【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 3月22日(水)

クロネロア倫理委員会


「それじゃあ、繁殖を始めてくれ」
 聞き耳を立てる執事に聞こえるように副主任が外へ大声を出し、玲子が苦々しく眉をひそめる。

 俺も頬(ほほ)が異様に熱っぽく感じるのは赤面しているからだろう。そしてやけに玲子を意識してしまう。
 その点、意味が分かっていない優衣は、平気でニコニコしてテーブルの上で指を絡めていた。

「いいぜ。たった今ネットワークが切られた」
「どうだタマ? 本当のことを言ってるのか?」

『現在、このフロアーにいる全アンドロイドがスタンドアロンモードに切り替わりました』

 シロタマの報告に副主任は肩をすくめ、
「こっちの人工生命は信用してんだな」
「まぁ、怒るなって。このシロタマは性格と口の利き方は最悪だが、信用と明晰な頭脳は並外れてんだ」

「ぜんぜん褒めてないデしゅ!」
 テーブルの表面でボディを一度バウンドさせて、天井の隅っこのほうに張り付いた。
 バカとシロタマは高いところへ登りたがるだな。

「拗ねていないで、こっちにおいで」
 玲子が呼び寄せ、いつもの定位置、彼女の肩に舞い降りた。

 不機嫌なタマ野郎は放っておいて。
「さて。聞きたいことは山ほどある。その前に……。俺たちの世界では腹を割って話をするという局面を迎える時があるんだが……」

「ああ。それは理解できる。隠さずに話し合うという意味だろ」
 俺は無言でうなずき、人差し指で、副主任の面(つら)を指し示した。

「あんたは隠し事をしてるだろ」
「なにを……あぁこれかい?」
「……っ!」
 こともなげに仮面を取って素顔を曝した。あまりに平然とした態度だったので、こっちがたじろいだぐらいだ。

「なぜ仮面を付けるんだ?」
 今の素振りを見る限り恥じる様子もない。顕れた人面も無表情だった。

「これは表情を読み取られないためさ」

 改めて素顔の副主任を観察した。顔の表皮を内部の人工筋肉で動かして複雑な表情を作る構造なのだが、優衣たち管理者製のように緻密な動きまでは再現できないようだ。
 とは言っても、それは俺が優衣や茜を見て比較するからであって、もし彼女らを知らなかったら、絶賛に値する出来映えだと言い切れる。

「仮面をつける意味が無いだろ? 生命体どうしのコミュニケーションは表情を読みながら、あるいは言葉だけで表現できないことを感情を見せ合って理解し合うんだぜ」

「解かってるさ。オレたちも本当のマスターがいたときは人面のままで、素顔を出していたんだ」
 すこし拍子抜けだった。

「俺はもっと深い意味があるかと思っていた」
「ははは。気になっていたのかい。そりゃ悪かったな」

「すごいわね。あなたもユイみたいに生き生きしてるじゃない」
「ユイさんと? 意味が分からないな」
 テーブルの下でこっそりと玲子の足を踏み倒す。バカが口を滑らせやがって。

 慌てて言い直す玲子。
「あ、あのね。こう見えてユイはイケメン好きなのよ。あなたみたいな好青年が好みなのよ。だから生き生きしてるのよ」

「え~、レイコさん?」
 今度は優衣のすねをひと蹴りして、あいだに割って入る。

「副主任の顔はオンナ好みのする、いい顔だって言うことさ。これ褒め言葉だぜ」
 なぜに背筋の寒い思いをしながら、俺が口添えしなけりゃならんのだ。くだらん。
「はは。オレみたいな顔でも行くとこ行けばモテるのかい?」
 くっそー。腹の立つ野郎だ。

「モテるわよー。そうね、特殊危険課ならナンバーワンになれるわ」
 これ以上部下を増やす気じゃねえだろうな。

「うちのパーサーよりイケメンなのは認めてやるよ」

「そっちのパーサーって言う人が、どんな人か分からないので何とも答えようがないな。ははははは」
 その笑い顔はまるで俺たちと同じ人だった。管理者製のアンドロイドと引けを取らない表情豊かな人工生命体をここのマスターは完成させていたのだ。
「どうした? オレの顔に何か付いてるのかい?」
「あ、いや。本当に生気を感じるので、つい、生命体かと思っちまった」
「だろう?」

「え?」

「それさ。理由は知らないが、マスターはカトゥースが弐十番以下の特別な身分の者だけに人面を作ったんだ。他の連中は人面が無い。だけど、表情に対する認識機能はずば抜けて優秀で、表情を作りだせる者を生命体として見極めるんだ。だから誤認識されないためにオレたちは仮面を被る。ただそれだけさ。別に自分を偽ってあくどいことをしようとは思っていないぜ」

「あ、いや……」
 そうあからさまに言われると、こちらが狼狽してしまう。
「解かったよ。あんたを信じる。いいだろ玲子?」
「何を今さら。あたしは初めから信じてたわよ」
 このやろ。イケメンの前だと態度を変えやがる。

「ユイはどうだ?」
「問題ありません」
 副主任は愉快そうに応えた。
「ははは。どうやらお仲間に入れてもらえるんだね」
「一応な……」
 まるで人間のように息継ぎをすると、副主任は苦々しく笑った。
「用心深いんだな、キミは……」
「この人は臆病なだけなのよ」とは玲子。
「うるせえな。俺は慎重派なんだ」
「まあ、まあ」
 と、いつものようにあいだに優衣が入り、副主任が破顔する。
「あはははは。いい関係なんだ、キミら三人」
「ゲホホッ」
 俺は咳払いでその場をはぐらかした。



 ひとまず話を戻す。
 現時点で知りたいことと言えば。
「再生センターって何をしてんだ?」
 副主任はほんの少し躊躇するような素振りをしたが、
「もともとはアンドロイドの修理を行う施設だったんだ。キミらの言うところの病院だな」

「今は違うのか?」
 渋々感を全面に押し出して首肯した。

「2ビット委員会がアンドロイドの廃棄場に変えちまいやがったんだ」
「よく出てくるけど、その2ビット委員会てのを詳しく教えてくれよ」
 副主任は、ああ、と煌めく視線を俺に注ぎ、

「執事がよく言う中央制御というのが、倫理委員会、つまり2ビットの連中のことだ。壱番から四番までのカトゥースを持つ連中がカーネルを牛耳っているのさ」
「カーネルって?」
「この星のアンドロイドはカーネルシステム内でないと動けない仕組みなんだ。これは2ビットの連中も例外ではない。つまりカーネルこそがこの星を制御するシステムの中核さ。2ビット委員会でさえ直接触れることができない部分だ。できないがデータのみで動くカーネルだからそれを細工することでコントロールが可能になる。ようするに実質この星を動かしているのは2ビットの連中だと思ってくれて間違いない。そいつらが勝手に再生センターを廃棄場にしてしまったんだ」

「再生ではなく廃棄、捨てられるんですか?」
 黙って聞いていられなくなったようで、優衣が体を乗り出した。
「検非違使さんは修理すると言ってましたが?」

「ああ。それは昔の話さ。今は故障すると廃棄して新しいアンドロイドを作るんだ」
「なにそれ、気分悪いわね」と玲子。

「再生センターとは名ばかりさ。今やセンターはエネルギー変換炉だ。2ビットの連中はセンターに送られてきた者を順番に高温炉で記憶デバイスまですべてを溶かし、エネルギーに変えて私的に溜め込んでるのさ」

「何だかひでえ話だな」

「最近ではチート行為も頻繁になって、カーネルが持つ自己増殖機能を操り、わざとおかしなものを作ることもあるんだ。五百番台の連中を見たろ。キミらをここに運んできた偽検非違使さ。あいつらはまともに歩くことも喋ることもできない。最初から順番にセンター行きが決まっている。かわいそうだが、連中はエネルギーに変換されるために生まれて来たようなもんだ」

「ひどい……」
 優衣の悲痛な声は弱々しく、途中で切れた。

 五百番台と言えば、銀龍へ乗り込んで来た片言しか喋れないロボットのことだ。こちらに来て初めて本物の検非違使を見て、その違いに驚いたのはまだ記憶に新しい。

「ただの不良品だとまずいので、役に立っているように見せかけて、一定期間は稼働させ、順にエネルギーに変換されるんだ」

「セコイわね」
 とつぶやいた玲子に副主任は目線を合わせ、
「それから何台かに一台の割りで、ビゴロスみたいなロボットができることがある」
「ビゴロス?」
「こいつも出来損ないだ。頭脳が無い。あるのはパワーのみ。重装甲型の格闘戦専用のロボットで、2ビット委員会の命令にだけ反応する木偶の坊さ」

「遺伝子操作で新たな生命体を作るのとよく似てるな」

 溜め息混じりの俺に、副主任はうなずいて見せ、
「ビゴロスはバカだけど、力はとんでもなく強い。そいつらが2ビットの連中を警護して回ってるので、誰も逆らえないのさ」

「でも何でそんなにエネルギーを溜め込むんだ? エネルギーならあり余ってるんだろ。昨日誰かが言ってたぜ」

 副主任は阿呆(あほう)を見る目つきで、
「星の周りに溜め込まれた水はマスターに使うエネルギーさ。アンドロイドに回す分は厳しく制限されている。だから2ビットの連中は必要だとカーネルに偽りのデータを流し、わざと水から出来損ないを拵えては、エネルギーに変換して溜め込むんだ」

「でもマスターはもういないぜ」
 副主任はあっさりと、かつ俺を気遣うようにうなずいて見せ、
「ここからは主観だぜ」と前置きした。

「カーネルへ流し込まれるデータは、マスターが生きていた時と同じ状態に改ざんされている、とオレは考えてんだ。そうでないと説明がつかない」

 よそ見もせずに副主任をじっと見つめていた優衣が言う。
「……でもこれだけ大勢のみなさんがおられるのに、マスターがいないと誰も気づかないのはどうしてなのですか?」
「倫理委員会以外の連中は完全なスタンドアローンじゃない。メタ認知の部分が中央制御のネットワークに接続されていて、そういう意識が生まれない仕組みなんだ」

「中央制御と言うことは2ビットの人たちが司るネットワークですね。それに操られているのですか?」
「うーん。操ると言うより、洗脳と言っていいな。ただ2ビットの連中であってしても直接カーネルには手を出せないから、生体反応のデータをどこかで改ざんしているはずだ。ようは誰もいないのに知的生命体が存在するみたいに見せかけ、他のアンドロイドやカーネルはそのデータを信じて安心しているっていう算段さ」

「マスターが生存する改ざんデータって、一人や二人分のデータじゃ無理だろ」
「ああ。食材の消費から逆算してざっと2000人。消費と言ったって実際に口入れて消えるのではなく、ほとんどが作ってそのまま廃棄する」

「もったいねえなー」

 副主任はこれまでに無い厳しい目つきで、俺たちに視線を一巡させた。
「キミらと同じ、外部から誘い込んで捕獲した生体反応を元にして2000種の反応データをでっち上げ、それを各所から放つんだと思う。なにしろ真実を見つけた六番様は破壊された」

 副主任は白衣の腰ポケットに突っ込んでいた手をぎゅっと握り締め、玲子は真一文字に閉じていた唇をゆっくりと開いた。
「つまり……真実は闇に戻ったってわけね」
 眉間にしわを寄せて口を尖らせる振る舞いは、玲子が不快感を露わにしたときのクセで、何となく色っぽく感じる。

「じゃあ。あんたは七番だからネットワークから独立してんだな」
「ああ。九番までのアンドロイドは中央制御の影響を受けずに自由に行動できる。でも2ビット委員会の厳しい監視がつくから、それほど自由でもないんだぜ」

 となると、他の連中から何か聞き出そうとしても正確な情報は得られないということだ。
 俺は虚しい気分満載で問いかける。

「生体反応を得るために大量の水を囮(おとり)にして異星人を捕らえ、あたかも2000人が生活しているように改ざんして同じ数だけの世話焼きアンドロイドを動かし、その裏では故障したアンドロイドをせっせと作り、それをエネルギーに換えて私的に流用している――何ともバカげた話だな」

 副主任は精悍な面持ちを悔しげに歪める。
「キミらのお金に匹敵するモノが、ここではエネルギーなんだ。これが多いほど何でもできる。パワーの源だからな。蓄えはとてつもなく豊かな証拠さ。だから連中は何か難癖をつけてセンター送りになるアンドロイドを探すんだ」

「それで謀反(むほん)を起こそうとする反体制グループができたのね」
「そうさ。レイコくんなら解るだろ? 握りつぶそうと強い力で締めつけると必ず指の間からはみ出て来るもんがあるのさ。それが反体制の連中だ。殺された六番様がネットワークから切り離したアンドロイドがこの敷地のどこかに隠れて暗躍の機会を待っているはずさ」

「ということはまだ捕まってないんだな?」
 副主任は俺の質問についと顔を上げた。
「無断でネットワークを切る行為は重罪さ。だから切れた時点でカトゥースも判明する。12名だ。そいつらは今やお尋ね者さ。検非違使が躍起になって捜査しているから、見つかるのも時間の問題だろうな」

 副主任は無念そうに続ける。
「反体制の熱意は理解できるんだが、アンドロイドだけでは謀反は成功しない。やはり最終的に知的生命体の知恵が必要さ。突拍子もない閃(ひらめ)きというのは、アンドロイドには無し得ない分野なんだ」

 そう。ロボットは新しいものを作り出すことはできない――昔は俺もそう思っていた。だけどそれを優衣が覆した。宇宙は広いぜ。

 副主任はしみじみと言った。
「マスターたちが滅び始めたのは87年前からだ。反体制のグループはその時から存在する。しかもマスターがアンドロイドをリードして謀反を起こそうとしていた」
「立ち上がろうと思う人もいたのね?」
 玲子に力強く首肯し、
「いたさ。20人に満たない数だけど自堕落な生活に気づき、60年前ついに立ち上がった。でも2ビットの連中には勝てなかった」
 やにわに肩を落した。
「そうして知的生命体がここから全員消えたのさ。なのにカーネルは何事もなく機能し続けたところをみると、生体反応の偽装プログラムはその時点で完成していたことになる」

 しばらく静寂に落ちた。キッチンから朝食の後片付けをする食器のぶつかる音や水の流れる音が渡ってきた。

 七番の話を整理すると、黒幕は2ビット委員会だ。たったの4人がこの星を牛耳っていることになる。
「それってどういう連中なんだ。結局みんな同じアンドロイドだろ?」

 副主任は首を振った。
「確かに全員アンドロイドだ。でも壱番から四番の連中は別格さ。中でも司令官と名乗る壱番は高エネルギーと光子を利用したホロ映像型アンドロイドさ」

「………………」
 久しぶりに玲子と同調して黙り込んでしまった。
 副主任が綴った説明の半分は理解不能だった。光子のホロ映像?

『映像でありながら実体を持つ、特殊なエネルギー照射で作られたオブジェクトです』
 シロタマが天井から落としてきた。
 ほんと、あきれるほど博識な奴だ。

 嘆息する俺の横で、玲子は元気溌剌な声で返した。
「映像なら、怖くないじゃない。ぶっ潰してやりましょうよ」
 すかさず否定する副主任。
「実体を持つ、って球体(シロタマ)くんが言ってるだろ。映像なのに実物と同じ硬度を持つのさ」

「そうです。映像なのに実体のように振る舞いますので、外部に及ぼす作用が大きな問題となり、ワタシのいた所では安全プロトコルと呼ばれる処理を必ず通して使われていました。それでないと命にかかわる危険なものになります」

 副主任はついと細面の顔を持ち上げた。
「おほぉー。やはりあなた様はレイコくんやユースケくんとは別の種族だったんだね」
 種族じゃねーし。そういう区分でいけば、あんたと同じアンドロイドだし……でも教えてやんない。

「司令官はその安全プロトコルが無い。つまり暴君さ。何でもやり、気に入らないとセンターで解かされそいつの私的エネルギーに変えられてしまう。そして厄介なのが弐番、参番、四番さ。三人が互いにリンクされた奴らで、この星のアンドロイドの中で最も分析能力に長けている。こいつらがマスターの謀反を予測して、生体反応の偽装プログラムを作ったんだ」

「こんなに美しいの星なのに、恐怖政治なのか……」
 ゆっくりと首肯した副主任。今度はじっと俺の顔を探るように見据えた。
「なぁ。もういいだろ。今度はこっちにも質問させてくれよ」
 ダメだとは言えない雰囲気だった。

「単刀直入に訊く。キミらは何をたくらんでる?」
「ほんとうに単刀直入だな……」
 と、最初に答えておいて、
「やりたいことは二つある」
「ほぉ……」
 副主任は顎を摩りつつ、真剣な目をした。アンドロイドとは思えない興味津々の顔だ。優衣で見慣れているので驚くことはなかったが、見事なハンサム顔だった。悔しいぜ。
「幽霊調査と、ここを出る方法を突き止める」
 副主任も腹を割って曝け出してくれたようだから、はっきり言ってやった。

 奴は少し考える仕草をして、
「幽霊調査は可能だが。二番目の要求は難しいな」
「あんたに迷惑をかける気はサラサラ無い。でも俺たちはこの水宮の星で放し飼いになってる場合ではないんだ。必ず出て行く」

「そうか。決意は固いってやつか。でも銀龍の侵入を阻むシールドは城から制御してるからな。それだけではない。そこはもっとも警備が厳重の場所だぜ。うまくいけばいいがな」
「もう一つ聞いていいか?」
「どうぞ……」

「あんたらみんな城って言ってるよな。王様がいるのか?」
「さっきの壱番ってのが王様なのね」
 横っちょから割り込んだ玲子に、
「壱番は司令官さ。ただの宮仕えだよ」
 と切り出し、副主任は胸を張った。
「我がクロネロア帝国は、女王様が君臨してんだ」
 意外にもその声は明るく、誇らしげに言いのけた。

「あれ? 女王様は認めてるのか?」
「ああ。壱番と対立してんだ。それと……」
 ちらりと優衣へ視線を振ってから、小声でつぶやいた。
「すげえ美人なんだぜ」
「へぇ……」
 意味なくつぶやいたのに、玲子に睨まれた。
 なんなんだ、こいつ。

 それよりここはクロネロアっていうのか……そう言えば誰も聞かなかったし誰も言わなかっな。

 副主任は、優衣をじっと見つめ、
「女王様の位は、カトゥースが最もが高いゼロ番さ。それよりも上が無いんだ」
 玲子もうっとりと、視線を宙に放ち、
「女王様か……会ってみたいな」
 目を輝かせた奴の横顔を見る。そんなものに興味があるとは思わなんだ。武器でもすご技でも無い物だぞ?
「だってこの城の頂点の女性なのよ。特殊危険課の頂点として一度は会って損はないわ」
「くだらねえー」

「会えるさ」と副主任。
「ほんと?」
「数日後に就任式がある」
「うそ……やった」
 玲子は手のひらを合わせて拝むような仕草で喜びを表し、俺は呆れた目線で横顔を見つめ、その向こうで優衣と副主任が向き合って固着。こいつらだけが別路線を突っ走っていた。
(おいおい……)
 二人のやけに真剣な姿に俺は戸惑った。

 やっぱ、告っちまう?

 ほんの少しの間を空けて優衣が朱唇を開く。
「副主任さんが六番になる儀式ですか?」
「ならないよー。オレは七番のままでいい。そんなのじゃない。マイスターの就任式さ」
 朗らかに応えた副主任に、玲子が子供みたいな目を向けた。
「マイスターってなに?」

「ユースケくんのマイスターの就任式だぜ。聞いて無いのか? 確か二日後だ」
「俺? 俺がマイスターになんの?」
「急にレベルが下がったわね」

 うっせーよ。

 でも、マイスターという響きがコマンダーより素敵に感じる。
 そうなると何となく浮き足立つというもんで。
「マイスターって何するんだ?」
 コマンダーはうんざりだ。こんなのただの茜や優衣の世話係だ。もう二度とやらんからな。

 期待七分、戸惑い三分で訊く。
「そうだなー。女王様の遊び相手みたいなもんかな」

 おおぉー。いいじゃないか。期待八分にレベルアップだ。
 美人の女王様と手をつなぎ合ってさ……。
 誰もお遊戯をするとも言っていないのに、どうしても煩悩が前面に出てしまう。

「女王様はめったに人前には出てこられないけど、一度見たら忘れられない赤く美しいロングヘアーとスマートなスタイル。そして威厳高い言動。何をとっても超一流だな」

「おおぉう」
 何が『おおぉう』だか意味不明だ。でも俺の気持ちは期待九分までレベルアップ。まもなく頂点だぜ。
 玲子が例のごとく尻を抓(つね)ってきたが、痛みは期待度が打ち消してくれる。

 しかし副主任の次の言葉で急変する。
「何があっても逆らうなよ。首を刎ねられるぜ。いつも長い剣を腰に着けておられるからな」
「なっ!」
 期待度がマイナス数値に下落。遁走率100パーセントになっちまった。


「女王の話はよそう」
 鬱陶しい話題を払拭するべく、俺は話題を変えることにした。

「今日、ユイと幽霊調査をするつもりなんだ。そこで頼みがある。副主任に同行してもらいたい。そのほうが色々と便利な気がする」
「はははは。便利屋か。参百伍拾番台の仕事だが、いいだろう付き合うよ」

 気持ちよく了解してくれたのは、どうやら優衣とくっ付いていられるからのようで、さっそく優衣と楽しげに雑談を始め、俺と玲子は何となく蚊帳の外的な空気に押し出され、リビングへと戻った。

『お済みですか……?』
 と寄って来た執事の頭を玲子はゴングみたいに澄んだ音で打ち鳴らして、
『あっ おやめください。あぐわぁ――!』
 ついでにそいつの足を引っかけてひっくり返した。

「おい玲子。かわいそうなことしてやんなよ」
「こいつしゃくに障るんだもん」

 機嫌の悪い玲子には近づかないのが得策さ。
 シロタマも肩から飛び立つところを見ると、そうとう機嫌が悪そうだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




「では。ユイさん。お供させていただきます」
 副主任は立ち上がると同時に仮面を被り、優衣をエスコートして執事の前を通り通路へと出た。
 来たときと真逆のコースをたどり、エレベータに乗って地上へ。
 地上と言ってもここは水に沈む巨大な空間なので、実際は人工の地面なのだが、何も違和感を覚えない完璧な作りだった。

「止まれっ!」

 思っていたとおり外に出た途端、俺たちの前を検非違使が遮った。マンションの出口で立番をしていたようだ。
「オマエらどこへ……」
 と高圧的な態度で命じかけたが、優衣の姿を見つけた途端。
「どちらへお出かけでしょうか。最近反体制グループが出没しておりますゆえ、大変危険でございます。ワタクシもお供させていただきます」
 丁寧な立ち居振る舞いだが、やるることは同じだ。俺たちの監視さ。加えて腰から抜いた警棒をちらつかせて威嚇しやがった。

「おい。そんな物騒なもの出すな。この男性は二日後にはマイスターになられるお方だぞ。怪我でもさせたら大問題だ。お前が責任取れるのか?」
 検非違使はさっと警棒を腰に収めて、異論を唱えるかのように言う。
「これは七番様。ご苦労様でございます。しかしマスター様の護衛はワタクシ共の仕事ゆえ……」
「すると何かい。カトゥース七番の位より、二十番台の検非違使ふぜいが上だと言いたいのか?」
「とんでもございません……………。で、ではワタクシはマンションの警備に戻ります。七番様の責任において、ご行動をお取りくださいませ」

 さっと踵を返した検非違使に、
「タコが!」
 副主任が小気味よく吐き捨てた。

 蛸(たこ)でも烏賊(いか)でもいいけれど、何となく胸がすく思いに俺と優衣は互いに視線を交わし、
「副主任さん。ワタシとユウスケさんとを不可視の物体が出たと言うエリアに連れて行ってくれませんか?」
「いいですよ」
 と言いつつも、玲子へ視線をやり。
「レイコくんは?」
「あ~、こいつは運動神経の塊みたいな体をしてんので、ときどき走ったり、飛んだりしないと落ち着かないタイプなんだ。だから適当にそこらを散歩させとくんだ」
「ちょっと。裕輔。変な言い方しないでよ」
 運動バカのくせに意外とほっそりとした肩を引き寄せ、小声で告げる。
「お前を動きやすくしてやってんだろ。これで好きなだけ武器を探しに走り回れるだろ?」
「なるほどね。わかった。じゃあ、ちょっとランニングしてくるわ」
 にかっと笑って、玲子は手を振りながら駆けて行った。

「さすがだな……」
 と副主任が振り返り、眩しそうに走り去る玲子の後ろ姿を見送った。
「アスリート体型をした女性特有の引き締まったボディをしている」
 医療副主任の言葉に釣られて、つい玲子の尻を拝んでしまった。

 う~む。なかなか見応えのあるものであるな、先生。



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