【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 2月24日(金)

金利と幸福感


 ほどなくしてシロタマを前方に浮かべ、優衣が黒髪をかき上げつつ室内に入って来た。
「お呼びですか、社長さん?」
「おー。鍛錬中に悪いなぁ。実は相談があるんや。ちょっとこっち来て座ってくれまへんか」
 爽やかな風と共に黒髪をふありとなびかせ、まるでスローモーション映像のように俺の横を通過する優衣。

「うーむ。違和感が半端ないなぁ」
 短く刈り上げた自分の頭髪をガリガリ掻き毟る俺に、田吾が首をかしげる。
「なんで? この清潔感がいいダすよ」
「気付かんのか、お前は。ユイは今の今まで竹刀を振り回していたんだぞ」
「チタンの金属棒ダすよ」
「そんなことはどうでもいい」
 軽く咳払いをし、
「寸前まで力いっぱい運動していたんだ。普通なら汗を拭きとか、滴(したた)らしとか、肩で息をして、とかの状況だろ。見ろ、木陰で静かに読書してました、みたいな雰囲気が漂ってるだろ。あの涼しい顔はあり得んだろ。な。あいつらに鍛錬なんて無駄なんだ」
「んだな……」
 田吾も納得して大きくうなずいた。

 もひとつ腑に落ちんことがある。
 優衣は柔らかそうな黒髪を首の後ろで束ね、その先を背中へ降ろさず、左肩から前に垂らして清楚さを強調させていた。髪留めをときどき交換して小さなオシャレをするあたりや、束ねた髪を胸の前に垂らすあたりも、たぶん玲子の指導だろう。それが自然に似合うのが驚きだが、お前が握り締めた物体、それは何だ、と強く主張したい。読書をする少女はそんな物を絶対に持たない。

 社長も普通ではない違和感に顔をしかめ、チタン製の金属パイプを寄こせと手を出しながら、
「このあたりで、物資の補給ができる場所はおまへんか?」と尋ね。
 優衣は微笑みと一緒に金属パイプを差し出して答える。
「ここから2光年ほど先に『キングスネール』と呼ばれるショッピングモールがあります」
「ふんふん。キングスネールな……」
 気もそぞろに、受け取ったパイプの先端を凝視するハゲオヤジ。
「ぬあっ!」
 先から半分までの部分がへの字に曲がっていた。

 そいつは宇宙船の補強材だ。それが振っていて曲がるって、どんなパワーしてんだと言いたい。

 呆気にとられていた社長は気を取り直すと、曲がった部分を両手で持ってまっすぐに伸ばそうと力を加えた。だけど宇宙船の補強材さ。素手で曲がるはずがない。そこで体重をかけて曲げる作戦に変更。

 椅子から立ち上がり先端を床に当てて、ウンウンと体重で圧すものの、びくともしなかった。
 あきらめたのか、真っ赤になった顔をもたげて金属棒を優衣に突っ返し、優衣はハゲオヤジの前でそれを軽々と伸ばして見せた。

「うぬぁぁ」
 社長は再度仰天して、優衣からそれを奪い取った。

「さっきからなにしてっすか、社長?」
 さずがに我慢できず、声をかけてしまった。

 社長は床でパイプをコンと打ち鳴らして、響く音から硬質な金属であることを再確認。ほふ、と変な吐息をして、パイプを機長に預けた。
「前にもろたピクセレートやったかな? あれで買い物しよかと思ってますんやけど、かまへんかな?」
 機長もパイプを受け取ったものの手に持て余し、床に置いたり、立て掛けたり、さんざん迷った挙句、膝に置いて二人の会話に耳を傾け、優衣はニコニコ。
「どうぞご自由にお使いください。この宇宙域ならどこでも通用します。それとピクセレートは通貨ではありませんので、買い物をしても相手に渡さないでください。見せるだけで結構です」

「ほぉでっかー」
 満足げな吐息をして ケチらハゲは司令室にある茶箪笥(ちゃだんす)の前へ移動した。

 茶箪笥……食器棚だな。
 宇宙船の司令室に冷蔵庫や茶箪笥を置くって、こんな生活臭の漂う船があってもいいのか?
 ま。それをうまく利用しているのは茜なんだ。変なアンドロイドだろ。

「ほんなら……」
 社長は茶箪笥からピクセレートを取り出して振り返り、
「クレジットカードみたいなものでっか?」

「クレジット?」

「ようするに、これを見せれば何でも手に入るちゅうコトやろ?」
 何を疑問に思うのか、優衣の思いとは食い違っているようで、
「代金を払わな店の人は損するやろ。誰が払うの?」
 案に違わず、ケチらハゲが心配しそうなことを言うが、優衣の説明で大いに安堵する。
「それは管理者が支払います。社長さんは気にすることはありません」

「ほぉーかぁ。ほんなら安心して使わせてもらいまっせ」
 満面の笑みを浮かべる社長。今さらながら感心する。解かりやすい性格をしておられる。

「せやけど。こんなもん、偽物が出回ったりしまへんのか。ただのガラスの棒でっせ」
 優衣は社長の手のひらからピクセレートを摘むと、照明の光を通過させて虹色の光彩を回転させて見せた。

「ピクセレートから出る光波長は特殊なんです。その光波長の光度が脳内の特別な部分に作用して、商品を販売したと言う記憶が焼き付きます。それが証しとなって、後で議会から支払われる仕組みです。そのような特殊なシステムを作ることができるのは、管理者の一部の上級機関だけです」

「ほなやっぱりクレジットカードと同じなんや」

 訝しげに優衣の手の中に転がる虹色のガラス棒を見つめ。
「金利は年なんぼや?」

 おいおい。俗っぽい話になってきたぜ。

 くいっと社長はスキンヘッドを俺へともたげ、
「アホ、金利によってカード会社は儲けとんや。使う側は低いほうが得やろ。当たり前の話や」
「夢も希望もねえこと言うなよ」
 社長はフンと鼻を鳴らし、
「この棒切れの年利は何ぼなん?」
 ところが優衣はケチらハゲに信じられないことを言った。

「カードのように代金後払いになりますが、カード会社が立て替えるわけではありません。立て替えるのはお店側です」
「アホな。貸し売りでっか? 逃げられたらどないしまんねん」
 やだやだ。どんどん世知辛いほうへ転がって行くじゃねえか。

 でも優衣はニコニコしたまま。
「管理者は逃げたりしませんよ」
「販売した記憶は残ったとしても、商売する側としては、何や納得いかんやろ。心臓に悪いでそりゃ」
 あんたなら三日で心肺停止するだろうな。

「販売記録が脳に蓄積される時に、特殊な光が脳細胞を刺激して幸福感を放出するのです」

「幸福感?」

「はい。脳に販売実績が記憶される時に発生します。貸し売りに対する不安感を払拭する仕組みです」
「ウソやろ……」
 案の定、社長は目を剥いた。
「ワシやったら、その分を金利にして、代金に上乗せしまっけどな」
 するだろね、あんたなら。

「こういう説明はどうでしょう……」
 ついと白い顔を上げる優衣。
「この宇宙域では管理者は神格化していてほとんど神様扱いです。その神様が使用していた装飾品が、それも本物ですよ。それを目の当たりするだけでなく、触れることもできるのですよ。どうなさいますか?」

「そりゃあ。神様の持ち物や。金を払ろてでも触ってみたいわな」

「それとほぼ同じです。見て触れば、神様の光りが幸福感をもたらしてくれるのです。それも貸し売りをする恩賞としてです」
「幸福感で我慢させるって、その上から目線が気に入らんよな。新手の心霊商法みたいだぜ」
 管理者に対するイメージが歪んだモノしか伝わってこないので、俺はどうしても敵視してしまう。

「ほなサンクリオのホテルで、ぎょうさんの人が集まったのは、そういうことでっか?」
「触れないと幸福感は得られませんから、見ただけでは何も恩恵を受けません。でも巷(ちまた)では見たら金持ちになる、という噂が流れていますので、それで群がって来たのだと思います」

「なるほどなー。金儲けの行きつく先は幸福感か。そう言えばワシも同(おんな)じかもしれん。札束見とったらなんやこう。幸せや……」

 マジで社長は恍惚とした目をして俺を驚かせた。
「…………」

「げほんっ!」
 はたから見つめられていることに気付き、咳払いと共に背筋を伸ばす社長。

「ほんまやな。なんや解る気がしてきましたデ」
 俺はちーとも解らない。

「幸せを誘う光り……でっか」
 何度も首を捻り、ピクセレートを凝視するが、
「なーんも感じまへんな」
 優衣は苦笑い的なものを浮かべ、
「たぶん価値観の違いじゃないでしょうか」
 優衣はやんわりと逸らしたのに、さっきから黙っていたシロタマの報告モードが冷やっこく言った。

『光の意味を理解できる人種は星間協議会に加入資格がある人種となります』

「ほな、なーんも解からへん人種は?」
「しゃる(猿)か田舎者だということだよ」
 むっとした表情でシロタマを睨み、
「同じ穴のムジナのくせに、えらそうに言いなはんな」

『ムジナ……。イヌ科の小動物、アナグマ、タヌキ……』
 とつぶやいたあと、
「シロタマはタヌキじゃないヨ」
「ワシらを猿っちゅうやんたら、おまはんはタヌキや」
「動物じゃないもの」
「ほな、おまはんには幸福感が理解できるんでっか」
「できないヨ。だからピクセレート見ても何も感じない」
「ほれみてみぃ。タヌキやないか。どや? タヌキと認めなはれ」

『シロタマは対ヒューマノイドインターフェースです。イヌ科の小動物と比喩される意味が理解できません』

「あー。もうええ。時間の無駄や。こっちはピクセレートが理解できまへんワ」
 まだ何か言おうとしていたシロタマをぷいと背に隠し、社長は煌めくピクセレートを手の内で雑に転がしつつ、まだ納得いかないふうに顔を歪めている。

「あの? まだ何か?」

 小首を傾けて訊く優衣に、
「幸せ感うんぬんはよう解りましたワ。おまはんの言うとおり価値観の問題や。それはそれでもうエエ。納得したんやけどな……」
 なんだか不穏な感じのケチらハゲ。

「サンクリオの支配人はこれを見ただけで触ってまへんで? せやのに宿泊費の請求もけぇへんかったのはどういうことや?」

(つまらんことを思い出しやがって……)

 俺は腹の中で舌を打つ。
 宿泊費はジャックポットを出した賞金で支払った、なんてこと口が裂けても言えないのだ。

 優衣が何か言おうとして口を開く。
「あの……。あれは……」
 俺は咳払いをしてそれを喰い止めようとし、彼女はそれに気づいたが、苦しげに言葉を濁し続け、
「えっと。あの。たぶん……」
「あー。それね」
 優衣はごまかすと言う行為が超苦手だったことをマッハの速度で思い出し、咄嗟に代わった。

「えーっとさ。あ、きっとホテルの支配人は見ただけで脳に価値が貯まると思ったんだよ」
 喉の奥から心臓が飛び出すほどの慌て振りの俺だった。急変した心拍数を感知したのか、シロタマが天井から急降下。
「……………………………」
 何か言いたそうな素振りで、俺の鼻先をプヨプヨ。

「バカヤロ。あっち行け、タマ」

 鼻息を吹かして追い払おうとしたが、奴は断固として動かなかった。
 社長は睨み合いを続ける俺たちを胡乱な視線で見ていたが、ひとまず納得。
「……なら、あのホテルは損をしたわけでっか」
 ふーんとひとうなずきして、
「そしたら……ほんまに、ワシには支払い義務が回ってけぇへんのやな?」

 しつけーなぁ、ほんとに……。
 ケチらハゲにとって、支払いという言葉が生死を分けるほどの最重要案件なのはよく分かるが、さすがに優衣も呆れ気味だ。

「大丈夫ですよ、社長さん。ワタシたちはここ周辺の星域を抹消から救うという、とてつもない責務を負わされているのです。管理者がその必要経費を肩代わりして当然でしょ? お金の請求は絶対にありませんから安心してください」

「せやな。ワシらボランティアやもんな。必要経費ぐらいは支給してもらって当然や。カソードの棒切れが、なんぼのもんやっ、ちゅうねん」
 さらに勢いを増して、天下でも盗ったような声で息巻いた。
「この際や、2本ぐらい買ぉたろか! 他人(ひと)の金で……」

 この人がしゃしゃり出てくると必ず貧乏臭さくなる。でもここはチャンスだぜ。
 高揚して赤くなった茹でタコオヤジを横目ですがめながら、急いで優衣に耳打ちをする。
 ごにょごにょごにょ、と。

「社長さん。ついでにプラズマフォトンレーザのエネルギーユニットも購入しましょうよ」
 俺の提案に優衣もうなずき、伝えたセリフを一字一句間違うことなく告げて、社長をそそのかした。

「そうやな。まだアレの本当の威力を見てないもんな」

 フォトンレーザーは銀龍のパワーだけでは真の威力を発揮できるものではなく、また以前プロトタイプに向けて発射しようとした経緯もあるのだが、撃った途端、銀龍のパワーコンジットが破壊されるという妨害もされて一度も陽の目を見ていない。

「あれが使えればデバッガーとの戦いが、ぐんと有利になるぜ社長。いいチャンスだし買うべきだ。管理者の金だしよ。ほら『タダ』だし」
「うははは。ほんまやなぁ。買いまひょか。うんうん、そりゃエエわ」

『レイチウムを使用したパワーエンクロージャーはハイパワーで充電効率も高く、購入することを強く推奨します』
 シロタマの押しもあり、買い物の話は大いに盛り上がってきた。

 そこへ──。

「お茶にしますかー?」
 いくら待っても優衣が帰って来ないので、玲子と茜が司令室に戻って来た。そして痺れを切らした茜がお茶入りのポリエチレンテレフタラート。あー。通称ペットボトルを配り始めた。

「アカネ。野菜栽培で欲しい物のリストと、それ以外でも欲しい物があれば言いなはれや、何でも買(こ)うたるでぇ」
 絶好調の機嫌の良さには、気持ち悪いモノがある。

(今だけのチャンスだぜ、アカネ)
 俺の口の動きを察して、茜が動く。勘の良い子だ。
「あ、はーい、そーですねー」
 淡い赤色の唇を小さな三角形にし、そこへ人差し指を当てて思案することしばし。
 ぱっと花が咲いたように顔をほころばした。

「あー。わたしは新しいお茶の葉っぱが欲しいです。それと布巾(ふきん)も」

「あががが……」
 田吾とそろって肩透かしをくらい、ひっ転んだ。
 力が抜けるなぁ。アカネー。

「なんちゅう所帯じみたアンドロイドだ! もっと宇宙規模なことを言えよ。管理者の金なんだからよー」
「だってぇ、ギャレーの布巾がもう破れてきているんですよ」
 貧乏くせぇ宇宙船だなぁ。ここは。
 宇宙を救う戦士が台所仕事って──頭痛い。

 それでも笑って茜の要望にうなずく社長の脇へ、
「きゅりぃ?」
 丸い頭に黒い目が二つ。卵形したのっぺりボディのロボットが、太く短い脚の底に付いたタイヤを転がして近寄り、スキンヘッドへ震わせた瞳を向けた。

「ミカンか……おまはんは何もいらんやろ」
「きゅーぅぃ」
 物足りなさそうな声で鳴いた。

「まぁこいつにもミニパワーパックか、可愛いアクセサリーでも買ってきてやろう。いいだろ社長。管理者の金だし」
「何でも買おたらエエがな」
 うはは。雲の上に乗っちゃったよ、このオッサン。

 社長はミカンの頭をひと撫でして、玲子の横顔にも尋ねる。
「おまはんは欲しい物おまへんのか?」
「そうですね。新しい……。もっと硬い金属を使った模造刀が欲しいかな。この子たちにはチタンではやわらかすぎて」
「お前らが使うと模造刀とは言えなくなるし」
「だって銀龍のだとすぐ曲がったり折れたりするんだもん」
「マジかよ……」

「買(こ)うたる、買(こ)うたる。宇宙でいちゃん硬いヤツやがええんやろ?」

「実はオラも欲しいモノがあるダよ。いいダか?」
 ちゃっかり便乗しようとする田吾。

「おまはんもかいな。何がほしいんや?」
「オラは……この子の着替えが欲しいダ」
 無線機の頭にちょこんと乗ったフィギュアを指差した。

「アホか!! 自分で買いなはれっ!」
 バカ田吾。叱られて当たり前だろ。

 結局、宇宙規模の要求をしたのはシロタマと機長だけであった。

「なんなんだ、こいつら………」