【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 3月 5日(日)

芸津社長の苦悩

 ザリオンの連中が11人も立ち並ぶと、あの広い第一格納庫が狭く感じる。その中で奴らは珍しそうにあたりを見渡し、好き勝手なことをほざいていた。

「むぅ。これがオマエらの船か……安づくりだな」とか
「それ以前に、白っぽいな」
 うっせぇな。

「薄い外壁だ。これだと至近距離から砲撃を喰らったら穴が空くだろ」
 銀龍は戦艦じゃねーし。

 ティラノくんなんか、目の上辺りの皮膚にしわを寄せて言う。
「なんだか狭苦しい艦だな……」
「あんたがでかいんだ。3メートル超えの生き物なんて、初めて見たぜ」

「……………………」

 格納庫の搬入口からぶしつけな態度で入ってきたザリオン艦隊の連中を戦慄の目で追っていたパーサーは、さっきからひと言も声を発していない。それどころかあまりの威圧感に壁へと追い詰められていた。

 顔の前に大きく出っ張った上下に開くワニそっくりの口をした種族。中には牙を生やした者もいる。
 首から腕の先にかけて鱗(うろこ)に覆われた皮膚。天井に着かんばかりの頑強な体がそびえる巨人が11人だ。ティラノくんは中でも突き出た身長と大きなボディで、格納庫のハッチから船内へ入れるかどうかも怪しい。

「それじゃあ。まず所持してる武器を全部ここに並べてちょうだい」
 パーサーは毅然とした態度で命じる玲子の横顔と、怪物の動きを交互に見て驚愕度をさらに上げていた。
「武器を持ってるのですか?」
 震えた声で訊いてくるパーサへ、うなずいてみせる。

「うそでしょ……」

「これらは帰りに返却します。この船は武器の持ち込みは禁止なの。いい? ここは戦場でも狩り場でもないのよ。例外は絶対許さない」
 玲子は全員を相手にしても動じることはない。

「承知した。全員従おう」

 命令に対して素直に応じるザリオン艦隊の集団。ヴォルティ・ザガの効果は絶大なものがあるのだと、改めて驚いた。
 そして玲子は平然と振り返る。
「それじゃあ。ユイは会議室の椅子を配置し直してくれる? 一人二脚並べたらなんとかなるでしょ。アカネはお茶の用意をお願いね」
「あ、は-い」
 ワニ軍団に隠れていた茜が後ろから這い出してきて、ギャレーへと駆けていく姿を見たパーサーが、再度縮みあがるのは避けようもない。

「どしたんです。あの子……あの格好……」
 さらには優衣のスーツにも目を留め、
「あ、あなたも……。焼け焦げてますよ……何があったんですか? せ、戦争?」

「いろいろな。あったんだよ」
 と答える俺の頭上から、生温かい吐息が落ちた。
「こいつはダレだ?」
「あ? ああ。うちの船のパーサーさ」
「パーサー? なんだそれ?」
「そうだな。昔は客室乗務員だったんだけど、今はシステムオペレーターさ。とにかくあんたらは早く外に出てくれよ。息苦しいんだ」
「客室乗務員? 戦艦には無い部署だな」
 そりゃ無いだろうな。

 部下の一人から興味あふれる視線で覗き込まれたパーサーが、俺にしがみ付いて来た。
「裕輔くん。こ、こ、この人たち……大丈夫? 食いつかない?」
 俺は迷惑げに奴の顎をあっちへ押しやりつつ、
「ああ。それはだいじょうぶ。玲子が命じない限り……みんなおとなしいんだ」
 パーサーは、ひとこと「ぬ?」と言ったきり口を閉じ、旧知の仲間と接するみたいな態度で怪物を誘導する玲子に、怯えた目を据えた。


 第一格納庫から出ようとす扉に集中する光景は、差し詰め満員電車の車内だ。なんとか生臭い異臭を放つワニ軍団を掻い潜り外に出る。

「うっはっ! 人口密度高っ!」

 もっとも懸念していたティラノくんは屈んで四つ足歩きだった。それはまさにワニ。その圧迫感は半端無い。息がつまりそうで、俺は我慢しきれず空調のパワーを最大にした。

「きゃぁぃ?」
 騒ぎに気付いたミカンが、第一格納庫の斜め奥にある第四格納庫の入り口から、不安を滲ませた目付きで覗いていた。

「ほぉ。ルシャール星の乳母車まで積んでるのか」
 めざとくミカンを見つけてザグルがそう言い。
「きゅぁぁー!」
 ワニの姿に怯えたミカンは、クビをピュッと引っ込めた。

「よく知ってるな。でも乳母車じゃないぜ。救命ポッドを兼ねたアンドロイドなんだ」
「優秀だと言う話だが……。はんっ! オレたちには無用のものだ」と鼻であしらったあと、
「ザリオンだとガキぐらいでないと乗れねえからな」
 少し悔しげに言うと、ザグルは集団を掻き分けて先頭に立った。

「乳母車とは言い得て妙だな。あんたなら片足突っ込んだ時点でミカンは悲鳴を上げるよな」
 俺はその姿を想像して肩をすくめる。

 きゅぅ?
 格納庫の入り口からまたもや恐るおそる首を伸ばそうとしていたミカンに、奥に隠れていろと手を振り、連中のしんがりに付いた。

「それじゃあ、あたしについて来て。ここを通って司令室の横が会議室だからね」
 玲子は先陣を切って手を振り、会議室へ誘導。俺は先に社長へ報告しに行くことした。

 ところがザグルは律儀にも、
「先にここの艦長と挨拶だけさせてもらう。オマエらはここで待て」
 行進の足を止め、俺と一緒に司令室へ入ろうとした。

 断る理由もないし、かと言って、いきなりでまずくないかとか、何から切り出そうか、とか、混乱したままの思考で司令室の中を覗くと、部屋の隅に肩を落とした田吾がいて、ハゲオヤジから小言をもらっていた。

「おまはんな。就業時間中に人形さんとママゴトとなんかしてる場合ちゃうやろ」
「んだば……。特にやることもなかったし……」
「せやかって学生やないんや。なんでもエエから探して仕事にせなあかんやろ。給料をもらう身ちゅうんはそういうことや」

「社長……。帰ったぜ。田吾、ミヤゲはねえからな」

 俺の声に生返事だけを返すスキンヘッド。
「んー。ごくろうはん。店の人が買うた物を配達に来ましたで、第二格納庫に積んであるから確認しときや……それより何や田吾、この写真。これも没収や。情けないでほんま。おまはんいっこも成長しとらんな。アカネのほうがはよ大人になるで、ほんま」

 ぶつくた言いながら、通信機器に貼られた写真を一枚づつはがしては、社長は溜め息を吐く。
 あまり人には見られたくない光景だな、と思う背後から猛烈な存在感を受けていた。
「あの……さ、社長。お客さんをお連れしたんだ……」
「あ~パーサーが首かしげてましたで、何で格納庫から入る……っ!」
 やっと俺を正面に捉え、背後にそびえ立つザグルに気付いた。

「うぬぁーっ!」
 息を飲んで黙り込むこと数十秒。微動だにせずに俺のバックを凝視。
「あのさ。社長……」
 やっぱ説明しないと先に進まないだろうな、と考え、
「この人はザリオン連邦連合軍のザグル大佐って言うんだ」

 社長はへんな息の吸い方をしつつ、
「ざひぉんれんほぉんぐ……。た……大佐?」
 そして、5歩は後退りしたな。腰が後ろのデッキに当たってそこで止まった。

「わ、わ、ワニや……」

「ワニではない! ザリオンだ!」

「しゃ、喋ったで……」

「当たり前だ。オレたちは高度な文明を築いておる。星間協議会の山猿と一緒にするな!」

「ひぃー食われる」

「ふんっ。誰が食うか! そんなマズそうな筋だらけの肉を」

「やっぱりここで引っかかってたかぁ」
 誰も会議室にやって来ないので、気になって戻って来た玲子が司令室の入口から顔を出した。

「艦長に挨拶でもと思ってな」とはザグル。
「社長への説明は裕輔にまかせるから。みんなは会議室へ来てくんない。案内するわ。ほら挨拶は後でいいわよ。とにかく来て」

 司令室の扉をかいくぐるようにして、ザグルは玲子に連れられて隣の会議室へと移動。その後ろを大勢のザリオン人の行進が再開。最もしんがりのスダルカ中佐が四足歩行する姿を見て、社長は三度目の呼吸停止。

「今のワニ。会議室に入れるんか?」
 丸い目を俺に曝した。

 さて、どこから説明しようか……。
 悩んだね。店に入ってからが適度か。
 それともザリオンと初めて会ったサンクリオの拉致事件から──これはやめておこう。この人もそろそろ年だし心臓に負担を掛けるのはまずいだろう。

「あのさ。店でヲタと出会ったんだ」
「おた……?」
「あー。その話やっぱやめ。横に置いといて」
 田吾の目の色が瞬間変わったのを見逃さなかった。どうせこいつのことだ、そのヲタは何を探していたとか、このあたりの流行は何かとか、詮索するに決まっている。

「とにかく。搭乗してきたザリオン人は、連邦軍の第一から第五までの艦長とその下級士官らなんだ」

「何でそんな人らが……ああっ!」
 途中で社長の考えがどこかに着地したようで、でかい声を張り上げた。

「またなんか失敗して連中を怒らしたんやろ! ほんで玲子が中に入ってムチャクチャにしたんで、損害賠償の請求にやって来たんか! ま、まさかこの銀龍を明け渡せとか……ひぃ」
 小さな悲鳴まで吐(は)いて社長は頭を抱えて丸まった。
 それだとカメじゃねえか。

 まあ。
 前半は正しく読んでいたが(よくあるパターンだからね)、後半から道が逸れたな。

 みるみる社長は茹でダコみたいになって。
「あかんでぇ。この銀龍はミッションの最中や。そんなことあかん! あかんあかん」
 勝手に想像は悪いほうへと転がり落ち、ブンブンと頭を振った。

「い、いや、あのさ。そんなひどい連中じゃないんだって……」
「せやけどワニや。前、ユイがゆうとったやないかい。ザリオンちゅうたら宇宙で一っちゃん喧嘩早くて凶暴なんや。危険やがな。それがなんやぎょうさん乗り込んできて……」
「ちょっと落ち着いて俺の話を聞いてくれって」

「な……なんやねん?」
 やっと一息入れたケチらハゲ。

「あの人たちは、ザリオン連邦の軍人で、」
「それはもう聞いた」
「連中は……全員が玲子の家来だ」

「あ? はぁ? へぇ?」
 おかしな言葉を連発したあと、しばらく黙り込んでから、
「何ちゅうた? 裕輔?」

「あのね。ザリオン艦隊の五人の幹部が玲子の家来、シモベとなったんだ」

「いつぅ?」
「今日……」

「なんでや?」
「いつもの未知のパワーで暴れたんだ」

「んっが!」
 またまた絶句。よくよく絶句が好きな人だ。あんな奴を秘書に雇うから気が休まらないんだ。お気の毒にな。

「おまはんがおって、止められへんかったんでっか? で、怪我人は?」
「本気になった玲子に俺の声なんか届くわけないだろ。それと……幸(さいわ)い連中はこの星域で最も頑強なボディの持ち主で、軽傷で済んだよ。それからシロタマが傷の手当てを済ませたし。問題は無い」

「ほぉ~か。よかったがな。一般人を巻き込んでたらエライことやで。慰謝料やら治療費やら請求されて……ふほぉ助かった」
 心配の矛先がどうしても銭勘定のほうへと逸れていくのは、この人がケチらハゲと呼ばれる由縁で、それは仕方が無いところだが、まだ説明しずらい部分が残っている。

「それで何しに来ましたんや? ザリオンの人らは……」
「連中もデバッガーを追ってんだ。そこで情報交換をしようということになって、ここに連れて来た」
 もっとも深部、ヴォルティ・ザガの意味と、連中を味方につけようと玲子が企んでいる部分は省いた。うまくタイミングを見計らってからでないと、瞬間湯沸かし器が沸騰すると手に負えなくなる。

「デバッガーが大型店舗ばかりを狙って襲ってるんでシュ。そこでザリオンはまだ襲われていないキングスネールが標的になるって踏んでるんだよ」
 いつからそこにいたのか、シロタマが浮かんでいた。

 社長はさっと逃げるようにして飛び離れると、シロタマを見上げて咎める。
「おまはん、真上に来るなゆうてますやろ。びっくりするんや!」

「アタマが目印になって近づきやすいでシュ」

「人のお頭(つむ)をヘリポートみたいにゆいなはんな。ほんま気分悪いデ」
 手のひらで天辺をぺしゃりと隠し、
「つまり協力関係になろうってわけやな?」
「まぁ、簡単に言えばそうだけど、半分は玲子の命令に従うんだ。なにしろヴォルティ・ザガだからな」
 まずは一つ目の情報だ。

「何でんねん。ぼるていって?」

「簡単に言えば従者。ご主人様さ」
「玲子が向こうの家来ってことはあり得んから、やっぱ連中をシモベにしたちゅうことやな」
「そう。連邦軍の幹部だぜ。それも艦長が従者になるんだから、その部下も必然的に従者になるよな。すげえぜ、五つの艦隊がバックに付いたって言うことなんだけど……。驚くのはそれだけじゃないんだ」

「な、なんや! 強迫しまんのか、裕輔」
 社長は目を丸く見開き、俺は半笑で応える。
「何で俺がそんなことするんだよー」
 とは一概に否定しにくい事情があるのは事実だ。

「あのさ。あの中にバジル長官っていうのが混じってんだ」
「長官?」
「うん。第二艦隊の艦長を兼任してるんだけど、本当は連邦連合軍艦隊司令長官なんだ」
「ぬわぁ──んと!」
「しかも。ザリオン最高評議会総裁候補なんだってさ」

「ん~がっ……」
 何度目の絶句だろうな。ご愁傷様。

 だが思いとどまった。飛び起きるような勢いで背筋を伸ばすと、
「あかん。断りなはれ。そんな関係ない人間を、」
 と言いておいてから言葉を途切り、
「あの人ら人間でっか?」
「種族は違うけど、高等生命体には違いない」
「ほな。無関係な高級ワニに手伝わすことはできひん!」
 ハンドバックの材質みたいなことを言って、貝のようにかぱっと口を閉じたが、炭火で焼かれたみたいに嫌でも開けることとなる。
「それがさ。ユイが言うには、あの連中は時間項らしいぜ」
「ん~~~な?」
 首をねじって向こうを向いていたスキンヘッドの顔が、ゆっくりとこちらに旋回。

 二度ほどパカパカと口を開け閉めし、
「連中も関係者、ちゅうんか?」
「そうなるよな。だから未来の話をしてもいいらしい」
「ほな……」
 社長は、酒が切れた依存症患者のごとく指先を震わせた。
「ま……まさか。玲子のヤツ……ザリオン人にミッションを手伝わそうと……」
 さも恐ろしげなものを見る目で、開け放たれた扉の向こうにある会議室の壁を凝視した。

 これで言うことはすべて吐露した。
「そ。そのまさか、さ」
 ひとまず話はこれで終結だ。安堵の吐息をしてから、念を押しておく。
「ユイが睨んでるから、時間規則に反することはしないと思うし。あんな連中がゾロゾロついて来たら、俺たちだってやりにくいだろう。たぶん緊急時だけ呼び寄せるような考えだぜ」

 ひとまずこの老体にこれ以上恐ろしいことにはならないと安心させる意味で、俺は事実を柔らかげに丸めて伝えたのだが、この説明でたぶん中(あた)らずといえども遠からずだろう。

 そうこうしていたら、会議室の準備ができたと玲子がやって来た。俺に状況をうかがうような目で見るので、
「だいたいは理解してもらったぜ」
「そう……」満足げな目をして、
「それでは社長。会議室へお願いします」

「え゛っ!」
 おかしな絶句のあと、ビブラートを混ぜた声で訴える社長。
「や……やっぱワシが顔を出さなあかんの?」
 尻込みするのは仕方がない。あれだけの化け物の前に曝されるんだ。生贄にでもなる気がしたんだろ。
 社長はコクコクとうなずく玲子に促されて、渋々立ち上がった。