【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 5月12日(金)

戦場と化した森


 喉が枯れるほど「承認コード」と叫び、嫌になるほど優衣の手首を触り、ようやく全員を起こした。
 ごそごそ起き上がる優衣たちと入れ代わりにマサが這い上がって来た。
「シロくん。ユースケの具合はどーだ?」
「ユウスケならその辺に潜んでるヨ」
 人をゴキブリみたいに言うな。

「心配ありません。シャトル・ユースケならまもなく再起動します」
 と、自分も再起動を果たしたばかりの優衣。

 操縦席では起動音が響き始め、タッチパネルのインジケータ類も元気よく跳ねあがっていった。
『いやあー。まいったぜ、あにい……』

 カラッとした元気な声が機内を渡り、墜落のショックでしょげていたヤスが顔をもたげる。シャトルはそれを元気づけるかのように、
『驚かせて悪かったな、ヤス。ケイゾンの領域に入ったら急に意識が無くなっちまってさー。あー気にすんなよ。よくあることだ。ただの貧血だぜ。オレって低血圧症なんだ』

 くだらないことを言う奴だ。病弱なシャトルなど怖くて乗ってられっか。

「元気になってよかった……。で、どうだ? 飛べそうか、ユースケ?」
『わりーな、ヤスー。まだシロくんがリアクターを温めてくれてる最中だ。今、インパルスエンジンを掛けるとぶっ飛ぶぜ』
「物騒だな……ユースケ」

 まるで自分のことを言われる気がして、滅入りそうになるので、ひとまず玲子たちが待つ茂みへと、シャトルから優衣たちを連れ出した。

 茜はハッチから顔を出し、元気に言う。
「わたしはシロタマさんのお手伝いをしに残りまーす」
 あいつがシロタマの手伝いになるのかよくわからないが。

 微苦笑で見送り、体の向きを変えた俺の腕にシムが絡みついた。
 すぐに大量のイメージが意識の中に湧き出てくる。
「そうか。こういうときを想定して……あの異空間は避難壕だったのか。それじゃあ、みんなを避難させよう。ジフカリアンの婆さんたちもみんなあの中に隠れていろと伝えてくれ」

 少女の瞳の奥で輝度の高い無色の光が揺れ動いていた。
「俺たちを心配してくれるのか? 大丈夫さ。何の保証も無いが、そのうちザグルたちが駆けつけてくれるさ」

 茂みの中からケイトと二人のザリオン人が出て来てシャトルを珍しそうに窺い、俺へと問いかける。
「このシャトルはオマエたちの持ち物だったのか。なかなか立派なディフレクターを装備しているな」
「んー。俺のじゃない。ヤス、いや実質マサの持ち物かな?」
「そうか。奴は金持ちなんだな」
 正確に言えば、金持ちなのは優衣さ。

 俺は何とも言い表せない笑みを浮かべ、視線をハッチから出てきた球体へ移動させる。
「どうだタマ? 胴体着陸をしたザリオンの連中は?」
「みんな、こっちに集まってるでシュ」

 だろうな。ここにヴォルティ・ザガが集結してんだもんな。

 シムはしばらく玲子の腕に頬ずりをしていたが、マーラに引き摺られて密林の中へと消え、
「アネゴ。そろそろシャトルの準備ができるぜ。どうしやす?」
 マサがとんとんとタラップを二段ほど降りて、椅子代わりにして腰掛けた。

「そうねぇ……」
 顎に指を当てて思案する玲子に、シロタマが近寄り肩口から囁く。
「ワニたちが来てるよ」
「そんな言い方しないの」
 シロタマを咎(とが)めつつも、不敵な光を放った目を茂みの奥へと向けて、タラップで大あくびをかましていたマサへ告げる。
「あたしはみんなをまとめるわ。あなたは好きにしていいわよ」
「そーすか……ん?」
 茂みが派手に揺れ動き、マサの目がそこへと留まった。

「ヴォルティ。無事か?」と現れたのはザグル。陸上戦用の戦闘着に着替えていた。
 続いてもう一人のワニが顔を出して吠える。
「オレはヴォルティがヤバイことになるなんて、これっぽちも考えてなかったんだけどな。このザグルが気にしやがるから……」
「ウソを吐け。それはアジルマ、オマエのことだ! オレはこの白い野郎がビーコン代わりに光を明滅させるから……気になって来ただけだ」
 タマの野郎。やっぱり内緒で裏から手を回していたのか。

 ケイトが俺の袖を引いて問う。
「おい、この人は第五艦隊の片目のザグル大佐だぞ。なぜここに?」
「んーと。何でだろうねえ。偶然じゃない?」
 俺的には大袈裟になってもらいたくない。

 ――にしても、久しぶりに見る連邦軍の連中は、やっぱりでっかい。頑強そうな骨格とゴツゴツとした皮膚はまさにワニ、あるいは恐竜だ。ケイトが引き連れるザリオン人の倍の体格を誇っていると言っても過言じゃない。

「あたしたちは無事よ。それより他の連中に連絡取れる?」
 穏便に済ませたいという俺の気持ちなんか一顧だにせずに、玲子は恐竜どもに向かって平然と命じた。

「ちょっと待ってろ」
 軍服から無線機を取り出すが、うんともすんとも言わないスピーカーをひと睨みして、地面に投げ捨てた。

「ダメだ。イカレてやがる」

 ぐおんと巨体を反らすと、ザグルはひと際高い位置から後方で待機する部下へ首を捻った。
「軍曹っ! 手分けして他の艦長を呼んで来い」
 胸を拳で二叩(ふたたた)きして走り去る部下と入れ代わりに、茂みの中から一段と、いや二段はでっかいティラノくんが登場。俺たちがその影に入る。

「で、でけぇぇぇぇ」
 と言ったのは、マサ。タラップの途中で高みの見物と決め込んでいた自分よりも、頭が高い位置にある。

「こんなにでかいザリオン人がいるのか……」
 自分もザリオンだというコトを忘れて、ザレックが仰天するのも無理はない。

「おー。みんな無事か。墜落で死んだかと思ったぜ」
 スダルカはちらりとシャトルにも目を滑らせ、
「こいつかー。ちっこい割に威勢のいい船は」

『ちっこいだけ余計だ! デッカイの』
 とシャトルに言い返されて、苦笑い。
「オレのほうが小さいワ」
 いやいや。あんたが手足を広げて寝そべると、シャトルぐらいの大きさにはなりますから。

「はんっ!」
 スダルカ中佐は鼻息一つでいなすと、集まっていた仲間へと笑い掛けた。
「どうだ、墜落の感想は? みんな生きてっか?」
「バカヤロ。胴体着陸ぐらいで死ぬか!」
「おうよ。だが艦の腹を地面に擦り付けたのは初めてだぜ」
「オレもだ。山より低い位置に下りたのは訓練依頼だ」

 戦艦を胴体着陸させて安穏とするワニどもがこれ以上集まると、収拾がつかなくなるのは目に見えている。ここは何としてでも阻止しなければ、玲子は調子に乗ってきっとここは戦場にしてしまうだろう。

 徐々に大袈裟になりつつある光景に懸念を抱くのとはまた別の意味で、不安を払拭しようと囁き合うザレックとマッドンの声がした。
「お、おい。オレたちの軍服まずくないか? 相手はマジで連邦軍だぜ」

 声が伝わったのだろう。ザグルが片方しかない目を鋭く尖らせて二人を睥睨する。
「そう言えばオマエらのは偽物だな。何ゆえ連邦の真似をしている!」
 スダルカも空から覆い被さるように覗き込み、大きく影を広げた。

「ちょっとやめなさい。この人たちは連邦軍に変装してマーラを救出するつもりで第八艦隊の縁にしがみついていたのよ。本来ならお礼を言うべきです」
「そうか。それはごくろうだったな」
 頭を下げたスダルカに驚嘆したケイトの喉が激しく波打ち、ザリオンの民間人はさらに縮こまる。
「い、いや。礼を言われるまでもない……」

「ふむ。よく出来てるが、襟が少し小さいし、徽章(きしょう)が上下さかさまだぜ」
 その巨体に似合わず細々とした指の動きで、スダルカはザレックの胸元をまさぐった。
「そ、それはどうも……」

 続いて乱雑に茂った枝が左右に引き裂かれ、現れた巨漢を見て俺は覚悟を決めた。万事休す、これまでだな、と。

「おぉ。ヴォルティ無事でしたか。よかった」
 恭しく玲子に頭を下げたのは、バジル長官だ。
「遅れてすまない。何しろ無線機は使えんし、艦全体のシステムダウンなど生まれて初めてでしてな」
 数人の部下と共に現れ、ぎろり、とケイトたちを一瞥した。

「うあぁ! バジル長官だ!」
「マジかよ……次期総裁候補がなぜこんなとこに顔を出すんだ?」
 なぜだろうねー。もう言いわけのしようもないねえ。

 ザッドンが飛び上がり、ザレックが頬をひきつらせ、ケイトが俺の横顔を睨む。
「ワタシはこいつのホラ話かと思っていたのに……」
 俺はウソなど吐いとらん。

「ホラとは何かな?」
「うぅっ!」
 緩い口調からは想像だにできない威圧感を放たれ、竦(すく)みあがったケイトたちの背後が再び時を待たずして揺れた。

「今度は何だ!」
 金髪を翻して息を飲むケイトの目前に、
「ったくなんという場所だ。前代未聞だぜ」
 葉むらを掻き分けて顔を出したもはジェスダ大佐だ。はい。これで全員集合。

 大佐は鼻先でゆらゆらしていた枝を迷惑そうに引き千切り、
「オレの船は一週間前に洗ったばかりなんだ。それが見ろ、一瞬で泥だらけだぜ!」
 腹いせではないだろうが、持っていたでっかいナイフで木の幹ごと切り倒してしまった。
 伐採機並みのパワーだった。刃物で切り倒すサイズではない。

「ジェ、ジェスダ大佐だ!」
「怖くて誰も近づけなかったザガル一家の盗賊どもをイオン嵐の奥から引き摺り出して吊し上げたあの艦長だぜ」
「知ってる。この人にはまだたくさんの逸話があるんだ」
 マッドンたちは英雄を見る目で仰ぎ、ケイトは派手に喉を上下させる。
「お……オンナ。あんたいったい何者なんだい? なんで艦隊の士官があんた目指して集まって来るんだ」

 玲子はちらりと視線を滑らせて平然と言った。
「紹介するわ。特殊危険課ザリオン支部の部長さんたちよ」

「い゙ーっ !?」
 ザレックが目を剥いたのは当然で。
「ウソだ。ザリオン連邦軍の指揮官たちだ」
「それは表向きの姿よ。裏では特殊危険課の仲間。ちなみに全員あたしの部下なの」
「え゙ーっ!」
 驚愕の声を轟かせる。

 玲子は俺の襟を引っ掴んでぐいっと引き寄せると、
「この人もあたしの部下よ」
「お、俺は特殊危険課なんぞ、知らん」
 こんな連中の仲間に入るのは、真っ平ゴメンだ。

「な、何者なんだ、お前……」
 ケイトの震えはまだ止まらない。
「だから言ってるでしょ。危険、冒険、喧嘩が大好きな者の集まり。特殊危険課、略してTKKよ」
 略すんじゃない。それより俺は全部が嫌いだ。

 玲子は黒髪を後ろに払うと、腰に両手の甲を当てて恐竜たちと対面。
「このシステムダウンは故障じゃないの。再起動すればまた使えるわ。相手もそのうち気付くと思うけどそれまでに叩いて」
 ぎんっ、と鋭い視線で5人のワニどもを一巡させ、
「でも殺したらダメ。逮捕するのよ。それから裏の組織をすべて吐かせる。いい? これはザリオンが生まれ変われるチャンスなのよ。口封じにヤダル艦長を殺(さ)しに来る輩(やから)も現れるかもしれないから、その方面にも注意すること」

「じゅうぶん。ウチの跡目が務まりやすぜ。アネゴ……」
 とつぶやいたマサの声が心持ち誇らしげだった。

「それじゃあ。特殊危険課の任務を通達します。第八艦隊のヤダルと最高評議会総裁のスクラグを引き摺り落とすこと。わかったら、はい解散!」

「よーし。誰か武器を取りに戻れ! 他の者は陸上戦の準備をする。塹壕(ざんごう)を掘るんだっ!」
 背後に整列する部下に怒鳴るザグル。
「ちょ、ちょっと! 俺たちは茜の救出に来ただけで、戦争しに来たわけじゃないぞ!」
「これは、これまでのザリオン史を覆す革命なのだ。生っちょろいことだけで終わる話ではない!」
 ザグルが吠えた。
「だってここはレイヤーの森なんだ。戦場にしちゃだめだって」
 慌てて止めに入る俺をザグルは片手で吊り上げて叫んだ。
「だったらお前はここで死を選ぶのか! あれを見ろ!」

 忽然と足元を揺るがす振動が響き、森の樹木が大きくなぎ倒された。
「なんだあれ!」
「アシモだ!」
「あいつらこんなものまで持ち込んでいたのか」
 ザグルは俺を地面に下ろすと、意外と落ち着いた声で言いのけた。
「歴史は動き出した。こうなったら後は成功させねばならん。お前はシューレイ人とジフカリアンを守れ。オレたちはヤツラを制圧する!」
 うなずかざるを得なかった。何しろ切羽詰っていた。

 森の奥から現れたのは、身の丈10メートルはあろうかと言う大きなマシンだ。そのほとんどは太い肢(あし)で、4本が対になって複雑に動き、そのボディを高々と持ち上げていた。

「陸上戦闘用の有人機動兵器です。危険ですので逃げてください」
 近くの穴ボコに引きずり込まれながら、優衣の説明を受ける。
 8本の肢には関節以外の部分に平たい装甲板が取り付けられていて、これは盾だな。こいつで味方の兵士を銃弾から守る仕組みだ。

「一旦下がれ!」
「手分けして早く武器を取って来るんだ!」
 艦長どもは叫びまくり、俺は慌てふためいておろおろするだけ。

 タラップの途中で座り込んでいたヤスが立ち上がりざまに叫ぶ。
「よーっし。カチコミだぁぁ。ヤス! 今度こそお咎めなしだ。殴り込むぜぇぇ !!」
「うぉぉっ! やった。殴り込みだぁ!」
 ヤスくんの歓喜あふれる声と共に、シャトルが音も無く空中に浮かび上がりそして怒声をぶっ放した。
『カチコムぜぇぇぇ!。殴りこみだぁぁ!』
 シャトルがな。

 俺は逃げ場を失ってウロウロ。素早く優衣に引き摺られて森の奥へ。
「ワタシに任せろと言いたいが、あの装甲板では刃が立たない」
 先に飛び込んでいた玲子とケイトが悔しげに唇を噛んでいた。

「やっぱさ。アカネだけ回収して、さっさと撤退すれば……それでよかないか?」
 全員から白い目で睨まれ、玲子に喚かれた。
「野蛮人! 冷血鬼、薄情者。あんたなんか死ね!」
「おーい。けちょんけちょんに言うな。ちょっとした感想だろ」
 ケイトも怖い顔をする。
「トリガーを引いたのは我々だ。最後まで付き合うのが礼儀だ」
「そんなのはわーってるよ。シムやマーラを放っておいて逃げ帰る気はねえって。ただな、あまりに不利だと言ってんだ」

「ザグルさんたち連邦軍と、第八艦隊との戦いは歴史上の必然的事項です。そのレールを引いたのは、ユウスケさんあなたです」
「おいおい、ちょっと待てくれよ」
 黒髪ロング、黒髪ポニテ、赤毛、順番に視線を送り、最後に栗色ボブの優衣に喰らいつく。
「そうさせたのは、ぜーんぶ、お前らだろーが!」
 全員がいっせいに目を伏せた。その仕草は完全に同期した動きで、こっちがめまいを起こしそうだった。

「とにかくやるわよ!」
 尖った視線でアシモを睨む玲子。
「なんかアイデア出しなさい。ないの?」
「まーたそうやって俺を頼る」

 優衣の言葉が正しいとすると、ここで撤退することが今度は時間規則に反することになる。そう、この第八艦隊との捕り物は歴史に刻まれちまっているらしいので、今さら後戻りも進路変更もできない。こういう時間規則もあるんだ。

「どうする。銀龍にも参戦してもらう? 機長ならすげえ張り切るぜ」
 いつだったか、ドゥウォーフの惑星で何千と言う数のドロイドに囲まれた俺たちを助けるために、あのでかい銀龍を逆噴射させながら水平回転して着陸するという離れ業で、ほとんどを吹き飛ばしたうえに、まだ笑って余裕をぶっこいていた人なんだ。まったくひどいもんだぜ特殊危険課のバカどもは。

「残念ですが、この時間流にはギンリュウさんが登場する歴史はありません。ワタシたちだけで何とかしなければいけませんが……」
 優衣が空を見上げた。俊敏な動きをする影を追う。するとドンと腹に響く音がして、アシモの背後に小爆発が起き、敵兵の数人が吹っ飛んだ。

『おらよっと、ワニ革のハンドバックにちょうどいいのを見繕ってやっぜい!』
 元気のいい声はシャトル・ユースケだ。森の木々を避けながらアシモをぐるりと旋回して俺たちの上空を飛び抜けた。

「こんなこともあろうとマイトを腹に仕込んできてよかったぜ」
 半開きのハッチから手を振るマサの姿。

「よし、少し相手が怯んだぞ。行くぞマッドン! シムを撃った詫びを入れるなら今だぜ!」
 ザレックが立ち上がり、
「オラ――っ! 死にたい奴は前に出ろぉ!」
 鉄の肢に見え隠れする隙間を縫って、長い金髪をなびかせたケイトが雑兵の集団に飛び込んだ。

 両腕から伸びた諸刃の剣をクロスに振り回すだけで、数人の兵士が切り刻まれていく。ケイトを掩護(えんご)するザレックとマッドンも影から拳銃を撃つが、こっちはとても貧弱だ。相手の数が圧倒的に多いし、蜘蛛の肢(あし)は重量感たっぷりの動きで四方から暴れ迫って来る。無防備の俺たちに当たればひとたまりも無く、とても危険な状態だ。そのせいでケイトはすぐに動けなくなり敵兵に囲まれた。

「せぇぇぇぇ――いっ!」
 聞き慣れた掛け声がして、空気を引き裂く波動が森林を突き抜けた。その威力は凄まじく、ケイトの周りに群がるひと塊の歩兵部隊が吹っ飛んだ。

「オンナ! やるな」
 金髪を優雅にかき上げつつ、ケイトは助っ人に入った玲子へ朱唇の端を持ち上げた。

「あたしはオンナじゃない! 玲子って名があるんだからね」
 やっぱしオンナではないと宣言してんぜ、あのバカ。

 オンナを捨てた割りには色っぽい玲子の活躍がいかに激烈であってしても、蜘蛛型の有人起動兵器の前ではさすがに歯が立たない。長い金属肢のひと払いで、後退を余儀なくされた。
「アシモはオレたちが作った戦略兵器なんだ。それが自分の首を絞めちまうとは……こんな腹の立つ話はない」
 と奥歯をギリギリ言わすのは、銃器を取りに帰ってきたザグルだ。

 続いて、
「怯むなぁぁー!」
「撃てぇぇぇぇ!」
 大勢のザグル軍兵士が気勢をあげ、一斉射撃を始めた。弾幕のバリケードを張ろうという作戦だが、森林の奥から現れた別のアシモが放った一撃で、大半が屠(ほふ)られた。

 陸上戦の準備をして来た第八艦隊が有利なのは明白だった。じわりじわりと圧され出した。

「ダメだわ。装備が違いすぎるもの」
 憮然として肩を落とす玲子に提案する。
「有人って言うぐらいだから、操縦席をぶっ壊せばいいんじゃないか。ザリオン人がひとりで操縦してんだろ?」
 地上10メートルはあるガラス張りのコックピットを指したが、アシモを睨みつけていたザグルが鼻息一つであしらった。
「硬質ガラスだ。銃弾も通さんのだぞ!」

 玲子は「やってみないと解らない」と根拠の無いセリフを言い残して立ちあがり、
「シロタマ! コックピットの真上まで運んでくれる?」
 シロタマを引っ掴み、対空ミサイルみたいな速度で飛んで行った。

「おい、マジでやる気かよ」
 驚いてザグルとその姿を目で追う。
 シロタマはコックピットの数メートル上まで飛び上がり、息を殺して見入る俺たちの頭上で玲子は気を集中。鋭く目尻を吊り上げ……シロタマを手放した。

 風に髪を踊らせ、上段の構えのままコックピット目がけて落下する。
 到達にタイミングを合わせて剣を強く振り切った。

 バンッ!

 弾け散る光のフラッシュと鼓膜を圧迫する波動を放出して、銃弾をも跳ね返すコックピットの表面が砕け散った。
 玲子はそのまま地面に落ちて行くが――。
 しゅんっ、と風を切ってシロタマが空気をえぐるように飛び出すと、落下していく玲子の手の中へ収まり、地面に落ちる寸前でグイッと浮上させて足から着地させた。

「「すげぇぇ………」」
 ザグルと並んで息を飲んでしまった。うかつにも背筋がピリピリと総毛立っていた。

「うおぉー。さすがだ。やることが派手だぜ!」
 見上げてアジルマが手を叩く。いつの間にか見物してやがった。金取るぞ、こら。

「だいたい、あのキャノピーは叩き割れるもんではないんだ。なぜあの人に掛かると何でもかんでも覆されるんだ」
 と、こちらは渋面のザグル。

 木っ端微塵になった操縦席は、黒煙を吹いて胴体を地面に落とした。長い足を怠惰に投げ出すと大きく爆発炎上。

「それーっ! ヴォルティ・レイコが道を開いたぞ! ザリオンの意地を見せろ」
 うぉぉ、と言う咆哮があがり、ザグルとアジルマの兵士が飛び出した。

「うへぇぇ、おっかねえ!」
 俺は本格的な銃撃戦にみたび首をすくめ、ケイトは感嘆の息を吐く。
「なるほど。艦隊のヴォルティになるだけの腕と度胸を持ち得ておる。ワタシも負けていられない。ザレック、マッドン、もう一度行くぞ!!」
 ケイトは飛び出すチャンスを待っていた。殺人兵器として生まれてきたミュータリアンが舞う。盾となっていたアシモを玲子に崩されて尻込みを始めたとは言え、一個師団の敵兵相手に飛び込んだ。

「せい、はぉっ! はっ! ふんっ!」
 切れのいい気合いを連呼させ、金髪のケイトはしなやかに体を回転させる。

「うぉぉ。レイコといい勝負だ」
「当たり前だ。オレたちのヴォルティ様だ」とザレック。
 鉛色の鈍い一閃が宙を断ち切るたびに兵士がバタバタと倒れて行く。

 その後を追ってザレックとマッドン、そしてアジルマとザグルの軍団が森の奥へとなだれ込んで行った。


 でもって。気付くと辺りは俺を一人残して誰もいなくなった。
 あ。優衣がいたか。

「そう言えば粒子加速銃を持っていたお前がいたな。あれで第八の連中を一網打尽にできないか?」
「だめです。そんなことをしたらこの森が破壊されます。場合によってはジフカに人が住めなくなるかもしれません。あれは禁じられた兵器です。核兵器と同じなんですよ」
 そんな勢いで戒められても。

「じゃあ何で持って来たんだ。お前の誰かが担いでいたぞ」
 今となってはどの時間域の優衣だか忘れちまったが、確かに担いでいたはずだ。

「あれは町でうろつくザリオン人を抑止するだけの効果を狙って持って来ただけです。高エネルギーシードは抜いてあります」
「つまり、ハリボテ?」
「あ、はい」
 落胆しつつ内心ほっとするという、複雑な心境に陥った。

「さて、どーしよう」
 しばし黙考に入る。

 玲子はもう手に負えんから放っとくとして。俺の役目は、このごたごたにジフカリアンやシューレイ人が巻き添えにならないようにすることだ。でもって、こちらの戦力は4人の優衣とゼロ戦力の俺だけで、敵兵はゴマンといる。こりゃぁ、どう考えても人数不足だ。使えるのは優衣の特殊能力。異時間同一体を応援に呼んだらどうだろう。

「どう思う? 時間規則に反するかな?」

「ワタシだけなら問題ありません。アーキビストですから」
「それならたくさんの優衣に頼んで応援に来させよう。大勢連れて来るんだ。お前言ってたろ、マルチ優衣システムだ!」
 弾丸飛び交う戦場なのに、それを忘れた俺はすくっと立ち上がり、
「よし、コマンダーからの命令を通達する。お前ら3人の優衣は森へ散って、ジフカリアンたちを守れ! それからお前はマルチ優衣システムを起動だ!」
 と、まぁ。バカみたいに叫んじまった。

 あー。後先考えずにいらないことを命じるんじゃなかった。この後、俺はひどい目に遭う。
 森の奥へ駆けて行く3人の優衣を見て思い出した。ケイゾンに出入りするとアンドロイドは機能停止する、という重要なことがあったことを。
「ちょ、ちょっと待て、ユイ! 今の取り消し。あぁっ!」
 しかし紙一重で遅かった。目の前の優衣は虹色の閃光を放ってこの場から消えた。

 すぐに茂みの数ヶ所で閃光が放出。時間を飛んできた優衣たちが、糸の切れた操り人形のように次々と草の上に崩れた。
 応援に駆け付けたのに、あっちでバタン。こっちでグタリ。

 何人呼び寄せたのか知らないが、よけいに足を引っ張る結果に。
「うっひぃぃぃ!」
 頭すれすれを銃弾が貫く熱気が伝わって、反射的に地面へ飛び込む。
 こっちは逃げるだけで精いっぱいなのに、優衣の出現は止まらない。

「バカやろー。誰が再起動させると思ってんだぁ!」

 数メートル先に出現した銀髪に近いセミロングの優衣。おぉ、これは珍しいタイプだ、とか、ゲキレア優衣に感心ぶっこいている場合ではない。
「……いったい何人現れるんだ! 全員ぶっ倒れていくぞ! お前ら学習能力ねえのか?」

 こいつが茜の未来だというのは明らかだ。おっちょこちょいの性格がそのまま受け継がれている。
「どいつもこいつも……」
 機能停止してた優衣に文句を言っても無駄なのだが。
 地面に転がる銀髪の優衣へ「承認コード7730、ユウスケ3321」と声をこぼしてから反応を待つ。

『承認コードが受理されました。コマンドを述べてください』
 優衣は時間を越えて自分の分身を何人でも連れて来れるが、再起動ができるコマンダーは俺一人だ。

『コマンドを述べてください』
 うぜえよ、この声。淡々としすぎなんだ。もうちょい感情を入れて言ってくれないかな。

「うひょぉぉ」
 今、弾丸が耳の横をかすめて飛んだぜ。

 首をひっこめながら、投げやりに言う。
「急いでホールトを解くんだ!」

『ホールトの解除は最上級のプライオリティ承認が必要です。コマンダー登録時に当ガイノイドとタッチ認証を行った部位を触れてください。登録された場所とDNAの比較検証を行います。3回間違えますとそれ以降、24時間コマンド変更が無効となりますのでご注意ください』

 だから言ったろ。長いんだって。