【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 4月 7日(金)

メッセンジャー再び


「ぐぉっ」
 再び押し寄せる時空間転送のダメージ。
 今度はかなりきつい。床と天井がいっせいに回転し、三半規管を直接シェイクしたみたいに強烈なめまいが起きて意識が遠のいた。

 玲子も目を固くつむり、襲い来るめまいと嘔吐から逃れようとデスクに突っ伏して体をよじっている。視界の端に田吾が倒れる姿が飛び込んできたがどうしようもできない。こっちだって意識を保つのに必死さ。こぶしを硬く握りひたすら耐えるしか道は無い。

「社長さぁん!」
 茜の悲痛な声が後ろから聞こえた。あの人は俺より年齢を重ねている。このダメージは相当堪える筈だ。
 かろうじて声を出して、社長は無事を知らせる。
「ワシは問題無い……それより、アカネ。田吾を……」
 ひとまず社長へお茶のボトルを渡し、田吾のデスクへ走る茜。

「気を失っています。シロタマさん、ステージ3を起動してくらさーい」
 脂肪過多で重たい田吾を軽々と抱き上げ、茜はシロタマと医務室へと急行し、その後ろを救命ポッドとしての使命が騒ぐのだろう、追いかけるミカンをぼんやりと見た。

 誰だか知らないが、あきらかにこれは作為的だ。俺たちが跳躍を繰り返すことができないことを知っている。
 俺は座席に深く座り直して深呼吸を繰り返し、ひたすら平常に戻るのを待った。
「うぅぅ。最悪の気分や」
 社長も体裁を考えることなく、お茶をラッパ飲みした。確かに茜の作ったお茶を飲むと幾分マシになるのだが、それでも次々と襲ってくる激しいめまいと嘔吐感は苛烈をきわめた。

 しばらくして、なんとか冷静を取り戻した頃。よく見ると優衣が茫然と突っ立っていることに気付いた。広範囲時空間転送を行う時のままの姿で。
 俺は残っていたお茶を最後まで飲み干すと、奇妙な振る舞いを続ける優衣へ尋ねた。
「どうしたんだ?」
「ユウスケさん。とんでもない事が起きました」
「ああ。解かってるって。また時間停止が起きて4回目の修正跳躍をしたんだろ。でも銀龍の危機は逃れたんだ。お前のおかげだよ」
 サイドポニテを左右にユラユラさせ、
「ワタシ……まだ跳躍させていないんです」
「なに──っ!」
「どういうことや?」
 ユニゾンで叫ぶ俺と社長に、玲子の光った黒目が向けられた。
「だれが飛ばしたの?」

 何だかとてつもない恐ろしいことが始まる気配を感じた。それは医務室から直接船内通信で報告して来たシロタマの言葉で明白となっていく。

《田吾の容態は安定しています。安静にして水分の補給で治まると思います》
 続いて機長とパーサーも気絶にまで至らず、茜が配り回ったお茶でずいぶん楽になったという報告を聞きつつ、ひとまずほっとする。
「ほうか。そりゃあよかった。」

《そのことより重要な報告があります》
「なんや?」
《銀龍は先ほどの位置から約5万9000光年、銀河の中心へ移動しています》

「ごまんっ!?」
 頓狂な声を上げ、もう一度、
「5万9000って何や。ハイパートランスポーターの跳躍限界よりも遠方やで」

《銀龍は銀河の高密度領域と呼ばれる中心バルジの内側すぐの位置を漂流中です》
「ちょう待ちぃや。ほんまかいや?」

《観測によりますと、4000年前に新星爆発を起こした恒星が中心部に健在しています》
 いまいちピンとこないが、それはよかったねとは言えない状況だ。つまり、
「おい……。それって4000年以上も過去に戻ったと言いたいのか?」
 思わず大声が出た。5万9000光年の移動だけでなく、時間も跳躍しただと?

「冗談きついぜ、タマ。何のためにそんな過去へ飛ばされなきゃならんのだ!」
 ついつい声を荒げてしまった俺に、平淡な言葉を返す。
《このような状況で冗談を言えるほどシロタマは悪逆ではありません。事実を述べているだけです》
「これは言葉のあやだ。別に本気で言ったんじゃない」
 船内通信のスピーカーから目を逸らし、強張ったまま動かない優衣に再度尋ねる。
「4000年の時間跳躍って……お前じゃなくて誰ができるんだ?」
 幽霊でも見たみたいに目を見開いて優衣が言う。
「ワタシのDTSDでは一度の跳躍は500年が限度です。一度に4000年はとても無理です」

「つまりや……」
 社長の推測はとても怖かった。
 元の時間に戻るには優衣の能力では8回跳躍を繰り返さなければいけない。ところが俺たちの体がそれに耐えられないと言う事実を利用して、誰かが俺たちを4000年過去に拘束したというのだ。

「こんなあくどい事を平気でする奴って誰や?」
「やっぱネブラだろ」
 優衣が首を振る。
「ネブラならこんな回りくどい方法を取らず、一気に何万年も過去へ飛ばそうとするはずです。それだけの技術があったとしたらの話ですが。一度でこれだけの跳躍を可能にするのは一部の者だけです……」
 思い当たる節があるようだが、優衣は言いあぐねている。
「せやな。最初に時間を止めてワシらをビビらし、それから行動を起こしとる。なんや人間臭い演出してまんな」
「あっ!」
 社長の『演出』という言葉を聞いて、記憶の奥にしまってあった異物がムクリと顔を上げた。
 俺は空っぽになったボトルの先で優衣を指し示し、
「あいつだろ……」
 優衣は目の動きだけで首肯し、俺は激しい憤怒を再燃させた。

「誰や? 知ってまんのか?」

 胸糞悪い露悪的な態度で、演技臭く接してくる奴といえばあいつしかいない。
「メッセンジャーっていう、いけ好かない奴です」
「あぁ、ワシらをゴキブリ扱いした星域抹消肯定派でんな」
 玲子も鼻にしわを寄せ、
「あいつ人なの?」と憎悪の念を剥き出しにした。

 出し抜けに優衣が立ち上がった。整った鼻先をヒクヒクさせ、
「この臭い……」
 とつぶやき、続けて絶叫する。
「みんな息を止めてぇ!」
「え?」
 藪から棒にそんなこと言われても無理だ。驚いた反動でむしろ息を吸ってしまった。

「ぬあぁぁ?」
 体が動かん。何だ!?
 脳裏にシロタマの姿が過ぎるが、いくらブラックジョークをこなすといっても、こういうシチュエーションで麻痺ビームを背後からぶっ放してくるほど、あいつはイカレたヤツではない。

 それとはっきりそうじゃないと言えることがある。体の感覚が消えていない。椅子に座った感触も足が床に付いた感じも伝わる。ただ身体が縛り付けられたように自由にならないだけだ。タマの作った麻痺ビームならすべての感覚が消える。何しろそれを浴びた俺が言ってんだ、間違いない。

 唐突に忽然と、どこかで聞いたことのある声が渡った――。
「おやおや。間抜け面(つら)がお揃いですな」

 だ、誰だ!
 叫んだつもりだが、声ではなくそれは思考の中だった。
 俺と社長との間に青い目をした短躯(たんく)な男がいた。

 こいつだ……。
 そう紛れもない。いつだったかこの男の作ったホロノベルに強制出演させられたんだ。
 拳銃無頼の集まる無法者の町でさんざん俺たちを弄んだ上に、子供の頃に事故死した俺の弟まで無断で出演させやがって。

 それよりなんでこいつ白衣なんだ……。
「ワタシは科学者ですよ。これが制服だと言っておきましよう」
 何も訊いていないのに、そいつは白衣の襟をピンと引っ張ってそう説明した。

 何だこの野郎。
 目の前に突っ立っていたので、そいつの襟を鷲掴みにしてやろうと腕を伸ばしたが、
「…………?」
 やっぱり腕どころか、指一本も動かなかった。
「グラマリームですよ」
 何だそりゃ。
 聞いたことのない物だったが、シロタマの麻痺ビームではないことがこれで確定だ。

「ふむ。シロタマというのは誰ですか?」
 そいつは白い顔を俺に向けた。
 何でシロタマのことを知っているんだ。

「それでその麻痺ビームもこれとよく似た効力を発揮するわけですか。ふむ。薬剤を使うよりそっちのほうがリーズナブルですね。だが大勢の人間を同時にとなるとこっちのほうに軍配が上がる。何しろたったの25ミリグラムを空気に噴霧するだけですからね」

 誰も何も言っていないのに、何だこのチビ野郎。

「身長はこの際関係ないでしょ。管理者、あなた方が言うところのドゥウォーフ人は普通より身長が低いのが特徴ですからね」
 何で俺の思考が漏れるんだ?

「ひと言注意しておきましょう。今吸い込んだのは、あー。そちらの言葉で何て言うんでしたっけ? おい、F877A。教えるんだ!」
 男は途中から口調を変えた。
「あなたにそんなこと説明する必要はありません」
「ふんっ、相変わらず冷たいヤツだ。まぁいい。そこの間抜け面の男性……。ああそうだ。無法の町以来ですね。お元気そうで何よりです。ところで、脳の中枢を抑制することで、何でもペラペラしゃべってしまう薬をそちらでは何て言うんですか?」

 自白剤……か?

「ほう。自白剤と言うのか……。また新しい言葉を覚えたな。ま、メモするまでもないですね」
 なぜ俺の口が勝手に動くんだ?
「やっと気づきましたね。そう、この薬を吸うと思うだけで声帯が震えて声に直してくれます。何でもぶちまけてくれるんですよ。便利ですね」

「なにこのチビすけ気分悪いわね。裕輔、こんなヤツ構うことないわ」
 思わず玲子の口元を見遣る。
 俺と同じで一文字にきゅっと閉じていた朱唇が意思に反して動いたのだろう。自分の声を聞いてギョッとした表情を露にしていた。

 これだとまるでカエデのドローンだ……と記憶を回顧(かいこ)しつつ彼女の端正な顔立ちを思い出していた。
「カエデのドローンとは何でしょう?」
「自我を司る脳の一部を取り去って、人間をロボットのように操るらしい。Gシリーズのカエデが言っていた」
「ほお。Gシリーズか。うわさでは聞いたことがあるが……あなたらが関与していたとは驚きですな。ふむ、宇宙とは狭いもんだ」

 ぬなー。俺の声帯、止まれ! 勝手に動いて説明してんじゃねえ。

「あなたはバカで助かる。何でも自白してくれる。ところで……」
 メッセンジャーは俺から粘っこい視線を離し、優衣の胸元へと移動させ、
「おい、F877Aの後ろで小さくなっているあのガイノイドは何だ? なぜこんなチンケな宇宙船に管理者製のガイノイドが2体も同乗してるんだ?」
 優衣へ放つときは蔑んだ口調へと入れ替える。それがわざとらしくて無性に腹立たしい。

「あ、あのぉ……」
 茜は優衣の後ろで小さくなっており、潤ませた丸い目で肩越しに覗いていた。

「アカネはユイの過去体で異時間同一体なんだ」
 あぁぁぁ。誰か俺の口を何とかしてくれぇ。

「もう、男のクセにお喋りなんだから。後でパンチ乱打よ」
「そういうお前もくだらん思念を浮かべてんじゃねえ」
「うるさいわね。細かなこと気にしてんじゃないわよ」
 思考の中でまでも喧嘩してりゃセワないな。それよりこれ以上訊かれたらマジでやばい。何を言い出すか分かったもんじゃない。

 だがメッセンジャーは異時間同一体という言葉に喰らいついた。俺から目を逸らすと優衣へと向き直る。
「異時間同一体と行動を共にするなど、禁忌に触れる行為だぞF877A。わかってるのか!」

 優衣はギュッと唇を閉じて耐え忍んでいる。
「これで議会の査問委員会招集の理由ができたな」
「やめてくれ。ユイは悪くない。正しいことをやってるんだ!」
「ふん。そいつはどうですかね。まぁそれにしても今日は訪問させてもらってよかったですよ。異時間同一体ですか……。星域抹消派へのいい土産話ができました」

「頼む。時空修正にはアカネの存在が重要なんだ。このままそっとしておいてくれ」
 メッセンジャーは、勝手にベラベラと吐露しまくる俺を青い目でぎろりと睨み、
「うるさいっ! もういい喋るな」
 その言葉が魔法の呪文みたいに俺の脳へと浸透した。奴の意のとおり貝のように唇が閉じると、それから二度と開かなかった。

「そちらこそ禁止された時間停止を二度も行ったじゃないですか。これだって査問会を開く理由になります」
「禁止などされてないっ! ここは時間流の研究実験区域として申請した場所だ。そこへ勝手にお前らが侵入しただけの話だ」
「何もこんな狭い星域で危険な研究をわざわざすることは無いでしょ。普通は生命体の存在しない銀河の外、数万光年先でやるのが常識です」
 怒りを露にした優衣へ、メッセンジャーは粘っこい声を吐きかけた。

「どこでやろうとワタシの勝手だ。F877A。そっちこそ時間のパスを利用しようなんて考えがセコイな」
「目的は他のところにあるくせに!」
 メッセンジャーは優衣を一瞥するだけでその場をいなし、
「ふむ。もっとも簡単な話をしましょう」
 そいつは軽々とした足取りで社長の前へ移動して、瞳の奥へと語りかける。

「このまま何もしないで帰っていただきたい。ゲイツさん」

「アホか! ここまで何ぼ経費が掛かったと思ってまんねん。帰りまへんで!」
 ははは。やっぱ頭の中も外も同じなんだこの人。
 言いたくないことをゲロさせられて社長は苦しそうだったが、俺的には親近感を覚えた。むしろ裏も表も無いハゲ茶瓶を反対に感心してしまう。

「やめてくださいっ! グラマリームを早く消して! 生命体には酷なんです。お願い!」
「ふふふ。こいつの効能は15分が限度だ。そろそろ消えるさ。それよりガイノイドのくせに、さっきからやけに感情的だな?」
 男は優衣の顎に手をかけて、自分のほうへ引き寄せると青い目を近づけた。

「…………っ!」
 俺の口を塞いでおいてくれて助かった。さっきのままだったら、今の俺の噴き上がる感情が剥き出しになったら、どんなハズいセリフが口から出たことか、想像するだけで赤面しそうだ。

 メッセンジャーは舐めるように優衣の顔を見た後、澄んだ瞳の奥を覗き込んだ。
「おいF877A! その表情、どこで学習したんだ?」
 いやらしい目つきで男は優衣のボディを下から上まで舐めつくし、
「確かに上層部の言うとおりだ。お前は他のガイノイドとどこか違うな……何故だ!」
「し、知りません!」
 猛然と首を捻る優衣の強い怒りの感情が男にぶちまけられた。
「ふんっ、まぁとりあえずその問題は棚上げだ。ワタシは実験施設に戻る」
 メッセンジャーはつんと顎を突き出し、ポケットに手を突っ込んだ。
「ゲイツさんにはこれを置いて行きます。きっと役に立つでしょうし、ワタシの言うことを聞きたくなりますよ」
 必死で考えを表に出すまいと思考を止めていた社長の前に、コトリと置いて男は発光と共に消えた。

「何だったんだ。あのスケベ野郎!」
 怒りの声が喉から戻ったのは、どこかで隠れていたシャイなミカンが俺を揺り起こしてからのことだった。



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