【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 3月 8日(水)

兵備は万全であれ


 2時間後──。

 2光年ほど銀河の中心へ移動した銀龍の前方を5機の十字型をした宇宙船が次々と現れ、小惑星を取り囲んだ。
 まるで餌に群がる肉食獣に包囲されたようにも見えるが、中心の小惑星がサウスポールらしく、驚いて防御壁を張り始めたので、急いで優衣が管制官に知らせた。

「こちらは管理者のS475アーキビストです。驚かせたのなら謝罪します」

《アーキビスト!》
 さっとビューワのスクリーンに驚きの表情を浮かべた管制官が映った。

《しかし5機のザリオン艦隊が取り囲んでいます。わ……我がサウスポールは海賊対策も、ば、ば、万全です。お引き取りください》

「えらいビビって……。よっぽどザリオンは行儀が悪いんだな」

 続いてスクリーンの真ん中が斜めに仕切られ、ザグルが割り込み、怯えた管制官が左側に寄せられた。

《サウスポールの管制官、よく聞け!! オレたちはザリオン連邦軍の戦艦だ。ただちに防御壁を下げろ!》
 ザグルが鬼みたいな形相で睨め上げた。

「だから、それが脅してんだって」
 俺の声に玲子が同調して、
「ザグル! お店の人が怖がるから、引っ込みなさい」
 玲子の命には忠実な連中だ。すぐに元の画面に切り替わり、震えあがった管制官のアップだけに戻った。

「ごめんなさいね。この人たち吠えるだけでほんとうはおとなしいのよ」

《ざ、ザリオンを従わせたアーキビスト様などあり得ません》

「あの……キングネールから通信が来ていませんか?」
 尋ねる優衣へ管制官は、
《通常通信では二年かかりますので……少々お待ちください》
 下を向き加減に何か操作していたが、
《あ……たった今、亜空間通信が入りました》

 少しの間が空き。

《鏡面仕上げの船……あ、その船のことですね……了解しました。防御壁を下ろす許可をもらいます。しばらくお待ちください》

「亜空間通信が遅れるなんてことおますんか?」
「そうですね。この頃の超光速通信網は未発達ですから、しかたありません」
「でも俺たちからすれば、2光年先まで数時間でメッセージが送れるほうが驚異だぜ」

 理科音痴の玲子は相も違わず首をひねる。
「どうして?」
「そんなことも知らないのかよ……」
 生涯武道一筋オンナは放置プレイだ。

「電波も光も同じ速度なんダすよ」
「だから何よー」
 しつこく聞いて来る玲子に田吾が面倒臭そうに説明する間に、店の周囲に張り巡らせていた防御壁が下がって行った。

 それを確認して優衣が応える。
「では店舗の責任者をお呼びくださいますか。詳しい事情を説明します。それとザリオン艦隊の皆さんは計画どおりの位置で停船してください」
 再び、ビューワーが斜めに二分され、

《武器を組み立てる時間は計算に入ってるのか?》
《言うとおりだ。撃ち方を習得する時間も必要だろ》
 横柄な態度を取る大きなワニ顔。スダルカ中佐とアジルマ大佐が割り込んだ。ビューワーがさらに斜めに区切られ、管制官の顔が左端へと詰められていく。

「習得する必要はありません。ワタシとアカネがそちらに乗り込みます。許可の無い者にあの銃を撃たせるわけにはいきませんので」
 きっぱり断る優衣だが、お前らも無許可じゃねえか、とは声に出さずに、ほくそ笑みと一緒に飲み込んだ。

 さらに分割された画面にザグルが映り、それへと優衣が尋ねる。
「キャノピーのある場所はありますか?」
《あぁ。光子弾を撃つ場所がある。そこを改造すれば粒子加速銃を固定できる》

「はい。いいですね」
 うなずいて一歩下がって玲子と代わる優衣。こいつら体勢が完成してんじゃん。

「では指令を出します」
 ビューワーに向かって玲子が腰に手を当て、総司令官張りの声を張り上げた。
「いい? ポイントAの艦へユイ。ポイントCへはアカネを派遣します。担当になった艦長は艦首に最も近いキャノピーを貸してちょうだい」

《《承知した!》》
 ザグルとスダルカ中佐が同時に消え。再び管制官がど真ん中でアップに。その目玉が脅威に打ち震えていた。

《本社からの通信によると、盗賊団がまたこの店を襲うと伝えてきていますが、本当なのですか?》

 気の毒くなのだが、嘘は吐けない。
「そうです。管理者の情報ですので間違いありません」
「でも怖がることはないからね。あたしたちと5つのザリオン艦隊とでお店を守ります。安心していいわ」
 謙虚に相手をする優衣の横から、玲子は腕を腰に当てて尊大に構えるが、これでいいのだろうかね。

《ザリオンと管理者が協力し合うなんて奇跡に近いことですね》
 管制官も困惑の表情で訴えかけるが、それはこっちも同じことで。なぜ俺がここに立っているのか説明すらできない。

「近い将来、ザリオンが星間協議会に加入する……日があればいいのですねけどね」

《それではご注文の品を時間までに揃えて、そちらの格納庫に転送しておきます》
 管制官は優衣が放った言葉に気付かずに、事務的な返答をすると通信を切った。

「今の話は本当なのか? あのザリオンが星間協議会に加入するなんて信じられないぜ」
 優衣は少し躊躇するものの、小さくうなずき、
「正しい歴史が流れれば、ザリオンはいいお友達になります」

「なりたくねえよ……」
 どっと頭の芯が重たくなった。




 俺たちの要望通り店の防爆プレートは下げられて、いかにも営業中を装っているものの、買い物客はすべて地下奥のシェルターへ避難を始めていた。そして優衣が言ったデバッガー出現まで残り4時間と迫った頃、銀龍では俺と社長が脳に送り込む血流を大幅にアップさせていた。

「いつまで経っても慣れんもんは慣れんなぁ」
「マジっすね……」
 探査プローブの準備を終え、第三格納庫から戻った俺と社長、司令室の光景を見て立ち竦くんでしまった。

 シロタマと一緒になってプラズマフォトンレーザーの準備を始める優衣が……いた。
「俺、頭痛くなってきた」
「ワシもやで、裕輔……」
 少しのあいだ互いに見詰め合い、溜め息とも言えない変な呼気をそれぞれにした。

「何ビビってるのよ?」
 と尋ねる玲子に、あっちで黒髪をなびかせる優衣を顎で示し、
「あの子はキングスネールにいた時の優衣なんだぜ。お前何も感じないのか? 過去の子だ。解るか? この時間の優衣はザグルの船で粒子加速銃を設置してんだ」
「何でよ。ユイはユイよ。どこも変じゃないわ」
「理論もへったくれもない奴はお気楽でいいな」

「何さー。バカにしてんの?」

「あのな。ユイの多重存在を俺たちは目の当たりにしてんだ。おかしな気分にならないのか。あれを見ろ」
 斜めに二分割されたビューワーを指差す。
 右側の画面に優衣がザリオンの部下に何か命じる姿が。左側には準備完了し、意味もなくニコニコする茜の姿だ。キャノピーに取り付けてもらった粒子加速銃の前でちょこんと椅子に座り、暇を持て余して指を絡める、まるでインテリア代わりの人形のようだが、こいつもいずれ優衣となる身だ。

「ほんまやで。450年過去のユイと、今のユイがビューワーに映っとる、ほんでここにおるんは、半日前、このサウスポールに来る前の会議室におったユイや……そのうち銀龍がユイだらけにならへんやろか?」
 そりゃあ悪夢だろな。

「そう考えるからダメなのよ。スクリーンのユイは録画された映像だと思えばいいの」

 とはいかない展開に事が進み、俺と社長はもう一度凝固する。

《そっちの準備はどう?》
 ザグルの船に乗っていた優衣がビューワーの中で唐突に訊いてきた。ようするに玲子の言うところの録画の優衣だ。それに対してこちらの優衣がうなずき、
「買ってきたパワーユニットをコンジット経由でフォトンレーザーに接続完了。今、シロタマさんがオルタネーター(発電機)で充電中よ」

 録画した自分から尋ねられて、それに懇切丁寧に応えていたら、それはそれでおかしな奴と認定されるわけで……。
 しかし俺の前で摩訶不思議な光景はまだ続く。

《あと4時間よ。間に合うの?》
「店で仮充電がなされていたから、ぎりぎり間に合うわ」

《よかったぁ。アカネのほうはどう?》

《こっちは準備万端でーっす。艦長さんから時間が余ったのでブラッドワインでも飲むかって、すすめられてまーす》
「飲んだらダメよ、アカネー」
 思わず玲子が口を挟むが、
「大丈夫です、玲子さん。ワタシには飲んだ記憶がありませんから
 と、俺の横にいる優衣が答えて、
《あ、そうだ。ギンリュウの給湯室にアカネがお茶の葉を出しっ放しにしていたわ。後で戸棚に入れといてくれる?》
 向こうの優衣がこんな時に、と思うようなことを言い出し、こっちの優衣が応答する。

「もう、またなの? 元の時間に帰ったらアカネにきつく言っておくわ」
《どもスミマセンでしたー。以後気をつけますので、優しく叱ってやってくらさーい。あの時のアカネは忙しかったんでェーす》

「どないなってまんねん。もう誰が喋ってるのか分からへんワ」
「だよなぁ……。全員が茜で全員が優衣なんだんぜ」
 俺と社長はさっきからビューワーの中とこっちとを繰り返し観察し、頭を抱え込んでいた。

 なぜなら──。
 俺の横にいる優衣が今の話しを聞いて、元の銀龍(半日前の)へ戻って、茜にお茶の葉のことを咎めたとするだろ。そうすっと今の銀龍の給湯室にはお茶の葉は片付けられていて無いことになる。となるとこの会話は最初から無くなることになり……。

「どうする社長? 給湯室行って見てこようか?」
「ほんまやな。どうなんのやろ? マジで時空理論を実証する証拠になるかもしれんデ……」

 山間(やまあい)のひなびた温泉地みたいに頭から湯気を噴出する俺と社長の前へ、シロタマが急降下して来て言う。
「そんなくだらない相談してないで。ユウスケは充電量のモニターをするでシュ」

 憎たらしい口の利き方をしやがるタマ野郎を睨みつけてやる。
「俺はなぁー! 何も説明を受けてないんだ。このあいだだって、デバッガーの細工でブレーカーが落ちてムチャクチャになって、結局、プラズマフォトンを取り付けない歴史に修正されたんだ」

「ふんっ」
「あ──! 社長。こいつ鼻が無いくせに、鼻でいなしやがったぜ」

「あれからだいぶ時間が経ったんでシュよ。一回も説明書を読んでいないから充電量のモニターですら理解してないんだ。バカ!」
 さらに嫌味タラタラの態度で俺に近寄り、
「ほらここでシュよ。その眼球(めだま)で見えまシェんか?」
 体の一部から小規模なマニピュレータを伸ばし、俺が座る前面にある操作パネルの一部を突っついた。

「くぬぉっ!」
 シロタマの態度にカチンと来た。人を小馬鹿にしたこいつの物の言い方がいつも俺の怒りに火を点ける。

「そんなもので差すな。俺がバカみたいだろ。口で言うだけで解るんだよっ!」
「バカって、ここの機能低下が原因でシュか?」

 今度はそのマニピュレーターで俺の頭をつんつんと突く。スポーツ刈りの芝生みたいな頭髪に金属製の尖ったマニピュレータは、ちょっと痛い。
「な、何すんだ。この野郎!」
 憤然として払いのける。
「プラズマフォトンのパワー配分もできないこの頭はただの飾りでシュか。この中には何をちゅめ(詰め)てんの? クルーティル星の泥でもちゅめてやろうか?」

「へっ。くーてる星の泥が何だか知らねえから、バカにされたようには聞こえないな。泥ったっていろいろあってな、美白効果の泥だってあるんだ。一概に悪い物ばかりとはかぎらねえよ」

「くーてるじゃない。クルーティル星! モグラの糞だじぇ」
「も、モグラ! ふ、フンっ! くぉのやろー!」
 立ち上がろうとする俺の肩を強く押さえて、社長が大声で割って入った。
「もうエエっ! うるさいっ! おまはんら子供の喧嘩でっか。いつまでも同じこと言い合っとるんやない!」
 瞬時に黙る俺と銀白色のぷよぷよ野郎。そして何かを告げる玲子の小声。
「しゃ、社長……ほ、ほら」
 細い指でビューワーのスクリーンを指すので、ゆっくりとそっちへ視線を移動。

 そこにはザグルとティラノくんの嘲笑と蔑む視線が。
《確かにクルーティル星の泥は臭ぇな》
 ザグルを筆頭に全艦長の分割画面。優衣と茜の映像はスクリーンの隅っこに小さく移動しており、ついでに俺もこっちで小さくなる。

「田吾よぉ。ザリオンの艦長席へ無線が繋がってるなら先に言えよ……」
 ブタ野郎は「へへっ」と折り曲げた指の角で鼻の頭を擦りながら、愉快そうに言う。
「艦長席だけじゃないダす。全艦に筒抜けダ。なにしろ今は警戒態勢だし、銀龍が司令船ダすからな」
「じゃ、じゃあ。バカとか叫んだのや、泥のくだりが……」
「そ、ザリオンの全戦艦の全部署に流れたっす」

「なっ!」

 ……田吾くん。ちょとこっちへ。
「何だス?」
「いったん通信を止めてくれる?」
 その後、奴の頭をボコボコにしたのは言うまでもない。




「デバッガー出現まであと1時間です」
 と告げる優衣に社長が訊いた。、
「連中が現れた時は、おまはんどこにおったんでっか?」
「ワタシはサウスポールのお店にいました」
「ほな、この時点でもう一人の優衣が店のほうにいるわけや……ということはこの作戦は誰が立てたことになるんやろ?」
 またややこしい話を始めやがった。玲子を見ろよ知らんぷりだ。

「社長……もう考えるのはやめたほうがいい。髪の毛が生えてくるぜ」
 俺の精一杯の冗談に社長は笑ってくれた。

 優衣は田吾に合図を送ってからビューワーに向かった。もちろん全艦同時通信の合図だ。
 ザリオン艦隊の戦艦に堂々と説明する優衣。後光が射すと言っても過言ではない。

「デバッガーは時間差を持って出現しますが、最初の一体が未来のコンパイラとサテライトを通じて連絡を取り合う偵察用の筐体です。ですので出現しても74秒間は粒子加速銃は撃てません」

《その74秒間は何だ?》

「偵察用の筐体は亜空間から出ると、通常空間の状況を未来に報告します。それが伝わるのに74秒掛かるのです。その間に異常を検知するとコンパイラは時空修正をしようと働きかけて来ますから刺激は厳禁です。しかし連中も緊迫状態ですので餌をちらつかせると飛びついて来ると思います。ユウスケさんは74秒以内に餌に気づかせてください。そうでないとお店のほうへ行くか亜空間に戻ってしまいます。もし失敗すると次のチャンスはありません」

「たったの74秒しかないのか?」

《もう弱音を吐いているのか。気づかせるだけだ。74秒あれば釣りが出る》

 何か腹立が立つ言い方だな。誰だ今言ったの?
 あ。ティラノくんか……。
 ゴメン。

《それでオレたちは?》

「ポイントBの艦を先鋒にします。先鋒は最初に出現したデバッガーがお店へ進むのを逸らして、餌のほうへ向くように誘導をお願いします。粒子加速銃を装備したポイントA,Cの艦は、敵が餌を持ち帰るまで静観してください。攻撃すると未来から大軍団で押し寄せてくる可能性がありますので、絶対に撃たないで。そしてポイントD,Eの艦は他のデバッガーが店に近づくのを阻止してもらいます」

《光子魚雷で連中の気を逸らせると受け取っていいのか? そんなことをしたら未来の集団を呼び寄せることになる》

「あの……ですね」
 優衣が少し言いにくそうに言葉を濁したので、玲子が代わる。

「敵は想像以上にタフで、あたしたちの粒子加速銃でもやっとなの。光子魚雷では連中はビビりもしないし、刺激にもならないわ。保証する」

《舐めやがってデバッガーめ。我らの最強の武器だと言うのに……グヲォォルルルル》

 低音の咆哮は社長と田吾の首をすくませた。

 優衣は悠然と構えて、
「アカネとワタシの準備はいい? 餌を持ったデバッガーが亜空間に戻った時が攻撃開始の合図よ」
 と自分自身の分身たちに言い放ち、それぞれ応える我が身たち。

《万全でーす》
《準備いいわ》

 め、めまいが……。

「ユースケさんは時間内に餌となる探査プローブを確実に近づけてください。亜空間に持ち帰ったらワタシたちの仕事は終わりです」
「後は言わなくても解るぜ。探査プローブの中に仕込んだビーコンが知らせて来る場所が、プロトタイプの営巣地というわけだろ?」
「はい、そのとおりです」

《一つ確認しておきたいのだが……よろしいかな?》
 ザリオンの割りに低姿勢のバジル艦長がビューワーに映り、軽く会釈をして優衣の返事を待った。
 この人だけは最初から礼儀正しい。ザリオンにも色々な人種がいる、まさにそう思った。

《先鋒を仰せつかったバジルじゃ。ポイントBの艦長じゃが……》
「何でしょう、艦長?」

《光子魚雷を撃ち込んで連中を餌のほうへ誘い込む作戦じゃが、最初に硬度計測用のプローブを発射させてもらってもよろしいかな?》

「何でんの、硬度計測用のプローブっちゅうのは?」

《標的の材質を調べて硬さなどを探ってみたいのじゃ。光子エネルギーの量が計算できる》

「どうぞ。いいですよ」
 簡単に許可した優衣だったが、俺は訝しげな気分だった。

「いいのか? 時間規則に反するぜ。連中は未来の物体を利用して新たな武器を作ってしまうかもよ」
 優衣はにこりと微笑み。
「シロタマさんが向こうのコンピューターに時間が経つと計測したデータを破壊するウイルスを仕組んでくれています」
「なんと……」
 白い目で天井を見遣る。
「どこまでも食えねえ奴だな……お前」
 隅っこのほうで、シロタマはぽよんと体を揺すらせた。