【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 3月15日(水)

囚われた自由


「風邪かい? 処方箋を持ってきたら、薬剤部に頼んで持って来てやるよ」
 と言いながら奥から出てきたのは、白衣姿の人物だった。
 俺とシロタマの会話を聞いていたようで、爽やかに応えるのだが、さっきのいけ好かない野郎のおかげですっかり懐疑的になっていた。

 ロビーに入って来た男は、胡散臭く見つめる俺たちを気にすることなく、ずかずかと近寄って来た。

「やぁようこそ。私がこの医療センターの副主任で七番だ。遠いところからご苦労さん」
 遠目では検非違使と同じ表情を欠いた野郎だと思っていたのだが、よく見るとこの男は正真正銘の仮面で顔を隠していた。こもった声と喋るたびに顔を覆う物体。まぎれもなく薄い硬質感のある仮面だった。

「それはそうと、検非違使には面喰らっただろ。んー?」

 何だかとても心許せそうな感じを受けるのだが、要注意に越したことは無い。仮面を被って人の前に出て来る奴に気を緩めるわけがない。よけいに強張る俺と、身構える玲子。

「ふははは。図星のようだな。連中は礼儀を知らないからな。ま、大目に見てやってくれ」

 しかしなんだろこの緩い口調。まるで生命体だ。もしやこの星の住民?

 俺は一人息を飲んだ。
 生命体は一人しかいないと言っていたのは、嘘では無いかと言う思いが湧き上がったからだ。

「それって、仮面なの?」
 ぶしつけな質問をしたのは案に違わず、玲子だった。
 秘書の職務を全うするときは、決して失礼に当たる質問などするはずがないのだが、これは怒りで熱くなっているのだろう。ぶしつけな態度からそれがヒシヒシと伝わってくる。

 白衣の男は自分の仮面を指差し、こもった声で訊いてきた。
「これが気になるのかい?」
 こちらの粗雑な態度に笑って受け流す気さくな振る舞いは、ずいぶんと好印象だ。

「まぁね」
 玲子は目元に微笑を浮かべ、男は、ちょっとだけだぜ、と言うが早く、辺りを気にしながら、さっと外して素顔を曝して見せた。

「なっ!」
「あら……」
 意外にもイケメンだった。精悍で顎が少し尖り、キリリとした目元も整った、悔しいが男前と呼ばれる部類にカテゴライズされるべき男性だ。
「いいかい。素顔を曝すことはここでは禁止なんだ。内緒に頼むぜ」
 と言って、玲子ではなく優衣に──ここを強調するぜ。優衣に微笑んでから、男はまた元の仮面顔に戻した。そして俺、玲子に視線をやり、続いてじっくりと優衣を見つめながら付け加えた。

「ひとつ忠告しとくよ。仮面を付けた連中はプライドが高いから、あまりこれに興味を湧かさないこと。いいね?」

 かーっ。キザぁ。うっへぇ~。背筋に寒いもんが走ったぜ……って。
「おい、玲子! いつまで見てんだよ」
 奴はパチパチと長いまつ毛を瞬かせると俺の顔を見た。

「なによ。ヤキモチ焼いたの?」

「ば……バカヤロ。そんなもの端(はな)っから持ってねえワ!」
 ない……と思うよ。
 ちゅうより、この男は優衣のほうに興味を示したんだ。へっ、へー。玲子に向かって舌でも出してやりたい心境だが、マジでそんなことをすれば引っこ抜かれる恐れがあるのでやめておく。

 男は白衣の裾を叩(はた)いて、来た通路へと踵を返した。
「では行こうか。患者が待ってる」

『病名と症状の説明を求めます』

 頭上から落とされたハンサム声はステージ3のシロタマだ。別にイケメンに対抗したのではない。医療モードのシロタマは男性の声音なだけさ。
 だが七番の副主任は無視だった。

「それで──。あんたらの星ではどれほど医療が進歩してんだい?」
 通路を数歩進んで俺たちに振り返って尋ねたので、せっかく弛緩した空気が元の訝しげな気分に戻った。
「あの……?」
「なんだい?」
「シロタマが質問してんだけど……」
 俺と副主任のあいだでフワフワしている球体を指差す。

「おー。何だ、こいつは?」
「容態を聞いてるでシュよ」

「何か喋ってるようだけどなー。ここではヒューマノイドの型になっていないものは、物体として扱われるんだ」
「だからって無視はよくねえだろ」
「そうか? だが人語を話して来ると言ってもオートマタ相手に本気で返事をするヤツはいないだろ?」

「この星の人は、機械に人権を与えないのかい?」
 副主任は仮面の内から点にした眼球で俺を見た。

「人って……オレに言ってるのかい?」
「そうだぜ。この水中都市の住民だろう」
 男はパタリと立ち止まった。
「あはははは。よしてくれよ。オレは人工生命体だぜ」
「うっそ──っ!」
 そこまで驚くかな、玲子。
「あなたアンドロイドなの?」
「そうさ。オレは七番。医療局の副主任だ。あっれぇ? 検非違使から聞いてないのかい。知的生命体は一人しかいないって話」

 なぜか俺は安堵の息を吐き、玲子は肩を落とした。
「な~んだ。アンドロイドか……」
 今度はなぜにそこまで消沈するのだ、玲子。

 バカの揺れ動く気持ちは放っておいてだな。
「なるほどね」
 何となく気持ちの整理ができて気が軽くなる俺って、変かな?

「あれ? 驚かないのかい。オレは七番だぜ。人の顔を持てるのは優秀な者だけなんだ」
 優秀だとか、そういうのは自分で言うもんじゃねえよ。と言い返したい気持ちを押し殺し、
「それなら……」
 優衣はもっとすげえんだぞ、と告(こく)ってやろうとしたが、驕(おご)り高ぶったこいつの態度を見ていると、バカらしくなって口を閉じた。さっきから熱い視線を優衣に注ぐのは、彼女を生命体だと勘違いした行為だ。優秀だと言っても、その程度のできなんだろ。こんなレベルの奴に本気になってもバカらしい。

「それなら……なんだい?」
 爽やかな声と真逆の無表情な仮面はとても困惑する。

「いや。何でもない。どっちにしても副主任さん。俺たちの船ではあいつが最も優れた医者なんだ。無視だけはやめてくれ」
「はっはっはっ。努力してみるよ」


 手招きに付き合い、俺たちは奥へと歩んだ。
 副主任から得た情報によると、ここは機械だけで支配された都市で、最後の生命体を残してすべて死に絶えた街に病院など無用の長物なのだそうだ。

 説明のとおり内部は閑散としており、看護師代わりのアンドロイドや、医者の役目を果たす連中もいない。廃墟みたいな雰囲気なのだが、清掃は行き届いて小ぎれいに磨かれ、衛生面も完璧なようだ。

 シロタマの野郎がウニみたいに棘(とげ)をあちこちから出して、天井をガリガリ擦ってくっついて来るところを見ると、まだ機嫌が悪そうだ。玲子がそれを見上げて肩をすくめていた。

 清潔に保たれた広々とした通路を進むこと数分。
 扉を挟んで赤い制服を着たさっきの鉄仮面野郎、検非違使が立番をする部屋が見えてきた。

 最後の生命体が病に伏る部屋の前を厳しい目線で警備する二人の検非違使。どっちも長い特殊警棒を握りしめ、片端を床に突いて構えていた。

 副主任と話をしていくぶん落ち着きを戻した俺は、連中をゆっくりと観察することにした。
 まず検非違使は仮面を被っておらず、素の顔面を剥き出しにしていて、表情を探ることは困難だということ。それと連中は頑強そうなボディを赤い衣服で隠している。さっきの力が尋常ではないところをみると、衣服を膨らませる筋肉隆々は見せかけではない。

 部屋に近づく俺たちに検非違使が冷たく接してきた。
「六番様。そいつらが上空の奴らですか?」
 俺たちをここに連れて来た検非違使とは声音が違う。それと微妙に口調も異なっており、滲み出る表情を見て取ることはできないが、十分に奴の感情が伝わってくる。

「おい。弐拾伍番! 口の利き方に注意しろ。この方らはマスターの治療に来た医師団なんだぞ」
「これは申し訳ありませんでした。六番様」
「それともう一つ注意しておいてやる。オレは七番で、六番になる気はない。東部センターのハチが二階級特進するんだ」

 検非違使は片手で握りしめていた警棒の先をドンっとフロアーを突き、
「とんでもありません。六番様が最もふさわしいのは、あなた様だけでございます。このたびはご進級おめでとうございます」
 半歩引き下がって深々と頭を下げた。

 俺にとっては、六とか七とか番号なんかどうでもいい。でも副主任に対する慇懃無礼(いんぎんぶれい)な見え透いた態度はとんでもなく不快だった。

「ふんっ、タコめ。思っても無いことを口にしやがって……」
 副主任はその辺りもちゃんと見極めており、憤怒を混ぜて吐き捨てると、となりの同じ顔した奴には睨みを利かせた。
「さっさと扉を開けてくれ、弐拾四番」

「はっ!」

 俺の横で玲子が唇をうねらせた。全員同じ顔して番号制とは……ひどくややこしい。そう思ったのだろう。実際俺も思った。

 弐拾四番と弐拾伍番は、細長い目の奥を胡散臭げに光らせて、横を通る俺たちを睨め上げ、しんがりの玲子が入るなり、ドアを乱暴に閉めた。

 俺たちが何をしたってんだ。

 大きな音を背中で受けながら、やり場の無い怒りを呑み込むその前に、白いパーティションが行く手を遮っていた。向こうから数人の気配を感じて立ち止まる。

 そこへと声をかける副主任。
「どうだい九番、容態は?」
 パーティションの縁から鉄仮面の顔が、ぬん、と出てた。
「あ、これは六番様。患者の容態はあまり変わらずで……」
「お前もそれを言うのか。オレは七番だと言ってるだろ」

 奥から白衣を翻したもう一人が顔を覗かせた。
「何をおっしゃいますか。六番にふさわしいのはあなた様だけです」
「おー、ハチー。元気か? そうかオマエも来ていたのか。ご苦労様だな」
「そりゃ伺いますよ。何をやっても効果が出ないなんて、こんな珍しい症状は初見ですので、今後の貴重な資料に……」
 副主任が割って入り、言いかけた言葉を遮った。
「おいハチ。お客様をお連れしたんだ。口が過ぎるぞ」
「おっと。これは失礼」
 無理やり黙らせた気配が濃厚だったが、俺は進化した設備に目を奪われており、それどころではなかった。

「立派な設備が……バイタルモニターに人工呼吸器、脳波計、心電計、何から何まで揃ってるでシュ」
 突起物がすべて無くなっていつものぷよぷよに戻ったシロタマが、我慢しきれずつい口を出したと感じだったが、やはり全員が無視をした。

「こちらの男性が医局員……。キミが医者かい?」
 副主任がそう尋ねて来たので、
「俺は助手なんだ」
 何となく照れも混ぜてスポーツ刈りの頭を平手で掻く。
「助手なのか。じゃこちらの女性陣が医局長?」
 と訊いてきたのはハチと呼ばれた、たぶん八番の鉄仮面だ。片手を白衣の腰ポケットに突っ込んでモソモソしている。

「いえ。あたしは……そのまた助手でして」

「ではこちらのお美しい方が……」
 明らかに態度を変えた九と八が、そろって表情の無い仮面の裏から煌めく瞳で優衣を見た。

「ワタシも付き添いにすぎません。医療責任者はこちらのシロタマさんです」
 伏せ気味だった視線を銀白色の球体へ移し、ゆっくりとサイドポニーテールを揺すった。

『対ヒューマノイドインターフェースのステージ3は医療業務全般を処置できます』

「おほっ? 何だこれ、喋るぞ」
 鼻息も荒く空中に浮かぶタマへ言い放ったのは、八番だ。
「こんなオートマタの出来損ないが医療を務められるのか?」
「こらこらハチー。口を慎め。海上の船、銀龍の医療局長だと報告されてんだ。無下に扱うな。はっはっ、失礼だぞ」

 何だこいつら半笑で扱いやがって。
 これ以上舐められたら玲子が暴れだす。その前にこいつのガス抜きをしておかないとあとがやっかいだ。

「言いたくはないんだが、救助を要請されて俺たちはここへ来たんだ。しかもお前ら、海の上にシールド張ってっだろ。おかげでこっちは軟禁の身だ。その上シロタマまでおもちゃ扱いにしやがって。俺たちに対する対処の仕方がえらい雑だと思わねえか」
 ここまで愛想の無い扱いを受けりゃ、言葉遣いも荒くなる。

「軟禁とは穏やかじゃないなー。でもさ、警備の者の調査によると、キミらの船は水に浮かんでいた何かを盗もうとしたらしいぞ。それでやむなくとった処置だと報告を受けたんだぜ」
「盗んでるんじゃねえよ。自分の落としたものを拾おうとしただけで、変な誤解をしないでほしい」
 副主任が俺を追い込むような説明をしてくれたおかげで、せっかく忘れていた後ろ暗い思いがまた浮き出ることに。
 俺がプローブを海面から離脱させていたら、きっとここには来なかったはずだ。

「誤解だと分かればすぐにシールドは消される。安心したまえ。えっとお名前は……?」
「裕輔だ。それから噴火寸前の活火山みたいにカッカしてんのが玲子で、おとなしいのが優衣だ」
「どういう意味よ。あたしだっておとなしいわよ」
「お前のはおとなしく装っているだけだ」
「うっさいわね。これでもずいぶん我慢してんだから」
 それはよく存じてますぜ。

「活きがいい人だな……」
 ぽつりとこぼした九番を玲子はぎろりと睨んで、
「とにかく早くシールドを解いてちょうだい。軟禁状態では協力する気にもならないわ」
「ま、我々は医局員だ。あとで検非違使を呼ぶからそいつらに言ってくれ」
 あまりあの連中の顔を見たくはないが。

 奥の扉が開き、そこへ悪役みたいな仮面を被った白衣の男が現れた。
 ひとことで言って、センスが悪い。なんだその仮面?
 副主任が漏らした言葉の通り、医務室にいた人物は全てが仮面姿で、自らの姿を曝している者は一人もいなかった。もしそれが、この星でのしきたりだとしても、なぜその仮面なんだと言いたい。もう少し品のいい物は無いのだろうか。

「騒がしいのう。ここは病室だぞ。何を騒いでおる」
 だいたいにおいて、このセリフを吐く奴が最も声がでかいもんで。

「これは伍番医局長殿。お久しゅうございます。東部センターの八番でございます」
 と仮面の頭を丁寧に下げ、副主任が手のひらを差し出し間(あいだ)に入った。
「銀龍のみなさん。この方がこの星の医局長であり当医療センターの総責任者である伍番殿だ」

 伍番だか六番だか知らないけど、全員が仮面で顔を隠し、俺にはどれがどれだかさっぱりだ。

 それでも一つ気付いたことがある。医局関係の人物は一桁の番号ぞろいだということと、検非違使は二十番台が使われるということだ。
 もうひとつ。医局関係の連中は仮面だけでなく、妙なものでその威厳を保つようで、奥の部屋から出て来た鉄仮面が頭に奇妙な形をした筒を被していたのだ。そこでよく見渡すと、同じ物が棚に人数分並んでいる。円筒形の先をしぼめた形で、黒地に幾何学的な模様が描かれた物だ。

「これが珍しいのかい?」
 出てきた男性の頭を視線で指す副主任。
「これは烏帽子(えぼし)と言って、選ばれし血統を証明するもんだ。つまりな、カトゥースが一桁の者にだけ与えられる……まぁ。勲章みたいなものだな」

「エボシ……カトゥース?」
 解ったような解らないような……あやふやな感じだった。

『身分階級。ヒエラルキー制度と同義です』
 銀龍の医療主任は何でもこなしてくれる。一発で理解できたが、何だか懐疑的に見てしまう。血統とか身分とか言ってっけど、お前らはアンドロイド、それは所詮生命体の真似ではないのか?

「ほう。オートマタの出来損ないにしては賢いな」
「知識だけはあるようだ」
 とか口々に好き勝手なことを言う、お前ら、患者の治療はどうしたんだ。そんなロボットどうしの階級制度を勉強しに来たんじゃねえんだ。──と叫びたいのをぐっと堪え。

「俺たちはそんなに暇じゃないんだ。早く患者さんに会わせてくれ」
 多少言葉を荒げながら告げてやる。軟禁を解かれるまでは、これ以上柔軟な態度を見せる必要はない。

 4人の仮面野郎もようやく動き出した。
 こっちだ、と誘導されて、パーティションの反対側へと一歩踏み込んで、仰天、俺たちは石と化した。

「何だこれ!」と叫んで、俺の背後に張り付いていた玲子に尻をきつく抓られた。
「相手は患者さんなのよ。失礼でしょ……あっ!」
 言葉途中にして玲子も固まった。

 ベッドを縦に数列並べて横たわされたボディは、ゆうに3メートルを越えていた。しかも白っ茶けてはいるが、鱗に覆われ、裂けた口が前に飛び出した爬虫類の顔。

「ザリ、」
 オンと叫びかけて、玲子にきつい目で睨まれ、パーティションの裏側に引き摺り込まれた。
 医局の関係者が不審な目を注いでくるが、ひとまず待たせることに。

 青ざめた顔色の玲子と、驚愕で打ち震える優衣と顔を突き合わせて声を潜めた。
「今の見たか? ザリオンだぜ」
「うん、それもだいぶ年取ってるよ。あの鱗の年老いた感は間違いなく老婆だわ」
「話しがおかしいじゃねーかよ。ザリオンは自分の母星があるだろ。連中は母星が無くなったって話だぜ」

 優衣も声を潜める。
「しかも新世界を求めて旅に出るなど、ザリオンの習性ではありえません」
「だよな。あいつらだったら、新世界を求めるじゃなくて、見つけ次第ぶんどって自分の物にしてしまうぜ」
「じゃーどうして、あそこにザリオンが寝てるの?」
「知るかよ。俺に訊くな」
「ザリオンによく似た種族という線はないの?」
「知らねえって。ちょっと待て、シロタマに訊いてみる」

「銀龍のみなさん。どうしたんだい? マスターは難病なのかい?」
 パーティションのあっちから副主任の声がする。あまりこっちでゴソゴソしていられないので、顔だけを出す。

「その患者さんだけど……ほんとうにこの水宮の星を作った種族なのか?」

「あーそうじゃ。我々を作ったマスターだ。この人で最後の人じゃよ」
 即答で返してきたのは医局長のがさついた声だった。

 訝る雰囲気を悟られては良くないので、急いでベッドに戻って何とか取り繕うことに。
「と……とにかくうちの医局長に診てもらう」
 俺は間に合わせの返事をして、ベッドの脇に玲子と並んで確認し合った。

「ザリオンだよな……」
 耳元で囁かれた玲子もしっかりとうなずき、優衣も続く。
「間違いありません。特徴的ですので見間違うわけがありません」
 優衣が言うからには決定的だ。

 連中のCPUが狂ったのか、あるいは何かの策略があるかだ。
「用心しろよ」
 と玲子と優衣に小声で伝え、質問は患者のすぐ上でホバリングしているステージ3に向ける。

「どうだシロタマ? 患者さんは何の病気だ?」

『身長324センチ、体重128キログラム、性別女性、推定年齢、65歳です』

 はっきりと聞き取りやすい男性声は、ステージ3特有のものだ。

「タマ……ちょっと」
 指の先をちょいちょいと曲げて招き寄せる。誰にも聞こえない程度の声で、
「種族を教えてくれ。俺だけに聞こえるようにな……」

 シロタマは誰にも聞こえない音量ではっきりと答えた。
『ザリオンです』

 長く尾を引く吐息をして、玲子たちに力強くうなずく。
「決定だ……」
 目をつむって眠るワニ婆さんの頭上で浮遊するシロタマに、もう一度訊く。
「年寄りだと言ってもまだ65歳だ。普通はまだまだ元気じゃないのか。この人の病名は何だ?」

 九番がシロタマの下に歩み寄り報告する。
「いくら処置しても血圧が上がってこない。心拍も弱く、何をやっても回復しないんだ」

『患者は病気ではありません。加齢による生体機能の低下です。低血圧症の期間が長かったものと推測される脳障害が認められます』
 シロタマの報告では納得できず、みたび尋ねる。

「でもまだ65歳だろ?」

『ザリオンの…』

「あ──タマ! 大きな声を出すな。小さな声で言わなきゃ患者に影響が出る」
 お前のほうがでかい、とでも言いたげな医局長、伍番の仮面野郎に笑ってごまかす。

『……この種族の平均年齢は60歳前後です。65歳は十分に高齢です』

「それじゃあ、早く治療を頼む」
 これだけ決定的な事案をシロタマが述べているにもかかわらず副主任が迫った。

『加齢による低血圧症がここまで進むと治療ができません。不老不死の特効薬は、いまだに見つかっていません』

「キミらの種族でもそれは不可能なのか……」
 と副主任が残念そうに言い、医局長は溜め息と共にこう言った。
「その丸い物体が医療、中でも生物学に関して精通してるのはよく分かった。言うとおりじゃ。ザリオンは短命なんじゃ」

「なんっ!!」
「知ってて……どういうことよ!」
 玲子と一緒に叫んだ。

「ザリオンが短命なことはこの気性の荒さからいって、早くテロメアが短縮する傾向があることは、研究によって明白なんだ」
「何だよ、テロメアって?」

『染色体の末端部分にあり、寿命を司る構造を持っています』

「おほぅ。けっこう詳しいな」

 からかうようにシロタマを称賛する八番の白々しい態度に、俺はブチ切れる。
「ちょっと待ちやがれ! ザリオンだと分かっていて俺たちをここに誘い込んだのか! ということは軟禁だって仕組まれてたんだな!」
「あたしたちを騙したの?」

「まぁ落ち着け。今説明してやる」

 俺に同調して息巻く玲子に手のひらを見せて止めに入ったのは、五番の医局長だ。エボシとか言う筒状の被り物を頭から外しつつ、
「ほんに血の気の多い女性じゃな……」
 不必要なセリフを吐いて俺たちの前に出てくると、冷たい視線を浴びせた。

「この水宮の星はマスターが拵え、新天地を目指して飛行を続けるという話しは聞いておるか?」
「ああ、聞いた」
 俺の返事が輪をかけてぞんざいになるのは仕方が無い。戸惑いと怒りで、頭の中はぐっちゃぐちゃだ。

「しかしじゃ。マスターが不在になったらどうなる」
「新天地へ向かう意味が無くなるわ」と玲子。

「そのとおり。そうなると我々の存在も無意味になり、秩序が乱れてここのシステムは崩壊して水の底に沈む。この星の真の目的を考えてマスターはそんな構造にしたのじゃ。賢いのう……」

 一拍ほど間を空けて医局長は重々しい声に切り替えた。
「だがな。マスターは絶えたんじゃ。とうの昔にな」

「じゃ、じゃあ……」
 見てきたばかりの光り輝く水中都市の光景を思い浮かべ、怒りが戦慄へと移り変わっていく。
「そうさ──システムは崩壊していない。見たろ外の景色? 何も変わってない」
 副主任は優しげな口調なのだが、仮面が無表情を貫き通すので、とても違和感を覚える。冷徹なのか熱く語るのか判断ができない。

 それでも俺たちの瞳の奥を煌めく眼球で順に巡らせて言う。
「それは……代わりのマスターを準備したんだ」
「まさか。それで……よその星の種族を……」
 玲子の顔色が蒼白になった。

「マジでやばい話になってきやがったぜ」
 事態はさらに恐ろしげな方向へ。エボシの先をじっと見つめていた医局長が耳を疑いたくなる告白をした。
「このことを知っておるのは、これを被ることができる身分の者だけ、カトゥースが一桁の者だけじゃ。倫理に則ってこの10人が決めておるんじゃ」

 勝手な理屈を無感情で淡々と語る仮面野郎が異貌の悪鬼に見えた。
「この野郎! やっぱり嵌(は)めたんじゃねえか!」

「ここはよころぶべきところだろ? キミらはこの星のマスターとなる。マスターだぞ。光栄なことだ」
 九番の言葉は氷柱で刺されたように冷たく激痛をともなっていた。

 こいつらは捕らえた生命体を水宮の星存続の要として利用していたのだ。そしてたった今、次のマスターは俺たちだと宣言されたわけだ。

 想像めいた話がいよいよ現実味を帯びてきて俺は言葉を失う。
 嵌められた……。
 心胆から凍り付き両足の力が抜けていく感覚に襲われた。

「ひどい! ひどいです。あなたたちはワームホールが点在する星域にわざと隠してあるように見せかけて、へんな小芝居まで打って……それのどこが守るべき倫理なのですか?」
 連中を信じ切っていた優衣の口調が痛々しく聞こえる。

「あたしたちが従うわけないでしょ!」
 噛みつく玲子を引き留めつつ、
「軟禁を今すぐ解けば不問にしてやる。すぐに解放しろ!」
 俺たち三人は恐怖から自然と寄り添っていた。

 しかし連中は俺たちを捕らえる様子もなく、
「まずはザリオンの葬儀を執り行う」
 と医局長が口火を切り、続いてシロタマが冷然と告げた。

『心肺停止しました』

「えっ?」
 ベッドと天井の中間に浮かんでいるシロタマへと振り返る。と同時に患者から離れようとした九番を目撃。
「今、何をした!」
「安らかな最期を迎えてやっただけだ」
 強く問い詰めるが、九番は淡々とした態度で言い返すだけだ。

「なんということをしたのよ!」
 喰いつく玲子にも平坦に言いのける。
「我々の医療技術を舐めてもらっては困るな。このザリオンは脳死の状態だったんだ。寿命はとっくに終わっていることも承知のうえだ」
「しかしそこは他人が手を出してはいけないだろ」

「ああ。生命体の倫理も学習しておるよ。だから葬儀を執り行うのじゃ」
 医療センターの総責任者、伍番も冷徹な返答しか出さない。

「話を逸らすな。安楽死は倫理に逸脱した行為だ」
「しつこいのう。言っておるじゃろ。『生命体の倫理』は学習しておると。だがな。我々のモラルでは安楽死は承認されておるんじゃ」
「生命体の倫理や尊厳などをアンドロイドが勝手に書き換えやがったのか!」

「一つ忠告しておいてやろう」
「何だよ?」
「今後、お主らの起こす言動が扱いに影響するから注意するんじゃな」
「こ、のぉっ!」
 我慢し切れなくなった玲子が医局長の首っ玉を鷲掴みにするが、いとも容易くそれを副主任が引き剥がし、
「ほら、これだよ。逆らうな。従順にしていろ。でないとアルディア人みたいに3日で殺されちまうんだ」

「安楽死かっ!」
「我々は医者だ。倫理に反することはせん」
「お前らのは人の作った倫理じゃねえ!」

「だから……我々の倫理じゃと言うとろうが」
「人殺しを黙認するのが倫理なのかよ」
「高等な人工生命体の道義に則(のっと)っておればそれでよい」
 と言った後、さっぱりした口調でこう言った。
「我々とて同じじゃ。逆らったら破壊されるんじゃ。すべて平等になっておろうが。正しい倫理じゃないか」

「誰にやられるんだよ!」
「決まっとるじゃろ。水宮の城の倫理委員会じゃ」
「聞いてくれ! 我々も逆らうと倫理委員会から派遣されたビゴロスに破壊されるんだよ……キミらと同じさ。わかるだろ?」
 副主任は光る目に力を込めて、俺たちを諭すように繰り返した。
「とにかく、まず落ち着いてくれ。それから決して検非違使の前で逆らうようなことはするな」

「マジでお前らそれで正しいと思っているのかっ!?」

 伍番の医局長は執拗に首をひねる。
「何をそんなに興奮することがある? このザリオンの代わりに、お主らをここのマスターとして崇め奉ってやるんじゃぞ。感謝されてもいいぐらいじゃ」

「バカな……」
 気が抜けた。こいつらの考えは自己に走り過ぎだ。この星はデタラメな思想で動いている。今まさにそう感じた。
 生命体が途絶えた機械だけの都市に俺たちは捕えられたのだ。
 顔から全身に白布で包まれていくザリオン人を、俺たちは漠然と見るしか手立ては無かった。