「終わった……な」

《よーし。全艦、バジル艦に続くのだ。第八艦隊の制圧に掛かるぞ!》
《新しいザリオンの誕生だ! バジル長官を提督として賛同するものは、忠誠を誓い、オレに続け!》
《ウヒャヒャヒャ。ザリオンが変わるぜ!》
 散々でかい声で無線機が喚き倒し、先頭にバジル艦。続いて4機のザリオン艦が一列に並んだ。さらにケイゾンの周囲を2機の軍艦が旋回しながら空砲を打ち鳴らして騒いだ。

 ケイトが両手を空へ掲げてまくし立てる。
「おぉぉ、まさにこれだ! "深き緑の大地で七つの軍団は血族の竜を退治する" 血族……ザリオンか。なるほど、懲らしめるではなく、まさに退治するだ。おい、あの球体はどこへ行った? お前の説が正しいぞ」
 真っ赤な双眸を震わせたケイトがシロタマを探して叫んでいた。でもタマは姿を現すことは無かった。たぶん玲子のポケットの中にでも潜んでいるはずだ。ケイトとは気が合わなそうだからな。

『戦いは終わったぁー。オレたちの勝利だぁ!』
 シャトル・ユースケはでかい声で終結したことを空から告げ回り、喜びあふれたジフカリアンたちが、わぁぁと駆け寄り、泥だらけになったシューレイ人があちこちの茂みから顔を出した。みなライトグリーンの瞳なので一目で分かるし、その服装は質素そのものだ。

「アカネー」
 満面の笑みを浮かべてマーラが茜に飛びついた。もちろんシムも一緒だ。三人は輪になって回り続けた。

「アネゴぉ……。惚れ直しましたぜ。せひオレにも銃の撃ち方を伝授してくだせえ」
 玲子はライフルをひょいと肩に掛け、
「あなたもあたしをヴォルティと呼ぶのならいいわよ」
「へい。ヴォルティさま。で? ヴォルティ……って何語だ、ヤス?」
「ザリオン語らしいっすよ、あにい」
「ワニ語……か」



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