【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 4月26日(水)

シンクロ率100パーセント


「レイコねえさん、ほんとにすまねえ。あと少しのところで……」
「ヤス、泣かないの。あたしたちは何も気にしていないわ」
 何だかさっぱりした顔をしていたが、アカネさんの消息が途絶えたのだ、内心では地団駄を踏んでいるに違いない。

「いやしかし、取り逃がしたワケだし……」
「大丈夫、行き先は解ってるし、応援も頼んだから」
「応援? 行き先? どこへ? どうやって?」
 この人と行動を供にすると謎ばかりが膨らんでいく。

「ヤスくん。気に病むことは無いわ。あなたにはもっと新しい乗り物を操縦させてあげるからさ」
 悄然とするヤスの肩を姐御がぽんと叩いた。

「新しい?」
 奴の目がみるみる輝きを増してくる。

「何すか? 新しいって進歩したってことっすか、レイコ姐さん?」
「ちょっと慌てないのー」
 ユイねえさんに向き直り、
「そういことになるんでしょ、ユイ?」
「はい。ギンリュウで追いかけると目立ち過ぎます。やはりひっそりと移動するにはあれしかないでしょう」

「ちょ、ちょっと姐さん。もう少しでいいから説明してくださいよー」
 子供のようにはしゃいですがりつくヤス。ちょっと姐御に近づき過ぎだ。もちっと離れろ。

 ユイねえさんは爽やかに微笑み、
「すぐに出発します」

「どこへ?」

「ターミニオン星系です」
 恐ろしいことを言った。

「げぇっ! そこってワニの星があるところじゃねえっすか」
「嫌な予感がしやすね、あにい」
 訝しげなヤスの表情に、レイコ姐さんはニヤリとしただけだった。

 冒険好きの心に火が点いちまったなー。やっべぇなー。
 なぜかユウスケの旦那の顔が過(よ)ぎった。今ならあの人の底知れない苦労が理解できる。

「銀龍一家やワニ軍団の助けも無しで、どうやってそこへ行くんすか、アネゴ?」
 現実問題としてここは見逃せない。オレたちが無一文なのは承知のはずだ。

 何しろ空港の待合室で、持っていたフィギュアをそこらにいた観光客に叩き売って、その金で、安い地下鉄と路線バスを利用して帰って来たんだ。おかげで管理組合の倉庫へ戻って来た時は、どっぷりと陽が暮れていた。

 こんな状態でどうやってターミニオン星系まで行くって言うんだ。
「ヒッチハイクっすか?」
 それだけは勘弁願いたい。
 レイコ姐さんは任せておいて、と根拠のない言葉を繰り返すだけで、残っていた金でオレたちに夕食をおごってくれたのはヨシとして、これで完璧に無一文となった。

 なのに観光気分で地下街を練り歩いている。

「ユイ見て。あのファッションも斬新じゃない?」
 オレからしたら、金属のすだれを着たとしか見えない。そういえばあれは防弾スーツに似ていないか?
 さすが宇宙だ。オンナが防弾ファッションを着こなす時代なんだ。

「うおぉ。何だこいつ。水に浸かってんぜ」
 お子様プールみたいなビニールっぽい服を全身に着込み、中は水が満たされていて、ちゃぷちゃぷさせて歩く姿に驚愕する。

『ラグーンと呼ばれる水棲人です。魚類から進化した生命体で水に溶け込んだ空気で呼吸しています』
 とシロくんの説明。
 するってえと、あのプールの服は……。
『宇宙服です』
「やっぱし」
 もし穴が開いたら、そこらじゅうが水浸しになるじゃねえか。無理してこんな星にやって来るコトはねえだろうに。迷惑な話だぜ。まったく。

「あにい。な、何か暑くないっすか?」
「そ、そうだな。何だかヤケに暑くなってきたな。陽は落ちて冷やっこかったはずだが」

『高恒温生物がそばを通過中です』
 そう言えば人混みが引いていてオレたちの周りには誰もいなかった。その横を涼しい顔をして通り過ぎようとする、やけに日焼けの肌が赤々としたオンナ。
「あっちぃぃ」
 ヤスが飛び退けた。

『体温が78℃もある高恒温生物のファミシリアンの女性です。同じ恒温動物でも36℃のアルトオーネ人は近づかないほうが賢明です』
 整った面立ちに、何度も言うが涼しげな瞳が美しい。肌が妙に赤いが、ちょっと魅かれる体形はなかなかのモノ。こんな人と異文化交流をしてみたいな。まさに燃える恋だ。
「ナンパでもしたら?」
 と冗談めかして姐御が顎をしゃくるが、

 うう。クワバラクワバラ。遠慮させてもらう。それこそ焼かれちまうぜ。

「それならヒモ生活でもしたら。あなたならぴったりじゃない」
 うう。それだと導火線だぜ。


 それにしても――。
 コルスの連中は、三つコブを除けば、ほぼオレたちと同じなので問題ないが、さすが観光宇宙都市コルスだ。雑多な宇宙人が歩いている。もっとも向こうから見ればオレたちも宇宙人だがな。

 オレとヤスは周りを闊歩する宇宙人にビビリまくっていたが、アネゴとユイねえさんは慣れたもんだった。
 おかげで込み上げてくる疲労感が半端なかった。

「疲れたぜ……」
「オレもっす。あんなバケモンがぎっしり詰った地下鉄乗ったの初めてですからね」
 ヤスは空港からここまでの道程(みちのり)を思い出したのだろ。どこかのテーマパークに必ずある舞台裏のほうが、まだ整然としていて普通に接していられるような光景だった。
 なんにせよニュータイプへの道は険しいと思っていたが、こういう試練が待ち受けるとは思ってもいなかった。




 食事が終わり、散策という名のウインドーショッピングも終わり、まったりとした時間が過ぎ去っていく。

「この後、どーすんですか?」
 と尋ねるオレに、レイコ姐さんは指を折り曲げて、ついて来いと言う仕草を繰り返すだけなので、オレとヤスはカルガモの親子を演じることにした。

 いつもの町ならオレが先頭に立ち、肩で風を切って練り歩いてやるのだが、何しろ右も左も、それどころか人種もまったく違う異世界だ。
 外国へ旅したとしても同じ星の人間だろ、どーってことない、人類みな兄弟さ。ところがどーだ。全員が宇宙人だぜ。リアルサファリパークって呼んでもいいぜ。どこに肉食獣が潜んでいたってなにもできない。こっちは丸腰なんだ。レイコ姐さんが持つ銃が頼みの綱だ。

 ところでこの星では銃の所持はどうなんだろ?
 誰も腰に差していねえところを見ると、また姐御のヤツ無許可なんだ。ほんと、とんでもねえオンナだ。オレが言うのもナンだけど……。

 ところで何とかと言う星系へどうやって行く気だろ?
 察するところ、あの二人がのんびりしていられるのは、すでにそこらを含めて準備が整っているからに違いない。つまり移動手段はアレだということだ。

「やっぱり……な」

 二人はどうやら組合の倉庫の奥、オレたちが乗ってきたプランターが転送された部屋ヘ向かうつもりだ。
 あれだけカッコ悪いとか文句を吐いていたくせに、あのプランター式の宇宙船で出かけるのか。
 狭い空間に姐御とくっつけるのは極楽だからオレは文句は言わねえ。
 倉庫の扉に手を掛けようとしたら、
「マサ。そっちじゃないわ。この奥よ」
 レイコ姐さんがオレの手を止めた。

 半分開けたドアの奥に、白いプランターが来たときのままの状態で置かれていたのを視界の端で確認してから訊く。
「ターミニオン星系まであれで行かねえのか?」

 姐御は渋そうな顔をして、
「もうあんなカッコの悪いことしないわよ」
 あんたが持ち込んだくせに……。

 首をひねり捻り、その後をついて数分。
 コルスの成人男性がオレたちを待っていた。

 そいつは朗らかな笑みをまきちらしながら歩み寄って来ると、
「秘書さん。ご準備できました」
 何の準備だと言うんだ。このハンサム野郎。
 オレの許可無く姐御に近づく怪しい人影は……いってえ誰でぇ?
 爽やか精悍面がよけいにイラつくんだ。

 姐御も考えられない美人声で返す。
「ご足労おかけいたします、ラルクさん」

 オレたちに曝け出すのとまったく異なった態度が、まっすます気にいらねえ。

「とんでもございません。あ――。これはアーキビスト様。初めてお目にかかります。ダージルト運輸の貨物船パイロット、ラルクです」
 ユイねえさんにまで、何だその親しみ感満載の目は……ゲラマッチョ気に入らねえ。

「どちらサンでやすか、姐(あね)さん?」
 堪らなくなって口を挟んだ。ヤスのほうがな。

 あー、オレが出さなくてよかった。兄貴としてはカッコ悪ぃいもんな。
 ヤスよー。もっとどっしりと構えなきゃダメだぜ。

「あ、これは申し訳ありません。フジワライッカさんですね。話は社長さんから聞いております」

 どういうことだ?
「本当に無理言って申し訳ありません」
 丁寧に頭を下げるユイねえさん。
「こちらこそ、アーキビスト様のお手伝いができるなんて、とても光栄なことです」
 うーむ。アーキビストってどういう意味だろ。そう言えば組合長のオヤジもそう呼んでいた。

 そうか、ミドルネームだ。なるほどな。

 シラガネ・アーキビスト・ユイ
 素晴らしいぜ。エクストラベター素晴らしい。


「本来ならワタシがお供をするところなんですが、仕事の関係でどうしても抜けられませんで、申し訳ありません」

 貨物船のパイロットはペラペラと親しげに喋りながらオレたちを誘導すると、背の高い鉄の扉を重そうに押し開けた。
 さっと目映い光が目を射し、大きな物体がシルエットとなって展開した。

 先に扉の隙間をすり抜けて飛んで行ったシロくんが、向こうからこちらに振り返って言った。

『次元フィールド抑制型ディフレクター搭載のシャトルクラフトです』
 もちろん何の説明をしてんのか、てんでさっぱりだが、オレたちの前に現れたのは照明の光を煌めかせた銀白色のカッチョイイ乗り物だった。

「L級のシャトルクラフトで、ワタシも何度か使っていた船です。中古というより、新古品ですね、程度は最高ですが、本当にパイロットがいないくて大丈夫なんですか?」

「ありがとうございます。シャトルだけで結構です。こちらにも優秀なパイロットがいますので」
 こちらにも……?
 念のため周りを見渡すが、オレたち以外誰もいない。姐御、ユイねえさん、オレだろ。あとは……。
 まさか。ヤスに操縦させようってのか?

「レイコねえさん? まさかこいつに?」
「え?」
 キラッキラの目をこっちに振るヤス。
 まさかなー。
「こいつクルマの運転免許は……たぶん持ってると思いやすが、航空機の免許はねえっすよ」
 ヤスもコクコク。

「あ。すみませんワタシ仕事の呼び出しが掛かりましたのでこれで失礼させていただきます。ではこれを……」
 キョトンとするヤスに爽やかスマイルを向けたハンサム青年は、姐御の手の平に薄っぺらなカード状のモノを落として部屋を出て行った。

 しばらくレイコ姐さんは腕を腰に当て機体を見上げていた。それから満足そうに吐息すると、まるで誕生日の贈り物を指し示すように手を広げた。
「どう? ヤスくん。あなたの愛車よ」

「ば、バカな!!」
 大型クルーザーほどの流線型の美しいボディは、オレたちの頭上に迫り出し、滑らかな曲線を描く翼から銀光を放出していた。

「中古だけどさ。これユイが買ったのよ」
「はぁーー?」だ。
 もうひとつオマケに、
「いぃぃぃ?」だ。

「あの……姐さん? シャトルっすよ。宇宙船っす。チャリンコじゃねえっすよ」と言うヤスに、
「ユイは超お金持ちなのよ。ほらこれ見て。この宇宙域で使えるピクセレートよ」
 なぜか自分のポケットから出した虹色の円柱。

「何すか、それ?」

「説明は省略よ。とにかくこれを持ってるとシャトルが買えるの」
「そんなバカなことはねえっす」
「すげぇぇっすよ!」
 即答で否定するオレの前で、ヤスは新しオモチャを与えられた猫みたいな目をして、滑々としたシャトルの離着脚の表面を優しく撫でていた。

「ほら、これはクルマのお詫びよ、ヤスくん」
 と言って、レイコ姐さんは、さっき男から受け取ったカードをヤスの手に載せ、満面の笑みを浮かべた。
「ね、姐さん……」
 手の届かない遥か上から黒々とした影を落とすシャトルの鼻先で、ヤスはカードを握りしめて震えていた。

「すげぇ。太っ腹だ。ヤクザも仰天だぜ!」
 湧きあがってくる興奮を抑え切れず、小躍りしながらヤスの背中に飛びついた。

「さすが、アネゴとユイねえさんだ。やることが半端ねえ、宇宙規模のサプライトだ。よかったなヤス!」
「サプライズっす。あにい」
 とつぶやきつつ首を捻り、もう一度見上げる。

「でも、こんなすげえもん受け取れやせん」
「ヤス……」
「気にしなくていいのよ。ユイはお金持ちなんだから」
 それ、二度目です。アネゴ。

「ヤスさんの大切な愛車を壊したのですから、これぐらいは当然です。それに以前、高速道路でリアゲート吹き飛ばしたお詫びも兼ねています」

 高速でリアゲート吹っ飛ばしたのは、アカネさんだろ?
 そうか。姉としての責任というやつか。

「あの時は、いささか酔っていましたので自制心が薄れていました。お詫び申し上げます」
 時々、この人は妹と自分をごちゃ混ぜにして会話に載せるから、オレは戸惑ってしまうのだ。

「しかし、ユイねえさん」
「おいおい、ヤス。お二人の真心のこもったプレゼントだ。これで断ったら逆にオマエの漢(おとこ)気が疑われるぜ」
「でも。あにい……」
 ヤスは思いつめた暗い顔をもたげ、
「オレ、操縦できません」

 あ……。だよな……。

 オレもアネゴに振り返り、
「こんなことを言うのもなんですけど、クルマと宇宙船の操縦はだいぶ違うものがあると思いやすぜ。今から教習所へ通う時間もなさそうですし……」

 姐御は当たり前だと言わんばかりの目の輝きで、
「そんなこと解かってるわよ。とにかく出発するわよ」
 ヤスの背を押して、シャトルの乗降口へと向かった。

「そうか。自動操縦ってヤツっすね」とか言うヤスの目の前に、タラップがゆっくりと下りてきた。
「フルオートで飛ぶんだな」
 なるほどな。
 これだけ技術の進んだ惑星のシャトルならじゅうぶんにあり得る。でもちょっと不安が残るのは、機械仕掛けに疎い者の悲しい性だ。一抹の不安を拭い去ることはできずに、オレは最もしんがりからタラップを登った。

 だいたい鉄の塊が空を飛ぶところからして、意味不明なんだぜ。

 シャトルの中は明るく、思った以上に広かった。
 考えも及ばない複雑な装置が並んだ操縦席を想像していたが、それは船首のほうに少しあるぐらいで、シャトルの腹の中央には横2列の座席が3席並ぶ、6人掛けのゆったりとしたスペースを持って設置されていた。ファーストクラスと言っても過言ではない。座り心地はよさそうだ。

 その前面をガラス張りにした2席の操縦席。ヤスの白バンにもあった奴が言うところの制御パネルと呼ばれるモノの超未来形のコントロールパネルが広がっている。

「タッチパネルっすよ。あにい」
 よく解からんが、オレだって興奮していた。
「すげぇな。水族館みたいだな。前面がガラス張りだぜ」
 興奮の程度が低いってか?
 ほっとけ。

『ゼシルコートを結晶化したキャノピーです。至近距離での核兵器の使用にも耐え得る強度と透明度を誇ります』
 シロくんが何を言いたいのかはさっぱりだが、とにかくすげぇ未来っぽいことを言ったようだ。

「ヤス。さっそく座らせてもらえよ」
 高級そうな革張りの操縦席にヤスを誘ってみる。

「すげえぇぇぇ」
 ふかふかした座席にゆっくりと尻を落としながら、透明度100パーセントに煌めかせた視線を巡らせて、
「ハンドルがねえっす」
 寂しげにそうに言った。

 だろうな。ハンドルを抱かなきゃ寝れねえ性分だからな。

 オレも隣の座席が空いていたのでそこに腰を掛ける。ま、言うなればヤスの左側はオレの指定席だ。よくあるだろ、飲み屋のカウンターで、いつもと違う側に座ると気持ち悪いってヤツ。あれだ。ヤスの左側、助手席はオレの存在するべき場所なんだ。

『ブートストラップカードを挿入してください』
 操縦席に声が落ちた。

「おーおー。いっちょ前に銀行のATMも付いてんだ」
 と言った途端、アネゴに首根っこを引っ掴まれて下がってろと叱られた。

「あなたが操縦するんじゃないから、いちいち反応しないの。時間が無いのよ。今すぐターミニオンに出発するんだからね」
 晩飯食って、散歩する時間があったくせに。

 とにかく黙りますからと。助手席を確保して見守ることに。
「ブートストラップカードと言うのは、さっきラルクさんから頂いたカードのことです。起動のイベントを発生させます」
 ニュータイプの霊能力者はこういうもんにも強いんだな。
 勉強になるから、いちおうメモっとこう。

「ブートストラップカードは、銀行のカードとは違う……と」
 で、何の支払いに使うんだ?
『身体データを計測します。正しく座って正面を見てください』
 身体検査もするんだ。すげえな。

 パシッとフラッシュが飛び、瞬間、瞼を閉じるヤス。

「お? お、お、お、おおぉ」
 すぐに起動音が響き、操縦席の端から細かな豆粒みたいな光が灯っていく。昔見たアニメみたいだ。

「どうだヤス? シンクロ率はいいのか?」

「マサ。下がらすよ!」
 姐御には冗談が通じないようだ。たぶんあのアニメを見ていないんだろうな。

 いつの間にか隣の操縦席の前にシロくんがちゃっかり不時着。体から何やら出てきて。
「ゲッ。な、何んすか、あれ?」
 シロくんの体から次々と金属製の金具が組み上がって、時計のベルト。いや。それにしては長いだろ。でも見る間にそれは1メートル足らずの長さに、それも2本だ。

 新たな展開にワサワサしだすオレの後ろから、
「出発するのよ。ジャマするんならマサは後ろに座らせるよ」
「おとなしくしやす」
 膝に手を当て、じっとする。

『片方を操縦者の額に装着してください』
 と言うシロくんの指示に従って、ヤスがオレの額に付けようとするので、
「バカ、オレは野次馬だ。操縦者はオメエだろ」
 ヤスはニタリと笑って素直にベルトの端を額に付けた。

 ちょっとのあいだ気味悪そうな仕草をしたが、すぐに驚愕の状況に息が止まる思いに。

『言語マトリックスのダウンロードが完了しました。以降は操縦者の指示に従います。コマンドを入力してください』

「はぁ?」
 ベルトを額に張り付けたまま首をかしげるヤスの気持ちは、オレも痛いほど同情できる。何のことだか解からない。
 しかしそれは突然と変化した。

『アニイぃ? どこ行くんすか? どこへでも飛びやすぜ』

「「い~?」」
 ヤスとそろって正面の操縦席へ視線を飛ばした。

 操縦パネルのど真ん中、尖った船首に伸びるステーの中央に薄黄緑色の光を放出する部分がある。喋りに合わせて光の強さが変化する、そうだな幅20センチ、奥行きはその倍の長方形のプレートだ、それが喋った。

 キョトンとするヤスに訊く。
「お前、何言ってんの?」
「お、オレじゃねえっすよ」
 と、丸めた眼玉を返すヤスと、
『アニイ。早く行きやしょうや。今日は気分がいいんだ。ぶっ飛ばしましょうぜ』

「あの……これは?」
「シロタマさんのステージ4ですよ」
 そんな答えを待っていたのではありませんぜ、ユイねえさん。

『神経インターフェースです。あらゆるCPUと頭脳を接続します』
 シロくんの説明では、よけいに解からなくなる。

「アネゴ?」
 後ろで大あくびをしていた。

「シロくんは何言ってんすか?」
 唯一この中で、最もオレたちと頭脳レベルが近い人に助けを求める。

 その人は「失礼ね」とか言いながら、
「んとね。この船はヤスくんの制御下に置かれたの。抵抗は無意味よ」
 何だろ。聞いたことのあるセリフだが。こういうシンクロってありなのか?
 ま、いいか。深く考えるのはやめよう。所詮オレには難しいことは解からん。

「ヤス。どうやらお前の自由に動くそうだ。シンクロ率100パーセントだ。ちょっと動かしてみろ」
「でも、あにい。喋る乗り物って気味が悪いっすよ」
「バカやろ。なんでも進化したものは言葉を話すんだ。クルマだって喋る時代だ。宇宙船が喋るのは当然だろ」

『ヤスよぉ。早く行こうぜ。オレさっきからウズウズ感が収まらねえんだ』

「あにい。こんな口調のシャトルって、何か変じゃないですか」
 もっともだ……いや、すごく変だ。

『シャトルの言語制御はそれを構築したマトリックスの提供者に依存します』
「もう少し、解かりやすく説明してくれよ」
 シロくんに訊いたのに。

『マサのアニキよー。ヤスの頭を基礎にしてんだから、そりゃあ、ムリちゅうもんすよ』
 ヤスは苦々しい顔をオレへと向けて瞬いた。こいつの唇は一文字に閉められたままなので、確かに答えているのはこのシャトルなんだが。

 せっかくイメージしていた超未来のかっちょいい宇宙船が、一気に身近な任侠臭い香り漂う物体になっちまった。これなら白バンのほうが寡黙的な分、可愛げがあった。

 何だか、どっと疲れたぜ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「すげぇぇぇっすよ! あにい」
『あたぼーよ。前の持ち主が族仕様にしてくれてんだ。舐めんなよ』

「…………………………」
 欣喜雀躍(きんきじゃくやく)寸前のヤスと、シャトルのノーズ(船首)で光るパネルを繰り返し横目ですがめる、オレ。
 再び襲って来た疲労感にがっくり頭をしな垂れ、耳は二人の会話へと傾けた。

「なあ、シャトルくん。前を走ってる、変なカタチした宇宙船を追い越せるか?」と尋ねるヤスに、気軽に返答するシャトル。
『お安いごようだ、ヤス。でもな。ここは宇宙なんだ。走るとは言わねえぜ。飛ぶだ。飛ぶ』
 そう言うと、シャトルは瞬間に銀の光線にでもなったような加速を見せて、前方を飛んでいた宇宙船に追突する勢いで迫り、しばらくそのケツを煽る仕草をしたあと、数回フラッシュみたいに強烈な光を点滅させてから、一気に抜き去った。

 宇宙船の表面に這わされていた色々なパイプ類が超アップに迫り、すぐに引き千切る速さで後ろにぶっ飛んだ。ついでに数本のアンテナらしき物体が飛び散ったところをみると、わざと接触させたみたいだ。

 走り方、いや飛び方が荒っぽい。つまり族っぽい。
 過去の記憶がフィードバックしてきて、オレは眉をひそめる。昔、こいつはヒマがあったらこいう遊びをしていた。

《こらー。どこの族だ! 短距離センサーのアンテナアレイが吹っ飛んじゃないか。この野郎、逃げる気か! 待ちやがれ!》

 今追い抜いた宇宙船のパイロットだ。そりゃもう、えらい剣幕だ。
 ――ああぁ。デジャヴだ。昔の再来だ。

『バカヤロー。待てと言われておとなしく待つヤツがいるかってんだ。なあ、ヤス?』
「あたぼーだ。誰が待つかよ!」

 意気投合してやがる。まるっきりヤンチャしていた頃のヤスだ。

 しばらく「待ちやがれ」と言う通信が聞こえていたが、その後、船の姿は数秒で消えた。

「ヤス……あんまり無茶すんなよ。まだ慣れてねぇんだし」
 白バンの助手席に乗っていた頃に、一度も出したことの無いセリフを吐いていた。

「だいじょうぶでさ、あにい。こいつオレの思うとおり動いてくれるんだ。まるでオレがシャトルになった気がする。こんな気分は久しぶりなんだ」

『当たり前だ。最新の神経インターフェースだぜ。ヤスの脳と一体になったんだ』
「シャトルよ。オメエのスペック教えてくれよ」と訊くヤスに。

『シャトルって他人行儀な呼び方しねえでくれよ。何か名前付けてくれよ、なまえ』
「ん……」
 珍しくヤスは考え込んでいた。

 確かにこいつは白バンにも名前を付けていたが、決して人前では口に出さなかった。飛び立つ宇宙船を追って滑走路を走っていた時に、何かつぶやいていたが、あの爆音では聞こえなかった。

 いつまでも躊躇するヤスに言ってやる。
「これだけ身近になったお前の分身だ……」 
 いや分身どころじゃない。ヤスそのものだと言ってもいい。
「やっぱ。何か名前を付けてやれ。白バンと同じ名前でいいんじゃないか?」

「ヨウコちゃんすか?」

『は――っ? オメエ、前の愛車にそんな女々しい名前付けていたのかよ』
 ちょっとうるせえな、この宇宙船。

「いいじゃねえか。レディースの頭張っていたヨウコちゃんだ。どこが悪い」

『ま、あの白バンならお似合いか……。でもオレにはそんな乳臭ぇ名を付けるな。付けやがったらぶん殴るぞっ!』
 どうやって殴る気だろ?

「そうだな。オマエはヨウコちゃんて雰囲気じゃねえもんな」
 宇宙船に言い包められていやがる。気の弱ぇ面があるな、こいつ。

「じゃあさ。あたしが付けてあげようか」
 と後ろから口を挟んで来たのは、この人もあまり静かに座ってられない性分の姐御だ。
 ヤスがシャトルの慣らし運転をしているあいだ、後部座席でゴソゴソしていた。

 ――って!
 その手に持つ物。
「アネゴ! ワインじゃねえすか!」
 体がねじ切れる程の勢いで振り返る。

「えへへへ。差し入れよ。こっそり食糧庫に入れといてもらったの」
「誰からでやすか?」
「自分の落ち度で怪我をしたバカに命令して、社長に内緒で転送してもらったのよ」

「ユウスケの旦那っすか」
「そ、あたしの、いい家来なのよ」
 にこりとする明るい笑顔に、ちょっと嫉妬する。
 あんた何人家来がいるんすか?

「そうだ。このシャトルの名前、ユースケにしようよ」
「いやー。ちょっとイメージが……」とヤス。
 オレ的にはどうでもいい。姐御からグラスを受け取り、ワインを注いでもらえればこれ以上の幸せは無い。

「ん?」
 ユイねえさんがシャトルの最も後部。空気清浄機の排出口まで逃げ込んで迷惑そうな顔を向けていた。
 アカネさんはイケる口だったが、この人はゲコなんだろうな。

『ユースケか。辛気臭ぇ名だけど。アネゴがそう言うのなら、オレはかまわんぜ。な、ヤス?』
「オマエがいいなら、オレもいい」

 もっと慎重に考えたほうがいいんじゃね?
 どーでもいいけどな。

 それよりもオレは一つの不安材料をずっと持ち続けている。中堅ヤクザになると、ただ突っ走るだけではない。考えることだってするのだ。
 シャトルの命名はヤスに任せて、オレは後部座席へと歩み寄った。

「アネゴ……」
「何よ改まって?」
 いつもにも増して真剣なオレの顔をまじまじと見る姐御の面持ちは、少しアルコールの影響も加わっていて、とんでもなく色っぽかった。

「ザリオンが神と崇める用心棒の存在が気になりやせんか?」
「別に……」
 と言って、ワインをグイッと煽る。
「連中は戦士なのよ。恥をかくぐらいなら死を選ぶ種族なの。人からの助けを求めることなんかしない。だからあのダウンタウンで酔っ払いが言っていたのは……」
 再び、ぐいっと煽るその飲みっぷりは男性的だ。こっちも引き摺られそうになるが、気をつけないと潰されてしまう。

「言っていたのは?」
 グラスを持ったまま姐御の言葉を待つ。
「ウソを言ったか、見間違えたかよ」
「そうかな?」
 オレもグイッと一気に飲み干し、しばし黙考。
 操縦席で無二の親友と再開を果たしたようなヤスのキラキラした目に微笑みを浮かべながら、頭の中はとてつもない怪物を想像していた。
 何しろ、あのティラノくんみたいな連中が神と崇める存在だ。

 ブルルッ

「寒ぅぅぅぅ」
 ユイねえさん。空調いじってません?
 振り返ると、やっぱりエアコンの風向きがこちらに合わされていた。