【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 3月20日(月)

死滅した理由(わけ)


 そして気づくと時刻はこんな時間に――。
「見て。夕焼けだわ」
 ノンキな声を上げて、部屋から窓の外を見つめた玲子。

「こんな状況で、まったりできるなんて、立派なもんだぜ」
 別に褒めたつもりは無いのだが、
「そうでしょ。子どもの頃からそうなのよ」

 子供の頃から極楽バカだったのか……。

「何か言ったぁ?」
 夕陽に赤く照らされて遠望する玲子の背後から、優衣と並んで同じ景色を眺める。ひとまず作戦会議は中断だ。
 8階から見えるたゆやかな曲線の丘陵が赤く染まっていた。偽物だとは言っても久しぶりの広大な景色に見惚れてしまった。

「ちゃんと昼と夜の区別をつけてあるんだ」
 夕陽と言っても本物ではなく、ゆっくりと照明を落としつつ、濃い茜色から紺青(こんじょう)色へ、やがて漆黒の空が広がった。
 この方舟(はこぶね)を製作した種族の星も、俺たちの生まれ故郷も夕日は赤いという共通点があることに小さな感動を覚えた。

 街灯が灯り、他の建物にも明かりが煌々と点いて、いかにも大勢の生活が営まれているように見えるが、たぶんあの灯りの下には誰もいない。この広い空間に知的生命と言われる者は俺と玲子の二人だけだ。

 何もかもが偽の景色だった。
「星は出ないんだな」とつぶやきながら後ろ手で窓を閉め、自動的に点いた室内灯の強い光量に目を細める。

 こんっ!
 背後で閉めたばかりの窓ガラスを叩く音がした。
 ここが高層マンションの8階だという高さを自覚しつつ振り返る。
「そう言えば、こいつ、どこ行っていたんだ?」
 窓の外に銀白色に輝くシロタマがいた。

(ここを開けるでシュ)
 舌足らずのこもった声がガラスの向こうから伝わった。
「門限はとっくに過ぎてんぜ」
(バカなこと言ってないで、すぐにここを開けるでシュ)
「やなこった」
 奴は瞬時に正立方体に変形、ぐいーっとバックすると、助走を付けて凄まじい速度でガラス窓に突進して来た。
 強行突破する気配を感じたので、紙一重の差で窓を全開。勢い余ったタマは部屋の壁をぶち破って、向こう側の床にポトンと落ちた。

「ちょっとー。壁に穴が空いたじゃない。改装したばかりみたいなのにどーするのよ」
「知るかよ。こいつが俺の高尚な冗談を理解しないからいけないんだ」
 シロタマは自分で開けた穴からこちらに舞い戻り、
「部屋に入れないように、いぢわるしゅるからでシュ」
「ちゃんと喋れねえのかよ。『意地悪するから』だ。ちゅうより意地悪なんかしてねえよ」

「そんなことどうでもいいわ。それより何か報告があるんでしょ。どこ行ってたのシロタマ?」
『これまでの経過を銀龍へ報告してきました』
「なんだよー、そんな重要な作戦を黙ってやりやがって、身勝手な行動するなよな」
「こっそりするからイイんでシュ。敵を欺(あざむ)く前に、まず味方からって言うでシュ」
「くだらねえ言葉知ってるなぁ」


 シロタマの報告によると――。
 葬儀のさ中、棺桶が水中に打ち出される直前に包んでいた白布の隙間に紛れ込んで一緒に外に脱出、海面まで浮上して銀龍の真下にたどり着いたが、そこからシールドに阻まれて近づけず、無線も通じなかったと言う。

「どうやって連絡を取り合ったんだよ? 下から入れてくれって叫んだのか?」
「……オメエのバカさ加減には呆れて言葉が出ないでシュ。電波でシュら届かないのに音波がとろく(届く)と思ってるの?」
「いっぱい喋ってんじゃねえか」
「ちょっと裕輔、黙っててよ!」
「はいはい」

『銀龍とはMSKプロトコルを光変換したもので交信することに成功しました』

 全身をピカピカ点滅させて見せるシロタマ。そういえば以前こいつはパワーダウンした銀龍の中で照明の代わりにもなったことを思い出した。

「なるほど……便利な野郎だ。で、返事は?」

「うん。ハイパートランスポーターでも内部に侵入できないからシールド上空で待機してるってさ。最低限シールドを何とかしろってハゲが言ってた」

 ハゲって……だんだん容赦なくなってきやがったな。誰の影響だ?

「それから死んでも探査プローブは回収するって言ってたでシュ」
「心強いお言葉だぜ……ケチらハゲめ」

 シロタマの言葉遣いに玲子は眉をひそめながらも、それに首肯する。
「じゃぁ計画を立てるのは明日からにして、今日はシャワー浴びて早く寝たいわ」
「相変らず、お気楽な野郎だなお前は……」




 ほどなくして、執事の声が渡った。
『みなさん。こちらに食事の準備が整いました』
 民宿の宿泊客みたいに、無言で食卓へと移動する。

 そこにはタイヤが付いた特大のワゴンが運び込まれていた。
 玄関に段差が無く、そのまま滑らかなフロアーと直結しているのは、この大型のワゴンが入ってくるためだ。
 その中には料理が収納されていて、それを四百参拾七番だと宣言した食事担当のロボットが引っ張り出し、テーブルに並べていた。

 中には半完成のもあり、それをコンロに掛けて器用に調理をする様(さま)は、それ専用に作られたロボットだけの事はある。
 それから新たな情報を得ることもできた。ワゴンを押して来たのが黄色い服装をしたアンドロイドだということだ。

 服装の色が機能別に分類されているとしたら、ここに来る前に検非違使とぶつかり、修理に出されたアンドロイドも黄色の服装をしていた。再生センターとやらに連れて行かれたのだが、どうなったんだろう。

 ワゴンを押して家から出て行こうとするアンドロイドの肩越しに声をかける。
「仕事中に申し訳けないが」と断りを入れて、
『なんでしょうか、マスターさま?』
「再生センターってどんなとこなんだ?」
『……っ !?』
 それはあきらかに拒絶の態度だった。
 執事が言うように公共性の色濃いアンドロイドは、正しく受け答えができる。メイドロボや電気ポットより高度に作られているにもかかわらずの拒絶だ。

「………………」
 アンドロイドは禁忌に触れた聖職者みたいな仕草で顔を伏せた。

「何だよ? 訊いちゃ悪かったのか?」
『いえ、そうではありませんが、あまり口に出すことは……あっ』
 黄色のそいつは、急激にだんまりを通すと強張った。

「くだらんことに首を突っ込まないほうが身のためだぞ」
 ワゴンの背後から脅し文句みたいなのを吐いたのは検非違使だった。黄色と黒のストライプに塗り分けられた警棒にも似た物で、手のひらを叩(はた)いている。

 そこから一歩近づくと、検非違使は持っていた警棒を金属製のワゴンに押し当て、バリバリッ、と派手な音と青白い火花を散らせて、俺たちを威嚇した。あきらかにそれは高圧電流による放電の火花だ。ワゴンに焦げ痕を残すところを見ると、かなりのパワーが有りそうだ。

『申し訳ありません。ですがワタシは何も話しておりません。お許しを……』
 言葉途中にして、黄色のアンドロイドはワゴンを押してエレベーターホールへと逃げ去った。

 検非違使は逃げ去るアンドロイドではなく、俺に挑戦的な目を向けて、
「まさかと思うが、根掘り葉掘り聞き出そうとしても無駄だゾ。あまりしつこいとマスターであってしても再生センターへ連行する!」
「好都合だぜ。俺は再生センターとやらがどんなところか知りたかったんだ。連れていけよ」
「うるさい!」
 奴は高電圧の唸りを上げる棒切れの先っちょを俺の鼻先にチラつかせた。

「お前ら、その警棒でみんなを脅しているのか?」
「脅しではない。警備だ。犯罪を未然に防ぐためのな」
「何が警備だ。機械だけの世界だと犯罪など無いだろ。それよりそれは何だ。高圧電流の放電とは物騒な物を持ってやがるな」
「くだらんことを訊くな! マスターであろうとも夜は外出禁止だ。逆らうとひどい目に遭わせるぞっ!」

「あーわかった、わかった。どこにも出りゃしねえよ。俺はこれから飯だ。ばーか」

 自分の体を避雷針代わりにする気はサラサラ無いので、睨みを利かす検非違使を遮断するように扉を閉めてやった。
 数回、外から扉へ向かって電撃スパークの音がしていたがすぐに静かになった。

 あの時の黄色のアンドロイドが、かたくなに拒否していたことと、副主任も悪逆なイメージのモノを示していた再生センター。そしてこの検非違使が吠えたセリフなどから考えると、どうやら修理が行なわれるだけの施設では無さそうだ。幽霊調査とは別に調べてみる価値はある。




 嫌な気分のまま食卓へ向かうと、執事が俺を待っており、
『マスターさま。ささどうぞ冷めないうちにお召し上がりください』

 動き回る四百参拾七番のメイドロボを薄気味悪く見ていた玲子が、入って来た俺に気付いて席を一つ譲った。
「ねえ。見てよ。食事の準備をするんだったら、せめてエプロンぐらいつければいいのにね」

 腕が四本、せわしなく蠢いてい料理を並べ、食器を揃える姿は、お世辞にも品がいいとは言えない。
 機能性を重視するあまり、見てくれを無視した容貌だった。

 それにしたって、やっぱりメイドと呼ぶには抵抗がある。
 デザイン無視で、剥き出しになった金属製の骨組みと、駆動系で構成されたボディから伸びる四本の細長い腕が激しく暴れて料理の準備をする不気味な光景は、食事の準備ではない。どちらかと言うと、全自動化になったベルトコンベアに載せられて組み立てていく電化製品だ。

 ――にしても。
 料理のほうは美味そうだが、安易に手を出してもいいのだろうか。
「食っても死にゃあせんだろうな?」
『死ぬ?』
 執事は丸い目をして首をかしげ、
『おっしゃられる意味が解りかねますが』
「毒とか、自白剤が入ってるってコトだよ」

『何のためでしょうか?』
「知らねえよ」
『ふむ。それは難問でございますね』
「そうさ、だから悩んでんだ」

 俺はいったい誰と喋ってんだ?
 てな気分に苛まれた。

 執事はまるで手ごたえの無い会話をする野郎で、これだと独り言と大して変わらん――ってぇぇ。お前ら何も考えずに先食うなよ。
 玲子はパクパクと、優衣もアンドロイドということを忘れたかのような食いっぷりだ。
 慎重にコトを進めようとする俺がバカみたいじゃないか、ったく。


 それから5分後――。
「ふぉぉ……美味いな」
 野菜中心の食材だが、魚介類、肉類も適度に使用されており、銀龍の冷凍食品のオンパレードより豪華で俺たちは無言で食していた。

 最初に沈黙を破ったのは玲子だった。
「何か、いいニュースあった?」
「なんで?」
「さっき、外で何か言われたんでしょ?」

 玄関で検非違使と絡んだ一件を玲子は気付いていたようで、
「なーんも。ただ再生センターはかなりひねくれた設備みたいだぜ」
「やっぱりね。あの黄色い人、だいぶ怯えてたもんね」
 テーブルに肘をついて、握っていたフォークで宙にヘノヘノモヘジを書いていた。

 優衣も食材を口に放り込んで、さっきから美味そうにモグモグ。まぁこいつの場合、これぐらいの量なら腹ん中に有るタンクに収まるだろうから、あとで廃棄すれば事足りるのだが……どちらにしても、連中が優衣を生命体と誤認しているのは決定的だ。誰も疑っていない。

 フォークをカチャリと食器にのせて手を止めると、優衣は青野菜をしゃくしゃくと噛み下して、桜色の頬をほころばせてから、執事に訊く。
「この食材はどこから調達してくるのですか?」
 執事は両手を腹の前で擦りながら、やや屈み気味になった。
『100パーセント自給自足です。野菜は農園からで、また家畜も飼育しております。すべて新天地へ向けて立てられた計画通りに事が進んでおります』

「マスターが激減していたので、逆に有り余っているのではないですか?」
『これは、異なことを……』
 執事は胡乱な視線を優衣へ飛ばし、メイドロボの四百参拾七番がついと顎を上げ、四百九拾伍番の電気ポットがお茶を注いでいたポットの先をカチャンとカップに当てて止まった。

 急いで優衣の言葉を打ち消す執事。
『マスターの人口は減少しておりません。何事もなく進んでおります』

 止まっていた電気ポット野郎が再びお茶を淹れる動作を再開したところから察すると、こいつらは誰かの監視のもとにコントロールされる存在か、あるいは偽りの記憶を刷り込まれているかのどちらかだろう。

 問題はそれを誰がやったか……だ。
 副主任から聞いた話を反芻してみる。

 気の遠くなるほど過去のこと。ロボットにも自己増殖ができるシステムを当時のマスターが開発した。たぶん新天地まで残り半分の距離を子孫が安全に旅できることを祈って作り上げたのだろう。それをアンドロイドにインストールしたのが400年ほど前のことだ。

 インストール後、しばらくして人工生命体はカトゥースと呼ばれる階級制度を作り上げた。それは知的生命体にとってはただのシリアル番号だったが、数値の順に大きなピラミッド型を形成するヒエラルキー制度になった。

 それから300年後、マスターたちはいなくなり機械だけの世界が残った。しかしここのシステムは知的生命体の世話を続けないと崩壊する。そこで宇宙空間では宝石よりも価値がある水を罠に他の生命体をおびきよせ、囚われの身にしてはアンドロイドが求める存在意義を維持させ続けてきた。

 これはどう考えてもマスターは自然に滅亡したのではない。これだけの文明を誇ってきたマスターが、300年という長い猶予があったにもかかわらず、異常に気付かないはずはないだろう。たぶん気付かれないような、緻密な細工をした奴がいて、そいつが自分にとって都合のいい世界を作り上げたんだ。

 そう結論付けた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
 その仕組みを暴かなくては、今度は俺たちの問題となるのだ。

 メイドロボが食器を片付け始め、食器洗いロボに引き継ぎ、執事が入浴の準備に部屋を出たのを確認して、できる限りの小声で、玲子と優衣に俺の意見を伝えてみる。

「どうも作為的な気がする。副主任の言っていたワケの解からないヒエラルキー制度がもっとも胡散臭い」
「誰が作ったの?」
 と玲子が訊くので、副主任から聞いた話をそっくり耳元から流し込んでやった。

「自己増殖と、司令官か……臭いわね」
 玲子は話を聞くなり腕を組み、眉をきりりと吊り上げ、声をこもらせて言った。
「忍び込む必要があるわ」
「どこへ?」
「知らないけど……」
「バカが。暇つぶしの対象にしてるだろ、お前」

 世紀末オンナは瞳の奥に歓喜に揺れる光を灯していた。
「明日から行動開始よ。じゃ今日はシャワーを借りてすぐ寝るわよ」
 ついさっき決めた計画を勝手に変更して、優衣を抱えるようにしてシャワー室へと消えた。

「………………」

 一人食卓に取り残された俺はテーブルに転がっていたシロタマに言う。
「おい。あの女、何とかならんのか」
「何とかって?」
「先走るクセだよ」

 シロタマは意味も無くステージ3に変身し、
『常人よりもエピネフリンの分泌量が多いと推測されます』
 と言った後。
 何となくソワソワし始める俺に向かって、ボディから伸ばしたマニピュレーターの先に手術用のメスを握った。

『シャワールームへ一歩でも近づくと切り刻んでもよいとレイコの許しを得ています』
 鋭く切れ味のよさそうなメスで、シロタマは空中でクロスを切って見せた。

「怖ぇえなぁ。命がけで覗きなんかするかよ」
 と言いつつ、意識は水の流れる音へと彷徨うのであった。