【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 3月23日(木)

異世界への通り道


 副主任は白衣を翻し、イケメンファッションモデルのようなスマートな振る舞いで、俺と優衣を連れてしばらく道なりに歩いていた。数回角を曲がると紫色の花を植え込んだ花壇沿いの道に入り、
「この辺りでの目撃例が最も多いんだ」
 数回、角を曲がり立ち止まった場所、そこは俺たちが目撃した路地からそんなに離れていない所だった。

「俺たちもここらへんだ」

 優衣は注意深く辺りを観察中だが、いったい何を探せばいいんだろう。
 よく解からないが、優衣を真似て花壇の植え込みを注意深く観察するものの、小石や湿気た地面があるだけでとりたてて怪しげなものは無い。

「何を探してるんだい?」
 たまりかねて優衣に尋ねる副主任の後ろで、強張った背筋を伸ばす俺。ギシギシ音が出そうだった。

「時空の歪み、空間のひずみが出ていないか調べています」
「時空の歪み?」
「そんなもの探してんのか。なら俺や副主任には解かるはずねえわ」
 ところが副主任は俺の偏見めいた意見を覆した。
「まさか、幽霊の原因は時震のせいだと、あなた様は言いたいのですか?」
「ジシン? なんだそれ?」
「時間流の断絶さ。時空震だよ。知らないのかい?」
 副主任は無表情の仮面を俺に向けた。
「し、知っているぜ、バカにすんなよ。俺たちは時空理論に詳しんだ」
 正確には、俺たちではなく、優衣は、だけどな。

 七番は俺を無視して、優衣に問いかける。
「じゃあ。目撃した不可視の物体は、時間項が不定値の時に現れるゴーストだと言うのですね」

 あっちゃぁー。こいつ何者?
 なんでそんな言葉を知っているんだ?

 意外や意外。時空理論に詳しそうな副主任。俺は驚きを隠せず、でも疑惑的に受け止め、優衣は賞賛して不可視の物体を探す手を止めた。
「副主任さんは、お詳しいんですねー」
 腰を伸ばして眩しげに見上げ、俺はちょっち不満げに言う。
「どこで勉強したんだよ?」
「外からやって来た異星人に鍛えられたんだ」

 副主任は爽やかに、そして俺はもう一丁毒を吐く。
「やって来たじゃなく、拉致って来ただろ?」
「ふっ……」
 俺の嫌味に奴は薄い笑みを浮かべて、こともなげに言い返した。
「それは最近のこと。オレが言うのはマスターが生きていた時代だよ。その頃は普通に訪問客が多かったんだ。宇宙に浮かぶ海は目立ったみたいだ」

「あぁ目立つぜ。あり得ない存在だからな」

 あまり触れられたくないのか、仮面野郎は話を逸らそうとした。
「キミらが言う幽霊というのは、マンハイム効果が原因だと思うんだけど、どうだいユイくん?」

「何だよそれ?」
 二人は俺を無視して会話を進めやがった。

「ワタシもそう考えています。人為的でなく自然現象だと……」
「人為的だって?」
 表情が皆無の仮面を優衣へと傾ける副主任。白衣の裾をそよ風になびかせて動きを止めた。

「まさか。時空震を人の手で起こせると言うのかい?」
「あ、はい。時空修正を行うと規模はまちまちですが時震が起きます。その時に空間のひずみが観測されるんです」

「はっ、ははは。それは無理だな。どんなに科学技術が進歩したからって、時間の流れを自由にできる時代は来ないよ。不可能さ」
 嘲笑めいた態度で肩をすくめると、探索を再開した仮面野郎をすがめる。
 俺たちを見下していると、あとでひどい目に遭うぜ、とな。

 奴は空間の歪みを探しながら、まだ半笑で言う。
「だいたいねー。時空修正を認識できるはずがないんだ。だってその時間の流れに乗っているのは自分なんだぜ。寝ている間に顔に落書きされたって鏡を見るまでは認識できない。それと同じさ」

 まさか俺の顔に落書きはされていないだろうな。今朝鏡を見ていないぜ。

 この人工マヌケ野郎は、まだぬけぬけと言い続けた。
「時間異常なんて、マンハイム効果ぐらいなもんだ。時空修正は理論上のモノで、空想止まりの物だよ。できっこない」

 それが可能な奴に向かってそのセリフは、バカを宣言してんだぜ。
 にしても、このままでは俺だけ除け者みたいじゃないか。

「なぁユイ、マンハイム効果って何だよ?」
 ちょっと拗ねてみたりして。

「自然現象の一つです」と優衣。
「時間の流れが飛び飛びになるんだ」
 このヤロー、俺は優衣に訊いてんだ。知ったかすんな。

 知ったか野郎は仮面を無造作に頭の上に摺り上げて、まるで人間のような目をしょぼつかせて地べたの上を探りつつ、
「――未来の出来事が過去に現れたりとか、自分自身と出会ったりとか。はははは。な、非常識な話さ、あり得んよ……それより何も見つからないなぁ」
 副主任は物語を語るように言ったのだが、それって俺の日常じゃねえか。

 つまり俺は非常識だと言いたいわけだね、副主任くん。
 くそっ、後でなぐってやる……


 花壇に沿って俺たちは適当に散らばって探索を続けた。まぁどこから見ても落とし物を探す光景だ。怪しまれることは無いだろう。
 それよりも――。
 不可視の物をどうやって探せばいいのだ。見えないから不可視って言うんだろ?
 優衣は何も説明が無いまま黙々と探しているし、副主任の野郎は優衣目当てだから文句もないだろうが、俺にしたら虚しい作業さ。これなら玲子とバカみたいな会話をするほうが楽しい。

「ところでさー」
 副主任は取り繕った清涼感満載の声で腰を伸ばした。
「ユイくんたちも時空理論詳しそうだが、時間は跳躍できるとか言い出すタイプかい?」

 やっぱりこいつは俺たちを舐めてやがる。うぬぼれ野郎の鼻をへし折ってやるには、俺たちが未来人だということを告げてやろうか。俺は2年、優衣は450年も未来だ。

「あのな副主任。俺たちは2年……」
「これじゃあ、ないですか!」
 正体をバラそうとした俺の行為を遮るように、優衣が声を出した。
 後から思えば今の言動は時間規則に反していたな。深く反省。

「おぉぉ。これだ……まさに空間の歪みだ」
 と言って、副主任は悪戯っぽい笑みを浮かべつつ指で示し、
「この現象なら、高エネルギータービンの周辺でよく見るな……あははは、それは陽炎(かげろう)さ。高温で空気が揺らぐ現象だよ」
 オッサンのつまらないノリ突っ込みを聞きながら、俺は優衣が指す花壇と建造物の境目を注視した。

 建物の土台と地面との境目がモヤモヤと揺れている。大きさにして俺の握り拳ぐらいの範囲だ。目を凝らさないと見落としそうだった。

 うん、まさに陽炎だ。俺もそう思うぜ、優衣。
「陽炎なら、この地面の辺りが熱いはずですよね?」
 と副主任に告げ、栗色のポニーテールを左右に揺らしてしゃがみ込んだ。

「おいおい素手で触れて大丈夫なのかい? 高温かも知れない。オレに任せておきなよ」
 指の先を突っ込もうとする行為を見て、副主任は優衣を気遣い、自分の手を伸ばした。

 くぁあ~、キザを絵で描いたような奴だぜ。
 この知ったか男をぎゃふんと言わしてやりたい。
『優衣の手は耐熱仕様だ』と大声で叫びたい要求が湧いてきた。
 こいつは手の平でお茶だって沸かせるんだってな。ついでに俺ならヘソで茶を沸かしてやらあ。

「あっ!」
 そんな思いが吹っ飛ぶ光景を目の当たりにした。
 副主任の指先が陽炎の中に消えたのだ。

 ところが――。
「残念ながら時空震とは関係ありません。これはワームホールですね」
「だよな……」
 驚くどころか副主任はニタニタ笑ってしばらく俺の目を覗き込み。それからゆったりと指を抜き出した。
 優衣の平穏な態度や副主任の半笑いの振る舞い。どちらも腑に落ちない。陽炎と違ってワームホールはそうそう見られる現象ではないからだ。

 俺は怪訝な気分なのに、副主任は不満げに言う。
「残念だったね。もし時空の穴だったら、時間移動でもできるかと思ったんだ」
 何をのんびりした感想を述べてんだ、こいつ。

「こんな地面の上にワームホール存在するほうがおかしいだろ? なんで平気なんだよ、あんた」
 優衣を懐疑的に見ることはないが、副主任は別だ。

「普通はそうだろうね。でもこの星系をよく思い出してごらんよ。いたるところにワームホールが散らばってるだろ?」
「まさかこれもそのうちの一つだと?」
「そういうこと。原因は不明だが、この辺はところ構わず発生するのさ。だから陽炎と同じで珍しくもない現象なんだ」

「危なくないのか? 間違って落ちたらどこか別の宇宙に飛び出たりするんだろ?」

「デカいヤツは確かに危ないな。でもワームホールは重力の影響をとても受けやすいからね。少し重力定数を変えるだけで消滅する。だからこれも消すことができるのさ。もし危険だと思ったら上層部に知らせるけど、花壇の隅っこだし、まあ放っといて大丈夫だろ」
 くっそー。簡単に説明しやがったなー、キザ野郎め。なんか慌てた俺がバカみたいに見えるぜ。

 宇宙でも稀有な現象を淡々とあしらわれて、大いに疎外感に苛まれていると、すくっと立ち上がった優衣が建物の屋上へと視線を移動させた。

「ここ、何ですか?」
 知ったか野郎も釣られて頂上を見上げる。

「ここは図書館だ。いやミュージアムと呼ぶほうが適切かな。でも閉鎖寸前さ。マスターがいなくなって、ここを訪れるアンドロイドはめったにいない。みんな勤勉じゃないんだ。というより知識欲なんて抜かれてるのさ。性欲、睡眠欲、食欲も無い……ははは。悲しい生き物さ、アンドロイドって……」

 生き物じゃねえよ。
 いやこの星の場合そう呼ぶべきなのか。生き物の定義って何だ。自己増殖機能を実現したここのシステムは、子孫を残すことを可能にしたぞ。

 俺の前で、自律した男女のアンドロイドが高次の会話を続ける光景を見て答えに詰まる。優衣は完璧だが、この副主任もかなりなもんだ。感情をリアルに表現しており、言動とに矛盾がない。
「何だよユースケくん、オレを見つめて。顔に何かついてるかい?」
「い、いや。俺にはそんな趣味はねえよ」
「まだ何も言ってないよ。はは、へんなヤツ」
 引きつったような笑みを浮かべ、またもや俺を感心させた。まるで人だ。
 初めて会ったときよりも、表情に磨きがかかってきているように見えるのは、俺たちから学んでいるからだと思われる。こいつは優衣と同じ学習型アンドロイドだというのは間違いない。

「副主任さん……。ここに入館できますでしょうか」
 優衣の要求をあっさり承諾し、頭に載せていた仮面を被り直すと「付いて来いよ」とひとこと言って歩き出した。

 壁に沿って進むと大通りに出る。それを右に折れると図書館の入り口へと通じる長い階段が現れた。
「立派なもんじゃないか」
「な。潰すには忍びないだろ?」

 大通りから伸びる石造りの階段を上がり切ると、2階をゆうに超える規模の門扉が両開きに空いており、ど真ん中に検非違使が警棒を両手で握りしめて、立ち番をしていた。

「ごくろうさん」
 入館する副主任から肩をポンとひと叩きされて、検非違使は迷惑そうにじろりと睨むだけで、前を通った優衣をエスコートすると、さらに奥に控えるガラスの扉を開けて頭を下げた。

「ご訪問ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」
 優衣に手を差し伸べ、副主任には睨みを利かせ、俺のことは無視だった。

 毎度のことながら腹が立つ。
「何で検非違使は俺をぞんざいに扱うんだ?」

 副主任は医者らしい答えを持っていた。
「男の因子を毛嫌いするんだ」
「は?」
「ま、そのうち分かるだろうけど、クロネロアの知的生命体が死滅した根本的な原因は、キミが言っていた生き甲斐の除去、過干渉、なども要因のひとつかもしれないが、女系(じょけい)に偏り、最終的に生殖不全を起こして滅亡したんだ」

「生殖不全?」
 女系に偏った……。
「男が生まれなくなったのか?」

 俺の声がエントランスに生々しく響く。副主任は残響が消えるのを待って答えた。
「400年に渡って徐々に男子誕生の割合が減少し、最終的に消滅した。最後の40年間は女性しか残っていなかった」
「外には求めなかったのか?」
「無理さ。閉鎖的でかつ保守的な城の連中が許すわけが無い。それより……」
 さらに声を落した。俺にしか聞こえない声で、
「それも2ビットの連中が仕込んだらしい。その証拠を掴んだのが六番様……」
 真後ろに検非違使の影が迫り、副主任は背筋を正してトーンを戻した。
「――だから男性は大切に扱われた。明後日のマイスター就任式は言わば男性を歓迎する意味で執り行われる儀式さ」

 そう聞いて昨夜までの絶望感が消え失せていく俺って、ああ、軽薄なのかな?
 軟禁されて落胆したり、男が大切にされる風潮があると聞いてへんな期待をしたり。
 原因はあれだな。
 玲子と行動を共にすると男であることが罪であるかの如くに扱われるからだろうな。
 いつか反撃に出てやろうと思っているうちに、バックにザリオン艦隊をつけやがったので、今さらながら太刀打ちできない。

 でもって詰まる所、答えを見失い、もう一度首をかしげる。
「じゃあ、検非違使の態度は何だと思う?」
「嫉妬じゃないか?」

 まさか――。
 ロボットに嫉妬されるとは……複雑な気分だな。

「嫉妬はないだろ」
「さーなぁ。そんなオーラが出てんじゃないのかい。それとも女王の側近になれるマイスターが気に入らないんじゃないか?」
 妬(ねた)みか……。まだ釈然としないな。

 振り返って入り口で立番をする検非違使を見遣(みや)る。薄暗いエントランスに入ると、背後の外光が眩しく、その光に埋もれていた。

「あんたはなぜ検非違使に睨まれるんだ?」
「睨まれるようなことを色々やってるからさ」
「いろいろ?」
「ああ。このミュージアムも生活に不必要と判断され、閉館が決定したんだが、オレと六番様とで猛反対して、これからの時代は過去を含めて未来も学ぶべきだと主張して閉館だけは免れた……でも最近また閉鎖されようとしてるんだ」

「未来?」
「ああ。書籍だけでなく最新技術の展示もあるぜ。小規模だが図書館と言うよりミュージアムなんだ。でもな……」
 広いエントランスホールで片手を差し出しながら、
「ほらな。誰もいないだろ。知識を求めるヤツなんていないんだ。たぶんそのうち潰されるな」

「気を悪くするなよ」と、俺は前置きをして、
「なんだい?」
 仮面の裏にある瞳がわずかに膨らんだ。
「ここのアンドロイドは感情を理解してるのか?」
「ビゴロス意外はだいたい解かる。カトゥースが上部へ行くほど感情理解は高度になる。なにしろエモーションチップが搭載されてるんだぜ」
「なるほどな。どうりで生々しいはずだ」
 カエデの顔が脳裏に漂い、背筋が寒くなった。

「ほう。エモーションチップを知ってるとは……少し見直したな」
「あんたな。俺たちを舐めてんだろ。宇宙は広いんだぜ。もっともっと進んだ科学力を持った種族もいるんだぞ」
「わるいわるい。変なふうにとらないでくれ。宇宙の広さは知ってるし、進んだ種族の存在も承知の上だよ」
 と言って優衣を探るように窺い。俺はそれっきり言葉を閉じた。興奮していらないことを口走りそうな自分を戒めるために。


「さてと。何から見学する?」
 いたずらっぽい声に変化させ、
「と訊きたいところだが、目的は見学じゃなかったよな」
 優衣はさらりと首肯し。
「さっきのワームホールの真反対あたりに行ってみませんか?」
「ワームホールが幽霊の正体だと言いたいのかい?」
 副主任はなんだかもの足りなさそう。
「時空震のほうがいいみたいだな?」
 横から尋ねる俺へ、澄んだ目を向け。
「ロマンさ。ありきたりのワームホールより興味をそそられないかい?」

「俺は時間云々よりワームホールのほうが面白そうだぜ」
「へえ。変わってるな」

 言葉を失いそうだ。環境が変わるとこうも考え方が変わるのだ。こっちは時間跳躍のほうが身近だ。

「ま、ユイが興味ありそうだから行ってみよう」
 俺の意見に反論せずに、素直な態度で優衣にうなずく仮面野郎が腹立たしい。

「こっちだ」
 奴は薄暗いロビーを誘導して歩き出した。

 展示物の照明はほとんど落とされ、図書館でも博物館でもない。まるで倉庫だった。

「……さ、ここら辺りだ」
 入り組んだ通路を進み、副主任は奥の床を指差した。
 垂直に切り立った何の変哲もない壁が俺たちの前に広がる、ありきたりの光景だ。

「こちら側には何の変化も無いな」

 その前にしゃがみ込んだ俺は、薄暗い床と壁の交差部分を自分の指で擦ろうとして息を飲んだ。
「うわっ!」
 いきなり指先が消えたので、反射的に引っ込めたのだ。
 指の先がムズムズした。痛みは無かったが、引き抜く瞬間に覚えた何とも言えぬ吸い付き感が不気味で、それはいつまでも指先に残っていた。

「外のワームホールがここまでつながってるのかな?」
 よく見ると、床と壁の接触する狭い範囲だけがモヤモヤと歪んで見える。
「何とも言えないが、そこは別の空間につながるんだ。気をつけろよ、ユースケくん。一気に吸い込まれるかもしれないぞ」
「マジかよ」
 副主任に脅されて急いで立ち離れた。

 不可視の空間は野球のボールぐらいの大きさしかなく、危険なものではなさそうだが、得体のしれないモノが転がる不気味さは拭えない。
「この建物には地下へのフロアーはありますか? もっと大きなワームホールがあるかもしれません」
「地下は倉庫だ。城の連中が強奪したもんが詰まってるが……見ていて気分悪いかも知れないぜ」
「あんたが責任を感じることは無い。やってんのは城の上層部だろ?」
「ああ。そうだ」
 副主任はまるで人のように肩をすくめて見せた。

 再び薄暗い通路をエントランスまで戻ると、上階と地下を繋ぐ幅広い階段の手前で俺たちの足を止めさせ、

「門番を追っ払ってくるよ」
 気さくに言い残こした副主任は、大きなエントランスを突っ切り、門扉の前で歩道を睨みつけている鉄面皮の肩を叩いた。振り返る検非違使に道路の向こうを指差し何やら告げる副主任。
 しばらく検非違使は反論するものの、警棒を肩に担ぎ歩道のほうへ歩み出た。
 すぐに副主任は振り返り、階下に行けと身振り手振りで指示を出す。

「よし。行こう」
 急いで優衣と階段を駆け下り、遅れて副主任が追って来た。
「図書館の裏に怪しい奴がいたって言ってやったら、渋々見に行ったぜ、あいつ」
 楽しげに伝える副主任をすがめて見る。
「ほんとに医者は自由を与えられてんだな」
 これは俺の本心だった。身分の違いでこれほどの差が出るとは思ってもみなかったからだ。昨日の黄色い服を着たアンドロイドは反論すらできずに拉致られて行った光景が生々しく瞼(まぶた)の裏に浮かぶ。

「これがこの星のヒエラルキー制度だから仕方がないな。ま、その分、責任も重大だぜ」
 独裁的な風潮の中で生き長らえるのは至難の技なのだろうが、副主任はそのことを微塵も感じさせず、相変わらずハンサム路線を突っ走っていた。
「さ、ユイさん。転ぶといけない。オレの手を持つといい」
 バッキャロー。優衣は後ろから突き倒したって転ばない立派なキネマティクスコントローラデバイスが搭載されてらー。


 地下1階には怪しげなワームホールは無く。そこは美術品や書物が乱雑に保管されたただの倉庫だった。
「この下が異星人の物資が保管されてるんだ」
 副主任の後を追って地下2階に降り立った。そこは一つのフロアーをぶち抜いており、だだっ広い空間にそれまでのものとは違う、あきらかに異色の物体が並んでいた。

 そのほとんどが小型のシャトルで、ところどころには箱型をした複雑そうな装置も重ねられていた。
 しかしこんなところで優衣は何を探そうとしているのだろう。
 通路らしきものは無く、詰め込まれた物の隙間を縫うように歩いて行く優衣へ、足早に近づきその肩口から囁く。
「まさか異星人の作ったタイムマシンが関係しているとでも言いたいのか?」
「異星人?」
 楽しそうに笑みを溜めた顔で振り返った。
「そんなメルヘンみたいなものは探していませんよー。ワームホールです」
「メルヘンって……」
 お前に言われたら言葉がねえぜ。

「なんでそんなにワームホールにこだわるんだよ? 昨日の現象と関連してんのか? お前の見解では時間の異常現象だと思ってるんだろ?」
 優衣は前に向き直って答える。
「時震による空間ひずみとワームホールの空間う異常はよく似ていますが、物体がぼんやり見えるということはありません。ワームホールは消えるか出現するかのどちらかです」
「だったらそれを探したほうが……」
「何か感じるんです」
 真剣な顔で振り返られたら息を飲むというもんだ。アンドロイドが何を感じるんだ、などという反論は優衣には通じないことは百も承知さ。こうなったら任せるしかない。

「やー。このシャトル懐かしいな」
 腕を腰に当てて副主任が見上げる先、流線型のスマートな船体が鎮座していた。
 俺も横に立って見上げる。この中では最も大きく観光バスほどだった。

「こんなでかいモノどうやってここに入れたんだ?」
「一度分解して、また組んだ。そうすることで構造や仕組みを学習できる。それもオレたち医者と拾番から拾九番までのエンジニアの仕事さ」

「へー。それじゃ。俺たちより知識があるんだろな」
 毒にも薬にもならない適当な相槌を打ちつつ、俺は辺りの何だかよく解らない装置を見渡した。
「何だこのプレート?」
 俺が示す物。壁に立て掛けられた大きな板状のもので、ツルツルした表面を保護するかのように、布で覆われていた。

「ああ。それはリアクターエンジンの外壁を包む……」
 副主任の説明を耳に、プレートの表面を触ろうと手のひらをあてがおうとした時だ。

「うぁぁぁー」
 あるはずのプレートが無かったのだ。いや目には見えるのだが、実体がまるでない。本来なら手を押し返してくるプレートからの抵抗感がゼロだった。
 目に見えるが物体が無く、空気を押した俺の手のひらは、そのまま寄りかかる俺の体重を支えるものを探してオタオタしたが、否応なしに床へ向かってすっ転んだ。

 数回転んで、肩と背中をぶつけて激痛に顔を歪める。
「痛ってぇぇぇぇ。こんなに軽いのかよ。重いと思って体重を預けちまったじゃないかー」
 俺はプレートが前方へ滑ったと思っていたのだ。
 腰を幾度も摩り、腰を伸ばしてようやく異変に気付いた。

「おい! 何だこりゃ」
 部屋の様子が一変していた。雑多なものが詰まった大部屋が何もない空虚なフロアーと入れ替わっている。そこは四隅を壁で仕切られた小部屋で、そのうちの一つにドアが付いていた。
 急いで踵を返した。だがそここには見覚えの無い部屋の壁があるだけ。

「ユイーっ! 副主任!」
 叫ぶが返事は無い。
 どんっと胃袋が重くなった。どう考えてもこれはワームホールに落ちて違う場所に瞬間移動したんだ。

「おーい。みんなーっ!」
 恐怖に駆られ、喉から自然と叫び声が飛び出しかけて慌てて飲み込む。
「――これは作為的ですね」
 声と共に何も無い空中から優衣がすり抜けるようにして現れ、
「ユイさんの言うとおりだよ。あのプレートは亜空間サージを通さない反物質の防御壁なんだ。つまり意図的にあそこに置いてワームホールを隠してたんだよ」
 最初に声と共に白衣の裾先がチラチラし、片足がにゅっと出て、続いて副主任の全身がぐいっと現れ、ひとまず胸をなでおろす俺。

 パニックにならなくてよかった。恥をさらすところだった。実際は鼓動が止まりそうになるほど慌てていたのだが、平静を装って、
「ここに空間の境目があるぜ」
 副主任が出てきた辺りへ腕を突っ込んでみた。
 まるで断崖絶の縁に立ち、さらに一歩踏み出した瞬間、みたいな吸い込まれ感がぶるっと背中を震わし、寒いモノがすり抜けて行ったので急いで引き抜いた。

「ここはどこだろ?」
 副主任。あんたがそれを言う?
 こっちが訊きたいワ。



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