【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 2月 8日(水)

サンクリオの夜は更けて


 30分ほどクルマに揺られて、ようやく俺たちの宿泊するホテルが見えてきた。
 ちょっと留守にしただけなのに無性に感慨深かった。とんでもないことを平気な顔してやっちまう非常識な連中と付き合うと、毎回こんな気分で締(し)め括(くく)られる。迷惑極まりないのだが、最近では俺も一緒になってどこかでそれを楽しんでいる気がする──これだけは言い逃れできない事実だ。


 アスファルトを白く照らすヘッドライトの揺れをぼんやり見つめていたら、いつの間にかホテルのスロープを駆け上がってクルマが停車。
 車外に降りてまず腰を伸ばす。ずっと縛られていたので骨が軋む音が聞こえそうだ。

「じゃ、旦那、お元気で。どこかで地球人に会ったら、サンクリオでタクシーの運ちゃんやってる元気な奴がいるって、伝えてくださいね」
 そう言い残してクルマを出そうとしたので、慌てて止めた。

「待ってくれ、まだ料金払ってない」
「夕方たっぷり貰ったから要らないよ」
「いやいや、ちゃんと払うって」
 断る男の手を強引に引き寄せて、内ポケットに詰め込んでいた紙幣をすべて取り出して握らせた。

「え? これは受け取れないよ。俺の半年分の稼ぎはあるぜ」

「いいのよ。貰っときなさい。あたしたちには、まだほらこんなにあるの」
 玲子は手で握り切れないほどの紙幣の束をポケットから出して見せた。

「そうか。旦那はお金持ちだったよな。じゃ遠慮なく。お元気で……」
 そう言うと男はクルマを走らせた。

「お元気でぇー」
 茜は笑みを浮かべたまま遠くなるタクシーに手を振り、俺はすぐさま玲子に跳びつく。
「おい、その金どうしたんだよ」
 思わず怯んでしまう、ぶ厚い札束だった。

「この子が貰ってきたの」
 すました顔で、優衣を顎で示す玲子。

「はい、ザリオンの宇宙船に捨ててありましたので」
「それは置いてあったんだ」
 深夜で人影が少なくなったホテルのロビーに俺の声が渡った。

「これは皆さん。こんな夜中にお出かけですか?」
 支配人がもみ手すり手で現れた。いつまで起きてんだよ、このオッサン。

「満月がみたくて……ほほほ」
 玲子がそれらしいことを言ってごまかそうと窓辺を指差す、その袖が黒く焦げていた。
 ハンドキャノンを撃ち込んだ時に焦げたのだろうが、そんな服を着て散歩する女はいない。
 焦げ目に気づいたバカが、そそくさと背中へ腕を回す寸前に、その手から札束をむしり取って支配人に渡した。

「じつはロビーの隅でこれを拾ったんだ」

「はい? あ! なっ!」
 大げさに目を剥いて見せ、
「こ、こんな大金落ちているものでしょうか? というかロビーはさっき清掃したばかりで、何も落ちていませんでしたよ」
「いや。ほんとうに拾ったんだから俺たちに言われてもしかたないよ」
 袖を引く玲子の手を振り払い、俺はそう言い切った。

「よくよくお金にご縁のあるお方なんですね……少しでもいいので、そのパワーにあやかりたいものです」

 丸々とした目で札束を受け取ると、
「分かりました。すぐにでも警察へ連絡しておきます」
 支配人は丁寧に頭を下げ、離れようとした俺たちの背後から付け足した。
「それとジャックポットの賞金は宿泊費を引いた全額を福祉協会に寄付しておきました。口答で申しわけありませんが、ご報告させていただきます」

「宿泊費は俺たちの社長がちゃんと払うって」
「とーんでもございません。これ以上ご請求することはございません。それではお休みなさいませ」
 支配人は早口にそう言ってロビーの奥へと逃げ去った。うん、あれは確かに逃げたな。

「あまりたくさんの金は持たないほうがいい」
 自分の言葉とは思えないセリフを吐く俺の横を玲子が肩をすくめて通る。
「大人になったじゃない」
 人を小馬鹿にしたような言葉をこぼしてな。

 言い返す気力も失い、どっと押し寄せる疲労感を伴って、最上階のVIPルームへエレベーターに任せて昇って行く。
 とんだ休暇になったもんだ。結局、深夜まで外で暴れていたことになる。


「それより社長に何て説明する?」
「そうよねぇ。説明が大変だもんね」

 玲子は溜め息混じりに優衣と茜へ視線を移し、
「今晩のことは社長には内緒よ」
「はい、わかりました」と優衣。茜は元気に「らじゃー」と挙手をした。

 留守番に戻ると言い残してホテルの窓から出て行こうとするシロタマを引き止めて、玲子が優しげに声かける。
「今日は助けに来てくれてありがと」
 そして聞き捨てならぬ言葉を吐いた。

「シロタマは武器になりそうだから……今度特訓しようね」

 タマ野郎は何も返さなかったが、その影は拒否の色が濃ったのを俺は見逃していない。
 こいつも玲子に巻き込まれて、気の毒な運命を歩むんだ。かわいそうにな。

 そうそう。共感を得たついでに俺も訊きたいことがある。
「どうやって俺たちが拉致られた場所を知ったんだよ?」

「アカネのMSK通信を受けて救助に行ったんだよ」
 地獄耳ってヤツか。
「でも茜はずっと酔って寝ていたぜ。なぁ?」
「あ、はーい。記憶デバイスには何も残っていませーん」

「一度起動したときでシュ。システムボイスでもMSKは可能でシュからね」

 じゃ、あの時だ。俺の口が塞がれるちょっと前だ。
 それにしてもこいつのおかげで俺の活躍が希薄になってしまったのは事実だ。シロタマだけが英雄視されるのが無性に腹が立つ。

「お前、留守中に銀龍で何かしてただろ?」

『質問は具体的にお願いします』
 やはり都合悪くなると報告モードに切り替わる。
 ちょっとカチンと来たが、
「銀龍の機体に触れたかザリオン人がぶっ倒れた、とか聞いたもんでな」

『それは日没から2時間25分後、暗闇にまぎれて侵入しようとして来たザリオン人に対して放射した開発途中の武器だと思われます』

「やっぱりな」
 納得できるが、やっぱ気にもなる。
「で、なにそれ?」
 訊いとかないと寝つきが悪そうだ。こいつの作るものはだいたいにおいて怖い。

『生命体の神経に作用します』

「嫌な予感がするぜ……」
「まぁ。もういいじゃない。結果良ければすべてよしよ。いいシロタマ。今夜のことは内緒にするのよ。そうすればあなたのやったことも、社長には内緒にしておいてあげる」

『承諾しました。レイコとの守秘義務契約を完了します』

 さすがだな。この気難しいタマ野郎を手なずけてやがんの。
 にしたって、どいつもこいつも女王様の命令に従いやがって……。
 よく考えたらコマンダーは俺なんだ。ますます気分が荒んできたぜ。

「気をつけて帰るのよ」
 窓から出て行くシロタマに手を振る玲子と、
「帰ったら銀龍の床でも磨いておけよ。チェックしてやっからな」
「ふんっ。ギルドの餌のくちぇして」

「なっ! だ、誰に聞いた!」

『それに答えることは守秘義務違反となります』

「ばらしたのは玲子か、茜か?」
「知ったところで、オメエには抵抗の余地は無いでシュよ」
 と言い捨てて、タマ野郎はサンクリオの闇へと消えた。

「あんにゃろ……」

 暗闇に睨みを利かせる俺の肩に手を添えて玲子が言う。
「お腹空いちゃったねー。ほら、あなたも餌(えさ)の時間でしょ?」
 えも言われぬ最上級の笑顔を俺に披露しやがった。
 シロタマの言うように、その笑い顔を前にしたら、何を言われても抗う気が起きない。
 俺は無言で首肯して、開いたエレベーターの中に乗り込んだ。



 最上階で止まったエレベーターは、滑らかにかつ静寂に扉を開いた。
 豪華な絨毯(じゅうたん)が敷き締められたフロアを進み、VIPルームの最初の部屋に一歩踏み込んで立ち尽くす。

「なにやってんだー。こいつら……?」
 ここはまだエントランスだ。つまり普通の家で言ったら玄関さ。だけどVIPルームなので広々としたスペースに豪華な調度品の数々が並んでいる。そのど真ん中、しかも床の上に直に物を置いて宴会をしていたらしく、ケチらハゲを含め田吾に機長にパーサーが円陣を組んだまま、大イビキを掻いて爆睡中だった。

「せっかくVIPルームに宿泊したのに、入り口で酔い潰れてやがるぜ」
 照明を煌々と点けたまま寝入っており、酒の匂いが充満していた。
「や、やべぇ」

「みならん、おネムのお時間れすね」
 もう茜のロレツがおかしくなってきている。

「ここなら安全だし、あたしたちも一杯やろうよ」

 玲子の言葉でようやく俺も緊張を解いた。

 高級ホテルのVIPルーム……の玄関。ザリオンの薄汚い食糧庫と比べられないほどの差があるのだが、とにかく言えるのはここにはあのワニどもはいないし、銃撃戦が始まる気配もまるでない。優衣も茜も再び酔い始めたが、例の電話帳を出して来て二人で読みあって笑う温和な空気。ようやく訪れた心地の良い空気に満たされて、朝まで玲子と飲み明かすのは言うまでもないだろう。




 次の日。
 飲み潰れただけで、誰も休暇らしいことをせずに青い顔をしてホテルのチェックアウトを申請した男連中は、酔い覚め爽やかな女連中のケツを拝みながら、トボトボ銀龍に戻った。

「な、なんや! ワニや! ワニが倒れてまっせ」

 こいつらか……。
 玲子も見て見ぬ振りをした。

 タクシーの運ちゃんの言ったことは本当のようで、昨夜忍び込もうとしたザリオン人が地面に散らばっていた。しかもだいぶ時間が経つのに誰も片付けようとしないとは、予想はしていたが、よほど嫌われた種族みたいだ。

 死して屍(しかばね)拾う者は無し、なのだろう。気の毒な気がした。


 ややもしてハッチが開いくと、シロタマが出て来て平然と言う。
「気にしなくていいでシュよ。このサンクリオに棲(す)むゴキブリでシュから」

 ゴキブリはお前だろ。

「死んでまんのか?」
 足の先で突っつく社長。
 意識はあるようだが、どうも混沌としている様子で、まともに起き上がることができないようだ。

『死に至るほどではありませんが、数日は脳の麻痺が残ると思われます』

「の、脳の麻痺って、何したんやシロタマ?」

『デバッガーの生体パラライザーとよく似た神経麻痺ビームです』

 こんなもの作られたら、ザリオンもたいへんだぜ。

 社長は目を見開いて、手足を痙攣させているワニを見つめながら疑問を浮かべる。
「サンクリオのゴキブリはこんなに大きいんでっか?」
「は、はい。ここは南国です。何でも大きくなるそうですよ」
 と玲子もコメカミ辺りをピクつかせて説明する。

 後から伝わった話だが、銀龍だけにザリオンが忍び込めなかったのは、タクシーの運ちゃんが言ったように、鏡が嫌だったからだという噂がサンクリオに広まり、鏡面塗装の乗り物が大流行したことは、いつだったか優衣が言ったとおりとなった。その先陣を切って全塗装に踏み切ったのは、あの地球人の運転するタクシーだと思いたい。

「いや。これはどう見てもワニでっせ」
「おほほほ。ゴキブリですよ」
 訝るケチらハゲの背中を押して、玲子はさっさと銀龍の中へと押し込んだ。


 そうそう。補足しておこう。
 帰り道、パーサーと茜は市場に寄って大量の食糧を買い込んだ。ホテルの夕食を再現させるべくな。
 ただし、その大半が唐辛子だったことを打ち明けておこう。茜が辛党だったとはち~とも気付かなかった。つまり優衣は食べ過ぎの結果、嫌いになるという人間臭いパターンで辛味が苦手になったらしい。