【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 5月11日(木)

時の代表者


 数分後。
 マッドンが駆け戻り、それへと向かってケイトが疲れた表情で迎えた。
「何も変化が無いぞ」

「やっぱここはザリオン上層部に相談しよう。ケイゾンを開くのは他の方法を考えたらいい」
「何千年も試して一度も開かなかったケイゾンをお前は開けることができるのか?」
 ま、外に出れば優衣が待っている。茜ではトンチンカンなことをやるだろうが、超未来から来た優衣なら何とかするだろ。
「それなりに伝手(つて)はあるぜ」

 マサは残念そうに表情を歪め、
「でもオレは少し期待してたんだ。どんなお宝が出てくるかと思ってな……やっぱ神話は神話なんだな」
「そんなハズは無い。ここまでそろっておきながら……。何が足りないのだ?」
 ケイトは未練がましく古文書のページを乱雑に捲った。

「やれやれ……」
 正直言って少しは俺も期待していた。それからホッとひと息吐いたのも正直な気持ちだ。


「ねえ……」と玲子。
「何か音がする」
 円形ホールのど真ん中に直立する塔に耳をくっ付け、黒い瞳を俺に当てて瞬いた。
「機械の唸り音みたいな音よ」
「どれ?」
 びっしりとはびこったコケを手で払うと、黒曜石で作られた石塔かと思わせる滑々とした表面が簡単に現れた。そこへ耳をぺたりと引っ付けて息を潜める。

「これは自然の音じゃない。玲子の言うとおり人工音だ」
 しんと静まり返った草木の中を渡って来る音とは掛け離れた極低音だった。低く唸るような波動だ。
「まじかよ!」
 マサとケイトが仲良く並んで飛び付き、マッドンとザレックが裏側に回った。

『これは共鳴周波を走査する音です』
「共鳴周波?」
 俺は塔の頂上から落としてきた女性的な報告モードの声に顔を上げる。
『試されています』
「な、何を?」
 そこにいた全員の目に疑点を示す明かりが灯った。
 ゆっくりと石塔から離れつつあるシロタマを見上げ、それに答えるようにタマは自説を唱える。
『進化の過程です。この状況で推測しますと、この共鳴周波を共振させる電磁波を照射するのが適切だと思われます。自然界で放射される乱数的なノイズとは異なり、規則正しい周期で放出される物を求めるのだと考えるのが妥当です』

「 "光とともに試される" ……これか!」
 ケイトの指が示す先、石塔に彫り込まれた文字列。
「何をしたらいいのだ? 規則正しい電磁波とは何だ?」
 たくさんの疑問と共にシロタマを探して頭をもたげるケイト。
「誰か何か持ってない?」とは玲子。
 俺のポケットにあるのは無線機だが、ずっと無用の長物と化けて久しい。

『最も簡単なものは規則正しいパルス性の電磁波を放出するコンピューター機器が適切です』
「オレたちが持ってるのはハンディライトぐらいだぜ」
「今時、ハイテク機器を持たない冒険家って言うのはどうなんだ? 情けなくないのか?」
「バカにするな。まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので、みんなシャトルに置いて来たんだ」
 たとえ持ち込んでいたとしても、ケイゾンに入ったと同時に何の役にも立たなくなっていたはずだ。

『周波数の高いクロックモジュレーターがあれば、ユウスケが持参する無線機のパーツを利用して、ハンディライトのバッテリーと組み合わせて発信回路が作れます。そこから求める周波数まで逓倍(ていばい)させることは簡単です』
 相変わらず難解な説明をする奴だ。

「シロくんは何を言おうとしてんだ?」
 マサがポツリ。俺だって部分的にしか解らん。ただ部品さえあれば作ってやると言い切りやがった。

 ポケットから無線機を取り出して訴える。
「これをぶっ壊されたら、ケイゾンを出た時に困る」

『もうひとつレイコが持っているので心配ありません』
「じゃ次の問題はクロックモジュレーターだ」

「だいたい何すか、それ? モジレタ? あ、なるほどな。文字レター、手紙のことだな。そうだろシロくん?」
 俺の肩越しからシロタマに尋ねるマサだが、ちょっと黙ってて欲しいな。組長に叱られるというのがよーっく、解る。

『コンピューターのステートを進める基本的な部品です』
「ほぇぇ」と、マサは口先を真ん丸にカタチ作り、玲子と互いに見合わせ、
「何を言ってんのか、訊いてもまだワカランぜ」
 二人そろって肩をすくめた。

 そう、そんなもの持ち歩いて遺跡の調査をするヤツはまずいない。ましてやどこかの木に生る果物でもない。

 ただ俺も少しはそっち系の人間だ。なぜケイゾンに入るとコンピューター機器が停止するのか、ここに来て薄っすらとだが理解できた。
 停止した機器を再起動できるだけの知識を持ち合わせることも条件に入るんだ。

「あ、そうだ!」
 動く保証は無いが、コンピューター製品が山積みになった場所を知っている。あれを持って来てシロタマに渡せば、こいつのことだ何とかするだろう。

「故障したコンピューターでよければ、ある場所を知ってるぜ」
「このケイゾン内にそんなところがあるのか?」とケイト。
「ああ、ある。マーラたちの宝の部屋だ」

 マーラとシムがぼんやりと顔を上げた。
「どうだマーラ。お前らの宝を一つ分けてくれないか。ほら、アカネが寝ていたあの異空間に山積みになっていたろ?」
「うーん。電化製品はたくさんあるけど、アタイにはどれが何だか解らないよ」
「俺が行くよ。世紀のイベントの仲介人になれるかもしれないんだろ? やってみる価値はある」

 少し抵抗があった。かなりの遠方に位置するからだ。
 でもシムやマーラのためだ。疲れるからなどと不謹慎なコトは言っていられない。
「それで? 時間的な猶予は?」
 ケイトは再び古文書に目を落とし、
「 "三つの星がひとつになるとき光とともに試される" とある。三つの星はすでに一つになった。あとは『光とともに』の部分だな」

「たぶんここに光を当てんだぜ」
 マッドンがハンディライトでタワー頂上付近に埋め込まれた赤い宝石を照らしたが、そんな簡単ことではないはずだ。

「ほら、壁の穴から光が射し込んでいるでしょ。あれが塔の上に当たるまでじゃない?」
 周りを円周に取り囲む壁の一つに丸い小さな穴が開いており、そこから陽の光が射し込んでいた。まるで白いレーザーポインターが射し示す光点のように、今は観客席の足元を照らすが、そのままの軌跡をたどるとすると、ホールの中央にそびえ立つタワーにはめ込まれた赤い宝石を狙うのは確実だ。

 太陽の動きに合わせて光は移動し、何時間後かに宝石を照らす位置になる。よくあるパターンだが、たぶんそれが正解だろう。

『約2時間半後です』
 ぽつんと答えたシロタマに頭(かぶり)を振る。
「無理だ。あの場所はマーラたちの集落の近くだ。思い出してみろ、森を歩いて、川をさかのぼり、あの岩山を越えて、半日掛けてここまで来たんだ。それを2時間半で行って帰って来いってか。バッカか。俺はマラソン選手じゃねえぞ」

 ちらりとマサを見る。
「オレは無理だぜ。ヤクザは基本走らねえ」
 ウソ吐け、逃げ足は速いだろ。
「ああ。短距離専門さ」

「明日、準備してもう一度やり直すってのは?」
『ケイゾンの寒冷化は加速を増すと思われます。気温調整システムが機能不全を起こしています』

「一日ぐらい遅れたって問題無いだろ?」
「いや。ワンチャンスしかない。失敗すると次は来年の今日になる」
「これもよくあるパターンだ。太陽の射し込み角度は日によって変わるからな」
 光の到達ポイントをザレックが睨んで言った。

「鏡で反射させて当てたらいいんじゃない」
 玲子がセコイ手を考え付いたが、
「おそらくこれはタダの儀式に過ぎない。もっと科学的な仕組みが後ろに控えているはずだ」
 と言うケイトにシロタマも同意した。

『この穴を通して1万年近く天体の運航が記録され続けたのです。鏡の反射とは区別されます。単純に受光部分に光を当てればいいというものではないと推測されます。今日の陽射しと明日の陽射しは明確に区別されるはずです。おそらく惑星の自転速度を計算し直すため、年に一度、時間の同期を取っていたと推測できます』

「どうしても今日行って帰って来いということか。2時間半で……」

 玲子が立ち上がりざまに俺を引っ張った。
「四の五の言ってないで、さっさと行きなさい」
「お、お、お前なー」
「うるさい。行くのよ。どうせ途中でへばるのは見えてるわ」
「お前なー」
 だんだん声のトーンが下がる。

「安心して。あたしが途中で代わってあげる」
「お前が?」
「帰り道を決めてそこで合流しましょう。ね、それなら往復しなくて済むでしょ?」
「バトンリレーか。必要なのは俺の身ではなく、クロックモジュールだもんな」

 俺はポケットから無線機を取り出し、横倒しに並ぶ石の座席にことりと置いた。
「じゃあ、行って来るから、逓倍装置はオマエに任せたぞ」
 ふありと肩口に近寄るシロタマに言いのけた。

「らじゃ~。オメエが帰るまでにちゅくっとくよ」




 森を走った。ジフカリアンとレイヤー、そしてザリオンとの三種族の未来を掛けて。
 とてつもない重圧を背負って疾走するのは精神的に良くないわけで。

「こりゃあ、きついぜ!」

 真剣に走るなんて、生まれてから一度だって無いね。
 学生時代はサボることばかりを考えていたし、大人になって走るとしたら、通勤電車に乗り遅れそうな時に駅を駆け抜ける程度だ。どうりで足の運びが遅いはずだ。
 水宮の城でも走らされたことを思い出したが、ここと比べると距離も短くまだ平坦なほうだった。ここは違う。アップダウンの続く森の中だ。最も厳しい場所は言わずもがな、あの岩山さ。
「ひぃぃぃぃ。死ぬぅ」
 きつい。上りは口から何かが飛び出しそうになったが、下りはほぼ落ちるのと変わらない速度で滑り降りた。
 その辺りから馴染んで来たのか、意外と調子よく手足が動き始めた。道なりに沿って茂みを走り、森を駆け抜け、息が切れたらちょっと休憩して、やっべぇー、と気付いてまた走る。

 何度か道を誤りかけたが、ジフカリアンの婆さんの生活道路はしっかりと草木が踏みつけられており、少し離れた位置から見渡すと、茂みとそうでない部分の区別がはっきりとついた。


 ところが――。
 そろそろ限界に近づいてきた。足の動きが極端に遅くなり、代わりにあり得ない速度で呼吸を繰り返していた。
 まもなくマーラたちの集落だが……。

 それにしても何の因果があって、こんな見知らぬ惑星でバトンリレーマラソンをさせられているんだろう。
 初めは運命めいたモノを感じ、使命感すら湧かしていたのに、だんだんと愚痴を漏らすあたり、やっぱ俺ってダメ人間だ。

 ところで、この時間域の俺って何をしていたっけ?
 半年前の自分の記憶を巡らせる。
 玲子たちが茜を追いかけてこんな苦労をしていたとは考えもしないで、銀龍でのんびり捻挫の治療をしていたことを思い出した。

 まさか半年後に、こんな辛い出来事が待っていたとは思いもよらなかった。
「……あ?」
 ジワリと何かが意識の奥で浮き出てきた。

 運動を司る神経は悲鳴をあげるのだが、思考のほうはじゅうぶんに働くようで、
「もしかして……この走るという行為は時間規則なのか?」
 規則に反しないということは、規則に従うという意味が含まれる。つまり走らなければいけない、詰まる所、半年後に俺はここを走ることになっていた?

「そうか! ユイの奴……。そういうコトか!」
 なぜ自分にこの責務が課せられたのか、その理由が突然湧き上がってきた。

 ここにいる者の中でコンピューター製品が山積みになった場所を知っていて、かつどの装置を持ち帰ったらいいかを判断できるのは俺だけだ。だから捻挫して唸るようなマヌケ野郎には務まらない。自分のことだがな。それで優衣はケガが完治した半年後の俺を連れ出したというワケだ。

 すると優衣の行為は時間規則に反していないか?
 だって、すべてを知っていて俺を走らせた、となると過去を書き換えようとしてんだろ?
 いや、俺にとってはこれで正しい時間の流れだ。だったら過去を書き換えることにはならない。
 もし俺がいなかったら、この時間、いったいどうなっていたんだ?
 誰かが俺の代わりに走ることになるのか?

 マーラとシムに連れられて、電化製品が山積みになったあの異空間に入ったのが俺じゃないとしたら、茜を助け出したのは誰だ?
 やっぱ俺だろ?
 茜を再起動できるのは俺しかいないし?

 酸素不足の脳が麻痺してきたのか、思考が堂々巡りを始めてまったく先に進まない。その分、後半の時間経過は信じられないほどに短く、気付けば異空間の入り口へと繋がるホラ穴の前で、膝に両手を当てて荒い呼吸をしていた。

 すぐに異空間へ飛び込み、とりあえず積み上げられてあった中から新しそうなコンピューターを引っ掴み、またもと来た道に戻ったが、ぼやける視界はまもなく体力の限界に達することを暗示していた。

 もうだめ。走れない。一歩も足が前に出ない。

「裕輔! こっちよ」
「助かった……レイコ」
 マーラの集落の前で彼女と出会った瞬間、安堵と共にぶっ倒れた。

 思考の中ではいろんな言葉が暴れていたが、
「ま、まだ、ま、ま」
 まともに声が出ない。呼吸が優先だ。

 言いたかったことは、
「まだ間に合うか?」だった。

「あと1時間ちょっとあるわ」
「無理だ。間に合わない」
 この道程を1時間で戻るのは不可能だ。
「バカにしないで。絶対に間に合わせてみせる。シムの願いを叶えてあげなきゃ」
「願いって?」
 よろよろと立ち上がり、ほとんど歩く速度で玲子に接する。
「ケイゾンの開放よ。あの子はケイゾンの未来をあたしたちに託したのよ」
「へ?」
 乱れた呼吸が原因して短い言葉しか出ない。

「シムはあたしとあなたの心を通して、現在のザリオンの本心を探っていたのよ」
「ウソだ!」
「ウソなことないわ。あの子はっきりとあたしの心に語りかけて来たの」
「俺は聞いてない」
「もしかしたら、このためにあの子はあたしたちをここに誘い込んだのかもしれないわ」

 うそだろ――。
 今日にいたるまでの時間的一連のプロセスは偶然の重なりだ。それを作為的に行うとしたら、とんでもなく複雑なコントロールになるハズだ。おそらく優衣にもできそうにない。今さっき走りながら考えていたことよりも、さらに複雑なカラクリがあると言うのか?

 だいたいこの騒動の発端はコルスでフリマを始めたことが起因している。いやまだ先がある。何でフリマへ出店しようとしたかと言うと……まさか、シンゼロームの大豊作か?
 組合長もあり得ないことだと言い切っていた。それはシムが仕組んだからか? こんな遠方から……そんな能力があの子に?
 そんなこと無理だろ。
「したのよ。あの子はあたしたちをここに呼び寄せ、すべてを託して神殿の場所を教えたんじゃない」
「し、信じられん……」

「とにかくあたしは急ぐからね。あなたはゆっくり戻って来てちょうだい」
 そう言うと、コンピューターパッドを受け取り、ぐいーんとペースを上げると、あっと言う間も無く俺を引き離して森の奥へと消えた。

「は、速ぇぇぇぇ」
 とても付いて行けない。

 その場にばたりと倒れ、空と対面して何度も胸を上下させた。
 空は今日も爽やかで、蒼く澄み切っていた。

 ふと……思う。
 ペース配分をしていたとは言え、俺がターンしてある程度戻る頃に合わせて玲子は走って来たのだから、あいつはほぼ往復走ることになる。あのペースで続くのか、そしてここから1時間で戻れるのだろうか。
 玲子の脚力なら戻れるとして、仲介者として誰が認められるのか?

 時間内に戻れないから、俺は脱落だな。
 なら、ケイトか?
 それとも。ま……まさかマサ?
 組長どうしのイザコザならまだしも。星間問題だぞ。

 じゃあ。やっぱり玲子か。
 シムはかなり玲子を買っているようだし。

 いーや。やっぱ無理だろ。異種族間の問題だぞ。こりゃたぶん適格者無しで終わるはずだ。その時のことを考えておいたほうがいい。

 まず、シムに頼んでとりあえずケイゾンの外に出してもらう。
 それからザグルに相談しよう。その後ケイゾンをこじ開ける方法をシロタマと優衣に考えさせる。

 うん、これだな。これで行こう。


 しかし。今立てたばかりの計画が根底から覆された。岩山の頂上まで戻った時に俺の目前でそれが始まったのだ。

「なんだよ、あれ!」

 森林の一角から空に向かって、鋭く絞られた輝線が放たれた。
 普段は無色透明に見える隔壁の天井部だったが、フィールドの最上部で反射した猛烈な光は全天を青白く輝かせ、真夏の蒼穹を思わせる輝きを放っていた。

 やがて中央部から縦に筋が入りだし、それが地平線の彼方に進みながら徐々にその幅を広げて行く。直感した。
「うわぁ! け……ケイゾンが開くぞ」
 筋が地面にたどり着くや否や、瞬間にフィールドが消えた。

 数刻して突風が吹き荒れ、岩山登山を余儀なくされていた俺は、咄嗟に茂った草木にしがみついた。
 襲ってきた風はもの凄まじく、ツルやツタの枝ごと岩肌から引っ剥がされ、ゴミみたいに地面に叩き落とされた。

 痛ててててててててててて。
「痛ってぇぇーよ!」

 またこれか。
 膝を嫌というほどぶつけて、激痛に耐えきれず地面を転げ回った。
 外とはわずかな気圧の変化があったのだろう。フィールドがいきなり無くなったため、外気が飛び込んで来たのが原因で起きた突風だ。湿度の高い少し粘っこい空気が渦を巻いていた。

 環境はほぼジフカと同じになっているとは言っていたが、外気がケイゾン内へ一気に流れ込でシムたちは大丈夫なのか。
 じわじわと気温が上がり出した空気を吸い込みながら感慨にふける。ついにレイヤーたちに本当の意味での新しい風が吹き込んだのだ。彼らは上手くやっていけるのだろうか。

「――っ!」
 などとのんびり構えている暇は無かった。
 今度は急速に辺りが暗くなり、影が差してきた。

「やっべー。早過ぎるぜ。あのバカども」
 背後にそびえ立つ、あの岩山ほどもある十字の影だ。それが不気味な低音を発しつつ迫ってくる。
「第八艦隊の奴らだ。もう侵入して来たのか!」

 まずいって!
 俺は膝の痛みも忘れて、再び走った。そうさ神殿へ。あいつらにこのことを知らせないと。

「え? え??」
 たくさんの疑問符が何本も頭蓋の天辺からにょきにょきと生えた。
 迫り来る第八艦隊の様子がおかしい。腹を揺るがすエンジン音が不協和音のようにそろっておらず、どんどん高度が落ちていく。

「おぉぉぉ。あわわわわ」
 岩山に胴体を擦るほどまで高度が下がった船は、そのまま滑空すると、森林のど真ん中へ頭から突っ込んで行った。

「操縦不能なんだ!」
 瞬間に思考を過った。まだ電子の動きを阻害するシステムが健在している。
「や、や、やべぇええって」
 第八艦隊の船を追跡してきたザグルたちと思われる同じ型の軍艦が、その後を追って次々と胴体着陸を始めた。

 地面をひっくり返すような衝撃と、根こそぎ吹き飛ばされた大木が雨あられとなって降ってきた。
 複雑に組まれたドミノ倒しの中を右往左往するのとたいして変わらない。なぎ倒された木々が俺を狙って倒れてくる。

「どぁぁぁぁ」
 数十秒で俺は枝葉の陰に埋まった。
 その上を容赦なく引き千切れた植物の葉やら茎やら、根っこやら、岩やら土やら、ドロやら砂やら。ありとあらゆるものが降って来て、気付くと土の臭いで一面が埋まっていた。


「ぺぇぇぇーっ、ぺっ!」
 降り注ぐ大量の土が口の中にまで飛び込んでくる。

「裕輔、大丈夫!」
「おう。玲子。ここだ。そっちはどうだ?」

「崩れた遺跡の壁の下に居たので、みんな無事よ」
「旦那。こりゃ何だ? 星でも降って来たのか」
 マサと玲子の上にシロタマも健在だった。

「ああ。似たようなもんだ。艦隊の船がケイゾンに入った途端、次々と故障して落ちて来たんだ」

「あっ! ユースケよ!」
 んぁあ?

「あ、なんだシャトルのほうか……」
 見慣れた銀色の流線型はシャトル・ユースケだが、連中と同じだ。何だか様子がおかしい。

「おーい。ヤスここだ!」
 ふらふらと飛行していたシャトルは、手を振るマサを飛び越し、その先の茂みに落ちた。

 全員がそこへと急行する
 シャトルは尖った先端を大きな木の茂みに突っ込ませたカタチで止まっていた。たくさんの枝がクッションになったようで、破壊は免れたがあきらかに墜落だ。

「ヤス! 無事かぁー!」
 タラップの格納ボックスを手でこじ開け、手動で引っ張り出す。
 船内も破損個所は見当たらないが大きく傾いだ機体のおかげでまともに立って歩けない。壁にしがみ付きながら入った。

「あにいぃ、すいやせん。無様な格好で……」
 髪の毛をくしゃくしゃにして出てきたのはヤスで。怪我も無く無事なようだが。俺には大方の想像がつく。

 このシャトルだけでなく、優衣や茜も機能停止したはずだ。マサたちが搭乗してくるまでにリスタートしなければ、説明が後々めんどい。

「俺は急いでユイとアカネの再起動をするから、タマはこのシャトルの再起動を頼む」
「らっじゃー」
 だいたいはイガミ合う俺たちだが、たまには協力し合うこともある。

 機能が停止して薄暗くなったシャトルの中を這って進む。茂みに突っ込んだまま不安定な状態なのでユラユラと床が揺れてちょっと怖い。

 優衣と茜は後部座席の隅っこで、折り重なるようにしてホールトしていた。
 それだけではない。想定外の光景に茫然とした。

「あっちゃゃ~。すっかり忘れてたぞ」
 シャトルに乗っていたのは茜と優衣だけではなかった事実を……。

 その奥に、3人の優衣が折り重なっていた。
 栗色のボブカットの優衣、こいつは半年先から俺と一緒にやって来た優衣だ。
 黒髪をポニテにしたのは3日前から。赤毛のセミロングは俺たちと出会う前の2年過去の優衣だ。

 脱力してへたり込んだ。
 茜も入れて5人の再起動をしなけりゃならんのか。
「気力が削げ落ちたぜ」
 疲れたひとりゴチが漏れるというもんだ。

『ホールトの解除は最上級のプライオリティ承認が必要です。コマンダー登録時に当ガイノイドとタッチ認証を行った部位を触れてください。登録された場所とDNAの比較検証を行います。3回間違えますとそれ以降、24時間コマンド変更が無効となりますのでご注意ください』

 はぁ。メンドクサ。
 これを5回繰り返すのかよ。

 こらー、管理者! どーにかしてくれぇぇ!!



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