【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 4月18日(火)

コルス3号星のフリーマーケット


 司令室の大型スクリーンのほとんどを占めるビューワーに、青と緑の混ざった宝石のような惑星が浮かんでいる。そして周りを雑多な宇宙船が周回、あるいは地表に向かって降下し、それとすれ違い外宇宙へと旅立つ大型の貨物船など。その景色はまさに港だった。

「商売の星っちゅうのはホンマやな。景気よさげな景色や。なんや心落ち着きまんな」
「そうかなぁ。俺は何だか忙(せわ)しなさそうでやだな」
「アホか、これまでさびれた惑星ばっかりで、ワシは気が滅入っとたんや。見てみいあの渋滞。地表に向かう宇宙船があんなに並んでまんがな。あそこへ行って何か売ってみい。そうとう儲かりまっせ。ほんまアルトオーネが懐かしいワ」

 はぁーあ。やっぱりこのオッサンの頭の中はそれでいっぱいなんだ。
 何しろ人を見たら金儲けの話。出すのは呼吸すらもったいないと言いだすほどだからな。

 付き合い切れなくなって、俺は自分の席に戻った。
 あーやだやだ。

 潤んだ眼でビューワーに釘付けなのは茜と社長だけ。
 社長は商いに夢を馳せ、茜は別のところを巡らせて二人仲良く忙しなく動き回る宇宙船の群れを見つめていた。

 席に戻ると戻ったで、鬱陶しいことは途切れることが無い。
「あーやっぱり髪が短いと動きやすいわ」
 俺の前で玲子が執拗に頭を振っていた。
 ヘアースタイルが変わったことをアピールしているのだ。

 ほっとくとウザいので、少しは反応しておく。
「長くたって、体はよく動いていたじゃないか」
 真空オンナはあの事故で髪の毛がずいぶん痛んだらしく、優衣と協力し合ってだいぶヘアースタイルを変えていた。と言っても茜みたいにボーイッシュなショートヘアーではなくセミロングだな。もちろん髪型が変わったのは気づいていたのだが、めんどくさいのでずっと無視していた。
 ちなみに玲子は、あの出来事を事故だと言い張るが、あれは捨て鉢になったバカ女が引き起こした過失的事故だ。

「なによ。それしか言うこと無いの?」
「シャンプーの消費が減って社長が喜ぶだろな」

 玲子は鼻を鳴らして立ち上がる。
「デリカシーの無い奴は無視よ。さ、アカネ。お迎えに行こうか」
 スクリーンから振り返って苦笑いを俺に注いでくる茜の肩を押して、玲子はドッキングベイのあるフロアーへと消えた。


「綺麗になったよ、と素直に言えばいいのに……」
 俺の肩口から背筋が総毛立つセリフを吐いたのは優衣だった。
 結った黒髪が背中で泳ぐロングヘアースタイルは変わらずみごとだ。

「そんなコトをあいつに言ってみろ。口内炎ができちまうワ」
「口内炎ってそんなふうにしてできるものなんですか?」
「あぁ、そうだ。言いたくないことを無理やり言う。つまりストレスさ。口内炎は強いストレスが掛かると発症するんだ」

 うなずく優衣の口元に嘲笑めいたフォームを見つけるものの、ムキになるのも大人げない。俺も階下へと向かうことにした。社長もいないし、これ以上のんびり構えていたら、どやされるのがオチだ。

「それじゃあ、俺は商売に勤(いそ)しんでくるから留守を頼むな、ユイ」
「あ、あの……」
 真剣に何か言おうとした面持ちにドキリとする。

「どうしたんだ?」
「あ……いえ。何でもありません。気をつけて行って来てください」
「う、うん」
 妙な空気だった。何か言いたげな雰囲気が淀んでいた。
 出しかけた言葉を呑み込む今の様子は、何かのお告げを言おうとしてか。アイツの場合は占いとかのレベルではなく、真実を語るから怖い。きっと何か嫌なことが待ち構えているのではないかという不安を滲ませつつ、階下のドッキングベイへと急いだ。



 格納庫が並ぶ後部フロアーの真下に、小型シャトル程度の船なら直接着艦できるドンキングベイと呼ばれるスペースが設けられている。
 ここは新たに作られたもので、以前デバッガーに乗り込まれ、あわやと言う寸前、切り離して爆破させたのさ。え? いつの話かって?
 俺たちが3万6000光年彼方に飛ばされたときだな。めんどくさいから説明は抜きだぜ。知りたかったら、どこかそこら辺を探してくれ。

 で──、新規に作り直す節に。
 ケチらハゲはドッキングハッチを外壁に付けるだけでいい、と言い張っていたが、シロタマが規格外の宇宙船とドッキングができないと猛反発。ほとんど社長を無視した状態で作られたのだが、その後シロタマの主張が正しく、この星域ではアルトオーネ製のドッキングハッチは役に立たないことが判明したため、社長も渋々認めたけど、このことを口に出すのはやめといたほうがいい。猛烈に機嫌が悪くなる。


 ドッキングベイと船内を遮断した扉の前には、フリマへ持ち込む荷物で山積みになっていた。
「売れ残ったらどうなるんだろ」
 と漏らした俺の独白に、溌溂と答えるアカネ。
「朝から晩まで、野菜サラダと野菜炒めでーす」
 俺と玲子は目を合わせてから、そろって不快な顔をした。互いにどちらかと言えば野菜より肉のほうが好きなタイプだ。


 少しして、軽い揺れが伝わり何かが銀龍に乗り込んできた。

《コルス3号星から来られたシャトルが着艦されました。後部ゲートをいったん閉めます》

 パーサーの通信から待つこと数分。ベイに空気が満たされ、遮っていた大きな扉が開かれた。

「お迎えに上りました。ゲイツさん。パイロットのラルクといいます。荷物は後部から放り込んでください。人は前の搭乗口からどうぞ。ちょっと入り口が狭いですので頭に気をつけてくださいね」

 そのコブはそこでぶつけたのか?
 なんてことは口が裂けたって言えないが、気さくな感じで接してきたパイロットも組合長と同じ人種で、背が高く、人のよさそうな若者だった。短めの銀髪の三点が盛り上がるところを見ると、コルス星人の特徴はあのコブのようだ。髪の毛の有り無しは俺たちと同じで、それぞれ個人の特徴と言えそうだ。


「おい、タマ?」
 さっきからシロタマがシャトルの上をうろうろしているが、奴は行く気はない。さっき堂々と「商売なんか興味無い」と宣言をしていた。

「じゃあ、何でうろうろしてんだ?」
 あんまりにもしつこく動き回るもんだから、つい訊いた。
「このシャトルには珍しいディフレクターが付いてるでシュ」
「珍しい?」

『次元フィールド抑制タイプです』と報告モード。
「んだそりゃ。よー解らんな」

「あの……」
 俺の脇にパイロットが近寄って来て、涼しげな声をかけてきた。
「失礼なことを尋ねますが、この白い球体もこの船の装備の一つですか?」
「あ、すみません。ジャマだったらどっか放り投げますんで」

「シロタマ、ボールじゃない!」
「うっせえな。ボール以外何物でもないだろ」

「あ、いえ。管理者製のガイノイドさまが荷物を運んでますし、ルシャール製の救命ポッド型のアンドロイドもいますでしょ。それにこの球状のアンドロイド。アンドロイドと言っていいのか……でも知能はズバ抜けて良いですね。さっきエンジンの質問をされて、その深い知識力に驚愕していたところです」

 パイロットは真剣に驚いた様子で、
「通常はダイリチウムでワープフィールドを安定させるのですが、この船はその代替え品のゼルニジウムを使っていることを指摘してきたんです。エンジンナセルを外から見ただけでそこまで言えるなんて、そうとう精通していないと不可能ですよ……まったくもってすごいです」

 知能が良くたって性格が歪んでいたら使いものにならないのさ。

 そしてパイロットは好奇な視線を茜に滑らせる。
「それと。出発前にガイノイドさまのお名前をお教え願えませんでしょうか。Fシリーズさまではあまりに失礼です」
「わたしはアカネです。アカネちゃんとお呼びください」
「ごめんなさい。『ちゃん』は必要ありませんので……」
 玲子にぽかりとやられて小さな舌を出す茜に、パイロットが微笑み返す。
「アカネさんですか。可愛らしいお名前でよくお似合いでございます」
 こいつにそんな丁寧な態度は不要だぜ。
 と一言付け加えておきたいほどに、ラルクパイロットは低姿勢だった。




 商品と販促機材などを詰めた荷物を積み込み、シャトルは銀龍を離れた。滑らかな飛行輝線を描いて、あっという間に太陽の光を全反射したした宇宙船が小さくなった。

「けっこうな速度が出まんねんな」
 こいうモノにはめっもう興味が湧く社長だ。黙って過ごすはずがない。

 船首のパイロット席から、ラルクさんが顔だけをこちらに捻って、
「光速の35パーセントまで出せます。コルスの衛星まで5秒と言ったとこですね」
 爽やかな声で答え、社長が返す。
「ほう。52万キロも離れてまんのでっか。ワシらの衛星は43万キロの位置におますんやワ」

 計算速いな。

「コルスにはもう一つ衛星がありましてね。ちょっと先なんですが、そこが今、もめてまして……」
 少し表情が陰った。
「どないしたんでっか?」
「あ、いや。他種族の方にこんなことを言ってもどうしようもないんですが……」

 思いつめたような表情は気の毒にさえ思える。
「愚痴だと思って聞いてください」
「はぁ……」
「ゼブスと言う衛星なんですが、いま採掘権で異星人ともめてまして。もともとコルスの領域なんですが、ゼルニジウムが発見されたんです。ところがそれを最初に見つけたのが他の惑星の種族なんですよ」
 と言ってから付け足す。
「ゼルニジウムとは亜光速エンジンに必要不可欠な物質なんですよ」

「ははぁん。よーある話やな。お前んとこの土地やけど見つけたんはオレらやから、なんぼか寄こせっちゅうやつでんな」

 ラルクさんは操縦桿横のキーボードを叩きながらうなずく。
「そうです。採掘権の90パーセントも要求して来たそうです。数週間前のニュースでそんな話をしていました。今その話題でコルスの政府は緊張状態です」

「えげつないやっちゃな。90パーセントは取り過ぎやろ、商売人の風上にも置けまへんな」
「貪欲なヤツがこの星域にもいてんだな。どこの種族なんだ。まるでザリオンじゃないか」
 他人事には思えなくなってきて、俺もつい声を強めてしまった。

「へぇぇ。ご存じだったんですね。そうです、ザリオンです」

「ぬはぁぁぁ……」
 俺と社長は互いに側壁へと視線を逸らし、玲子は後ろの座席で溜め息を漏らした。

「い、いや。ぜんぜん知りまへん。ザリオンって何やろな。おまはん口から出まかせにゆうたらあきまへんで」
 どういうワケだか俺が睨まれることに。

「何しろ宇宙一狂暴なザリオンですからね。たぶん政府は90パーセントで飲まざるを得ないでしょうね。これでシャトルの燃料代が少しは下がると期待していたんですよ」
「それは気の毒な話やな。そやけどザリオンってそんなにあくどい連中とちゃいまっしゃろ。いや、噂しか知りまへんけどな」
「それがゲイツさん。ザリオンは噂どおりの連中です。特に今回主張してきた連中は連邦の中でも第五艦隊って言う話で、ザリオンでも最悪の連中ですよ」

 どたんっ。

 俺の後ろで玲子がひっくり返った。

 パイロットは吃驚(びっくり)したような顔をして、座席ごと後方へ体を旋回させる。
「大丈夫ですかレディ。揺れましたか?」
「い、いえ。ちょっと姿勢を崩しただけで……だ、大丈夫です。お脅かせてすみません」

 俺だって一緒にひっくり返りたい心境だ。
 ザグルの野郎め。相変わらずタチの悪い事をしてやがるな。

「………………………………………」

 なぜかそれっきり誰も口を開こうとしなかった。せっかくパイロットが絶妙な操縦で渋滞を回避するコースを取ってくれたのに、俺たちの頭にはオレンジ色の目をしたワニ顔がしか浮かんでこなかった。それも片目のな。




「これはこれはゲイツさん。お疲れ様でした」
 まだエンジンナセルの熱気が冷めないシャトルのハッチから、憂いに沈んだ顔を出した俺たち。それを見てジュディさんは不安げな表情を示す。「どうなされました? 乗り物酔ですか」
 社長はパイロットに気遣って、強く首を振る。
「とんでもない。滑らかな操縦でしたで。立派なもんですワ」
「ならよかった。さあ、どうぞこちらに。まだエンジンが熱いですから、あ、ほらここ、気をつけてください」

 面倒見の良いジュディさんは、ビューワーに映っていたよりも小柄だった。あとスキンヘッドの艶が意外と美しいのと、三つのコブがパイロットのラルクさんよりも出っ張っている──どうでもいいことだがな。

 ほんと、どうでもいいことだ。

 さっそくラルクさんが荷物を下し始めた後部デッキへ、ミカンと茜が飛んで行く。
「パイロットさん。荷物はわたしたちで運びますので気にしないでくらさーい」
「大丈夫ですよアカネさん。これも貨物船パイロットの役目です」

 そこへとミカンも滑り寄り、
「きゅりりきゅる」
 何か訴えてきたが、俺は意外な光景を目の当たりにして驚いた。

「そうかい。お前さんがこれを育てたんだね」
 このパイロットはミカンの言葉が解るようだ。
「きゅらりきゅくりくきゅるきゅらり、きゅるらりるら」
「ほう。シロタマさんて言う人が作った人工太陽のおかげなんだ」

 おいおいおい。どういことだい?
「こいつの言葉が解かるんすんか」
 ラルクさんは夏空のような爽やかな顔を俺に向け、
「ルシャール星の救出ポッドの言葉を知るのはパイロットして当然です。月に一回セミナーが開かれていますからね」
「マジっすか」
 驚嘆の声を漏らさずにはいられなかった。

「それよりあなたがアカネさんのコマンダーだと聞きましたよ。ワタシにとってはそのほうが驚異ですよ。生まれて初めて管理者製のガイノイドコマンダーと呼ばれる人と出会えて、ちょっと興奮してるんです。ガイノイドのメンテナンスは難しいって言うではありませんか。どうなんです?」
 と尋ねられて、まさか一日の出来事を聞いてやるのがメンテナンスだなんてこと、恥ずかしくって言えるか。
「そーすっねぇ。メンドイっていうか。ま、すぐ慣れますよ」

 困惑する俺の背後で大げさに驚くジュディさん。
「うおぉぉぉ。ゲイツさん本当のお話しだったんですね」
 一個のシンゼロームを大切に両手で持って、照明の光に当てていた。

「すばらしい。傷一つ無し。完璧な良品ではありませんか。ああぁ。良品のシンゼロームを山積みした光景がみられるなんて夢のようだ。あ、キミキミ」
 フィギュアを運び出した後に、シンゼロームに手を出そうとしたパイロットに慌てて声を掛ける組合長。
「これはシンゼロームの良品なんだ。専用のケースを使ってくれたまえ。もし落として傷をつけたら、キミに支払うギャラが吹っ飛ぶからね。丁寧に頼むよ」

「了解しました、組合長さん」

 パイロットは生唾を飲み込みつつ、丁寧に頭を下げると内部に柔軟な充填材を引きつめた金属製の箱に一つずつ詰め込み始めた。

 俺や茜が手を出そうとすると、彼はそれを丁重に断る。
「お気持ちはありがたいですが、ワタシもプロの運び屋です。搬送中に傷をつけるなんて絶対にあってはいけないことなんです。ここはワタシにお任せください」
 というより、それって野菜なんすけど……。銀龍では投げ合ってましたよ。

 報告すべきか、やめとくか、悩むとこだ。



「ではフリマのブースにご案内します。よその種族の方が高級品を販売すると言うことで、4区画確保してあります。2区画を販売スペースとして、残りのスペースはご自由にお使いください。何でしたらちょっとしたショーもできますよ。ふははははははーあーはっはっはは」

 コルス星の冗談を言ったのかもしれないが、俺たちにはウケなかった。
 玲子だけが気を使って空々しい笑みを浮かべていたが、そのうちぼーっとする俺のケツを後ろから抓ってきた。あんたも笑いなさい、とでも言いたげな目で。
「痛ってぇぇなー」
 笑うどころか取っ組み合が始まりそうだった。



 俺たちが連れて行かれたのは、端が見えないほどもある巨大なホールだ。高い天井にはでっかい空調用のダクトが何本も突き出たとてつもなく広い空間を一定の区画に割り振り、そこの一角を各グループが借り受けて、持ち寄ったモノを売る、まあシステム的にはよくあるヤツだった。

「ゲイツさんはこの白線を引いた4ブロックがブースです」
 と示されたのは、このホールのほぼど真ん中、場所的には出入り口から均等の距離があって悪く無い位置だった。しかも4ブロックになるとかなり広い。

 組合のスタッフさんたちが数人集まり、社長と玲子はさっそく挨拶を始め、俺とアカネは何をしていいのか分からず立ち尽くし、その周囲を興味の赴くままにミカンが走り回るという無駄な時間が流れていた。


 カチャカチャと金属音を上げて、簡易テントが組み立てられていくのを眺めていたら、
「ほれ。裕輔も手伝わんかい。この人らは管理組合のスタッフの方らや。初めてのワシらが困ってたらあかんちゅうて手伝ってくれてはんねん」
「いえいえ正直言って、わたしたちはガイノイドさまの見学ですよ」
 一人のスタッフがテントのタープを張りながら、その横をうろつく茜とミカンの姿を目で追っていた。白のノースリーブで白のホットパンツ姿。Fシリーズでなくとも光り輝いて見える。

 俺は宝石のように扱われた金属ケースを積み上げ、その中の一つを開け、準備してくれてあった氷を隙間に並べた。もちろん鮮度を保つためでもあるが、見た目をよくするための販促デコレーションの一つさ。販促グッズとも言う。それからこれが秘密兵器さ。スイッチオンっと。

 シロタマと社長が作ってくれた超音波加湿器の大型装置を駆動させる。
 こうすると白い霧状の水蒸気が漂い、生野菜を優しく包みこむ。保湿効果と厳かな雰囲気を作り出すことができるのさ。これも商売の神様が憑(と)りついた社長のアイデアだ。

 確かに効果はてきめんだった。包み込んでくる白い霧によって、単純に積み上げたシンゼロームが神々しくも感じ、さらに瑞々しく見える。

「思ったよりエエ感じや。生の野菜を扱うんから、生きた雰囲気を作らなあかんのや。電気製品を売るんちゃうからな」
 よく言うぜ、あんたはどちらかと言うと電器屋じゃないか。

「ほなエエな。裕輔は自分のやることを分かってますやろ。ワシと玲子は組合まで行って、幹部の方らに会(お)うて来ますワ。連絡は取れるように各自無線機持ってますからな。何かあったらそれで連絡を取ること。ええな……ほな行まひょか」
 商売の神様が憑依したハゲオヤジは満足げにうなずくと、組合長と玲子を連れて歩き出した。

「アカネ。売れ残ったらお仕置きだからね。頑張るのよ」
 玲子はそう言い残し、茜も手を振る。
「おまかせくださーい。全部売っちゃって、おユイさんをびっくりさせてあげまーす」

 売り上げの結果はお前の記憶さ。となると優衣は俺たちがここに来る前から結果が解っていて……。
「あ……」
 司令室を出る間際に見せたあの憂い顔は何だったんだろう。

「あー。なんか急に怖くなってきた。何か起きるんだ」
 優衣は何か知っていて、でも時間規則で言えない。きっとそうだ。

 マジかよ。

「どうしたんですか?」
 覗き込んでくる茜には悟られないようにと、微笑だけを返してその場を誤魔化した。



 それから小一時間──。

「ちょ、ちょっとアカネあんまりうろつくな」
 そう言いたかったのは、周りのブースで準備中の別グループの連中が茜を見つけて騒ぎ出したからだ。
 あちこちから『管理者』、『ガイノイド』、『Fシリーズ』の単語が囁き漏れてくる。

 マジで目立つ。俺は一つのテントの周りをシートで囲んで外と遮断すると、控室を拵えて、そこへ茜を詰め込んだ。
「えー。つまりませーん。せっかく市場に来たのに、こんな中に閉じ込めてぇ」
「だめだ、だめだ。お前は目立ちすぎる」

「ずっとこんなところにいたら、暴れそうです」

 こいつがマジで暴れたら、この巨大ホールの天井が抜け落ちてくることになるが、
「もうちょいの辛抱だって。ヲタたちが集まってきたらお前の出番だ。な、可愛い子は後から出てくるもんだ。だからここでもうちょい静かにしていてくれ」
 ふくれっ面がすぐに萎んだ。
「そうですね。あー早くみなさん来ないかなぁ」
 まさにアイドルだった。


 それから店番をすること、何時間経過したんだろう。
「どうなってんだ!」
 思わずつぶやく。そうさ。文句も出るぜ。
 どういうワケか、シンゼロームがまったく売れん。

 フィギュアのほうは、まだヲタが集まっておらず、まあ。ふつうの人が見向きもしないのは予想どおりで、あ、そいえばさっき小さな女の子を連れたお父さんが、泣く子を黙らせるために一体買ってくれた。なんでもその子はFシリーズが好きで、アカネのフィギュアを握らせるとぴたりと泣きやんだ。最初の一体が売れたのを喜んだ茜が控室から出て来て、女の子を抱きあげていたが。お父さんがそれを見て仰天していたのは当たり前だ。本物のFシリーズが我が子を抱き上げてくれたのだから、恐縮しながら帰ったのが印象的だった。

 それが最後でずっと閑古鳥が喉を枯らすほどに泣き続けている。
 そんなことよりもだ。組合長も押してくれたシンゼロームがなぜ売れないのか……。ほらまた来やがった。
 今度もリッチそうな夫婦連れだ。

「キミ。フリーマーケットにしてはなかなか凝った販売ブースだ。このミストが噴き出す販促機材はなかなか雰囲気を掴んでおるな」
 どこかの会社の社長さん風だ。奥さんらしき人も品の良い装いをしていた。

「これはありがとうございます。我が社の販売部長の考案でして、野菜を新鮮に販売するにはこうしろと言う命令なんです」
 本当は社長の命令だが、勝手に部長に降格さ。

「うむ。優秀な社員さんがそろった会社とお見受けする。して尋ねるが……このシンゼロームは本物かね?」
「は?」
「そうですわ。シンゼロームと言えば野菜のダイヤモンド。それをこんな山積みにして売るなんてあり得ません。偽物でしょ?」
 社長夫人がそうのたまうが、モノホンだっちゅうんだ。

「お言葉ですが、管理組合の組合長さんも推してくれていますので、本物で間違いありません」

「だが、おかしいだろ。めったに手に入らない物がこんな山積みって……まさかこっちの金属ケースにも入っておるのか?」
「あ、はい」
 アカネ式の返事になっちまったぜ。

「胡散臭い。かあさん、やめよう。シンゼロームは白菜やダイコンではない。偽物に決まっておる」

 結局、ババぁも賛同してブースの前から消えた。

 と、まぁ、さっきからこういう調子なんだ。確かに貴重なものがこうも簡単に山積みされると怪しく見えるよな。でも今さらケースにしまうのも億劫だし、ま、売れても売れなくても、このアイデアは社長のものだから俺には関係ない。

 だいたい俺は、社長の遊び相手をするためにこの会社に入ったようなもんだから、業務は二の次でいい。我ながらひどい社員だと思うが、知るか。


「売れませんねぇ……」
 肩越しから、茜が疲労感を漂わせた溜め息混じりの声を掛けてきた。
 アンドロイドのくせに人間臭いやつだ。
「ワタシも手伝いましょうか?」
「どうも社長の考え方と世間のそれとはギャップがあるようだな」
 ま、世の中そんなもんだ。

 それにしてもあまりにヒマだったのだろう。茜がテントの前に出て通り過ぎる人に声を掛け始めた。

「どーぞ。美味しいお野菜ですよー。わたしとミカンちゃんで作りましたぁー」
「きゅりりりるりぃりぃぃ」
「おいおい。無理すんな。どうせこんなもの売れないんだよ。何がシンゼロームだ。何がダイヤモンドだ」

「どーぞ。わたしのお人形さんですよー」
「きゅりりりるりリルルリぃぃ」
「もうやめとけアカネ。ビール無いかな? そうだこれだけブースが出てんだ。どっかにビールぐらい売ってるだろ。あっいけね。俺、金持ってねえワ」
 さっき一体だけ売れたフィギュアの金を使ってやろうか。
 売上金をさっそくネコババしようと企む俺ってどうよ。ははっ、ヤケクソだぜ。



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