【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 3月25日(土)

生体プール


 俺の視界に広がったのは、茫然と直立する優衣の後ろ姿。その先に設置された数々の医療機器。そして不自然な形のベッド。
「何だ、これは!」
 それは病院ではあり得ないガラス張りのベッドだった。

「これは生体睡眠チェンバーだよ」
 さすがは専門家だ。ひと目見てそれが何かを説明した。

「で、何それ?」
「簡単に言うと仮死状態で生かし続ける装置さ」
 整然と並んだインジケーターやモニターをざっと見流して、副主任は装置を操作。
 ガラス張りのカプセルの上部が三分の一ほど開き、充満していた真っ白な気体が重々しく床に落ちた。見るまに俺たちの足元が埋もれていく。

「うがっ!」
 息を飲んだ。白濁の気体の底から浮き出てきたモノ。
 それは俺でも承知のモノだった。
「タレストイ人だっ!」
 雌雄前後同位体の種族。周期的に男性になったり女性になったりするこの宇宙域でも珍しく驚きに満ちた種族だ。初めて目の当たりにした時は、田吾と一緒にサンクリオの空港で棒立ちになったのをはっきり覚えている。
 目の前に横たわるのは男性の状態で、鼻の中央から額にかけて特有のヒダがあるのが特徴的だ。

「そうです。成人のタレストイ人です……もしかして」
 優衣は引きつった声を残して外に飛び出した。それは別の部屋を確認しに行ったのだ。

 そのあいだ俺は一歩も動けず、副主任と一緒に白色の気体に足元を沈めていた。
「死体を冷凍保存してんのか?」
 俺は無意識に尋ねていた。

「ちがう。死亡すれば必ず海洋葬を行うのがクロネロアのしきたりだ。このカプセルは死体安置用ではない。これは仮死状態だ」

 すぐにカプセルを閉め、副主任は戦慄に震えた目を俺に向ける。
「このビルはいったい何なんだ?」
「こっちが訊きたいワ」

 様子を見に行った優衣が戻り、さらに驚愕のレベルを上塗りされた。
「このフロアーは全室同じで、この上も見てきましたが……」
 ふさふさと栗色のポニテを振り、
「そこも同じ設備で埋まっていました」

「この建物は72階まであるから……」と副主任が言い。
「フロアーひとつで30ほどの部屋があります、空き部屋を考慮しても……2000人以上になります」
 優衣が答え、副主任は困惑と恐怖に固まった。

「2000人って……あんたの計算と一致するじゃないか」
 俺の問いに、副主任は震え声で返す。
「ここは生体プールだ……。自分たちを存続させるために異星人を仮死状態で保管してんだ。この方法だとエネルギーもさほど必要ないし、抵抗されることもない。このケーブルを見ろよ。恐らくあの亜空間通路を使ってクロネロアの街まで生体情報を送ってるんだ」

 直径数センチのケーブルが部屋の外へと延びていた。副主任の言うとおり、ここからミュージアムの地下を通って街へ引き込むことは容易にできる。

 副主任は驚愕の真実に打ち震え、冷気が充満するカプセルを凝視していたが、白衣のポケットに忍ばせた仮面をぎゅっと握りしめた。
「そうか! これがクロネロアの存続を可能にしていた真の姿だ。生体データを改ざんしていたんじゃない。本物の生体データを2000人分確保していたんだ……オレの想像より最悪じゃないか」

 愕然とした俺の足は床に膠着して一歩も動かない。
「街はあたかも大勢の住民が住むかのように維持されているが、そこは無人で、肝心の住民はここで仮死状態で保存されていたワケか」
 無人でありながら生体(せいたい)に満ちた城下町……データだけで動くアンドロイドの悲しい性だ。そこに散らばるアンドロイドがそれに踊らされている。

「きしょいな」
 見えない住民を想像して背筋が寒くなった。
「ほんものの生体反応ですから、カーネルも警告を出さないんですよ」
「空き部屋がまだたくさんあるぜ」

「多すぎる……」
 ようやく口を開いた副主任。
「そりゃあ2000人だもんな」
「そんな問題じゃないっ!」
 すげえ剣幕で七番は俺を睨んだ。

「な、なんだよ。おっかないなー」

 副主任は込み上げてくる感情をさっと押し殺すと、
「こいう結果を想像したことは無いとは言わない。恐怖に負けてちゃんと捜査をしなかったオレが情けない。保守的なクロネロアの上層部が積極的に外の世界に向かうことは無いとか、内心では逃げていたんだ……」
 途中で言葉が尽きた。やるせなさに胸が詰まったのだろう。重苦しい雰囲気が満ち満ちていた。

 副主任はカプセルを繋ぐケーブルを睨んで拳を震わせ、独白めいた言葉を綴り始めた。それは俺たちへ説明するかのようにも聞こえる。
「実は――このところクロネロアは宇宙を移動していないんだ。目的の新天地まであと6光年となった時、計算値よりエネルギーが足りないことに気づいた」
「派手に使ったから、立ち往生したんだろ?」
 と訊く俺に弱々しく首を振る。

「エネルギーは計算通りに使われていたよ。でも6光年飛ぶには足りないんだ。で、古文書を研究する機関が答えを導き出した。このワームホールが点在する星域こそが目的の場所だと。つまりここから一気に新たな土地の近くまで跳躍する計画だったんだ……だけど」

 副主任は何も無い天井を見上げた。
「新天地は目と鼻の先なのに城の連中は動こうとしなかった……どのワームホールへ入るかも解かっているのにだ。なのに防御シールドを強化しなければ跳躍に海が絶えられないとか、適当な言い訳を拵(こしら)えて、ずっと引き延ばしていた」

「何が言いたいんだよ? 方舟が新世界を目前にして足踏みするのと、この部屋とどういう関係があるんだ?」

「連中はここに通じるワームホールの位置を動かしたくないんだ」
 副主任は瞳の奥を怒りの炎で揺らがせ、俺は落ち着かない気分に追い込まれる。
「もしかして、ここで眠る大勢の異星人はワームホールを利用して掻き集められたと言いたいのか?」
 さらに燃え上がる怒りの顔を持ち上げ、副主任は険しい視線で俺を見据え、
「そうさ。クロネロアの周りに点在するワームホールを利用したんだよ。飛行距離の短い偵察機でもとんでもなく遠くまで行ける。海に誘われてやって来る異星人を待つより手っ取り早いだろ?」

 そしてカプセルの中を覗きつつ。
「いくら土地が余ったクロネロア帝国でも倫理に反する設備を公然と建てることはできない。ところが亜空間通路を利用すれば、距離ゼロの位置にこんなものを拵えても釣りがくる。しかもミュージアムの地下にあるあの入り口さえ隠し通せば、この生体プールは永久に発見されない」
「だから人が寄り付かないように、強行的にミュージアムを閉鎖しようとするのか?」
 俺の問いに無言で首肯。
 目を逸らし続けていた真相がとんでもなく悪逆であったショックは大きいのだろう。副主任は長いあいだ黙視を続けた。

「この場所はどこか別の星、それか小惑星の内側かも知れないと言うんだな。なるほど天然のハイパートランスポーターか……しかも無料(ただ)」
 ケチらハゲの喜ぶ顔が懐かしい。

 いつもの静謐(せいひつ)な瞳を副主任へ向ける優衣。
「仮死状態の異星人はどうなりますか?」
 思い出したように顔を上げ、
「時間を掛ければ健康体に戻れるが、無理して装置を止めてしまうと数時間と持たない。ここらの装置は生命維持装置だからな」
 複雑にケーブルが絡まるユニットを示し、重く抑えつけられた表情で睨め上げた。
「六番様もこの亜空間通路を見つけたんだ。それで2ビットの野郎どもに殺された……何とかしなきゃ本気でこの星はぶっ潰れる」

「そうと決まったら、そろそろトンズラをかましたほうがいいぜ」
 さっきからケツがもぞもぞする。俺たちはえらいものを見つけてしまったのだ。

「ユースケくんの言うとおりだ」
 呻(うめ)くような声を漏らして、副主任は力強く白衣を払ってこう言った。
「そうだとも。ここで見つかったら元も子もない」
 毅然とした態度に戻り、踵を返す副主任の後を俺たちは追った。ミュージアムへと繋がる2階のあの部屋へと。

「あそこだ」
 同じ形の扉がずらっと並ぶのだが、ワームホールが繋がっていた部屋がどれなのかを探る必要は無かった。ここらあたりだったと思われる扉に見慣れない紋章が描かれていた。それはあきらかに目印だ。

 それを苦々しく仰ぎ見た副主任が唸る。
「これは我がクロネロア帝国の紋章さ。実態を知るまでは誇りに思ってきたが、今となっては忌(い)ま忌ましい。最低の国家だな」

 空虚な部屋の隅っこにある微妙に揺れ動く空間。そこへ片脚を突っ込んだ副主任、悲観した態度は微塵も無く、白衣の襟を正して決意の色を帯びた目で振り返った。
「ここの異星人は必ずオレが助け出す」

 優衣が向こうに消えるのを待って、俺も後を追いミュージアムの地下へ戻った。埃っぽい床から目を上げ、先に出ていた優衣が差し出した手にしがみ付いた時だった。

「なんだっ!」
 十数人のアンドロイドに囲まれていた。

 優衣の手を引きワームホールへ逃げ戻ろうとする俺の動きが制され、副主任の和らげな声が響いた。
「ユースケくん、安心していい。この人らは反体制グループの連中だ。そしてこの拾六番がリーダーさ」

 連中は衣服を着けていなかった。それを脱ぎ捨てることを反骨精神とするのか、やけに勇ましい。その中の一人が半歩前に出て頭を下げた。

「拾六番です」
 名前を告げると、俺の前でさっと仮面をはぎ取り頭を下げた。
「クロネロア帝国の腐った連中は、未だにあなた方のような犠牲者を出していることを我々は恥じています。本当に申し訳ない」
 帝国の幹部が俺たちを拉致ったことに対する謝罪だと思うが、その穏やかな口調に救われた気分になった。

 丁寧な言葉を掛けてきた拾六番以外は人面を持たない連中のようだが、それぞれに腕と脚は内部のメカを剥き出しにして、人工筋肉や骨格を見せていた。胸部だけは薄手の硬質プラスチックみたいなもので内部を保護するところをみると、そこが心臓部だと思われる。
 家具、道具として作られたロボットは、機能に合わせたてんでバラバラの形だが、アンドロイドと呼ばれる連中はみなこの体つきのようだ。

 腰を伸ばした拾六番は副主任へと向き合い、ワームホールを顎で示した。
「ご覧いただけましたか? 七番様」
「ああ。ひでえな」
「2000体以上の生命体を確認していますが、司令官はなおも増やす気ですね」
「狂ってるな……」
 悔しげに対面するアンドロイドの胸の辺りを見る副主任。おもむろに目線をもたげ、
「それで、キミらはどうしていたんだ?」
「主導者の六番様を破壊されて、グループの乱れた歩調をそろえるため、このワームホールで見つけた限局性突出部分に隠れていました」

「限局性……なんだそりゃ?」
 シロタマがいればここで口を出すところだが、
「ワームホール内にできた袋状の亜空間で、ポケットと呼ばれる出口のないものです。生命体には空間として認識できませんのでほとんど存在が知られていません」
 向こうの誰かが俺の目を見て説明し、返事に困る俺に、副主任は薄っぺらな笑みを注いで繋いだ。
「アンドロイドの空間認知の仕方はちょっと特殊なので、そういう空間を見つけることが可能なんだ」
 そして視線を元に戻すとメンバーを一巡させ、厳しい口調に変えた。
「ところでキミらは、何をしようとしてるんだ?」
 その問いに、反体制グループは生体プールを破壊してカーネルを停止させると言った。

「相変わらず過激だな……」
 副主任は溜め息混じりの声を漏らし、無表情で直立していたアンドロイドの胸を指先でツンと突き、
「そんなことをしたら、あの数千人の異星人を見殺しにすることになる。そう思わないのか?」
「何をです?」
「それだと、城の連中と同じだと言いたいんだ!」

 胸を突かれたままアンドロイドがグイッと前に出る。
「七番様とは意見を交わしたことがございませんが、今日はいい機会です。あなた様のお考えを聞かせていただけませんか?」
 口調はおとなしいが、射すくめてくる威圧感は異様だった。

 しかし副主任はそれを力強く跳ね返して、
「オレは異星人を助けたうえに城を取り戻す」
 そいつの隣にいたアンドロイドが喚いた。
「そんなことを言っていたら時間がいくらあっても足りません。その間に犠牲者はますます増えるのですぞ」

「時間は掛かるが犠牲者は少ないだろ」
「甘ったるいです。2ビットの連中をのさばらせておけば、ヤツらのエネルギーはさらに膨大になり我々の手には負えなくなります」

 傲然とした声を跳ね返すように、副主任がそいつと向き合った。
「オレには強い味方がいるんだ!」
「それは誰ですか?」
 副主任と対面していたアンドロイドの腕を引いたのは、リーダーの拾六番だった。
「もうよい! こんなところで大声を出して議論などしている場合ではない。とにかく七番様。ワームホールのポケットについては他言無用でお願いいたします」

「ああ。わかってるから安心しろ」
 その言葉を受け反体制グループは亜空間へと、俺たちはミュージアムのエントランスへと別れた。




「面白いものはございましたか?」
 またもや門番に舞い戻っていた検非違使が優衣へと尋ねたので、代わりに俺が言う。
「あぁ。久しぶりに興奮して、ほれ見ろ。足腰ガタガタだぜ」
 検非違使は怪訝な顔をして俺をひと睨みし、「お前には訊いておらんっ!」と言って顔を背けた。

 ふんっ。鉄仮面め――。


 昼飯を食べそこねた体に夕風はこたえる。
「ハラ減ったな……」
 優衣が投げかけてくる苦笑が今は心地よい。
 薄っすらと夕暮にかかる人工太陽の明るさに気分を和らげ、溜め息をひとつ。

「疲れた体を引き摺って帰宅の路(みち)か……。なんかこういうの久しぶりだな」

「そういうのを黄昏るって言うのかい?」
 振り返ると興味深げな視線が俺を捉えていた。数歩遅れて付いて来る副主任だ。

「まぁ。だいたいそんなもんだ」
「勉強になるよ。あのさ、オレはもっと感情について勉強したいんだ。就任式で主治医として指名してくれないか?」
「指名って?」
 歩む副主任を待ち構えるように足を止めた。

「明後日、ユースケくんはマイスターに就任するんだ。そしたら主治医を決めろと女王様が訊いてくるからさ」
「根回しのいいヤツ」
「根回し? 何だいそれ?」
「世渡り上手っていうことさ」

 副主任は俺の前に飛び出すと、丁寧に頭を下げた。
「やっぱ主治医にしてくれ。キミの横にずっと寄り添いたい気分だよ。そして色々と変わった言葉を教えてくれ」
「俺は男に興味はねえし、別に変な言葉遣いもしてねえ」
 変な言葉遣いをする人工物なら三人ほど知り合いがいる。
 タマだろ。茜だろ、そして究極はミカンだな。
「へ~。やっぱりいい友人が多いんだな」
「はあ? 冗談言うな」
 それよりハタと気付いた。いつの間にか俺はこいつをロボットと見なくなっていた。



「それじゃ。何かあったら連絡くれよな。それと……主治医の件よろしく」
 俺たちが住居とあてがわれたマンションの真下で、副主任がそう告げて立ち去った。
 優衣と二人で手を振って応え、そろってエレベーターに乗り込む。
「何階へ参りますか?」
 丸い目で俺たちを見つめるエレベーター専属アンドロイドへ、階を伝えて体重を壁に預ける。

「はぁー。今日は疲れたな」
「疲れるってどんな気分なんですか?」
 と言い出した優衣に、こいつが聞いている、と視線でエレベーターアンドロイドを示し、優衣はすぐに気づくと赤い舌を出して頭上の照明器具を見た。
 あとはエレベーターが停止するまで互いに無言だった。



 夕食の準備を始めたダイニングを素通りし、リビングに入ると玲子が手のひらに顎を乗せて、部屋の中を動き回るアンドロイドを退屈気味に眺めていた。

 帰って来た俺たちに気づき、
「何かわかった?」と一言。
 まだ何も言ってないのに、
「退屈したぁ」とプラスチックみたいな目を俺に向けてから、
「明日はあたしも行くからね。幽霊探し」

 こいつは今日一日、何をしていたんだ?

「ほとんどトレーニングよ。この街には武器になるものなんて無い。棒っ切れ一つ落ちてないのよ」
 玲子の場合、木の枝でも一本あればそれで武器になる。

「ああぁ。賢しい2ビット連中だ。それぐらいの対処はしてあるんだろうな」
「そっちこそ収穫は?」
「幽霊は見つからんかったけど、すっげーことがあった」と答える俺に玲子が飛びついて来た。よほど退屈していたのだろう。

「まぁ待てって。まずは晩飯だ。今日は昼抜きなんだ」
「うそっ。お昼ごはん食べる暇も無かったの? いいなー。ね、何があったのよ」
 退屈しきっている様子の玲子を引き離し、

「詳しい話は生殖の時にする」
 ついそう言ってしまい。
「生々しいっ!」っと頭を一発殴られた。

 いつまで経っても冗談の通じない奴だ。



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