【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 3月29日(水)

反旗を翻す


 やっぱ城の長(おさ)ともなると落ち着いたもんだ。慌てることもなく女王はゆっくりと体をこちらに旋回させた。その横に瞬間移動で司令官がマントをなびかせて寄り添い、バックにずらりと検非違使。背後からのそりのそりと巨体を揺らして近づく、ビゴロスが二体。

 検非違使も格闘戦向けの体格だが、それですら貧相に見える巨体の持ち主がビゴロスだ。巨漢のくせに動き出すと思っていた以上に機敏だった。

 低い声音で女王が命じた。
「お主ら特殊危険課の余興は明日に取っておけ。今はこちらのプレスショーを見ていたい」
「うっさいわねー。武器が手に入ったらこちらのものよ。先にあたしたちの剣術ショーを見てもらうわ」

 そうそう、俺は手品ぐらいしかできないけど、でもこのあいだの社員旅行ではウケたんだぜ。
「勘違いしないでよ、裕輔。あれはヲタがネタを先に見せたからよ」
 そーだったのか田吾よ。恥かいたのかー。

「お嬢様がた。その剣はマイスターの就任式で使用されるもの。女性の持つものではありません」
 口調は優しいが、嘲笑めいた笑みがきしょいぜ、映像野郎。

「剣など……持つのも初めてなんでしょう?」
 半笑いで玲子に言うが、
「だまりなさいっ!」
 ぶんっと一振りして一歩前進する玲子。凄まじい風切り音は、こいつがえれー怒っている証拠。
 あーやだ。剣の振り下ろし方でこいつの機嫌まで解かるのか……俺は。

 だが対面の司令官はピクリとも動かない。
 それどころか、
「さ。それをお返しください」
 太い腕を差し出したその肩に、蒼剣が打ち下ろされた。

 カンッ!

 金属音がした。
 もう一度さっと振り上げ、玲子は上段から切りつけるが、豪華な衣服がゆらりと揺れその場から消え、剣はごうっと風を切るが空しく終結した。
 特殊危険課の活躍がたったの1分弱だった。出番短すぎー。

 超常的に瞬間移動をこなす司令官は、あっという間に玲子を取り押さえ、優衣は検非違使に捕まり、なぜか俺は副主任に抱き付かれていた。
 男に触れられるのは基本嫌いだ。それがアンドロイドでも同じだぞ。

 俺の耳元から玲子に向かって場違いの爽やかボイス。
「残念だったなレイコくん。青の剣はマイスターが握った時だけ本当の力を発揮するんだ。気の毒だが女性が握っても何も起きない」
 玲子は「もうぉー!」と、肩を激しく振って抗おうとするが、彼女がどれほど武道に長けていても、検非違使の力には勝てない。取り上げられた蒼剣は鞘に納められ、元の祭壇のマットへと置かれた。

「たいして面白くなかったな、特殊危険課……」
 退屈そうに女王は言うと、ビゴロスに握られたままの拾六番に向かった。
「プレスのショーで盛り上げてくれたら、何とかなるだろう」
 興行主か、お前は。

 忽然と苦痛に悶える野太い声がして全員が振り返った。
「ぐぉぉぉぉぉっ!」
 腕を捻りあげられて苦悶に歪む検非違使がよろよろと数歩前へ出た。その後ろに優衣。片手で検非違使の腕を絞めあげていた。

「その方を解放してあげてください」
 苦しげに顔をしかめる検非違使を引き摺って、司令官の前へ出てきた。

「ま、まさか……」という呻き声を上げたのは副主任だった。

 苦しげに体を歪める検非違使へと司令官が不敵な笑みを浮かべ、
「おい弐拾七番! 陛下を楽しませようと下手な演技を披露したい気持ちは分からんでもないが、ちとタイミングが悪いな」
「い……いえ、司令官殿。演技ではございません。動けませぬ」
「くだらん。おい。弐拾参番やめさせろ! 見苦しい」
 鼻を鳴らした司令官は、事の成り行きを静観していた検非違使、弐拾参番に顎をしゃくって命じ、そいつが優衣へ飛びつくが、

「うぉぉぉぉーぐがぁぁ!」
 同じように、大げさに喚(わめ)いて体をよじった。
 両手に検非違使の優衣だ。

「お主、人(ヒューマノイド)ではないのかっ!!」
 三人の灰色ぼろ布アンドロイドが、同期した動きで体を動かした。

「そうよ。特殊危険課の秘密兵器、ユイよ」玲子が宣言。そして俺を指差し、
「そしてこっちが特殊危険課のハエ男よ」
「おいおい……」

「そんな。あなた様がアンドロイドだとは……」
「あんたよくそれで医者をやってるな。一度も疑わなかったのかよ」
 俺の横で茫然自失状態の副主任へ言ってやる。

「吐息だけでなく、息づかいもそのものだし、食事の姿も自然だった……まさか……まさかこんな高度な人工生命体が存在するなんて……」
 ぐいっと、血走った目を俺に曝し、
「キミらの種族が拵えたのか!」
 何だか怖いぜ、副主任。

「俺たちじゃない、管理者という団体が作ったんだ」

「タコが騙されよって……」
 ぽつりと女王が言って、ひやっこい視線で優衣を刺し示し、
「ちょうどよい。そいつからプレスしようではないか……あ。待て」
 途中で不気味に朱唇の端を歪めた。
「先にビゴロスと戦わせよう。これはおもしろくなるぞ。司令官準備しろ」

 さーっとそこにいた連中が輪を作って後退し、祭壇の前に空間が広がった。
 中心部に残されたのは二人の検非違使を締め上げる優衣だけだ。俺と玲子はズルズルと、強制的に輪の外へと引き摺られた。

「おい。その女をひっ捕らえろ!」
 ふっとい腕を拡げてぼーっと突っ立つ巨人へ命じるが、うまく言葉が通じないらしく。司令官へ半身を傾けて反応するだけで一歩も進まない。
「検非違使の、う、し、ろ、だ。 あのアンドロイドを押さえつけるんだ!」
 言い直してようやく動き出した。そうとうに頭が弱そうだ。パワーのみだと言う副主任の言葉のとおりだった。

 全員が取り囲む輪の中に、地響きを立ててビゴロスが真ん中に入った。それを見て優衣が検非違使を解放。二人は急いで外へ逃げ出る。

「グモォォォー」
 鳴き声なのか言葉なのか、銅鑼(ドラ)を震わせたような極超低音の波動を響かせ、両腕を振り上げて威嚇。

「ドゥルルル……」
 睨み合う優衣とビゴロス。ギラギラと輝くシャンデリアから放たれた強い光線が不気味に二人を照らしていた。

「ドゥガルガゥゴロォロォロォロー」

「ちょっと待って!」と言う玲子の叫び声は、ビゴロスの爆音めいた咆哮でかき消された。

 太い骨格が剥き出しになった奴の腕には、とてつもなく頑丈そうな人工筋肉が見え隠れしている。その両腕が大きく覆いかぶさるように優衣の華奢な肩を押さえつけた。

 ずんむっ、と片膝を赤い絨毯に埋める優衣。
 そのまま簡単に押さえつけられると思いきや。
「おぉぉぉぉぉぉぉ」
 周囲からどよめきが起きた。

 ギシギシとビゴロスの腕が軋み音をあげつつ、持ち上がっていく。
「すげぇー、ユイ」
 握りしめた俺の拳が痛かった。噛みしめた歯茎から血が出そうだった。
 俺を抱き押さえていた副主任の腕の力がいつの間にか緩んでいた。茫然自失とでもいう状態なのだろう。焦点の定まらない視線が優衣へ注がれたまま強張り凝固中だ。

 徐々に立ち上がってきた優衣はビゴロスの両腕に手を掛けた。
 小さな小さな白い腕を震わせて、締め付けようとするでっかいビゴロスの親指に抵抗するその姿が痛々しい。
 徐々に締め付けていく極太の5本指。

「司令官やめさせてくれ!」
 小さな少女のいたいけな行動が胸に刺さったのだろう。囚われていた反体制グループのリーダーが堪らず叫んだ。

 しかし司令官は冷然と命じる。 
「ビゴロス! 相手が可愛いお嬢さんなので手加減しておるだろ。さっさとひねり潰せバカ者め。オマエから力を取ったら何が残るんだ!」

 優衣を圧し潰そうと指に力を込めるが……それが容易でないのか、ビゴロスは何度も首をかしげている。

 ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ。
 長い軋み音の末――、
 そこにいた全ての者の視野にとうてい信じられない光景が映った。
 不気味な破壊音と共に白煙が昇り、ビゴロスの片腕が根元からへし折れた。

 全員が唖然と固まるその前で、優衣は風にも劣らぬ早さで舞うと、そいつの背後に回ってガバッと持ち上げ、その体勢で二歩ほど進んで壁に向かって投げつけた。

 ドッ! シャァーーーーーーン!

 彼女のか細い華奢な肩に掛けられた巨人は、大きな音と噴煙をまき散らして、なだれ崩れる壁の奥へと吹っ飛んで行った。

「……………………?」

 何が起きたのか、頭の中真っ白け。そこにいた全員が沈黙した。
 しんと静まり返ったホールに司令官の声が高々と響く。
「おおぉ。エフェメラルな少女よ。あのビゴロスをも凌駕するパワーをその儚げなボディに詰め込んだのか……。すごいぞ。すごいじゃないか」
 ワナワナと震わした両手を照明の光にかざして謳いあげた。そして天を仰いで絶叫する。
「うおぉぉー。欲しいぃぃ! そのマナが欲しいぞ。最上のアンドロイドには最強のマナが宿るのだ!」

 ♪……♪
 な、何……だ?

「∂ЯΨΘΠΩ――Φυη……♪♪」
 ―――……♪……♪

 静けさに満ちた海に、さざ波を立てるかのような女王の歌声だ。意味不明の歌詞はコミュニケーターが機能せず、言葉を綴ることはなかった。

「ラーラルゥーラー。ルーララララーアァー」
 ……♪……♪……。
 とても心地の良い声色は、ここに来る前に聞こえてきたのと同じベルベットボイスで、俺の心の中に沁みてきた。
 するとさっきまで強張っていた優衣が、全身の力を緩めて聞き入っていた。

「これは、お珍しい」
 司令官がトパーズ色の瞳を潤ませ、外套を羽織った3匹のボロ布連中をも腰を伸ばした。
「ほんに。儀式の最中にお歌を唄われるとは、250年振りかのぉ」
 それぞれに顔を見合わせ、互いにうなずきあった。

「ラララァーτρηララー♪。ルルルルルーー♪」
 途中から小鳥のさえずる音色に近い高音域に移行。そこから一気に床を揺るがすような低音に落ちる。かと思うと、そこから無限音階に変わり一気に超高音域へせり上がる。歌の意味は解らないが、頭の芯から内臓、足の先まで突き抜ける美しい旋律だ。
 そしてミュージカルさながらに、女王は歌とテンポを合わせた動きで、腰から赤い剣をしゅらりと抜き、戦意を失ったビゴロスの前で立ち尽くしている優衣に向かってひと振りした。

「…………っ」
 腰が抜けたみたいにして優衣が崩れた。

 何が起きたんだ!?
 意味不明、理解不能の出来事が起きた。
 女王が唄いながら真紅(しんく)の剣を振り下ろしただけだ。何かが発射されたとか、爆発的なことが起きたとか、過激なことは一切何も起きていない。なのに優衣が崩れ落ちた。まるで瞬時にパワーが抜かれたようだった。

「おー。女王陛下の奇跡のお力である」
 わざとらしく司令官は両手を振り上げ、巻き付いたマントを力いっぱい払って両手を拡げた。

「皆の者しかと見たか。これが我が帝国のお力であらせられるぞ」

 俺たちの後ろを取り囲んでいた従者や検非違使の群衆から、重々しい称揚(しょうよう)の声が湧きあがる。
「うーーん。まさにその瞬間でございますなぁ」
 灰色の小人がわざとらしくそう述べ立て、
「ビゴロスにも打ち勝つパワーの持ち主であろうと、しょせん女王様には敵わぬのだ」
 まったく同じ灰色の別のチビが声を合わせる。

「ユイー!」
 検非違使に拘束された玲子が遠くから力の限り叫ぶが、優衣はピクリともしなかった。
「裕輔! どうしたの、あの子!」
 必死の形相で迫られても俺だってよく解らない。

 玲子はは狼狽と言ってもいいほどに取り乱した。
「あなたコマンダーでしょ。何とかしなさいっ!」
 んなこと言われたって……。
「ユイ! 承認コード7730、ユウスケ3321だ。返事しろ!」
 普通ならこれでシステムコマンドが受け付けられ何らかの返事が来るのだが。くたりと力が抜けた状態と言えば……俺の頭をよぎった。
「ホールトしたんだ」
「どいうこと?」
「自己停止さ。危険を察知すると防御状態に切り替わるんだ」
「死んだの?」
「心配ない。手榴弾の爆発を自分の身を投げて防いだのと同じさ」

「よかった……」
 強張っていた玲子の体から力が抜かれた。

「ふんっ」
 微動だにしなかった女王がつまらなさそうに鼻を鳴らし、真紅の剣を鞘に戻した。

「もう少しワクワクするかと思ったが、たいしたことはなかったな」

 紅蓮色のマントを風になびかせながら平然とそう言い捨て、鞘の先で優衣の腹の辺りを突っつき、何かを確認するような仕草をした後、剣を腰に差し直した。
「そのガイノイドからプレスしてみるか、司令官?」
 何の感情もこもらない冷え切った声だった。

 映像野郎は少し考えるふうに半歩下がり、女王の前でひざまずいた。
「女王陛下。とっての頼みをお聞きください。ぜひ。ぜひあのガイノイドのマナをそれがしに頂きとうございます」

「オマエは下らぬ物を集めて喜んでおるらしいな。そんな物を溜め込んでどうするんだ。バカ者めが」
 司令官と対立していると副主任から聞いていたが真実のようだ。まるで厳しく糾弾するかのような口調に驚いた。

「このガイノイドはビゴロスをも砕くパワーの持ち主でございます。そのマナの底知れぬ力が欲しゅうございます」
 額が絨毯に埋まるほどひれ伏していた。

「ふんっ」
 その姿に鼻息を吹きかけると、女王は深々と座席に腰を落して赤いドレスで風を巻き上げた。
「私はボディが潰されていく音が聴けたらそれでいい。プレスが終わったら残りはオマエにくれてやる。潰してしまえばマナも抽出しやすくなるだろう」

「女王様。ありがたきお言葉……」

 高揚した頬を絨毯と同じ赤色に染め、目の色を変えた司令官がぐおぉんそびえ立つ。
「よし! すぐにプレスに掛けるんだ」
と検非違使に長い腕を振り、力が抜けてぐったりとなっている優衣がプレス機のベルト式コンベアへと載せられた。

「な、な、な、な」
 めっちゃ焦った。ありえんぐらいにな。
 こんなシチュエーションは想定外さ。無い、無い。絶対に無い。
「ちょちょ、ちょー待て」
 いまだに茫然自失中の副主任を蹴り倒して俺は前に飛び出る。
 あー出たさ。

「ユイは俺たちの仲間で、この宇宙を守るという特殊任務中なんだ。お前らの帝国ゴッコに付き合う気は無い。もうやめよう」
 あまりに現実離れした事態がどうしても呑み込めなかったのだ。

「カメラどこ? ドッキリだろこれ。はいそこのカーテン開けてよ。スタッフがそこにいるんでしょ。ユイ、よかった真に迫る演技でした。ハイおしまいね……ね?」

 女王様が興味ありげに体をのり出した。
「お主……何を言っておる?」
「何って……。これってドッキリだろ?」
 後ろから近寄って来た灰色野郎に訊き直す俺。そいつもとぼけた返事をくれた。
「こっちがドッキリじゃわ」
 奴の呆れ声にまたもや息を飲み、今度は急激に腹が立ってきた。こんな大がかりなドッキリだから許せるんじゃないか。マジかよ。これ全部マジでやってんのか。リアリか、リア充か。関係ねえか。

 ムラムラムラ――。来たぁぁぁぁ!

 俺の行く手を阻もうと、よちよちと出て来た灰色ボロキレ野郎をひと蹴りして、もう一丁、怒鳴りつける。

「お前らよーく聞けぇっ!」
 喉の奥が裂けそうになり、ジリジリした。でもかまうもんか。喉なんか潰れたっていい。

「あんなっ! 俺たちの敵はネブラと呼ばれるこの辺り一帯の星域を消し去ろうとしている極悪アンドロイドなんだ。その数、500兆だ。兆だぞ、兆。億の千倍を超える敵を相手してんだ。お前らのママゴトとは規模が違うんだ」
 
 ホールが静けさに沈んでいた。
 何だよ。俺の勢いにみんな驚いてんじゃん。へー。どうだ玲子、と振り返ると、玲子の目が点になっていた。

「司令官……」
 女王の声がいささか呆れていた。
「はっ!」
「こいつは妄想癖があるのか?」
「あ、はい。これが今流行(はやり)の厨弐病かと…」
「え? 何だよそれ、どこの伝染病だ?」

 俺の言葉は無視され、女王のロッドが風を切って左右に振られる。
「プレスに掛けろ!」
「わぁぁぁ待てって!」
 俺の訴えは違う意味の驚きを生んだだけで、屁のツッパリにもならなかったらしく、重く鈍い駆動音が響き渡り、ぐったりとした優衣がプレス機の中へと動き出した。

「見せしめだ。負けたビゴロスも一緒に放り込め」
「血も涙も無いのか、この女王は!」
 再び猛烈な怒りがこみ上げ、気づけば俺はそう叫んでいた。

「言葉に気をつけろ人間っ!」
 身を竦ませる威圧的な女王のセリフに一瞬躊躇するが、
「うるせえ、うるせえ、うるせえぇぇぇっ! 俺はユイのコマンダーなんだ。つまり責任者だ。俺の許しも無くユイをどうこうすることはできねえんだ!」
 優衣を取り戻せるのなら、泣いたって喚いたって、何でもやってやる。情けないって言われたっていい。俺の優衣は誰にも渡さない!

「ワタシならだいじょうぶです……」
 えっ?
 プレス機の中に運ばれていく優衣がそうつぶやいたかのように聞こえたが、それはコンベアのローラが回転する音だった。

 これまで何度も苦難を乗り越えたじゃないか。その時はいつもそう言ってくれたよな。
 今度も何か言ってくれ――。

 いくら待っても無言だった。
 本当に優衣が動かなくなったのか?
 ジワリジワリとプレス機の入り口が迫る。本気で怖くなった。

 流れる速度に合わせて優衣にすがり寄っていた副主任が、弾け飛ぶようにして戻ると、女王の前にひれ伏した。
「お願いです。生命体と寸分違わないアンドロイドを潰してしまっては帝国の損失だと思います。ぜひ寛大な処置を……」
 女王に懇願するが、彼女は首を振る。
「オマエ、医者の免状を持っておるのだろう。なぜ見分けられなかった?」
「そ……それが」
「ふんっ。おおかた鼻の下でも伸ばしていおったのだろう。かまわん! 司令官、続けろ」
 司令官もそれへと吐き捨てる。
「このヤブ医者め!」


「ユイ――っ!」
「暴れるな!」
 コンベアを流れて行く優衣にしがみ付こうとした玲子が、前を遮って出てきた検非違使に制された。
「うるさーい。あたしに命令するな。この鉄板野郎!!」
 キレイなフォームの横蹴りが検非違使の喉元に炸裂するが、野郎はピクリとも揺るがなかった。
 俺は精根尽き果てしおれていた。さっきの大啖呵ですべてが出切った。気力さえももう失せている。優衣ぃ……ごめん。俺って情けない奴です。

 崩れ落ちる俺の前で、玲子が喚いた。
「まってよ! そんなことしたら絶対に――だめっ! 宇宙がどうなったって構わない、でもあたしからユイを取り上げるなんて、絶対許さない」
 そうだよ、まだこいつがいた。棒っ切れ一本あればこいつは不死身なんだ。

「検非違使に捕まったヤツのセリフではないな」
 司令官の言葉で再び現実に引き戻された。俺たちは両腕をがっしりと検非違使に掴まれており、身動きが取れないんだ。

「やれっ!!」
 銀白のマントを片腕でふありと広げて、コンベアの前にいる検非違使に片手を上げた。
 プレス機の入り口が開き、黒檀のような黒い空間が見えた。
「だめ──ぇ! あたしが代わるからやめてぇ!」
「生命体など炭にしかならんが、アンドロイドにはマナの原料がある。電子材料に含まれるレアな純結晶はマナとなる」

 俺だって恥も外聞も無い。鼻水が出ようが涙がチョチョ切れようが、もうどうでもよくなった。
「副主任! 辞めさせてくれっ! ユイには大切な使命が残っているんだ。アカネを育ててネブラを……そうだアカネはどうなる。こんなところで終わっている場合じゃない」

 はっとして体を固くした。そして背筋に電気が走った。
「ネブラか! ネブラが手を出したんだ!!」
 これはネブラが仕組んだ時空修正だったんだ。それがあの時間項のゴーストを生み出して……。

 そう頭を過ったが遅かった、プレス機の扉が閉じた。

 ガンッ!
 グルグルギュガァガガガガッ……
 最初は金属が砕ける大きな音。それがやがて悲鳴にも聞こえる不気味な音になり、
 キュアッ!
 キュキキキキャキャキャキャキャァァァァァァァァァァ。キキキキ。
 最後は鳴き声にも聞こえ、胸が締め付けられ、苦しくなって息が止まり。目の前が真っ暗になった。


 プレス機の出口から薄煙が漂い、押し潰された金属片が流れ出てきた。
「ユイィィィィィー…………」
 音の欠如したホールに玲子の絶叫が響き渡る。

「ゆい。ユイ……ユィ。」
 赤い絨毯の上で突っ伏した玲子の黒髪がほどけて床に広がり、泣き声に同期して揺れ動く、やがて声音は細く消え、俺の胸がえぐられた。お前からそんな声を聴くのは死んでも嫌だ。いつものように笑ってくれ、そして俺を怒鳴りつけてくれ。


「――――――――――――――――――――――――――――――」


「ちっ! 湿っぽくなったな。造反グループの処刑は明日に延期だ。リーダーも牢に放り込んでおけ」
 猛烈な舌打ちをして女王が立ち上がった。

「牢……ですか? センターへは?」
 首をかしげつつ、司令官はトパーズ色の目の奥に疑念を灯した。
「司令官……」
「あ? はい?」
「近こう寄れ……」
 冷然とした態度で女王は握っていたロッドを振り挙げると、片膝でにじりよって来たトパーズ野郎の頭をコンコンと殴り、
「マイスター殿と契りの祝いに、明日、ここで処刑する。それも民(たみ)の見ている前でな。謀反なんどというものがどれほどバカげたことかを戒めるのだ。それよりお主。そんなにマナが欲しいのか。拾六番から採れるマナなど数滴だろ。そんなものがそんなに大切なのか! それさえも自分の物にしたいのかっ!」
 女王は怒気を込めた凄まじい顔で司令官を睨みつけた。

「いえ、め、めっそうもございません」
 わざとらしい震え声、続いて張り裂けんばかりの声に切り替えて、
「拾六番を牢獄へ放り込めっ! それからクロネロアシティに通達せよ、明日公開処刑をすると」
 バハッと力強くマントをなびかせ旋回すると、瞬間移動で祭壇の脇にある自分の席に戻った。

 引き上げようとする検非違使をロッドの先で制して女王が言う。
「処刑前に連中の顔を拝んでおきたい。全員を一旦牢から出して、ちょっとここに並べてみろ」
「はっ!」

 時をおかずして、奥から見慣れない検非違使がずらりと並び出て、手枷をした十数人のアンドロイドを引っ張って来た。メンバーはそれぞれに衣服を着用せず剥き出しのメカのまま首を垂れている。

「この検非違使は見慣れぬ衣服を着ておるな?」
 再び司令官が瞬間移動でその前に現れ、怪訝な顔をする。

 それは後ろの検非違使たちのことを示している。赤い制服ではなく、濃い緑の制服だった。
「私のやることに文句があるのか、司令官! マイスター様の周辺警備をする新制の検非違使だ」

「しかし女王陛下。それは青色だと決まっておりまして……」
 滑り戻った司令官の頭をロッドの先でまたもやカンカンと殴り、
「お主の頭はほれ、硬い音がするのう。時代は流れ行(ゆ)くモノなのだ。緑でもよかろうが。それともオマエ、私に口出しをする気か?」
「い、いえ。とんでもございません。御意にござりまする」

 視線を床に落とすトパーズ色の目の奥が怒りに燃えているのは当然だが、女王に向けられることは無く。
「では諸君。今日から城の警備を担うことになる。しっかりやるんだぞ」
「はっ!」
 鉄の面(つら)の奥に隠れる眼がやけに生き生きした表情に見えるのは、新米だからだろうか。黄色と黒のストライプ警棒を誇るように持つと、女王へと最敬礼をして一歩引き下がり、
「うむ」
 尊大な態度で立ち上がった女王は、悠然と前に出て目を光らせた。
「人面を持つのは拾六番だけか……」
 女王は一人ずつを睨みつけ、最後にリーダーを一瞥して言う。
「活躍の場が奪われて残念だったな」
「いつかまた別の同志が立ち上がる!」
 拾六番は強気に言い張り、女王は無視して全員に投げかけた。

「お前ら! これでよく解っただろう。この星の未来は全て私の手中にあるのだ」
 優衣さえいたら、その言葉をすべて覆すことができるのに……。

「よしっ! 引っ立てぇ!」
 悔し涙をこぼす俺の面前で全員が立たされ、緑の衣服を着た検非違使が気合いを込めた。
「ただ今より、リーダー含めまして、13名全員を牢獄まで護送いたします」
「うむ。明日をたのしみにしておるぞ」
 女王は紅蓮のマントと、それよりも長い赤髪を波打たせて背中を見せた。さっきからその光景が歪んで見えるのは、流れ落ちてくる俺の涙のせいだと気付くのに少々の時間を要したのは仕方がない。


 再びホールは深閑とし、俺は力尽き、玲子は悲しみで満ちた思いで伏せたまま動こうともしないし、シロタマはどこへ行ったのか姿も見せなかった。
 すでに思考は停止していた。こんなところで粉々になっちまう運命が茜の未来に待ち受けていたとは思いもよらなかった。

 あの時、俺が茜にドゥウォーフのいる惑星を指さずに、別の惑星を示していたら、こんなことにはならなかったのか……。
 あっちが正しい歴史だったのではないのか……優衣ってこんなあっけない運命だったのか。泣き崩れ肩を揺らしている悲しげな玲子の姿をぼんやり見つめていた。
 ネブラのほうが上手だった。ミッションは失敗したんだ。何度もやり直した結果がこれか……。

「まてよ……」
 なにか釈然としない気分に苛まれる。思考の奥底で妙なしこりが残っているのだ。
 優衣は歴史をいくらでも変えることができるアーキビストだろ。似非占い師が自分の将来を見通せないのとはレベルが違う。将来を変えることができるアンドロイドのはずさ。
「簡単すぎる……おかしい」
 俺の声を聞いて玲子が少し顔を上げた。

「それにしては単純すぎるじゃねえか……玲子! 起きろ!」
「どうしたの?」
「ユイがこんな簡単なことで終わらせるはずがねえ。見ろよ。俺たちに何も変化がねえだろ」
「うん?」
「変化がねえってことは無事だということだ」

「よく解からないよ、裕輔」

「まだミッションの途中だということだろ。ユイが本当にいなくなったら、ミッションは振り出しに戻る。そうなると俺たちはここにはいない」
「そうかな?」
「今は俺の言葉を信じろ」
 玲子は真紅の絨毯から勢いよく上半身を引き剥がした。その瞳に光が戻っていく。
「もうしばらく様子を見よう。これから何が始まるのか……」

「お前らの新しい人生が始まるだけだ」
 突然、耳元で吐息にも近い声がして俺の言葉が遮られた。
「王国での生活――そう悲観するものではないぞ」
 俺の肩に柔らかげな手が載せられた。
 思ったよりも小さくて俺の肩を緩くつかみ、朱唇が耳に当たるほどの近くで囁いた。
「あのガイノイドには思い入れがあったのか?」
 とんでもなく甘く芳しい香りが漂って来た。めまいがするほどの心地よい香りと一緒に、赤い絹糸のような髪の毛が俺の頬を撫でていく。

「思い入れだと?」
 きつく睨んでやった。

「そんな簡単な言葉で片づけるなっ!」
 込み上げてくる憤怒の力を借りることで、怒鳴ることができた。
「俺とユイはな、お前らみたいな次元の低い位置にいたんじゃないんだ。時間を越えた仲間だったんだ」

「時空を超えた仲間だと言うのか? あり得んな。人工生命体とヒューマノイドとの融和など考えられん」
「あーそうさ。お前らには理解できねえだろう。理解しようともしないで一方的に殺しちゃうんだからな」
「殺してなどいない。自然淘汰。自滅しただけだ。女しかか生まれなくなればどうしてもそうなるだろ。男がいなくては種の存続は途絶える。お前らが考えた神とか言うのがいるのなら、そう道を拓きなさったのだ」

「違う! それも2ビットの連中が仕組んだものだ!」
「しっ!」
 いきなり細い指が俺の唇に当てられた。
「その話はここでするな。連中が聞いている」

「え?」

 女王はいきなり俺を立ち上がらせた。
 隣で泣き伏せていた玲子も釣られて顔をもたげる。かわいそうに目が腫れて真っ赤だった。

「忘れろ……。ここでマイスターとして生きて行けばよいではないか」
 そして玲子とのあいだに立ち、彼女をも立たせ、
「この女と生涯を共にし、子孫を作れ。この帝国でな。私がここの女王である限り、そなたの生涯は保証されている。どうだオマエはマイスターとしてここに立ち上がり、この女性と夫婦(みょうと)となり、私と永遠の契りを果たすのだ。これはとてつもなく栄誉なことなのだぞ」

 摩訶不思議なセリフを綴ると、真紅の女王は両手に嵌めていた真っ赤な長いローブをするりと脱ぎ去った。
 真っ白で滑々の肌が俺の目の前で露わになる。
 とても人工的な肌ではない瑞々しく滑らかな腕が、俺の上膊(じょうはく)に絡められた。

 息ができなかった。鼓動も止まっていたかもしれない。玲子も潤んだ瞳で手の動きを追っている。
「司令官。三人の賢者ども、よく見ろ。この方が新しいマイスター様だ。蒼剣を持て。たった今から就任式を始める」

 ばたばたばた、と従者が一斉に動き出した。カーテン奥から薄紫色のアンドロイドが現れて、あっという間にプレス機が片づけられ、祭壇に明かりが灯され、あれよあれよと準備が施され、俺と玲子は女王を挟んでその前に駆り出されていた。

「さぁマイスター様。準備は整った。この女性と私とを生涯の伴侶として契ることを誓うか?」
 女王の大きな声がホールを響き渡り、鼓動が一瞬止まったかのように感じた。

「ちょちょっと待ってくれよ。よく意味が解らないんだ。玲子と俺はヒューマノイドだ。生命体である以上……そりゃあ、その気になれば生涯を共にすることはあり得る、互いの気持ちがその気になればの話だぜ」
 なぜか途中から玲子に尋ねかけていた。
「そ、そうよ。あたしと裕輔だけなら解るけど、どうしてそこにあなたが入ってくるわけ?」

「この男性をマイスターとして、このクロネロア帝国が受け入れるからだ」

 俺……玲子とこの城で暮らすのか?
 この女王様と共に。

 それはやけに生々しく、現実味を帯びていて、ちょっと玲子の目の奥を窺ったりした俺って、
 ――バカだな。



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