【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 3月 9日(木)

ザリオンの戦士たち


「デバッガー出現まであと30秒よ。アカネたちは原子加速銃起動! それからこっちのユイもプラズマ何とかの準備よ」

「原子じゃねえよ、粒子だ。それからプラズマフォトンレーザー。ったく。アーミー的な道具ならなんでも知っているくせに、こういうハイテクになると、てんでダメなんだから。呆れるぜ、部隊長さまよぉ」

 部隊長が俺を横目で睨んだ。
「裕輔。失敗したら承知しないよ。半殺しにするからね」

「…………」

 お前のは笑って済ませないから、マジ怖ぇえんだよ


 ビューワーの端に粒子加速銃のレバーを倒す茜と優衣の姿が。そして俺もビーコンを積んだプローブ発射のボタンに指を乗せた。

「あと10秒……」
『9、8、7、6、5……』シロタマのカウントダウンが続き。


 店舗がある小惑星から1キロも離れない位置に虹色の閃光が広がり、何も無かった空間から俺たちには見慣れた黒い物体が滲み出てきた。

《……来やがったぜ》
 ザグルの低い唸り声と、田吾が喉を鳴らす音とが同時だった。

《むぅ。意外とでかいんだな》
 とは言うが、ザリオンも2メートル超えの巨体だ。俺的にはどちらも同じぐらいだが、試しに3メートルを超えるティラノくんと組み合って欲しいものだ。

「まだですよ。先鋒のバジル艦は待機してください。サウスポールに向かおうとするところを狙って、こちらに目が行くように逸らしてください」
 緊張が走る74秒の始まりだ。

《承知しております……》
 バジル長官はやっぱ紳士だな。ザリオンにもこういう人がいるのなら、お友達にもなれるよな。

「この筐体に探査ビーコンを持ち帰らせます。ユースケさんはターゲットをロックしておいてください。残り三体のうち二体は間もなく出現しますよ」

《計測器を発射しろ……》
 先鋒のバジル艦が動き、社長も操縦室へ通信。
「機長ええか。裕輔の腕は信用できひん。おまはんが機首を安定させたってや」

《了解。おまかせください》

 なんちゅう言い方するんだ、このハゲ茶瓶は……。

 ビューワーの画像が銀龍の船首から見た映像に切り替わり、十字型をした船を真横から捉えた。時を待たずして、その先端から静かに鉛色の物体が発射された。

「あれがザリオンのプローブでんな」
 鉛筆型をした硬度計測用のプローブがデバッガーめがけて突進し、そいつの肩の辺りに突っ込んだ。
 音は聞こえないが、プローブが命中して派手にパーツが散乱。だが黒い頑強な肩がわずかに揺れた程度だ。奴にとっては、そこらに浮かんでいたデブリに衝突した程度なのだろう。知らん顔だった。

 10数秒遅れて二体のデバッガーが虹色の光を放って漆黒の空間から出現。先頭のデバッガーを追った。

《最初の筐体が攻撃を受けると後方の連中は左右に分かれて大きく回り込んで来ますので先鋒艦は惑わされないで。とにかく店から目を逸らして餌のほうへ導いてください》

 ザグルの艦に乗船した優衣から入った通信へ、穏和に答えるバジル長官。
《お任せくだされ……》

 続いて重々しい甘い吐息と共に、俺の横で優衣が白い顔を上げた。
「残り50秒です。先鋒のバジル艦は攻撃準備に入ってください」

 ややこしいんだよお前ら。交互に喋ってくれるな。

 5隻もの戦艦が待ち構えるとも知らずに、デバッガーは川面(かわも)を流れる浮き草のように宇宙空間を漂い、ゆっくりとサウスポールへ近づいて来た。

「バジル艦長、出番よ。先頭のデバッガーがターゲットだからね。店に寄らせないように、遠慮なくぶっ放してちょうだい」
 玲子の命令に応じて船が前に出た。
 スクリーンではバジル大佐が豪然と胸を張り、そしてこれまでとはまるで正反対の口調で怒鳴り上げた。

《おう、そこのでかいの。止まりやがれっ! 我々はザリオン連邦軍だ! 今すぐ止まらねえと、ぶっ殺すぞっ!》

「なっ!」
 その豹変ぶりが信じられない。温厚な時とどっちが地なのだろうか。バジル長官。あなただけは紳士的であってほしかった。


 全周波で星域中の通信を傍受しているデバッガーに伝わらないわけがない。奴は無視して前進して来た。

《グォワォォォォォォ!!》
 吠えた。あの温順そうなバジル長官が吠えた。
 ごつごつした鱗まみれの顔が吊り上り、朱色に燃えた目で睨みたおし、
《ンの野郎! てめぇー。デカイ顔してんじゃねえーぞ! ザリオンは舐められたら終わりなんだ。野郎ども! かまわねえから手足を引き千切ってブチ殺せ!!》

 前言撤回でーす。やっぱザリオンはザリオンでーす。お前らぜってー海賊だ。

 動くバジル艦。コミュニケーターが翻訳できない叫び声が聞こえ、十字型の先端にある魚雷発射口が次々開いて行く。そして中の一本から光子が弾け輝線が走る。息つく間もなく閃光が丸く大きく膨れあがった。

《命中だ!》
《あの距離からだと破片も残らないぜ》

 何人かの唸り声が聞こえたが、
「そんな軟(やわ)じゃねえって」
 カラカラに渇いた俺の喉から勝手に声がこぼれ落ちた。ビューワーを凝視する目玉も乾いて痛みが走る。


 球状に広がった閃光が消える時は瞬く間だった。
 不気味な静寂と共に現れたのは無傷のデバッガーと、その正面を遮って堂々と対峙するバジル艦。どちらも引けを取らない態度ありありだった。そして優衣の言ったとおりに後から来る二体のデバッガーが大きく左右に離れた。


「どう? あたしの言う事が身に染みたでしょ?」
 バジル長官はちらりと通信機のカメラに目線を送り、気づかない程度に玲子へうなずいてから続ける。
《計測結果が出たぞ……》
 手元の資料に目をやり、
《ザリオン全艦に通達する。これまでに計測したデータの最高値より数百倍硬度がある。光子を最大値にセットしてあれだ。いやこれは驚いた。こんな敵はお目にかかったことが無い》

 バジル長官は興奮を隠し切れない様子で早口にまくしたて、玲子は冷静に対処する。

「気の毒だけど、破壊は最初から期待していないわ。あたしたちだってまだ数体しか成功していないもの。でも手強いほど燃えるのがあんたたちでしょ。さあ全艦行くわよ、デバッガーからお店を守ってちょうだい。攻撃開始!」

《野郎ども狩りの時間だ! 本気のザリオンを見せてやれ。いいか、ポイントAとC以外の艦は連中の動きに惑わされるでないぞ!》
 バジル長官の一声で動き出したザリオン艦隊。サウスポールに近づこうとする三体への猛攻が始まった。

《てぇーーっ!》
 とアジルマが叫び。

《1番から4番魚雷発射!》
 ザグルが唾を飛ばす。

 円を描くように並んだザリオン艦隊から一斉に光子魚雷が撃ちこまれ、核爆発にも匹敵するでっかい光球に包まれるが、発光のセンターから悠々とデバッガーが顔を出してくる。この距離からでもはっきり見える赤いスキャンラインが不気味に光っていた。

 その先から一本の輝線が伸び、その延長上にいたザリオン艦が大きく船体を傾けてかわした。赤いビームは艦底すれすれを通過して消えた。

 優衣が叫んだ。
「全艦に通達します! その赤い光線は敵のスキャンビームです。捉えられると共振波長を読み取られ、フィールドを無効にされますので逃げてください」

《ザリオンは逃げも隠れもしない……が、武器が役に立たん時は……よし、かく乱させるぞ。ジェスダ、オレに付いてこれるか!》
《へっ。セコい手はオマエの得意技だからな。おーしパイロット! こっちもセコい技を見せてやれ》

 それはまるで踊るかのようだった。撃ち放すデバッガーの赤い輝線を絶妙のタイミングでかわし、二機のザリオン艦は巨体だということを思わせない軽々とした動作で飛行ラインをねじり、キリモミするように、かつ、デバッガーをからかうように飛び回った。

《ひょーぉ。どうだ。今のすれすれだろ?》
《なーに。オレのを見ておけ。もっと神業の飛行を見せてやる》

《相変わらずジェスダとアジルマはセコい飛びかたをするぜ。ぐわははははー》

「ほぉ。機敏な動きやがな」
「だなぁ。うちの機長と肩を並べるぜ」

「のんびり眺めてる場合じゃないわよ、裕輔!」
「ユウスケさん。残り25秒で餌に気づかせないと逃げられます」
 優衣と玲子から交互に言われて急いで腕を捲り上げる。

「よ、よし。俺の出番か」

 まるでこの状況を楽しんでいるかのような連中の会話を耳にしながら、俺は探査プローブを発射させた。この装置のコントロールは俺だって得意の分野だ。早い話、ゲームのコントローラーとさほど変わらない。プローブに取り付けられたカメラから送られてくる映像を見て操縦していればいい。

 最初に出てきたデバッガーにターゲットロックをしていたので、ほぼ自動的に奴の鼻先にプローブは滑り込んだ。

「よっしゃ。ザリオンらには後ろの二体を任せます。こっちは先頭のこいつや。エエか裕輔。店から離れたところに誘い込むんやで」
「まかせてくれよ。俺もセコい技を見せてやるって」

 探査プローブはデバッガーの鼻先でいったん停止。スキャンビームが当てられ、内容物の把握をさせて関心が向いたら、目的の方向へ少し移動。近づいてきたら、素早くさらに先へ移動。

「セコいな。さすが社長の立てた作戦だ。ようはザリガニ釣りの要領だろ? 昔よくやったんだ。こうやって石の隙間から這(は)い出させるのさ」

 玲子の瞳が膨らむ。
「ザリガニって食べられるの?」
「食べられまっせ。ビールのアテに持って来いや」
 どこかのんびりムードの銀龍の司令室。珍しく田吾が呆れた光線を照(て)かる額から放出していた。

《ポイントAは位置に着いたぜ》
《ポイントCも指定位置だ》

 子供の頃よくやったザリガニ釣りが功を奏してか、徐々に先頭のデバッガーがサウスポールから逸れて来た。残りの二体はその護衛なのだろうが、ザリオンの攻撃を完全に無視するのは、自分たちが破壊される脅威に至らないと判断した証しだ。こっちも余裕の態度で先頭のデバッガー追って飛行中だ。

《ユースケさん?》

 とザグルの船にいる優衣に言われて返事をする。
「はいはい?」
《餌に興味を持ちましたけど、所定の位置までまだ400メートル足りません。急いで》

「そんなこと言ったって、こいつ用心深いのか、なかなか餌に喰らい付いてくれないんだ」
 しかしそのすぐ後。俺のモニターにでかい5本指が映り、映像が遮られた。
 急いでもう一つの探査プローブのカメラに切り替える。こっちのプローブは前方を飛行する餌付きプローブの様子を映すだけの目的で自動操縦された探査プローブだ。その映像は餌の姿を真後ろから捉えていた。

 デバッガーは餌付きプローブの先端部分に大きな5本指でつかまっており、両脚でボディをがっしり挟み込んで、まるで横倒しの電柱に絡み付いた酔っ払いだ。

「よっしゃ裕輔。ザリガニが抱き付いた!」
「オッケー。全速で所定位置に移送する」

 それは数秒で結果が出た。言われた位置に着くや否やカメラの映像が消えたからだ。
「やったぜユイ! ビーコンを抱いたままジャンプしやがった。成功だ!!」

 俺の歓喜まみれる声は、次へと引き継がれる。

「アカネ! イベントポイント到着。こっちは成功よ。後はそっちの出番よ!」
 横で玲子が叫び、スクリーンでは茜が腕を突き上げる。

《アイアイさー! シード発射っ!》

 スダルカ艦に乗った茜の元気な声と同時に、俺が睨んでいたディスプレイがホワイトアウトした。
 仰天してビューワーへ視線を滑らせると、発射された粒子加速銃のシードが護衛に付いていたデバッガーに命中して閃光を放出した瞬間だった。これまで何度も見てきたシードの爆発の瞬間だけど、こんなに猛烈な光を放出していたとは思ってもみなかった。それはたぶんザリオンの光子魚雷の光と比較ができたからだ。あの小さなシードの粒が放つ光子は魚雷の数百倍はあろうかと思わされる強烈な白色光だ。

 この光景にそぐわない声が渡る。
《あ~ん。ディフェンスフィールド張られましたぁー。わたし、おこっちゃいましたからねぇ。パイロットちゃん! 急速上昇と同時に船首を今の90度プラス方向に向けてくらさーい》

 そんな無茶な動きをしたら重力の変化に機体だけでなく乗組員の命までも危ぶまれる。

「──うはぁ~やっちまいやがったぜ」

 自分たちを戦士だと豪語するその言葉はウソではなかった。

 船体を旋回させて上昇するのではなく、そのままの姿勢で急速上昇、合わせて船首を下に向ける。寸分の狂いも無く、かつ無駄なブレも無く、まるで機械でコントロールしたのかと見紛う正確な動きで、ザリオンの船はガラス状のディフェンスフィールドを張ったデバッガーを真下に捉えた。もし慣性ダンプナーが装備されていなければ、茜は別として連中の体には相当大きな重力がのし掛かっているはずだ。

 ついでに言うけど、この作戦は茜たちが見つけた唯一有力な方法なのさ。デバッガーはシールドを一面にしか張ることが出来ない。つまり正面に一度張ると、数秒間は頭上がガラ空きになるのだ。

《シード、2発目発射でーすっ!》

 一閃が走り、漆黒の空間を切り裂いた。
「うっひゃー! ザリガニ野郎の爆発をまともに見ちまったぜ」
 またもや俺の視界が白一色に埋まった。

《ザリガニ、1匹ゲットでーす。》

 こっちの会話がまた筒抜けだ、と思う間もなく、
「どぁーっ!」
 またもや派手に目が眩んだ。それはザグルの船に乗っていた優衣が発射したシードがディフェンスフィールドに弾かれて粉砕した猛烈な発光だった。でもこれは真上に移動してくる茜に撃たせるための下拵え。そこを狙って、縦のまま水平飛行を続けるスダルカ艦が近づいた。

《へっ! 楽勝だな》

 しかし戦況は一瞬で変化する。フィールドを展開したままデバッガーが高速で急接近。十字型をしたスダルカ艦の右腕を貫いて行った。
《どわぁぁあ》
 真空の宙(そら)へ激しく残骸が飛散していく光景が、まるでスローモーション映像を見るようだ。
 クナクナに折れ曲がった装甲板や、元の形が不明なほどにくちゃくちゃになったコンジットが流れ去り、瞬間、刻(とき)が止まったかのような間が空いた。次の刹那。俺の背筋が凍った。突き貫(ぬ)かれ黒々としていた穴からオレンジ色の炎が噴き出したのだ。

《スダルカっ!》
 ザグルが叫ぶ。
 だが中佐は野太い声で部下に命じた。

《緊急射出だ! 右腕を外せ!》

 腕の付け根から幾本ものスラスターが点火、細かな粉塵と噴煙があがり、燃え盛る右腕が本体から切り離された。
 俺の脳裏には恐怖に怯える茜の顔が何度もフラッシュバックするが、スダルカ中佐の不敵な笑い顔がビューワーに登場。

《へーっ! どうだ。見せ場はオレがもらったぜ!》

「平気なの?」
 少々上擦った玲子の声が響く。
《安心しな。ザリオン艦は三つに分離できる構造だ。しかも左右の腕はコケ脅しの飾り物だぜ!》
《やせ我慢するなスダルカっ! 戦闘機の格納庫をぶっとばされやがって。大損害だろ!》

《へっ。一機丸ごとおしゃかにされたオマエ(ザグル)よりマシだ。それより軽くなって動きやすいぜ。見てろ》

 誰におしゃかにされたんだろうな。
 玲子は赤い顔をして下を向いていた。

《おい、操舵手。体勢を立て直せ、あの黒い野郎の真下に艦首を回すんだ。ヴォルティ・アカネ。もうワンチャンスあるぜ!》

《おーし。いつでもかましやがれ! スダルカちゃん》

「おいおい……」
 早いとこ茜をこっちに戻さないと、海賊の言葉を覚えちまうぜ。
 社長も渋そうな目でスダルカ艦のブリッジ内の映像を見ていた。

 戦況は再び変化する。
 ようやくフィールドを消し去ったデバッガーが、次の体勢に入ろうとした真横から優衣のシードが直撃。
 それを阻止するためにまたもや張られたフィールドに弾けて閃光球が膨らみ、視界が眩(くら)んだ。その次の間、捻じり込むようにして真下から接近してきたスダルカ艦が発射したシードがデバッガーを貫いた。光球から紅蓮の炎が垂直に立ち上り、ボディが砕け、黒い影となって四方に離散する。

「うっしゃー! アカネ、やったぜー!」

《どうだ! 片腕一本無くたってじゅうぶん動けるだろ》

「ひゃぁあ。焦ったがな」
 硬直して立ち上がっていた体から力を抜き去り、どさりと座席に沈む社長。スキンヘッドをひと拭いして、
「よっしゃ。こんどはワシらの出番やで。ユイ。四体目の出現はいつや?」
 と問いつつ、操縦席に指令を飛ばすスキンヘッド。
「機長。どっこから出てきてもエエようにエンジン吹かしといてや。たのんまっせ。こっちもカッコエエとこ見せったらなあかんで。どんだけ派手にしてもエエからな」

「あと12秒で現れます」
 と言って、俺の横で優衣がプラズマフォトンの照準器を手に持った。
 さらさらとした髪で横顔を撫でながら、片目に嵌(は)める姿がなんか様になっていた。ついこのあいだ玲子にコンサートへ連れて行ってもらった、とはしゃいでいた子供みたいな優衣とは思えない凛々しさだった。

 深く椅子に座りなおすと、コントロールパネルにあるディスプレイへと、深みのある瞳を固定させる。
 プラズマフォトンのビームが狙う先は、優衣が片目に嵌めた照準器を睨む視線に連動して動くため、よそ見をすれば大きく外れる。しかし彼女は揺るがぬ態度で見つめ続けている。それは未来を見つめる目だ。どこに四体目が出現するか予測ではなく自分の記憶と照らし合わせる行為だ。

 思い出したように優衣が操縦席へ伝える。
「機長! ヨーイング、右2度。後方へ15メートル下がってください。ユウスケさん、慣性ダンプナー最大で待機!」

 まじかよ……。

 俺が固唾のを飲むのは、ここに来て慣性ダンプナーを起動させるということは……。
「あっ!」
 忽然とビューワーの映像が消えた。
 ──のではなく。カメラの真ん前にデバッガーが出現したんだ!
 そう意識したと同時に、銀龍は爆炎を噴き出して後方へ、まさに飛び退いた。このでかい機体を瞬時にバックさせる、機長の反射神経。銀龍は命を吹き込まれた怪鳥と化する。

「ぐはぁー!」
 肺の空気が一気に吐き出された。

「ま、まだダンプナーが起動していない……」
 消えそうになる意識の端で、超アップになったデバッガーの赤いスキャンラインが俺たちを睨みつけていたのを見た。それが回転しながら前方へと吸い込まれた。

「どはぁぁぁぁ! 目の真ん前や機長!」
 社長の叫び声が伝わった時、すでに銀龍はデバッガーを引き剥がすように後方へ二回転ロールしていた。

 船体がぎしっと軋み、その後、ふっと体か軽くなったのは慣性ダンプナーが効いた証拠。デバッガーが回転して前方へ飛んだのではなく銀龍がロールしながら後退したのだ。

 次の瞬間、凄絶な閃光と猛烈なショック。そして意味不明のめまい、いや船酔いのみたいな空間の歪みが船体を貫いて行った。
 初めてのプラズマフォトンのフルパワー照射だった。

《うふぉぉぉ。何だ、オメエらの武器!》
 スダルカ中佐の感嘆に震える声が、俺の意識を覚醒させた。

「な、何? 何が起きたんだよ?」
 目をつぶってしまい肝心の部分を見逃していた。
 ビューワーには黒煙と炎の塊が見えるだけ。デバッガーは木端微塵になっていた。

「あー俺ともあろう者が……見損ねた……」
 それにしても最大レベルの慣性ダンプナーが効いているのも関わらず、今起きた気味の悪い歪んだショックは何だ。ザグルだけでなく俺だって驚異だぜ。

「さっき船内が歪んだように見えたぞ」

「今の爆発は空間を歪めてしまいましたね」
「なーっ! 軽く言うなよユイ。そんなことしたら未来に伝わっちまうじゃねえか」

『この程度の空間の歪みは超新星爆発時にも起きます。稀有な現象ではなく銀河で頻繁に発生するありきたりな現象です。心配に及びません』
 淡々としてやがるな、シロタマのオンナ声め。

「おい、ちょっと待てよ。じゃあ。超新星爆発と同じぐらいのことが起きたって言うのかよ?」
 簡単には信じられるものではない。
 しかしザグルは、オレンジの片目を大きく広げて不服そうに訴えた。
《戦艦でもないくせに、オマエらがそんな最終兵器を所持していいのか?》

「ザグル!」
《な、何だ?》

「内緒なのよ。黙ってなさい」
 玲子が厳しい声で釘を刺した。

《ヴォ……ヴォルティ。本気でこんな奴らを相手にしてきたのか》

 スダルカ中佐の声を震わせたデバッガーは、探査プローブをテイクアウトさせた奴以外は、すべて破壊した。これで一件落着さ。

 玲子も手のひらを合わせて、パタパタと叩(はた)くと、
「はい。この話は終わり。ほらザグル。賞金が掛かってるんでしょ、はやく連中の残骸を集めたら? 三体分もあるのよ」

《そ、そうだったな。おい残骸の回収にかかれ。ネジ一本拾い忘れるな》

 喜び勇んで残骸に群がるザリオン艦隊を俺たちは呆けた顔で眺めていた。
「なんだか金の亡者みたいだな」
「あなただって似たようなもんじゃない」
 鼻で笑う玲子。お前から言われると真実味が120パーセントになっちまうんだよな。

 短めに刈った頭をボリボリ掻く。ジャックポットで仕留めた天文学的な金額が目の前をチラついた。
「実際もったいないよなぁ………」
 まだ揺れ動く己の弱い精神力に脱力感満載さ。

『まもなくザリオン艦隊のコンピューターデバイスに蓄積された戦略的データの崩壊が始まります』
 頭上から落ちてきたシロタマの忠告めいたセリフで目が覚めた。

「そうか。もうそんな時間でっか」
 ぽつりと言い告げる社長。
「パーサー。連中に気づかれんように、アカネとユイ、それから粒子加速銃を転送回収しまっせ」

《了解しました。でも無断でやって連中怒りませんか?》

「あの様子だとたぶん気がつかないわ。三体分の賞金に目が眩んでるもの、大丈夫よ。あたしはそんな男をごまんと見て来たから、ね」
「ね、って俺を見るのはよせ!」
 腹の立つ野郎だ──。




「おもしろかったですねぇ」と粒子加速銃を担いで帰ってきた茜と優衣を笑顔で迎い入れ、横を見たらさっきまでそこにいた優衣が消えていた。
「もとの時間域に帰ったんやろ」と説明する社長が少し寂しげだった。
 労(ねぎら)う言葉を掛ける間もなく、ここにいた優衣は元の時間に戻り、その優衣は今、笑いながら茜と戻って来た優衣へと融合する。

 あー。めまいがする。
 気がするなんてものではなく、マジでめまいが起き、奥歯を噛んで耐えた。
 生命体が別時間域の自分と出会ったら発狂する、と言った優衣の言葉は真実だと思う。まったく無関係の俺にまで、こんな強いめまいを起こさせるのだから、その異様な状況が想像できた。

「ほな、機長。今度はこっそり逃げまっせ。戦略データが消えたことが分かったら怒鳴り込んで来そうや」
 でも玲子は平気で言いのける。
「だいじょうぶですよ。彼らはもう特殊危険課の仮社員なんです」
「仮って……そんなアホな」
 言葉を失う社長に、なおも玲子は言い続ける。
「研修中ってことでいいんじゃないんですか?」
「そうそう研修社員が社長に文句なんか言うわけないって」と俺も賛同するが、
「アホ! 相手はザリオンやどうなるか解りまっかいな。とにかく機長。この場から逃げまっせ!」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 一段落がついた司令室。オンナどもは自分の部屋に引き上げ、俺は怠惰に足を投げ出して、久しぶりに弛緩した空気を楽しんでいた。

 田吾は懲りずに通信機に腰掛けさせたフィギュアに話しかけ、その背後からケチらハゲが睨み倒すというお馴染みの光景が続いている。

 そこへ──、
 きゅぅーと鳴いて、丸っこい硬質なボディが俺の前に現れた。
「ミカン。あ、そっか」
 ザリオン人に怯えたミカンを第四格納庫に隠れさせていたことをすっかり忘れていた。ついでにもう一つ忘却の彼方に置いてきた案件を思い出す。
「しまった。ミカンの土産を買うの忘れてる」
 ポケットをまさぐると、ザグルの部下がヲタから巻き上げていたFシリーズのキーホルダーが一つ出てきた。

 普通なら子供騙しにもならない物だが、こいつなら何でもアリだろ。
「ほらミカン。お前の好きなアカネのキーホルダーだぞ。ここに付けてやろうな」
 頭の後ろから少し出た突起物の先端にある輪っかに付けてやる。

「この輪っか何だろな?」
 それは後々分かるのだが──ミカンは嬉しそうに、きゅぅぅ、と鳴いて頭を振って見せた。

「あぁ、それっ! アカネちゃんのキーホルダー!」
 ミカンの後頭部で揺れるFシリーズを模(かたど)ったおもちゃを見つけて、銀龍のヲタが騒ぎ出した。

「それってゲキレアっす。オラが欲しい」
「だめだ。これはミカンの土産なんだよ」
「こんなロボットに意味なんて解らないっすよ、その辺に落ちてるビールのプルトップでもぶら下げておけばいいんダすよ」

 ミカンは不服げに甲高く鳴くと俺の背後に隠れた。
「ほらちゃんと認識してんぜ。諦めるんだな田吾。この子の顔認識は結構高性能だ。お前を怖い奴と認定したら、後々修正がやっかいだぞ」
「あー。もったいないダすなー」
 口の先を突っ張らせるヲタ野郎。
「お前、年いくつだよ。まったく……」

「裕輔とおない年ダすよ」
「恥ずかしいぜ俺は……」

「何を騒いでまんねん。せっかく一段落したちゅうのに」

「いやあのさ。ミカンにやったキーホルダーを田吾が取り上げようとするもんだからさ」
 俺の背中から顔だけを出して覗き込むミカン。社長に潤んだ瞳を向けて、きゅりゅーと鳴いた。

「なんやキーホルダーぐらい。ミカンにあげたらエエやろ」
「んダども。それってゲキレアっスよ」
「何がレアや。あ──、レアで思い出した。カメラだけ積んだ空のプローブを回収すんの忘れたがな!」
 と叫んだケチらハゲの声に俺は力を抜かれ、
「大損やがな」
「ゲキレアなのにぃぃ」
 頭を抱え始めた二人の態度にいたたまれなくなり、俺はミカンを連れてその場を離れた。

「どいつもこいつもバカばっかしだぜ。なぁミカン」

 きゅいぃぃー?

 俺を仰ぎ見た丸っこい目玉と視線が合う。
 なんだかこいつとは、うまくやって行けそうな気がした。



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