【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 4月28日(金)

ジフカまでの長い道程


「おはよー」
 背中に憑いていた悪霊をユイねえさんに追っ払ってもらったかのような、爽やかな声を出して仮眠室から顔を出した姐御。

 オレたちも同じ部屋で寝られるとは思っちゃいねえが、マジで厳重に鍵を閉めやがった。しかもユイねえさんが寝ずの番だ。オレたちゃ猛獣じゃねえんだから、何もそこまですることは無いだろう。

「何言ってんの。シャトルはザリオン船の格納庫に停泊させられてるのよ。どこから侵入されるかわからないでしょ」
「乗降口はちゃんとと閉まってやすぜ」
「相手はザリオンよ。ちょっとした隙間からでも入って来るわ」

 ゴキブリじゃねえんだ。空気も漏れない宇宙船のどこからザリオンが侵入して来るんだと言いたい。

「あ、おはようございます。姐さん」
 ヤスも船と語って朝を迎えている。おかげで一晩中うるさくって、オレも寝不足だ。

「あにい。おはようございます」
 シャラくせえ野郎だ。先に姐御から挨拶しやがったな。オレはついでかよ。
 ま、そんなちいせえことは気にしない。

「ああぁ、オハヨぅさん」
「寝不足で?」
「そうだ。ほとんど寝てねえ」
「そりゃ、後部座席ですからね」

「……………………」
 座席はフルリクライニングだ。ほぼベッドと化する。だから寝心地は最高に良かった。

「で? お前らの調子はどうだ?」
「へい。おかげさまで、ほぼ学習は終わったので、シロくんの神経インターフェースは外すことができやす」
 オレより賢くなっていくのは、ほんのちびっと寂しいが、ここは兄貴として太っ腹なところを見せておかなくてはならない。
「そうか。エライぞ、ヤス。その意気でニュータイプの走り屋を目指してくれ。オマエの腕が磨かれりゃぁ、オレも安心というものだ」

 玲子ねえさんがオレの肩をポンと叩いて、
「さすが、組長候補のカマイタチじゃない。懐(ふところ)が大きいわ」
「そ、そーすか?」

 カマイタチって言うな――。

「それより、朝ごはん頂こうよ」
 それよりって……。
「んげっ!」
 振り返って仰天満開だ。豚の丸焼きが『でっかい大皿』に載っていた。
 堂々と重ね言葉を使っちまうほどに大きな皿だ。それに豚が一匹、丸焼きだぜ。
「艦長からの差し入れです」
 俺たちの前に運び込まれてきて、部下が平然と告げてそこから去った。

「朝っぱらからこんなもん、誰が食えるんだよ!」


「…………………………」
 食っちまいやがったぜ。

 こいつらどんな腹してんだ?
 ま、ヤスと姐御が大食いなのは知っていたが、おしとやかなユイねえさんが、豚の太腿に食らいつく絵は見なけりゃよかったな。百年の恋も冷めちまうぜ。

 そうだ。メモしておこう。
 霊能力者は大食い……だと。

「それより、これ豚じゃねえんだ」
 食い終わってから言うのも何だが、アバラだけになった胴体にくっ付いた頭部をよく見て気がついた。鼻と額の中間辺りから長い角(つの)が一本突き出ていた。

 サイか……小さくてもサイだ。

 それを食っちっまたかと思うと。
「うー。胃がモタれるぜ」
 とにかく朝はご飯と味噌汁派なんだ、オレは。

 細かい愚痴をこぼしているところへ、
「1匹で済むとは。オマエら小食なんだな」
 と言って入って来たのは片目のザグル艦長だ。一宿一飯の恩義を受けた、この船でいっちゃんエライお方だ。

 最近の若い者(もん)は当たり前だと思って、挨拶もしねえ奴が多いが、この辺りのところをオレたちヤクザは重んじるんだ。
「組長さん。ゴチになりやした。この恩義、生涯忘れやせんぜ」
「ゴチです。組長」
 礼儀にはうるさいオレだ。ヤスも続いて頭を深々と下げた。

「遠慮するな。ところでクミチョウとは何だ?」
「船の長(おさ)、ようするに艦長って言う意味よ」
 オレの後頭部をぽかりとやって、急いで割って入る姐御。

 昨夜、寝る前にヤクザ言葉禁止になったばかりだった。シャトルの言語マトリクッスがそっち系に偏るのと、シロくんが覚えるのが嫌だと言う。
 でももう遅いと思うんだが……。
 乗降口から上がって来たシロくん。
『クミチョウ! そろそろ出発しないと、ケツ持ちがうるせぇ、ってヤロウどもが騒いでヤスぜ』
 な。もうどっぷりだろ。

 こっちにくるりと旋回して、
『アネゴ。準備はいいっスか? 行きヤスぜ』
 その姿を白い目で見たレイコ姐さんから、またもや張り倒された。
 な……なんで?
 オレたちの平常的な語(ことば)なのに。

 ズキズキする後頭部を摩りつつ、
「それで……何で組長、じゃなかった、艦長がここに座ってんすか?」
 後部座席の前2列をフルリクライニングにして、計、4席を使ってふんぞり返るザグルの旦那に尋ねた。

「特別行政区域へ連邦軍の艦隊が入るには、色々と難しい問題があるんだ。こういう小さい民間機で忍び込むのが最もいい」

「ねえ。特別行政区域って何なの?」とレイコ姐さん。
「そうそう。何すかそれ?」
 安も操縦席から首をひねり、聞き耳を立てる。

「うむ。あまり他種族の前で公(おおやけ)にするコトではないのだが……」
 言いにくそうに言葉を濁し、周囲を窺ってから、
「ザリオンは強い遺伝子を残そうとする種族なのは理解しているか?」

 あ? オレに訊いてんのか?
 オレンジの眼玉がこっちに向いていた。

「痛いほど理解してやすぜ」
「うむ」
 ひとまずうなずいてから、
「繁殖は自然の摂理だ。どうしても弱者も生まれてくる」
「そりゃあそうだな。でなきゃ、世の中、オレらみたいな連中ばかりになっちまったら、収まりが利かないだろうな」
「ザリオン星ではどうなってんの?」
「惑星ザーナスだ!」
 ぎろりと睨んでから、
「捨てる……」
 初めてザグルの囁き声というのを聞いた。

「え? 聞こえないよ」
「ヤス、船と喋るのはいいが、もう少し音量を落せ」
 姐御は顔を近づけ、オレはシャトルの操縦席に声をかける。
 別にヤスたちの声が大きいのではなく、ザグルの声が小さいからだ。

「弱者はジフカに捨てるんだ」
「ジフカ?」

『ザリオンの母星、惑星ザーナスから2.1ライトアワー(光時)離れた位置にある天体、ジフカです。環境はほぼザーナスと同等ですが、進化の止まった星で、ザリオンの行政区域内にもかかわらず、ほとんど近寄る者もいない特別な地域です。そのため現在は他の天体からの逃亡者や犯罪者の温床と化しています』

 ザグルはぎろりと片目でシロくんを見据え、
「言いたくないことを代わりに説明してくれるから、こいつのおシャベリもたまには役に立つな」
 牙の端からちらりと小気味悪い笑みをこぼした。

『ザリオンから廃棄されたジフ・ガッ・バンヌは、ほとんどがそこで奴隷として扱われ……』
「もういいだろ、タマ野郎。それはオレたちの恥部だ。これ以上曝け出さないでくれ」
 言葉を遮るザグルの肩がやけに小さく見えたのは、驚きだった。

「ジフ、ガッバンヌって何ていう意味っすか?」
 船との会話を中断していたヤスが、遠慮がちに訊いてきた。

「ザリオン語で、弱者という意味だ」

 どうやらザリオンは強い者しか育てないらしく、途中で挫折した者や生まれつき身体的に弱い者はそのジフカという惑星に捨てられる――なんと非道な連中なんだ。オレが言うのもアレだけど。

「昔から作為的にそれをやってるのか?」

 ザグルは、突き出た顎を遠慮気味に前後させ、
「ああ、そうだ。だが奴隷ならまだマシだ。何とかメシにはありつけるんだからな。奴隷にもなれないヤツはゴミ集めや残飯掃除などをして、かろうじて生きている」

「ムチャクチャだな。そいつらのことを考えないのか?」

 一つしかないオレンジの眼玉を閉じて言う。
「オレたちは戦士だ。戦えない者は死を選ぶか……奴隷となって生涯を閉じるかしかない。奴隷にさえもなれないヤツは仕方ない」
「あんたら、おっそろしい種族なんだな。自分たちの仲間が可愛そうだとは思わないかよ?」
「……思わない。殺してしまわないだけマシだ。ハバラゾーム星系へ行ってみろ、平気で殺してしまう種族と出会える」
 ザグルの言葉で船内が凍り付いた。俺たちの倫理観とあまりにかけ離れた世界。ヤクザ界がまともに見える

「母国から捨てられた上に、今度は奴隷として生きて行くのね……。何とも気の毒な一生だわ」
「同感だぜ」
 さっき食ったサイの肉がやけに胃の中で重く沈んできた。食後に聞く話じゃなかったな。

 ザグルは溜め息と共に、
「もともとジフカには、ザリオン帝国が栄えるさらに数万年前に進化した先住民族がいた。理由は分からないが惑星の一角だけを負の次元フィールドで囲い、外から入れぬように封印した地域を残して、その星を発っている。たぶん何かを保管してあると思われるが、誰もそこには入れないのだから、真実は闇の中だ。それと先住民はこれまで一度も戻って来ていない。もっとも今のジフカを見れば戻る気にはならないだろうな、何しろ……」

 嫌なところで区切りやがったな、ザグルの旦那。

「何しろ……何よ?」
 姐御が白い顔に疑問を浮かべて覗き込んだ。

「今じゃ、バケもんの巣窟だ」
 アンタが言うんだから相当にヤバイ星なんだ。何だか急に行きたく無くなった。

『遺伝子操作などで失敗したミュータントの廃棄場所としても有名な天体です』
 バジル長官が言っていた、ゴミ捨て場ってそういう意味か。

《ザグル。そろそろ出発しろ。一刻も早く救いに行かなければ、ヴォルティ・アカネとて不死身ではない》

 怖いバジル長官の顔がキャノピーに映って、飛び上がりそうになった。
 ヤスが首をすくめて操縦席の隅に逃げ込んだ。
 ったく根性のねえ奴だ。

「ああ。分かった。今から出る。それとオレが連絡するまで艦隊は手を出さないでくれ」

《わかっておる。提督の目があるからな。だが困ったことがあれば必ずワシたちを呼ぶんだ。5分で駆けつけてやる》

《ザグル。オレも行きたいが、その船は狭すぎるんだ》
 今度はティラノくん。あんたに来られたら、オレの座るところが無くなっちまう。

《ザグル……》
「どうした、アジルマ?」

《生きて帰って来いよ》

 いぃぃぃぃ!?

「ああ。無事に帰れたら、ブラッドワインをおごってくれ」
《いいぜ。樽ごと買ってやる》

 ちょ、ちょっと……。
 それって、今生の別れって意味っすか?

 な、なんか、もっと行きたくない気分になったんだけど……。
 ちょっと考え直しやせんか、姐御?

「さぁ。ヤスくん。出発して」
 あ、アネゴ……。
 オレの意見はスルーっすか?




 流れ去る流星のようなの速度で、シャトル・ユースケはザリオン艦隊の停泊地を離れた。巨大なタンカーの隙間からミツバチが一匹飛び立ったようだった。

『惑星ザーナスからジフカまでなら巡航速度で約4時間12分ってとこだな』
 何とも言えない重々しい静寂に沈んだ船内に、シャトル・ユースケの声がやけに明るく響いた。

 惑星ザーナス……。ザリオンたちの母星だと言う。
 さて。結局ここはどこだろ。だいたいコルス3号星が、どの辺にある星かさえもよく分かっていないのに、ザリオンの船で連中の母星にワープされ、そこからシャトル・ユースケで4時間12分のジフカへ行く。近いのか遠いのか。まったくよく解らん。

「このスピードでは少し速すぎる」
 唐突にザグルが唾を飛ばした。

「さっさと行ったほうが、よかねえか?」
 と問うオレによく解からないことを言う。
「だめだ。亜光速で飛ぶヤツは撃ち落とされる」

「なんで?」

「速さは強さなんだ。ここから先では目立つことをするな」
「ちょっとぉ。じゃあ今日中に着かないじゃない」

「我慢しろ。そのために食糧庫にギルドを連れて来てある」
「ギルドって何だよ?」
「食糧の肉だ。今朝食ったろ?」

 うぇっぷ。またあのサイを食うのか。ご飯はねえの? パンでもいい。
 気の毒そうに首をすくめる姐御。ワインは積んでいるくせにそれ以外は何も無い……酒屋の倉庫みたいな宇宙船だな。シャトル・ユースケ。

「それじゃあ。どれくらいのスピードで飛んだらいいんっすか?」
 すっかりパイロット然として受け答えするヤス。板に付いて来た感、満載だ。

「光速の5パーセントがギリだな」

『時速5400万キロなら42時間だ。到着は明後日だな』

 げぇぇ………。ちょっと堪忍してくださいよ。もううんざりだぜ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 5時間経過――。
 たったの5時間でオレは死んだような気分だった。
 6席もあるシャトルの後部座席の4席を占領したワニと恐竜を融合させた巨漢のザグルが、オレの後ろから無言の圧力を与えてくる。長ドスを抜いた野郎が、背後に立ったのと同じ圧迫感を覚え、数秒と落ち着かない。

 こんな鬱陶しい奴と、この狭いシャトルの中で2日も過ごすのかと思うと、どんより沈んでくる。


 それでもさらに数時間も経つと、その空気にも慣れ、今度はぼんやりと外を眺めていた。
「何で星が横に伸びてんだろ?」

 キャノピーの外に広がる虹色に細長く伸び出した星の光を見つめて、気を紛らせていると、ザグルが操縦席に向かってつぶやいた。
「それは亜光速に近いからだ」
 と言った後、大きく吐息をして、

「オレは……今回の任務ほど志願したことを後悔しておる」

 姐御は化粧直しだとか言って奥の部屋に戻ったし、ユイねえさんはずっとエアコンの前だし。
 ヤスはご機嫌なようすで操縦桿を握り、シャトルのキャノピーに視線を固定している。となると今の言葉はやっぱりオレに投げ掛けて来たんだ。

「志願したんなら自分から望んだんだろ。オレたちは拉致られてここに来たんだぜ」
「ふははは……」
 ザグルは楽しそうに笑い、
「警察に追われてたらしいな」
「ああぁ。そうだ」
「何をやらかしたんだ?」
「敵のアジトを爆破して来た」

「ぶははははははははは」
 今度は腹を抱えて笑った。

「オマエ、悪人なんだな」
「あんたに言われたくねえぜ」
「オレたちの褒め言葉だ。よろこべ」

 素直に喜べねえよ。

「オレには二つの任務がある。一つはヴォルティ・アカネの捜索だ。これは当然だ」
「なぁ。ヴォルティって何だよ?」
「オレたちより強い奴を神と崇める。それがヴォルティだ」
「3人の女神か……。あんたらにしては洒落てるな」

 ザグルはしばらく目を閉じ。
「ザリオンに女神などあり得ん。ザータナスは戦いの神様で、オレはずっと男だと信じてきた。だが性別は定義されていないことに気づいたんだ」
「シラガネさんのことはよく知らねえが、姐御には誰も勝てねえぜ」
「ふははははは。承知しておるワ」

 ふっ。
「オレも承知してるぜ」

 こんな宇宙の果てでワニと共感するなんて、何かおもしれえな。

「もう一つの任務ってのは何だよ?」
 豪快に笑っていた顎をぱたりと閉じ、マジな声に戻してザグルは言った。

「提督の裏の顔を暴くんだ」

「裏の顔?」
「ああ。行けば分かるが、ジフカに入るにはゲートを通る。本来はザリオンではない生命体の不正廃棄を防ぐためなのだが、金を取ってそれを黙認しているらしい。だからミュータントの廃棄場となり果てた……」
 ぎろりと尖ったオレンジの目玉が動き、俺を見て言う。
「それを裏で操ってるのが、最高評議会の総裁、つまり提督だ。それを暴けば、バジル長官の総裁の決定は確実となる。だから奴の不正を暴くのが、裏の任務だ」
「裏とか表とかややこしいな」
「賄賂、ピンハネなどザリオンの精神から最もかけ離れている。オマエらの殺人に匹敵する悪逆な行為だ」
「人種間の隔たりを感じるぜ……」

 ザグルはふっと鼻を鳴らしたっきり、黙り込んだ。
 思ったより、こいつらはまともな生き物だ。オレが言うのもナンだけど……ニュータイプ極道になるまでには厳しい試練が待ち受けていそうだ。

 そんなところへワインを持って来たレイコ姐さん。
「休暇だと思えばいいのよ。飲む?」と誘われて吹っ切れた。

 俺たちに明日はねえ――。

 姐御に付き合って、丸一日掛けてワインを飲んだ。
 ユイねえさんの料理の腕もたいしたもんで、あのサイ肉が美味く食えたのは驚きだ。しかし料理をするとき以外は、一時(いっとき)もエアコンの前から離れようとしなかったことを付け加えておこう。



『ザグルの旦那。ゲートの監視塔から通信が入ってるぜ』
 と言う、シャトル・ユースケの声で目が覚めた。
 いつ眠りに入ったのか、何時間寝ていたのか、それすら記憶がない。完璧な熟睡状態だった。

「ふあぁぁ。気分爽快だ」
 後部座席で背筋を伸ばすオレにザグルが告げた。

「オレとヴォルティ・ユイは面が割れてるので隠れなければマズい」
「あなたの身体を隠すような部屋は無いわよ」
 と言うレイコ姐さんに苦笑を浮かべるザグル。

 奴はちょっと考えて、
「シャトル・ユースケ。通信の映像を床に固定しておけ」

『いいのかい? 相手に舐められるぜ』
「故障中だと言っておけばいい。恒星間飛行ではよくある話だ」

『了解した、ザグルの旦那。カメラの向きはヤスの手元辺りに固定しておくから、あとは適当にごまかせよな』



《航行中のシャトル、聞こえるか。こちらはザリオン帝国特別行政区域保安課の者だ。速度を落として、3万キロ先にあるマーカーで停船するんだ》

『何だか居丈高な野郎だな。どうする旦那。突破しやすか?』
「バカヤロ。目立つ行為はするな。指示に従うんだ」
 ザグルはシャトル相手に小声で凄み、オレはそんなザグルの横顔をすがめる。
 お前は組長か……。

《何だそのカメラ。室内を映せ! 危険物を運んでないだろうな》
 こちらのビューワーに映った姿。前に突き出た口からまばらに見え隠れする牙。ゴツゴツの鱗に覆われた肌。鋭く相手を射すくめるオレンジの眼玉。ひと目でザリオンだと分かる。

「わりぃっすね。昨日、流星雨に遭った時にカメラの位置がずれちまったんだ。後で直すよ。いま手一杯なんだ」とヤスが応え、
《まぁいい。今スキャンしたが危険物は積んでないようだな。で、今回の接近目的を述べよ。着陸を希望するのか? それか遊覧目的か?》

「へっ。バカ言うな。こんな薄気味悪い星で遊覧する奴がいるかよ。オレたちゃ、はるばるアルトオーネからやって来たんだ。着陸するのに決まってんだろ」

 なかなかアドリブが利く奴だな。さすが元族頭だぜ。

《アルトオーネ? 星間協議会に所属してないな。聞いたことが無い……。ま、どこでもいい。金さえ払えば来るもの拒まずだ》
「金は取らないはずだ」とザグル。

「おい。ザリオンの特別行政区域だろそこは? なんで着陸するのに金をとるんだ?」

 いい感じだぜヤス。

《オマエらの目的などお見通しだ。おおかたミュータントでも捨てに来たんだろう。それとも囲まってるバケモンでも逃がすのが目的か? ザリオンではそれを認めていない》

 と言った後、ワニ面(つら)をカメラに近づけ、無骨な笑みをそれへと灯し、
《袖の下って言葉を知ってんだろ? それで目ぇつむってもいいぞ》
 兵士は素知らぬ表情に戻して、椅子に座り直した。

「卑劣なザリオン兵だ」
 ザグルが牙を噛みしめる音がした。

 ヤスはザグルの様子をチラチラ窺いながら、
「お前ら、そういうやり方は、死ぬほど嫌ってんじゃないのか?」

《昔のしきたりはここでは通じない。今は新しい流れになってんだ》
「おいおい。オレたちはここに来る前にザリオン連邦軍のお偉いさんに多額の寄付を払って航路の許可を貰ってんだぜ。まだ払うのかよ」

《お偉いさんって誰だ?》
「知ってるくせにとぼけるなよ? 連邦軍一番のお偉いさんだ。知らないのかよ? 提督に決まってんだろ」

《へっ。あのオヤジめ、先に徴収するときは連絡するとか言って、忘れてやがるな。くそタヌキ!》
「そうさ。オレの知り合いから手を回してもらったんだ」

 立ち上がりかけたザグルの肩をいつもの模造刀で抑えて制する姐御。
「静かになさい。今、あなたが出たら、ヤスくんの苦労がおじゃんでしょ」
「ぐぉぉぉ……」
 牙を折らんばかりに噛みしめて、もう一度、座席を軋めつつ座り込んだ。

《ま、オマエが真実を言うとは限らんから。悪いがやっぱりタダで通すわけには行かない》
「おいおい。問い合わせてくれよ? 二重取りされるとは聞いてないぜ」

 勝負に出たヤスの横顔を固唾を飲んで見つめる。嫌な汗が背筋を伝わるが、
《そんなこと訊けるか。提督はお忙しい方なんだ。じゃぁ。気の毒だから少しはマケてやるよ》

 ふっ……。
 不覚にも微笑してしまった。
 緊張の頂点に立っていた操縦席に弛緩の空気が浸透し、ザグルのでかい肩が静かに沈んでいく。

「しかたない。ここでゴネて追い返されても困るし。そういうことなら払うよ。いくらだ?」
 冷や汗モノだったが、最高評議会の幹部が賄賂に関与していたことはこれで決定的だ。抜け目のないザグルのことだ、おそらくこの会話は記録されているに違いない。

 そんなこととはツユ知らず、監視塔のザリオン兵は、いけしゃあしゃあと言い切る。
《賢い選択だ。オレたちのバックにはザリオン連邦軍の幹部がついてることを忘れるな》
「分かってるよ。オマエら怒らすと怖ぇからな」

《ふふっ。賢明だ。で、代金だが、大きさと重さによるな。オマエらが連れてきたミュータントはどんな奴だ?》
 今にも爆発しそうなザグルのぶっとい腕を押さえて姐御がずいっと前に出ると、近くをふらついていたシロくんを鷲掴みにして、カメラの前に突き出した。
「これがそうよ。大きさ10センチ。重さゼロよ。浮かぶんだモノ」
 向こうにもそれが映ったようで、

《しけたバケもんだな。そんな物、そこらの宇宙空間に捨てておけばいいじゃねえか》

『対ヒューマノイドインターフェースは量子フィールドに包まれた高機能人工生命体です。遺伝子操作で作成された……むぎゅ』
 途中で姐御のふくよかな胸の辺りに突っ込まれ、シロくんは会話を遮断。その様子をオレとヤスは思わず凝視する――嫉妬の目線でな。

《1センチ1000ギルだから、1万のところを8500ギルでどうだ?》

 それがどれぐらいのものかはよく分からないが、ザグルの旦那の片目が(片目しかないが)ピクリと吊り上がったところを見ると、かなりの高額なのだろう。

「分かった。で、どうやって払うんだ。銀行振り込みか?」

《バカヤロー。銀行を通して、袖の下を送るバカがどこにいるんだ。こういうものは、いつもニコニコ現金払いだ!》

「でもオレたち持ち合わせが……」
 ぐいっとヤスの腕を引くザグル。
 ポケットから札束を出し。一枚抜き取り、
「釣はイラねぇと言っとけ」
 おどろおどろしいデザインの紙幣をヤスが受け取り、カメラの前に突き出す。
「ほらよ。オレたちのスポンサーは気前がいい。釣はいいそうだ。あんたのポケットマネーにしとけよ」

《へへっ。そうか悪いな。気をつけて行けよ》
 ヤスの手に摘ままれていた紙幣が、滲むように空中へと消えて行った。

「なるほどな。紙幣だけを転送できるんだ……」
 オレの声がポツリと響き、兵士の映像も同時に消えていた。

「ふーー」
 誰ともなく溜め息を吐き、
「ザグルの旦那。いい映像(え)が撮れたんじゃねえか?」

「ああぁ。今回はオマエらに礼を言わねばならないな。うまくあの言葉を誘い出してくれた。助かったぜ」
「ヤス。お手柄だぜ。オメエ慣れてやがるな」
「以前、交通課のクソ野郎を嵌(は)めてやったことがあんだ。その時とよく似ていたんでさ」

「ねぇ、みんなー。バジル長官の提督就任をお祝いして、一杯やる?」
 ワインのボトルとグラスを持ち上げ、朗らかにそう告げる姐御。

「おいおい……」
 ザグルの旦那と揃って、桜色の顔をマジマジと眺めるのは当然だろ。

「まだ飲むのかよ。アネゴ?」
「いいじゃない。お祝いなのよ」


《玲子。お前、いい加減にしろよ!》

「裕輔!」
 忽然とスクリーンに映ったのは、あの刈り上げオヤジ。ユウスケの姿だった。

「な、何よ……」
 やけに色っぽく口の先を尖らせた姐御の目の輝きが増したのを、今確かに見たぜ。

《お前、仕事忘れて酒ばっかり飲んでないだろうな?》

 お見通しだった。

 さっとワインを背に隠し、
「飲んでないわよ。それより、あなたこそ何よ。どこから通信して来てるのよ?」

『あれじゃねえっすか? アネゴ……』
 シャトル・ユースケの遥か先に、銀色に輝く宇宙船。
「銀龍……」
「コルス3号星にいたんじゃないのか?」

 オレたちは3日掛けてザーナス経由でここにたどり着いたのに、舞黒屋はどうやって先回りしやがったんだ?

《ユイから連絡を受けて……ちょっと遠方から、やって来てんだ》

「遠方……?」

《やぁ。マサさんもそこにいたのか。そっちのカメラ変なところが映ってんぜ……あぁそれでいい……あっ。ザグルもいたのか》
「いて悪かったな。それよりオレたちだけでは信用ならんということか?」

《ち、ちがうよ。今回は捜索範囲が広いんで。応援を求めて来たんだ。で、俺たちまで借り出されたんだ。》

 誰が求めたんだよ……?

 そう言えば数日前に応援を頼んだとか言っていたが、どうも辻褄が合わない。
 しかもユウスケの旦那は『俺たちまで』と、ぬかしやがった。言葉がおかしい。お前たちの問題じゃないのか。なぜ他人事みたいに言うんだ?
 さっぱり解からん。これだから舞黒屋の連中は怪しいって言うんだ。


 理解不能の会話はまだまだ続く――。

「あなたこそ怪我してんのに……。足手まといよ」
《捻挫なんて、とっくに治ってるワ》

「え? あなたいつの裕輔よ?」

《半年先だよ》

「半としぃぃぃ !?」
 ヤスが頓狂な声を上げてユウスケの坊主頭に視線を据え、ザグルの旦那は一つしかない眼玉をギラリと輝かせた。

「ヤス、悩むな。舞黒屋はこういう怪しい会社なんだ。気にすると髪の毛が抜けるぞ」

 オレは姐御が後ろ手に隠したワインをひったくって栓を開けた。飲まなきゃやってられない。
「そのうち数年前のユイねえさんでも現れるんだろ」
 と言ったオレの言葉が、そのまま真実になるとは……。

 ったく。宇宙は謎に満ちているぜ。



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