【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 5月 3日(水)

ジフバンヌの村


 外に出ると森が騒いでいた。
 天上を覆うフィールドがザリオンの攻撃で時々青白く光り、少し遅れて爆音が轟き渡る様は雷雨のそれと同じだ。違うのは、雨の代わりに猛烈な空気の波動が落ちてくることだ。それは突風となって月光に照らせれた森林を大きく揺さぶっていた。

「ねえ神様。ケイゾン壊れないかな?」
 マーラとシムが空を見上げたまま両脇からすがりついて来た。

「攻撃はいつからだ?」
「2週間ぐらい前から」とマーラ。

「ケイゾンが壊れたらシムたちは行くところが無くなるの」
 落雷みたいな爆撃に震える二人の瞳には、色濃く不安が滲んでいた。

「大丈夫だ。俺の友達が言ってたぜ。ケイゾンは月が落ちて来ても壊れないフィールドで守られているって。だから艦隊の連中はすぐにあきらめて帰って行く」
 うかつにもシロタマを友達と表現してしまった。

 しばらく俺の目の奥を覗き込んでいたシムが、白い顔に物柔らかげな笑みを浮かべてうなずいた。
「な。ウソじゃないだろ?」
 その問いかけで、ようやくマーラの手の震えが収まった。

「花火みたいですぅ」と茜が見上げてぽつりと。
 こいつは、いつでもどこでも能天気なヤツだ。

「花火?」
 と尋ねるマーラに茜が柔和に微笑む。
「もっとたくさんの色で飾られた火の粉が、お花みたいに広がるんです。綺麗ですよー」

 サンクリオのホテルの窓から見えた一発のことを言っている。そういえば、あの時もザリオン絡みだった。玲子とこいつらがザグルの宇宙船で大暴れして、一機まるまるおしゃかにした後に見た花火。ようやくリゾートらしい景色にありつけたと思ったら、それがその晩最後の一発だった。
 でも粒子加速銃が発射したシードの爆発しか知らない茜には、驚愕の美しさだったらしい。

 その後しばらくは轟音と振動が続いていたが、やがて元の深閑とした森に戻った。

「ほんとだ。行っちゃったよ。ちょっと頼りないけど神様の言うとおりだったね、シム」

 茜は目を丸くして反論する。
「ユウスケさんは神様ではありませんよ。コマンダーです。もし白神様のご用命があれば、わたしが何とかしますよ」
「ややこしくなるから、お前は出てくんな」

「それよりコマンダー。何だかいろいろ思い出してきました。さっきまでクラクラしていたんですけど、記憶デバイスがシンクロしています」

 な、何だ。やっぱどこか故障しているのか?
「コマンダー!」
 茜は急にマジ顔になって、
「これはゆゆしき問題です。この惑星では人を売買しています。こんなこと許されるんですか?」
 おいおい、どーした茜。やっぱどこかに頭ぶつけたか?

「許されませんよね?」
「あ……ああ。許されない。絶対にやってはいけない」

「ですよねー。最初はお給料をもらってお仕事しているのかと思っていたんです。でもよく観察していると鎖で繋がれて自由が無くて、お給料もないし、それよりお食事も満足にもらえないんなんて……ああ、」
 どこかでジフカの実態を見て来たと思われるが、興奮した茜は途中で言葉を区切り、じっと俺の顔へ向けられた瞳から、みるみる涙が溢れ出した。

「今までに無いおかしな気分です……あぁぁあぁぁ。どうしたんですか? 視覚デバイスが機能不全です。エモーションチップ制御不能……こんなことあり得ない」

『警告! 感情制御回路がオーバーロードです』

 え、え? 警告って?
 こんなシステムボイスを訊くのは初めてだぞ。

「お、おい。落ち着けアカネ」

 目を固くつむっていた茜が深く吸気して胸を張ると、それを一気に吐き出し、
「――う、ふぅ。許せません。絶対に!」
 決然とそう言って、俺にうなずいて見せた。

「とにかく興奮するな。それよりお前は何でホールトしたんだ。何かおかしいぞ。誰かに頭でも殴られたのか?」

「いいえ」
 茜は銀髪を振る。

「特別な命令が無い限り、コマンダーとのアクセスが長時間止まると、エネルギー消費を抑えるため自動的にホールトするように設計されています」
 そう言えば、なんだかんだ言って俺から離れないのはそういうワケか。それにしてもこんな奴がいきなりぶっ倒れたら、周りにいた人は驚くぜ。

「まさかと思うが、お前も捨てられていたんじゃないだろうな?」
 茜は小首を傾けポカンとし、シムが戸惑った様子でじっと見ている。

「はて? わたしは……どこにいたのでしょう?」

「その子、運が良かったんだ」
 とマーラが切り出した。
「ザリオン人の住宅地なら絶対に拾われて、業者に売られていた。でもミュータリアンの寮の前なので誰も拾わなかった。よくヒューマノイドが倒れているからね。だからアタイの仲間が拾ってきたの」

 あらためてジフカリアンたちに感謝だな。

「うぅぅ。ひとまずよかったなアカネ。でもなんだかコマンダー共々情けねえな」
「えー、コマンダーも拾われて来たんですか?」
 言いにくいが――そのとおりだ。面目ない。

「でもよかった。神様が来てアカネも目覚めたし。ケイゾンも無事だったし。んじゃぁさ村へ行こう。そろそろ食事の時間だ」
 マーラとシムは茜と俺の手を取って、俺が寝かされていたゴミの宮殿の方向へと歩き出した。

「あらあら……」
 草原を浮くようにしてシムが歩いていることに、茜が気づき、
「この子、重力定数が異なっていますよ、コマンダー」
 こいつにしては、やけに小生意気な言葉だ。

「失礼ですね。それぐらいのことわたしでも知ってます。この子が受ける重力の影響が、わたしたちと異なっているんです」
「ああ。その子はジフカリアンでもミュータリアンでもないそうだ」
「ふ~ん」
「おーい。なんだ、それだけかよ」
 優衣と違うところは、そこで説明が終わるところだな。まだまだ学習途上だということだ。



 元のゴミ屋敷を通り過ぎ、奥へ数百メートルほど進むと、大きく森が開けた。
「ここがアタイたちの村だよ」
 マーラが示すそこには大勢のザリオン人が輪になってゴミの選別をしていた。しかしその後ろ姿はあのがっしりと頑強なワニスタイルのザリオンではない。みすぼらしくやせ衰え、ガリガリの手足は栄養が行き届いていないのが一目瞭然。衣服はほとんどボロ切れ状態の悲惨な有様だった。

「わたしがコマンダーを探してさ迷っていた時も、山の中にここの人たちのような集団がいて、やっぱりこうやってゴミを集めて、そこからお金になるものをコツコツと集めて生活していたんです。エライですねー」
 そう言って駆け寄った茜もその輪に入り、手を動かし始めた。

 どうやらジフカに捨てられていた茜は、しばらく最下層の人たちと暮らしていたようだ。作業工程をしっかり学習しており、みんなと一緒にゴミの中から金属だけを拾い出していた。

 背中を丸めて作業に没頭する集団を前にして、重々しい溜息がこぼれ出た。
 この人らがジフバンヌと呼ばれる不幸な運命を背負った歴代のザリオン人だ。
 遠い遠い昔、母星ザーナスから捨てられた気の毒なザリオンの子孫で、何代にも渡って生まれてから死ぬまでこの生活を強いられると言う。そのせいで体形は丸みを帯び、はかなげな雰囲気を感じるのだとザグルハ豪語するが、俺の感想はそうじゃない。別の種族では無いかと思えて仕方がない。

「みんな。遅くなってごめん。お腹減ってるだろ? 今すぐご飯作るから待ってて」
 暗く沈む俺とは異なり、マーラは集団の中心へ飛び込み、元気に振る舞った。

 川原で手を洗うと、マーラは森の奥へ。それを茜が追う。
「あ、わたしもお手伝いします」

 ジフバンヌの集団は再び作業に戻り、黙々と手を動かし始め、俺の頭の中に暗雲が立ち込めた。
 こんな金属片集めて、いったいどれぐらいの収入になるんだろ。

 まだ幼いジフバンヌが母親らしい人にしがみつき、オレンジのちっこい目でその手の動きを静かに追っている。茜じゃないが、そんな光景を目の当たりにすると、またまた熱いモノが込み上がってきた。

 俺も何かやれることはないかな?
「あ…………」
 俺の脇に張り付いたままじっとしたままのシムと目が合った。
 今なにか読み取られたな。

 何も考えないことなどできるハズがない。焦れば焦るほど。次から次へと色々な思考が巡ってきて慌てた。
 とにかくこの静けさが悪いんだ。だからいろいろ考えてしまう。
 誰か、何か言ってくれ。

 シムと取り残された俺は途方に暮れた。
 何かしないと俺の考えがどんどんこいつに流れて行ってしまう。

「あ、あのさ。俺の名前はユウスケって言うんだ」
 まずは自己紹介でもすることにした。

「……………………」

 誰も何も言ってくれない。

 シムは淀みの無い清涼な面持ちを月明かりに晒して、静かに呼吸しているだけ。
 ジフバンヌの集団も無言を貫き通していたが、そのうち手の動きを止めて、オレンジの目玉が何かを探るようにこっちに移動してきた。

 シムの手が、俺からそっと離れた。
「べ、別に怪しいもんじゃない。俺は……」
 彼女が動いた。
 何か言いかけた俺の唇に白い指を当て、その指を空に強く突き示すと、体を回転させて俺の周囲をまるで踊るような仕草で手を振り、フワフワと舞い続けた。

「手話か? それって言葉なのか?」
 俺の言葉はシムには通じるようで、うなずいていた。やがて村人の一人が自分を指差し、
「な、う、だ……んが」
 言葉ではなく声だった。
「で、ぎゅ、が」
「ざぬ、ご、う、い……だぁ」
 次々と交互に声を出すが、コミュニケーターはどれも言葉として解釈してくれなかった。

「ジフバンヌは教育を受けてないから、ちゃんとしたザリオン語は話せないんだよ」
 と言ってマーラが林の奥から出て来た。ベコベコにへこんだナベを両手で持って、茜も傷だらけのカップを重ねて後ろを付いて来る。

「みんな。おまちどう。ご飯だぜ」

 わぁっと、村人が茜の前に群がった。
「あ、はい、はい。お食事の器ですよ。順番にね。人数分ありますから慌てないでくらさーい」
 銀龍の食事担当をこなす茜には慣れた状況のようだが、それにしても食事の粗末なこと。ほとんど原型を留めないほど煮込まれたトロトロの物に菜っ葉らしきものが浮かんだだけの物だ。

 それでもマーラからカップに注いでもらっているあいだの嬉々とした表情。
 またもや熱い物が込み上げてきた。そしてまた茜が涙を浮かべて赤い顔をしていた。

 給仕をマーラに代わらせて、震わせた声を上げた。
「コマンダー。この人たち、このお食事を2日も待っていたんですって……」
 いきなり俺の胸に顔をうずめて、
「こんなことあり得ません。ザリオン人はみんな毎日おいしい物を食べています。なぜ同じ人種なのに、この人たちは、この人……」

『警告! エモーションチップがオーバーロードです』

 おいおい。管理者製のアンドロイドってこんなに感受性が鋭かったか?
 俺は自分であり得ないことをつぶやいていたことに驚いた――感受性豊かなロボットって、なに?

 間違った方向へ進化したカエデ。Gシリーズも似た傾向があったが、明らかにアカネは異なっている。例のクオリアポッドとか呼ばれる器官が及ぼしてのことなのか……。あー。ここにシロタマがいたら即答してくれるんだけどな。
 いつもとは思えない思考が浮かんできたのも、やはり俺も少しは影響を受けたのかもしれない。

 しばらくハグしてやると、アカネは落ち着きを取り戻し、再び村人の世話に戻った。
「あ、はーい。まだお代わりありますよー。たくさん食べてくらさーい」

 はー、やれやれ。

 疲れた肩をグリグリ回していると、年老いたジフバンヌがカップを持つ手もおぼつかない仕草で俺に歩み寄り、何か言葉を掛けてきた。
「ウ-。あ、ガッ、ドゥジ……ヌ」
 もちろん俺のコミュニケーターは言葉として解釈はしてくれない。

 だけど茜のCPUはさらに上を行くのか、
「コマンダー。お水飲むかと尋ねていますよ」
「え? ああぁ。ありがとう。今は大丈夫さ」
 ひとまず笑顔で応対する。

「アァー、うぃうー」
「遠慮するなって言ってます」
「お前、よく分かるな」
 ミカンの言葉も理解するぐらいだから、この辺りはすごいぜ。茜。


「食べなよ」
 マーラが欠けたカップに入れた食事を俺の前にも差し出した。
「い、いや。俺はいいよ」
「ジフバンヌのご飯だからって、汚くねーぜ」
「おい、そんな気はねえよ。変なこと言うな。ただ俺の分を、ほらあの小さな子らに与えたほうがいいかと思ってな」
「へへ。神様らしい言葉で安心した。でもね、ここの人らは自分のことより他人の心配をするんだ。それにこの食事はレイヤーの分をもらってるから気にしなくていいぜ」

「シムの?」

「そうさ……」
 言葉を止めて、辺りを見渡すマーラ。
 再び吐息と共に、
「ほら・神様、よく見てくれよ。ケイゾンの森を……」
「あのさマーラ。俺ウソ言っていた。俺は神様じゃないんだ」
「そんなこと無い。シムが間違えるはずがないんだ」

「あはは。わりい。たぶん初めて間違えたんだ……そうだな神様の経験者なら、ほらあそこでニコニコして鍋を掻き回してるアカネだ」
「あの子が?」
「ああそうさ。ほら可愛い顔して天使みたいだろ。あいつはその昔、ドゥウォーフの白神様だったんだ」

 3500年も前の話だけどな。

 マーラは「ああ」と首肯すると、
「昔、観光客が言っていたよ。管理者の先祖、まだドゥウォーフと呼ばれていた頃、滅亡しかけた人々を救ったのが白神様だって」
 マーラは、へらへらと笑い出し。
「すげえよ。ケイゾンは神様ばっかりが集まって来るんだ」
「どういう意味だよ?」
「ほら、見てみなって。森を」
 マーラは片手で森を示し、片手でシムを抱き寄せた。

「アタイたちはゴミを集めて生活してんだ。知ってるだろ」
「ああ……知ってる」
「選り好みなんかしてない。ゴミなら何だって拾って帰る。それでジフカの町はゴミ一つ落ちていない。な。生ごみだって、紙屑だって、ガラクタもさ」

 そう言われて、あることに気づいた。
 マーラがすみかにした場所は確かに紙屑や、金属、ガラスなどのガラクタが積み上げられている。この村も同じでゴミ屋敷だが清潔だ。そう生ゴミがまったく見られない。かと言って今配った食事に化けた気配も皆無だ。嫌な臭い一つなく、むしろ食欲をそそる香りが立ち込めていた。

「無機質と有機質に分けてるんだ」
 ジフバンヌは知能が低いのではない。たんに虐げられているだけだ。仕分けは機能的に分類されて、ゴミを無機質と有機質とに大別して、無機質は綺麗に洗われ整理されて保管されるようだ。電化製品のガラクタがここには見当たらないが、マーラたちの秘密の部屋に詰め込まれていたのを思い出した。

「電化製品をここに保管しない理由は?」
「電気で動く物は雨に弱いだろ」
 と言った後、シムに袖を引っ張られたマーラ。じっと清水の源泉みたいな瞳の奥を覗き込み、
「そっか。神様には本当のことを言ってもいいよな」
 こくんと細い首をうなずかせるシム。

「何の相談だよ?」

「教えてやるよ。ケイゾンに入るとなぜかコンピュータ制御の製品はみんな止まるんだ。でもシムが触ると故障が直る。でも内緒さ。知られると大勢やって来るし、アタイたち儲からないだろ。だって町でまた売れるんだぜ」

 マーラの説明を聞いて、無線機が無用の長物になっていた理由が解った。こいつもCPUで制御される装置だ……。
 ようするにケイゾン内部には、なんらかの特殊な磁力線が出ていてCPUを狂わす。だけどそれをシムはコントロールできる能力を持っているんだ。でもって認証ロックされた茜はさすがに再起動できなかった。その代りその未知の影響でクオリアポッドの機能が高まってさらに感情的になった……これなら全部が説明できる。

 ならコミュニケーターが機能するるのはどういうワケだろ。
 いくらシロタマが優秀でもCPU無しで、ゼンマイ仕掛けの万能翻訳機は作れないはずだ。
 だったらマーラの話す言葉が解釈されるのは、どういう理由だ?

 首を捻って考えた。俺の稚拙な脳で出した答えは、たぶんシムのテレパス(精神感応)とテレパシー(精神伝達)のおかげだろう、と。
 俺はシムを通してマーラと会話をしている……じゃないかな。この辺りもシロタマ大先生に聞くしかない。


「それでね……」
 とまぁ、勝手な推論を転がしていたら、
「神様、聞いてる?」
「あ? あぁわりぃ。考え事してたよ」

「あのね。生ゴミは森に還すんだよ!」
 とマーラが叫び、俺を森の奥へと引き摺って行った。

「生ゴミは地面や木の根もとに還す。そうするとキノコや食べられる葉っぱが生えてきて食べ物に変わるのさ」

 次に森の中をたゆんでいる清流へ駆け出し、
「トイレはここだ。小魚が食べてくれるんだ。間違っても他の場所で用を足すなよ。そしたらレイヤーの神様に叱られるからな」
「レイヤーの神様?」
「怒ったら怖いぜ。ザリオンの攻撃よりもっとすげえビカビカが空を走るんだ」
「ビカビカって?」

「ビカビカって言ったらビカビカさ。こうバーンって空から落ちて」
 全身を使って説明してくれるのだが……たぶん稲光だと思う。

「それでさ!」
 またまた、さっきの広場に引き戻され、
「ルールを守ればレイヤーの神様は優しくアタイたちを守ってくれて、ご飯もくれる。シムはそうして来たんだって。みんなアタイに教えてくれた。だからアタイたちは代わりにレイヤーの欲しいものを探してくんだ」

「それじゃあ。惑星にいるジフカリアンの人たちを全員ここにお誘いすれば、あんなひどい目に遭わなくても済みますね」
 いつから茜が横にくっ付いていたのか気が付かなかったが、潤んだ丸い目が森の木々に巡らされていた。

 マーラの話を聞いていて、頭の中に『循環』という言葉が灯った。
「まさか……。ここはビオトープか!」
「トープってなに?」
「循環する生態系だ」
「神様は難しことを言うんだな」
「ま、シロタマほどじゃないけどな。それと何度も言うが、俺はユウスケって言って神様じゃない」

「でもコマンダー。ビオトープだとしたら、バランスが難しいですね」
 まぁ。茜はタダのバカじゃない。その辺りの知識はあるようだ。

「そうさ。生態系のバランスが命だからな。崩れたら終わりだ」
「じゃあ。ジフカリアンの人たちを大勢連れて来たら……ダメですね」

「マーラ。きみら以外にケイゾンに入り込んでるジフカリアンはいないのか?」
「よく解らないけど、シムはこの星の人だけが出入りできるって言ってた。ジフ、ガッバンヌはザリオンの血筋だから入れないみたい」
「ジフバンヌだけが入れる……。キミらがこの星の種族とでも言うのか? 俺の聞いた話ではジフ、ガッバンヌもジフバンヌも同じジフカリアン。ザリオンの血筋だと」
 マーラは笑いながら頭を振る。
「ジフバンヌとよく似ているけどアタイたちは違うんだ」
「じゃあ、マーラは惑星ザーナスの出身者じゃないのか?」
「そうだよ。代々、ここジフカさ」
 やはり思っていたとおりだ。ずっと溜め込んでいた疑問が解けた。マーラたちジフバンヌはザリオン人とは別の種族ではないのか、という疑問だ。

「ザリオンが勝手にジフ、ガッバンヌを奴隷として連れて来て、アタイたちと一緒にしてジフカリアンと呼んでるだけさ。誰も聞く耳を持たないけど、アタイたちはジフバンヌなんだ。ザリオンじゃない」

 マーラの主張を聞いて目の前が開けた。オレンジ色の虹彩だが、どう考えても優しげな体形は違う進化を遂げている。よく観察すれば解るのに……。
「ひでえなぁ、ザリオンの連中。なんか違うところに憤りを覚えそうだぜ」

 脱力気味に今度はシムに振り返り、
「きみらの種族は何人ぐらいいるんだ?」
 シムは青白い顔に戸惑いを浮かべつつも、マーラの澄明な瞳を覗き込む。

「森の深部に散って暮らすのでよく知らないって」

「せっかくみなさんが安心できる土地があるのに……」
 悲観して肩を落とす茜と俺。
「ほんとだな……」

 そうさ。俺と茜のポンコツコンビでは何もできない。
 悔しいけどお手上げだ。

 でもな――。

「まぁ。待て。シロタマを連れてきて調査させよう。もしかして、グランド・ケイゾンの面積が変化すると言うことは、どこかにコントロールする場所があって、生態系の規模に応じて動くのかもしれない」

「えっ。ほんとですか?」
 胸元で手のひらを合わせて、嬉しげに茜がぴょんと飛び上がる様は、こちらの気分まで明るくしてくれる。

「あぁ。まだ確定していないが、これだけの大規模なビオトープだ。このままにしておくのはもったいない」
 俺はマーラからもらった雑炊みたいな食べ物を一気に啜った。それは程よい塩加減で抜群に美味い物だった。
 自然食品だから不味(まず)いワケが無い。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 その後。少し眠りについていたが、いつの間にか空が白々してきた。
 ケイゾン内部は寒くも暑くもなく、快適な環境なのは調べなくたって確実に肌で感じる。

 ゴソゴソと起き出したマーラが身支度を終え。
「シム。アタイ仕事に行く時間だ。出してくれる?」
 すぐ横で転がって眠るシムの肩を揺するので、
「ケイゾンの外に出るのなら、俺たちも頼む」
 マーラは虚しく首を振る。
「シムの力ではアタイしか移動させられないの」
 テレポートもできるのか。

「明日、ゲートが開くから。アタイがレストランから帰って来るまで待って。レストランのオヤジってさ、意外と羽振りがいいから、ザリオンのくせに、アタイを自由にさせてくれるんだ。夜、早い目に帰って来るから、そしたら必ず出してあげる」

 裏で覚せい剤の売買をしてんだから、羽振りはいいはずだ。

「わかったよ。じゃあ待ってるぜ」
「いってらっさ~い。マーラちゃん」
 久しぶりに味わう温かい空気を吸い込み、気分が爽快だった。


 だがその夜、マーラは帰らなかった。



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