【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 2月12日(日)

疑惑の少女


「え──っ?」
 とんでもない事実を暴露されて、俺たちは仰け反りそうになった。
 だが少女は平然と言い返す。
「事故で死んじゃいましたけどね」
「ウソだろっ!」
 でかい声を出してしまい、社長に睨まれて首をすくめるものの、簡単には納得いかん。
 W3CやFシリーズを拵えたスン博士がこの船に乗っていた。しかも事故で亡くなっただと?

「コマンダーのくせに、アンドロイドは悪意のあるウソが吐けないことぐらいご存じないのですか!」
 冷たい視線を散々俺に浴びせたあと、Gシリーズは心情を反転、なんと笑って付け足した。

「でもさ、人間なんて簡単に死ぬのねー。あはは」

 心臓がどくりと脈を打ち、背筋が凍り付いた。虫けらのように言いのけるその態度は尋常ではない。

「ちょ、ちょっと待ちぃな。ほんまかいや。この船にスン博士が乗ってたんでっか?」
「何度も繰り返さないで。アンドロイドは偽りの定義すらできないのです。それともまさか私がウソ吐きだとでも?」
「いやすんまへん。ただ吃驚(びっくり)しただけや。ほんで他の乗組員さんは? スタッフとかおりまへんのか?」

 ガイノイドは、「ワタシの言葉は常に真実を語るのです」と念を押してから、
「この船にはスン博士しか乗っておりません。何度も言います。博士は単独で私を母国へ連れ帰る途中で死亡したのです」

「そんなこと、」
 無いだろ、と出かけた俺の発言を社長が袖を引いて寸断させた。

「それはお気の毒なことをしましたな。ご冥福をお祈り申し上げます」
 黙れと制した社長の胸中に気づき、俺の鼓動がさらにヒートアップする。
 そういうことだ。今このガイノイドは嘘を吐いた。優衣の説明では3名のスタッフと共にGシリーズは行方不明になったと語っていた。3名の中にスン博士が入っていたのなら、それは衝撃的な事件として歴史に残るはずだ。こいつは事実を抹消し、何かを包み隠そうとしている。それだけは確実に言い切れる。

 ガイノイドは感情の無い白い顔で、なおも言い続ける。
「生命体って死んだらおしまいなのね、あんな小さなポンプが一つ止まるだけで機能停止するのよ。考えられないぐらい陳腐な器官に命を託すだなんて、笑っちゃうわ」

 凍てつきそうな冷然とした言い回しに、俺はひどい嫌悪感に苛まれた。彼女は何を言おうとしているのか、まるで命の尊さを学習していない幼児以下だとしか思えない。

 だがすぐにその口調を緩めるガイノイド。
「それよりさ。あなたたちって名前で呼び合ってるじゃない。ユイとかアカネとか。コピーされたシステムなのに、なぜなの?」

「それはワシらの提案なんですワ。何しろほれ、よう似てますやろ。まるで双子みたいにな。しかもどちらも同じF877Aや。名前を付けたくなるのは当然でっしゃろ」

 屈託の無い可憐な顔が瞬時に歪む。
「無駄なことを……」
 激しく変化する情動にも平然と対処する社長。
「ふはは。そうでんな。無駄かも知れまへんな」
 普段の瞬間湯沸かし器の面影がまるで無い。Gシリーズの胸中を探ろうとしているのか、熱くなることも無く、冷静に言葉を選ぶ社長に驚嘆させられる。

「せやけど。名前を付けるだけで、個性が生まれまんねんデ」
「そうおっしゃられますと、少し嫉妬しますね」
「せやろ?」
 Gシリーズは小さくうなずき、
「アンドロイドにとって、ネームプロパティが埋まるのは一種のステータスです。世間に認められたと、実感するものですわ」
「ほな。おまはんにも何か授けましょか?」

 Gシリーズのガイノイドは、さっと表情を明らめた。

「ほんと? ぜひお願いします、ゲイツさん」
 二段階ほどトーンが上がった。

「お安いこっちゃ……ほな。楓(カエデ)でどーでっか?」
「は?」
 玲子と同時に社長を左右から見つめた。
 優衣に茜に、次は楓。簡単に決めちゃうけど、どこから引っ張り出してくるんだろ。

「カ、エ、デ……」
 何度か口の中で繰り返すと、
「うれしい。ほんとうに生まれ変わった気分になるわね」
 ここへ来て、初めて見せる明るい笑顔だった。

 今度は異様に高いテンションに変貌したGシリーズ。楓と言う名前を即行で承諾し、
「ねぇねぇ、ユイ! 今日からあたしをカエデって呼んでね」
「あ、はい」

「──でさ。話の続きだけどさぁ……。なんでゲイツさんと一緒にあの子といるワケ? なんかの調査をしてるの?」
「なにも……ワタシは探偵でも警察でもありませんよ」
「そんなの解ってるわよ。でも理由があるんでしょ?」

「社長さん……いえ、ゲイツさんを管理者の星域へご招待する、そのガイドとしてご一緒しているだけです」
 優衣は上手くはぐらかしていると思う。ネブラ破壊のミッション部分を抜き去れば似たようなものだ。いずれ管理者の下へ報告に向かうと言っていた。

「そっかぁ。向こうへ行けばゲイツさんは英雄ですものね。そのな方のお供をするなんて光栄なことだわ」
 とか言っている端から、
「ふん。できそこないの分際で……そんな大役を任せられるなんて。うまく未来人に取り入ったのね。キネマティクス(運動分析)コントローラや、エモーションチップもアップグレードしてもらったんでしょ……クヤシイ」
 明るい声がまたまた奈落の底に落ちたかのような暗く陰湿な口調に変わり、途中から剣呑な視線に変化させる楓。いま剥き出しにした感情は、まさに嫉妬だ。

 良し悪しは別として、情感豊かな感情の変化に俺は舌を巻いた。ジェラシーを浮かべたアンドロイドなどというものを初めて目の当たりにしたからだ。
 ひとことで言って、完璧だとしか言えない。
 管理者の技術力は人工生命体の精神構造をここまで突き詰めたのだ。

 だが優衣は悠然とした態度を崩さず、おとなしく楓の問いに答える。
「ワタシはFシリーズのコピーですよ」
「ウソおっしゃい! そんなはずありません。その滑らかな会話能力、どうやって手に入れたのよ!」
「アナタのほうが感情のこもる楽しい会話をしていますよ。Gシリーズは大成功ですね」
 カエデはつんと鼻を尖らせ、
「当然でしょ。わたくしは選ばれしGシリーズなんです!」
「おめでとうございます……」

 楓は嫉妬と怒りが混ざった複雑な感情を爆発させ、優衣はやんわりと受け、そこへとシロタマが不快な空気を払拭するかのように、気安く会話に溶け込んで俺を驚かせた。
「ねえ、カエデぇ。Gシリーズのエモーションチップはこれまでのとはぢぇんぢぇん違って、見たこともないタイプでシね」
 いつもは人の揚げ足を取って会話をぶち壊しにくる鬱陶しい奴だが、この時ばかりは絶賛してやりたかった。

 楓は鋭角になっていた情動をすぐに丸めると、
「あらやだ。スキャンなさったの?」
 それは拒否ではなく、高慢的な視線を俺たちへ当てると、得意げに説明を始めるトリガーとなった。
「Fシリーズに搭載されたエモーションチップはタイプ3と呼ぶ旧式ですが、Gシリーズは根本から設計を見直したタイプ4と呼ばれる最新版なのです。それもワタシだけに搭載されたの。信じないかもしれないけどユイ、ワタシは宇宙でたった一人の存在なのよ」

 次々と展開する嫉妬や猜疑(さいぎ)心などの感情が現れ通り過ぎ、
「じゃあさ、ちょっと聞くけど。あなたFシリーズのどっちなの?」
 最後は疑問を寄せる口調で終わった。

 どっちとはどういう意味だろう。

「Fシリーズには汎用型と完全版があるんです」
 まるでパソコンみたいに説明する優衣がなんともおかしかった。

「ワタシは完全版ですよ」と言う優衣に、
「無理しちゃって。さっきからスキャンしたんだけど、クオリアポッドが無いじゃない。汎用型のくせして背伸びしなくてもいいわよ」

 とにかくこいつは上位に立ちたいのだ。よくいるよな、こういう居丈高な奴。ついでにこの高慢ちきな物の言い方は何とかならないだろうか。すげえムカつくんだ。玲子なんか怒り心頭のさ中で、さっきから黙り込んだままだ。帰ってから俺に八つ当たらないでくれよな。

 しかしだ──。
 ふと冷静になって考えると、俺にそう思わせた時点で、Gシリーズはもっとも人間に近い存在だと言える。何もかもがナチュラルなんだ。これはやはりすごい。この子はそこまで進化したのだ。

 社長も同意見のようで、熱い吐息を鼻から吹き、組んでいた腕を解いてテーブルの上に置いた。
「おおきに。カエデはん。ようけ勉強させてもらいましたワ。おまはんはおそらくこの星域一のアンドロイドやろな」
 楓はつんと顎を突き上げ、
「宇宙一です」
「ふははは。すんません。宇宙一や。せやけどそんな大切なアンタがこんなところで油を売っていたらあかんがな。どや? エンジンの自己修復機能が止まっとるみたいやけど、その辺りをうちのシロタマに調べさせて、できれば修理もしまっせ」

 だが社長の提案を楓は無視。そのまま優衣と向き合った。
「でもさ。姿勢制御用のスラスタを周期的に起動させて円運動させるっていいアイデアだと思わない? ね、ね。わざと目立つようにしたわけよ。これだと誰か賢い人が見つけてくれると思ったんだ。だけど宇宙ってバカばっかり。誰も気付いてくれないの……」
「じゃあ、エンジンを修理してあげるから、自力で母星に帰ったらいいでしゅ」
 喋り続けようとする楓の言葉を遮ったのは、またシロタマだった。
「え?」
 滑らかなテーブルの表面を転がって来たシロタマを楓は白い手で止めると、それへと語りかける。
「そっか……そうね。いつまで待っても下位システムはエンジンの修理ができないみたいだし………じゃっさ。シロタマさんに頼もうかしら」

 今はっきり感じた。社長も玲子も顔を上げて鋭い目で楓を睨んだ。
 なぜそこで躊躇う必要がある。それとも俺たち生命体を軽んじているのだろうか。

 重く淀んだ気分に社長は眉をひそめ、
「早いとこタイプ4のエモーションチップを本国へ送り届けなあきまへんで。どないでっか? ユイとシロタマにメインエンジンの修理を任せてくれまへんか?」
「わかりました。少々お待ちいただけますか。下位システムに修理内容を説明させます」
 ようやく承諾した楓は床を滑る座席に身を任せ、奥へ消えた。


「ふぅ──」
 俺たちは申し合わせたように強く息を吐き、互いに視線を巡らせた。

 最初に「ユイごめんね」と玲子が口火を切ってから、
「あなたの仲間の悪口を言うつもりはないけどさ。ちょっと異常じゃない? あの子」
「ほんと、すげえな。目の奥を覗き込んできた時は、心の中を読まれたんじゃないかと思って、ドキッとしたぜ」

 優衣は静かに首を振る。
「彼女は何かを企んでいます。気をつけてください。歴史上、抹消されたGシリーズが宇宙のこんなところを彷徨うには何か理由があります」

「そうやろな。それよりもどないやシロタマ。さっきカエデは嘘を吐いたやろ?」

『先ほどの会話を分析しましたが、明らかに偽りの発言をしています。スン博士がこの船に乗っていたかどうかは不明ですが、3名の乗組員がいたという優衣の証言と一致しません。その説明が悪意ある偽りだとすると、アンドロイドとしての倫理的な部分の故障が考えられます』

「そうゆうこっちゃ。タマの言うとおりまだはっきりせん。ほんまに事故なら彼女は正しいことをゆうとる。今のところは悪意があるかどうかの確証はおまへんな」

『船内を詳しく調べれば乗組員の詳しい生体データがどこかかに記録されているはずです』

「細かいところも調べなはれや。転送装置のバッファーには生体分子接続のネットリストもあるやろうしな」
「洗面所に歯ブラシとかあるかもしれませんよ」
「おいおい。管理者って歯を磨くのか?」
「そりゃあさ。あたしたちとは違うかもしれないけど。そういう生活ぽい物ってあるはずよ」

「わかった。その辺のトコも、ちゃんとちらべ(調べ)ましゅよ」
「あははは。爪きりとか風呂場とか色々あるからな」
「オメエの汚ねえマンションじゃねえよ」
「うっせぇ。俺んちは清潔だ」

「しょ-もない会話はしなはんな!」

「それと……」
 優衣が人差し指を小さく左右に振って、俺たちの視線を集めた。
「先ほど、カエデさんは管理者に連絡したが何も言ってこないと告げていました」

「そやな……」
「それが本当だとすると、管理者に回収する必要が無いと判断されたんだと思います」
「それか……それも嘘かだな」
「はい……」
 悲しげにうなずく優衣がひどく気の毒だった。

「どちらにしても、これは何か裏がおますでデ」
「だな……」
 うなずき合って頭を上げたところへ、楓を乗せた座席が滑り込んで来た。

 それを追って部屋に入って来たのは三つの駆動輪で動き回り、上部にマニピュレーターが二対付いたロボットだった。
 ひと通りヒューマノイドを模写していたが、優衣たちのように完璧な状態ではなく単なる人造的な物に過ぎない。

「修理に関する情報はこの下位システムにお尋ねください」
「これは……えらい旧式な。いやすんません。管理者の技術水準を思うとだいぶ規模が小さいでんな」

「この子はここへ来る途中で保護したシステムです。探査船に乗って虐待を受けていましたのでワタシが助け出したのですが、あまり役に立たなくて。何を命じてもまともに処理できないのです。アンドロイドと言うより機械と呼ぶにふさわしいクズですわ」

 楓は下位という語彙を蔑(さげす)む言葉と勘違いしているようだが、そのロボットは自立的な動きをするものの、仕草はぎこちなく、頼りない感が強くてそう言いたくもなる。

「そやけど、いろいろおましたんやな。よっしゃ、とにかくユイとシロタマは作業にかかりなはれ」
 シロタマはそのロボットにさっと近づくと、腹の中から金属製のベルトにそっくりの物を垂れ出した。
「おい、それって……ステージ4のインターフェースポッドだろ」
 あまり良いイメージがない。初めて茜と出会った時に、俺の脳と茜とを繋いだヤツだ。

『ステージ4は神経インターフェースです。あらゆる人工生命体のCPU部分と連結を可能にします』

「あの時とそっくり同じことを言うなよ。知ってるぜ」
「カエデに説明してるでシュ」
「あーそうかい」

「そんな機能があるなんて素敵じゃない。さすがシロタマさんね」
 鬱陶しいだけだぜ。

「ま。修理は連中に任せて、どうでっかカエデさん。この船の中を少し見学させてくれまへんか?」
 楓は少し困惑した風に目を泳がせたが、すぐに立ち直ると傲慢気味に言う。
「くだらない。こんな船を見て何が面白いのです」
 途端に反転。
「ねぇ? ゲイツさん。あなたの船で留守番中のアカネとかいうGシリーズに会わせていただけないかしら」
 胸の前で指を絡ませて懇願する姿は真剣な眼差しだ。しかしこれほど怪しげなアンドロイドを銀龍へ連れ帰って大丈夫だろうか。

 三輪バギーみたいなマシンを解析していたシロタマがそこから離れた。
『このシステムでは管理者の自己修復機能を再起動させるだけの知識が不足しています』

「そうなんですね。どうりでいくら待っても直せないと思いましたわ」
 カエデの意識はシロタマへ移り、内部へ巻き取られていくインターフェースポッドを珍しげに見ていた。

「シロタマさんって優秀なんですね。ねぇ? こっちに引っ越してこない? ぜひそうしなさいよ。船の機材なら何を使ってもいいわよ。好きなものを作って遊んで暮らせばいいわ。きっと楽しいわよ。そうしようよ。ね?」

 熱烈な勧誘だったが、シロタマは冷然と断った。
『それでは対ヒューマノイドインターフェースの意味がなくなります。その招致は同意できません』

「もう。つれない返事なのね……」

 俺的には行っちまっても、いっこうにかまわないが。

 船内を浮流するシロタマの後を追う楓の動向をチラチラと窺いながら優衣が声を潜める。
「アカネとワタシは時間のパスで繋がっていますので、アカネの見たものは記憶デバイスを通してここで作業するワタシへ届きます。ですので離れていても監視可能ですし、カエデさんが留守になれば、シロタマさんとこの船をくまなく調査することができます」

「そやな。監視と調査の一石二鳥や。よっしゃアカネにもそれとなく伝えときますワ」

 社長は膝を打つと、シロタマに付き添って壁伝いに歩いている楓を呼び止め、
「ほな、カエデはん。アカネの勉強相手を頼んますワ。あの子はいつまでも幼くてあかんねん」

「よろしいでしょう」
 振り返った楓は、流麗な眉をわずかに吊り上げ、居丈高な語調に戻して胸を張った。
「ワタシが学習効率を向上させてみます。ではお供させていただきますわ」