【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 4月19日(水)

超新世紀シンゼローム


 そんなこんなで、あくびの2発も出た頃――。

「あー。いたー。ほんとにいたよー」
「うっそぉ! あ、ほんとだ。ほんとにFシリーズだ!」
 最初は可愛い女の子の二人連れだった。ギャルちゅうやつだな。そしてすぐに男子が寄って来て、
「おい来てみろ、本物のガイノイドがフィギュア売ってんぞ!」
「すげえ。あのお父さんが言ってたことは本当だったんだぁ」

「どうしたんだ? 急激に人が集まって来たぞ」

「さっきFシリーズの良くできたフィギュアを握っていた子供がいて、その子のお父さんに訊いたら、この辺にブースがあるって。それもほんもののガイノイドも来てるって言ってたもんだから……」
 ひとりのコギャルが説明して、
「そうよ。ずいぶん探したんだよ、超ウケるっしー」
 って、何だか馴れ馴れしいな、お前ら。

「ねえぇ。あんた名前なんて言うの?」
 と尋ねられ、茜は屈託のない無垢な光を帯びた目で、
「あ、はい。わらひはぁ。アカネって言います。以後よろしくお見知りおきくらさーい」
 こいつも急なことで、だいぶアガッてやがる。

「可愛ぃぃー! アカネちゃんかぁ」
「この子ぉぉ。きゃわいい服着せて貰ってぇ。白で統一してんのは超センスいいんすけど。あっし、キュン死寸前っす」
 お前は言葉遣いが、超なっとらん。


「おーい、ここだ。ここで売ってんぞぉ」
「やっと見つけたぁ。ここだったんだ」
 あの父娘(おやこ)がどこで何を吹聴したのかは知らないが、人が集(たか)りだすとそれは雪だるま式に膨らんでくる。

「おじさん。このフィギュア買います。けっこういい仕事してっすねー」
 おじさんって……。
 まぁ買ってくれるんなら、何でもいいや。
「だろ。田吾っていうモデラーが作ってんだ。バカだけど手先だけは器用なんだ」

「あ~のぉー。タゴさんてぇ、ギンリュウのタゴさんっすよね」
「あ――。お前、このあいだのヲタ。その牛みたいな粘っこい低音とスカイブルーの顔、忘れねえぜ」

「ああ。このあいだザリオンから救ってくれたおじさんっすね。どうも。今日はここで仕事っすか?」
「あ? ああ。フィギュアと野菜売ってんだ」
 ほんと、節操がねえぜ。

「あ~のぉ。今日はー。友達も連れて来てるんす」
「お前、友達いるの?」
「同人サークルなんすけど」

 人懐っこい面立ちを破顔させて、あの時のヲタが後方に手を振った。
「あ~のぉぉ。みんな、こっちっす、こっち」
「あーいたいた。わぉぉぉ。Fシリーズのガイノイドだぁ」
「うほぉぉ。フィギュア新作だしっ!、おお、このガイノイド、着ぐるみじゃない。ほんものだぁ!」
「ほんとだ。うはぁ。この子、名前、何ちゅうんすか?」
 お前らが先に名乗れよ。

「アカネちゃんて言うのよ。ちょっとあんたたち、あとから来て割り込みは無しよ。ちゃんと二列に並びなさいよ!」
 玲子みたいな女子はどこにでもいるようで、
「ほら。あんた何買うの? 売ってるのはフィギュアと野菜よ。まとまりのない店だけど我慢しなさい」
 どーも。しーませんねぇ。変な取り合わせで。
「そだ、あんたはもっと野菜食べたほうがいいわよ。顔の色が青いもの」
「これはぁ。アンタリアン人だからでぇ。べつに病気でもなんでもないのでぇす」

「野菜って、この湯気の中に置いてあるの? これ何すか? うきゃはは、うけるー。マジでフィギュアと野菜だよー。うきゃきゃきゃ。超ウケるんすけど」
 どうやら商売の神様の思惑は少しズレていたようで、
「うひゃぁー。これってシンゼロームだ。すげえ。Fシリーズとシンゼローム。デラウケ~」

 うけてくれたらそれでいい。ついでに買ってってくれ。

「美味しいですよぉー。わたしとミカンちゃんとで丹精込めて育てましたぁー」
 茜が一言しゃべるだけで、歓声が上がる。

「Fシリーズ、可愛ぃぃぃぃ!」
「萌ぇぇぇぇぇ」
「古(いにしえ)より伝え渡る真実はここにありき」
 お前はなに言ってんの?

「あ、この子、厨二病なの」
 病気か。だったらこんなとこで油売ってないで病院行きな。

「我(われ)の病(やまい)は近代医学では治らぬ。しかぬばこの場にて魔獣召喚の儀を行う」
「あーごめん。今忙しいから後でな。なんならトイレでやっといで」
「ならば……」
 思いつめたような目つきでじっとデスクを睨み。

「これ……」
 顔を伏せたままフィギュアを差し出す魔女っ娘。
「はい。ありがとうね」
 おじさんは疲れるっすよ。


 ヲタとギャルの視線が徐々に野菜へと移って行く。
「ガイノイドが野菜? やっべぇぇーっす。あっし、ヤッパ超ウケるんすけどー」
「農作業をガイノイドがするんですかー。へぇおんもしれぇー」
「アンドロイドが創ったシンゼローム。すごーい。新世紀シンゼロームだ」
「何それ? 新しい合体もの? じゃあ買う。シンゼローム買う」

 価値感が大に逸れて行くが、そんなこと知らんよ。売れりゃあいいんだよ。
「そうさ。今までのシンゼロームはもう古い。創世期が訪れたんだ。これからはガイノイドがシンゼロームを創る時代さ。それが超新世紀シンゼロームだぜ。超新しいんだ」
 もはや自分で何言ってんだか解かっちゃいない。まるで社長のタマシイが憑りついたのかと思ったぜ。

「買うっ! 超新世紀シンゼローム。ヤバイす。胸打った。なんか激熱なんすけどー」
「ぼ、ボクも超新世紀買うっす。2個ください」
「こっちは三つください」
 加湿器も販促デコレーションも、何も要らねえじゃねえか。
 これからはこういう売り方したほうがいいみたい。やっぱ感覚が俺たちとはだいぶ違うんだ。


「合体ものもいいけど、この子も可愛いわよ」
 誰も合体ものだとは言っていないが、今度はミカンに視線が集中する。

「あんのぉぉ。これもゲキレアっす! ルシャール星の緊急救出ポッド型のアンドロイドっす。トランスフォームするんすよねぇ。おじさん」

 おじさんとかオヤジとか呼ばれるのが、無性にしゃくに障るのだが。

「ああぁ。詳しいねえ青顔のヲタくん。一人乗りのシャトルに変身すんだ」
「あ~の~。タゴさんに聞いて無いんすか、ボクにはオワッティっていう名前があるんす。それよりこっちのトランスフォームアンドロイドはなんていう名前なんすか?」

「ミカンちゃんでーす」と茜。
「ミカンちゃーん。こっち向いてぇ!」
「きゅー?」
 もう俺なんか蚊帳の外さ。気づけばマジで外に放り出されていた。

「ミカンちゃーん。超可愛いんすけどぉぉ。あっし、フィギュアと野菜買うわ。アカネちゃーん両方買うからさ。サイン貰えない?」

 あ、サイン会ね。あのね、後でまとめてやるから。
「あ、はーい。いいですよ。色紙有料ですけど、たくさんありますよ。いかがですかぁ?」
「どうせサインも有料なんでしょ。でもいいわ。全部まとめて買う。こんなことめったにないもん」

 いつの間に色紙まで準備していたんだろう。しかもサインまでも金取ってけど、連中平気で払う気だし……。
 社長の思惑だとサインは客寄せの無料サービスのつもりだったのに、勝手に有料サインに切り替わった。

 俺だったらアカネのサインなど金を貰ったって欲しくないのに、気づけば長蛇の列になっている。それにニコニコ顔で応える茜は疲れを知らない。人間じゃねえからな。

 なんか、こいつ商才があんじゃないの?
 管理者、恐るべし。なんちゅうロボット作ってんだよ。


「こっちだ。サイン会やってるよー」
 新たな団体が反対方向の入口から押し寄せてきた。

「あー。みんな落ち着いてよー。まだ色紙はたくさんあるからね。それとシンゼロームもあるわ。ぜひ買ってってよ。お母さんが喜ぶよー」

 ヲタと言う連中は意外と秩序正しく、中には率先して協力してくれる奴が現れる。
「あのぉー。フィギュアは残り20体しかありませーん。モデリングをしてるのはボクの知り合いでぇ。頼めばいくらでも作ってくれます。だから慌てないでくださーい。買えなかった人は、この製作依頼書に名前を記入してください。予約販売とさせていただきます。」
 青い顔が健康体だと言うオワッティなんか、もう関係者気取りだし。

「すみませーん。申込書、こっちにももらえますかぁ」
「あ、はーい。並んでくださーい。申込書はいくらでもあるんでぇー。押さないでー。先頭の20名までが今日フィギュアを買って帰れまーす」
 いっぱしのスタッフだった。
「シンゼロームも一緒に購入される方はー。アカネちゃんのサインにミカンちゃんのサインも添えまーす」
 勝手に内容が変わっていくけど、理にかなった流れになっているので、誰も文句を言わなかった。

 やがてフィギュアもシンゼロームも飛ぶように無くなっていく。そろそろ次の企画を始めるチャンスだ。ここであれをやるか。

 俺は控室になっていたテントに飛び込み、銀マットで包まれた特大フィギュアを持ち出した。
「さぁ集まったガイノイドファン待望のオークションするぞ――!」

「うおぉぉぉ待ってましたぁ!」
「オークションだって。帰らないで待っててよかったぁー」
「何すか、その銀シートに包まれた物は?」
「あの形からすれば大きなものだよぉ」
「オレ、人の倍出すっすよー」
 まだ金額も商品も見せていないのに、もう熱く盛り上がってきた。

「ちょ、ちょっと慌てないでくれよ。はいはい、下がってね。おい、オワッティ、みんなをもう少し下がらせてくれ」

 完全にヤツはスタッフだった。
 しかもこいう空気によく慣れている。

「あ~のぉー。それが何か高い位置からよく見せたほうがいいです。これだけ人が集まると。見たくて後ろから圧して来るから危険っすよ」

 よく知ってるねぇ、きみ……。
「私設オークションに行くことあるっすから」

 とにかくヲタの言葉を信じて。
「オークションに出すのはこれだ。アカネの五分の一フィギュアだ。見てくれぇ」
 空になった金属ケースを台にして、一段高い位置から片手で掲げた。

「うぉぉぉぉ。ゲキレアっす」
「四分の一スケールは大きすぎるけど、十分の一スケールでは小さすぎる。おおおお。今までにないゲキレアのスケール。五分の一!」
 どこかでヲタが叫んだものだから、人混みがどっとドヨメキ、押すなと言う声が上がるものの、集団の力は恐ろしいものがある。

「うがぁぁあ!」
 前から圧してきた人の波に倒された。さらに運の悪い事に金属ケースと言う不安定な場所に立っていたものだから、もろに転んだ。
「あつつつつつ」
 玲子ほどではないが、田吾よりかは運動神経はあるほうなのに、咄嗟にかばい切れなくて足をやられた。たぶん捻挫だ。

 でも不幸中の幸いだ。オワッティの忠告を守っていなかったら、こんなもんでは済まなかっただろう。押してきたのはほんの一部分の連中だった。
「あ――っ。圧さないでくらさーい」
 人混みをアカネが押し返したが、すでに足の痛みは頂点に。

「痛てててててて」

「どうしたのよ~この人混み。すごいじゃない」
 ちょうどいいところに玲子が顔を出してくれた。

「あぁ。このあいだのオネエサン」
「あー、ヲタだ。元気していたぁ?」
「あーのぉ~。青い顔でも元気なのはボクの取り柄でしてぇ……」

 お前らこんなところで、世間話を始めるな。

「ねー裕輔。この騒ぎは何よ?」
「あぁ。ヲタとコギャルが集まってんだよ。みんなアカネのファンだ」

「あのぉ。コマンダーさん大丈夫ですかー?」
 群衆に押し倒された俺の容態を心配そうに探るオワッティ。
 こいつはヲタだけど、人はいい奴だ。だが、口が軽いのが欠点だ。今の言葉に一部のギャルが反応した。

「ええっ! この人がコマンダーなの?」
「うっそー。コマンダーってイケメンがなるんじゃないの? 超ウケるんですけどー」
 一般人の思惑と実際とは大きな隔たりがあるのが一般的なのだ。お前らは知らねえだけだ。

「ウケてるって、裕輔」
「バカ。こいつらの言葉は特殊なんだ。そう言う意味に取るなよ。いたたた。コマンダーの条件にイケメンなんて欄は無いからね。信用すんなよ」
 片脚をかばって立ち上がるが、痛みが消えることは無い。
「痛ててて」

「大丈夫ですかー。コマンダー?」
 不安げな表情で覗き込む茜に玲子が言い切る。
「大丈夫よ。たぶん捻挫でしょ。2、3時間で治るわ」
「治るかっ! 俺は超人じゃねえ」

 もう一度、茜の肩にすがりながら立ち上がるものの、
「いててて。ダメだ。立っていられない」
「あのぉー。どうするっす。ここでオークションを中止にしたら、大騒ぎになるっすよ。これだけの人数になるともう暴動っす」

「いててて。弱ったな。玲子、代わってくれないか」
「いいわよ。面白そうじゃない」
 そう言うと、すくっと台の上に立ち上がり、
「おーし。あたしが仕切ってやるわ」
 元気な声を張り上げ、群衆に向かって両手を振りかざした。

「みんなー。フィギュアほしいかぁー?」
「おおぉぉぉーっ!」
 体育会系はこういう時に動じないからいいのだが、何だか逆に連中を煽っていないだろうか。

「アカネと握手したいかぁー!」

「「「「「うおぉぉぉぉーーっ!」」」」」

「れ、玲子、やっぱいいや。お前仕事あんだろ。後は俺が……」
「仕事はもう終わったわ。あんなのちょろい、ちょろい。あなたは控室で寝てなさい」
 いやそういうワケには……。
 
「よーし。オークション始めるねー。商品はこれ一点限り。みんなぁ覚悟はいい?」
「おぉぉーぉっ!」

「さぁこれだー。アカネの特大フィギュア」
 銀シートをぱあっと捲り、堂々と掲げる玲子。低いどよめきがそれを中心にして波のように広がった。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 俺たちのブースは完全にヲタとコギャルに取り囲まれていた。その人数? 解からん、知らん。人混みはホールの外まで広がっていたんじゃないかな。

「アカネ?」
 気づくと茜がいない。駆け寄る群衆に潰されそうになった俺を助けようと、圧し返したところまでは見ていたが、その後、捻挫の足を摩ったり、そこへ玲子が登場したりと、ごたごたが続いており、気が付いたら姿が消えていた。

「ミカン、アカネはどこ行った?」
「きゅーり、きゅるらりぃきゅろりりる」

 だめだ。何が言いたいのかさっぱりだ。あのパイロットと連絡は付かないだろうか。
「玲子、無線機貸してくれ」

 彼女はヲタ連中を捌くのに手一杯で、群衆に向かって大声で何か喚きながら、無線機だけをこっちに放って寄こした。
 ちなみに競り値が結構な数値に競り上っていて驚いた。こいつヲタの扱いに慣れていやがるな。

「あー。社長。組合長さんそばに居られますか?」
 競売の騒ぎで無線機の声がよく聞こえない。
「すみません、社長。すげぇ反響で、お客さんが大勢集まっちゃって、もうテンヤワンヤの騒ぎです」
 耳に直接スピーカーを当てて、かろうじて何か言うのが聞こえた。自分のアイデアが当たったと思って喜んでいる。

「そうす。俺たちを運んできたパイロットさんがまだそばにいたら、ちょっと頼みたいことがありまして……」

 何だ、と訊いて来たが、まさか茜がいなくなったとは言えない。実際、ちょっとどこかへ行っただけかも知れないし。
「ちょっとミカンの通訳をしてもらいたいだけっす」
 とだけ伝えて、パイロットの到着を待った。

 彼は駐機場で船の整備をしていたらしく、すぐにやって来てくれたのだが、この人混みだ。ブースに近づくことが困難だったことを告げたあと、
「ひやぁぁ。大盛況じゃないですか」
 爽やかに額の汗を拭いつつ、改めて驚きの声を出した。

「いや、俺も戸惑ってんだ。ヲタ連中のパワーを過小評価していたもんでさ」
「野菜も完売ですね」とか言って、金属ケースの回収に掛かる後ろ姿は、もう仕事モードだ。けっこう真面目な男なのだろう。

「あのさ。呼んだのは撤収の準備を頼むためじゃないんだ。ミカンの通訳をしてほしくてさ」
「お安いごようさ。あれ? 足どうしたんですか?」
「あ……あはは。かっこ悪い話、群衆に押されてちょっと捻っちまった」
「ですね。これだけの人数になると大変だ」
 彼は群衆に手を振ってオークションを仕切っている玲子の横顔を眩しそうに見つめ、俺は人混みに怯えるシャイなミカンを呼び寄せる。

「アカネがどこへ行ったのか、この人に説明してくれ」
 ミカンは丸い頭を前後に一度振って、
「きゅーり、きゅるらりぃきゅろりりる」

「この調子なんだ。俺にはさっぱり解からない」
 パイロットの青年も顎を摘まんで首を傾ける。

「この子の発音は少し変わってるんですよね」
「ちょっと特殊な環境に長いこと居たからな」
「分かる部分だけを伝えると、アカネさんはクスリをもらいにどこかへ行ったとか」
「クスリ?」

「きゅらりらららりゅり」
 ミカンは俺の足を指差してひと鳴きした。
「どうも、捻挫のクスリみたいですね」

「あー、アカネらしいな。病気と怪我の区別がまだしっかり学習されていなくて、怪我もクスリで治ると思ってるんだ」
 医務室へ行ったことが分かり、ひとまず一呼吸吐ける。

「この金属ケースもういらないっすね。片づけますよ」
 ラルクは自分の仕事に戻り、俺も後ろ姿に声を掛ける。
「悪いね。本当なら手伝いたいところなんだけど、足がさ……」
「あーいいって。捻挫は安静にしておいたほうがいいっす」

 俺も笑みを返しつつ、今度は玲子の後ろ姿を仰ぐ。
 笑顔を絶やさずヲタやコギャルを相手にする姿を見て、感動さえ生まれた。人の扱いにこなれた感じが伝わってくる。社長が優秀な秘書だと認めるのが納得だった。

「はーい。決定ぇぇぇ!」
 玲子の黄色い声と、ドッと言う歓声でオークションが終わった。
 拍手と溜め息の混ざる人混みが解散していくのは集まった時と同じであっという間だった。

 心地よい疲労感に、ぺたんと簡易的な椅子に座る青顔のオワッティと、販売の手伝いをしてくれた気の良いギャルたちに、ミカンがお茶を配っていた。今朝茜が淹れて冷やしていたやつだ。その一つを玲子が受け取り、シートに座り込んでいた俺にも差し出した。

「お疲れさん。すごい金額で競りが終わったわ」
 と労いの声を掛けてくる玲子の手には、紙幣の束が握られていた。

「五分の一というゲキレアスケールならまだ安いほうっすよ」
 気のいいヲタとギャル二人に、バイト代と称して玲子が手渡すあたりもしっかりしている。

 二人のギャルは笑顔で帰って行き、オワッティは茜が返ってくるのを待つと言うので、まだ椅子にしがみついて、ミカンがパイロットと金属ケースを片付けて行いく動きを見つめていた。
 二人は手際のいい撤収作業を続け、いつの間にか簡易テントも畳まれ、ようやく元の落ち着きを取り戻したフリマの巨大ホールだ。俺たちはもう売るものが無いので早々に引き上げるが、周りのブースはまだまだ頑張るようで、残りの人混みに向かって呼び込みを繰り返していた。

 にしても……。
「おい、アカネはどこまで行ったんだ?」
 医務室に行くにしては帰りが遅い。
 そうこうしていたら、社長と組合長が顔を出した。

「裕輔。大反響やったらしいな。さっきの連絡で聞こえてきた騒動は相当なもんやったんやろな」
「さすが社長ですね。フィギュア、シンゼローム、すべて完売。中でも特大フィギュアをオークション式にしたのは大正解です」
 と玲子が褒め称え、
「まったく。社長さんの商才はほんものですな」
 と組合長も称賛するもんだから、ハゲの機嫌はすこぶる絶好調。

「何言うてまんね。そない褒めても販売掛け率は動かせませんで」
「そのあたりもしっかりしておられる、はっははは」
 スキンヘッドどうしで何をくだらない話をしているんだか。
 あんたの考えはもう古くさいんだよ。これからは何でも超新世紀なんだ。とだけ心の中で唱えておこう。

「それよりアカネはどないしたんでっか?」
 それだよな。
「あのさ。俺がちょっと捻挫をしたもんで……」
「ほんでさっきからそこに座ったままなんでっか?」
 今ごろ気づいたのかよ、このハゲ。

「医務室ってどこか遠いんすか?」
 組合長に尋ねるが、すぐにまだらスキンヘッドを振る。
「とんでもない、あの出口の右隣です。人の出入りが多いので目立つようなプレートも出ていますよ」

「おらんようになって、どれぐらいたつねん?」
 玲子と視線を合わせて、
「もう半時は経つ……」

「ちょっとマジでっか? おかしいやろ。なんぼ人混みがすごいちゅうても5分は掛からんで」
「俺もそう思う。ラルクさんもあの人混みの中をすぐに来てくれたし」
 思いたくはないが、嫌な汗が背中を伝った。

 すべてのヲタが良心的な人間ばかりとは思えない。その思いはオワッティにも無言で伝わった。
「あ、のぉー。ボクちょっと見てきます」
 こいつはすっかり俺たちの仲間だった。

「ある意味アカネちゃんは目立つしぃ。ガイノイドなので変なことは起きないと思うけどぉ。迷子になった可能性がゼロではないっす」
 と言って走り出そうとしたブルースカイ色の顔に、玲子も付け足す。
「ごめんね。そこらでウロウロしてたら、すぐに戻れって伝えてちょうだい」
「了解したー」
 声はすぐに雑踏の中に消えた。

「迷子ぐらいならいいですけどね……」
 組合長も不安げな目で医務室のある大きな出口を見遣った。



 ほどなくして、オワッティが左右に手を振りながら戻って来た。
「あのぉー。医務室の人に訊いたら銀髪の女の子は来なかったって。Fシリーズのガイノイドだという話をしたんすけど、係の人も管理者製のアンドロイドだったらぜったいに覚えているけど、来なかったって」
 俺たちの不安は大きく膨らみ、オワッティも深呼吸をして肩を落とした。
「いったいどこいったんでしょーねぇ」

[マジでどこ行ったのよ。アカネ……」
 玲子の溜め息に答えることができる一つの方法を俺は知っている。
 だてに俺は優衣と茜のコマンダーをしていないのだ。

 オワッティには、「今日の活躍を田吾に伝えておくから、ご苦労さん。解散しよう」と言い残し、俺たちはひとまずミカンとパイロットが待つ駐機場へと歩を進めた。

「裕輔。アカネが心配じゃないの。どうすんのよ。銀龍へ戻る気?」
「どんな手を考えついたんや? もったいぶらんと、はよ言いなはれ」
「銀龍へ連絡をしたいんだ。その無線機では銀龍まで無理だろ?」
「そりゃぁ、周回軌道の銀龍までは無理や。ほうか、パーサーに頼んで、転送マーカーの居場所を探るんか。それもエエ手やな」
 なるほど、と目を丸める組合長と社長に、
「もっと簡単で確実に居場所が分かる方法がある」
「もう裕輔、もったいぶるな!」
 後ろから首を絞めてくる玲子を振り払い、
「ユイに聞けばいい。アカネは今どこにいるか、とな」

「はぁ?」
 大きく首を傾ける組合長は事情を知らない。だが、社長と玲子はぽんと膝を打った。
「なるほど。その手があるわな。ふはは。そりゃそうや。迷子になった本人が銀龍におるもんな」
「あはぁ?」
 組合長の首がさらに傾いた。
 ここは宇宙なんだ。理解不能なことが散らばってても不思議ではない。
 優衣は茜の未来の姿。この時どこへ行っていたか、本人に聞けばすぐわかる。

 しかし、あんな大騒動になるとは、この時の俺たちには想像だにできなかったのさ。


 はあ。足は痛いし、疲れるし、まったくコマンダーなんかになるんじゃなかったぜ。