【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 2月16日(木)

七色の声


「アカネー。メンテナンス情報の変更って何だよ? 後じゃいけないのかぁ?」
 玲子たちの部屋の前に着いた俺は、締め切られたドアに向かって声をかけた。

「コマンダー、お一人ですかぁ?」
「どういう意味だ?」
 ドアの内側から首をかしげそうな茜の応対があった。

「一人に決まってんだろ。みんな忙しいんだ。俺もすぐに戻らなきゃいかんから手短にしてくれよ」
 会話の途中で扉が開いたので、俺はそう告げながら部屋の中に足を踏み入れた。

「で? メンテナンス情報の変更って……うぐぁっ!」
 それは本当に瞬間だった。電撃みたいなショックが背骨から脳髄を走り抜け、あらゆる感覚が瞬時に消えて、俺はそのまま床に落ちた。そう、落ちただ。倒れたなんて生やさしいものではない。簡単に言うと、撮影していたビデオカメラを床に落とした映像を見たと思ってくれ。まるでそれだった。

 だいぶ経って状況が把握できた。意識以外は視覚と聴覚だけが健在で、あとは何も感じない。痛みも触覚も、それから温度も臭いも。すべてが消え去っていた。何も感じないので手足の存在すら無い。

(どうしたんだろ?)
 かろうじて機能を残した視線だけは少し動かせる。そこは紛れもなく玲子たちの部屋で、床から真横に見る視界の中に二段ベッドがあり、その下の段には、茜たちが読み散らかした本が乱雑に積み上げてあるのが見える。その前に赤黒い二本の物体が突っ立っていた。

 よく観察すると赤と黒のベタ塗りではなく、それは一面に広がった赤と黒のまだら模様で、まるで生き物みたい不気味に蠢(うごめ)く物だった。
 赤い色は真紅から朱に変わり、黒みを帯びた赤に輝度が落ちると、黒褐色へと滲み込むように暗くなり消えるが、続いてまた別の場所から真紅の模様が浮き出す。その動きはまるで沸々と湧き出す真っ赤に燃えた溶岩を見るようだ。

(生き物の脚だ)
 目の前をくるぶしに似た関節が通ったのでそう連想した。人間とは思えない肌の色をしているが、その動きは二足歩行する生命体に違いない。

(こいつが、社長の言っていた謎の侵入者だ)
 直感でしかないが、そう思った。

(くそっ。この角度からでは脚の上部がよく見えない)
 何としてでもどんな奴か見届けたいのだが、体がまったく動かせない。両手足の感覚が皆無だった。

(どうしたんだろ。なぜ目だけは動くんだ?)

 突然、視野が天井を向いた。

(なっ!)

 赤黒い足の付け根から上に広がる白いウエアに包まれたスタイリッシュな姿。

(カエデっ!!)

 叫んでみたが声にならない。声帯がまったく無反応だった。意識はこんなにも鮮明なのに。
(うぁぉ)
 ブーツの底が近づき、同時に視野が揺れ動く。
 奴は俺の頭を足の裏で転がして向きを変えていた。

(その肌は何なんだ?)
 ガイノイドスーツからむき出しになった部分、膝から太腿、肩から手の先、そして首から顔面、銀髪で覆われた額まで、すべてが赤と黒の斑点模様に変化していた。
 疑問が膨らむ視界の中で、とんでもない物を発見した。楓が握る物体。
(ま……麻痺(まひ)銃だ!)
 そう。電線の絡まったステッキ状の物。第二格納庫に置いてあったシロタマの麻痺銃だ。

 不思議と意識は澄み渡っているので、何が起きたのかを悟るのは容易(たやす)かった。カエデが麻痺銃で俺を撃ったのだ。
 シロタマに言われて実験台にしやがったのか?
 いや違う、そんな甘い状況でないことだけは、楓の次の言葉で分かった。

「それにしても思ったとおり素晴らしい物でしたわね……これは色々使い道がありそうですわ」
 手に持った銃の先端を覗いてそう言った。
 独り言ではなく、俺に語るかのように告げるのは、こっちの意識が鮮明なのを把握してやがるのだ。

「シロタマさんの研究室で、ハードウエアは不得意だと申しあげたのは真っ赤なウソ。ひと目見てこれが何をするものか、操作方法まで理解しましたのよ。私はすべての分野において優秀ですから甘く見ないで頂きたいもんです」

(この大ダヌキ野郎!)
 声は出ないが、叫ばずにはいられなかった。
 だが──。
 しばらくして、ふと冷静になって考えた。

 こいつは何が目的でこんなことをしたのだろう。
 優衣がこちらに居ないあいだに、銀龍を乗っ取るつもりか?
 それはない。管理者の船から見れば何世代も過去のものだ。目新しいものは何も無い。

 シロタマか?
 かなり熱烈な誘いをしていたからな。
 シロタマを連れてどこかへ行く?
 どこへ?
 これはあまりに非現実的だ。何が目的なのか理由が思いつかん。
 どちらにしても、こいつは平気でウソを吐く、とんでもない奴だということだ。

(くそっ!)
 この事実を早く社長たちに知らせないと……。
 気は焦るが、身体の自由がまるできかないのが歯痒い。

「いかがですか、ご気分は? 聴覚と視覚野の部分だけは麻痺を免れるようにしてあります。感謝なさい」

 ユラユラと光景が動いた。たぶん俺の体を揺すったのだろうが、何の感触も伝わってこなかった。ただ視界だけが揺れ動いていた。
 痛みも痒みも無く、麻痺させる部分を自由に選べる麻痺銃。よくよく迷惑なものをシロタマは作ったもんだ。

 楓は不気味な笑みを浮かべて立ち上がると、赤と黒の斑点を蠕動(ぜんどう)させながら俺に背を見せた。

(あーっ!)
 向いた先に茜が立っていた。だが様子がひどくおかしい。瞼は開いているが視線の行く先が不明だ。

(アカネどうしたんだ!)
 もちろん俺の声が伝わることはないが、
「あなたの可愛いアカネが止まっちゃったのよね」
 友人口調に変化させたのは、俺に状況説明をしようとのことか?

「あたしもちょっと無茶したのはあきらかなんだけどさ。まさかホールト(HALT)するとはね。この子弱いね」
(ホールト?)

 もしかしてHALTか。茜を止めたってそういう意味か。CPUを停止させやがったんだ。俺を麻痺させ、茜をも止めた。こいつ何を考えてやがる。

「怒ったのコマンダー? だめよ。そんな怖い顔してもあなたは口も利けないし、手も足も出ないからね」
 俺が浮かべた怒りの表情が読めるということは、顔の筋肉は動くようだ。

「さて、もう一度試してみようね」
 独白めいた口調で、楓はそう囁いた。

(何を試そうってんだ?)

 焦点の定まらない目をした茜の肩に手を乗せた楓は、白く健康的な肌の色にさっと戻し、信じられないセリフを吐いた。

『承認コード7730、ユウスケ3321』

(なんでっ!)

 それは俺の声だった。寸分の違いもなく俺の声をひねり出していた。しかも承認コードを知るのは俺と玲子だけなのに、なぜそれを?
 調子に乗せられて、茜が教えたのか?

 だがシステムボイスは聞き分けていた。
『声紋パターンに4パーセントの誤差を含んでます。承認できません』

 管理者の優れた音声認識アルゴリズムに救われた気がする。

「まだ真似できないみたいね。人間は簡単に騙せるのにシステムには難しいのよねー。コマンダーさん」
 片目をつむって見せてから、楓は床からシロタマの麻痺銃を持ち上げると、手元で何か操作してから先端を俺の顔に向けた。
「口だけ解放してあげるから、なんか喋ってよ」
 軽いショックと閃光が俺の視界を広がり、喉辺りから透き通った何かが貫けて消えた。

「カエデ! お前、何しやがる!」
 思っていた通りの声が出た。しかしほっとする間(ま)は無い。

『カエデ! お前、何しやがる……』

 楓は自分の白い首の真ん中辺りを摩りながら、
「ん~。イマイチね。あー、あー。もう3分の1セントほどキーを上げたほうがいいかな?」

『カエデ! お前、何しやがる!』
 俺には違いが分からないが、確かにその声は俺だ。

「それにしても……」
 視界の前でしゃがみ込んだ楓は、妖艶な笑みを浮かべて俺を覗き込んだ。
「シロタマさんのおかげで命拾いしましたわね。あなたなんか、あのままデブリになればよかったのです。ほほほほ。ゴミにふさわしい最期を迎えることができましたのに、まことに残念ですわ」

(まさか……)

 背筋がゾワッと粟立った。
 それはずっと頭の隅で否定し続けていた事案が、真実と共に恐怖に変わった瞬間だった。デバッガーでも謎の侵入者でもない。玲子の言うとおりだ。
 パーサーを転送室から追い出して転送機を破壊し、ついでに全員を第一格納庫に呼び出して閉じ込めたのだ。それからシロタマが拵えたシステムの裏をかいたのも、こいつなんだ!

 またもや管理者はこんな狂ったアンドロイドを作っちまったのか?
 ネブラのプロトタイプで懲りたんじゃないのか?
 そう思うほどに、満たしていた恐怖が自分の甘い考えに対する怒りへと変化していく。
(ちくしょう! 少しでもカエデに肩を持った俺がバカだった)

「なんでそんなに見つめるの? そっかあたしの声に惚れたのね。だめよ」
「アカネに何をした!」
「何もしてないわよー」
 口調はあくまでも軽く、そして笑みを絶やさない。

「何も、じゃねえだろ。どう見たってアカネは停止してっぞ!」
「そうよ。勝手にホールトしちゃったんだもの」
「だもの、じゃねえ。俺は『何をしたんだ』と訊いている!」

「あたしさぁ。クオリアポッドが欲しぃの」
 それはまるで恋人に何かをねだるかのようだった。

「奪ったのか!」
 俺はさっきから叫び続けていた。

「それを阻止するためにシステムがプロテクトモードに入ったんじゃない。だから困ってるんでしょ」

 薄皮一枚残した気分で、まずはほっとする。外敵から身を守る茜の防衛処置が働いたようだ。

「そんな物のために俺たちを殺そうとしたのか。いや俺たちを殺してまでもそんな物が欲しいのか?」
「あなたたちの命なんかどうでもいいわ」
 冷徹な言葉に憤りを感じた。
「アカネに手を出すとしょうちしないからな!」

「……あれ? いやに真剣ね」

 楓は膝でにじり寄り、どきりとするような愛らしい顔を近づけて来た。
「あなた、アカネのこと好きでしょ」
 わずかだが頭が熱くなった。全身が麻痺したままなので、何かを感じると言えばそれぐらいしかない。

「アンドロイド相手に恋愛感情は湧かねえ」
「うそ。好きなくせに」
「幼児レベルの会話をする気は無いんだ。すぐに俺の麻痺を解(と)け。今ならやり過ぎの冗談として処理してやる」
「馬鹿にしないでよ。少なくともあたしは、ライクとラブの区別がつくアンドロイドなのよ」
 こいつは俺の話を聞いていないのか。

「あ、わかった。あの黒髪のメスが好きなのね」

 ぐいっと澄んだ瞳で俺の顔を覗き込み、
「ね、ライク? それともラブ?」
 鼓動が跳ね上がった。麻痺して何の感覚もない体なのに血圧が上がり、血管を圧(お)し膨らましてきた。

 それを感じ取ったのか、胸元で手のひらを合わせた楓は俺の前で面白そうに跳ねてみせた。
「きゃは。赤くなってる。ラブなのね」
「うるせえ! 愛だの恋だの理解できないクセに、生命体の真似をするんじゃねえ。お前のは偽物だ。そういうのは物真似って言うんだ」

 いきなり仁王立ちする楓。ぬんと俺の前でそびえ立った。
「あたしは『好き』も『愛する』も理解しているし、『嫌う』『妬(ねた)む』『蔑(さげす)む』すべての感情を理解した上で言ってあげてるのよ!」

 細い指をピンと反らし、その先で茜を示す。
「生意気にあんなのを持ってさ。それで人間と恋愛感情を持たれても困るしね」
「あんなの?」
「クオリアポッドのことよ! あたしは宇宙で唯一すべての感情が理解できるアンドロイドなのよ。優秀な者はあたし一人だけでいい。クオリアポッドを装着してもいいのは……このあたしだけなの。だってほら神様は一人だけでいいでしょ。じゃまするものはすべて排除して、宇宙の神となってあなたたちの前に現れてあげるわ。崇(あが)めなさい」

 こいつ狂ってるぜ──。
 楓を強く見上げた。今の俺には睨むことしかできない。
 白く細い脚がつま先から色彩に変化が起き、不気味に蠢く赤と黒の斑点を全身に広がらせると、楓は今までに無い尊大な口調に変化させた。
 それはまるで魔王と呼ぶにふさわしいかもしれない重々しい声色でこう言った。
「あらゆる感情を理解した我は、情感そのものに意味は無い物と判断したのだ。無益なものを垂れ流す生命体こそが宇宙を濁(にご)らす灰汁(アク)のようなもの。醜いものは我の前から排除する。抵抗は意味をなさない」

 圧力をともなった音波に近い極低音の声は、玲子の部屋に飾ってあった絵画の額縁をビリビリと響かせて揺らすほどだった。

 麻痺していた分、俺は強気だった。背筋が寒くなる気分を奮い起こして言い張ってやる。
「お前のその七変化(ななへんげ)は何だよ。赤黒くてでっかい転々がいっぱい出てんぜ。それって故障じゃないのか?」

 楓は高速に肌の色を七色に変化させて見せ、最終的に赤と黒でまだらになった顔を俺に近寄らせ、
「あたしたちは肌の色を自由に変えられるの、知ってるでしょ?」
 それは知っている。どのような生命体にも対応するために、肌の色は自由になると茜も言っていた。一度社長の前でピンク色に変えようとして慌てて止められたところを目撃したことがある。

「カエデ。一つ忠告してやるよ」
「何よ?」
「その色遣(いろづか)いは趣味悪いぜ」
 楓は小ばかにしたように鼻から息を抜くと、くるりと翻った。薄気味悪い首の後ろを見せ、人形と化している茜と対面する。

「アカネちゃん。少しお話ししましようか?」
 とつぶやき、深く息を吸う仕草を見せた後、身震いするような完璧な声で命じた。そう俺の声さ。

『承認コード7730、ユウスケ3321』

『承認コードが受理されました。コマンドを述べてください』

 茜は突っ立ったままだが、口とは異なる場所からシステムボイスが尋ねる。

 楓の小さな口から放たれる声──。
『アカネー。ホールトを解いてくれよー』
 抑揚から声色まで完璧に俺だった。

『ホールト解除は最上級のプライオリティ承認が必要です。コマンダー登録時に当ガイノイドとタッチ認証を行った部位を触れてください。登録された場所とDNAの比較検証を行います。3回間違えますとそれ以降、24時間コマンド変更が無効となりますのでご注意ください』

 憎々しげに楓は俺へと振り返り、
『めんどくさいことになっちゃったなぁ。ね。裕輔、どこ触ったのさ?』
 今度は玲子だった。完璧な玲子の声音とイントネーションだ。だが赤と黒の魔物に化けた楓は、トーンを反転させて俺に向かって凄んだ。

「教えなければ、この声の主から処刑する」
 重低音の声が、再び壁の絵をカタカタと揺らした。

「絶対に教えねえ。それから言っとくがな。玲子は簡単に処刑できねえからな」
「おバカさんね。この世に死なない生命体はいないのよ。あははは」
 さっと桜色の頬に戻し、楓は朗らかに笑いあげた後、またもや目を吊り上げた。

「なんなら、この船ごと消滅してやろうか!」
「くっ!」
 物凄まじいまでの形相で俺を睨みつけやがった。それは茜と同じ面立ちだとはとても思えないおぞましい魔物の顔で、体は麻痺してピクリとも動かないのに、意識の中を戦慄が駆け巡ぐり、心の奥底から肝が冷えていった。