【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 4月17日(月)

フリマへ行くぞ(連れ去られた白鐘さん)


 ただの嫌がらせだけだと思っていたメッセンジャーだったが、その後の優衣の詳しい調査でそれはネブラが仕組んだ時空修正の捨て駒だったという驚きの事実が確定した。
 だって、玲子が死亡するなんて歴史に変えられた日にゃ、俺たちは怒り狂うというもので。少なくとも俺は怒り狂ったさ。おかげで最悪の結果は阻止できたのだが、俺の頭の中には、断片的にもう一つの歴史が消えずに残っている。困ったもんだ。

 それにしてもカエデの件もその疑いが濃厚だし、ネブラの連中は姿を現さずにだんだん手の凝った方法を取るようになってきて、うかうかしてはいられない。
 早急にプロトタイプの営巣地へ向かいたいところだが、こちらの体勢がまるで出来ていないのが実情だ。なんせ銀龍の横っ腹には大穴が開いたままだし、肝心の怪人エックスからの情報を貰うべく無線機はメッセージャーに操られた茜がぶっ壊したし、その上ハイパートランスポーターの充電不足も重なったため、通常速度で航行することを余儀無くされていた。

 ところが、だ。
 やむを得ない事情なのにシロタマの奴、このままで行くと目的地まで7400年も掛かる、とか騒ぎだして、とろいだの、カタツムリ以下だの、ボロ船だとか、文句を垂れまくり、それがあまりにうるさいので玲子が一喝。即行で黙らされていたことを付け加えておこう。




「ぅきゅーっ」
 球状のタイヤを転がして、足早に畑仕事へ向かうミカンが司令室にいた俺へ挨拶らしき鳴き声を落として通過して行った。
 土産にやった茜のキーホルダーが復活して、後頭部でプラプラ揺れているのは、先日のクルー救出(俺と玲子だな)の功績を称え、田吾が進呈したとのことだが、もともとミカンの物をあいつがくすねていたのを返しただけの話である。


「さて何から片付けるべきなのか………」
 全員分の防護スーツの組み立てとメンテナンスは三日(みっか)掛けて終えた。でも、まだ残る複数の案件を前にして俺は腕を組んで唸っていた。

「お咎め無しじゃなかったのかよ」
 ついでに文句も吐いてやった。

 司令室の壁の修繕と茜がなぎ払った無線機の修理を仰せつかったのだが、これは俺の責任ではない──と主張したいところだが、色々と負い目もあるので渋々承諾した。けど放ったらかしさ。
 しかしさすがに5日目だ。いつまでも引き延ばしているとハゲオヤジが茹(ゆだ)るので、やっと重い腰を上げたというワケだ。


 まずは故障した無線機の中を覗いてみる。

「……………………」
 野次馬と化した茜が横から無言の圧力を掛けて来た。こいつは朝からずっと俺につき纏っていて、鬱陶(うっとう)しいたらありゃしない。もしかして暇なのか?
 暇なアンドロイドというのも、どうなんだ?

 ぶらぶら部屋の中をうろついたあと再び俺の横に立った茜が、手を後ろで組んで体を少し傾けた。
「ねえ、コマンダー?」
「んー?」
「どーして、司令室の扉が無くなってるんですかぁ?」
「さー。どうしたんだろーね」
 説明がメンドイので、上の空で答える。

 こりゃぁ、アンテナターミナルが割れちまったな。
 こっちはパワーセルが外れただけか。
 通信機の破損はそう大したことはなく、俺の拙い電気知識でも修理可能な範囲だった。

「どうして通信機が壊れたんですかぁ?」
「誰かが暴れたんじゃないの?」
「ふ~ん」
 何がふーんだよ。
 おめえだよ、おめえが暴れたんだよ。
 と告げてやりたいが、こいつには罪は無い。


 茜はじっと俺の手の動きを目で追いながら、
「ねえ、コマンダー」
「ん……?」

「どうーして第一格納庫が立ち入り禁止になってるんですか?」
「穴が開いてんだよ」
「どうして穴が開いたんですかぁ?」
「安作りだからだろ。自然に開いたんだ」
 いくらケチらハゲでも、そこまでは経費を削らない。

「ん?」
 きらっと光ったモノが田吾のデスクの下に落ちていた。
 拾い上げると玲子の転送マーカーだった。転送する時に本人の位置を特定する小さな装置だが、これはたぶんメッセージャーと戦った時にこっちの世界の玲子が落としたものだろう。
 そしてポケットからもうひとつの転送マーカーを取り出してしみじみと眺める。
 こっちも玲子のマーカーなのだ。でもこれは別次元の玲子の物。そう、死んだ玲子の形見とでも言っておこう。俺の頭の中には死んだ玲子の面影が焼き付いたままだからいつまで経っても胸の中に傷が残る。それを癒すために大切にしている。

「本人は生きてるのに縁起でもねえよな。ぬははは」
 独りゴチと思い出し笑いのセットを繰り広げつつ、拾った玲子のマーカーは奴の机の隅にそっと置き、心のお宝は元のポケットに忍ばせた。

 そこへと可愛らしい声が落ちる。
「どうしてレイコさんのマーカーをポッケに仕舞うんですか?」
「うるせえなぁ。お前はドーシテ星人かっ! さっきからどうしてどうしてって、うるさいよ。二つあると転送時に齟齬が生じるからこっちは破棄するんだ」
 慌ててポケットのマーカーの所在を確認して安堵する。何しろ異次元からやって来た物だから、ちょっとした言葉でも元の世界に帰っちまうかもしれない。
 消えずに残った物はこれだけではない。まだ防護スーツ一式もある。次元がとっくに消えたのに、これらだけが存在する理由は意味不明の現象だとシロタマも言っていたが、俺にとっては意味などどうでもいい。ようは自分自身が納得するかどうかだ。

「どうして……」
 茜は屈託のない丸い瞳をくりんとさせて、
「ミカンちゃんの体を磨いたのはコマンダーですよね。ミカンちゃんとっても喜んでいました」
「そうか? そう言ってもらえるとうれしいな。なんたってミカンは命の恩人だからな」
「だったら、わたしの体も磨いてくださいよぉ」
「えっ?」
 思いもよらぬお言葉に、首が捻じ切れる勢いで旋回させる。

「いいのか? だってさ、磨くってのは……やっぱ衣服を取ることになるんだぜ」
「もちろんですよ。ガイノイドのメンテナンスはコマンダーのお仕事ですよ」
「お、おう。任せておけよ。今から磨いてやろうか?」
 妙な期待に赤らむ顔を上げて、やっと気づいた。

「何でお前オシャレしてんの?」
 白い短パン、いやホットパンツって言うヤツに、白のノースリーブシャツ。露出の多い肌が超まぶしい。

 ま。オシャレの理由はどうでもいいけど。
「どっから磨く? そのシャツ脱いでみ」
 別に不埒なことを考えているワケではない。自分の愛車だってたまには洗うだろ。その愛車がノースリーブシャツとホットパンツを穿いていただけのことさ。これのどこに問題があるというのだ。

「バカなことを言ってると、宇宙空間に放り出すわよ」
 扉の無くなった司令室に忽然と現れた人影。
 コマンダーの特権を奪い取ろうとする奴は誰だ?

「うっ! 真空オンナか……」
 地獄の宇宙空間から生きて帰って来た女だ。
「アカネの洗浄はあたしがやるから、あなたにはミカンをまかせるわ」
「いらねえよ」

 地獄から這い上がって来た美女は鼻を鳴らして俺に背を向ける。
「さあ、アカネ。こんなバカ相手してないで、野菜運ぶの手伝ってよ」
 バカって……。
 あの時、俺に語ってくれた、甘酸っぱくてむず痒い会話はどうしたんだ。
 あれ以来、いつもにも増してこいつは厳しい態度で接してくる。

「それよりアカネ、なんでよそ行きの格好してるの?」
 そうそう。俺もそれが訊きたい。
「え? だって。野菜を出荷するってシロタマさんが言ってましたので、どこかへ行くんでしょ? だったらわたしも連れってもらおうと、お着替えを済ませました」

「その格好で泥仕事は向かないわね」
 白一色のファッショナブルな衣服で農作業をする奴はいない。

 玲子は踵を返そうとする茜を呼び止め、
「あー。着替えに戻らなくていいわ。ここにちょうどいい駒使いがいたわ」
「もしかして、それは俺だと言いたいのか?」

「どうせ暇でしょ?」
「暇なことあるか。まだ司令室の壁に空いた穴を埋めないといかんのだぞ」

「暇なんじゃない。そんなのミカンに描かせた絵でも飾っておけばいいのよ」
 俺と同じこと考えたということは、社長にも見透かされているかも知れないな。
「とにかく第四格納庫に収穫してある野菜の束を運んでよ。力仕事は男の役目でしょ」

「お前のほうが力あるじゃないか。俺は何度も投げ飛ばされてるぞ」
「あれは合気道よ。力は関係ないわ」

 そのほうが怖ぇえよ……。
「そんなことより、俺は社長に命じられてやってるんだ。許可が出るまで動けない」

「かまへんで……」
 と言って入って来たのは、麦わら帽子をかぶった半そでシャツ姿の社長。バリバリの農作業着姿で現れた。

 おいおーい。
 茜といい、このジイさんといい、サマーファッションが流行ってんの?

 俺は脱力して頭を抱え込む。
「社長。ここは宇宙船の中だぜ。日曜日に貸し農園に出かけて来たオヤジみたいな格好して、何んすかそれ? あんなちっこい人工太陽に麦わら帽子は大げさだろ?」

「アホぉ。シロタマの拵えた人工太陽は夏のアルトオーネ以上の光を放射しまんのや。しかもディフレクターで掻き集めたエネルギーを利用しとるから24時間タダや。こんな嬉しいことは無いで。タダのエネルギーで野菜が大収穫や、もう笑いが止まりまへんがな」

 止まらなさそうな顔してやがる。
「それよりこの部屋の後片付けはもうええ。罰として玲子と野菜売りを命じます。一緒に行きなはれ」」
 気が抜けて崩れ落ちたい心境の俺にハゲオヤジはさらなる雑役を押しつけてきた。
 だいたい、罰って言えば俺がおとなしくなると思われるのが腹立たしい。

「あの時、咎(とが)め無いって言ってたくせに。何で罰を受けなきゃならないんだよ」
「文句いいーな。ほやから咎めてないやろ。仕事を与えてやってるだけや」

 懲役かよ……。

 それより──。
「売るって、そんなに収穫があったんすか?」
「それやがな。宇宙は謎に満ちてまっせ。ちょっと来てみいや」
 だんだん俺の口癖がみんなに浸透してきている。社長はそう言うと俺を第四格納庫に連れて行った。

「うぉっ」
 ラグビーボールにも似た野菜がプランターからミカンの手によって引き抜かれ、山積みになっていた。
「どや。まさに売るほどある、ちゅう景色やろ」
 俺は黙って首をコクコクと振る。数は判別できないが野菜の小山だった。

 社長はギラギラした視線で言った。
「とにかく新鮮なうちに高値で売って儲けまっせ。せめて大型プランターや大量の土と肥料の代金ぐらいは回収したいがな。いや、うまいことやれば儲けが出るかもしれへんデ」

 優衣の持っていたピクセレートで仕入れたので、あんたのフトコロはちっとも痛んでいないはずだが。
 しかも銀龍に持ち込まれ、支払いをする段階になって、恥ずかしげもなく値切っていたんだからたいしたもんだぜ。

「それは売れたらの話。こんなの売れるのかよ?」
「そんなもんリサーチ済みや。市場リサーチもせんと手を出す商売人はいてまへんで」

 社長は青々とした葉っぱを一枚むしり取り、
「これ見てみいぃ。シンゼロームちゅうねん。知ってまっか?」

 知るかよ。初めて見たんだ。
「ワシかて初めてや。そやけどこの葉の中心から縁に沿って広がる青から緑のグラデーション。みごとやろ」
 野菜にしてはあまりに美しい。どちらかというと観賞用だな。

「シロタマが言うには、シンゼロームは葉っぱ一枚から商取引に出されるほど貴重品らしいで。それもこんな立派な葉っぱや。これやと市場の3倍の値がつくちゅうてんのや。一株に何枚ついとると思てまんねん、ひーふーみー」

 社長はとっくに使わなくなった数え方で、長さ30センチはある大ぶりの葉を数え終えると、満面の笑みで顔を覆い、
「ふほほほほ。25枚や。それがほれ、この山やで。仕入れ値の何倍や思う。考えるだけで………うぉっほほほほほほ」
 背筋が寒くなるような笑い方をした。

「タマ。そんなに高級品種なのか。仕入れ値はたいしたことなかったぜ」

『発芽率がとても悪く。1パーセント以下と言われていますが、成長した葉はビタミン、ミネラルが他の植物とは比較にならないほど豊富で、かつ葉に含まれる特殊成分が栄養分を保護する働きがあり、長期冷凍保存が可能なところから、食の救世主と呼ばれれ深宇宙を航行する定期船に欠かせない存在です』

「ほーれみてみい。それをアカネとミカンのコンビが丁寧に育てたから大豊作や。発芽率何ぼや言うてました? シロタマ」

『96パーセントです』

「うほほほほ。あり得ん率やろ。ほんでな、これを契機に舞黒屋も農業部門を作ろうか思ってまんねん。これからは農業やで裕輔。おまはんもミカンに作業の仕方を習いなはれ」
 迷惑な話だぜ、まったく。

「銀龍で消費する分はどうすんだよ」
「これ見てよ、裕輔」
 ホクホク顔は社長だけではなく玲子も同じで、部屋隅にある大型冷蔵庫を開けて見せた。
「ほらね。当分野菜不足にはならないわ」
「うっ」
 上から下まで冷凍されたシンゼ……なんとかという葉っぱで占領されていた。
「それで最近朝食と夕食にそれが山盛りで出てくるのか」

 シロタマの説明どおり、食卓に出たそれは、解凍野菜ではあり得ないシャキシャキ感で、瑞々しい歯触りは見事だとしか言えない。そして何よりも食後の満足感が食肉にも匹敵する。何枚か重ねて野菜ステーキを作ってみるとパーサーが息巻いていたが、実はひっそり期待していた。

「わかったよ。で、いつ出荷するんすか?」
「今からよ。ちゃんとフリマ出店の承諾を得てるのよ」
「せや。善は急げやがな。怪人エックスからの連絡が入らへんうちがハナやで」


 フリマ──。
 フリーマーケットのことだ。どの町でも盛んだと思うが、まさか宇宙に出てきてまでもそれがあるとは思ってもいなかった。
「どこで?」
「コルス3号星や。商売の星やで裕輔。機長があと数時間で到着やゆうてましたワ。あー興奮するがな」
 やたら元気なのは商売の話をする時の特徴なのだ。

「ほんでな、その星に舞黒屋の支店を出そうかとも思てまんねん」
「ぜひ考えるべきです社長。向こうへ行くついでにわたくしが市場リサーチをしてきます。ぜひお任せください」
 玲子のヤツ、きっちり仕事モードになってやがる。
 そうそう。こいつはただの暴れオンナじゃない。すっかり忘れていたが本職はこのハゲオヤジの秘書だった。
 まぁ、自分の会社が発展するのは喜ばしいことだが、それを手伝わされるのはちょっと願い下げだ。

《フリマ管理組合の組合長さんから連絡が入っています》
 と船内通信で伝えて来たのはパーサーだ。

「組合長?」とは俺。
「ほーや。大型店舗をいくつも経営するザコダ兄弟に紹介してもらったんや」
「ザコダ兄弟って言ったらキングスネールやサウスポールとか……あの超巨大店の……」

 小惑星の内側をくりぬいて作った大都市級の店舗で、サウスポールがデバッガーに襲われそうになっていたのをザリオン艦隊と一緒に阻止した時からの関係だが、たいしたもんで、きっちり連絡を取り合っていたのだ。さすが、転んでもタダでは起きないケチらハゲらしい。

「ほな。司令室に戻りますさかいに、ちょっと待たせてくれまっか」

《了解。向こうの天気とか尋ねておきます》
 くだらない話しが好きだからな、パーサーは……。




 司令室に戻ると、大げさに笑みを浮かべた異星人がビューワーの中で揉み手仕草をして待っていた。
 初めて出会うタイプの異星人で、頭は見慣れたスキンヘッドだが、そのど真ん中に三つの丸い隆起物が三角形を作っている。角(つの)にしては丸すぎる。強いて言えばコブだな。あとは茶色のまだら模様の皮膚以外は俺たちと同じヒューマノイド型だった。

「お待たせしましたな。ワシがゲイツですワ」
《これはゲイツさん、初めまして。組合長のジェデュリュッチヂュディードです。ザゴタさんから連絡を受けております》
「ジェ、ジェデリウ……?」
 下を噛みそうな名前だった。

《お気を使いなさらないでください。ジュディで結構です。ほとんどの人が発音できませんので慣れております》
「ジュディさんでっか。よろしゅうたのんます」

《これはどうも……あの……》
 なぜかこの人、気持ちが上の空だ。

「どないしたんでっか?」

《いや。ワタクシ、アーキビストさまと面識を持たせていただくのが初めてなもので……どう接していいか……》
「どうもこうもおまへんで。やーコンニチワでええんちゃいまっか?」

《とんでもございません。管理者のアーキビスト様ですよ。しかも称号が『S475』とおっしゃられるではありませんか……ワタクシ正直っ言って、昨日からよく寝られておりませんのです。ゲイツさん》
「はぁ……。そうでっか」
 一同の視線が自然とデータ分析装置の前で、ちょこんと座る優衣に集中する。

「え? 何か?」
 キョトンとするのは俺たちだって同じだ。特殊な存在であると言うのは曲げられない事実だが、この銀河でほとんどの人が知っていて崇拝すらされる少女には見えない。
 失言をした。取り消しておこう。
 少女ではない。ガイノイドだった。つまり少女的アンドロイドと言うやつさ。アニメの世界によくいるだろ。あれさ。でもここでは現実だからな。宇宙は謎に満ちてんだ。

「あの。ワタシがアーキビストです」

《そんなところに……》
 ジュディさんは大仰に驚いて見せ、
《そんな地味な作業をさせられて……なんとお痛わしい》
 わざとらしく肩をすくめ、目を輝かせる。
《そうだ! アーキビスト様、ワタシの星にいらっしゃいませんか? もっと充実したお仕事を回して差し上げられますよ》

 おいおい就職斡旋までするのか、このおっさん。
「せっかくですけど、ワタシはこのギンリュウに派遣されたアーキビストです。お気持ちはありがたいのですが、移ることは許されません」

《そうですか……。なら、そちらの宇宙船で何かありましたらいつでもご連絡ください》

「縁起の悪いこと言う奴だな。何もねえよ」
 俺の声は届かなかったらしく、ジュディさんはニコニコ顔のまま正面に向き直ると、

《それではフリマのお話しに戻させていただきます。えーと、販売ジャンルは野菜となっておりますが。あの。どこかの惑星で収穫したものでしょうか。となると検疫を受けてもらうことになりますが。その惑星特有の病原菌とか寄生虫が後々問題になりまして。このあいだはフミール星系の大根を食べた人がその寄生虫に消化器系を食べ尽くされまして……》

 大根を食べただけなのに自分が食われるって……なんて物騒なんだ。
「そんな寄生虫いまんのか?」

《はい。狂暴なのがごまんといますよ。腸の血管から神経系に侵入し、脳まで移動して全身を支配するというのもいます。惑星上で作られた生野菜は産地をよく確認しないといけません》
「そりゃ重々知ってますワ。ワシらもこのあいだ何とかちゅう毒草の種を間違って販売されたんでっせ」

《ダリアスラジリウムではありませんか? あれは厄介なヤツでして。種は当然ですが、発芽から本葉の段階までは誰も見極められません》
「ほうでっか。発芽の段階で見極めたヤツがおってな。大事には至らんかったんや」

《おほう。優秀なスタッフをお持ちのようで……で、農場はどこの惑星で?》
「農場はここや。ほんで商品はシンゼロームでっせ」

《ぷっ……》

 いま明らかに笑った。

《あの……失礼を承知で申し上げますが。シンゼロームと言えば発芽率の悪さとその市場価値の高さから野菜のダイアモンドと呼ばれる物です。一枚の葉から販売は可能ですが……。いやいや、宇宙船の中でシンゼロームが発芽するなど奇跡ですよ。皆さんで分け合って食(しょく)されたほうがいいかと存じますが?》

「いや、ワシらの分は充分あるんや。ほれ、これぐらいのがあと68個あんねん」
 ミカンがサンプルにと運んできた丸々とした野菜。肉厚の葉が重なり合った青と緑のグラデーションの塊。

《なっ!》
 ジュディさんは絶句。瞬きも停止。

「どうでっか。漬けモンにしてもエエんちゃうか?」

《ば、バカな……シンゼロームの漬物なんてあり得ません。ま、マジですか? そんなレベルのが68個ですか?》
「ほうや。ワシらの分を足したら97個や。シロタマは大収穫やゆうとったけど」

《し、信じられません。極超大豊作です。世界がひっくり返りますよ》
 おおげさな人だな。でもマジでジュディさんは唾を飛ばしまくった。
《これまでもシンゼロームを持ち込まれた方はいますが、最高で十何個ですよ。それも宇宙船の中ですか!? 信じられません》

 しばらく放心状態が続き、
《と、とにかくお会いしてからお話を再開させてください。こりゃあフリマ開設以来の目玉商品です。山積みになったシンゼローム……おおおぉ。オーマイガ!》
 よく分からないがジュディさんは十字を切ったような仕草をしたが、異星人の意味不明のボディランゲージは気にしない事にしている。

 社長も最初は呆気にとられていたが、気を取り直すように振り返り俺たちに命じた。
「なんやおもろい進展になってきたやんか。とにかくワシと玲子は市場調査を兼ねて舞黒屋の名を売りに出るワ。宇宙に舞黒屋ありっちゅうデビューや。ええタイミングでっせ。ほんで裕輔はその野菜を売るんや。愛想ようすんねやで。おまはん言葉遣いがなってないから要注意でたのんまっせ。以上、出発や!」

「えー? わたしも連れってってくらさーい。せっかくお着替えしたんですよぅ」
「きゅー」
 慌てて茜とミカンが飛びつく。ま、ミカンの場合は茜の物まねだからどこまで本心かは不透明だ。

 両脇から飛びつかれた社長は困惑した顔で受け。
「ミカンは言葉が話されへんから行ってもしゃあないやろ、アカネはユイの過去体や。何か遭ったらユイにまで影響が出る……」

「わたしたちは生産責任者ですよー。どちらか連れてってくらさーい」
「生産責任者って……。そんな難しい言葉、誰に教わったんでっか」
 ちらりと玲子に視線を振り、溜め息と一緒に肩を落とし、それからゆるゆると優衣の微笑みを確認してから言う。
「ほな裕輔。おまはんが2人の上司や。きっちり世話すんねやで」

 上司って──。
 こいつらが付いて来ると、幼稚園の園長さんみたいになるから嫌なんだ。
「アカネだけでなくミカンまで俺に押しつけるのかよ」
「せや。玲子は社長秘書やろ。ワシがあっちのエライさんと会っとるあいだに裏を探るんが仕事や。ワシらの中ではくノ一(くのいち)ちゅうんやデ」

「そうよ。社長のお供をするだけが秘書じゃないわ。まず先方に出向いて根回しをしつつ相手の弱点を見つけるのよ」
「うちの秘書の中で玲子がもっとも成績がええからな。お前にそれができるんやったら代わってもエエけど。無理やろ? ほならアカネとミカンの世話はお前の仕事や。とくにアカネは何ごとにも好奇心が強い。迷子にならんよう頼んまっせ」

 やっぱり幼稚園じゃねえか。野菜売りだけでも重荷なのにな。

「それとな………裕輔」
「まだ何かあんのかよ?」
 社長は目を剥いて半歩下がる。
「おまはん。上司に向かって何やその言い方。ワシはおまはんの何や?」
「す、すみません。社長です」
「ほやろ。ほないちいち大声出しぃな。ひと仕事終わったら、晩酌にビール一本タダで付けたるから」

 たったの一本。

「売るのは野菜だけやないで。これも売って来なはれ」
 と出された箱の中に、ずらっと並んだ茜のフィギュア。『Fシリーズ・アカネ』が24体。
「ヒマに任せて気が付いたらこんなに作っとったんや。これも銀龍の断熱材が材料や。何ぼかでも銭に替えな大損やで」
 社長はフィギュアに関してはかなり否定的だが、田吾は自慢げに鼻の頭をひと擦りした。
「オラの作品ダす。精魂込めて作ってるからきっと高値で売れるだすよ」
 たしかにこいつの手先の器用さは認める。だからってヲタが作ったFシリーズのフィギュアが売れるわけが無い。

「それで。これが最高の作品なんダよ」
 ドンとデスクに置いたのは、24体のアカネフィギュアの倍はある大型の物。

「フィギュアがどんなもんか、ワシもよう分からん。そやけどな、物の売り方は心得てまっせ」
 社長はなぜか目をぱっと見開き、
「エエこと思いついた。今商売の神様が降りて来たがな」

 嫌な神様だな。

「ええか、小さいフィギュアでヲタ連中を誘い込み、その大型のフィギュアは一つしか無い特注品やゆうて、オークション形式で値を吊り上げるんや。そのためにアカネを利用しなはれ。本物の生きたFシリーズや。そりゃ大騒ぎになりまっせ。そのどさくさに紛れて高値で売ったらエエ。商売ちゅうたらそんなもんや」

「アカネを利用するって?」
「握手会でもサイン会でもエエがな。アカネの人気はアイドル級なんやろ?」
 それ以上かもしれない。
「ほなら何でもアリや。売れたらそれでええねん。いてこましたれ」

「おいおい……」
 えげつない反面を曝け出されて、すっげぇ引いた。
 はっきり言ってこの人がドゥウォーフの救世主だったなんて、ちょっと管理者が気の毒だ。

「それなら田吾を連れて行くほうがいいじゃないか。そしたらヲタどうしで盛り上がるぜ」
「甘いな、裕輔。同種の人間が売るほうに回ったら商売にならへん。互いに甘え合うんや。何も知らんおまはんが適任や。行きなはれ」

 商売を語らしたら、このオッサンはどこまでも熱くなるから、これ以上反論しても無駄だ。

 仕方なく俺は承諾する。
「分かったよ。野菜とフィギュアの販売に従事して来るよ」
 それにしても何ちゅう取り合わせだ。うちの会社、まじで業種変更するかもな。




 ほどなくして銀龍がコルス3号星の周回軌道に入った。
 ジュディさんのマダラハゲでコブ付き頭がビューワーに再登場。

《ゲイツさん。こちらからお迎えのシャトルを飛ばしましたので、それで商品とスタッフさんを移動させてください》
「何から何まですんまへんな。スタッフはワシ以外に男女一名ずつや。それとガイノイド一人、救命ポッド型アンドロイドも連れて行きますワ」

《ガイノイドって、まさか。アーキビスト様ですかっ!!》
「いやあ、アーキビストは仕事が残ってますから。そのプロトタイプが代わりに行きますワ」

《プロトタイプと言えばFシリーズですよ。しかも救命ポッド型アンドロイド、ルシャール星のですよね。ほぉぉ。ゲイツさんは一体どのようなお方なのでしょうか? 興味をそそられます》
 何でも詳しい人だな。
 それが俺の感想だった。

 社長はジュディさんに薄ペラな笑みを返しながら、
「どんな、も何も。タダの商売人でんがな」

 たぶん、どこの宇宙域でも立派に通用する商売人だろうよ。



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