【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 2月 4日(土)

クレー射撃は人を撃つもんじゃねえ


 玲子と茜の後ろから、ワニが迫っていた。
「いいか、銃はこう撃つんだ」
 いきなり食いつきはしなかったが、腕前を見せつけるようだ。
 ワニが左手を挙げ、同時に「シュッ」と宙を切る音がして、白い円盤(クレー)が打ち出される。ほんの少しの間を持って、腹に響く銃声とほぼ同時に乾いた音がして、円盤が粉々に飛び散った。

 自慢げに、鼻だかどうだかよく分からないが、その辺りの突起物を膨らませるザリオンのワニ野郎。
 茜は驚きもせず、ただ空虚に見つめ、玲子も片眉をわずかに持ち上げただけで、片手で示してクレーの射出を促した。

 風を切る音がしてクレーが空中を舞う。円盤の軌跡に合わせて銃口を移動させるが、どんどん先に遠ざかる。
「何してんだろ?」
 なかなかトリガーを引かない。まもなく雑木林に消える寸前に、

 ドンッ。

 少しの間が空いて、白い円盤が飛び散った。そしてこいつも得意げに鼻をひくひくさせる。
「離れたほうが、標的が小さくなって面白いわね」

 バカが、ワニ野郎を煽っていた。

 ザリオン人の自尊心が今のクレーと一緒に吹っ飛ばされたみたいで、さっきまで浮かべていた余裕の笑顔がワニ顔から消え去り、あきらかに怒りの表情を浮かべて玲子を睨んでいた。

 よせばいいのに茜も一緒になって、はしゃぎ出す。
「ですよねぇ~。標的が大きすぎですよ~」

 あのバカ。さらに挑発しやがって。
(ああ。神様ぁ。何事も起きませんよぅに……)
 目を閉じ、天を仰いで合掌する。

「まぐれ当たりが、偉そうな口を利くな!」
 オレンジ色の目をひときわ大きくして、一人のザリオン人が吠えた。
 猛獣の咆哮にも似た重厚な声音だった。

「ほうら、怒り出したじゃないか」
 ザリオン人は喧嘩早いと優衣やタクの運ちゃんから聞いていたが、マジのようだ。

「おいオンナ。勝負だ。オレと勝負しろ」
 なんでこういう輩は安易に『勝負、勝負』と騒ぎ立てるんだろう。

「何を賭けるの?」
 玲子も女だてらに熱くなる。うちの社長と大差ない性格だ。

「何でもいい。オレが負けるわけがねえからな」
 ワニのくせに茹(ゆ)でタコになってやがんの。あーもう知らねえぇ。俺は部外者だからね。

 茹でタコのワニは──ややこしいなあ。まとめて言うとだな。茹でワニだ。どんなものかなんて聞かないでくれ、でも目の前にいるし。
 茹でワニと化した男はウロコで覆われた頭から湯気を上げ、真っ赤に色が変わった目玉をギンギンとさせて叫ぶ。

「オイ、係員! いちばん小さいクレーを2枚出せ」

 寸拍の間を空けて、直径5センチほどの小さな円盤が2枚、左右から打ち上げられ空中でクロスした。

 ドンドンッ。

 腹に響く2発の銃声がして、2枚の白い円盤がそれぞれに破片となって散った。

 それを見て激しい既視感(きしかん)が俺を襲う。
 このあいだどこかの酒場でやらかした景色とオーバラップする。コインがクレーに変わっただけだ。

「あぁ~。デジャヴだ」

 早々にここを離れたほうがよさげだ。でないと、連中がザリオンだと知ったら玲子は必ず熱くなる。あいつはそういうオンナなのだ。
 だがどうやって切り出すかだ。だってよ、ほら、あの茜の無邪気な振る舞い。

「じゃあ、わたしも同じのでお願いしま~す♪ あっと、少々お待ちくらさーい」
 茜は躊躇することなく、スカートの裾(すそ)をびりびりと引きちぎり、玲子たちと同じぐらいのミニスカートの長さにリサイズ。ショールもさっと剥ぎ取るとクレーの円盤みたいにして、どこかへ飛ばし、
「あー。このほうが動きやすいでーす」
 とまぁ。茜はけろりとし、玲子は唖然だ。せっかく買ってもらったのに。
「まだあと三着あるからいいのでーす」
「いや、そういう問題ではなく、その行為が、マズイんだよ、茜……」
 こいつが大人の女性になるには、まだまだ時間が掛かりそうである。

 気力が全身から抜けていくやるせなさに、俺は目を閉じると得策を探して思案を練った。
 とにかくひと通り遊んだら、さっさと切りあげてホテルへ帰る、これしか解決策は無いだろう。
 茜と優衣はそれで従うだろうが……問題は、世紀末のほうだな。
 アメ玉でも買ってやる?

 瞼を閉じていてもはっきり聞き取れるクレーの射出音が2回連続した。
「ん?」
 薄く片目を開けた視界に2枚の円盤が空中でクロスする瞬間が飛び込み、間髪入れず1発の銃声が轟いてクレーが両方飛び散った。

「げっ!」
 茜もアンドロイドなので精度がずば抜けていい。みんなの前で、すげぇことをさらりとやってのけた。

 説明すると──空中を舞った2枚のクレーだが、同時に打ち上げられたといっても、三角形の頂点を目指すように同じ衝突点へ向かって飛んではいない。前後に数メートル距離がずれているのだ。なのに1発の銃弾で撃ち抜いた。つまり左右から飛んでくるクレーの位置が一直線に重なった瞬間を狙ったことになる。

 剥き出しにした牙を曝け出し、クレーの破片が消え去った宙を凝視するワニが2匹いた。
 何度か瞬くと、、ゆっくりと茜へ首をねじった。

 いつの間にかグランドは静まり返り、他の客の視線がすべてこちらに集中していた。
 そこへすくっと立ち上がる優衣。

「じゃ、ワタシは3枚でお願いしま~す♪」
「ぬおー。お前はもうやらなくていい」
 叫んだの俺だ。こいつの腕前は充分目の当たりにしている。

 だが係員は忠実にも、3枚のクレーを同時に射出する。
 これは難しい。優衣は3枚がクロスする地点を探していきなり走り出し、妙な具合に体をよじることコンマ何秒。

 ドンッ!
 銃声は一つ。だが3枚のクレーが粉微塵に飛び散った。

 俺は椅子から転げ落ちて地面から叫ぶ。
「こんなのでたらめだ。人間業じゃねぇ」

 そらそうさ。彼女らはアンドロイドだからできる。でもムチャクチャな話だ。
 もちろんザリオンの男たちも完全に石化して固まっていた。
 なのに、腰かけて見ていた玲子は手でバッテンを作りながら優衣に近寄り、
「だめだめ! 3枚同時なんて誰でもできるモン」

 誰もできねぇぇぇ──っ!!

「もっとたくさん打ち上げてもらわなきゃ。係員さん、全部同時って出来ない?」
 係員がぴゅーと飛んで来て。
「同時だと、10枚が限度です」と告げ、
「じゃ、それでお願いします」と優衣が頭を下げる。

 やる気かよ。

 目前で3枚同時撃ち抜きという人間離れした業を見せつけられて、ザリオン人は硬直したまま見つめ続けている。一人はさっきから口を開いたままだし、グランド内もしんと静まり誰もが銃を下して成り行きを見守っていた。

「それとその銃だと連射できないから、こっちがいいわ、まだ弾が10発残ってるし」
 玲子は自分の銃を優衣に手渡した。

 さすがに1つの弾丸で10枚は不可能だと読んだらしいが、10枚同時に10発の弾で狙うと言うことは、撃ち損じることができないと言うことだ。さすがにこれは不可能だろう。

 だが優衣は素直に銃を受け取り、両手で構えて脚を半歩開いて立った。

 優衣の安定した射撃ポーズを見て、ようやく口を閉じたワニのオッサンが、
「バカが……格好だけじゃねぇか。10枚同時など聞いたことねぇ」

 係員の合図とともに、クレーが一斉に飛び交った。まるで渡り鳥が飛び立つように、白い円盤が空に広がる。

 ダラララララララララ!

 歯切れのいい機関銃のような音が響き、空薬きょうが激しく飛び散って、優衣の上半身が白煙に包まれた。

 玲子が渡した銃はリボルバー式でシングルアクションだ。つまり一発撃つごとに撃鉄を起こす必要がある。それを機関銃のように連射するとは……。
「何だ今のファニングは……あんな連射ができるワケねえ。しかも全部撃ち落としやがった……」
 ファニングと言うのか、それよかワニが見つめる先、雑木林に落ちる無傷のクレーは一つもなく、すべて吹っ飛んでいた。

 射撃場内が無風の湖面みたいに静まりかえり、茫然とした視線がシューターである優衣に集中していた。
 10枚のクレーを通常の銃で機銃掃射みたいに、しかもミスることなくすべて射貫くことなんか、宇宙広しと言え常人のなせる業では無い。

 連中もやっと気付いた。
「お前らアンドロイドだな!」

 はい。正解でーす。

 銃を握りしめてもう一人のワニが憤然と吠えた。
「今みたに機械的な動きが出来るのは、アンドロイドぐらいしかいねぇ。八百長じゃねえか」

「八百長……?」と玲子。
「そうだ。ロボットなんか認めねえぜ」
「ロボットを馬鹿にするの?」
「当たり前だ。ロボットなんかをオレたちの前に出すな、汚(けが)らわしい!」

 玲子の視線がみるみる尖っていく。
「今の言葉、取り消しなさい」
「うるせえ。ロボットは船倉にでも積み上げておけばいいんだ!」
「あたしたちはロボットも人間も対等に思ってるわ。そんな偏見許さない!」
 やっべー。こっちも怒りだした。

「うるせぇーっ! ごわぁぁおぉぉぉ!」
 耐え切れず爬虫類が吠えた。大口を開けて、雄叫びというヤツだ。

「オメエらどこのモンだ。ぐわぁおおお!」
 もう一人も固い拳を作り自分の胸を叩いて威嚇するが、動じるような玲子ではない。

「あたしたちは特殊危険課の者よ。宇宙で何をしてもいい団体なの」
 そんな許可は下りてないし、その名をこういう場で公表してほしくないね。

「特殊危険課? なんだそりゃ。この田舎者が! いいかよく聞け、オレたちはザリオンだ。宇宙一の戦士、ザリオンなんだ」

「ふーん。あんたたちがザリオンか」
 あっちゃぁー。バレたぜ……。

「ザリオンだかザリガニだか知らないけど……」
「ザリオンだ!」

「暴虐非道な連中だってことを聞いてるわ! あたしはね……そういう連中を絶対に許さないの!」
 だからこうして俺が迷惑をこうむる結果になるんだ。

「へっ! オンナのクセに何ができる!」
 あー。ワニのオッサン。それ、禁句っす。

「この場で、成敗してやるわ!」

 ちょっとの間、冷やっこい風が吹き、
「ぐわぁぁぁぁはっはっはっはっ」
 ワニが大口を開けて笑い始めた。
「天下のザリオンにケンカを売ってきたのは、お前が初めてだぜ!」
 はいぃ。いつもヤバ系の方々から、ご贔屓にしてもらっております。

 ドッ! 
 ギャーン。
 撃ちやがった。玲子がな。

 銃弾は哄笑するワニの一番長い牙の先を吹っ飛ばし、ついでに雑木林の枝を一本折って奥へと消えた。

「どわぁーっ!」
 慌てて口を押えるが、見る間に憤怒に満ちた形相に変化。
「オレの大切な牙を……」
 ブルブルと腕を震わし、ガバァーと仁王立ちになると銃のグリップを両手で握った。
「ぶち殺してやる!!」
 そりゃ怒るだろうな。前歯は保険で治療できんのか?

「オレたちは実戦経験者だ! 覚悟しやがれ!」
 もう一人のワニも銃を構え、玲子を挟み撃ちにする。

「あたしたちだって実戦経験者よ!」
「ウソ吐くな!」
 弾けたバネのように玲子が飛び退くそこへと、右のワニが銃をドンっと放なった。

 ドッ、グワシャーっ!
 変な音を立てて、俺がしがみ付いていた椅子が木っ端微塵になった。

「あだっ、ドフッ」
 支えが無くなった俺の体が地面に倒れる。

「痛てててて、擦り傷が絶えんなぁ」
 擦り傷程度で済むのなら良いほうだが……。

 とにかくこの場を何とか切り抜けなくてはならん。まずは玲子を静めるのが先決だ。

「玲子! ちょっと落ち着け!」

 咄嗟に二人のあいだに割って入ったのだが、
「どきやがれっ!」
 怒号と一緒に、ザリオン野郎に軽く払いのけられ、俺はグランドの上を転がって行った。

 噂どおり、すげえ力だった。

「お客さん。クレー以外に銃口を向けないでください!」
 血相を変えたのは従業員だ。クラブ内で銃撃戦が始まろうとしているんだ。止めようと飛んで来るが、怒ったワニは聞きゃあしない。

「うっせぇ!」

 ドンッ!
 ドンッ!
 ダンッ!
 ダァンッ!

 周囲に向かって二人が銃を連射。従業員は逃げ惑い、バーカウンターが大きな音を立てて吹っ飛び、クレーの射出機の何台かが粉砕。幸い他の客は先に危険を察知しており倶楽部内は無人だった。

「化けの皮を剥いだわね、ザリガニ! ついでにそのウロコも全部剥いでやるわ!」
 だからワニだって。
 ひっくり返って地面から仰いだ玲子の目は爛々と輝き、対峙するワニの目は怒りに燃えていた。

「コマンダー、だいじょうぶですか?」
 茜が駆け寄って、落ちていたモノを拾うように俺を抱きかかえた、次の刹那。

「このロボット野郎っ!」

 ドッ、バン──ッ!

 茜を標的にしてザリオン人が銃を撃ったのだが、妙な音がした。
 銃の発射音と同時にキョトンする茜のすぐ前で何かが砕け散り、白煙が四方へ飛んだのだ。

「なんだっ!?」
 見ると、玲子の銃口からも薄く煙りが上がっていた。

 ガバッとひん剥かれたオレンジの目玉が凍(い)てついている。
「ぬをぉぉぉ! こいつ飛んでる銃弾を撃ち落としやがった!」
 直視したほうのザリオン人が固まっていた。

「し、信じられん。そんなことができるのか?」
 戦慄に震える声をひねり出したワニへ、玲子はこともなげに言い返す。

「あらぁ。偶然当たっちゃったわね。ごめんあそばせ」

 偶然ではない。茜を助けようと狙って撃ったんだ。俺を助ける気はこれっぽちも無かっただろけど。
「なに言ってんの。助けてあげたんじゃない」
「やっぱり狙って撃ったんじゃないか」

 ザリオン人はワナワナと手を震わせて、
「オマエら管理者製か!」
「だったら何よ!」
「そんな人間離れした精度を持ったロボットは宇宙でただ一つ。管理者が作ったアンドロイドだけだ」
 ワニさんよー。いま撃ったのは生身の人間だし。何か勘違いしているぞ。

「あたしたちにケンカを売るなんて100年早いのよ!」
「オレたちザリオンに楯突こうってのか!」

「あたしはね! 力づくとか、暴力とかでひとを困らせる奴が大嫌いなの!」
 お前ねー。自分のことを言ってんのに、気が付かないの?

「逃がさないから! ユイ、アカネ、散って!」
 ザリオンらは銃を撃ち続けながら雑木林へと身を隠そうとし、それを追って玲子が応戦。一人の銃を弾き飛ばし、優衣と茜がしなやかな動きで、左右に散って掩護(えんご)に入った。

「こんバカ! また始めやがった!」
 俺は焦った。あー焦ったぜ。まいったよ、ほんと。毎回これだもん。

 相手はデバッガーでもプロトタイプでもないし、砂の惑星でもメッセンジャーの映画でもない。平和な観光地、サンクリオの街中だ。それに強暴だと言っても普通の異星人だ。

「玲子、落ち着け! 熱くなるな!」
 もうぜってぇ、こいつらと街には行かねえ。いっつもこうなんるんだ。
 手を広げて玲子を制しようと前に出るが、
「ジャマよ、あなたの頭ごとぶっ放すわよ!」
 首の上が平らになるのは嫌だ。

 玲子の眼は完全に戦闘モードに切り替わっていて、こいつの命令に忠実なガイノイドが二人とも銃を持って応戦中だ。
「ユイ、アカネやめろ!」
 コマンダーの命令も聞きゃあしないし。こいうのを暴走って言うんじゃないのか。

 暴走した玲子は手に負えないから後回しだ。
 ガイノイドを止める手段は心得ている。これが最も手っ取り早い。

「酒だ!」

 吹っ飛んだバーカウンターに横向けで設置されていた樽から酒が流れ出ていた。
 急いで駆け寄り、キョロつく。
「入れ物はないか?」
 流れ落ちる酒を汲んで、あいつらにぶっかけるつもりだ。少々手荒が早急に暴走を止めるにはこれしかない。

「あー。割れてんじゃん!」

 銃撃戦が始まってから従業員は避難して無人だったが、グラス棚がひっくり返って全部粉々だった。

「何かないのかよ……」
 とにかく慌てていた。早くしないと酒が全部外に出ちまう。

 かろうじて原型を残していたグラスを拾上げたが、ひびが入っていたらしく、手の中でぱっかりと割れてしまった。

 茜と優衣は左右に分かれている。何か入れ物が無ければあそこまでは無理だ。

 そうか──。
「入れ物は何もグラスとは限らない」
 独り言のような言葉を垂れながら、流出していた酒を手のひらにすくい口に含む。

「あー、うめえ。こりゃいい酒じゃねえか」

 ばかー。飲んでんじゃねえー。
 習性とは恐ろしいもので、勝手に喉の奥に流し込んでいた。

 もう一度。口の中に入るだけ含み、手のひらにもすくって、まず優衣が寝転ぶ場所へ飛んで行き、黒髪に向かって酒をぶっかけ、今度は一番離れたところで玲子の掩護(えんご)をする茜のところへ飛んで行こうとして───すっ転んだ。

 酒を掛けられ、くたりと力が抜けて手足を投げ出した、その白い足につまずいのだ。俺はそのまま地面に突っ伏し、口に含んでいた酒を再び一息で飲んでしまった。

「ば、バカ、バカ、俺のバカ!」
 自分を罵っても後の祭り。茜にぶっかけるつもりが、またもや自分で飲んでしまった。
 もう一度戻ろうとバーカウンターへ踵を返すが、酒樽から零れ落ちていた酒はもう止まっていた。でもアルコールの臭いだけは俺の全身から派手に発散している。

「仕方ない。許せアカネ」
 駆け寄ってきた俺に驚いて、うつ伏せの上半身をひねった茜に酒臭い息のまま覆いかぶさり、思いっきり肺の中の空気を吐き出す。
 酒の弱さは天下一の茜だ。すぐに俺の下でくたっとなった。

「な、なにしてるのよ! この変態!」
 声と同時に俺の後頭部を蹴り上げる乱暴者といえば、こいつだ。玲子さ。
 おかげで矛先がこっちに転換していたが、俺の頭はサッカーボールではない。

 でも負けていられない。
「うるせぇぇぇぇ! こいつらを止めるには酒をぶっ掛けるしかなかったんだ」
「お酒じゃなく、あんたが覆いかぶさってんじゃない!」
「これは成り行き上こうなっただけだ!」

「エッチ! 変態! 馬鹿男! デバガメ! 蟲ケラ!」
 この緊急時によくそれだけ罵(ののし)れるな。

「バカはそっちだろ! お前、こんな街中で銃撃戦をやってみろ、新聞沙汰どころでは済まないだろ!」
 俺の大声でようやく玲子が銃の先を下げた。

 酒のにおいをぷんぷんさせたまま俺も立ちあがる。その下で茜はひどい有様だ。
 動きづらいと、買ったばかりの純白のドレスを引きちぎり、ショールはどこかに紛失。そして今は泥だらけ。

 溜め息みたいな吐息をして戦意喪失感を露にした玲子を見て、銃を突き付けたザリオンたちが雑木林から出てきた。

 険しい目つきで睥睨(へいげい)し、ザリオン人は怒気を込めて言い放つ。
「おい、オマエらオレたちを本気で怒らせたんだ。コレで済むと思うなよ」
「どういう意味だよ」
 俺だって言う時は言うさ。なにしろ今飲んじまった酒は相当アルコール度が高かったと見えて、なんだかこっちまでほんわかしてきた。

 酔うと俺のクセが出る。何にでも忠告するクセさ。
「俺が止めなかったら、あんたら命が無かったかも知れないんだぜ。管理者製のガイノイドはコマンダーの命令を聞かねえんだ」
(ん? コマンダーの命令を聞かないガイノイド?)
 よく考えると忠告じゃなかった。自分の恥を公表していた。バカだ俺ー。

 ザリオンたちは鼻から息を吹くと、銃を玲子に突き出したまま大声で喚(わめ)いた。
「とにかくオマエらは捕虜だ。オレたちの船に連れて行く」

 くたくたになった優衣と茜を軽々と両肩に乗せたワニ野郎が前を歩きだした。頑強そうな、などと控えめな表現は不必要だ。ザリオン人の筋肉隆々とした体格はこけおどしではない。鋼鉄製みたいな筋肉がパッキンパッキンしていた。

「ほら急げ、警備の連中が来るぞ」
 後ろから銃をあてがわれ、急き立てられたが、俺たちもここで警察沙汰にはなりたくはない。ケチらハゲの真赤になった顔が脳内を過る。

 どこ行くんだろ?
 ひどくぼぉーっとする頭は、完全に酔いが回ってきたのか、今の状況がよく呑み込めない。

 店内には誰も残っておらず、無人のロビーを抜けて外に出た。

「クルマを探せ」
「おう」

 事情を知らずに駐車場に入って来たクルマを、ザリオン人は片手で押さえつけて止めた。ボンネットがベコリとへこむが、ワニ野郎は平気だ。

 なんちゅうパワーしてんだこいつら。
 非道な行いは、やり慣れているのだろう。運転席のドアをえらい勢いで開けると、片足で蹴り飛ばした。ぐいっと半身を乗り込ませて、中から運ちゃんを力尽くで引き摺り出すと、トランクに優衣と茜を乱暴に閉じ込めた。

「後ろに乗れ!」
 俺たちを後部座席に詰めて、助手席から銃で脅したままクルマをスタート。


「あたしたちをどうするつもりなの?」
 玲子は震えることも無く、しっかりとした口調だ。どこまでも度胸のある奴だぜ。それと俺が平静なのは酒の力を借りているからさ。

「ほぉ。オマエは人間だったのか」と運転をしていたザリオンのオレンジ色の爬虫類目玉が、バックミラー越しにこちらを見た。
 だははは。今ごろ気づかれてら。

 そして助手席の男が言う。
「管理者製のアンドロイドはめっぽう高く売れるんだ。オマエも美人だから別の場所で高く売れる」

「この人は?」
 玲子は俺を指差した。
「ふっ、こんな軟弱な男は何の役にもたたん。食用にするため船内で飼ってる獣の餌だな」
「家畜の餌なんかやだ……」
 豪快に笑いあげる爬虫類野郎を見遣り、肩を落としてうなだれる俺に向かって、玲子がひそやかに朱唇の端を持ち上げた。
(裕輔……)
「なんだよ、俺が豚の餌になるのがそんなに面白いのかよ。だいたいお前と行動を共にするといっつも最後はこうなるんだ。いらぬ喧嘩を買うなといつも言ってんだろ。これで何回目だよ」

 玲子は、ちょっと数えるような素振りをして指を折っていたが、すぐに俺の頭をぽかりとやった。
(関係ない話ししないでよ……それよりこれよ)
(何だよ?)
 声を潜める俺に、にっと微笑むと、ここを見てみろと言わんばかりに、自分の胸元に視線を移動させた。

(え? なに?)
 やたらと柔らかそうで豊かな膨らみに息を飲む。

「なに赤くなってんのよ! このスケベ馬鹿!」
「ば、バカやろう。赤いのは酒が廻って来てるせいで、」
「うるせぇぞ」
 ワニが銃口をこっちへ指して怒鳴った。

 今度は無言で上着の内側をチラ見させる玲子。
 豊かな盛り上がりではなく、場違いな黒光りの金属物。
(ハンドキャノンだ)
 そうそう。こいつが勝手に持ち込んでいた護身用、いや護身用にしては大仰だが、今はこれで助かる。

「おぉぉ、その女、いいモノ隠してるぜ」
 運転していた男がバックミラーから俺たちの様子を監視していたようだ。

「ほぉぉ」
 握っていた銃の先を玲子のコメカミに当て、余った片手で彼女の上着から勢いよくハンドキャノンを抜き出した。

 あー。万事休すっす…………。

 酔いのせいだか、なんだかよく分からないが、意識が遠退くのを感じた。