【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 4月15日(土)

玲子'と優衣'と 玲子と優衣


《あー、ムチャしないで! バッファーフルです!》
 転送されていく優衣に抱き付いた俺の質量増加分の誤差は、大きな修正を余儀なくされるはずだ。たぶんパーサーはそれに悲鳴を上げたんだと思うが、咄嗟に飛び込んじまったもんは仕方が無い。もう後の祭りである。

 彼なら何とかしてくれる。という勝手な思い込みが瞬断され、気付くと俺と優衣は第一格納庫の中に立っていた。
 しかもその目の前でハンドキャノンを両手でがっしりと構えた玲子の指がトリガーを引く、まさに寸前だった。もちろん銃口の先には目を剥いたメッセンジャーがいて、両手の平を大きく広げて助命嘆願を乞うところだった。

 玲子の後頭部越しに見る引きつった青い目のメッセンジャー。
「デジャヴだ!」
 この光景、初めてじゃない。以前にもこれと同じ目に俺は遭っている。

「やめるんだ、玲子!」
 俺が止める間もなく奴はハンドキャノンのトリガーを引きやがった。
「バカヤロ――っ!」
 叫びと発射音がぴったり重なった。

 ハンドキャノン発射の反動は並じゃない。掛け寄った俺の胸に玲子が飛び込んできた。だが支えきれず二人して後ろへと吹っ飛んだ。
 至近距離から撃たれた光子弾はメッセンジャーに直撃はしなかったが、わき腹から少し逸れたところの隔壁を貫通しており、黒々とした穴が空いていた。

「ぐわわわわわぁ! た、助けてくれ!」
 信じられない光景を俺は目撃した。
 銀龍の隔壁に開いた穴から猛烈な空気が外に噴き出してメッセンジャーを襲ったのだ。まるで強烈な吸引機に噛み付かれたようだ。
 手足を振り回して吸いつかれた穴から逃れようと、もがき苦しむが、いかなる力をもってしてもそれはできない。凄絶な吸引力が白衣をむしり取り、髪の毛を引き千切り、目玉が飛び出し、顔があり得ないカタチに引っ張られた。

「見るな!」
 急いで玲子を背けさせ、俺も固く目をつむる。
 瞼の向こうで凄まじい絶叫がして、一瞬、生臭い血の匂いが鼻孔を突いたがすぐに消え去り、目を開けると赤く染まった亀裂だけが残されていた。

「どうしたの?」
 玲子の背に言った。
「終わったぜ」
 玲子が体を反転、俺の胸を両手で叩いた。
「なんで、来たのよ!」
 このセリフを聞くのも二度目だ。強烈な既視感を伴っている。
 このあと強く感じるんだ。絶対的強さを誇る彼女の体がとても弱々しとな。
 案の定、記憶にあるとおり俺の前で玲子が暴れ、記憶にあるとおり愛護に掻き立てられ、そして言い覚えのあるセリフを吐く。
「特殊危険課はチームで動くんだ」
 俺の言葉に玲子はすぐに静まり、
「ごめん。裕輔……」
 素直に謝った。やがてすがるような目から涙がこぼれ、俺は例えようの無い強い庇護に胸が締め付けられた。

 ところがそれで終わりではなかった。
 轟々たる空気の流れに逆らって優衣の待つエアーロックへ向かおうとした時だった。
 背後で身が凍る音がした。亀裂が触手を広げる音だ。振り返ると黒い穴の周りから無数の裂け目が放射状に伸びていく。
「玲子! もっと下がれ。穴が大きくなったらおしまいだ!」
 次の刹那。忽然と大きな音がして裂け目が広がり黒い面積を拡大した。

「こっちだ。早く来いっ!」
 後方へ駆け出そうとした俺たちの足に不可視の何かが巻き付けられて、ぐいっと引き倒された。

 次の瞬間、強いめまいが襲った。
 玲子がブレて見える。まるで高速に動くものを撮影した時のように、彼女の輪郭が半透明に二重化した。
 既視感もそのままで、感じた時間も同じだ。永遠かと思うほど時間が経ち、そしてこの後……玲子の顔から驚きの表情が緩やかに薄れ、急激に後悔の念に沈んで行くんだ。

 俺の思っていた通りの憂い顔が、胸を締め付けんばかりに美しかった。
 やがてすがるような目から涙がこぼれ始める。
 その姿が二重に映る。たぶん俺の視神経がおかしくなったんだろう。危機に陥った上にこの既視感だ。精神的に侵されてもおかしくない。
 
 徐々に激しくブレだす玲子に向かってやみくもに手を差し出す。
「こっちだ。早く来いっ!」
 二人の玲子が同じ動きで俺の腕にしがみ付いた。
 力いっぱい引き上げるが、すぐにそれを掻き乱すことが起きた。尋常ではない吸引力が掛かったのだ。まるで重力が狂ってのた打ち回るようだ。俺たちはズルズルと黒い穴へと滑って行った。
「玲子っ!」
 反動でまた玲子と離れた。だけどこうなることは知っていた。

 そう。全て鮮明に記憶されている。
 この強烈なデジャヴは何だ。あまりの偶合感に体が打ち震えた。
 どこで見たんだ?
 夢か?
 だとしたら悪夢だ。

 この後どうしたんだっけ。
 今、目前で展開していく光景はハンドキャノンが開けた穴が大きく広がったんだ。
 それで……何だっけ?
 その先が皆目解らない。何か変化が起きないと先が視(み)れない。未来を見てきたとか、予知とかではない。変化が起きるたびに、ただ、見たことがある、の一言に尽きる。

 だから既視感なのか。
 と考える俺の前に、空気の激流に逆らって再びゆっくりと伸びてきた玲子の腕に気付いた。
 ズレた光景はさらに広がり、玲子が完全に二人になった。
 どっちを助けるべきなんだろ?
 意味不明の思考を振り払う。両方に決まっているだろ!
「死んでも放すなよ!」
 決心と同時に玲子への焦点がそろい一人に重なった。
 不思議な現象だが、俺の精神状態に左右されているのかもしれない。

 このあと二、三言葉を交わしたような気がするが、思い出せなかった。
 それにしても空気の激流は想像を絶する力があり、滑り落ちる玲子を引き留めるだけで精一杯。エアーロックまでの距離を睨んで立ち往生した。

「こ……こっちへ」
 奔流に飲み込まれ、フロアーに縫い付けられた俺たちを優衣が力強く引いた。その手には防護スーツが一着。
 ここに転送されたときは持っていなかったので、格納庫にあったのだろう。よくこの緊急時に見つけたものだ。
 一抹の安堵を覚えると同時に俺は目を疑った。
 今度は優衣が二人にブレて見える。しかもゆっくりと上半身から剥がされるように離れていく。

「なんっ!」
 俺は驚愕に打ち震えた。
「俺の目がおかしいんじゃない!!」
 込み上げてきた声を一気に吐き出した。
 目に飛び込んできたのは栗色ボブカットと黒髪ロングの優衣だ。一人ではなく二人がそこにいるんだ。

 これではっきりした。俺の視神経が侵されたり、精神の錯乱を起こしたりしたのではない。異なる世界がわずかにずれて重なっていたのだ。
 栗色の髪をした優衣が存在する世界と、黒髪の優衣の世界。どちらにも銀龍があり、格納庫もある。そして俺と玲子も存在する。だからピタリと重なってひとつになっていたのが、何かの原因でズレていくわけだ。

 その確固たる証拠が、俺の目の前で玲子を助けようともがく二人の優衣だ。
 栗色の髪の優衣は防護スーツを玲子に着せようと躍起になりだし、黒髪の優衣は激しく暴れる髪に気も留めず、ズルズルと漆黒の穴へと滑り出した俺を引き摺り上げている。

 咄嗟に頭の中で言葉を探った。まだそんなに遠くない過去に優衣が言っていた言葉だ。
 不確かな時間項が原因で起きるゴースト現象。まさにそれではないのか。

 重なっていた二人の優衣がさらに離れていき、続いて意味もなく自責の念が激しく襲ってきた。
 俺は何かをやらかしたのか?
 なぜこんなにも悲しいのだ。
 意味不明の悔恨に苛まれ、ひどく悲観までする理由が解からない。
 ゴースト現象でこのようなことが起きるとは聞いていないし……。
 俺は生々しい既視感と展開されていく不可思議な現象に恐怖まで覚え、身体をブルブルと震わせた。
 激しく困惑する中で黒髪の優衣は何とか体勢を立て直し、栗色の優衣は玲子に防護スーツの装着を完了させていた。

「ユウスケさん……」
 濁流で暴れまくる栗色の髪を振り払い、優衣が酸素ボンベを開いて俺にも呼吸を促してきた。
「レイコにも酸素がいる! 先に吸わせてやてくれ」
 と言う俺の願いに、
「スーツ内の酸素で数分持ちます。それよりあなたが心配」
「ユイ……」
 キラキラした瞳から漏れる慈(いつく)しみの光に包まれて、こんな状況に遭っているにもかかわらず、俺は安穏として酸素ボンベを咥えた。

 その姿を見定めた彼女は俺に向かって愁眉(しゅうび)を開くと、爆流の音に消されるような小声で「ミカン」と告げたが、セリフの意味がまったくの不明だ。

「ミカンが何だよ! あーっ!」
 忽然と足下に広がった漆黒の闇へ、栗色の髪をした優衣が吸い込まれた。
「ユイ――っ!!」
 手を差し出す間もなく、彼女は青黒く深い空虚な穴へと消えて行った。それは一瞬の出来事で、巨大な海洋生物の呼吸にたまたまそこに居合わせた小魚が呑み込まれるのと同じ儚さを感じた。

「ぐわぁぁぁぁ」
 俺もその穴へと、
「あうぅ」
 暗闇の底へ吸引されようとした俺を力強く引き留めたのは、黒髪の優衣だった。
 しかし彼女はまるで何かのタイミング計るように、一拍間を空けてから手を放した。

「お、おいっ! なんで?」
 俺の体は懐疑の声と共に、栗毛の優衣が消えたのと同じ無限の空間へ。

「…………?」
 一閃した猜疑心は安堵へと変わる。
 そこへと滑り込んで来たミカンがそれを阻止した。

 意識の灯が幕を下ろそうとしていた俺を素早く収納すると、ほとんど瞬間的にミカンはガラス製の小さなハッチを閉めた。

 ほんの刹那消えていた意識が覚醒し、気付くと二重化された世界はいつもの穏やかな世界へと落ち着き、俺は内部の柔らかな衝撃吸収コアの中に沈んでいた。

 ミカンは小さな船首に黒髪の優衣を引っかけた危うい状態にもかかわらず、迅速な動きで開けられていた第二格納庫へ飛び込み、同時に扉が閉められた。時間にして数秒だ。

 無酸素状態が続いた俺の肺が空気を求めて暴れまくていたが、ミカンの緊急救命措置は完璧で、言い知れぬ息苦しさからすぐに解放された。
 ミカンのハッチが開いていくのを待つのももどかしい。少しできた隙間から叫ぶ。
「玲子が外だ!」
「アホな。外は真空や!」
 と叫び返す社長に、
「防護スーツを着ている。早く転送回収してくれ! それとユイも外に落ちている」
 田吾と社長が顔を見合わせて俺を凝視した。
「ユイならミカンにしがみついて、無事に回収されたダよ」
「違う! こっちのユイじゃない。別のユイだ!」

 詳しい説明をしている時間が無い。社長は船内通信のマイクに飛びつき、
「パーサー! 玲子が外におる。緊急転送や。それと他の時間域のユイも外におるらしい。転送マーカーに同期して回収してくれ!」

 しばらくして俺たちの前に、防護スーツ姿の玲子が緑色の光線に包まれて実体化。続いてパーサーの声が、
《レイコくんは転送完了。ユイくんのマーカーは第二格納庫にしかありません!》

 トランスフォームして元の姿に変身していくミカンから離れながら、優衣が顔だけを上げた。
「∂δζ……ΨτБの……ワタシはΘΣ……ζεξζηλ……μю」
 その声はかすれて言語になっておらず、何を言っているのか理解不能だった。

 防護スーツの中で激しく咳き込んだ玲子がヘッドマスクをむしり取った。
「ユイが! ユイが外に落ち……ゲホゲホゲホ」
「無酸素状態に陥ったんや。声を出すんやない。ユイはここにおる。安心せえ」
 玲子に告げる社長の視線はこっちの優衣を見据え、玲子はむせかえりつつも必死で叫んだ。
「早くして、ユイが宇宙空間に……ゲホゲホッ!」
「玲子、落ち着け!」
 伝えたいことがあふれているのに、声帯がうまく動いてくれない苛立ちは俺にも理解できる。

「田吾、玲子と裕輔を医務室に連れて行きなはれ」
「俺は大丈夫だ。それよりこの部屋のセンサーでもう一人のユイの捜索を続けさせてくれ」
「ホンマか? おまはんもミカンに救助されたけど、ちょっとでも真空に飛び込んだんやで」
「ミカンの中で治療されたみたいだ。たいしたもんだぜあいつ。救命ポッドとしての機能が万全に備わっている。それよりユイを探したいんだ」
「優衣ならここにいてまんがな!」
 声は出せないが、潤んだ瞳が俺を見下ろしていた。
「違う! 栗色の髪の毛をした優衣なんだ。たぶん異時間同位体だ」
 黒髪の優衣は困惑の表情を浮かべると社長へ肩をすくめて見せた。

「そうでもなさそうや。ユイが首かしげてまっせ。まぁちょい落ち着きぃや。他時間のユイやったら元の時間に戻った可能性もある」
「そうか。それはあり得る……」
 確かに俺は慌て過ぎだ。くたっと全身の力を緩めた。

「そうそう。深呼吸しなはれ」
 社長は幾分ゆるんだ笑みを浮かべ、田吾に向かって指示を出す。
「玲子はだいぶ興奮しとるから、医務室で鎮静剤でも与えなはれ」
 と言った後に補足。
「あー。勝手に与えたらアカンな。パーサーの指示を仰いで実行すんねんやで」
「わかってるダよ。さ、レイコさん」
 まだ何か言いたげな玲子に俺はうなずいて見せ、ひとまずこっちの意思表示は伝わったのだろう。田吾の肩にしがみつくようにしてその場を離れた。

 社長は天井に張り付いていたシロタマに問う。
「おまはん、さっきから何か言いたそうやけど、今回の件がどういうことか説明できまんのか?」

『何らかの時空間修正が実行された模様です』
 一瞬メッセンジャーかと想起したが、かぶりを振る。
 違う、その逆だ。

「あっ!」
 また強い既視感に襲われた。
「メッセンジャーはネブラの連中にデプロイされた時間項だったんだ!」
「ど……どないしたんや。裕輔」
 突然言い出した俺に社長が目を剥いたが、実際のところ最も戸惑っているのは俺だ。

「なんで今そう言ったのか……説明できない」
 そうさ。そうとしか答えられない。まったく何も無い思考の中から突として湧いて出たんだ。

 何かを説明しようと優衣が立ち上がる。
「£⊆≠∀∂¢Й、時空……ШΘ」
「ユイ、慌てなはんな。シロタマ、ユイの音声合成デバイスが機能不全や。真空状態に晒されんやけど、このままでエエんか?」

『晒されたのはほんの数秒ですので、致命的な損傷は見当たりません。音声合成用のエアータンクが圧縮されただけです。破裂していなければ自然に元に戻ります』
「バイオクリーナーを掛ければ少しはマシになるかもしれない」
 言うが早いか、起動コードを唱える。あの面倒くさいヤツさ。

「緊急バイオクリーナー起動コード。特別制御指令85、ベータ4456」

 優衣の深呼吸が数回続き、
「メッセンジャーがネブラに仕組まれた時間項だと言う、ユウスケさんの意見は間違っていません」
 口早に綴った。
「それは意見やろ?」

 溜め息混じりに肩を落とすハゲに俺は強く言う。
「意見じゃない! 真実だ」
「なんで真実やと言えるんや。確かに玲子が銀龍の横っ腹に穴を開けたのは事実やで。ほんでメッセンジャーは拡散して蒸発したかもしれんが、こっちは不幸中の幸い人的被害は無い。この話のどこがネブラの仕組んだ事だと言い切れまんねん。これは単なる事故やろ?」

「人的被害があったんだよ。玲子は死んだ!」
「――――っ!」
 ハゲオヤジは絶句した。ほんのちょっと息を飲んでから俺の頭をぽかりとやり、
「おまはんも低酸素障害で思考が乱れとる。玲子と一緒に医務室行きを命じる。早よ行け!」

「違うって。俺だって何を言っているのか分からない」
 社長には強く首を振り、俺の胸の辺りをじっと見ている優衣に必死で訴えた。
「他時間のお前が現れて俺たちの救助を手伝ってくれたんだ。お前も見ただろ?」

 一拍の間を空けて優衣は言った。
「すみません。ワタシは一人でした」
「なにを言うんだっ! 栗色の髪のお前がいたじゃないか」
 黙考に落ちた優衣がついと顔を上げ、
「ワタシに見えなくて、ユウスケさんたちに見えるとなると、それは異次元同一体かも知れません……」
 さらに考え事をするかのような仕草をして固まった。

「異次元?」
 社長は俺と優衣の挙動を呆れたように見つめて、
「異次元か異空間か知らんけど、こっちはもっとわからんわい! それより玲子が死んだなんて縁起悪いこと言いなはんな。ちゃんと救助されたがな」
「でも俺の頭の中に湧いてくるんだ。玲子は死んだ。でも助かった」
 社長は大きく息を吐き、俺の肩の上で手の平を二、三度上下させ、
「危機一髪やったからな。裕輔。まぁちょっと落ち着け」

 社長はにこやか笑顔になり、通信装置のマイクに子守唄でも歌うような穏和な口調で尋ねた。
「パーサーどないや。宇宙空間にユイはおったか?」
《それが……いません……》

「裕輔もそこのセンサーで探してみい。納得がいくやろ」

 センサー装置へ飛びつこうとする俺を制して優衣が言う。
「その必要はありません! 社長さん。信じられないかもしれませんが……」
 優衣は社長から俺へと視線を移動させ、ぶっ飛んだことを言った。
「……この時空修正を引き起こしたのは、やはりユウスケさんあなたです」
「んげっ!」