【星屑の囁きみたいに些細な出来事】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『星屑の囁きみたいに些細な出来事』 作:雲黒斎草菜
2017年 2月 1日(水)

禁酒命令


「長年ホテル業をやっておりますが、管理者様にお会いできるだけでも、めったにありませんのに、ガイノイド様にも会えるなんて、それもお二人同時に……」
 行き先ボタンを選ぶように指を滑らし、最終的に最も天辺のボタンを押した後、支配人は、「ところで」と再び口を開き、
「Fシリーズのガイノイド様はオーソドックスな仕様となっておりますが、こちら、黒髪のガイノイド様は一風変わった感じがするのですが」

 やはり管理者の管轄エリア内と言うだけのことはあって、ガイノイドに対しての意識や知識なども高い。

「そうでっか? そうやな。えーと、なんと答えたらエエんやろな」
 まさか450年未来からやって来ていますとは言えずに、戸惑いを滲ませた視線で優衣へ助けを求めた。

「ワタシはオリジナルの進化版です。まだ試作品ですので市場(しじょう)には出回っていません」
「ほお。左様でございますか。ご説明、光栄でございます」
 支配人の口調は穏やかで丁寧だった。
「では進化版のガイノイド様が当ホテルにお泊まり頂くのは、この星域では初めてのことですか?」
「そうやで。この星域どころか、この全宇宙でも初めてや、ちゅうよりな……」
 社長は支配人の耳元へ口を寄せて小声で言う。
「ワシらな。特殊任務中や。そやからあまり騒ぎ立てんといてほしいねん」
 それが何だと訊かれても説明に困るミッションさ。なので社長の言葉にウソは無い。

 支配人は上昇し始めたエレベーターの停止階を示すインジケーターの光を見つめながらうなずく。
「なるほど。それでですね」
 溜め込んでいた疑念が晴れた気分をそっと打ち明けるように、
「あの、失礼を承知で申し上げますが、ずっと気になっておりました。ガイノイド様は常に最高の身だしなみで仕立てるものですのに、こちらのFシリ-ズのお嬢様だけが、なぜにみすぼらしい……いえ、粗末、じゃない。えっと、簡易的なお召し物で……何か意味がおありなのかと。いえ、これではっきりしました。そういう事情でしたら御協力させていただきますが、」
 一度言葉を区切ってまた続ける。
「しかし先ほどのロビーの騒動は、かなり広範囲に広まってしまったかと。なにしろピクセレートとガイノイド様を拝見できる機会など、まず生涯、一度あればいいほうですから」

「そんなもんでっか!」
 ピクセレートはいまいち理解不能だが、管理者のガイノイドってそんなにもすごいのか……茜を粗末に扱ってマズかったかな?
 というのが俺の本心で、社長もそう感じたのだろう。
「支配人。モノは頼みやけどな」
「はい。何でございましょう?」

「この子に何や着る物をそろえてくれまへんか? それと部屋に行く前に食事を取りたいんや。みんな腹ペコでな」
 そういう言い方をすると、せっかく謎めいてきた俺たちの存在が、急激に貧乏臭くならないかい?

 ──そうでもないらしい。
 爽やかな口調で支配人は深々と頭下げると、
「ご協力させていただきます」
 停止階を示すボタンが並んだパネルを横にスライド。ずらずらと繋がって出てきた格子状のボタン列。

「これエレベーターとちゃうの?」
 社長が思わず声を裏返したのは仕方が無い。
 エレベーターにはあり得ない操作パネルだ。このホテルは何階建てなんだ。と言うより横にも並んだボタンは何を意味するんだ?

「マルチディレクションリフトです」と優衣。
「あの。珍しいでしょうか? いまどき上下左右前後へ移動できるのは普通ですが」とは支配人。

 もはやそうなるとエレベーターとは言わんぞ。
「だからマルチディレクションリフトです」
 何度も言うな優衣。こっちが恥ずいワ。

「し、知ってまっせ。バカにしなはんな。今度うちの会社にも採用しようかと業者に連絡取ってるさかいにな」
 ウソ吐け。初めて知ったくせに。自分の会社に無いものがあると、すぐ張り合うんだから。

「では少々寄り道させていただきます。先にレストランへ向かいます。お食事の準備を致しておりますあいだに、衣装部から何名か呼びますので、お好きなお洋服をそこで選んでいただければと存じます」
 段取りのいい手厚いもてなしに社長はすこぶる機嫌がいい。ニコニコしてうなずいた。

「ほな。たのんまっせ」

 エレベーターは滑らかに減速すると、ゆっくりと横向きの加速に変化し始め、
 10数秒後、扉が開く。
 目映いばかりの照明に目がくらみ、少し目まいを覚えた。

 でっかい口を開けて、最初に叫んだのは、こいつだ。

「す……すごぉぉぉぉ──っ!」

 おいおい、玲子。大人のレディは、そういう言葉は使わないんじゃなかったのかよ。
 セレブ生活に慣れていた玲子や社長であってしても驚きの設え。絢爛豪華(けんらんごうか)な調度品の数々。まるで宮殿のような部屋だった。

「こちらはヒューマノイド型様専用のお部屋になっております。右隣が水棲生物様、左が環形生物様専用のレストランとなっております。他にも生態系別に部屋が分かれておりますので、決して近寄らないでください。このあいだも溺れたり、飲み込まれたりしたヒューマノイドのお客様がおられましたもので、ご注意ください」

「だ、誰に飲み込まれまんの?」
「お客様に……です」
「マジっすか?」
「はい。お食事と勘違いされて……吐出(としゅつ)させるのに苦労しました」

 おぇぇぇ。
 せっかくレストランに来たというのに、何ちゅう話をすんだよ。

 さっき空港で見た尺取虫の親方みたいなヤツの、生餌(いきえ)になった人がいたとは……。
 やっぱり宇宙は謎に満ちているぜ。

 戦慄と吐き気が収まるまで深呼吸を繰り返していると、
「うっひゃぁ~すごいダ~」
 待ちきれず飛び出した田吾から歓喜の声が渡って来た。

 そして──。
「ユースケさん……」
 最後にエレベーターから降りる俺を待っていたかのようにして、優衣が耳元で囁いた。しかも玲子にも伝える必要があるのか、さっさと中に入ろうとする玲子の腕も寄せてだ。

 優衣は神妙な表情でこう言った
「これから1時間後、ここでお酒が出てきます。でも決してレイコさんとユースケさんは飲まないでください。それとワタシたちにはアルコールを吸引させないでください」

「なにそれ。今朝の星占い?」と首をひねる玲子。
「天からのお告げだろ」と俺。

「あたしと裕輔がお酒を飲んだらどうなるの?」
 堪らず玲子がそう訊くのは当然だ。うわばみにオンナに酒を飲むなとは、地獄に落とされた亡者よりも気の毒だ。

 優衣はさらに声を潜めて、
(時間規則でそれ以上は答えられません。でもコンパイラの陰謀の臭いがしますので、この話は内密にお願いします)
(まじかよ。ネブラの一派がこのホテルに潜入してんのか?)
(よかった武器持って来て)
 ちらりと上着の胸元を開けた。

「バカヤロー! 社員旅行にハンドキャノンなんて持ってくんな!」

(うるさい! 声が大きい!)

 ごんっ!

(痛てぇからよー。いちいち叩かないでくれる?)
(とにかく。ユイの言うとおりにしなさい)
 玲子の野郎、俺に命令するなんぞ、10年早いワ。

「おまはんら、エレベーターの前で何をこそこそやってまんねん。見てみなはれ、ごっつい食堂や。大食堂やで」
 田舎のデパートを思い浮かべるようなことを言って、はしゃいだ社長が指差す方向。それは、それは、大きな空間が広がっていた。

「ちょ、ちょう。すご過ぎまへんか」
 社長のレベルから見てもかなり豪華らしく、俺たち貧乏人にはキャリーオーバーしてしまい、何がなんだかワケが分からない。機長もパーサーも目を点にして立ち尽くしていた。


 小さな体育館ほどの広い部屋に、なが────い長テーブルがドデーンと置かれ、その上には純白のクロスが掛けらた上に銀の食器が、ずらずらずらーと並べられ、映画で見たことのある王宮の大広間そのものさ。
 壁にはサイケデリックな絵画だ。高い天井まで届きそうなでかいヤツが設置されて、その前にはメイド風の女性が整列して深々と頭を下げている。

「まさか……ここで?」
 8名では広すぎる。

「はい。VIPルームですから、ここでお食事をしていただき、この奥にある本広間でおくつろぎ頂きます」

 まさかと思うが、
「その言い方だと、ここが俺たちの部屋の一部に聞こえるんすけど?」

 俺の疑念は、こうなると恐怖へと変わっていく。でも支配人はこともなげに言う。
「はい左様でございます。ここが食堂で、奥がゲストルーム、サイドルーム、スイート、バスルーム、バルコニー、」
「あぁぁぁ。もういいっす」
 と手を振る俺に、支配人はにっこりと笑って、
「最上階のVIPルームでございますから、フロアーすべてがお部屋でございます。どこのリフトをご利用になっても全部がこのお部屋と直通となっておりますのでホテル内で迷うことはございません」

「いやいやいや。逆に迷うだろ……」
 驚愕に打ちのめされ、言葉が出なくなった。

 社長でさえ心持ち震え声で、
「し、支配人。これで支払い切れまんの」
 もう一度ピクセレートを見せるケチらハゲ。

「大丈夫です。ピクセレートには怖いモノがございませんのでご安心ください」
「ほんまかいな?」
 マジマジと虹色の光を放つ円柱形の物体を見つめた。いったいこのガラスの棒みたいな物は何なんだろう?




 でかい空間のど真ん中を貫くように置かれたテーブルに8名が散って座ると、会話をするだけで喉が枯れる。

「あの……そのような配置でよろしんですか? だいぶテーブルが余っていますけど」
 自然と隅っこに集まってしまう俺たちに、胡乱げな目を注いでくる支配人だが、銀龍の狭い娯楽室のテーブルに慣れてしまった俺たちには、これでちょうどいい。

 社長も苦笑いを返しながら答える。
「ワシんとこの会社では、従業員と家族的な付き合いをしてまんのでこれでエエねん」
「左様でございますか……」

 家族は家族でも貧乏家族な。

 テーブル全体の99パーセントも余らしたスペースへ、こぢんまりと座る俺たちに支配人は半笑いで、残りの大スペースに並んでいた銀食器を片づけさせ、テーブルの端っこに人数分の食器を寄せ集めた。

 これがシーソーならひっくり返っている。



 席に着くと、茜の衣装を決めるファッションショーが始まった。次から次へと奇抜なデザインのモノが出てきて、俺たちは眉をひそめていたのだが、茜はそれなりに嬉々としてはしゃいでいた。
 そんなモノに興味があるのは女性陣ぐらいのもので、男連中はもっぱら料理を待ち続けるという、よくある光景になっていた。

 興味のない俺たちには、茜がどんな服装を選んだのか見当もつかないが、かなり機嫌がいいので、自分なりに好きなのを選んだのだと思う。


 ほどなくして料理が並び始め、
「こりゃすごいがな!」
 高級料理を食べ慣れた社長でさえ、声のトーンを上げるからには、それはすごいモノなのだろう。俺や田吾には見当もつかない物だった。
 それでも安い定食屋に出てくる雑な色合いと調理法でないことだけは、窺える。手が掛かっていそうなものが次々と運ばれてきて、俺たちの前に並んで行く。

「ほれ、死ぬほど食べなはれ。ユイのオゴリや」
「こんなの食べられたら死んでもいいっスよ」
「ほうか、どんどんいきなはれや。ユイのオゴリやし」
「いちいち最後に変な言葉をくっ付けないでくれる? 貧乏臭くって嫌(や)だ」
「ええがな。ユイのオゴリやし」

「……………………」

 そしてその優衣のお告げどおりやばい状況になった。

「支配人。料理と一緒に、こう、ほんのりする飲み物も欲しいでんな」
「はい。いかなるものでもご用意させていただきますが。はて。ほんのり……でございますか? ではゼリシニールでもお持ちしますか?」

「ゼニ? なんやエエ響きがしまんな。それ何でんの?」
「ゼニではございません。ゼリシニールです。クルミン星系で愛飲されているミミズの体液です」

 おぇぇぇ。

「あ、アホ──っ! そんなんいらんワ。ワシらが求めてんのは、飲んだらこうほんのり温こうなる飲み物や。これだけの料理に合う飲み物ちゅうたらアルコールやろ。どこの星でもおますやろ?」

「ああぁ、これは失礼しました。あります、あります」
 テーブルに張り付いていた支配人は、片手を掲げてぺちんと指を鳴らした。
「おい。エタノールを人数分用意しなさい」

「あ────ほ!」
 慌てて支配人に飛び付く社長。
「そんなもん飲んだら目が潰れるワ! 薬用アルコールちゃうがな。サケや、酒! 酒ちゅうたらワインやろ。果実からできた醸造酒やがな」

 痩せぎみ長身の支配人は、不安げに視線を落として訊く。
「酔いますが……よろしいんで?」
「は? 酔うために飲むんやろ?」
「はぁ。了解いたしました。たしかー。蔵にまだあったと思いますので、少々お待ちください」
 首をかしげつつ奥へ引っ込んだ。

「ほんま、ここまで完璧やのにな……。うなーっ!」
 振り返った途端、社長が石化する。
 そりゃそうだ。テーブルの最も離れた、遥か彼方に俺と玲子、優衣と茜が移動していたからだ。

 理由はもうお解りだろう。これからアルコールが並ぶんだからな。時間規則を守るために取った緊急的処置さ。
 なにしろ優衣と茜が極度に酒に弱いという事情を知るのは俺と玲子、田吾の三人だけだ。内緒にする必要は無いのだが、なにせ、茜、優衣共々、赤・村さ木で、ほら、色々あったろ?
 叱られるのが嫌で、ずっと伏せたままだった。

「な、何してまんねん」
 顔も見えないほど離れて座る俺たちを見て、呆然とする社長。

 何と答えようか。
 時間規則の話は内密にと優衣に釘を刺されているし……。

 優衣は俺たちに囁いた。
(社長さんたちは自由に泳がせてください)

 刑事(デカ)かよ…………。

(それも時間規則か?)
 わずかに下がる綺麗な顎の動きが肯定していた。

「あ、あの」
 玲子が言いにくそうにするので、咄嗟に思いついたままをぶっ放す。
「……実は、ガイノイドの取り扱い説明書に書かれていたんすよ」
 そんなもの、見たことも読んだこともない。

「アルコール分子を嗅がしてはいけないってあるんだ」
 優衣も異論は無いようで黙認だ。

「それでもそんなに離れることないやろ。ほんでどうなりまんねん。アルコールを嗅いだら」
「酔うダよ」
 対面で料理に食らいついていた田吾がぽつり。

「なんやしょうもない。誰でも酔いますワ。酔わんのは玲子だけや」
 さすが自分の秘書だ。よく知っておられる。

「そやけど酔ぉたユイってのも見てみたいな」と続ける社長に、
「ベロンベロンになるダよ」
「ウソ吐け、お前はへろへろで、その時を見ていないだろ」
 玲子に飲まされ続けて、前後不覚になった田吾を引き摺って帰ったのは俺だ。
 タクシーの運ちゃんにも手伝わせたから、料金が上乗せされたんだぞ。

 社長は元の席に歩み戻って来る玲子をちらりとすがめて、
「ほうかぁ。ほんでも、何ぼ飲んでも顔色一つ変わらんヤツより可愛いやろ?」

 酒飲みばかりがそろった特殊危険課に俺たちの行動は確かにおかしい。
 俺は忠告めいた口調で、でたらめな理由をつけてやる。
「管理者のガイノイドは酔うと暴走を起こすと書かれていたんだ。よく考えてくれ、こいつのパワーを持ってしたら、このホテルぐらいぶっ倒しかねないぜ」

「い────っ!」
 社長より驚いてどうすんだ田吾。お前、本気で意識が無かったな。

 それよりここは優衣に言われたとおりにウソを貫き通すしかない。彼女から告げられた天の声は100パーセント当たるのだ。だから俺と玲子に酒を飲むなと言われたら従うのが時間規則だ。何が起きるのかは知らないが、それを破るほうがむしろ怖い結果になるのを彼女は『見てきている』のだ。

 似非霊媒師の御託宣(ごたくせん)とはワケが違う。俺と玲子に挟まれて、珍しげ天井の照明を見上げる茜が、これから経験するであろう事象は、優衣の過去の出来事となる。彼女の言うことは、占いとは次元が違う、事実を宣言することになる。

(ウソ言わないほうが……)玲子が小声で囁くが、
(でも。そうでもしないと、みんな酒飲みなので絶対にユイたちに勧めるぜ。そしたら二人そろってヘロヘロになっちまっうだろ。そこをネブラは襲うつもりなんだ。きっとそうさ)

 俺の立てた仮説に納得できたのだろう。玲子は黙ってうなずき、俺たちのコソコソ会談が聞こえなかった社長は派手に驚いていた。
「ほんまやな。ガイノイドが酔って暴れたらまずいでんな。支配人、ワインは部屋に帰ってからいただきますワ」
 ちょうど数本のワインボトルを並べ始めていた支配人に、そう告げた。

 田吾は少し不服そうだったが、素直に料理を平らげる作業に戻り、話を聞いていた支配人は、怯えた目を優衣と茜に向け、バタバタとワインを持ち去ってしまった。



 次々出てくる料理はどれも絶品で、これまでに無い味わい深い料理へ舌鼓を打ち、色濃い風味に満足と満腹感を覚えたのだが、強いて言うとどれも少し辛い。食べられないほどではないのだが、食べ終わる頃には舌が痺れ、汗が噴き出していた。

 となると、どうしてもビールが欲しくなるのは酒飲みの性で、
「ビールぐらいエエんちゃうの?」
 と言い出した社長。
「どないなん?」と茜に尋ねるが、
「ビール?」
 かしげた首をそのまま優衣へ回す。

「アルコール度数の低い飲み物よ」
「ふーん」
 優衣の説明で理解したのか、していないのか、よく解らない返事をして、事務的に私的な言葉を並べた。
「さぁて、わたしは処理を終了します。刺激が強いものが多いですが、味覚分析完了でーす。データ化が終わりました」
 食べ物を頂いたとは思えない感想を述べる茜と、それを柔和な瞳で見つめ続ける優衣。彼女は何も口入れていなかった。

 あまりに不審に思い、
「ね。なぜユイは食べないの?」と訊く玲子に、
「ワタシは刺激の強いものを控えていますので……」
 ガイノイドらしからぬ人間臭い言葉を吐いた。

「過去体のアカネが平気でお前がダメって変な話だな」
 こいつらは時間のパスで繋がった異時間同一体で同一人物、いや同一アンドロイドなのだ。

「でも、後でお腹が減りますよ」
 と言うパーサー。いつまで経っても二人を生命体扱いするのは仕方が無い。俺も慣れるまで時間が掛かったからな。

「この子らは料理を食べる訳じゃないんだ。味覚、食感、匂いのデータを収集するだけで、口に入れた物は後で廃棄するんだよ」
「それは勿体無い。捨てるのなら夜食に頂きたいぐらいですね」

「…………………………」
 言葉を失った。

 俺はやだね。唾液は出ないが、茜が食べたものがごちゃ混ぜになってんだぜ。
「そういうのは残飯って言うんだ」
 と言ってしまい、全員から白い目で見られた。言い出したのはパーサーなのにな。



 注文したビールが並び、ぐっと我慢する俺と玲子を尻目に、皆はそれに飛びつくと美味そうに喉を上下させた。
 俺が下戸ならなんとも思わないのだろうがが、透き通った琥珀色の水溶液の中で踊る泡を拝んでいるだけとは、こりゃあ猛烈に苦痛だ。こんな美味い料理を前にして酒が飲めないなんて、これのどこが楽しい社員旅行だというんだ。

「飲むぜ!」
 決然とグラスを持ち上げる俺の腕を玲子が引き止めた。

「コマンダーが飲んでどうするの」
 怖い目で睨み、
(時間規則を守りなさい)と小声で凄んだ。
 そのくせ自分は平然とビールグラスを口に移動させるので、俺もその手を止める。
「アカネの教育係が飲んでどうする」
「なによ!」
 もう一度、玲子はキッと俺を睨んだが、そのままポケッとする茜へ視線を移してから、二人そろって腕を下ろした。

「飲まないダか?」
 俺のグラスを横から奪い取り、ぐいーっと飲み干したブタ野郎を睨みつけたが、奴は平気な顔だった。
「ほな。玲子のはワシが貰うワ」
 社長に取り上げられ、玲子も悲しそうな顔で傾き行くグラスを見送った。

「仲良く二人して休肝日ですか?」
 ビールの泡を口の端に残して言いのけるパーサーの言葉は、嫌味にしか聞こえない。
 こんなご馳走を前にして、そんな殊勝(しゅしょう)な奴はいないだろ。

 しかし強行して飲めば、優衣と茜は必ず酔う。かといって二人をここから退室させるのはあまりに不憫だし、俺と玲子は飲むなと命じられた優衣の言葉に逆らうことになる。

 ここはこの宇宙を守るためだ。食うだけ食って、後は部屋に戻ってから飲むとしよう。

 ところが酒の力が無いとすぐに満腹になるもので、そうなるとただの見学だ。いささか退屈してきた。
「じゃあさ。俺はアカネたちを連れてホテルの散策でもしてくるワ」

「そうダか? ごゆっくり」
 何かの肉の塊を頬張りながら田吾。

 このブタ肉ヤロウ!
 人の気も知らないで……。脂肪過多で死んでまえ!

 こんな料理が口に入るチャンスなんてもう無いのに、禁酒で食するのは地獄の思いだ。

「あぁ。料理は美味いし酒も美味い。もうどうでもええからワインでも飲みまひょか」
「あ、てぇぇぇ。酒臭い息を吹きかけないでくれよ。社長! マシンの暴走って知ってるだろ。そりゃ取り返しの付かないことになるぜ」
 ウソだぜ。実際はその反対で寝ちまうだけだ。

「え~。コマンダぁー、わたしたちは暴走しませんよー」
 バカ黙ってろ。空気の読めねえロボットだな、お前。

 こ、こら。酒臭いその空気じゃねえ。あ、こら吸うんじゃない! 読むんだ、感じるんだ、ってロボットにそんなこと言っても無理か。

「あ~もう我慢できん。アカネ、ユイ、外行くぞ、外」
 こんな生き地獄に長居はしたくない。

 宙に書かれた何かを一生懸命読み取ろうと、きょろきょろし始めた銀髪少女風ロボットの腕を取って立ち上がる。
 料理にはひと口も手を出さなかった優衣も一緒だ。それから玲子も立ち上がり、
「仕方ない。あたしも付き合う」
 出てきたワイングラスを裏返した。

「人間のくせに暴走するこのバカ男を調教するのは、あたしの役目だから」
「ひとこと多いな、お前」
「あなた一人に、この子たちを任せられないわ。教育係として当然よ」
 と言いながら俺にアイコンタクト。柔らかそうなまつ毛をわずかに上下させた。

 とにかく一刻も早くこの場を離れるのが、最も簡単に時間規則を守ることができると言いたいのだろう。俺も同意見さ。
 何より優衣の指示が無いのが、正しい歴史が流れている唯一の証しで、
「すぐ帰るから田吾。俺の分も取っといてくれよな」
 と言い残し、後ろ髪を10トントラックに引っ張られる心境で、その場を離れた。

「ふだん喧嘩ばっかりしとるくせに、こうゆうときは協力し合うんでんな」
 嫌味とも取れる社長の声は、途中から疑問形に変わる。
「田吾、どないなっとんやあの二人?」
「ん? よく知らないダ。それよりこれ食べていいダすか?」
「あ~。あかん。これワシの好物や、あかんで!」
 食い意地の張った仲間ばかりだが、ともあれ別に怪しまれそうにもなさそうだった。




 マルチディレクションエレベーターの操作は優衣に任せて、
「危なかったな。酒の臭いが漂い始めてきていたけど、アカネ大丈夫か?」
「らいじょぶれす。なんともありまへん」
「大丈夫じゃないわよ。もう酔ってるわ」
 酒が弱いのにも、程があるな。

「どう歩ける?」
「あ、はい。あるへますよー」
「あれぐらいの量だと数分で醒めると思います」
 優衣は平気のようだ。
「ワタシは呼吸を止めていましたから」

「ずっと止めておけばよかったのに」
 生身の人間相手にとても吐けない俺の要求は、いとも簡単に却下される。

「ワタシは一定時間ごとに生命体が排気した呼気からバイオスキャンしていますので、止めることはできません」
「スキャンを停止すればいいじゃないか」
「それはできません。スキャンを停止することは生命維持装置を止めるようなものです」
「おおげさな……」
「そういう仕様ですから仕方ありませんね」

「仕様、仕様って、まったく……」

「ねぇユイ。これから何が起きるの?」
「そうだ。俺たちは時間規則を守ったんだ。そろそろ教えてくれてもいいだろ?」

 優衣は意味ありげに微笑んだ。それはものすごく穏やかな笑みだった。

「今日と明日は休暇ですよね」
「そうよ……」
「ワタシたちも楽しませてください」
「は?」
「あそこで飲酒を始めると皆さん寝込むまで席を立とうとしません。そうなると……」

「どうなるんだよ」
 そこで言葉を区切られると、すげぇ怖いんだよ。デバッガーが襲ってくんのか?

 優衣はじっと透き通った瞳で、俺の目の奥を覗き込むようにして、
「退屈なんですもの」と言った。

「はぁ? ロボットが退屈ってどういう意味だよ!」
 エレベーターの中で俺の声がビリビリと響いた。

「うるさいわね。こんな狭い中で大声出さないでよ」
「だってよー。せっかくのご馳走を前にして、酒も飲まず我慢したんだ、こいつの我がままにだぜ。てっきりネブラが星域消滅の時空修正でも仕掛けてくるのかも、って思うだろ」

「悪いことではないわ。この子たちにも休暇は欲しいだろうし、茜にはもっと社会勉強が必要でしょ。優衣の言うとおりあそこに居たんでは、飲み明かすぐらいしかないじゃない」
 玲子の言うことは正しい。明け方近くまで飲み続けても平気の平左が言うのだから、こんなに信憑性の高い話は無い。

「それに社長の世話から離れるのも、秘書の休暇というものよ」
 まぁ言い得ているか。通常と異なる経験も旅行のいいところでもあるし。

 優衣は、心より得心した俺の空気を読んで、
「じゃあ、どこ行きますか?」
 エレベーターの複雑そうなパネルを前に微笑んでいた。

 こいつは空気が読めるんだ。アカネ、立派になったなぁ。
 肝心(かんじん)からめの茜は、突っ立ったまま寝てやがった。

「……まぁいいか」

 社員旅行の自由行動と言えばこんな感じだ。本来ならこんな世紀末オンナとか、過去と未来が繋がったおかしなロボットとかじゃなく、可愛い受付のマナミちゃんと行く予定だったのに……。

「なに変な顔してんのよ」
 出たな、テレパシー女め。
 でも、ま。こいつも美人ちゃあ美人だよな。見るだけなら最高点さ。

 何の因果でこうなったのか知らないが、俺もこいつらのコマンダーだし。こうなったら、ガイノイドたちに付き合ってやるか。

「さて、何する?」

 頭の中を巡る社員旅行での定番を思い浮かべる。退屈した時に行くところとなれば、
「ユイ、ここもホテルだ。カジノって無いか?」

「火事の?」と茜が口にして、ふたりそろって首をかしげた。
「知らないの?」とは玲子。

「「あ、はい」」
 ユニゾンで返って来た。

「管理者はクソ真面目な人種なんだな」
 と感想を述べた後、優衣へ顎をしゃくって見せる。

「とにかくそれで検索してみろよ」
 と言うのは、このエレベーターには行き先検索機能が付いていたからで、よくできた何たらリフトだ。

「火事の、へ行ってください」
 と告げる優衣を、横目ですがめる玲子。

 認識率抜群の装置は、
『地下三階、グランホテルカジノ。カードゲームからルーレットまで各種取り揃えております』
 優しい女性の声と共にエレベーターは加速を始めた。

「な。高級ホテルほど充実してんだ」
「よく知ってるわね」
「当てずっぽうだよ」
 弛緩した空気と一緒に、エレベーターは高速移動で地下三階までひと息に降りて、静かに扉を開いた。



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