【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 4月20日(木)

続・明日があるさ


 左顔面を照らす太陽がそろそろ暑い。そんな夏の気配漂う黄昏時。今日の空はやけに蒼く透き通り、白い雲が茜色に輝いていた。

「ヤスー。退屈だなぁ」

「あにぃ。変なこと言わないでくださいよ。オレたちの今の状況、分かってんすか?」
「わかってるよー。でもさー。さっきからなーんも変化ねえんだぜ」
「そりゃ仕方ないっすよ。一本道っすから向こうも早々に仕掛けられないんすよ」

「でもよー。どこかで待ち伏せされたらどうすんだ? マズくねえのか?」
「大丈夫っす。サツの無線は傍受済みっすから。連中が待ち伏せる場所の手前で逃げ切りやす。オレの腕だとこのスピードであそこを曲がり切れねえと、連中、踏んでやがるんだぜ。あいつらオレを舐めてやすから。ここいらで一発、度肝抜いてやるんだ」

「まーなー。お前が言うんだから任せるけどよ。もうちっと変化がほしいよな」

 何しろオレたちはお尋ね者だし。今朝も敵対する組をぶっ潰して来たとこさ。マイト2本でどっかーんだ。それがちょっと目立ち過ぎたのか、誰かがサツに通報しやがったんだ。根性のねえ極道だぜ。マイトにビビって警察呼ぶんだもんな。女子高校生か、ってんだ。

 と言うことで、オレはヤスの運転する白バンで警察と絶賛カーチェイス中なんだ。いいだろ。

 さっきからエンジンは絶好調の雄叫びをあげているが、気分は少々退屈気味だった。
「……なあ、ヤス?」
「なんすか?」
「パトカーってこんなに遅かったか?」
「こっちが速いんでさ。何たってナイトロターボ搭載車だぜ。追いつくにはF1クラスのパトカーでないと無理ですぜ」
「そんなの作ったら税金の無駄遣いだろぅなー」

「アニキ、分岐点に差し掛かりやしたから、ちょっと揺れやスぜ。ここで右折しないと、この先にパトカーのバリケードがあるんで……」
「あー。まかせる……ぐげぇぇぇぇぇぇぇ」

 すんげえ横向きの重力が襲って来た。首が折れるかと思うほどだ。
「ば、ばか、ヤス。もちっと緩く、あげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 うがあぁぁあぁあぁ。
 今度は反対方向だ。夕陽がグルングルン回った。

 タイヤの軋む音と白煙に包まれるものの、こいつの運転技術はてえしたもんだ。後ろに引っ付いていたパトカーのほとんどが曲がり切れずにコースアウト。田んぼや山林に突っ込んで行った。

「あだだだだ。ムチ打ちなったかも」
「あにい。掴まって。ちょっと飛びやすぜ!」

「ま、マジかよヤス。このスピードでそこへ行くのか?」
「退屈してんでしょ。ジェットコースター真っ青だぜぇぇぇ」
 道路はほぼ直線なんだが、急峻な登り勾配が迫って来る。まるで大空へ誘うかのような傾きだ。

「ジェットコースターはちゃんと車輪とレールがくっ付いてるからでぇ……わわわわ」

 ぁぐっ!
 急激に地べたへ圧される感じがして、
 ………ぅがわぁぁぁぁぁぁ。
 今度は猛烈な浮遊感。

 飛んだ。白バンが空高く跳んだぜ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 飛んだものは落ちるのが物理法則だ。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――あ?」

 もう一度、「ぁ?」
「どした?」
 なんかおかしい。
 エンジンは唸りを上げているし、角度は下向きだ。だよな?

 オレたちは今、絶賛降下中のはずだが。
 もういっちょう疑問符をぶっ放す。

「あぃ?」

 ヤスの後頭部を張っ倒す。
「痛えーす」
「眼ぇ、つむるな!」
 こいつ目を閉じて運転してやがるのか。怖いヤツだ。

 というより……。
「おい、ヤス。エンジン止めろ」
「は?」
「何か様子がおかしいぞ」
 車は下向きに傾いていたが、景色が変わらない。

「ここどこっすか、あにい?」
「知らねえ……」
 綺麗に磨かれた床と壁が車窓外に見える。どこかの倉庫のようだが。
 ヤスはクルマの後輪が空転していることに気づき、ようやくアクセルから足を放した。

「ちょっと、マサ! 早くエンジン止めてよ。排気ガスで空気が汚れるでしょ!」
 その声は……。

 確かにもうもうたる排気ガスだ。辺りが白煙に包まれてかすんでいた。
 それとこの角度は何だか怪しい。窓ガラスを開けて後ろを振り返る。
「うぉぉぉ。何ちゅう力だ」
 白バンが空転していたのは、片手で後部バンパーを高々と持ち上げられていたからだ。しかもどこかで見たことのある可愛らしい顔の女性にだ。

「おい。マサ、エンジン切れ」
「へ、へい」
 同時にどしんっと後輪が地面に叩き落とされた。

 天井で頭を打ち付けそうになり、体勢を整えていたら、
「キーを抜いて降りてきなさい」
 サツでもねえのに、この偉そうな口調は、
「あねごぉぉぉ!」
「あー。舞黒屋の姐(ねえ)さん。お久しぶりっす」
 ヤスの野郎、兄貴を差し置いて姐御(あねご)に飛びつくたぁ、いい度胸してんじゃねえか。

 オレもドアを開けて片足を降ろす。
「おっ、そうか、なるほどな。ここはどこかの倉庫だ」
 立ち上がって周囲を観察するが、記憶にない場所だった。
「どこだ、ここ?」
 オレたちの稼業は港の倉庫から始まり、地下街の倉庫で終わると言われるほど倉庫に集まる。だからあの街の倉庫ならどこだって解る。だがこんなに白くて明るい場所は初見だ。

 にしたって、何で倉庫に?
 俺たちはカーチェイスの真っ最中だったはずだ。

 排気ガスが空調の穴から吸い込まれ、やがて澄んでくると共に状況が……。
 さっぱりわからない。
 それと力持ちでいつまでもニコニコするこの美人さんは、どこかで見たことがある。もしや――。

「白鐘(しらがね)さん?」と声を出しかけて首を振る。
「にしては、少し雰囲気が違いやすね。白鐘さんのオネエサンっすか?」

「あのさ。マサ……」
 姐御は何か言いたげに喉の奥で言葉を転がすが、なかなか言い出せない様子。

「あー。お豆腐屋の白鐘さんだー。金庫破り以来っすね」
「今ごろ気づいてんのかよ。遅いぜ、ヤス。」
「ワタシはユイといいます」
「へぇ。白鐘ユイさんすか。良い名前っすね。あにい?」
 うーん。響きがいいね。白鐘ユイ……。天使に付ける名前だぜ。

「あのさ。この子はね……。もうめんどくさい。それでいいか」
 何かが吹っ切れたようで、姐御は表情を明らめた。

「この子は白鐘ユイよ」
「なんで念を押すんでやす? ユイさんでしょ?」
 なんとお美しい。

 姐御はオレの溜め息を無視。
「でね。このあいだの子が白鐘アカネっていうの」
「アカネさんですか。可愛らしい名前っすね。あの人にぴったりだ。ね、あにい? 」
 ヤスは納得したようだが、確かこのあいだは『シズカ』って言っていたような気がするのだが。

 なるほどそうか。姐御は特殊任務だと言っていたので、たぶん偽名だったんだな。オレたちの稼業とどことなく似ていて、こっちもたいへんなお仕事だ。

 機嫌の良いヤスはほっといて、オレは辺りを見渡す。
 倉庫みたいな場所に窓は無い。いや、出入り口になった大きな鉄の扉に小さな窓があるが、外は真っ暗で星がチラついていた。

 いつの間にか陽が沈んだのか――いやしかし美しい。
 何がって?
 白鐘さんのオネエサンにきまってんだろ。

 ユイさんは妹のアカネさんの雰囲気を残しているが、それよりずっと知的な美人だ。どちらかと言うと妹さんは幼さが残るホンワカ少女だったが、この人の深々とした知性あふれる瞳の煌きは息を飲むものがあるな。ちょっとした宇宙がその中に沈むようだ。
 むー。完全にオレのタイプだ。姐御とは違った底知れぬ魅力がある。

 おっと。見蕩れている場合ではない。それよりここはどこの倉庫だろ。

「いったいここはどこっすか?」

「コルス3号星よ」
「はい?」
「今回は近場ですので、アルトオーネから150光年しか離れていません」と優衣さんは言うが、
「……ヒャクゴジュウ…………こーねん?」
 コーネンって何だろ。公演のことかな?
 それなら1日6公演のストリップを仕切ったことあるけど、それ以外は聞いたことが無い。
「えっ!? 光年っ!」
 どうもヤスが目を剥いたところをみると、やはりオレの思いはかけ離れたところに着地してしまったようだ。

 ヤスの白バンを指差して、もう一度尋ねる。
「あのぉ。白鐘さん、のオネエサン。このクルマなら何分ぐらいの所ですかい?」

 白鐘さんは涼しげな声で、
「どれぐらいのスピードが出ますか?」
「おい。何キロ出るかって、お訊きだぞ」
 ヤスは自慢げに鼻の先っちょを擦る。

「ナイトロターボっすから、時速320キロってとこすかね」

「まったくすげぇクルマだぜ……はは」
 初めて聞いたけどそんなに出るのか。マジでモンスターカーだぜ。ったくよー。
 ちょっと驚いちまったけど、オレも胸を張り、
「地面を走る乗り物の中で一番速いかもしんねえっすぜ」
 と付け足したのに、白鐘のネエサンは薄っすらと笑みを浮かべてこう言った。 
「それだと、ここに来るのにだいたい5億と620万年かかりますね」

「え?」
 ちょっと絶句。何が言いたいんだ、この人。やっぱ妹さんと同じ世界の人なのか?
 それともオレの質問の仕方がマズかったのだろうか?

「それって休みなく走ってすか?」
「あ、はい。トイレも我慢して……」

「あの……1光年って何キロっすか?」
 と訊くのは、オレよりかはちょっと学のあるヤスだ。

「9兆4600億キロメートルです。150光年ですから1419兆キロメートルです。320で割れば経過に要する時間が出ます」

「………………………………」

 妙に暗くなったヤスの肩を引き、
「いいじゃねえか。これでひとまず5億年はサツが追って来ねえってことだ」
「そ……そうっすね。これって逃げ切ったって言っていいっすよね?」
「そうだ。エレーぞ、ヤス。さすが族上がりだけのことはあるぜ」
「ありがとうございやす!」
 うん、こいつの立派なところは、この切り返しの良さだ。

「警察って、あんたたち何やったのさ?」
「へ? へい。田貫組の事務所をマイト2本で叩いて来たんです、ネエさん」
 と素直に応えるヤスに、
「昼間っから花火だぜ。アネゴにも見せてやりたいほど派手だったんだ」
 自慢げに鼻を鳴らすオレ。
 なぜか姐御は肩を落として息を吐いていた。

 と、そこへ、
「玲子……やっぱ人選誤ったんじゃないのか?」
 と出てきたのは、あの時の旦那だ。相変わらず髪を短くカットして、今日は松葉杖なんかしてやがる。

「シンスケさんじゃねえか。久しぶりだな」
 相変わらずの間抜け面は、どこか焦点が合っていない。さんざん視線を泳がせてから、
「あのさ。実は俺の名は『ユウスケ』って言うんだ。シンスケは……偽名だ。それも秘密裏に動くときの名だから、ここでは伏せといてくれ」
「わかってやすぜ。オレたちもそういうことがよくあらぁ」

 そしてさらに釘を刺してきた。
「それから、『静香』の名は出さないでくれよ。あれはトップシークレットなんだ。バレると……切られるんだ」
「エンコっすか。オレも何人か詰めたところを見たけど、ありゃ痛いらしいな。よーがす。呑んでおきヤス」
 よく分からないが、こっちの家業もたいへんらしい。

「それより、足どうしたんです?」
「根性無いでしょ。ネンザよ捻挫」と横から姐御。
 捻挫ぐらいで松葉杖とは確かに根性が無い。ま、オレの知ったことじゃないが。

「で、オレは何をしたらいいんでやすか?」
「さすがマサ。勘が働くわね」
 称賛めいた笑みを浮かべる姐御へ、顎をしゃくって白いバンを指す。
「当たり前でしょ。無料(タダ)であれだけのサツの包囲網から逃がしてくれるわけねえでやんしょ」

「そんなに囲まれてたの?」
「知ってて助けてくれたんじゃねえんすか?」
「ないない」
 明るく手を振るなよ……姐御ぉ。

「じゃあ、何でオレたちをここへ拉致ったんすか?」
「ちょっと頼みたいことがあって、」
「いやだ」
「何で即答なのよー」
「アネゴと付き合うと、ロクなことがねえんだ」
「なんでよー」
「このあいだもそうだ。オレたちゃ崩れたマンションの中に閉じ込められたんすよ。そのドサクサにピンクダイヤも無くなって、おかしいなぁって、新聞見たら銀行に戻っていたし……」

「でも、瓦礫からは救出されたんでしょ?」
「そりゃあ。ピンクダイヤをオレたちが盗んだなんてサツも思ってなかったから、なーんも咎められなかったけど、あの後、オレとヤスは住むとこ無くなって、しばらくガラクタの隅っこでテント暮らしだったんですぜ。雨降ってくるし……」

「でもピンクダイヤ抱くことができてよかったじゃない」
「抱いただけじゃ、やだぜ」

「お願い。助けてよ」
「やだっ!」

「あっそう……。木村組の幹部に吊るし上げを喰ったときに助けてあげたのは……。誰だったかなぁ」
「うっ、それは……」
 まじいぜ。
「何すかその話、あにい?」
「お前の知らないことだ。聞かなくていい」
「聞きたいス。木村組の幹部をやっつけたのは、あにいなんでしょ?」
 く、くそ。オレの手柄になっていたのに。

「あれはアネゴが助けに入って来てくれたんだ。しかも幹部十人をあっという間に伸(の)して風のように消えた。連中は誰にやられたのかさえ分からないんだ。で結局オレがやったことになった」

「さすがー、姐(ねぇ)さん。シビれるねえ」

「まあさ。古い話を持ち出したくないけど、まだあるでしょ。組のお金をネコババしたのがバレて……」
「せこいっす」
「うるせえヤス!」

「あの時……。締め上げられそうになったあんたを助けたのは……」
 姐御はさっとオレの懐に滑り込み、
「組長とのあいだに入ってあげたのは……誰だったかなぁぁ?」
 妖艶な瞳で上目遣いにじっと見る姐御。そこから芳しい香りが立ち昇り、思わずクラクラ。

「ついでに立て替えてあげたお金、すぐ返すとか言ってたけど、まだ返してもらってないわ。今すぐそろえてくれる?」
 やばい。すっかり忘れてたぜ。

「あ~あれね。確か借りたの連休で銀行開いて無くて……忘れてたな」
「今からでいいわ。お金出しなさい。ガタガタ言ってると首根っこへし折るわよ!」
「くっ……」
 ヤクザに凄んでくるなんて、どういう神経してんだ。この人。

「おまはん…………仕事中にそんなことしてまんのか?」
「あ、社長っ! ち、違います。あの……お休みの日です」
「休みの日でも同(おんな)じやろ。ほんま」
 みごとなスキンヘッドのオヤジが入室。オレに絡まっていた姐御がぴょんと飛び離れた。

「あっ、これは親分さん」
「ちゃうちゃう。ワシはそっちの者とちゃうねん」
「しかし舞黒屋のボスと言えば立派な親分さんですぜ」
「あんなぁ。おまはんらとは世界が違う、ゆうてるやろ」
 とか言っているが、このハゲ具合からいくと、相当な修羅場を潜り抜けて来たに違いない。

「それでオレに頼みってのは何っすか?」
「あんな……」
 このオヤジが片眉を歪めて言いにくそうにする態度から察して、さっきのお願いが、舞黒屋に関することは明白だ。でなけりゃこんな倉庫にオレたちを軟禁するはずがない。

「え? ここって舞黒屋の倉庫なんすか? 白バンごとどうやって連れてこられたんだろ」
 鈍いヤスがようやく気付いた。

「ああ。舞黒屋は怪しい会社なんだ。時々とんでもないことをする。けどオレたちと一緒だ。立派に裏家業でしのいでるんだ」
「アホっ! 裏家業なんかしてへんわ! 何べんもゆうとるやろ。ワシんとこは上場企業や」
「あ、でもユウスケの旦那が、うなずいてるじゃねえか」
 あー、振り向いて殴られた。
 やっぱマジなんだ。

「オレら藤原一家のモンをここへ連れ込んだというコトは……やっぱ縄張りの関係ですかい?」
「だからゆうてるやろ。ヤクザの縄張りに興味なんかあるかい!」
 くぬぉヤロウ……。
 じわじわと腹が立ってきたぜ。
 姐御の手前丁重に扱ってきたが、ここらでケツでもまくってやろうか。
「おい、オヤジ! 上場企業がオレたちヤクザもんをこんな倉庫に拐(かどわ)かすハズねえだろ!」
 思わず凄んだオレ様以上に姐御の目が怖かったので、いっきにトーンダウン。
「と、まぁ。ちょっと思っただけですぜ。でもさ。簡単にこんなところに連れ込まれちゃあ。おちおちサツとカーチェイスもできねえなぁと言う話ですぜ。……なあ? シンスケの、あ、いや、ユウスケの旦那」
「あ? あぁ……」
 この野郎もからっきし根性ねえな。さっきから愛想笑いしかしてねえし。

「で、その頼みとやらを聞かねえと返してもらえないんでやんしょ?」
 まったくタチの悪い奴らに絡まれちまったぜ。オレが言うのも何だけど。

「平たく言えばそうやねん……」
 舞黒屋のオヤジはさっきから口を濁すが、それには理由があったようで、ようやく意を決したように口を開いた。

「……うちの子が連れ去られたんや」
 何が言いたいんだ、このオヤジ?

「あんたんちの子供がさらわれたからって、ヤクザを誘拐するのは、そりゃお門違いだ」
「まあ。そうでっかい声出しなはんな。玲子。おまはんが説明しなはれ。そのほうが丸く収まりそうや」
 オレもハゲと語るより、美人とのほうが気分いい。

「あのね。カマイタチぃ……」
「ちょっとアネゴ。その言い方やめてくれ。オレはニュータイプの極道を目指してんだ。そんな古臭い言い方やめたんだ。思い出してもハズいぜ」

 姐御は咳払いを数回してから、
「連れ去られたのは、白鐘アカネなのよ」
「えっ?」
 と疑問をもたげたのは、ハゲオヤジのほうだった。
「アカネの苗字は『シラガネ』やったんかいな」と首を捻った途端、
「名前をつけたのはアンタだろ……」とかユウスケの旦那に突っつかれて、ハゲは倉庫の隅に引っ張られて行った。

「どういう意味すか、あにい? アカネさんがあのハゲの娘っすか? ぜんぜん顔が違うッすよ」
 うむ。ヤスの言い分も間違っちゃあねえ……なんか、オレも腑に落ちない。

「おっ、そうか。納得だな」
 実業家には複雑な家庭事情があるというからな。
 顔が違うが、このオヤジが名付け親だと言うからには、アカネさんは誰かとの隠し子だ。
 ようするに、腹違いの父親違いの子なんだ。
「誰の子なんすか?」
 くだらない事を詮索し始めたヤスの後頭部を一発、叩(はた)く。

「おめえも任侠者だったら、察するという言葉を知れ。妾といってもいろいろあんだぜ」

「それでね、アカネが行方不明なのよ」
 妾(めかけ)の実家が豆腐屋というのも、複雑そうだし。
 なるほどな……。

「ねえ、ちょっと聞いてるの?」
 ハゲと坊主が倉庫の端っこで言い争う姿をぼんやり眺めていたオレの袖を姐御が引いた。

「そんなの警察に言えばいいじゃねえっすか」
「それがさ。警察では歯が立たない連中なの」
「だからオレらか……」
 嫌な予感がしていたんだ。

「情報によるとね、ザリオンの民間人にさらわれたみたいなの」
「民間人? それならやっぱり警察の仕事だ。オレたちヤクザもんには関係ねえ」
「だから無理なのよ。相手はザリオンなの。しかも裏稼業の人に騙されて付いて行ったのよ」

「裏稼業のモンに騙されて?」
 それじゃあ、ただのバカじゃねえか、と言いかけて口をつぐんだ。
「なるほどな。白鐘さんならしかたねえか」
 何しろオレたちの口車に乗って銀行の金庫を開けちまうぐらいだもんな。

「ほんとうなら裕輔と探しに行くところだけど、あいつ、足を怪我しちゃって」
 ヤスとそろって、ハゲオヤジに何かを告げる坊主頭に目を据える。さっきから何を言い訳めいたことをほざいているんだろ。あいつ。

「ほんと情けねえな。捻挫ぐらい2日もあったら治るだろ?」
「でしょ。でも、当分歩けないって言うからさ。ま、とにかくここで立ち話は何だから、司令室まで来てよ」


 白鐘のネエサンも茶の一杯でも飲んで行ってくれと言うので、姐御に連れられて倉庫を出ることにした。

「すげえなぁ、舞黒屋の倉庫……こんなガレージが欲しいっすね」
 羨望の混じる声を上げるヤスに、オレも同感だ。自動扉だし防弾仕様と来ている。

「すげえなヤス、見たかあの防弾扉の分厚いこと」
 姐御は首を後ろに振りながら、
「防弾扉じゃなくてね、防爆ハッチって言うのよ」

「防爆……すげえぇ」
 ヤスはもう一度振り返る。

「マイトでも破壊できねえんすか?」
「ここは発着ベイですから、粒子加速銃の高エネルギーシードぐらいでないと無理ですね」
「な、何すか、粒子加速銃って?」
 武器と聞けばオレたちヤクザもんは黙っちゃいねえぜ。それがヤスならなおさらだ。

「このあいだアカネが担いでいたでしょ。アレよ」
 そう言えば重たい物を肩に掛けていたようだが。
「金庫破りの道具かと思ってやしたけど、あれって武器だったんすか?」
「そーよ。それからこれはそのハンディタイプ」
 と、上着の内側から取り出された銃。

「でっか!」
「そんな銃をネエサンは常備してんすか? さすがっす」

「とんでもない。いつもは持たないわよ。でも今はちょっと緊迫してるからね」

 忽然とオレの足が床に縫い付けられた。
「ちょ、ちょっとアネゴ。あの防爆ハッチに穴を開けるほどの銃を持ち歩くほど緊迫してるってことっすか?」
 少し心の臓(ぞう)を落ち着かせよう。こういうときは深呼吸だ。

「アカネさんを連れ去った裏家業の者って、どこの組のモンでやすか?」
「まぁ。司令室でお話ししましょ」

 なんか今すぐ飛んで帰りたい気分濃厚だが、後ろから舞黒屋のハゲオヤジと松葉杖のユウスケがオレたちの逃走経路を塞ぐように付いて来るのは気のせいだよな。

「さ。入って。ここが銀龍の司令室なのよ」

「舞黒屋の裏組織、銀龍組でやすか?」
 そう漏らしたのは当然だ。姐御が指し示す部屋から、ドスの利いた大勢の笑い声が外にまで響き渡っていたからだ。

 まぁ。オレもこの道に入ってもう中堅だ。ここでビビってケツを割るワケにはいかない。ハッタリでもなんでもいい、相手に舐められたらおしまいだ。
「おら、胸張れ、ヤス! オレらは藤原一家を背負って来てんだ。どんな極道が現れたって舐められるな。どんと構えろ」
「お、お、押忍。キムあにいより怖い人はこの世にいないと思ってんだ。オレ、そのあにいにも気に入られてんっす」
 とか、互いに気合を入れて部屋に入った。

「ぐぉぉぉわぉぉぉぉぉっ! 何だこりゃぁぁぁ!」
 中の光景を目の当たりにした俺の腰が砕けちまって、股が勝手にパカパカするのを必死で閉じた。ヤスはバネの壊れたオモチャの人形みたいに跳ねてぶっ倒れた。

「何をはしゃいでまんの? はよ司令室に入りーや」
 後ろからやって来たハゲオヤジがそう言うが、
「わ、わ、ワニじゃねえか。おめぇら部屋ん中で猛獣飼ってんのかよ。でけーよ。でか過ぎる。それに一匹はぜってえ恐竜だ。座ってるのに頭が天井に着いてんじゃねえかよ!」

 腹ばいで逃げ出そうとしたヤスの足首を引っ掴み、ユウスケの旦那はこっちへ引き摺りつつ、驚愕の言葉をのたまった。
「先に教えておくワ。あれがザリオンだ。第一連合艦隊から第五までの艦長さ。あんたらの言葉で言えば組長さんだな」
「ざ、ざ、ざ、ザリオン……連合艦隊……組長……ワニ……恐竜?」
 ビビった頭の中からは断片的な単語しか出ねえ。マジだ。こんな衝撃を受けたのは藤原一家に入ってから初めてだった。

「嫌なら断ってくれていい。ちゃんとアルトオーネまで送らせてもらうよ。警察署の駐車場でよければな」
「くぬっ」
 この偽名野郎。オレを舐めんなよ。

「ザリオンだろうが恐竜だろうが、こっちも極道だ。覚悟はいつでもあるぜ」
「それなら話しやすい……もうひとつ忠告しておくよ」
「この上に、まだあんすか?」
 ユウスケの旦那は泡を吹いて気を失っちまったヤスを手放し、床でごんっと音を言わしてから、
「あの5人は全員が玲子の家来だからな……逆らうな」

「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃ――っ!」

 オレの叫び声が銀龍一家の近代的な設(しつら)えの奥まで響き渡ったのは、致し方の無い事実さ。



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